蠢動する欲望

作者:カワセミ

 闇の中に佇む影。ぼろ布のようなローブの下、その眼は鋭く光る。
「グスタフよ、慈愛龍の名において命じる。お前とお前の軍団をもって、人間どもに憎悪と拒絶を与えよ」
 ドラグナー――ギルポーク・ジューシィは、配下のオークの頭目、グスタフを前に静かに指令を告げた。
 願ってもない言葉に、グスタフは醜い顔を喜悦に歪ませる。
「ヒヒ、任せてくれよ。俺達は敵がいなければ無敵で絶倫だぜ? 敵がいたら逃げるから無敗でレジェンドなんだぜ?」
「……」
 ギルポークは一瞬頭痛を耐えるようにこめかみを押さえたが、やがてゆっくり首を振った。
「……いや、いい。無闇にケルベロスと戦わないのはお前達の長所と言える」
「ひゃっはー。その通り! 色気ムンムンの姉ちゃんやかわいこちゃんに誘惑されたりしなければ俺達は滅多に戦ったりしないんだぜ! ヒュウ!」
「それはきっと罠だから掛からないように気をつけろ……」
 ギルポークの忠告も豚の耳に念仏だった。開かれた魔空回廊の向こうへ、意気揚々とグスタフ達は出撃していく。

「いや、やめて……!!」
「ブヒョオオ! こんな時間に一人で歩いてるなんて襲われ待ちですか!?」
 人気のない夜道、袋小路でオークの集団が大喜びで女性を襲っていた。
 一体のオークに後ろから触手で両腕と両足を捉えられ、女子大生風の女性は自由を奪われている。
 うひょー! かわいこちゃんだー! と、オーク達が踊りながら女性の周囲をぐるぐるまわる。獲物を捉えた喜びを体いっぱいに表現しているのだ。
「フヒ、フヒヒ……。それじゃ誰か通る前にやっちゃいますか……」
 踊りに満足したオークの一体が、涎を垂らしながら女性に迫る。醜い触手を振り上げ、容赦なく女性の服の胸を引き裂いた。
「お願い、助けて、誰か……」
 腕を捉えられては顔を拭うこともできない。頬を濡らす涙を止めるものはなく、女性はただ夜闇の向こうに助けを求め続けていた。

「竜十字島のドラゴン勢力が、新たな活動を始めたようだ。
 ギルポーク・ジューシィという、オークを操るドラグナーがいる。これが配下のオークを大阪市内に放ち、夜道を一人で歩いている女性を襲撃する事件を予知した。
 お前達にはこのオークの群れを撃破し、女性を汚らわしい悲劇から救い出してもらいたい」
 集まったケルベロス達に、ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)がそのような説明を始める。
 オークの群れの頭目はグスタフというオークだ。
 グスタフの配下達は、非常に女好きだが臆病でもある。戦闘前にケルベロスを発見した場合、女性を置いて一目散に逃げ出すことが予想された。
「引いてくれるのなら、その場の女性は無事で済むだろう。しかし連中はどうせ懲りずに同じ蛮行を繰り返す。
 新たな被害者を生まないためにも、この場でオーク達を撃破してほしい」
 オーク達との戦闘に持ち込むには、女性が襲われるまで身を隠し、襲われた直後に状況へ介入するしかないだろう。
 また、戦闘開始後も隙あらば逃げ出そうとする。撃破するには、オークをその場に引き止める工夫が必要だ。

「場所は大阪市内の繁華街。なのだが、女性が襲撃を受けるのは人気のない横道だ。五体のオークに、袋小路へと追いつめられている」
 ザイフリート王子が、地図を広げて大阪市の一点を指差す。
「触手や溶解液を使ったり、雄叫びを上げやる気を出したりするようだな。
 連中の言動は限りなく小物かつ三下だが、戦闘能力は決して侮れない。奴らがすぐ逃げ出すのは弱いからではなく、ただ臆病な性質だからだ。戦う以上は油断せず事に当たってくれ」
 それから、と逃走を阻止するための工夫についても言及した。
「連中は臆病さだけでなく、好色さも群を抜いている。……女性のケルベロスが、オークを惹きつけるような戦い方をすることで、連中の気を引き逃走を阻止できるだろうと思う。
 気は進まないだろうが、お前達は一人ではない。男性のケルベロスは、よく女性達を守ってやってくれ」
 説明を終え、ザイフリート王子はケルベロス達を見渡す。
「無実の市民へ手を出させることも、ドラゴン勢力の野望成就も許すわけにはいかない。頼むぞ、ケルベロス」


