紅紫に美しき

作者:ヒサ

 深夜、人気の無い大通り。人間よりも幾分大きい、カラフルな五つの影が現れた。
 桃色の衣装を纏う女性は土いじりばかりで無く殺戮もしたいとぼやき、黒色の男性がそれをなだめ、青色の男性が任務外の行動は必要に迫られた時のみと諫める。彼らにとってはいつもながらの遣り取りを交えつつ、しかし任務にあたる表情はそれぞれに真剣だ。
 暫し付近を調査した末に一人が報告を上げ、赤色の男性の指示で全員の鎧が輝く。その輝きは黄色の男性が持つバズーカ砲に集められ弾丸となり、放たれたそれが地面にぶつかり光を撒き、その中から植物が急成長する。
 多量のグラビティ・チェインを与えられたそれは、為した五名にとっても見上げんばかりの巨木となり、ツツジに似た幾つもの花を咲かせた。
「よし、後は種だけね──」
 己と似た色の花を見上げた桃色の女性はそう言って微笑んだ。

「エインヘリアルがオーズの種を回収しているみたいね」
 彼らは地下に眠る種を見つけ、発芽させて巨大な攻性植物へ変えた後、その種子のみを回収して行くのだという。残された攻性植物は、種を失った事で不足したグラビティ・チェインを補給する為、近隣の一般人を殺して回るのだとか。
「このエインヘリアル達も気になるけれど……ひとまず、この攻性植物が人を襲う前に、あなた達で倒してきて欲しい」
 篠前・仁那(オラトリオのヘリオライダー・en0053)はそう、ケルベロス達に依頼する。
「発芽の際に大量のグラビティ・チェインを浴びているからだと思うのだけれど、戦闘力は高そうよ。ただ、種が無い分、脆いみたい。敵が出現する場所は、すぐ近くには人は居ないみたいだから、移動される前に襲撃すれば、あなた達ならば十分勝てると思う」
 敵は一体。その攻撃は決して侮れないが、周囲は営業時間外の店舗と街路樹が建ち並ぶ以外は平坦な地形である事もあり、上手くすれば手早く撃破する事も不可能では無いだろう。
 但し、路地三、四本分ほど移動を許してしまうと一般人が巻き込まれる可能性も出てくる。人間用の脇道を歩けないサイズの攻性植物は、進路上の建物を破壊しながら移動するため足は遅いが、楽観は危険だ。
「攻性植物が自由に動き始める前に止めて貰えたら安心なのだけれど……それを生み出すエインヘリアル達とは、はち合わせないようにして貰った方が安全だと思う」
「五体居るんだっけ?」
 出口・七緒(シャドウエルフのウィッチドクター・en0049)が問い掛けた。頷く仁那は不安げに眉をひそめていた。
「エインヘリアルはやる事やったら勝手に撤退するっぽい、けど、攻性植物を仕留め損ねたら大惨事確定、と……」
「……ええ。だから、お願いね。どうか気をつけて」
 ヘリオライダーはケルベロス達の身を案じつつ、そう依頼した。


参加者
リシティア・ローランド(異界図書館・e00054)
二羽・葵(地球人もどきの降魔拳士・e00282)
マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)
ディー・リー(タイラントロフィ・e10584)
カロリナ・スター(閃光の射手・e16815)
鋼・柳司(雷華戴天・e19340)
ティリシア・フォンテーヌ(ドラゴニアンの螺旋忍者・e21253)
メイセン・ホークフェザー(いかれるウィッチ・e21367)

■リプレイ


 静まり返った夜の中、エインヘリアル達の声だけが響く。
(「歯痒いが、堪えねばな」)
(「はい、今はまだ……」)
 ディー・リー(タイラントロフィ・e10584)やティリシア・フォンテーヌ(ドラゴニアンの螺旋忍者・e21253)は口惜しげに目線を交わす。確実に任務をこなす為、ケルベロス達はエインヘリアル達から少しの距離を置いて物陰に散らばり、息を殺して身を潜めていた。
 やがて路地から光が溢れた。ケルベロス達の視界も淡く照らし上げられ、此度の敵が目覚めたと知る。乾いた音は葉擦れだろうか、マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)などは使命感ゆえに厳しい面持ちで、エインヘリアルの撤退を今か今かと待った。
「──オッケーです!」
「さっさと片付けてしまいましょう」
 やがてエインヘリアルの撤退を確認し、二羽・葵(地球人もどきの降魔拳士・e00282)が声をあげた。リシティア・ローランド(異界図書館・e00054)は冷めたと表現して丁度な程の落ち着いた声で皆を促す。
「行きましょう! 思い切りやって大丈夫な筈です!」
「有難い」
 路地に残された攻性植物を取り囲むようにケルベロス達が集結する。エインヘリアル達を慎重に避けながらの周辺の封鎖を無事終えたカロリナ・スター(閃光の射手・e16815)の報告があった事もあり、第三者を巻き込む心配は今のところせずとも良いと判っていた。何名もが動けば危険だからと単独で動いていた彼女を鋼・柳司(雷華戴天・e19340)が労う。
「では、一仕事するとしよう」
「奴が動く前に片付けるぞ!」
 左手に銃を携え柳司は祭壇を装着した右拳を握る。マルティナは細身の剣を抜き放ち、敵へと真っ直ぐ突きつけた。


