黒塗りの奇術師

■リプレイ

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　眠りから覚めたドラグナーは、周囲のケルベロス達を見回した。
「死者は眠るが道理」
　黒い鉱石の輝きが、ドラグナーの周囲で瞬くのを見ながら御神・白陽（死ヲ語ル無垢ノ月・e00327）は寒色の瞳に殺気を漲らせる。
「迷い出るなら……」
　吐き捨て、彼は駆けだした。エアシューズの加速に乗り、流星の如き速度の蹴りを黒い巨魚に突き刺す。
「――！」
　派手な耳障りな音が響き、錆の鱗がその蹴りを受け止めていた。白陽が防御の硬さに舌を巻き、距離を置いた隙間に白い大鎌の刃が研ぎ澄まされた剣筋が、死神の体を強かに、打つ。
「ええ、送り返すだけです！　捉えま……っ」
　白陽に返した彼女の言葉はその途中で驚愕に止まる。鎌を握る手に切断の感触が伝わらない。その刃は鱗を断ち切る事が出来ないでいたのだ。神宮寺・結里花（目指せ大和撫子・e07405）は、身を捩じり弾かれた鎌に引かれるように、黒い魚から身を退ける。
「硬いですね……スランプ脱出には丁度いいかもです、ねっ！」
　結里花は軽口を挟み、直前に呑んだ甘酒の余韻を味わいながらも、ふるわれた死神の尾を飛び退いて回避。
　一瞬の攻防を見ていたドラグナーは、数十の黒いナイフを召喚、中空にそれらを漂わせると、その全てを一度に射出した。
「はは、中々に目を引く芸だな」
　呵呵と笑い、その刃物の雨を槍でいなしがら女性が走る。大型の羊の角を生やすヒルダガルデ・ヴィッダー（弑逆のブリュンヒルデ・e00020）が、後ろに控える仲間へと飛来する攻撃も弾き、身に受けながら死神へと特攻していた。
　初撃で二人が傷をつけた黒魚。それに向かって彼女は鋭い蹴りを放つ。浮いた魚の胴体へ叩き込んだその攻撃は、鱗に弾かれながらも、エアシューズの刃がその身を抉り飛ばす。
「親近感が湧かなくもないが……」
　錆の鱗でそぎ落とすような体当たりを軽く躱しながら彼女は、好戦的な笑みに残虐性を覗かせ、呟いた。
　サーカスと名乗るのは、彼女も同じ。だが、その信念は真逆に向いたものだ。
「歓声より悲鳴がお好きと見える」
「マサクゥル……虐殺という意味だそうですね」
　義足の地獄を滾らせるヒルダガルデに朝倉・ほのか（ホーリィグレイル・e01107）のどこか嫣然とした声が返る。
　静かに、落ち着いた声でほのかは呪文を詠唱する。
　呪文に則り、ほのかの掌から竜の幻影が首を持ち上げながら顕現した。
「――竜の吐息を」
　竜を模る炎が、奔流となって死神の体へと放たれた。
　炎に包まれた死神を無視し、キャロル・ツヴァイ（瞳の中の暗殺者・e23336）がほのかへと視線を向けるドラグナーへとその細い体を走らせる。
　微細な火花を散らすゲシュタルトグレイブを突き放ち、瞬撃。だが、その刺突はドラグナーの黒い体に届く前に、鱗の壁に阻まれた。
　その体に痺れが走っているだろうもう一体の死神は、ぎりぎりと金切り音を響かせキャロルへの嘲笑を露わにしては、黒の弾丸を放出。
　体を穿つ弾丸に吹き飛ばされながらも、キャロルは立ち上がる。
　黒魚の嘲りにもキャロルの穏やかな表情に影は差さない。
　不意に、走り出したドラグナーの進行先の空間を爆発させ、再び彼女は槍を構え直した。
「私一人で止めてみせる……」
　ドラグナーの視線がキャロルへと向けられる。
　彼女の背後で派手な爆煙が上がった。色鮮やかなそれが空中に飛散させたグラビティが仲間たちを鼓舞していく。

