徒桜芽吹く

作者:カワセミ

 深夜の小学校。校庭を囲むように植えられた桜は散り始め、花弁がとめどなく降り続いていた。
 学校の周辺は住宅街。人々は皆寝静まっている。
 人気のない校庭の中心に、色とりどりの鎧を纏った人影が五つ。それぞれが思い思いに言葉を交わしていた。
「ほんっとに、地味な任務。もっと派手に殺して回りたいな」
 ピンクの甲冑を纏ったエインヘリアル、スターローズが愚痴っぽくこぼす。
「今回の任務は種の回収だ。何度も言っているだろう」
 青い甲冑姿のスターブルーに軽くたしなめられると、スターローズは「はいはい」と首を竦めながら校庭の一点を指差した。
 ぽつぽつと会話を続ける五人の鎧は、やがて光を放つ。
 輝きが極まったのと同時に、地面が盛り上がり――地響きを立てて、その地中から異形の大樹がめりめりと姿を現した。
 それは見る間に夜空へと枝を伸ばし、芽吹いた蕾は血のように赤い花を咲かせる。

「かすみがうら市から飛び散ったオーズの種を、エインヘリアルの部隊が回収し始めたそうっす」
 集まったケルベロス達を見渡し、黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が説明を始めた。
「部隊の名前は『星霊戦隊アルカンシェル』、五人組のチームっす。
 何らかの方法で、地下に眠るオーズの種の場所を特定。大量のグラビティ・チェインを与えて強制的に発芽させているみたいっす」
 発芽したオーズの種は全長7m程度の大型の攻性植物となるが、発芽直後に『オーズの種の部分』を『星霊戦隊アルカンシェル』が奪い取ってしまう。
 オーズの種を回収したエインヘリアル達はその場から撤退する。
 残された攻性植物は、奪われた種の分のグラビティ・チェインを補おうと、市街地の一般人を虐殺することが考えられた。
「勿論、そんなことを見過ごすわけにはいかないっす。この大型攻性植物の討伐が、今回の皆さんへの依頼です。
 この攻性植物はかなり高い戦闘力を有していますが、中枢となるオーズの種を奪われている分打たれ弱くなっているっす。グラビティ・チェインを補給する前に戦えば、充分に勝機はあると考えているっす!」
 大型攻性植物は、ある小学校の校庭の中心に現れる。
 黒い幹に真紅の花。禍々しい、桜にも似た姿だ。
「時間帯は深夜なので、校内に人は残っていません。人払いの配慮は不要っすよ。
 先ほども言った通り、耐久力は下がっていますが、元の戦闘力が高いので一撃がかなり重いっす。くれぐれも油断しないでくださいね。
 花弁を飛ばしてきたり枝を伸ばしてきたり、花吹雪を起こしたりして攻撃してくるみたいっすね」
 
「五人かあ……。今戦うには、ちょっと多すぎるね」
 獅子鏡・夕(シャドウエルフの刀剣士・en0140)が呟いたのはエインヘリアルの人数についてだ。それを聞いてダンテが頷く。
「その通りっす。なので、皆さんにはエインヘリアル達が撤退した後に現場に着くようにしてほしいです。五人揃ったエインヘリアルに挑むにはまだ時期尚早っす。
 今は、被害が想定され、撃破の見込みのある攻性植物に集中してほしいっす。どうかよろしくお願いします!」


参加者
ソラネ・ハクアサウロ(暴竜突撃・e03737)
ミュラ・ナイン(想念ガール・e03830)
シア・ベクルクス(お客様が神様です・e10131)
絡繰屋・ノッチ(もふもふの鎧装騎兵もどき・e13173)
アデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828)
セレネ・ヒューベリオン(月下に舞う銀焔の姫騎士・e25481)
エオス・ヒューベリオン(暁を讃える煌刃の舞刀家・e25535)

