クリムゾンの豚

作者:黄秦

 ねっとりと絡みつくような重たい気に満ちた空間に、二体のデウスエクスが向かい合っていた。
「グスタフよ、慈愛龍の名において命じる。お前とお前の軍団をもって、人間どもに憎悪と拒絶とを与えるのだ」
 ドラグナーのギルポーク・ジューシィが、配下のオーク達に新たな命令を下す。
「ひゃっはー! 敵がいれば逃げるが、敵がいなければ、俺達は無敵で絶倫だぜー」
 カラフルなモヒカンを逆立てたオークのリーダーグスタフは、触手をうねらせて気勢を上げる。たるみ切った豚腹がたぷたぷと揺れた。
「……やはり、期待は薄いか。だが、無闇にケルベロスと戦おうとしないだけ、マシかもしれん」
「ひゃっはー! その通り、色気に迷わなければ、俺達は滅多に戦わないぜー」
「……」
 ギルポークが無言で魔空回廊を指差せば、グスタフ以下オークたちは、犠牲者を求めて夜の大阪市へと突撃していった。


「くっ……離しなさい、離してっ!」
 花散らしの雨が降り出した深夜の公園で、サクラはオークの集団に襲われてた。
「ヒャッハー! こんなところに一人でいるのが悪いんだぜぇ」
 複数のオークたちに取り押さえられれば、護身術の心得があるとはいえ、一般人であるサクラは、簡単に動きを封じられてしまう。
(「お花見で飲みすぎたから、誰もない公園で、酔い覚まししようと思ったばっかりに……」)
 説明的な後悔をしながらもサクラは気丈に抗った。その度に、濡れた衣服が肌に張り付き、豊かな胸や腰のラインをくっきりと浮かびあがらせる。そこへ、不潔な触手が絡みつき、いやらしくまさぐり始めた。
「やめなさい! こんなことしていいと思ってるの!?」
「うへへへへっ! その強がりがいつまでもつかなぁ!」
 酔いのせいもあって身体に力が入らないサクラは、強気な口調と裏腹にオークのなすがままに弄ばれる。
(「酔ってさえなければ、こんな奴らに……だけど、心までは屈したりしない!」)
 オークたちに隠れ家へと引きずられて行きながら、サクラは自分を叱咤し続けた。


「竜十字島のドラゴン勢力が、新たな活動を始めたようっす」
 ダンテによれば、今回事件を起こすのは、オークを操るドラグナーである、ギルポーク・ジューシィの配下のオークの群れのようだ。
 グスタフというオークの率いている配下は、臆病かつ、非常に女好きという特徴を持っている。そのため、戦闘開始前にケルベロスを見つけると、そのまま逃げ去ってしまうのだ。
 だから、女性が襲われるまでは、周囲に隠れておびき寄せる必要があると、ダンテはちょっと嫌そうに言う。
 戦闘開始後も、隙あらば逃げ出そうとするため、逃がさない工夫が必要だろう。


 今回の配下オークは、緋色のペイントを全身に施し、モヒカンも赤く染めて粋がっていて、ちょっと目に痛いっす、とダンテは言う。
 襲撃時間は深夜、大阪市内の路地裏にぽつんとある公園で、見通しが悪くて危ないから、昼も誰も遊ばない寂しい場所だ。
 真ん中に小さな桜が植えてあって、サクラはベンチに座ってそれを見てたらしい。
 オークの数は5体、オークらしく溶解液や触手で締め上げたり貫いたりの攻撃をしてくる。また、全員、咆哮での回復をするようだ。
「……臆病なのにと言うか、臆病だからこそか、罵られたり気丈に抵抗されたりすると、なんか喜ぶみたいっす。
 きつい目で睨まれるとかもうサイコー! ただし、絶対本当に抵抗できない状態に限る! らしいっす。
 ですから、そういう状態を演出できれば、逃走を防ぎつつ倒せるかもしれないっすね。

 あと、奴ら、巨乳な方がお好みみたいっす。今回の被害者もそれはもう……あの、これオークの事なんで、俺をすごく冷たい目で見るのやめてくださいっす。
 とにかく、エロオークどもをブッ飛ばしてサクラさんを助けてあげてくださいっす。よろしくお願いするっす!」
 そう締めくくり、ダンテは今日もいい角度でお辞儀するのだった。