参加者
コッペリア・オートマタ(アンティークドール・e00616)
深月・雨音(夜行性小熊猫・e00887)
ヴェルサーチ・スミス(自虐的ナース・e02058)
真夏月・牙羅(ドラゴニアン巫術士・e04910)
阿倍・晴明(阿倍王子の玄武・e05878)
陸奥・昌親(護国の撃鉄・e13604)
煤賀・文人(路傍の烽火・e20373)
漣・颯(義姉を慕うヴァルキュリア・e24596)

■リプレイ


「そこまでにゃ!!」
 潜んでいたダンボールから飛び出し、女性に迫るオークを体当たりで突き飛ばしたのは深月・雨音(夜行性小熊猫・e00887)。現場に突如乱入した少女は、キッと鋭い眼差しでオーク達を睨み据える。
 女性を拘束していたオークがでれっと鼻の下を伸ばす。雨音の強化軍服は通常のものより布面積が狭い。具体的には胸元が大胆に開いていたりスカートの丈が際どいミニだったりして、セクシーだ。
「ブヒョ、子猫ちゃん。俺達と楽しいことしないかい?」
「にゃ? 雨音は猫じゃないにゃ……」
「おいバカ、逃げんぞ! こいつらケルベロスだ!」
 女性の拘束を解き、新たに雨音へ触手を伸ばすオークが別の仲間に軽く叩かれる。
 解放され、へたりと地面に座り込んだ女性の元へ素早く駆け寄るのはヴェルサーチ・スミス(自虐的ナース・e02058)だ。震える女性へ、ヴェルサーチは穏やかに微笑みかける。
「……怖かったですね。もう大丈夫ですよ」
 雄の暴力的な欲望に晒されていた彼女の心に、女性的な言葉と笑顔は暖かく沁み渡る。目元に涙を滲ませながらこくりと頷いて、ケルベロス達の傍へと大人しく連れて行かれた。 
「もっと早くに駆け付けられず、済まなかった。
 ……だが……もう、安心してほしい。護衛官の誇りに掛けて、必ず君を守ろう」
 保護された女性を陸奥・昌親(護国の撃鉄・e13604)が迎える。女性にマントを掛けようとする手が、純白のケルベロスコートを掛けようとしたヴェルサーチとぶつかった。
 昌親とヴェルサーチが顔を見合わせている間に、女性が両方とも遠慮なく受け取って身体を隠す。ぺこりと頭を下げる女性に昌親は微笑んでから、真剣な表情を戻した。
「この場は危険だ、少しの間離れていていただきたい。一人で歩けなければ俺がついていくが」
「私のすぐ後ろに隠れていてくれても良いですよぉ」
 昌親とヴェルサーチ、それぞれの気遣う言葉に女性は首を振る。
「あ、ありがとうございます。一人で、歩きます。皆さんの足手纏いになるわけにはいかないから……」
 精一杯気丈な声を出す女性は、笑顔を作って袋小路の片隅に駆けていった。そこでケルベロス達の戦いを見届けるようだ。
「やばいケルベロスめっちゃ怖い……」
 出口を塞がれた形のオーク達は身を寄せじりじりと後退る。ケルベロス達は包囲の陣形を意識してはいるが、オーク達が本気で逃げようとすれば止め切れないかもしれない。
「で、でもよお、見ろよ……」
 オークが隣の仲間を肘で小突く。その視線の先に立つのは、冷たい眼差しの少女だ。
「戦う力を持たぬ者のみを襲うなど言語道断でございます。墓場でその罪を悔いなさい」
 コッペリア・オートマタ(アンティークドール・e00616)のセクシーなコーデに、オーク達の足は明らかに鈍っていた。
「俺達が来たからには、逃げられると思うなよ」
 女装した真夏月・牙羅(ドラゴニアン巫術士・e04910)にもオーク達はでれでれしている。ボーイッシュ系女子だと思っているようだ。
「かわいこちゃんがいっぱいじゃねえか……ウヒョ……」
「オーク達の頭が悪くてよかった……。私も、今できることをやっていきましょうか……!」
 漣・颯(義姉を慕うヴァルキュリア・e24596)が、槍を構えオーク達を鋭く見据える。
「人の心を踏みにじる行為、絶対に許せません。
 ――豚ども、一匹も逃がすつもりはないから、覚悟しとけよ」
 ひとまずは逃げる気をなくしたらしい獣達に、ヴェルサーチが冷たく言い放つ。その低い声が戦いの合図となった。


