アイのカタチ

作者:洗井落雲

●アイのカタチ
 ある夜の事である。
 黒いコートを着た少女が、ある男の心臓を突き刺した。 
 凶器は、手に持った鍵。少女が鍵を引き抜くと、男は地に倒れ伏した。
 だが、不思議な事に、出血はない。男の胸元をよく見れば、あるはずの刺し傷すら存在しない。
 何故なら、それは殺傷を目的とした行為ではなく、ドリームイーターが人間の愛を得るための物だからだ。
 彼女は嫌悪感を隠そうともせず、その男を一瞥する。
「あんたの愛って、気持ち悪くて壊したくなるわ」
 男には、愛する女性が居た。彼はその女性の事を、本当に心から愛していたし――女性も、男に対して好意を抱いている。
 問題は、その女性が、男の親友の妻であったという事だ。
 女性は、確かに男に対して好意を抱いている。だが、それは友人としてのものだ。
 男は、親友に対して、そして女性に対して、自らの好意を隠し良き友であり続けた。二人が幸せである事こそが、自分の幸せであると言い聞かせ。見返りを求めず、無償の愛を、注ぎ続けたのだ。
「本当に?」
 黒いコートの少女――ドリームイーターが、吐き捨てるように、言った。
 無償の愛――と言えば聞こえはいい。だが、本当に、一片たりとも、見返りを求めなかったのか?
 いつか彼女が振り向いてくれることを、ほんのわずかでも期待しなかったのか?
 それが、親友の破滅となる事を知って、全くそれを望まなかったと、自信を持って言えるのか?
「ああ、気持ち悪い、気持ち悪い。なんて、身勝手で、独りよがりで、独善的で――わかる? 吐き気がするくらいだわ」
 倒れた男の隣に、一体の怪物――新たなドリームイーターが誕生した。
 人型のシルエットではあるが、デフォルメのきいた怪人、と言った外見のドリームイーターだ。愛を表すのだろう、胸がモザイクに覆われている。また、その巨大な腕は、無意識とは言え見返りを求めてしまう本心の表れであろうか。
「本当に、壊してやりたい。でも、あんたの愛なんて、触るのも嫌。だから――自分で壊してしまいなさい」
 黒いコートのドリームイーターが、新たに誕生したドリームイーターに命を下す。
 そのドリームイーターは頷くと、夜闇へと消えていった。

●愛する者の戦い
「みんな、事件です!」
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)が元気いっぱいに告げる。
 彼女の話によれば、見返りのない無償の愛を注いでる人達が、ドリームイーターに愛を奪われてしまうという事件が発生したという。
 愛を奪ったドリームイーターは『陽影』と言う名である。彼女の正体は不明だが、奪った愛を元にドリームイーターを現実化させ、事件を起こそうとしているとの事だ。
 被害者を増やさないためにも、ドリームイーターを撃破してほしい。
「このドリームイーターをやっつけられれば、愛を奪われちゃった男の人も、目を覚ますはずです!」
 現在、ドリームイーターはターゲットである女性を狙い、住宅街を徘徊しているらしい。
 女性は自宅で家族と共に過ごしているが、ドリームイーターはまだターゲットに接触してはいない。
 女性に直接張り付いて護衛を行うか、ドリームイーターを探し出すか、その判断はケルベロス達に任せるという。
 いずれにしても、戦闘は住宅街のど真ん中と言う事になりそうだ。
 今回の作戦は夜間に行われるが、街灯や周囲の民家の明かりもあり、暗さは感じられないだろう。
 敵は、いくつかのドリームイーター特有のグラビティを使用してくることが予想される。
「無償の愛、かぁ……ねむにはちょっとよくわからないですけど、きっと良い事なんですよね? 男の人の事、助けてあげてください!」
 と、ねむは小首をかしげつつも、元気いっぱいに、ケルベロス達を送り出すのだった。


参加者
久条・蒼真(覇斬剣闘士・e00233)
エルツァーレ・バレンデッタ(赫翼天焦・e01157)
守屋・一騎(戦場に在る者・e02341)
ヴァーツラフ・ブルブリス(バンディートマールス・e03019)
逆黒川・龍之介(剣戟の修練者・e03683)
鈴木・犬太郎(超人・e05685)
九条・櫻子(地球人の刀剣士・e05690)
明樺・みづき(桶屋堂店主・e22830)

