絵図の一片

作者:雨屋鳥


 スーツに身を包む女性が、佇んでいる。その姿は、街中を歩いていようと誰も気に留めることはないだろう。
 対し、彼女の前にいる複数の人影は異様であった。其々が似せて作られたように似通った体型、容姿で揃いの渦面で顔を覆っている。
「こちらの情報収集は順調。もう戦闘のデータを集める段階に移ることにします」
 彼女は、分かっていますね、と彼女達を一瞥する。
「地球での資金の調達、そして、呼び寄せたケルベロスの戦闘能力の調査です。あなた方の命は捨ててきなさい」
 ケルベロスを返り討って資金を強奪出来たのであれば、それはそれで構わない。と一方的に命令をした後、彼女は何も言わず、ただ背を向けた。

 高層ビルの上層部。転落防止のために、一ミリとも開くはずのない窓から、上空の風が一室に吹き込んでいた。
 その高級なソファや机の並ぶ室内で、小柄な少女が動いていた。床に転がった二人分の肉体は身じろぎすらしない。
 螺旋の仮面をつけた少女は、その部屋に置かれた金庫の扉へ手刀を突きいれると、その中にある100グラムほどの金インゴットを数個抜き出していた。
 彼女はそれを懐に入れると、侵入の際に突き破ったガラス窓から身を躍らせ、夜闇に紛れて消えた。


 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が、高層ビルの画像を示しながら説明をする。
「螺旋忍軍の強盗事件が、また起きようとしているっす」
 地球での活動資金。その為の事件が、最近多数報告されている。
 今回は、民間企業のオフィス。そこに保管されている金が狙われているのだそうだ。
「深夜っすが、その時間までそのオフィスにはまだ人がいるんす。彼らは侵入の際、殺害されてしまうっす。
 それを止める為にも、皆さんには現場へ急行してほしいっす」
 予知の中で割られた窓の位置から侵入方向は分かっている、とダンテは言う。
 だが、周りにはいくつか同程度のビルが並び、経路を断定する事は出来ない。
 オフィスの人間を説得し、迎撃するのが最も確実だろう。
「螺旋忍軍。月華衆という一派は特殊な忍術を使用するっす。こちらの攻撃を真似て、再現するってものっす」
 模倣できなかった事例は確認されていないらしい。
「加えて言うと、その戦闘で使用されていないグラビティを優先的に使おうとするみたいっすね」
 その真意は分からないが、利用する事は出来るはずだと彼は断言した。
「尻尾を掴ませない、というより、尻尾を振られて遊ばれているような気味の悪さはあるっすが」
 それでも、彼らに地球で活動させやすくしてはいけない。
 ダンテは、それを告げて、月華衆の撃破を依頼した。


参加者
写譜麗春・在宅聖生救世主(何が為に麗春の花は歌を唄う・e00309)
芥川・辰乃(終われない物語・e00816)
月見里・一太(咬殺・e02692)
レーン・レーン(蒼鱗水龍・e02990)
葉月・静夏(戦うことを楽しもう・e04116)
楠森・芳尾(わんこ・e11157)
虹・藍(蒼穹の刃・e14133)
ウィリアム・シャーウッド(君の青い鳥・e17596)