参加者
槙島・紫織(紫電の魔装機人・e02436)
文丸・宗樹(シリウスの瞳・e03473)
揚・藍月(青龍・e04638)
御巫・朔夜(シャドウエルフのガンスリンガー・e05061)
遠野・葛葉(ウェアライダーの降魔拳士・e15429)
水無月・実里(彷徨犬・e16191)
エージュ・ワードゥック(未完の大姫・e24307)
ルーシェリア・ロードブレイム(贖罪の金薔薇・e24481)

■リプレイ

 ――サクラを襲う為に公園を襲撃したオーク。だが、それはケルベロスの巧妙な罠だった。


「……そう言う訳で。我々ケルベロスは、春雨のそぼ降る深夜の公園へとやって来たのだった」
「エージュさん、誰に向かって話しかけてるんですか~?」
 寝起きドッキリのごときひそひそ声でナレーションするエージュ・ワードゥック(未完の大姫・e24307)に、槙島・紫織(紫電の魔装機人・e02436)が、ゆるふわと問いかける。
「それにしても、こういうの、何て言うんでしたっけ~? ……確か『くっころ』?」
 紫織が小首をかしげて言えば
「なるほど、くっ、ころころした美味しそうな豚か!」
 勝手に納得した遠野・葛葉(ウェアライダーの降魔拳士・e15429)はじゅるりと涎を垂らしている。肥え太った赤い豚どもを、とんかつか、豚汁にするか。心は既に調理方法へと飛んでいる。
(「逞しいなぁ……」)
 女性を狙うオーク相手にも怯む様子を見せない女性陣に、文丸・宗樹(シリウスの瞳・e03473)は感心するばかりだ。
 湿った夜、辺りは静まり返って通る者もない。
 公園の真ん中にぽつんと花咲かせた桜の樹も、雨に濡れて寂しく白熱灯の灯りを受けている。

「……来たぞ、サクラだ」
 水無月・実里(彷徨犬・e16191)の言う通り、ふわふわとした足取りで、件の一般人、サクラが公園へと足を踏み入れていた。春物のコートを身につけていても分かる、見事な盛り上がりっぷりだ。
 『きゅあっ!』
 感嘆の鳴き声を上げたのは、揚・藍月(青龍・e04638)のボクスドラゴン、紅龍だ。
「しーっ」
 藍月に窘められて、慌てて身を縮める。
 
 なにも知らずにサクラはベンチに腰を下ろし、雨に濡れる桜を眺めている。
 一般人を分かっている危険にさらすのは決して本意ではないが、ここでサクラに接触すればオークたちはこの場に現れず、別の場所で違う犠牲者を生むことになる。
 だから、オークが現れ、サクラに襲い掛かるまでは見守る事しかできない。
(「……今は耐えろ。これから救うために必要なのだから」)
 ルーシェリア・ロードブレイム(贖罪の金薔薇・e24481)は自分にそう言い聞かせ、歯がゆい思いを噛み潰した。

