目覚めた慟哭の獅子

作者:陸野蛍

●蘇りし日本刀を帯びた獅子
 深夜のオフィス街に奇怪で不快な声が響く。
「さあさあ、我ら『マサクゥルサーカス団』のオンステージだ!」
 背中に蛾の翅を生やしたその男『団長』は、不気味な笑みを浮かべながら、手に持つ鞭をアスファルトに叩きつける。
 すると、何処からともなく宙に浮かぶ2m程の不気味な魚が数匹現れる。
「君達、あとは任せたよ。死と生の狭間で揺れる仲間を加えて、楽しいパーティーを始めよう!」
 その言葉を受けると魚達は、ビルを縫ってビルとビルの間の袋小路へと空を泳ぎ着くと、一斉に青白く光り、空に魔法陣を描く様に軌跡を描きながら泳ぎ回る。
 軌跡がはっきりとした光の線となると、その魔法陣は鈍く光り、白銀の鬣が立派な獣人が姿を現した。
 その獣人は、纏う武者鎧こそボロボロだったが、手には刃こぼれすら無い、妖しく光る一振りの刀を持っていた。
 獣人はガラス玉の様な青い瞳を舞泳ぐ魚達に向けると、下僕を得た侍の様に深夜のオフィス街を歩き出した。

●眠りに誘う戦いを
「第二次侵略期以前に死亡したデウスエクスが死神『団長』の手によって、サルベージされた。みんなには、このサルベージされた個体を退治して来てほしい」
 大淀・雄大(オラトリオのヘリオライダー・en0056)が、簡潔に今回の仕事を説明する。
「サルベージされたのは、第二次侵略期以前に死亡したライオンのウェアライダーだ。死神勢力の戦力増強を阻止しなければいけないのは勿論、このウェアライダーだって蘇りたくて蘇った訳じゃない。みんなの力でもう一度、二度と覚めない眠りにつけてやって欲しい」
 雄大が真摯な瞳で、ケルベロス達に言う。
「この、サルベージされたウェアライダーが出現するのは、あるオフィス街だ。出現が深夜だから、一般人の心配はしなくていい」
 サルベージされたことにより、知性を失っているが、生まれついての戦闘本能で襲ってくるので厄介な相手になるだろうとのことだ。
「攻撃手段は獣撃拳とハウリング、そして獲物として日本刀を持っている為、日本刀のグラビティも使用可能と言う、厄介な相手だ」
 死神がその強さの匂いを嗅いで、サルベージしたとするなら厄介なことだ。
「このウェアライダーをサルベージした、怪魚型死神も三匹いるけど、噛みつくくらいしか出来ないから、みんななら敵じゃない筈だ。かと言って、ウェアライダーの援護に回られても厄介だから、手早く退治して欲しい」
 説明を終えると、雄大が一つ息を吐く。
「死神のサルベージ事件は、頻繁に起こってるけど、地球側の仲間である、ウェアライダーが相手って言うのは、やっぱり気分が重いよな。だけどさ、倒さない限り悲劇は連鎖する。だから、このライオンのウェアライダー、みんなの力でしっかり眠らせてやって欲しい。頼んだぜ!」
 そう言うと、雄大は強く拳を握った。


参加者
英・陽彩(華雫・e00239)
クリム・スフィアード(水天の幻槍・e01189)
ヒルメル・ビョルク(夢見し楽土にて・e14096)
ネフィリム・メーアヒェン(機械人間は伝奇梟の夢を見るか・e14343)
ルイ・カナル(蒼黒の護り手・e14890)
砂星・イノリ(奉唱スピカ・e16912)
虎之眼・白炎(白銀の猛虎・e18873)
クルーアル・フローラル(其の掌は何を攫む・e25724)

