闇夜に沈む

作者:河道秒

 草木も眠る丑三つ時。満月が暗い夜を照らしている。そしてそれを見上げるのは一人の女――夕霧さやかだ。彼女の背後には小柄な体格をした忍者たちが片膝をついている。
「さて、今回あなたにしてもらうことは簡単。金を集めてもらいます。地球での活動資金のためにね。方法はいたって簡単。強盗です」
 忍者たちは微動だにせず、彼女の話に耳を傾ける。
「まあケルベロスもこういう事態には黙っていないでしょうから、来たら戦闘をしてください。データを集めて解析します」
 さやかは妖しげに笑う。
「ですから、あなたたちが死んでもデータは取れるので、心置きなく死んできても構いませんことよ?」
 彼女がそう言ったその刹那、忍者たちは闇夜に消えていった。

 とある街の一流宝石店では防犯のため、二十四時間警備を整えることによってセキュリティを厳重にしていた。
 そして警備室には二人の男がやる気のない目でモニターを確認している。
「はー……早く終わらねぇかな」
 そういった次の瞬間、彼の眼は忍者によってふさがれ、喉をかっきられていた。隣の男も同じく、何が起こったか認識することもできずに死んでいった。
 セキュリティを解除し、忍者たちは宝石店の中へ入り、次々と宝石を盗み出していった。

「みなさんお揃いのようですね。それでは事件についての説明をいたします」
 そういったのはセリカ・リュミエールだった。
「螺旋忍軍が高価な金品を強奪しようとする動きが確認されました。おそらく、これは地球での活動資金とするためでしょう」
 セリカは続ける。
「この事件の首謀者は『月華衆』……螺旋忍軍の一派のようです。特徴は小柄で素早く、それを活かした隠密行動が得意な螺旋忍軍です。そして、彼らが標的としているのは宝石店。その街で一番大きな店のようです」
 しかし、と彼女は付け加える。
「月華衆は随分と厄介な能力を持っているようです。特殊な忍術といいますか……自分が行動をする直前に使用されたあなたがたケルベロスのグラビティの一つをコピーする能力を保有しています。相手の能力はこれのみになります。ゆえに戦い方によっては相手の攻撃を誘導するような戦い方もできるでしょう」
 それともう一つ、とセリカは付け加える。
「現在、理由は不明ですが彼ら月華衆は『その戦闘で自分がまだ使用していないグラビティ』の使用を優先するということなので、その点も踏まえて作戦を構築すれば、有利に戦えるはずです」
 ふぅ、とセリカは一息つき、
「螺旋忍軍『月華衆』は正面から戦いをしない点では厄介な敵です。しかしこの事件不審な点がいくつか見られます。もしかすると、この作戦を命じている黒幕がいる可能性があります。そのことも考慮してじゅうぶん注意してください。みなさまのご健闘を祈っています」


参加者
神城・瑞樹(廻る辰星・e01250)
叢雲・宗嗣(夢謳う比翼・e01722)
御門・愛華(落とし子・e03827)
神威・空(虚無の始まり・e05177)
ラリー・グリッター(古霊アルビオンの騎士・e05288)
霧崎・鴉(はぐれ忍・e05778)
風魔・遊鬼(風鎖・e08021)
ヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)

■リプレイ


「敵の数はいくつだ……? くそ、こっからじゃ確認できないか」
 吐き捨てるように言ったのは神城・瑞樹(廻る辰星・e01250)だ。
「しかし、個々に違いがない月華衆ねぇ。個性の殴り合い状態のデウスエクスにしちゃ珍しいな」
「模倣忍者ね……盗むのが仕事の我々螺旋忍者らしいといえばらしいが」
 霧崎・鴉(はぐれ忍・e05778)はそう言いつつ、作戦へ備える。
「でも誰かの下っ端なんだろ? なら、こういう連中から潰しておかないとな」
 人が死ぬのは真っ平ごめんだ、と呟くようにして叢雲・宗嗣(夢謳う比翼・e01722)は言った。無意識の癖なのか、彼は左手で右腕をつかんでいる。
「一体どれだけの螺旋忍軍が動いているかはわからないが……宝石強盗にこちらのデータ収集、どちらも渡す理由は無いな」
 神威・空(虚無の始まり・e05177)がガントレットに腕を通しながら言った。
「下っ端……ようは使い捨て、か。そんな子たちを、私は……」
 ぼそりと呟いたのは御門・愛華(落とし子・e03827)。彼女にとって、使い捨ての駒を倒すというのは些か悩むことのようだ。
「でもアレを野放しにはできない……このままでは人死にが出てしまうんだから」
「その通りだ愛華殿。盗賊だろうと殺人だろうと、デウスエクスを放っておくことはできんな」
 複雑な表情をする愛華の肩に手を置いたのはヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)だ。
「そうです。螺旋忍軍の姑息な手口……見逃すわけにはいきません!」
 ラリー・グリッター(古霊アルビオンの騎士・e05288)がヴァルカンの隣で言った。
「そろそろ作戦開始です」
 風魔・遊鬼(風鎖・e08021)がケルベロスたちに促す。
「んじゃ、行くとするか」
 瑞樹がそう言い、ケルベロスたちは宝石店の中へと突入した。