●
　ドラグナーをキャロルが食い止める間。
　ブレイブマインを打ち上げた鏡月・空（ボクスドラゴンは添えるだけ・e04902）が眼鏡越しに目を配る。
　その視線に応じてボクスドラゴンの蓮龍が、ヒルダガルデへと向かい、宝玉の光で傷を癒していく。
「……少しの間お願いします」
　槍を振るい、ドラグナーと相対するキャロルに呟くと、意識を死神へと向ける。
　上腕に小型の照明を装着した仮面の女性。トープ・ナイトウォーカー（夜更けの戦乙女・e24652）が星剣で仄かな軌跡を、淡い光を放つ陣を描き、溢れた光で仲間に守護を付与していく。その明りは夜の闇に光と影を映し出している。
　ヒルダガルデの槍の乱舞が閃き、白陽のオーラを纏わせた魂喰の拳撃が鱗を砕いて身を穿つ。死角からほのかが大鎌の刃を振るう。
　光の生む陰に小柄な体を隠すように位置取ったリルカ・リルカ（ストレイドッグ・e14497）がアームドフォートを構え、狙いを澄ませていた。
　砲門の全てが展開し、複数の弾道が闇を駆けた。有利な位置から狙撃したリルカの砲撃は、黒い鱗に弾かれながらもその身を熟れた果実の様に弾き飛ばしていく。
「――っ！！」
　耳を劈く悲鳴と、血流を漏らしながら、死神は猛りながら暴れ狂う。鰭を動かし大気中のグラビティ・チェインを吸収しながらも、黒魚は更なる回復のために、その顎を開きケルベロスに襲い来た。
「ぐ……っ」
　黒魚の正面に立っていた結里花へとその牙が突きたてられる。酸化した金属の匂いと、肌に伝う血のぬめりに気味の悪さを覚えながら、結里花は、体に巻き付けた攻性植物へと魔力を送り込んだ。この距離では外す事も無い。
　薄紅の花が咲き散ると同時に、巫術を展開する。
　狂い咲いた花弁を巻き込み、暴風が巻き起こって、死神と結里花を包み込んだ。
　花吹雪の晴れた後には、黒い残滓と結里花だけが立っていた。

●
「あと一体っ」
　意識を残る死神へと向けた瞬間に、黒い弾丸にその思考は断たれる。不意の一撃にその直後、ドラグナーの取った行動を阻める者はいなかった。
　とはいえ、その行動自体は単純なものだった。それは、ただ手をのばし音にならぬ声を紡ぐ。
「……っ！」
　肉の裂ける音。その手の先、皮膚を破り黒い鉱石が相対していたキャロルの腹部から突きだした。いや、身体の一部が鉱石と化して自らの肉体を傷つけているのだ。
　喉の奥で悲鳴を押し殺し、彼女はどうにか意識を保っている。
「……もう、一体を」
　ドラグナーとそれを守護する黒魚。都合、二体のデウスエクスを一人で気を引き続けた彼女の体力は限界に近づいていたが、それでも彼女は作戦の遂行を提言した。
　空とトープが回復を彼女に集中させていたのだが、それでも削り取られていく体力は刻々と減り続けていた。
「っすまない」
　ヒルデガルダが苦く零し跳躍。幸い、ドラグナーへの攻撃を幾度か防いだ黒魚に体には傷が刻まれている。
　彼女の神速の突きが黒魚を打つと同時に、白陽が一足で死神の懐に潜り込むと、短めにあしらえた二降りの斬霊刀に降魔の術を纏わせ、その腹を切り裂いた。
　血飛沫が舞う前に、離脱した場所に黒魚の尾が通過していく。宙返りをしながら体を振るうその死神へと弾丸が発射された。
「多分……ここっ！」
「回復を……っ」
　長い砲身から放たれたリルカの砲撃は、その勘過たず体を引き千切り貫き、トープのゾディアックソードの光が、鋭い牙で噛み付いた鋏罠を弱めていく。
　次いで、空中を泳ぎ回復を試みた黒魚の死神の頭を挟み打つように二降りの鎌が襲う。
「これで」「終わりです」
　声が重なる。振り上げられ、片や、振り下ろされたほのかと結里花の簒奪者の鎌が死神の体を両断し、兜が跳ねる。
　頭を失った死神の体は地に落ちて煤に変わっていき、掻き消えた。
　残るはドラグナーのみ。空は、キャロルへと駆け寄って、オーラによる回復を施して彼女のよろめく体を支えた。その体は裂傷に塗れ、滔々と血を吐き続けている。
「大丈夫ですか」
「――」
　彼らに投擲されたナイフに蓮龍が飛び込んで、その身を呈して弾き返す。と同時に、ケルベロス達がドラグナーへと殺到する。
　おぼろげな眼でそれを見た彼女に、空は一つ頷く。
「任せてください」
　限界を超えていたキャロルはその言葉に、微かに頬を動かして意識を手放した。