■リプレイ

●想いのかたち
「つーわけで、だ。残念ながら標的は奥さん、アンタだ。だが、安心してくれ。必ず守り抜く」
 とある一軒家、そのリビングで、ヴァーツラフ・ブルブリス(バンディートマールス・e03019)が、標的となった女性、そしてその家族へと告げた。
 その場には明樺・みづき(桶屋堂店主・e22830)と久条・蒼真(覇斬剣闘士・e00233)も同席している。
 ケルベロス達は、まず女性の安全を確保し、敵ドリームイーターを迎撃する方針を取った。建物内外の逃走経路は九条・櫻子(地球人の刀剣士・e05690)により確保されている。家の外には残りの仲間のケルベロス達が待機していて、ドリームイーター接近時には一報入れる事になっている。
「分かりました、言うとおりにします。でも、どうして彼女が襲われなきゃいけないんですか?」
 と、少しばかり語気を強めて、夫がケルベロス達に尋ねた。突然、妻がデウスエクスの標的にされたのである。ケルベロス達に対して全幅の信頼を置いていたとしても、急な事態に混乱しても仕方はないし、そのはけ口をどこかに求めてしまっても仕方ないだろう。
「……こればかりは、不運としか言いようがありませんわ」
 男を落ち着かせるように、みづきが言った。
「デウスエクスの目にたまたま映ってしまった……そうとしか言いようがありませんの。でも、どうか落ち着いて。先ほど彼が言いました通り、あなた達は必ず守り抜きますわ」
 そこの言葉に、夫は頷いた。そして、顔を青ざめる妻を安心させるように、その肩を抱いた。
「(……クソ、ドリームイーターが。胸糞悪ぃことしやがって)」
 ヴァーツラフが胸中で毒づき、胸元に手を伸ばす。愛用の葉巻を取り出そうとして、周囲に未成年がいる事も考慮し、やめた。気分転換もできず、彼は周囲に気取られぬように、顔を少しだけしかめた。
 そもそも。今回の事件の最初の被害者と言うべき人物は、彼女ではない。彼女は、いわば、巻き込まれたようなものだ。
 では、何故それを夫婦に伝える事をしないのかと言えば――出来るわけがないのだ。件の最初の被害者とは、夫婦の親友と言える男である。まず、その時点で、そのような事を伝えてしまえば、2人に心理的な動揺を与えてしまう可能性もあるだろう。
 そして、今回の黒幕ともいうべきドリームイーターは、親友の男が心に秘め続けた想いを――親友の妻を愛してしまったという、その思いを利用したのだ。その秘密の暴露などできようはずがない。
「(つくづく、趣味の悪ぃ……クソ、厭な事を思い出しちまう)」
 良かれ悪しかれ、彼らの関係は今のままではいられないだろう。
「(告げられない想いはある。胸に秘める事は美徳かどうかわからないが、それでも、こんな形で知らせるのは違うだろう)」
 蒼真も同じ思いを共有していた。その結果『嘘ではないが、真実でもない』と言う状況説明を、夫婦にする事となったのである。
 一方、守屋・一騎(戦場に在る者・e02341)、鈴木・犬太郎(超人・e05685)、エルツァーレ・バレンデッタ(赫翼天焦・e01157)逆黒川・龍之介(剣戟の修練者・e03683)らは、家の外で警戒にあたっていた。
「まぶしいな……」
 リビングに接する窓から漏れ出る明かり――それは、家族の、家庭の、幸せの輝きである。それを遠目に眺めながら、龍之介が呟いた。かつて彼にも注いでいた光。そして彼が失った光。
「これが彼女の愛の形。そして、彼が渇望した愛の形なのだろうな」
「しかし、気持ち悪いとまで言うって事は、無償の愛絡みで痛い目でもみたんスかねぇ、黒幕のドリームイーター……」
 周囲を警戒しながら、一騎がぼやく。黒幕のドリームイーターの動機も目的も不明のままである。本人にでも聞くしかないのだろうが、まずは今回の事件をかたずけなければならないし、そもそも、どんな動機があろうと、人の愛を壊すなどあってはなるまい。
「愛の形は人それぞれだろう。他人の愛を否定して良い者など、誰もいないはずだ」
 それに答えるように、エルツァーレが言った。
「愛の形、想いの形。同じ型にはハマらない、って感じかねぇ……っと、きたぜ、ドリームイーターだ!」
 犬太郎が叫ぶ。同時に、外のメンバーは一斉に戦闘態勢に入った。