■リプレイ


「せっかくの春なんだからお花見といきたいけど、こんな化け物の花見は嫌だなー」
 ミュラ・ナイン(想念ガール・e03830)が手持ちのランプ、薔薇の幻燈を掲げながら顔を顰める。
 夜空を背に血色の花を咲かせた大樹が、ぎちぎちと軋みながらケルベロス達を見下ろしていた。
 深夜の校庭。ソラネ・ハクアサウロ(暴竜突撃・e03737)が事前に学校へ話を通し、校庭照明の全てに明かりが灯されていた。夜間ながら視界は充分、各自が用意したランプも持っておいて損はないだろう。
 ここで撃破しなければ、寝静まった周辺住民へ甚大な被害をもたらす攻性植物。
 そもそもの元凶は、これを目覚めさせた星霊戦隊アルカンシェルだ。彼らの行動を見過ごすしかない歯痒さに、ソラネは拳を握り締める。しかし、身に纏ったものへ意識を集中させると、熱くなった感情はゆっくりと凪いでいく。
「……ええ、分かっています。まずは目の前の敵に集中するべき、ですね!」
 今、自分達にできることを確実に。AI搭載型外骨格「ギルティラ」の冷たさがソラネを宥めた。
「ああ。この身尽きるまで、皆を守ろう」
 黒い狼の獣人――ヴォルフ・シュヴァルツ(新月・e03804)が、獣の首を巡らせて大樹を見上げる。その生真面目な言葉に肩を揺らしてシア・ベクルクス(お客様が神様です・e10131)が笑う。
「では、ヴォルフさんの身が尽きぬようにするのが私達の役目ですわね。――来ます!」
 和やかな声は一転、鋭さを帯びる。赤い花をつけた大樹の枝が大きくしなり、暴風のような花吹雪が後衛の三人に襲い掛かった。
「ぬぅ、これはよろしくないな……! 任せるぞ!」
 核を奪われた大樹の、苦悶の叫びのような衝撃。鎌で自分の身を庇うアデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828)の声に応え、花吹雪とアデレードの間に滑り込んだのは絡繰屋・ノッチ(もふもふの鎧装騎兵もどき・e13173)だ。
「はい、任されました。――ぶつけてでも防ぎます、行けっ!」
 アデレードを背に、花吹雪をアームドフォートによる砲撃で直接迎撃する。撃ち落とせなかった分は自らが受けることになるが、ノッチは未だ平然と大樹と向かい立つ。
 バスターライフルに備え付けたコンバットライトとライティングボールで、視界は充分に確保されていた。
 守ってくれたノッチに目礼してから、アデレードは光の翼を広げ攻性植物をビシッと指差す。
「我こそは悪に破滅を告げる告死天使! 邪なる企みの残滓よ。貴様にくれてやるのはグラビティ・チェインではなく正義の鉄槌よ!」
 華麗な宣言を前にしても攻性植物は葉をざわつかせるだけだ。
 ミュラとシアもソラネ、ヴォルフにそれぞれ守られる。攻性植物の火力は懸念材料の一つだったが、ケルベロス達はそれに耐えうるだけの盾役を揃えた。
「勇ましいな、アデレード。励まされるよ」
 反応のない攻性植物に代わるように、ヴォルフが獣の口端を一瞬だけ緩める。すぐに意識を切り替え、握った鎌を大きく振るい大樹の幹を横薙ぎに斬り裂いた。
 ソラネもまたヒールドローンを展開し、前衛のケルベロス達の護衛に回す。
「相手の力が強いなら、まずはその力を削ぐのが定石というものです」
「ええ、私も足止めを!」
 シアも首肯して、軽やかに地を蹴り宙を舞う。流星の如き飛び蹴りが、大樹の幹へと袈裟掛けに叩きつけられた。
「あれだけ高く跳んでも、精々幹の上に届く程度か。大きいねー」
 仲間の小さな体と大樹の対比に、ミュラは思わず感嘆してしまった。準備運動のように足首を一度回してから、右足の重力を込めて大樹の懐へと飛び込む。
「これじゃアタシの技も派手に決まらないなー……。まあ、いいんだけど!」
 大樹の黒い幹に派手な蹴りを叩き込む。相手を上空へ蹴り飛ばすつもりの一撃も、さすがに樹が相手では叶わない。それでも、大樹がぎしぎしと軋んでミュラの方へ意識を向けるには充分だったようだ。
「それにしても物騒な。花見には使えそうにありませんね」
 先程のミュラと同じく少しだけ残念に思いながら、ノッチも前衛にヒールドローンを重ねて守りを固める。
「星霊戦隊とやらを見逃してやったのじゃ。攻性植物は確りと討ち取り、一般人への被害は確実に防がねばなるまいて」
「そうですね、悔しいけれど……。ミュラさん、危険な役割を任せてしまいますが――わたくし達が皆で守ります!」
 セレネ・ヒューベリオン(月下に舞う銀焔の姫騎士・e25481)とエオス・ヒューベリオン(暁を讃える煌刃の舞刀家・e25535)が、調和の取れた動作で囮役のミュラへとマインドシールドを展開する。
 アデレードも、これから狙われることになるであろう後衛を雷の壁で守る。
「獅子鏡さんも、絡繰屋さんと一緒に!」
 シアの指示に、獅子鏡・夕(シャドウエルフの刀剣士・en0140)が親指と人差し指で丸を作りながら前衛の足元へ鎖の守護陣を描く。
 その様子を確かめ頷いてから、シアは再び大樹を見上げる。
 黒く禍々しい幹、赤い花弁。異形の桜だが物珍しくもある。こんな状況でなければ、花見に来て愛でたかったような――そんな場違いな思いが一瞬だけ過る。
「ぬぅ、エインヘリアルどもめ。恩義を忘れて好き勝手しおって……」
 アデレードが呆れ混じりの溜息を吐いてから、鎌を振り上げて勢い良く攻性植物へと突きつけた。
「奴らのケジメをつけるのも我らヴァルキュリアの正義よ! 参るぞ!」
「全くじゃな。わらわも協力しようぞ、アデレード殿」
 同じヴァルキュリアとして、その言葉には同意するしかなかった。セレネもまた深く頷き、鉄塊剣を手に大樹を鋭く見上げる。