●
「さて、二度目の眠りの時間だ。安らかに眠ってくれ」
　トープがドラグナーの動く寸前で先手を取った。彼女の腕の照明がドラグナーの体を正面から照らしている。
「仇為す者の影よ」
　彼女の声に、ドラグナーは咄嗟にその場を飛び退く。放たれた黒い槍は、避けた筈のドラグナーの背に突き立っていた。
　螺旋の忍術によって、ドラグナー自身の影から放たれた槍はそれだけで避けられる物では無かったのだ。
「――っ！」
　濁った瞳に怒りを漲らせたドラグナーは、意味を為さぬ咆哮を上げると、黒い結晶を顕現させ始めた。
　ガラスの割れるような音を連続させるその行動を自由にさせるわけもない。
　リルカがアームドフォートの掃射を行い、白陽がエアシューズと斬霊刀を閃かせる。ほのかが視覚の外から斬撃を振るい、ヒルダガルデの槍が光雷を刻み駆ける。
　結里花の操る攻性植物がドラグナーの動きを阻むべく蠢いてその体を締め付けていく。
　ケルベロスの猛攻にも、ドラグナーに攻撃を緩める兆候はない。具現した黒い鉱石が猛獣の顎を模ったような獰猛な形状を成して彼らに襲い掛かる。
　避ける間もなく、深々と彼らにそれは噛み付いた。動けば牙が傷を抉る。
「回復を、……これは厄介です」
　硬く肉を抉るその罠にほのかが空へと声を投げた。その声に短くはい、と応じた空が、滾らせた魔力を電流へと変えて、仲間へと送り込んだ。
　荒療治とも取れる、肉体の活性。と同時に雷撃によって彼らの体に刺さった鉱石の力を弱めていく。
　治療の隙をトープが石化の光線を放ち、ドラグナーを牽制していた。
「圧し切れる……っ」
　こちらの損耗の少なさと数の優位を鑑みた彼女が、呟いた。キャロルへの負担が代償ではあったが、戦況は明らかにこちらの優位へと傾いている。
　蓮龍のヒールと合わせて、回復役も攻撃に転じる事が出来ている事がその証左だ。
「――御主の――」
　ひび割れた声が烈風のようなケルベロス達の猛攻に掻き消える。
　白刃が舞い、電光が瞬いて、光線が疾走する。鉱石の牙が、爪が、浸食がそれらを拒む様に際限なく降り注ぐが、彼らを止めるには生ぬるい。
　ほのかの暗剣が腕を斬り飛ばして、攻性植物を結里花が放ち動きを阻む。残像を残す事無く白陽が奔り、ヒルダガルデは蒼炎と踊る。トープの影が背を穿ち、空のエアシューズが斬撃を叩き込んで、その攻撃の隙間にリルカの射撃が撃ち込まれる。
　猛攻に次ぐ猛攻。死んでいく体を補うように傷を鉱石に変えていくドラグナーは、ついにはその肉体全てを鉱石へと変貌させ、――砕け散った。
「……ざまあみろ」
　リルカが、砕けた鉱石の山に吐き捨てた。いや、その言葉はそれらを回収し見せ物としようとしていた男へ向けられた勝鬨であった。
　殺戮の幕は演者を欠いては上がる事も無い。

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「そう簡単にはいかんか」
　周りを見回し、しばし探索した後にトープが息を吐く。
　マサクゥルサーカス団、その痕跡を探していた彼女は残骸すら残さぬ死神に眉をしかめた。どうやら、行動の先を取らねば蛾の男には届かぬらしい。
「ドラグナー……色々と因縁があるっすねえ……」
　戦闘の緊張から抜けた口調で結里花は呟いてふとベンチに横になった仲間を見る。
「キャロルさん、目が覚めましたか？」
　ほのかが気を失っていたキャロルが目を開けた事に気づき、呼びかけた。
「ドラグナーは……」
「ぶっ倒したよ」
　その問いにリルカが応える。
「死神もはた迷惑な事をしてくれますね」と、空がやれやれと零した言葉にリルカは、怒りと軽蔑を滲ませた。
「努力もしないで作り上げた、拾い上げたものでサーカスを名乗るその性根が気に入らないね」
「まったく。羽虫の死神殿とは趣味が合いそうにないなぁ。コロッセオの観客席が似合うんじゃあないか？」
　皆が無事であった事に一息ついたほのかの横で物騒な会話が交わされていた。ヒルダガルデが嫌悪を隠さずに言った言葉に、無言の肯定が返される。
「いずれにせよ、いずれ等しく裁かれる」
　腰の後ろに斬霊刀を提げた白陽が、その生来の殺意を静かに深めながら公園を見渡した。
　修復された公園に背を向け、彼らはその場を去って行った。
　彼らが去った後の静寂に満ちた公園。暗い夜を照らす照明の周りに、蛾が光を遮るように舞っている。
　それはいまだに地面に大きく不気味な影を落としていた。

作者：雨屋鳥	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年4月14日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 3／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 1
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