■リプレイ

 ビルの灯りは、室内を照らすと共に、その外に影を作り出していた。暗い夜闇に隠れるように少女が屋上を駆けては、跳ぶ。
 彼女の目前には30階建てのビルがそびえている。目指すのはその一フロア。その中に居る人間になど意に介さず、彼女、月華衆忍者は無手のまま、ガラスを斬り飛ばした。
「なん……!?」
 オフィスにいた獣人が驚愕する。鎌鼬の様に高速で飛来する透明な剃刀に、ただの会社員では避ける事すら出来ず、状況を理解する間もなく、全身に裂傷を負い絶命する。
 侵入と同時に、障害を排除する一石二鳥の行動であった。
 ――そこにいたのが、一介の人間であったのならば。
「つってなぁっ!」
 狐の獣人の体から立ち上るオーラにガラスは紙ふぶきの様に散っていき、眼を剥いていた獣人の口角が獰猛に笑みを浮かべる。
 傍らを通り過ぎようとした月華衆忍者の腹を蹴り飛ばすと、楠森・芳尾(わんこ・e11157)は爆破スイッチに指をかけ、蹴りの瞬間に張り付けていた爆弾を起爆する。
 爆音、閃光。熱風を耐えた少女が姿勢を低く身構える頃には、物陰に隠れていたケルベロス達が彼女を包囲し、既に退路は断たれていた。
「会社員の方々はついさっき避難していただきました」
 声を発したのは芥川・辰乃(終われない物語・e00816)だった。
 犠牲になるはずだった社員は、彼女の勧告に従ってビルの外へと出ている。警戒を解くような服装と何より彼女の真摯な言葉に、ともすれば他の階で残っている人間がいれば声を掛けているかもしれない。
「約束しましたから。奪わせませんよ」
 周囲を気にする必要もない。彼女は言うと同時に踏み切って、その勢いのまま暴風を纏わせた蹴りを、螺旋の仮面へと打ち落とした。角度を変えて、彼女のボクスドラゴンの棗が体当たりを加える。
 重心を低く衝撃を地面に伝えるように、それらを両腕で受け止めた月華衆忍者は、反撃に移る気配も無い。
 防御に重きを置いた構えは戦闘を長引かせる為の物だろうか。
「本当に戦力調査のために命を捨てるつもりなのかな……?」
 写譜麗春・在宅聖生救世主(何が為に麗春の花は歌を唄う・e00309)はその行動が戦力を測るための物と推測して、言葉を零した。その表情は険しくも何処か悲しげに見えた。
「よぅ、螺旋巻き。番犬一丁お届けだ」
 風の暴圧に耐えた螺旋忍者の少女へと、月見里・一太(咬殺・e02692)がバスターライフルから凍結の光線を放つ。


 液化した水蒸気を砲口から白く漂わせながら、黒毛の人狼は牙を噛み鳴らす。
「捨て駒って事? 黙って言う事を聞いて……どうせ戦うなら、自分の意思で戦いなさい!」
 八対一、その状況においても全く逃亡の気配の無い少女に虹・藍(蒼穹の刃・e14133)が彼女に激昂するも、返事はおろか、反応すらない。
 その態度に藍は、周囲を見渡す。芳尾の放ったバイオガスによって窓からは何も見えない。連絡を取る素振りも今の所確認できていない。
 フロストレーザーの直撃に少しよろめいた月華衆へと葉月・静夏(戦うことを楽しもう・e04116)が手に持った道路標識のような武器を叩き付けた。
「得意は模倣。意思も命令のまま」
 愉快そうに頬を緩める彼女は、戦闘に昂ぶった声を紡ぎ出していた。
「自分が無いような気がして、悲しくないかな」
 私は嫌だね。断言した静夏は、もう一度、たおすと表記された標識を振りぬく。それを身を屈め回避した少女に、在宅聖生救世主がバスタービームを撃ちだし衝撃を与える。
「命を大事に……なんて聞いてくれなさそうだね」
 このオフィスを拠点として認知し、侵入も逃亡も許さない。決意を新たにした彼女の横。窓を遮るように立っていたレーン・レーン(蒼鱗水龍・e02990)がその青い髪と服に収まりきらず大部分を露出させた乳房を揺らしながら、月華衆へと肉薄する。
「螺旋忍軍の方とは、はじめましてですわ」
 レーンは振り被った鉄塊剣を力任せに叩き付け、同時に藍のルーンアックスの振り下ろしが加わり、小柄なその肉体は容易く弾き飛ばされるままに壁に激突。激しく揺れる棚から書籍が零れ落ちるがそれを気にする時間も無く、縛霊手に包まれた拳が彼女を殴打する。その腕に重い手ごたえが返り、壁に破壊が広がる。
「どんぴしゃ……っ!」
 ウィリアム・シャーウッド(君の青い鳥・e17596)が螺旋忍者の体の中心へと叩き込んだ縛霊撃と共に、動きを阻む様に霊力で編んだ網がその体を縛り付けていく。
 衝撃に陥没した壁の隙間から抜け出した月華衆に芳尾が、同じく縛霊手の攻撃を加えるが、自ら吹き飛んだ少女に衝撃を逸らされ、効果は薄い。
 一瞬の硬直のあと、観察に徹していた月華衆の少女が動く。