「Sootlizard、Tears。働きを期待していますよ」
 己が武具のうち、戦場へ出すのは初となる二つへと、メイセン・ホークフェザー(いかれるウィッチ・e21367)は囁いた。その音は力を帯び、彼女の身に解放された呪力が巡る。そうしてかざした掌は炎を噴いた。
 熱を受けても構わずうねる敵の根が大きく振るわれた。出口・七緒(シャドウエルフのウィッチドクター・en0049)が腹を打たれて呻く。案じてカロリナは、柳司の手により盾役達のもとに展開された紙兵だけでは不足と判断し、翼を広げ祈りを囁いた。
「大丈夫そうです?」
「うん……ありがと」
 防御に意識を向けていなければ今立っている事すら出来なかったであろう一撃に七緒は顔をしかめつつ、何とかといった風彼女へ頷いた。もう一発くらいなら耐えられるだろう。痛みを逃がすように息を吐いた彼は、片手にぶら下げたままの杖から雷を放ち後方の者達へと守護の壁を織り上げた。
 とはいえ敵は完全に足を止めたわけでは無い。先の一撃は、行く道にあった障害物を払っただけ。ゆえに、こちらを排すべき脅威と報せるべくディーは敵へと跳び掛かる。伸べた尾を掛け敵の動きを僅かなれど阻み、空けた片手を拳に握る。
「おぬしの敵はこちらだぞ!」
 背後から強襲するよう、獄炎を纏う拳は過たず敵を打つ。次いで槍を構えたティリシアがその穂先に雷を纏い地を蹴った。
「進ませるわけにはいかないのです」
 軽やかに跳んだ少女は重力と共にその勢いを地へと向け敵を抉る。鈍い音を伴い数枚の葉が舞い散る中、樹肌を蹴り彼女は敵の前方へと退く。小さな体が過ぎ行くその虚空をリシティアの炎が薙いで、敵へと追撃を加えた。
 敵が、ケルベロス達の戦意を知り警戒に歩を緩める。されどそれだけでは不十分と、マルティナは無数の気弾を放つ。怯ませたところへ葵が蹴り技を放ち敵の動きを阻んだ。
「全力で呪殺しましょう」
 メイセンの静かな声が示したのは怒りと悪意。担うは杖より変じた煤色の蜥蜴。彼女の呪言をひきがねに放たれたファミリアは敵を穿つ弾丸となる。敵を嘲笑う如き笑みに口元を歪めたマルゾもまた、敵を縛す呪詛を紡いだ。
 それでも、敵を阻みきるには未だ不足。巨木に咲き乱れる花が禍々しく瞬いて、不可視の甘い毒を零す。意識を侵す澱みの色を目にして魔女と司書が警告を発した。ビハインドが主の元へ戻り、身の丈より大きな剣を盾の如く構えた葵がリシティアの前へ飛び出し、マルティナがカロリナを突き飛ばすようにして遠くへ逃がす。
「大丈夫ですか!?」
「ええ」
「無事だな? 援護は頼むぞ」
「はい!」
 リシティアは、己より余程苦しげな様子の葵の問いに即答する。マルティナは視界の外から返った癒し手の応えを確認してのち反撃に移る。
 周囲へ目を配りカロリナは、前を往く者達の為に鼓舞の風を生み出した。だが、広く散らしたゆえだろう、効果は無為とは云わぬが芳しくも無い。次をと忙しく思考する彼女を狙うそぶりを見せる敵に気付いて柳司が、それを阻止すべく蹴り技を叩き込む。
「俺はこれでも武術家でな。雷華戴天の技、存分に味わって貰おう」
 仲間と共に人々を守る為、好きにはさせぬと彼は告げる──叶うなら、人々が夜の眠りから覚めてしまうより早く。その為に攻勢へ転じた彼より放たれた技は、敵の思惑を挫くほど速く。ティリシアが更なる加速をと望み身に獄炎を燃やす傍ら、手を緩めぬべくディーが追撃に出る。その身で敵の呪力を受け止めた盾役達もまた、その力を脅威と牙を手折りに動く。斧を構えた葵が高く跳び、思考を鈍らせる毒を制する如く小さくかぶりを振ったマルティナの剣はそれでも正確に敵を捉え神速の刺突を繰り出した。
「──Summons!」
 メイセンが書を持つ手を翻す。宙に現れた大釜がくるり巡りて薬湯の雨が散った。堪えてはくれているが、盾役達の負担は軽いに越したことはない。後衛に被害が出ては事だと柳司も敵の動きを警戒しつつ再度紙兵を撒く。
「足元をすくわれるわけには行かないしな……」
「お二人共ありがとう、あとはボクが」
「うむ、頼むのだ!」
 射手達へも色づく風を吹かせカロリナは、皆は攻めて欲しいと依頼する。補助を終えて彼女は、以降は誰も倒れぬように支えきる事を己が務めと、片腕に宿した植物の具合を確かめた。託すディーの声は明朗で、敵へ伸べた拳と尾の炎は持ち主の気質を映す如く煌々と燃え盛る。
「――歯ァ食い縛れ?」
 炎が流れ尾を引くよう、殴打を一つ。それに敵が怯む間に、術を繰る手に雷の加護を浴びたリシティアが再度詠唱を紡ぐ。
「よく燃えると良いわ。御出でなさい」
「覚悟するですっ!」
 闇に浮かぶ白い手から熱の竜が生じた。続き、身に炎を纏ったティリシアが敵へと突撃し、敵へとかの身を害す雷を置き去る。敵が放つ熱を、毒を、受けれど手を緩めるわけには行かぬと彼らは攻めに注力した。
 その頃には敵は、彼らを捨て置けぬ脅威と認識した様子であった。巧く殺せれば良い餌になる、とも思ったのか、徐々に比較的脆い者達が狙われがちになる。
「好きに暴れられては困ると言ったでしょう」
 とはいえ狙いが判れば対策も容易、自身のビハインドとは対照的に顔色一つ変えず声だけを怒りに低く揺らし術を操るメイセンの身を焦がす熱はカロリナが祓い、皆の援護により何とか役目を果たしている体の七緒は己が手での当たらぬ攻撃は端から捨てて攻め手へ補助を紡ぎ続けていた。
「──危ないです!」
 休まず攻め続ける中、敵の根が彼らの頭上を越えてうねり伸びる。気付いた葵が跳ねるように駆け、身を挺して仲間を庇った。咄嗟に剣を構えたものの受け止めきれずによろめく彼女の背を柳司が支える。根を払おうと伸ばした手が空いた代わりだ。
「すみません」
「──うちの流派は実戦重視でな。使えるものは当然使う」
 恐縮する彼女に構わぬと応じて彼が上げたのは左手。敵を捉えたライフルの銃口が凍てつく光線を放つ。見る者の視界を白く染め、治癒の光が辺りを更に金に彩り──その色は、生じた闇が喰らう。
「御出でなさい、深き闇の者ども。餌の時間よ──贄は彼方」
 夜より深い闇から呪いが出でる。身を盾に、敵の熱弾から術者を守ったマルティナの肩を越えてリシティアの手が敵を示すのに呼応し呪詛がその手を伸ばす。
「大人しくしているです!」
「おぬしと仕合うのも、そろそろ終いにせねばならぬのだ」
 まばゆい雷槍と炎拳が敵を打つ。その輝きを標と闇はにじり寄り、滅すべき敵を捉え呑み込む。
「景観を損なうだけの植物に価値なんて無いわ」
 術を御した彼女は残骸を見下ろして呟いた。関心など初めから無いとばかりに淡々と。


