消えやらぬ……、其の因縁

作者:TORA

 深夜。人気の無い一本道に、『因縁を喰らうネクロム』は現れた。死神の彼女は、うっとりとした声で呟いた。
「この場所で、ケルベロスとデウスエクスが、戦いという縁を結んでいたのね。ケルベロスに殺される瞬間、彼は何を思っていたのかしら。どれほどの無念を感じていたかしら……」
 シスター姿に相応しく、両手指を組んで暫し目を閉じる。
「ねえ、あなた達。折角だから、彼を回収して下さらない? 何だか素敵な事になりそうですもの」
 彼女は、己のそばに漂う3体の怪魚たちに命じて、姿を消した。怪魚たちの体長は2mほど。どれも青白く発光している。虚空を泳ぎ回る軌跡は、まるで魔法陣のように浮かび上り、その中心からローカストが召喚された。元の面影を残しつつも、獣じみた姿を青白く光らせて、ローカストは衝動のままに暴れていた。

「マッド・バベッジ(腐れ外道・e24750)さんの予測が的中しました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、ケルベロス達に説明を始めた。
「千葉県千葉市内で、女性型の死神の活動が確認されたのです。どうやら、彼女はアギト・ディアブロッサ(終極因子・e00269)さんの宿敵である、『因縁を喰らうネクロム』という個体のようです。怪魚型死神に、『ケルベロスによって殺されたデウスエクスの残滓を集め、その残滓に死神の力を注いで変異強化した上でサルベージし、戦力として持ち帰る』よう命じていたのは、彼女で間違いない模様です。彼女のサルベージ作戦を防ぐため、敵の出現ポイントに急いで向かって頂きたいのです」
 ここでセリカは、前に使った地図を再び取り出した。
「現場となるのは、先頃の依頼と同じ場所。住宅地の端にあたる地域です。避難勧告は既に出されていますから、周囲を気にする必要は皆無です。すぐそばの休耕農地で戦う許可も下りていますので、皆さんの本領を発揮する事が出来るでしょう。
 皆さんの敵となる、変異強化されたデウスエクスは、『噛み付く』事で生命エネルギーを奪おうとしてきます。また、周囲の怨念をかき集めた黒い弾丸を放ち、敵群の中央で爆発させて侵食します。
 あらゆる面で元のローカストより能力が強化されていますが、敵は完全に知性を失ってしまっている状態ですから、皆さんの力なら充分に対抗できるはずです」
 説明を終えたセリカは、一度うつむいてから顔を上げた。
「死したデウスエクスを復活させ、更なる悪事を働かせようとする死神の策略など、断じて許しがたい行いです。前回の解決を無駄にしないためにも、どうか今度こそ、終わらせて下さい」


参加者
アギト・ディアブロッサ(終極因子・e00269)
フェアラート・レブル(ベトレイヤー・e00405)
セティーリア・アシュレイン(破魔の死天使・e00831)
加賀・マキナ(料理の天災・e00837)
リリーナ・モーガン(グリッター家令嬢お世話役・e08841)
アークトゥルス・ラクテア(コッコ村のプリンの騎士・e22802)
マッド・バベッジ(腐れ外道・e24750)
アスカロン・シュミット(竜爪の護り刀・e24977)

■リプレイ

●勝利への一歩
 月も星も見えない夜の闇を縫うように、ケルベロス達8人は現場そばにある休耕農地に降り立った。辺りに満ちているのは、青草の自然な匂い、そして生臭い水の臭いだ。
 駆けつけたケルベロス達は、問題の一本道で、まさにローカストが召喚された瞬間を目撃した。生命の死を司る冥府の海の神々とされる、怪魚たちによって描かれた魔法陣の中央で、元ローカストは激しく身をよじらせていた。燐光めいた青白い光に包まれた輪郭は曖昧だが、やはり外見は虫というより獣に近い。怪魚たちは大仕事をやり遂げて安堵しているようだ。消耗しきったところから回復するつもりか、ゆるやかに身をくねらせて泳ぎ始めている。
 無論、ケルベロス達はその間隙を逃さない。アギト・ディアブロッサ(終極因子・e00269)によって地面に描かれた守護星座が光り輝く。続いて、加賀・マキナ(料理の天災・e00837)が、霊力を帯びた紙兵を大量に散布した。アスカロン・シュミット(竜爪の護り刀・e24977)も、右手を胸の前に掌を上に向けて広げ、紙兵散布を重ねた。更にリリーナ・モーガン(グリッター家令嬢お世話役・e08841)が、黄金の果実による布陣を張った。
「アーサー、前衛の方々の守りはお願いね」
 大切なオルトロスにも優しく声をかけた。
 セティーリア・アシュレイン(破魔の死天使・e00831)も沈着に、標的とする怪魚の死角を取り、攻撃への機会をはかる。それぞれが意を決し、いざ敵陣へ迫らんとした時、燐光の獣が動いた。ぶるりと体を震わせると、周囲の怨念をかき集めた黒い弾丸を放ち、ケルベロス達の中央で爆発させた。その威力たるや、単純な爆発というレベルを超えていた。衝撃波のような風圧により、誰もが構えを崩しそうになった。ただし、フェアラート・レブル(ベトレイヤー・e00405)は例外だった。
「やすやすとそんなものが通るか」
 薄いバリアオーラが自身の身を包む事により、彼女は端然と敵陣を見つめていた。
 とにかく、怪魚たちから先に排除すべきと考えたマッド・バベッジ(腐れ外道・e24750)は、古代語の詠唱と共に魔法の光線を放ち、怪魚1体の動きを阻止した。そこに、アークトゥルス・ラクテア(コッコ村のプリンの騎士・e22802)が妖精弓を取り出して構え、滑らかに弦を引き絞った。繊細に指先を離せば、妖精の加護を宿した矢が空を切り、怪魚を速やかに消滅させる。青白く光る鱗も、散った端から消えていった。
「無念……無念か。たしかにあるだろうが、それをただお互い死力を尽くした戦いに唾を吐くような真似をする輩に言われたくはないものだなっ」
 青い瞳に、その色よりも一層熱く燃える怒りが宿っていた。