■リプレイ

●誰が為の今
 夜のオフィス街を駆ける男女が8人。
「今度は獅子か……折角寝てるとこ起こしやがって……死者をなんだと思っていやがる……」
 先頭を走る虎のウェアライダーである、虎之眼・白炎(白銀の猛虎・e18873)が、死神の所業に怒りの言葉を漏らす。
 今回、死神が蘇らせ、ケルベロス達の討伐対象になったのは、ライオンのウェアライダーだ。
 元々『神造デウスエクス』ある、ウェアライダーは地球側を略奪する為の尖兵とされていた。
 その為、地球上に第二次侵略期以前に死亡したウェアライダーの死体が眠っているのはおかしくないのだが、現在地球を護るケルベロスの中にも、ウェアライダーは多い。
 そう言った意味でも憤りを感じずにはいられない。
「無理やり叩き起こされて、さぞ機嫌も悪いことでしょうね」
 そう言うのは、英・陽彩(華雫・e00239)だ。
「もう一度深い眠りにつかせてあげないとね。誰にも、もう邪魔されないように……」
 死神のサルベージはコギトエルコズム化したデウスエクスの復活とは、話が違う。
 死神の一方的な意図で、意思を無くした状態の死体が利用されるのだ。
「今の世界は、今を生きる人々の物だ……」
 悲しげに言うのは、クリム・スフィアード(水天の幻槍・e01189)。
 彼は、ここ1年ほどの記憶しか有していない。
 それでも、前を向いて歩いて行けるのは、『今』を彩る色々な支えがあるからだ。
 だからこそ、今を生きていないものが、今に干渉してはいけないと思う。
 例え、それが……自身の望んだことで無かったとしても。
「……進むべき時を失った存在が干渉していいものじゃない。……だから、休ませてあげよう。穏やかな、永い眠りへ」
 ある意味、被害者と言えなくも無い、蘇りし者を斃すことになると、クリム自身にも分かっていた。
「お相手のご登場の様ですよ」
 執事然とした、ヒルメル・ビョルク(夢見し楽土にて・e14096)が前方を指して、仲間達に伝える。
「なるほど、確かに光ってよく目立つものです。季節はずれの蛍火といったところでしょうか」
 前方から現れた、武者鎧を着たライオンのウェアライダーの身体は、全体的に青白く……不気味に光っていた。
「もっとも、その光は、蛍としては少々鋭利すぎましょう。故に、その生命の火、消させて頂きます」
 ヒルメルは、黒鎖を『ジャラン』と音をたてて、アスファルトに落とす。
「慟哭が聞こえる……。遺響の叫び、何を望み、ないているのかな……」
 倒すべき、ウェアライダーと対峙し、砂星・イノリ(奉唱スピカ・e16912)がそんなことを呟く。
 ウェアライダーが声を零している訳では無い。理屈では無い……イノリの魂がウェアライダーの慟哭を感じるのだ。
「サーカスは人を楽しませる為の物。それを理解していないとは……『団長』殿は未だ未だ半人前の様だ」
 仰々しく演技染みた口調で言うのは、ネフィリム・メーアヒェン(機械人間は伝奇梟の夢を見るか・e14343)だ。
「ふふっ、君もそんな輩にこき使われるなんて御免被るだろう? 直ぐに解放してあげるとしようじゃあないか!」
 ネフィリムの言葉は道化の様に、語り部の様に夜のオフィス街に響くが、帰って来る声は無い。
「さて……グリム、暫しの別れの時だ。なあに、心配ない。直ぐに終わるさ……」
 そう言ってネフィリムが魔導書を開けば、肩にとまっていた梟の『グリム』がその翼をはためかせ夜闇に飛び去って行く。
「相手は大きな猫さんなのねえ。無理やり起こされて眠たいでしょう? もう一度、今度はゆっくりと眠らせてあげる……ウフフッ」
 喜びを隠しきれない様な、笑みを浮かべながら言う、クルーアル・フローラル(其の掌は何を攫む・e25724)が言うやいなや、刃と化した蹴りをウェアライダーに放つと、それが戦闘開始の合図となった。

