家族の為に

作者:絲上ゆいこ

●夜のビル上
 春風は二人の髪を靡かせ、流れた雲で月灯りを隠す。
「さて、あなたへの命令よ」
 雑居ビルの屋上でスーツ姿の女が、少女を見下ろしている。
 異質な仮面を纏った忍者姿の少女は微動せず、ただ自らに下される命を待っているようだ。
「地球での活動資金の強奪、或いはケルベロスの戦闘能力の解析を命じます。……ああ、あなたが死んだとしても情報は収集できますから。心置きなく死ぬか、活動資金を強奪してきて下さるかしら?」
 任務のために死ねと言われているようなものだが、少女に迷いは無く。ただ佇まいを正し、頷いた。
「さあ、行きなさい。あなたの活躍を期待しているわ」
 スーツ姿の女――螺旋忍軍の夕霧さやかの命に従い、月華衆の少女はビル上からその姿をかき消した。
 流れる雲。
 足音も無く、月華衆の少女はある家屋へと降り立った。
 しいんと静まり返った世界には、自然の奏でる音だけが響いている。
 少女は気配を探りながら、家中に誰もいない事を確かめながら歩く。
 そして目当ての金庫を見つけると、つまみを軽く握った。
 鈍い音が響く。
 数秒後に力任せに捻り切られた金庫の扉を床へと放り投げると、少女はその中身へと手を伸ばした。
 
●一枚の財宝
 片目を瞑っていたレプス・リエヴルラパン(レプリカントのヘリオライダー・en0131)は、ケルベロス達の姿を認めると、そちらへと向き直った。
「お、お前達集まってくれたか? あぁ、今日はな。お前達には螺旋忍軍のコソドロを止めて貰おうと思ってんだ」
 ある資産家の自宅に『月華衆』と呼ばれる螺旋忍軍の一派が忍び込み、金庫の中身を根こそぎ奪う事件を予知した、とレプスは語る。
「他人や銀行は信じられ無いってな。相当、自宅の金庫の中に溜め込んでいたみたいだぞ」
 事件が発生する場所は、千葉の外れの一軒家だ。
 その日家人は、久々に遊びに来ていた孫たちと全員外食に出掛けている為、事件の時間には誰もいない。
「千葉っていっても田舎の方の千葉だから、まぁ人払いも心配は無いだろうなぁ」
 敵は、月華衆の少女ひとりだ。
「しかし、アイツらは特殊な忍術を利用するらしい」
 それは、自分が行動をする直前に使用されたケルベロスのグラビティの一つをコピーして使用する忍術。
 また、理由はわからないが、月華衆は『その戦闘で自分がまだ使用していないグラビティ』の使用を優先するようだ。
「妙な奴だが――、これを逆手に取れば、有利に戦う事ができるかもしれないな」
 レプスは片目を瞑ると、掌の上に予知された月華衆の手描きイラストの立体映像を生み出す。
「狙われた家の資産家は、金しか信じないような偏屈な爺さんだったらしいがな。孫が産まれてからはそれは溺愛して、家族の為にと頑張って貯めていたらしい。……そこで、銀行も信じられたらこんな事にならなかったかも知れないがなぁ」
 言葉を一度切るとケルベロス達を見渡し、首を傾げて笑みを深めた。
「螺旋忍軍が何を考えて動いてるかは解らないが、お前達なら上手にやってくれると信じてるぜ。ケルベロスクン達」


参加者
ヴィンチェンツォ・ドール(ダブルファング・e01128)
月隠・三日月(夜闇に月灯を・e03347)
ルイ・コルディエ(菫青石・e08642)
篠田・葛葉(狂走白狐・e14494)
月城・樹(ケルベロスの鎖・e17497)
参式・忍(謎武術開祖のニンジャ・e18102)
カッツェ・スフィル(黒猫忍者いもうとー暴走型ー・e19121)
カティア・エイルノート(ヴァルキュリアのミュージックファイター・e25831)