「……っ!」
 少女が放った光線に弾き飛ばされ、ウィリアムはソファの上に着地した。衝撃を吸収したそれからは綿が弾け飛んで、彼は苦い表情を浮かべる。
「盗むのは好きだが、盗まれるのは気分良くねえなぁ」
 直前に、自らの竜語の詠唱を模倣され、仲間へと放たれている。静夏が嬉々としてそれを庇い、被害は軽いものだったが、それでも嫌悪を感じずにはいられない。
「物真似師の魂の味、か」
 一太の黒い籠手が螺旋忍者に突き刺さる。地獄の炎をたなびかせながら突き放たれた拳から螺旋忍者の魂が流れこんできていた。
「此れも、何かの真似事なんかね?」
 自然と浮かんだ疑問に一瞬気を逸らした一太は、放たれた手刀の一撃を、頭を傾げ回避する。
「気を付けてください」
 辰乃の心配の声に彼は苦笑を返す。彼女は、レーンの体に纏わりついた氷をバトルオーラで誘拐させながら回復を行っていた。
 そして、レーンは長剣による挑発めいた突撃を繰り返しながら、可能な限り仲間を庇うような行動を行う。プログラムされたように機械的に行動する彼女とは対照的に、静夏は時折熱に浮かされたような笑いを漏らしながら戦いに興じている。
 一太が攻撃を躱し、一歩身を引いたそこへ、攻性植物の群れが襲い掛かった。藍の操る蔦が月華衆の四肢を締め付け、自由を蝕む。蔦の一部を体に残したまま、蔦の檻を引き千切った彼女の視線はレーンへと向けるが、その視界の端から何かが飛来した。
 避ける間もなく、火花を散らすそれは螺旋忍者の体へと接触、瞬間弾ける。魔力によって精製された強烈な雷撃が、空気を爆発させたのだ。
 衝撃と電流が少女の動きを更に阻害し、芳尾の投擲した十手は衝撃に宙を舞って彼の手の中に納まった。
「余所見はいけねえな」
 彼は十手で肩を軽く叩きながら、おどけた挑発を投げかける。地面を踏みしめた月華衆の少女に在宅聖生救世主がガトリング銃を連射し、弾丸をばら撒いた。
 射線から逃れようとした少女の動きを霊力の縄と攻性植物の蔦が阻み、装甲車であろうと蜂の巣にするような無数の弾丸が彼女を襲う。
 衝撃に揺れる体を整える隙も与えず、静夏が緩く固めた拳で月華衆忍者にと触れる。
「――風鈴夏残」
 殴打では無い。静かに触れたその拳からグラビティと共に振動を送り込む。一秒にも満たない、触れていたその時間に澄んだ音が響いた。風鈴にも似た音色は、力を削ぐようにその魂に反響し続ける。
 それを振り払うように、螺旋の力を気に変えて少女は自らの傷を治し、直後放たれた竜の幻影を模る炎に全身を呑み込まれた。ウィリアムの攻撃に続いて、在宅聖生救世主が被弾地点を時空ごと凍結する弾丸を撃ち放ちレーンが研ぎ澄まされた鉄塊剣を振るう。
「技は盗んで覚えるのが、職人というものでしたか……」
 一太が放ったフロストレーザーを躱した月華衆の突き放った貫手に顔を歪めつつ、辰乃が言う。
「されどそれは、日々の研鑽があってのお話です」
 追撃の為に腕を振り上げた少女へと棗がタックルし、そのよろけた横腹に辰乃が烈風の蹴撃を叩き込んだ。暴風に弾かれた螺旋忍者の体が爆発する。
 芳尾が攻防の間に付着させた爆弾を起爆し、その爆風に少女の体が舞う。
「……っぁあっ!!」
 吹き飛ばされた月華衆の脳天へと裂帛の気合と共に藍のルーンアックスが降り、その全身を床へと叩き付けた。
 床からの反動に体を跳ね上げ、消耗も限界に近いように見えるその姿を藍は見つめた。
 防御を固める敵と、攻撃に対して効果的な装束で挑んだ味方。尚且つ範囲の狭い攻撃を繰り返して、同時に複数人が攻撃される事を防いでいる。
 手数で勝るこちらがもはや王手を打っていると言っていいはずだ。
 だが、螺旋忍者は逃げる素振りも、連絡を取ろうという素振りも見せない。
「終いにしようか、物真似師」
 獣が大顎を開いた。一太が度重なる攻撃の弊害に動けない月華衆忍者の喉笛に、狼の牙を突き立てる。
 そのまま、彼は細い首を折り砕く様に顎を噛み締めた。ごぎりと、鈍い音が響いて、少女の体は崩れ落ちる。
 口内の残滓に、一太は低く唸りを上げた。
「美味くは……」
 ねえな、と続けようとした言葉が詰まる。
 小さな影が起き上がる。完全に捻じ曲がった首を垂らしながら、少女の体が立ち上がったのだ。
 傾げた頭、その螺旋の仮面が、渦を巻く様に開いてその形を獰猛な咢へと変じさせていく。顔が見えるわけでは無い。牙となった仮面の奥は仮面。赤黒い猛獣の喉のような螺旋を巻く不気味な虚空が広がっていた。
 だが、果たして、模して倣い作り出したその獣の牙が彼に突き立てられる事は無かった。直後、滑る様に放たれた居合抜きに、その首は宙を舞う。
 分断された体は再び力なく崩れ落ち、それきり、ついにその体が動くことは無かった。