●喪われた知性
 ケルベロス達は、恐るべき燐光の獣から受けた脅威から、素早く体勢を立て直していった。アギトは攻性植物を『収穫形態』に変形させ、その聖なる光で味方を守った。リリーナも禁断の断章を紐解き詠唱して、クラッシャー達の強化に努めた。
「死神に弄ばれた出涸らしの魂などに興味はありませんが……これもお嬢様の仰る『ノブレス・オブリージュ』の精神、成すべき事を成すと致しましょう」
 日頃の落ち着いたメイド口調を残しつつも、慇懃無礼に見得を切った。
 燐光の獣が、再び身を震わせた。果たして、次は噛みついてくるのか、それともローカストとしてのグラビティを用いるのか。ところが、燐光の獣は何と、またも先程と同じ怨霊弾を解き放った。あらかじめ知らされていた通り、この元ローカストは、本当に知性を失ってしまっている。同じ攻撃を続けては見切られてしまうという事実さえ抜け落ちているようだ。確かに爆発力こそ凄まじいが、命中しなければどうという事もない。調子を取り戻したアスカロンは、残っている2体の怪魚の内、より大きな個体へと狙いを定めた。
「……よくまあこんな危険な技思い付くな。まず一人じゃ思い付かなかったな……。『独』……悪いがその恨み……使わせて貰うぞ……」
 縛霊手に込められた数多の紙兵を、互いに喰らい合わせ、最後に一つ残った『孤独』を、怪魚へ叩きつける。込められた念と共に紙兵は四散し、内より染み込む害となり、怪魚の魂を爛れさせる強烈な呪いの毒となった。すかさずマキナが、魂を喰らう降魔の一撃を放つと、怪魚はもがき悶えながら霧散した。
 目障りに動いて捕らえがたい1体が残った。方向転換しようとする際、動作が僅かに鈍ったところを、セティーリアが完璧にタイミングを合わせて撃ち抜いた。『物質の時間を凍結する弾丸』が最後の怪魚を見事に撃破した。
 これで、いよいよ全員が元ローカストに集中できる。マッドは惨殺ナイフの刀身にトラウマを映して具現化する。アークトゥルスは音速を超える拳により元ローカストを吹き飛ばす。そこにフェアラートは、絶対暗殺武器を作るというイムァシアの狂気により作られた、精神刀『暁月』を手に大きく踏み込み、神速の突きを繰り出した。
 こんな身勝手な連中なんて、すぐに滅ぼしてやるよ。何もかも。