 ヴェルサーチが釵をロッド代わりに振ると、前衛の仲間達の前に雷の壁が素早く展開される。
 続いて雨音が勢い良く飛び出し、足元に落ちていた礫を掴んで銃弾の如くに弾き飛ばす。
「数が多いにゃ……。まずは足止めにゃ!」
 制圧射撃を受け呻く豚に、間髪入れず竜の形をしたエネルギー体が攻撃役のオークに食らいつく。
「もう逃げられませんよ? さあ、お覚悟を……!」
 両手に備えたシャーマンズカードを手に、阿倍・晴明(阿倍王子の玄武・e05878)が凛と告げる。
 清楚な巫術服では到底隠し切れない豊満な胸が、惜しげもなく合わせの間から晒されている。その白く柔らかな肌が玉のように輝きを放っていた。
「ピギィィィィ!!!!」
「巫女だああああ!!!」
 響き渡った咆哮は痛みによるものではない。オークを魅了するために生まれてきたかのような(オーク達の感想)晴明の容姿に、歓喜の声をあげて二体のオークが飛び掛かる。
 太く赤黒い触手が晴明の体を戒め、吐き出された溶解液が巫術服の肩を痛みを共に溶かしていった。
「くっ、触手?! この程度で……!」
 声をあげないように奥歯を噛み締めながら耐える晴明。そんな光景に知らず赤面していた煤賀・文人(路傍の烽火・e20373)は、すぐにはっとして何度も首を振った。
「噂には聞いていたけど、やはりおぞましい化物だ。絶対に止めないと……」
 冷静な口ぶりの文人にコッペリアが頷き、一息の後に超加速して彗星の如くオークの隊列へ突撃していく。
 前衛に立っていたオークは三体、その内二体が一気に吹き飛ばされた。すれ違いざま、触手の粘液がコッペリアの二の腕を掠める。
「キャア!」
 その不快な感触に、思わず顔を顰めてしまう。地に転がるオークをキッと忌々しげに睨んだ。
「……臭く、醜く、悪阻ましく、生きている価値が無いであろう豚でございますわ」
 心底の嫌悪感と共に、倒れたオークを侮蔑の眼差しで見下ろす。生きている価値がないであろう豚は、倒れ込んだままコッペリアを暫し見詰めてからスッと立ち上がった。
「もっと言ってくださーーーい!!!!!」
 興奮に豚鼻をフゴフゴ鳴らしながら、溶解液を次々とコッペリアの衣服へ吐きかける。
「ここまで懲りずに生きられるのはいっそ羨ましいが……そんなことはどうでもいいな。行こうか、サクラ」
 罵られて寧ろ元気になるオークに一瞬圧倒されてしまったが、気を取り直して昌親は愛銃「サクラ」の銃身を一度撫でる。それから撃鉄を上げ引き金を引くまで一瞬、目にも止まらぬ早撃ちで攻撃役のオークの触手を的確に撃ち抜いた。
「一体ずつ各個撃破か、良いだろう。――行くぜ、破鎧衝!」
 牙羅の高速演算が、相手の構造的弱点を一瞬で見抜き穿つ鎧装騎兵の攻撃技術、それが破鎧衝だ。オークへと牙羅の一撃は鋭く命中する。
「臆病な豚どもが……。まずはその下賤な触手を切り飛ばしてやろうか?」
 文人の冷酷な声が響くと同時、その身に纏った黒い液体が大きな口へと一瞬で姿を変え、牙羅に続く形でオークの触手を飲み込む。オークが苦悶の声をあげた。
「ピギャアア……ッ! 女王様ならともかく野郎に言われても全然嬉しくねえ……ッ!」
「別に喜ばせるために言ったんじゃないし……。えっ!?」
 プレイのことしか頭にないオークをあしらおうとした文人の声が、突然裏返る。期せずして触手が自分に向かってきたからだ。
「俺は標的じゃないだろう、何故だ……!」
 なんとか冷酷な態度を貫こうとする文人の体を、ぬるぬるとした触手が蠢きながら締め付け苛む。
「俺達の健全な女の子遊びを邪魔するからに決まってんだろォォ!!」
「そうか、俺が狙われることだってあるよな……ひっ、顔の方に触手の先伸ばすのやめろ。やめて! 気持ち悪い! 怖い!」
 触手の先にある下品な造形を目撃してしまった。嫌悪にぞわぞわと身を震わせる文人を、オークがにやにやと眺めている。
「プギィ……。お前、よく見たら可愛い顔してる気がしないこともないじゃねえか……。女に生まれてたらもっと可愛がってやったんだけどなあ……」
「ありがとう! 嬉しくない!!」
 触手に抱かれながら叫ぶ声は最早悲鳴だ。――そんな文人を一閃の槍撃が救う。
「我流一刀一槍奥義……くらいなさい! 雪月花!!」
 槍がまず一撃、文人を戒める触手を斬り裂く。瞬く間に槍と刀が乱舞し、オークを情け容赦なく叩き斬った。
 二振りの得物を構え、オークを見下ろす颯。一体のオークが地面に崩れ落ち動かなくなる。
「一匹たりとも逃しはしません。――さあ、次に我が槍の露と消えるのはどなたですか!」
 清楚な丈のメイド服の裾が華麗に翻る。残ったオーク達へ毅然と言い放つ、美しくもしなやかな姿。
「ピギ……。バトルメイドちゃんはご奉仕してくれないの……?」
「何を言ってるんですか……?」
 ぽつりと尋ねるオークの問いはどこまでも妄言だった。引き気味に答える颯からは、凛々しさこそあれどお色気要素はない。
 オーク達は顔を見合わせていた。どこか我に返ったようなテンションの落ち着きさえある。
「……俺達やばくね?」
「ピギィ……」
 互いに頷き合う。そして、残った四体は息の合った動きでダッシュポーズを作った。
「よし! 逃げよう!!」
 袋小路の彼方、光差す出口目指して。オーク達は猛然と駆け出した。