 ケルベロスたちが突入した店内はすでに荒らされ放題。ガラスケースは壊され、高級そうなものはすべて抜かれていた。
「警備員の人たちは、どうなったんだ……?」
 そういった瑞樹の前に既に物言わぬ者とかした警備員の姿があった。そして同時に、ケルベロスたちの前には月華衆たちが立っている。
「……やっぱり、貴女たちは倒さないといけない。私たちの手で」
 愛華は目の前の敵に怒りを込めて言葉を吐きつつ、冷静に戦況を分析していた。
 敵の数は三体。どれも同じ顔に同じ体格。事前情報通りといえばそうだが、やはり実際に相対してみると、底知れぬ不気味さを感じる。
「敵の数は三人のようですね」
 遊鬼が言う。
「そこまでです月華衆! これ以上のことは許しません!」
 ラリーが自らの剣を抜きつつ言った。
「お前たちの狙いはなんだ。まさか本当に盗賊の真似事などがしたいわけではあるまい」
 ヴァルカンの問いに月華衆たちは答えない。
「だんまりか。忠義深いと褒めるべきか、意思なき人形と哀れむべきか……いずれにせよ、刃を向け合う以上ここで斬る。覚悟せよ」
 彼のその声とともに、ケルベロスたちは月華衆へ殺到した。
「だから、死人はいやだって言ったんだ……!」
 宗嗣はそういいつつ、敵の懐へと潜り込み、卓越した剣技で敵を切り裂く。
「打ち抜く……!」 
 その横から空が一撃を相手にめり込ませる。
「ちょいと不気味だな」
 鴉が後方でぼやく。
 そう。先ほどから月華衆たちは回避の動作すら見せていない。まるでわざとグラビティを受けているような――。
「ならこういう戦い方かもな。フン、風穴あけてやるよ」
 彼が放った氷結の螺旋は寸分の狂いもなく、敵へと当った。
「んだよ、不気味な連中だな。でもまぁここは畳み掛けさせてもらおうぜ」
 瑞樹が言った。
 彼と同じようにケルベロスたちは皆一様に妙な手応えのなさに奇妙な感覚を覚えていた。
「そうです! 正義を貫くためにも、あなたたちにはここで死んでもらいます!」
 ラリーが袈裟切りで攻撃を加え、そこにさらに遊鬼が炎を纏った蹴りを放つ。
 その刹那。
 月華衆が嗤った。
 同時にケルベロスが両目を見開く。
 宗嗣が放った斬撃と全く同じ――寸分違わぬ剣技で――愛華の首を斬らんとしたのだ。
「そう来るのは、予測済みです」
 彼女は大鎌でその剣を軽々と受け流していた。月華衆の技が弱かったというわけではない。単に彼女が次に来る技を見切っていたからこそ、できる芸当だ。
「その刀は飾りですか?」
 お返しと言わんばかりに月華衆に向かって大鎌の斬撃を浴びせる。
「うむ、愛華殿の思惑が分かった。ならばこちらもそうさせてもらおう!」
 ヴァルカンは空の霊力を帯びた剣で敵を切り伏せる。
「そうか、そういうことか。分かったぜ」
 宗嗣はそういいながら目の前の敵と対峙する。その瞬間、自分の剣技が放たれる。
 それを弾き、下から敵を斬る。
「でもまぁ、いくら自分の技が来るってわかってても気は抜けないな……」
 彼はそう自嘲気味に呟いた。だが、彼が感じていた異様なまでの先ほどまでの手ごたえのなさは霧散していた。
「なるほどね。そういうことなら俺は回復技を少し控えめにするか」
 瑞樹はそう言いながら、剣を一振りした。
「遊鬼、行くぜ。息合わせていくぜ。あの仮面を叩き割ってやる」
 鴉がそう言うと、遊鬼が駆けた。その速さはまさに電光石火。その速度を維持しながら、彼は氷を纏った螺旋を敵に向かって放つ。
 同時に鴉もそれと同じ攻撃を放った。
「退屈させて悪いな、お前らも知っている術ばかりだろう?」
 二人の攻撃が同時にヒットし、一人の螺旋忍者が動かなくなった。
 敵の数は残り二人。まだ油断はできそうにない。