■リプレイ

●夜の花
 柔らかな春の香り。
 月明かりの射す日本家屋の庭。
 しんと静まり返った庭へと猫のように音も無く地に降り立った月下衆の少女は、一瞬で事態を把握した様子だった。
 月下美人の花が彫り込まれた手裏剣に手をかける。
「この季節だと、夜の散歩ってのも中々良いものね」
「ドーモ。デウスエクス=サン。参式・忍です」
 先客と言えようか。庭石に座ったルイ・コルディエ(菫青石・e08642)は、少女の姿を認めるとノンビリと話しかけ。
 同じく庭で待ち構えていた参式・忍(謎武術開祖のニンジャ・e18102)も両手を合わせてペコリを頭を下げた。
 少女の答えは無く。
 ケルベロスたちに警戒を深めた渦巻きの仮面を被った少女は、ただ低く構える。
 月隠・三日月(夜闇に月灯を・e03347)が、その黒い瞳に憎しみの色を浮かべた。
 あの仮面は憎く、嫌な思い出しか無い。――しかし、自らの感情で皆に迷惑を掛けるつもりも無いのだ。堪えるように瞳を閉じる。
 茨のカフスが月明かりに煌めかせたヴィンチェンツォ・ドール(ダブルファング・e01128)は、やれやれと首を振った。
 相手は命令とは言え、家族の為にと頑張った老人の蓄えを奪おうとする月下衆の少女だ。
「ただ金が欲しいならこんな小さい所を狙うこともないだろう? 全く無粋だな、君達は」
「放って置いても空巣ですが、知ってしまった以上は見逃せませんね」
 彼の言葉に篠田・葛葉(狂走白狐・e14494)は狐の耳を揺らして頷き、警察に取り締まる事もできないのだから、と瞳を細めて少女を見る。
「ここは家族を思う優しき者の住みかだ。例えシニョリータであろうと許せはしないな。――お引取り願おうか」
 『狂月病』発作を考えるだけで夜の外出は苦手だ。
 しかし、守りたいものを守る為には、逃げてはいられない。
 月城・樹(ケルベロスの鎖・e17497)は自らの心を落ち着かせて、言葉に思いを深めるように首輪を握りしめて、少女と対峙する。
「絶対に、幸せを壊させたりしません」
 少女の答えはやはり無く、低く構えたまま。
 一番初めに口火を切ったのはカッツェ・スフィル(黒猫忍者いもうとー暴走型ー・e19121)だった。
「下っ端とはいえ忍びがコソ泥の真似とは……」
 蒼き大鎌。Kerberos' Scytheが横薙ぎに振るわれると、籠められた螺旋が空より氷結を生み放つ。
 弾かれたように跳ねて回避する月下衆に、カッツェは笑みを深めた。
 こうでなくてはいけない、折角同じ忍同士だ。すぐに倒れられてもつまらない。
「このままだとここでお前は死ぬんだ。目的を教えろとは言わないけどお前、名は?」
 カッツェが問い、ゾディアックソードを抜いたルイも首を傾ぐ。
「忍者って任務の為なら命を惜しまないってイメージだけど、その通りだったみたいね……貴方は何とも思わないの?」
 仮面の下の視線は見えはしないが、ケルベロス達を注意深く観察しているのであろう。
 構えた少女は出会いから同じく、何も語りはしない。
「……意思も無さそうな人形と遊ぶのはあんまり気が乗らないわ」
 ため息混じりにぼやきながら地へと守護の星座を描くルイに、首を左右に振ってから三日月はにっと笑いかける。
「その分うるさくはなさそうだな! さあ、グルグルの妙な仮面、叩き壊してやるぞ!」
 落ちるは月光の光の一撃と、軋むような思いを綴る寂寞の響き。
 攻撃に旋律を重ね、破剣の守護を与えるのはカティア・エイルノート(ヴァルキュリアのミュージックファイター・e25831)だ。
 例え相手がグラビティをコピーする敵でも、ボクには関係が無い。
 ボクの歌は奴には歌えない。
 ボクの歌はボクのものだ。
 ボクの歌は盗まれない、盗ませはしない。
「所詮ただの猿真似、特に脅威とは感じない」
 感情が籠った胸を打つ歌声とは正反対に、感情の篭もらぬ表情でカティアは敵を見下ろした。