「うっ、さっきの溶解液で受けた傷が……!」
 走り出すオークに聞こえるように、コッペリアが声を張りながらその場に弱々しく倒れる。
「ああっ、大変ですぅ! 皆さんもこんなに傷だらけで……。このままでは、私達負けちゃうかもですぅ!」
 ヴェルサーチが慌てた声を作りながら、実際傷付いた前衛の仲間達を快楽の霧で包み込んで癒やす。
「見ろよ、俺達結構戦えてたみたいだぜ!」
「これなら逃げきれるぞ! ピギィ!」
 振り返ったオーク達が明るい声で励まし合う。
「くっ。連中、本当に俺達と戦うことには興味がないな……!」
 銃口を向けながら、昌親が呆れ半分焦り半分で呻く。
 ケルベロス達との戦闘を避けるか、女性相手に美味しい思いをすることしか頭にないのがこのオーク達だ。戦況の有利不利や勝敗という判断基準はそもそもない。
「まずいぞ、このままでは……!」
 女装姿の牙羅が、歯噛みしながら仲間達を振り返ると、そこには。
「きゃー、どうしよう、オークちゃんたちつよいよぉ。雨音の服、こんなにボロボロになっちゃったぁ……」
 その場に寝そべりながら、甘い声を零す雨音の艶めかしい姿があった。
 ぴたっ、とオーク達が動きを止める。攻防の中で裂け、溶けたセクシー軍服の胸やお腹を、雨音はゆっくりと撫でて、へその窪みや胸の膨らみをちらちらと覗かせる。
「もうべたべたにゃあ。このまま続けられてたら、きっとあんなことやこんなこと、されちゃってたにゃ……」
 四体がゆっくりと振り返る。その表情は出口の光が逆行となって見えない。
「オークちゃんたちの、強くて逞しい、触手ちゃんに……」
 雨音の甘く潤んだ瞳には、オークへの服従と――ほのかな期待(オーク達の感想)が滲む。
「全く……何をしているのですか?」
 そして晴明も、ほうと溜息を吐いた。豊かな胸を魅せつけるように両腕で寄せ上げ、更に片腕を曲げて下からも持ち上げる。
「貴方達の相手は……こちらですよ?」
 僅かに目を逸らしてから、蠱惑的な微笑。
 ――四体が土埃を立てながら、二人めがけて襲い掛かる。
 オーク達の、本日最大の歓声が響き渡っていた。