●死神の為の駒
「蒼き祈りは蒼黒の意志。この身に宿す魔力を以って、その意志貫かせて頂きましょう」
 ルイ・カナル(蒼黒の護り手・e14890)が、守護と幸運を司る勾玉を通し魔力を練り上げ得物にその魔力を帯びさせると確実に打撃となる一撃をウェアライダーに浴びせる。
 貴方の相手は私だと、ウェアライダーの攻撃意思を自分に向ける様に。
 ルイは彼のウェアライダーと対峙すると思わず、いつも身近にいるゴールデンタイガーのちびっこを重ねてしまう。
 ライオンと虎、同じ猫科と言うだけで似ている所は無いだろう。
 それでも……心には複雑な思いを抱え、胸が締め付けられる。
(「自分の意志で敵対するのならともかく、強制的に蘇らされて手駒にされると言うのは……やりきれませんね。だからこそ……あまり動かないでもらいましょうか、やたらと傷を増やすのは、此方も本意ではありませんので」)
 そう、心に決めるとルイは、石化の魔力を高め始めた。
「来来・焔雷! 音速の如し一閃をお見せくださいませ」
 召喚の言葉を口にする、陽彩の周りをミントの様な爽やかな香りが包む。
「こちらをどうぞ。気分がよくなることは保証いたします。獅子の足止めよろしくお願いたしますね」
 ヒルメルが集中力を高める香水を陽彩に向けて放って一礼していた。
 それに視線で返すと、陽彩は赤い雷を纏った狼をウェアライダーに向かって放つ。
「よろしくお願いしますね焔雷。狼は獅子に劣らぬことを証明致しましょう」
 赤き狼は牙を研ぎ澄ませ噛みつくと、ウェアライダーを苦しませ消えて行く。
「さて、私共は、死神さん達のお相手ですが、皆さん、既に大暴れのご様子。私も出遅れている訳にはいきませんね」
 言うとヒルメルは、黒鎖にグラビティを込めて行く。
「さて、これで怯んでもらうぜ? お前らは狩られる対象だ……魚共!!」
 白炎が、魔力を込めた、野生の獣の如き咆哮をあげれば、怪魚を模した死神は、脅える様に動きが鈍くなる。
「石化の魔力は、お好みかね? 死以外の終焉と言うのも面白いかもね」
 高らかに言いながら、放つ魔力を強めて行く、ネフィリム。
 動きの鈍った死神にイノリが降魔の一撃を叩き込めば、怪魚は命を無くし、消えて行く。
 クリムは、投げて戻って来たゲシュタルトグレイブを一旦収めると、一気に死神に接敵し、鎧をも穿つ一撃を放つ。
「ウフフ……アハハハハハハッ!」
 ウェアライダーに牽制としてドラゴンブレスを放った後、クルーアルは、遊戯を楽しむ様に笑いを湛えながら、死神にダメージを与えていた。
「楽しそうでよろしいですね。ですが、こちらに時間もかけられませんしね。それに……他者の意を顧みず手駒にするとは、よい趣味とは言えませんしね」
 言って、ヒルメルは黒鎖を牙として死神を噛み砕く。
「ちょっと傷ついちまってるみたいだな。月の癒しよ!」
 白炎が叫ぶと夜空の月からグラビティが溢れる様に、死神と対峙していた者達の僅かな傷が癒されていく。
「こっちが終わっても本命がいるからな」
 呟き、白炎がウェアライダーと対峙している仲間達を見ると、やはり二人では劣勢の様だ。
「俺は、あっちで回復のサポートに行く! あと一匹だ。早く終わらせてくれよ」
 白炎の言葉を聞き、ケルベロス達の集中攻撃は一層苛烈になる。
 ネフィリムの黒鎖とヒルメルの黒鎖が二体の猟犬となり死神を襲えば、クルーアルの炎が死神を焼き、クリムの槍が雷を纏って死神を刺し貫く。
「これで!」
 叫びと共にイノリの白い毛並みの爪が死神を引き裂けば、死神は動きを止める。
「よし! 行かなきゃ!」
 イノリが向けた視線の先には、仲間達と戦う、古き同族の戦士がいた。