 どの技がくるかわかっているとはいえ、かわせないものもあろう。
 その状況にラリーが直面していた。
「まずいですっ……!」
 バランスを崩したところにちょうど敵の攻撃が来たのだ。このままでは直撃する――そう思った刹那。
「この身は力無き者の為にあり。刃を以て盾と成さん」
 ヴァルカンがその間に入り、敵の攻撃を受けたのだ。敵の刃と彼のもつ日本刀の刃が拮抗し、鍔迫り合いの形となる。
「改めて聞こう。お前らの雇い主は誰だ。何が目的だ」
 月華衆は答えない。いや、答える余裕がないというべきか。今少しでも気を抜けば、確実にヴァルカンに斬り伏せられる。
「まただんまりか。いや、それなら仕方あるまい。お前らを斬り捨てて道を開くのみ!」
 彼は鍔迫り合いを脱し、敵へと斬りかかる。だが浅い。そこへ、遊鬼が氷結の螺旋を敵の背後から放った。完全なる死角からの攻撃。冷静に戦況を分析していた彼だからこそできることだろう。
「まだまだです!」
 ラリーは高く飛び上がり、重力を十分に宿した飛び蹴りを敵に向かって放つ。ラリーは今の攻撃で月華衆の骨の何本かをへし折ったことを確信した。
「よし、こいつを使うか……!」
 空はライドキャリバー『銀月』に搭載されているガトリングを一斉掃射させた。蜂の巣とはまさにこのことだ。
 だが流石と言うべきか、敵はいまだに倒れない。
「全くしつこい奴らだ。さっさとくたばっちまえっての!」
 宗嗣はそうぼやきながら、手に持った刀をもう一度強く握りしめる。
 そして月華衆の動きが変わる。
「ちっ、今度は螺旋氷縛波かよ……!」
 宗嗣は間一髪のところで敵から放たれた氷の螺旋を回避した。
「そう来るのも予測できていたんです。私にできることは貴方たちを終わらせてあげることだけ。だから……!」
 愛華は敵めがけて鎌を振り下ろす。
 その攻撃で敵の首こそ狩れなかったものの、大きなダメージを与えることには成功しただろう。
 そして、そのダメージを空が見逃すはずもない。
「かわせるかッ……!」
 空が炎を纏った蹴りを連続で放つ。常人の眼には捉えることのできないような速度で蹴りを放っていく。
 月華衆は満身創痍の状態で吹き飛ばされる。そして、最後の力を振り絞り、見据えたのは――鴉だった。後衛の人間をつぶすのは戦術における基本。月華衆はそれを実行しようとしただけだった。
 月華衆は目にもとまらぬ速さで間合いを詰め、鴉に襲い掛かる――。
「なるほど、作戦としては間違っちゃいないぜ。だがな」
 今回ばかりは相手が悪かった。
「その距離はこちらの間合いだ」
 手刀に螺旋の力を籠め、それだけで相手を斬り伏せた。縦一閃に切り裂かれ、月華衆は崩れ落ちた。
「スナイパーたるもの、緊急時にも奥の手を持っておくというものだ。覚えておけ」
「あと一体です」
 遊鬼が体勢を整えながら言った。
「貴女たちの誇りと使命を、私たちが断ち切ります!」
 愛華が喝を入れるかのように叫び、大鎌を回す。最後の一体となった月華衆へ斬撃攻撃を仕掛ける。それに呼応するようにまた、月華衆も斬撃を放つ。
「いい加減倒れろ!」
 そこへ宗嗣も追撃をかける。
 彼の得物である宵星・黒瘴を振るい、卓越した技量と勘で月華衆を圧倒していく。
「見せかけだけ真似ても勝てるわけないだろう?」
「その通り。我々は己の太刀筋も読めぬ程、阿呆ではない。出直してくるがいい」
 ヴァルカンが後ろから斬りつけ、そしてついに月華衆が倒れた。
「終わったようですね……それにしても随分店内が荒らされたものだ。こいつらが奪ったものは返しておきましょう」
 遊鬼が店内を観察しながら、奪われたものを回収し始めた。ほかのケルベロスたちは月華衆の雇用主につながるような手がかりがないか探し始めた。
 一方空は動かなくなった月華衆を見ながら、
「この螺旋忍軍『月華衆』だったか。今までも強盗行為とデータ収集を繰り返している……過去の依頼で奴らがどれだけデータを集めたのか調べておくべきだったな……」
「そうだな。まあ、また来たらぶん殴るだけだ。あ、怪我とかした奴がいたら来てくれ。治すから」
 瑞樹がケルベロスたちの手当てを開始した。彼はそれが終わり次第、店内のヒールも行うことになっている。
「でも人死にが出たのは後味が悪い……次はこうならないようにしないと」
 宗嗣はぐっと剣を握りしめた。
「きっとこの状況を見ているんでしょう! あなたの企みは阻止しましたよ!」
 ラリーは虚空に向かって叫ぶ。
「わたし達は負けません! 次も、その次も、ずっと阻止し続けます! あなたを追い詰めるまで!」
 彼女は虚空に向かって、高らかに宣戦を布告したのだった。

作者:河道秒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年4月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。