「ありがとうございます、ありがとう……! 今がチャンスだ!」
 感謝の言葉しか出てこない。雨音と晴明に夢中になったオーク達へ、文人にできることはただひたすら攻撃を加えていくことだけだ。迸る雷がオークを打ち据える。
「くっ、なかなか当たらないな。グラビティは使う順番も考える必要があるか……!」
 同じ能力値のグラビティを続けて使うことで、オークへの攻撃が当たりづらくなっていることに牙羅は気付いた。召喚した怪物「正体不明」は、オークをなかなか屠ることができず苦戦している。
「にゃあ、そこは触っちゃダメにゃ! いっ、色々とアウトにゃあ……!」
 攻撃の合間にも雨音の焦った声が聞こえてくる。尻尾で叩いた時に一瞬スカートの中が見えてしまい、オーク達がまた盛り上がっていた。
「阿倍様、深月様。必ずお守りしますが……今だけは、危険な役目をお願いします!」
 颯の祈る声と共に、巨大な手の形となった「御業」に鷲掴みされたオークが事切れる。
「執拗に体を……ッ! ……ひいっ! 触手が食い込んで……そ、そんなに、強く揉まないで……!」
「集中しましょう。オーク達の一刻も早い撃破を……!」
 切羽詰まった晴明の声が響くが、コッペリアはあえてその姿を見ないようにしながら地獄の業火を放つ。
「魂さえ凍てつく氷棺の中で――己が罪を償え!!」
 怒りを込めたコッペリアの冷たい炎に、オークが紅蓮の華の如く体を捩りながら燃え尽きていった。
「やぁっ、そこはだめ……らめぇ……ッ! も、やめ……」
 少し時間をかけてしまったがまた一体のオークも撃破し、残るは晴明にご執心のオークが残された。
 袋小路の塵や埃が舞い上がり、晴明の姿はよく見えない。抵抗を弱めていく声だけが聞こえてきた。
「オークは普通のかたと違ってラブフェロモンが効かないんでしたっけねぇ……。ちっ、これがビルシャナの信者なら簡単なのになー。
 ……っと、シナリオのタイプに舌打ちしても仕方ありません!」
 気を取り直したヴェルサーチがこほんと咳払いをする。
「ほら、豚野郎。貴方の次の言葉を当ててご覧に入れましょう……」
 悩ましい手つきでナース服の胸を緩め、そこから丸めた台本をゆっくりと取り出す。一瞬気を惹かれて振り返ったオークが、ぶひょっとナース服の平たい胸元に釘付けになった。ぺらりとページを捲り、ヴェルサーチが内容を読み上げる。
「ブッヒョォ、お注射しちゃうぞアブないナースさん……ですか」
「ブッヒョォ、お注射しちゃうぞアブな……ブヒィーッ!?」
 自分のセリフを言い当てられたオークが驚愕に硬直した。
「こんな台詞は先読みしたくなかったですね……」
 ヴェルサーチも硬直しているオークに劣らずげんなり立ち尽くした。
 そのようにしてオークが動かなくなった一瞬を見逃さず、昌親が素早くその懐に滑り込んだ。
『さて……お前たちのボスは誰かね? 教えてくれれば悪いようにはしないが……」
 銃口でオークの顎下を突き上げながら冷たく問う。オークはぎろりと黒目だけで昌親を見て、毅然と言い放った。
「――ボンテージの女王様連れて来いよ。話はそれからだ」
「聞いた俺が愚かだった……」
 昌親が手の中で銃身を翻し、オークの顎を銃床で容赦なく殴り飛ばす。
 達人の一撃で吹き飛んだ最後の一体は壁に激突し、そのまま動かなくなった。

 ケルベロス達がほっと息を吐いて、戦いを見守っていた女性を振り返る。
 一人一人と目を合わせて。目に溜まった涙が、安堵に決壊して溢れた。口元を押さえて、泣き声を堪える。
「ありがとうございます……」
 嗚咽混じりのか細い声。路地裏の静けさが、ケルベロス達にその言葉をはっきり届けてくれた。

作者:カワセミ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年4月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。