 気配が不意に淀み、闇の中から数体のオークが現れた。赤く染めたモヒカンを逆立て、サクラを取り囲む。
「な、なによあんたたち……」
「ヒャッハー! こんなところに独りでいるあんたが悪いんだぜぇ」
 汚らしい触手を一斉に伸ばして、あっという間にサクラを絡めとる。服を破り粘液を浴びせる。
「その人を離せ!」
 御巫・朔夜(シャドウエルフのガンスリンガー・e05061)は飛び出し、オークを突き飛ばした。
「下衆どもめ!」
 同様に水無月・実里(彷徨犬・e16191)も現れ、オーク達からサクラを引き離す。
「ヒッ!?なんだこいつら!?」
 思わぬ加勢に、オーク達は早くも逃げを打とうとする。が、よく見れば相手はたった二人の女性、しかもどちらも巨乳ナイスバディだ。
 イケる! 豚どもは、主に下半身でそう判断した。
「へへへ。おい、逃げ道を封鎖しろ。みんなで可愛がってやるブヒ」
 語尾がブヒであるらしいオークたちは下卑た笑みを浮かべ触手を蠢かせて、新たな犠牲者を取り囲む。
「やぁ!」
 朔夜は、素手で、わざと力の抜けたパンチを繰り出た。
 オークはその拳を軽く受け止めると腕を掴んで捻り、朔夜の身体を抑え込む。
「は、離せ!」
 逃れられない風を装い、きっと睨みつける。その様子に調子づいたオークは触手から粘液を飛ばして朔夜の服を溶かしにかかる。
(「囮でなければこんな奴ら……っ!」)
 粘つく感触に耐える朔夜。
 実里も形ばかりの反撃をする。武器を隠して、パン、と軽く平手を打った。
「い、いてえよおおお!」
 途端、オークは頬を押さえて大げさに転がる。
(「!? やりすぎたか?」)
 逃げられてしまうのではと気を取られた隙に、、背後から別のオークに抱きつかれる。
「ヒャッハー! 巨乳ちゃんのナマ巨乳ゲ~ットブヒ!」 
「汚らしい豚が、私たちに触るんじゃあない!」
 内心では冷めきっている実里だが、あえてオークを挑発するために、必死にもがく風を装い、睨みつけた。
「くっ……放せ、この下衆共……!」
 言葉と裏腹に動けないでいる朔夜の体を好き勝手にいじり倒すオーク達。胸に、腰に足に触手を絡みつけ、先端で服を破り白濁を吹き付けとやりたい放題だ。
「こんなもので、屈するとでも……!」
 実里の強がりは一段とオーク達を悦ばせる。
「ヒャッハー! 貴様等はアジトに連れ帰ってゆっくり可愛がってやるブヒー!」
「「「ヒャッハー!!!!」」」
 怒張する触手を振り立て、オーク達興奮は絶頂に達していた。


 流星の煌めきがオークの背後へと疾駆する。
「ヒャハブホォッ!?」
「オークの背後げ~っと!」
 エージュのスターゲイザーが、油断しきっていたオークの後頭部に、実に見事に決まった。
「ギヒィーッ!!?」
 情けない悲鳴をあげ、クリムゾンなオークは顔から地面にスライディングする。
「な、何ごブヒィッ!?」
 実里を抑えていたオークもまた、セリフを最後まで言えなかった。束縛をあっさりと振りほどいた実里が跳躍し、獣化させた四肢で殴りつけ、顎を蹴り飛ばしたからだ。目視できぬ速さで跳ねまわり、鋼鉄の爪で、自分達を弄んだ触手を切り刻んだ。
 突然の事態におろおろするオークの視界の隅に、何かが放られるのが映った。同時に、豚面に冷たいモノがひたと当てられる。
「『雷よ、我が弾丸となりて敵を撃て!』」
 朔夜のリボルバー銃に稲妻が奔る。反撃の雷を零距離で食らい、オークは甲高い悲鳴を上げて地面に倒れた。感電した全身をビクビク痙攣させている。
「良い様にしてくれた返礼だ。誰から潰してくれようか」
 ビクビクッ! と悶えるオークを踏みつけ、朔夜は怒りを込めて残りのオーク達を睨みつけた。
 拘束されていない怒りの眼差しにオークは触手も萎えさせて、背を向け逃げを打とうとする。
 だが、そこにはゆるふわだけど怖い微笑みを浮かべた紫織と、なんかギラギラした目つきな葛葉が立ちふさがっている。
 紫織はゆるふわ笑顔のままミサイルポッドを開き、大量のミサイルを問答無用に浴びせた。
 何故か涎を垂らしている葛葉はチェインを伸ばして仲間たちを援護する。
 ミサイルの雨あられに肝をつぶしてさらに方向転換したその先には、藍月と宗樹が立ちふさがっている。
 『きゅあ!』
 紅龍が一声鳴いてタックルでオークを押し戻した。
 ここに至ってやっとオークらは状況を悟った。
「へへへ。おい、逃げ道を封鎖しろ。みんなでボコボコにしてやる」
 サクラを安全な場所まで誘導したエージュが戻った時には、オーク包囲網は完成していたのだった。