●アイのカタチ
「外が騒がしい……ドリームイーターを発見したみたいだ」
 蒼真が武器を手にし、言った。
「俺も迎撃に出る、そっちは手はず通りに頼む」
 言うや、リビングの窓を開け放ち、外に飛び出す。
「では、お二人はこちらへ。ひとまず、離れた場所までお連れします。ヴァーツラフさん、みづきさん、念のため、道中の護衛をお願いします」
 櫻子が先頭に立ち、夫婦を非難させるべく誘導を開始した。ヴァーツラフとみづきも頷き、それに続く。

 さて、外では残ったメンバーによる迎撃が行われていた。
「悪いが、今のお前の想いを彼女に近づけるわけにはいかん。ここで燃え果てろ、デウスエクス」
 地獄の炎を纏ったエルツァーレの一撃が、ドリームイーターに襲い掛かる。
 デフォルメされた怪人のようなシルエットが、地獄の炎により燃え盛る。だが、致命傷には程遠い。もちろん、エルツァーレにとっても軽いジャブのような一撃だ。
「まったく! 相変わらず胸糞悪いやり方だぜ!」
 ドリームイーターとは浅からぬ因縁のある犬太郎が叫びながら斬りかかる。まずは敵の注意をこちらに向け、標的にされた女性が逃げる時間を稼がなければならない。
「毎日打ち込み続けたこの一撃、受けて見ろ!」
 2人の攻撃でひるんだドリームイーターへ、龍之介が切り込む。
 それは、彼の修練の結実。神速を体現する不可視の一閃。
 鞘に納められていたはずの刀が、刹那よりも早く解き放たれていた。見るものによっては、或いは時間を飛ばされたかのように感じたかもしれない。一瞬遅れて、ドリームイーターの身体がぱっくりと割ける。たまらず悲鳴を上げるドリームイーター。
 間髪入れず、一騎がその傷口に地獄の炎を叩き込んだ。
「あんたが彼女の幸せを思うのであれば、これ以上進むのは止めておけ」
 そう言って、蒼真がドリームイーターに斬りかかる。自身へ注意を向けるための一撃。
 果たしてもくろみ通り、ドリームイーターは蒼真に狙いを定めた。その胸のモザイクを巨大な口のかたちに変え、蒼真をかみ砕こうとする。
「それがあんたの愛の形か!? 人を好きになるのは自由だが、手を出したらそれはただの身勝手だ!」
 ドリームイーターの攻撃を武器で受ける蒼真。ドリームイーターは万力のような力で噛みつきつづける。
 蒼真を助けるように、エルツァーレと犬太郎が仕掛ける。二人の攻撃を受けたドリームイーターはたまらず後ずさるが、そこへ龍之介と一騎が追撃。ひるんだドリームイーターへ、さらに蒼真が一発お見舞いする。
 もちろん、ドリームイーターも黙ってはいない。再び胸のモザイクを巨大な口へと変貌させ、犬太郎へと襲い掛かる。直撃を避け武器で受け止めるが、その衝撃は肉体へと響き、ダメージとして蓄積していく。
「ごめんなさい! お待たせしました!」
 そう言って戦場へ現れたのは、女性を避難させていた櫻子だ。
 彼女の他にも、ヴァーツラフ、みづきの姿もある。
「純粋な人の愛を愚弄するとは許せませんわ! ここからが本番ですわよ、ドリームイーター!」
 櫻子の言葉通り、ここからケルベロス達の全力の戦いが始まった。
 回復面において少々手こずる場面はあったものの、基本的にはケルベロス達の優位に戦局は維持されていた。
 護衛対象を速やかに安全圏へと避難させた事も正解と言える。護衛対象の心配をする事なく、ドリームイーターへの攻撃に専念できる形となった。
「人の想いを引きずり出すなんざ、趣味が悪ぃにも程があるぜっ!」
 ヴァーツラフが叫び、放った弾丸は、跳弾となって死角からドリームイーターに襲い掛かる。
「無償の愛――見返りを求めず、愛を与える。愛の形の一つ。角度が変われば、形も変わる。貴方の愛は――」
 何かを諭すようなみづきの言葉。言葉と同時に放たれた斬撃は、ドリームイーターを確実に捕らえた。
 ドリームイーターは体のあちこちに裂傷ややけどを負っており、その動は精彩を欠いていた。限界が近いことは、もはや火を見るより明らかだ。
「穿て獄爪。その昂ぶりのままに、紅蓮を散らせ」
 エルツァーレの言葉に応じるように、空中に無数の赤い魔力の矢が生みだされる。
「……散華の時だ、逃げられると思うな」
 その言葉通り。
 真紅の雨に晒されたドリームイーターはこの世から消滅した。 