 攻性植物の猛攻に耐えるための準備は充分。盾役が四名ともなれば、守るべき仲間達を守るには充分だ。
 攻防を重ねてもなお、攻性植物はケルベロス達に有効打を与えられずにいた。しぶとく立ち続ける彼らに、広がった枝が忌々しげに風を切って唸る。
「ヴォルフさん、援護します!」
 仲間たちの様子をぐるりと見渡したソラネが、ヴォルフへ向けてヒールドローンを放つ。仲間を守り続けていたヴォルフは相応の傷を負っていた。癒えていく傷に、ヴォルフが振り返り小さく顎を揺らす。
「治して欲しいと思ってたんだ、ソラネ。ありがとう」
「ええ。かすり傷でも油断はできませんから!」
 頼もしいソラネの言葉を背に、ヴォルフは手にした鎌を投げつけて大樹の幹を切り刻む。
 ヴォルフの動きに続き、シアが高く跳躍して大樹の幹にルーンアックスを叩きつける。
「いかに強力な相手とはいえ、傷は確実に蓄積しているはずですわ……!」
 シアの言葉通り、大樹は枝葉をわななかせ、大気を震わせ声なき苦悶をあげ続けている。
 その痛みから暴れだすかのように、赤い花弁が無数に一点を目指しまっすぐに放たれた。――怒りの目標であるミュラへと。
「すごい勢いだねえ。まさに花手裏剣……。――ソラネ!」
 攻性植物の攻撃に安直な技名を付けつつ、夕が盾役の一人である仲間を振り返る。
 呼ばれるより先に、ソラネがミュラの前へ踊り出ていた。彼女の縛霊手、「ダイノアームズ【ティラノバイト】」で身を庇い、刃のごとき花を弾き、その身に傷を引き受ける。
「……もう。あんまり戦いって得意じゃないんだけどなー……」
 また自分のために仲間が傷付いた。それは作戦のために必要なことなのだとは分かりつつも、決して心穏やかに眺めていられる光景ではない。
 ミュラは足首に付けた紫水晶のアンクレット――大切な人からもらったお守りのことを思って、胸の前で指をきつく組み合わせた。
「アタシは、だいじょうぶ。痛くないよ、痛くても、痛くない。
 痛くない、痛くない……いたく、ない」
 ソラネに守られている間、ミュラは祈りのようにその言葉を繰り返す。傷付いた仲間には、紙兵を放ち癒しと守りを与えていく。
 後衛、それも癒し手に攻撃を集中させる作戦。一見危険だが、その分防衛に寄せた隊列を組んだことでリスクを相殺することができていた。
「うむ、痛いのはすぐに飛んでいくぞ。今日のわらわは味方に愛を撒き正義をなす愛の告死天使じゃ。遠慮なく受け取るが良い!」
 闇を斬り裂くかのようなアデレードの声と共に、前衛の仲間達を雷の壁が守る。ミュラとアデレードが癒しの手を休めぬことで、攻性植物の勢いも凌げている。
 シアにも浅からぬ負傷が蓄積していたが、気丈に微笑んで斧を持ち直す。これ以上の回復は望むべくもないだろう。どうしても前衛、盾役への回復を優先せざるを得ない状況で、わがままなど言えるはずがない。
「――左腕肉球復元」
 そんなことを考えていたシアの後ろからノッチの声が響く。その肩が、柔らかい何かでぽんぽんと撫でられた。
 驚いて振り返ると、そこにはもふもふの猫の手。ちらりと初々しい桃色の肉球が覗いていた。
「よしよし。これで大丈夫ですよ、シアさん」
「か、絡繰屋さん、それは……」
 口元を抑え、シアが肩をふるふると震わせる。
「はい。肉球ですが……お好きですか?」
「ええ! もちろん大好きです!」
 晴れやかな笑顔は、今や完全に元気を取り戻していた。
 そんな様子を横目に見遣り微笑んでから、セレネとエオスは顔を見合わせる。
「姉上、一般人へ害成すモノを放置出来ぬのじゃ……。わらわ達の業で討ち滅ぼそうぞ!」
「ええ、セレネちゃん! 必ずや此処で討ち取りましょう!」
 頷き合い、まず飛び出すのはセレネだ。舞うように地を駆けながら、軽々と抜いた鉄塊剣に銀焔を宿す。
「月の焔よ――」
 地を蹴ったセレネは一瞬姿を消し、全方位から乱舞の剣戟を大樹へ叩き込む。
「わらわに従い、相対するモノへ、降り注ぐのじゃ!!」
 無数の剣戟が宿す炎の奇跡は、まるで銀焔の華。
「暁刃達よ……共に舞い踊りましょう!」
 息を合わせたエオスの詠唱が響く。セレネの斬撃が止んだ瞬間に間髪入れず、大樹の頭上を魔剣のレプリカが一斉に取り囲み、槍撃の如く一斉に叩き込まれる。
「エインヘリアル……。セレネちゃんとわたくし、仲間達がいる限り――決して思い通りにはさせません!」
 凛と響くエオスの言葉。土埃が収まり、役目を果たした魔剣達が幻のように砕けて消えた頃。
 ――ゴォォォォォ!!!
 風の唸り声のような、悲鳴のような音を響かせて――根本から折れた黒の桜は、地響きと共に校庭へと倒れ込んだ。
 一瞬だけ花を咲かせ、その命を散らせた、仇桜の最期だった。