「己の欲望に打ち勝てず、ここに留まった貴様らの負けだ」
 ヒールドローンを展開させて、毅然と言い放つルーシェリア。
 実里と朔夜の受けた傷を宗樹はオラトリオヴェールで癒す。
「さて、さっさと終わらせようか」
 宗樹は面倒なことが嫌いだ。こんな戦いはさっさと終わらせるに限る。
 藍月の起こしたカラフルな爆発を背に、絶対に許さないという威圧(プレッシャー)を発するケルベロス女性陣に、オークたちはたじたじとなる。
 それでも、まだ未練があった。囮の二人などは、先ほど溶解液を浴びてかなり肌も露わだ。なんかまた女子増えたし!
「ファッキン! ここで退いては我ら紅き(クリムゾン)オークの名が廃るブヒ!」
「ヒャッハー! その通りだぜ!」
 どうせ逃げられないという絶望と、治まらない欲望が彼らに虚勢を張らせた。半ば自棄のような反攻に転じ、触手を叩きつける。性懲りもなく女性狙いだ。
 その触手の前に、宗樹のボクスドラゴン『バジル』が身を投げ出して庇った。さらに陽光のブレスを放射する。
「『……深淵招来!急急如律令!』」
 藍月は球形をした水の結界にオークを閉じ込める。
「ヒャッハー! 男は嫌だぜー!」
「黙れ」
 もがくオークへと刃の一撃を振るえば、その切っ先は汚らわしい触手をいくつも斬り払った。
 背を向けて藍月が踏み出せば、ばしゃり、と水球は壊れ、どたりと無残にオークは倒れた。
 発射される粘液が大変に持ち悪い。
「さぁ我の夕食となるがいい!」
 ファイティングポーズを取る葛葉をじっと見て、何かを確認したオークたち。やれやれと肩をすくめて、彼女に背を向けた。
「こらっ! 無視するでないっ!」
 怒る葛葉はガン無視で、オークたちはナイスバディの方へと突っ走る。
「無視……蒸しということじゃな! よかろう、ギッタギタのミンチにして豚まんの具としてくれる!」
 別方向の屈辱に燃え、葛葉は怒りの気咬弾を豚尻に食らいつかせた。体勢を崩されたオークの触手を、紫織ががっちりと掴む。
「良い声、出して下さいね?」
 どこまでも柔らかな微笑みと口調。しかしその瞳は、下衆で下劣な豚への怒りに燃えている。
「『……モーションセレクト、アタック!』」
 電磁加速で唸る右手。パパパンパパパパパパパンと小気味よい音を立て高速で叩き込まれる往復ビンタ。そしていい笑顔。
「はうっ! ほうっ! そ、そこは……あ、あうっ、あうあうううううううブヒーッ」
 先端を高速で叩きまくられ、オークはあられもない声を上げて悶えるしかなかった。
 触手を完全に使い物にならなくされ、ばたりと天を仰いで倒れるのだった。
 間隙を縫って逃げようとしたオークの足元で何かが爆発する。
「ブヒぃ!?」
「オーク相手にこれを使うのは癪だが……仕方ない」
 宗樹の『暴君の慟哭』が発動し、彼らを轟雷が貫いた。
「うあああああああっ!?」
 ドラゴンの咆哮にも似た凄まじい電撃に全身を貫かれ、身体をのけぞらせて悶えるオーク達。

 そこへ流れるのは、ルーシェリア奏でる美しい旋律。それはオークたちの心を穿ち、自由を奪う。
「う、うそ……なにこれ? 体が痺れていうことを聞かない……っブヒ」
 膝をつくオークをルーシェリアは蔑みの目で見下した。
「ありがとうございますブヒ!」
 オーク的にはご褒美だったらしい。
(「……度し難い」)
 嫌悪に表情を曇らせ、さらに演奏に力を入れれば、邪悪の塊であるオークたちは更なる苦悶に呻いた。

 藍月はオークたちの中に飛び込み、強烈な回し蹴りを放つ。暴風が襲い、オークたちを巻き上げ地に叩きつけた。
「悔しい……でも、感じちゃうっ……!」
 全身を貫く感覚に、ビクビクッと痙攣するオーク達。ちなみに感じてるのは激痛だ。
 