●愛のかたち、心のかたち、幸せのかたち
 ドリームイーターを撃破したケルベロス達は、速やかに夫婦の元へと戻り、デウスエクスの撃退に成功した事、もう危機は去った事を伝えた。
 蒼真は、念のため女性に怪我がないか調べたが、特に異常は見受けられなかった。
 夫婦はケルベロス達に何度も頭を下げ、礼を言うと、我が家へと戻っていく。
 ひとまず、事件は終わりを告げた。
 だが、ケルベロス達には、もう一つだけ、やる事があった。

 標的の女性が住んでいた家からは、さほど離れてはいない場所で、その男は倒れていた。
 黒幕であるドリームイーターにより、愛を奪われてしまった男だった。彼の愛を用いて誕生したドリームイーターが消滅した事により、彼もまもなく目を覚ますはずである。
 一応、簡単に介抱すると、ほどなくして男が目を覚ます。
 目を覚まして真っ先に、彼は頭を下げた。ケルベロス達が事情を説明するまでもなく、自身の身に何が起きたのか、そして自ら切り離されたものが何をしようとしたのか、なんとなく理解したらしかった。
「貴方の愛は綺麗な形だと思いますわ。同時に危うくも思えますの」
 戦闘中に、呟いた言葉の続きを、みづきは彼に告げる。
「愛の形は心の形。そして心は脆い物。貴方の愛は『忍ぶ愛』。『忍』は『心』を失えば『刃』になる。貴方が『心』を見失えば、愛は『刃の愛』になる」
「……逆恨みしないなら秘めたままでいいと思うっス。けど、気持ちが強い程爆発しちまったら自分じゃ制御できねっスよ」
 一騎もまた、男に告げた。その声色には、何処かすがるような、後悔するようなものが見て取れた。
 一騎は思う。もしその想いが――愛する女性に否定されたら。彼はどうなるのだろう。それでもなお、一途に想い続ける事が出来るのか。変わらぬ愛のかたちを紡げるものなのだろうか。自分は――。
「これからどうするかは貴方の自由。結果がどうであれ、貴方が彼女の事を愛する『心』を見失わないでくださいませ」
「……どうか、どうか気をつけて」
 2人の言葉に、男は深く頭を下げた。そして、改めてケルベロス達に自分と、そして件の夫婦を救ってくれたことについて礼を告げると、一人、夜の闇へと消えていった。
「あの人、どうなるんだろうな」
 男が消えた方を見ながら、犬太郎が呟く。
 ケルベロス達が介入できるのはここまでだ。彼が、彼らが今後どうなるのか。それは、ケルベロス達の関与するべき問題ではない。
「……結局最後はどうするか、彼次第なんだ。彼が、自分で選ぶしかない。それが、どんな結果をもたらすのだとしても」
 龍之介が言った。
「愛は与えるだけでなく、与えられる物。彼が、彼に愛を与えてくれる人に出会える事を祈りますわ」
 みづきが言う。
「ま、上手く行くのを祈る分には罰も当たらねぇだろうさ」
 肩をすくめながら、ヴァーツラフ。
「あの方の愛、切なすぎますわ……なんだか儚い桜みたい」
 櫻子が、寂しげな様子でつぶやく。
「……よろしければ、夜桜を見に行きませんか? なんだか、桜を見たい気分になってしまって」
 男の愛が、儚く散ってしまうのかは、分からない。
 だが、せめて、今もう少しだけは。美しく咲き誇る夜桜の様に。
 その愛のかたちを、想いのかたちを、美しく彩ってほしいと――。
 そんな思いを後に、一つの事件は幕を閉じる。

作者:洗井落雲 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年4月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。