 敵の死を確認して口を閉ざしたメイセンは荷物から小さなホワイトボードを取り出した。彼女にとって声とは戦いに臨む時にのみ用いるものだった。『傷の具合は如何ですか』と綴ったは良いものの、今この場でそれを何の苦労も無く読めるのは書いた当人だけで、板面を向けて問われた者達は目を凝らして顔をしかめた。彼らのその反応は痛みゆえに見えなくも無かったので、彼女は速やかにヒールを行使する。
「ディー・リーは周りをヒールして来るのだー」
 身の無事を確認して早々に、尾の炎を揺らめかせる彼は疲れも見せずに付近の建物へと足を向ける。場の壁を務めた店舗達には半壊状態のものも多い。動ける者達で手分けして周囲を治して回る。
 仲間達を治癒し終えたカロリナは、敵のなれの果てである地面に散らばった木片の傍に膝をついた。花弁や葉であったものはもう残っていない。修復され行く瓦礫の中で彼女は目を伏せる。
「主よ、どうかこの者の魂をお導き下さい」
 デウスエクスといえど一つの命──自分達と出遭った事でそれは、等しく死に行く存在となった。ゆえに正しき道をと彼女は祈る。
 その様を見ていたティリシアは、小さく拳を握った。普段はあまり深刻な思考や言動をしない彼女だが、今回は少々気懸かりがあった。
「彼らを何とかする方法も考えないといけないですよね……」
 かの五人のエインヘリアル、アルカンシェルの活動があるから、今回のような敵が現れる。無策で挑めば敗北は避けられぬであろう敵にどう抗するか、思案しつつケルベロス達は頷き合う。
 ほどなく彼らは周辺の修復を終える。ヒールが必要な範囲がさほど広くならなかった事、戦いを終えた夜が嘆きの色も無く静かなままである事は、彼らが急ぎ事を済ませるよう努めたがゆえに勝ち得た結果だった。今後への懸念はあれど、ひとまずは守るべきものを守り抜けた事に安堵し彼らは帰路についた。

作者:ヒサ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年4月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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