「何のおかずになりたいかくらいは聞いてやるぞ? 聞くだけは」
 オークが既に食材としか見えてない葛葉、音速を越える拳を叩きつける。
「肉質もさぞ柔らかくなるじゃろうな!」
 さっきミンチって言ったしね。
「蹂躙される苦しみが、お前達に分かるか?」
 朔夜の言葉は重く冷たい。
(「だ、だめ……このままじゃ、オレ、逝かされちゃうブヒ―――っ!」)
 ぶるぶると情けなく震えるオークだが、今更かける情けなどない。朔夜が引き金を引けば、放たれた弾丸はオークの眉間を貫き、這い出した影がオークを侵食する。
 白い粘液や体液その他まき散らし、一匹、また一匹とオークは昇天した。

 最後に残ったオークは逃れることも叶わず、ただただ地に這いつくばり震えていた。
 何とか、何とか生きて逃げ延びねば……死への恐怖が、彼の脳裏にある言葉を閃かせた。
 どこかで聞いたことがある。人間どもにはいろんなものを失う代わりに命は助かると言う魔法の言葉があると。
 だが、それをオークが言うにはあまりに屈辱的。だが、今は耐えるしかない。反撃のチャンスは必ず来る……っ。
 意を決して、オークは震える舌でその言葉を、吐く。

「『くっ……殺せ!』」

 そう、これだ! これを言えば命だけは助かるはず。たとえ、この身が汚されようと、心まで屈しさえしなければ……。
「いい覚悟だ」
「あれっ!?」
 実里は獣化した足でその頭部を蹴り飛ばす。ゴキリ、と言う音が彼がこの世で聞いた最後の音だった。凄まじい勢いの蹴りで吹き飛ばされる豚面は、何か納得いかないという表情をしていた。
「楽しめたかな。それなら、手向けに出来てよかった」
 実里は小首をかしげて、真赤なオークの首に問いかける。だが、応えがあるはずもないし、あると思ったわけでもない。
 すぐに興味を失くして、実里はクリムゾンの死骸に背を向けたのだった。
 
 柔らかな春の雨が、その場にいるモノすべてに等しく降り注ぎ清めていた。


「うむ、お腹減ったし我はとんかつ食べに行ってくるぞ!」
 ビシと手を上げる葛葉は、何か太くて長いものを引きずっている。
「ちょっと待つにゃ、それは?」
 それは、オークの触手であった。
「うむ、炙って食べたら美味しそうかもと思ってな!」
「や、やめた方がいいと思うにゃよ?」
「そうですねえ、食べるのはちょっと……」
 そう言う紫織も何か太くて長いものを引きずっていた。
「あ、私は違いますよ? 研究用です」
 それもどうなんだろう、と思うエージュ。
「トンカツと言えば、大阪には『ヘレカツ』と言うものがあるとか」
「なんと!? よし、ならばそれを食すとしよう」
 意気揚々と大阪の夜に消えていく葛葉であった。
 深夜、ヘレカツを求め彷徨う触手を抱えた狐娘が目撃されたのは、また別の話である。
 
「ありがとうございました」
 物陰に隠れていたサクラが出てきて、皆に礼をする。
「大丈夫ですか?」
 朔夜に声をかけられて、微笑んで頷く。
「濡れますよ」
 オークのせいで破れた衣服を、宗樹さりげなくマントを羽織らせて隠した。
「ああ、怪我をしていますね」
 藍月は、彼女の傷を癒している。イケメン二人に癒されてちょっとまんざらでもないサクラである。
 紅龍がきゅあきゅあとサクラに懐く。
「わあ、かわいい」
 サクラに抱き上げられて胸にすり寄る紅龍は妙にうれしげであった。
 その様子に、ルーシェエリアは安堵する。彼女の心を守れたと分かったから。
「……桜、か」
 相変わらず雨は降り続け、ひらりはらりと桜の花弁が散っていく。
 白光に浮かぶそれは、儚く切ない情景だけど、そこに投影される悲しみはもう、ない。
 それもまた変わらぬ季節の営みの一つとして、ルーシェリアは暫し、その姿をそっと愛でるのだった。

作者:黄秦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年5月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。