「強制的に目覚めさせられて、種を抜かれて、利用されて。
 倒す事にためらいはありませんでしたが……少し哀れですわね……」
 動かなくなった大樹を見下ろし、シアがぽつりと呟く。
 校庭を埋め尽くす赤い花弁は、血だまりにも美しい絨毯にも見えた。それらもすぐに、光の粒となり消えていく。
 ケルベロス達は皆で揃って、少なからず被害の出た校庭周辺をヒールして回った。皆で手分けしてかかればさして時間はかからない。
「星霊戦隊、だったか。手の届く場所にいるのに、簡単に手出しできないのは歯痒いな」
 花壇をヒールしながら呟くヴォルフに、ソラネが頷く。
「ええ、彼らが好きに活動しているのは悔しいです……。ですがいずれ、時機が巡ると信じましょう」
「後手に回るのは癪ですが、被害は無事に防げました。彼らを調べたり追ったりすることは、これからもできるでしょうし」
 言いながら、ノッチは校庭のひび割れを肉球で叩いて直していく。
 ヒールが一段落した頃、校庭照明が明かりを落とした。想定される戦闘時間に少し余裕をもってタイマー設定されていたのだろう。
「それじゃ、そろそろ帰りますか」
 一瞬だけ足首のお守りを撫でて微笑んでから、ミュラは皆に声をかける。
 それぞれに頷いて歩き出す中、夕がふと立ち止まって頭上を見上げた。
「ん、どうかしたか、夕?」
 足を止めたアデレードの声に、皆も戻ってきてそちらを見る。そこに広がっていた光景に、最初に声をあげたのはシアだった。
「まあ……」
 校庭を囲むようにぐるりと植えられた桜。それぞれが手にしたランプだけが頼りの儚い視界。薄い闇の膜の向こうで、季節を終えようとしている桜が一斉に散り、夜闇の中で白い花弁の雨を降らせていた。
 ケルベロス達の頭上に舞い落ちる桜は、微かな灯りを反射して柔らかく光る。
「美しいところですね、地球は」
「……ああ、全くじゃ」
 エオスとセレネが肩を寄せ、微笑み合う。
 小学校を囲む住宅街。この学校に通う子供達も、数多く暮らしているだろう。
 桜並木の枝が、ケルベロス達にお礼を言うように、風に揺られて頭を垂れていた。

作者:カワセミ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年4月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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