 くるくると、部屋が回る。最期、ウィリアムに斬り飛ばされ、薄れていく視界で、ケルベロス達の姿だけを目で追っていた。
「……ふぅ」
 在宅聖生救世主は、死の夢から起きた後にため息を吐いた。
 最後に何か動きを見せるかと考えたのだが、それも空振りに終わっていた。分かるのは、月華衆の少女は最期まで使命を果たしたという事だった。
 拿捕して情報を得られないか、と考えていた芳尾が彼女からそれを聴いて、そうかぁと視線を鋭くする。
「黒幕が街のどっかでほくそ笑んでると思うと腹が立つな」
「しかし、どうやって……」
 芳尾の言葉に頷き肯定を返してから、藍はヒールを掛けながらもう一度周りを見渡す。
 情報収集、というのであれば情報を持ち帰る必要が当然ある。だが、月華衆は逃げようとしなかった。特殊な方法で情報の共有を行っているのだろうか。
 いずれにせよ、敵の先の先を取るような行動でなければ黒幕に辿り着けない事は確かだった。
「いやあ、いいもん使ってんなあ」
 愛刀を納刀したウィリアムは、綿の破れでたソファにヒールを施しつつ、その品質に舌を巻いていた。
「そうですね。ちゃんとした革が使われているようで」
 物珍しげに、オフィスを眺めていた静夏がそのソファを見て、言う。元々裕福であった彼女の鑑定眼は確かかもしれない。
「へえ、ウチにも欲しいですわ」
 多少、装飾が凝った造形になったソファを手で押しながらウィリアムが言った。
 一太がガラス窓をヒールし終え、レーンが散らばった書籍を元の棚に戻し終わった頃に、辰乃が避難させていた会社員が彼女に連れられて戻ってきていた。
「ありがとうございます!」
 勢いよく頭を下げた彼らに辰乃は驚き焦る。どうやら激しい戦闘音は下まで響いていたらしい。
 その現場で巻き込まれていたと考えると、恐ろしさもあったのかもしれない。安堵した表情を浮かべる二人の男性に別れを告げると、彼らはビルを下っていく。
「精々良い気になってるがいいさ」
 芳尾が立ち並ぶビルの頭の何処かにいるのかもしれない、黒幕に言った。
 月の灯りが、その言葉を笑うように揺らいだ気がした。

作者:雨屋鳥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年4月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 11/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。