●彼の為の死
「……何が何でも、持ちこたえて見せるわ!」
 幾度目かの御業の構成をしながら、肩から血を流す、陽彩が呟く。
「すぐに皆さんがいらっしゃいます。それまでの辛抱です」
 二本の弓を束ねて漆黒の矢を放ちながら、ルイが陽彩に言葉をかける。
 ルイとて、ウェアライダーの流れる様な刀の斬撃を浴びており、かなりのダメージを受けていた。
 幸いなことは、二人で攻撃し続けることで、ウェアライダーへの行動阻害が多く出来ていること、そして途中から白炎が回復に駆けつけてくれたことだ。
 だが、二人の受けるダメージ量が白炎の回復量をどうしても凌駕してしまう。
 ウェアライダーの攻撃パターンが多彩で見切りが発生せず、尚且つ一撃一撃が鋭い。
 それに加えて、陽彩とルイは、ウェアライダーの行動阻害に重点を置いていた為、どうしても防御の面を薄くせざるを得なかったし、それぞれは回復グラビティを用意していなかった。
 今の二人にとって、白炎の回復が生命線だった。
 ……それでも!
『御業よ!』
「敵を縛りし戒めとなれ!」
「哀れなウェアライダーを捕縛致しましょう!」
 陽彩とルイの御業が同時にウェアライダーを捉えた時、声が聞こえてくる。
「貫くは己の信念、穿つは悪しき妄念……。我が敵を突き抜けろ、ルーン・オブ・ケルトハル!」
 その詠唱と共に、巨大な魔力で構成された槍が、ウェアライダーを刺し貫くと役目を終え消えて行く。
「……はあ、はあ……大丈夫?」
 槍を放った、クリムが仲間達に声をかけるが、声をかけたクリムの消耗の方が激しく見える。
(「……魔力の指向性の調整……思ったより、消耗するな。それでも、私がそうするべきだと思ったんだ」)
「さあ、メインイベントよ! 始めましょう?」
 満面の笑みで、ウェアライダーに襲いかかるクルーアル。
「こんな所で斃れる訳にはいかないだろう?」
 その隙に、ネフィリムが物語を紡ぐべき仲間達、陽彩とルイに癒しの魔法をかける。
「再び眠りについて頂きます。……それが貴方の意に沿うことかは存じませんが」
 主の意のままに生きる自分とは違うのだからと、自虐の笑みを浮かべながら、ヒルメルは、影の如き動きで鋭い斬撃をウェアライダーに与える。
「白銀のレグルスよ!勇ましく気高き獅子よ! 死神の操り糸に屈したままで終わるのか! キミの魂に、この声届くなら……振るえ、その一撃を己の為に!」
 イノリは、ウェアライダーの誇りを獅子の誇りを信じ、叫びながらウェアライダーに接敵する。
 だが、ウェアライダーの刀は意思持たぬ躯の刀、そしてその動きも、陽彩とルイの攻撃によって、かなりの制限が加えられており、振り下ろされることは無い。
 だが、それはウェアライダーの意思では無く、ケルベロス達の力だ。
「獣の誇りを見せてよ……お願いだよ。泣きたくないんだ……こんなの、イヤなんだよ」
 訴え続ける、イノリの頭をもう一人の獣人の大きな掌が撫でる。
「よう、すまんな……こういう形でしかお前を救えねぇ。……気高い百獣の王……。今度こそ安らかに眠ってくれ」
 白炎はそう言うと、刀をウェアライダーに突きつける。
「我が奥義、受けてみろ!」
 覇気を纏ったその刃は、振るわずとも斬撃波となってウェアライダーを切り裂く。
 だが、その一撃を受けても、百獣の王は……ライオンのウェアライダーは立って、刀を振り上げる。
 それを妨げる様に、陽彩が御業で作り出した炎を撃ちだし、ルイが石化の魔力を放つ。
 クルーアルが会心の笑みでウェアライダーの顔を蹴り飛ばす。
「……歌が聞こえる……! 魂の声がする……!」
 呟くと、イノリの四肢が獣化し、体表に禍々しい呪文が浮かび上がる。
 魔獣と化したイノリは、舞う様な体捌きで、その爪で、その牙で……ウェアライダーを文字通り獣の如く襲った……何も言えず、涙を流しながら。
 イノリの蹂躙が終わると、静かにライオンのウェアライダーは、膝をついた。
 そしてゆっくりと、粒子となって消えて行くその時、一瞬だけ獅子のその瞳が笑みの形を作った様に、ケルベロス達には見えた気がした……。

●未来の為の光
「あァ、楽しかったぁ……。次はどんな遊び相手に会えるかしら? 楽しみねぇ」
 戦闘が終わり、周囲のヒールと片付けをしている最中、クルーアルは少女の笑みを浮かべながらそう言った。
「まあ、無事に終わってよかったぜ。まあ、仕方無かったんだ……」
 仲間達の回復を終わらせた白炎は、気落ちする仲間も居る中、そう言葉をしめた。
「あの光も、仮初の命に相応しい……儚い輝きでしたね」
 ヒルメルがウェアライダーの青白い妖光を思い出しながら言う。
「やあ、グリム。別れの時間は寂しくなかったかい? ケルベロスと獅子の戦いは紡がれ、終焉した。ボク達も行くことにしよう。次の物語を紡ぎに……」
 ネフィリムは、戻って来たグリムと共にその場を去って行く。
 語り部は、己が経験した出来事を伝えなければならないのだから。
 クリム、陽彩、ルイの三人は静かに目を閉じ、二度死んだウェアライダーの為に祈った。
 今度の眠りが誰にも妨げられないようにと。
(「……少しだけ心苦しく感じるのは、きっと身近にいるせいなのでしょうけれど……どうか、安らかに」)
 ルイは、少し苦しい心を、あのちびっこに埋めてもらいに行こうかと考えていた。
(「お疲れ様……そして、お休みなさい」)
 心から、普通に……ただそれだけを陽彩はウェアライダーに贈った。
 それが、一番大切な贈る言葉だと信じて。
 そしてケルベロス達は、ヒールを終えるとその場を去って行く。
 最後尾に居たイノリは、ウェアライダーが消えた方を振り返ると、心の中で言葉を紡いだ。
(「ボクが、そちらへ逝った時……もしもキミが白犬のはらがらの子を覚えてくれていたら嬉しいな。…… またね」)
 それは、イノリの祈りにも似た願いだった。

作者:陸野蛍 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年4月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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