●最後に残る物は
 勇士たちの攻撃は休みなく繰り出される。アスカロンは、かつて傷ついた右腕を体の前で横に構え盾として扱いつつ、左手で握った右腰の刀から死天剣戟陣を放った。アークトゥルスがオーラの弾丸を撃ち込むと、元ローカストは堪らないとでも言うように後方へ跳んだ。その場で上下している動きは、子供が地団駄を踏んでいるようにも感じられる。それを見て取った時、彼はふと敵へ哀れみをおぼえた。理性は元より持っておらず、サルベージの果てに知性も完全に喪われ、しかもローカストとしての特性も無い今、あの敵には何が残っているというのか。
「己の全てを賭けて争った結末が、意志も奪われ傀儡になど……。お前は受け入れられるか? 解放というのはおこがましいのだろうが……これが私がお前に示せる敬意だと信じようっ」
 その呼びかけは届いたのか。燐光の獣の様子が変わった。闇雲に暴れていたのが突如、体勢を低くさせ、真っ直ぐに突っ込んでくる。敵が飛びかかろうとしている先にいるのは、マッドだ。
 理性も知性も特性もない今の敵に、残されているのは、感情。かつての命令を果たせなかった、恨みだ。
 が、狙われた当の彼女としては、そうした元ローカストの行動は想定の範囲内だった。彼女は仲間たちへ被害が及ばないよう、身を呈して立ちはだかった。結果として腕に噛みつかれたが、何と言ってもこちらは、シャイターンの逆上を買ってしょっちゅう殺されていた身の上だ。これしきの痛みなど恐れはしない。
 フェアラートが繰り出す拳で元ローカストを振り払った事に合わせ、マッドは裂帛の叫びと共に、自らへの火の粉を払ったが、それでも受けたダメージは大きい。アギトがオーラを送るのに続き、リリーナは、奪い取ったウィッチドクターの魂を元に構築された独自の魔術で仲間を癒した。
「癒せ、邪竜を喰らう薬師蛇。その身を賭して、杯に生命を満たせ……!」
 おかげで元通りに動ける身体になると、マッドは早速、元ローカストへ軽口を叩いてみせた。
「それにしても、また会いに来てくれるとは思わなかったよ。もしや、この僕に惚れてしまったのかな? 罪な女とはこういうことを言うのかもしれないなぁ」
 不敵に笑って、仲間たちに自らの無事を示した。
 そんなやり取りを見届けながら、セティーリアは、元ローカストへの戦闘態勢を入念に整えた。彼女が求めるのは、必殺の一撃。視線の先に敵を見据え、意識を集中させる。一瞬だけ、自分がこの国に来た理由が、今狙うべき敵の姿に重なった。
 そうだ、私は強くならなくてはならない。決めたんだ、立ち向かうと……。

●運命の輪は廻り続ける
 ケルベロス達の攻撃を受け続け、確実に弱り始めている敵に、マキナは勝機を感じ取った。
「この槍の投擲からは逃れられない」
 詠唱により呼び起こされた、鮮血のごとき赤く禍々しき槍を、敵に向かって射出した。疾風のように一直線に走る槍の一撃は、元ローカストの胴体を正確に貫いた。絶大なダメージに、敵は一際眩しく光りながらも、堪えてとどまり、何かの一つ覚えの如くに身を深く沈ませた。アギトは、拳に大気の渦をまとわせた。
「拳撃・事象拡張――」
 渦は敵と接触すると暴風とカマイタチと化し、風の乱撃を一斉に解き放った。アークトゥルスは、固有の鹵獲魔術を用いて構成された己の理想・信念を象徴する幻想の剣を具現化させ、それを基点に魔力を一極集中させた。
「これぞ我が意思、我が刃っ」
 圧縮された魔力は斬撃となって元ローカストを薙ぎ払った。その瞬間こそ、セティーリアのずっと狙っていたタイミングだった。
「破魔の翼よ、聖弾となれ。死天の裁きを受けるがいい!!」
 撃ちだされた弾丸が翼から溢れる破魔の光を纏い、光の羽根を散らしながら敵を討った。元ローカストたる燐光の獣は消滅した。
 その、消える直前の数秒間。燐光の獣は何故か、ケルベロス達とはまるで異なる方角へ、体を幾らか引きずるように前進していた。その方角は、奇しくも、前回の依頼の地図にあった、ローカストが襲来する可能性のあった学校へ向いていた。あくまでも偶然の一致のはずだが、確かめる術は、最早なかった。
 リリーナは、ほっと息をつくと、姿勢を正して言った。
「皆様、お疲れ様でした。
 アーサーもごくろうさま、帰ったらご飯を良いものにしてあげるわね」
 戦いを見守ってくれていたコーギーを、優しく抱えあげて微笑んだ。
 熱気を帯びた緊張感は、次第に薄れつつあった。吹き始めた風に、アギトのマフラーがそよいだ。よく見ると、空の雲が動いているのが分かる。戦ったため、少なからず踏み荒らされて乱れてしまった草地に、彼は進んでヒールを施していった。その合間に、他の仲間たちの様子に目を向けた。人の心を理解したいと考えている彼としては、興味深く感じる情景があった。
 アスカロンは、倒した敵の消えた場所を、じっと見下ろしていた。
「……これが死神の蘇らせる力ってやつなのか……」
 彼にはまだ、そこに元ローカストが見えているかのようだった。あるいは、何か別の事を思い出しているのかもしれない。
 デウスエクスに苦しめられている者は、ケルベロスにも少なくない。戦い続ける彼らに秘められた思いはなお消えやらぬ……、其の因縁はまた新たな運命を、これからも紡いでいく。

作者:TORA 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年4月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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