●死をも恐れぬ忠誠
「イヤーッ!」
 内蔵ブースターが爆ぜるような音を立てて、肘から先がドリルと化した忍が夜を裂くように駆けた。
 月下衆は巨大な手裏剣を盾のように操り、勢いを殺してその一撃を流すように受ける。
 その防御の間を縫うように達人の一撃を放ったヴィンチェンツォは、掌の中で弟の手癖じみてリボルバー銃を弄びながら瞳を細め、改めて少女を観察する。
 敵は観察に徹し、未だ攻撃を行っては居ない。
「俺たちの情報を収集しに来ているというのは事実のようだな」
「んー、でも、普通のグラビティで攻撃ならば情報収集されたところであまり影響はないんじゃないかな?」
 呟きにカッツェが応え、駆けるヴィンチェンツォは小さく笑んだ。
「俺たちの『強さ』を見に来ているのかもしれないな。――なに、やる事はいつもと変わりはしない」
「その通りだ。敵は一人、こちらは八人。恐れることはない。油断せず行こう!」
 三日月が応えると、樹がその思いに応えるように首輪に手を添える。
「内なる”獣”を呼び覚まし、”鎖”と”首輪”を持って”力”を制する」
 言葉に呼応した前衛と樹との間に青白い光の鎖が生まれ、その光を掴むように拳を握ると敵を睨めつける。
「……行きましょう!」
「了解! あはは、……ぶっ殺すッ!」
 集中力を高められた葛葉が跳ね、光の鎖を撓らせると一気に月下衆との距離を詰めた。
「この距離に釘づけにする!」
 銃身を月下衆の少女の身に、刺すように押し付けて一息に叩きつけるスタビングバースト。
 少女は不意に押し付けられた連撃を避ける事ができずに、激しい銃声が幾度も響く。
 仮面の下の視線が動いたような気がした。
 銃口がスタンピングバーストを吐き出し終えた瞬間に、少女の懐から取り出された巨大な銃が葛葉に押し付けられた。
 押しのけて割りいるように、ウェアライダーの脚力でその身を滑りこませる樹。
 その体に激しい銃声と共に幾度も吐き出される銃弾は、本来は葛葉だけの扱えるグラビティ。――スタビングバーストだ。
「――……!」
「く、……ふっ!」
 庇い構えたケルベロスチェインとその身に刺さった銃弾が零れ落ちる。
 ケルベロス達は皆グラビティを斬撃に合わせた上で、斬撃耐性の防具を纏ってきている為に樹のダメージのほうが少なくみえるだろうか。
「大丈夫、です……っ」
 ウィングキャットのホワイトハートは、翼をはためかせてにあ、と小さく鳴くと樹に癒しを与えた。
「あれがコピー……敵を吸い込んだりしたらコピー出来る方じゃないのね。……でも、使った事のないグラビティを試してみたい気持ちは分かるわ、私もやってみたいもの!」
 わかるわ! と言わんばかりに、ルイは微妙にゲームの話をしながら月下衆と樹の間へと割り入り、同時にカッツェの腕に纏ったブラックスライムが敵を覆うほどに膨らんだ。
「間近でみると面白い忍術だよね。でも、偽物に負ける訳にはいかない、本物をみせてやる!」
「そうね、コピー出来ても使いこなせなければ意味が無いって事を教えてあげましょう!」
 ルイの炎を纏った回し蹴りが少女を強かに打ち、蹈鞴を踏んだ所にカッツェのブラックスライムが少女へと食らいつく。
「あはは……、マネしてくるだけなら、かえって殺しやすい!」
 体勢を立て直した葛葉は、歯をむき出して楽しそうに笑った。

●月下美人の誇り
 重ねられる戦いは、時間はかかってはいたが着実に終わりへと近づいている。
 そう感じながらも、カティアは表情を崩す事無く、歌を重ねていた。
 自らの回復の手を緩めない事で、皆の戦いが安定していると感じられるからだ。
「でも、そろそろ終わり」
 月下衆の疲れが目に見えてきた事を確認すると、手の中のスイッチを押す。破壊の加護を与える爆破音を響いた。
「仕える主が居るのは羨ましいけど、使い捨てとは仕える主を間違えたな。この機会に寝返ったらどう?」
 囁くカッツェの蒼き刃に虚を纏い、刈り取る鎌は命を刈り取るように。
 月下衆の少女は裏切る事など毛頭無い様子で、どれだけ傷つこうとも引くことを知らぬようだ。
 死ぬ事まで含めて自らの任務だと行動で示すように、螺旋の力を纏った氷結弾を幾つも生み出しケルベロス達に叩きつける。
 氷弾より仲間を庇わんと立ちふさがったルイは、ゾディアックソードで氷を叩き割ってから、下らないと言わんばかりにその黒髪をかきあげた。
 自らの意思が無い人形との戦いなんて、なんてつまらないのであろう。
 星座の輝きを灯した重い一閃は、攻撃を止めようと引きぬかれた脇差ごと彼女を抉る。
「本当に操り人形ね」
「使い捨て、――解らなくはないが、シニョリータにさせるのは好かんな」
 その姿は痛ましくすら見え、うんざりした様子でヴィンチェンツォが囁く。
 螺旋忍軍というのは、本当に無粋な組織だ。
 終わりを見据えた葡萄酒色の視線は少女の頭を捉え、正確に打ちぬく。一撃は仮面に罅を走らせるが、彼女の動きを止めるには至らない。
「あはははっ! ねえ、もう弾がもったいないから、切り刻んで解体するね!」
 畳み掛けるように葛葉は駆け抜け。掲げた大振りな漆黒の刃を持つ惨殺ナイフで傷口を重ねるように斬りこむ。
 腕を撓らせた月下衆の少女は腕を一本犠牲にしてその攻撃を何とか受け止めた。
「はあ……、螺旋忍軍……月華衆……、いけ好かない連中」
 弾かれるように後退した少女の背へと、樹が螺旋氷縛波を叩き込んだ。荒くなった口調は、普段の姿からは想像が付かない程だ。
 背を貫かれた月下衆は、肩で息をしながらも尚ケルベロス達へと対峙する。
 そのあり方は、樹の癇に障るあり方でもあった。
「終わらせてあげる」
「月華衆、任務の為ならば己が死すら気に留めんでござるか、――イヤーッッ!!」
 樹の呟きに呼応して、月明かりを背負って跳躍する忍。ブースターが爆ぜて、廃棄音が響く。
 自らの生み出した武術。『機甲式螺旋八極拳』の構えだ!
 右腕を高く掲げる忍に、合わせて三日月が日本刀に月を落とす。
「月齢道場の結束を見せてやろう!」
「神に逢うては神を斬る!! デウスエクスよ……――さらば!」
 月光の一撃と、触れたものをねじ切る手刀。
 斬。
 同時に上体と下体に与えられた撃に、たまらず月下衆は膝より崩れ落ちた。
 もう、彼女が立ち上がる事は無い、ぞろりと彼女の体が影が落ちた。
 柔らかな春風が吹くと、その姿は初めから無かったかのように影へと溶け消える。
「――Addio」
 月明かりの射す庭で、ヴィンチェンツォの煙草へと火を灯す音だけが響いた。

●明日はもっと、今日よりも
「はぁ……戦いの後はいつになっても慣れませんね……」
 葛葉が血を拭いながらまた戦闘時にテンションをあげてしまったと、自己嫌悪に狐の耳をぺったりと倒した。
「そういえば……、資産家を狙うのはいつものこととして、螺旋忍軍の目的は何だったんでしょう?」
「月華衆が死んでも情報は収集できるとは、気味の悪い話だ。何か秘密があるのかもしれないな」
 周りを見渡しながら三日月は相槌を打つ。
 デウスエクスの死体が残らぬ事はよくある事だ。それに、彼女の止めを確実にさしたことは、自らの刀が一番よく理解している。
 どこかから見張られてはいないかと周りを見渡したが、家屋へとヒールを行う忍と樹が見えるだけでそれらしき気配は見つける事が出来なかった。
「特に手がかりは無さそうでござるなー」
「そう、ですね……」
 忍が塀の上に登って周りを見渡し、荒ぶっていた口調が落ち着いた樹は物静かに頷く。
 火を灯した煙草を月下衆の少女が倒れた場所に置いたヴィンチェンツォも、もちろん警戒を解いてはいなかった。
「……家族の為に。シニョリータは組織の為に、と言う所か」
「使い捨てられても仕えたい主なんて、少しだけ羨ましいかもしれないけれどな」
 カッツェが月を見上げて呟き、ヴィンチェンツォはちらちらと燃える煙草を見下ろした。
 やり方の是非を問わなければ。
 何かのために体を張る、という事は自らが家族を思う気持ちにも似ているのかもしれない。
「情報収集が目的だったならば、するならすればいい」
 ぶっきらぼうにカティアが、ホワイトハートを抱き上げて言う。
「ケルベロスの今の戦力を計ったってなんの意味もない」
 ヴァルキュリアとしてケルベロスとなったばかりの自ら。
 今は、生きる目的を見つける事はできてはいない、しかし、それでも見えるモノはある。
「……ボク達の「今」を知られても「次」の時にはもっとつよくなっているから」
「ふふふ、……そうね、その通りよ!」
 喉を鳴らして笑うルイを、表情が変わらぬながらに不思議そうにカティアは見た。
「私達はまだまだ強くなれるものね」
 自らよりケルベロスとしての歴が短い後輩に格好を付けるように、ルイは胸を張る。
 その姿をカティアは、やはり無表情ながらに不思議そうに見ていた。
「――情報か。彼女らにはまた会うかもしれんな」
 ひとりごちたヴィンチェンツォは、家族の事を反芻するかのように、掌の上でライターを弄んだ。
 まだ家主が帰ってくる様子は無い。
 そして彼はシガーケースより煙草をとりだして火を付けた。
 死者の弔いの為でなく、生きる自らが一服するために。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年4月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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