楽園樹の芽吹き、蔓草『藤海月』

■リプレイ

●星霊戦隊
　横浜市、海辺のとある公園に、八人のケルベロス。
　未だ、星霊戦隊の影はない。
　八人の選択は、奇襲からの分断。アルカンシェルが逃走する瞬間に攻撃を仕掛け、魔空回廊に戻る者とこちらに残る者を分断し、攻性植物との三つ巴に持ち込んで双方を殲滅する。
　それが作戦。
　五人揃った星霊戦隊に手を出しても、勝ち目はない。その忠告は重々承知している。だからこその、分断策。地球の平和を踏みにじる者たちに、好き放題をさせるわけにはいかない。
　隠密能力を用いて、全員がそれぞれ持ち場につく。身を隠し、攻撃可能距離へと伏せるのだ。
　レナード・ストラトス（誇りを捨てたスナイパー・e00895）が構えたのは、公園の管理部屋の屋根。芝生広場がある広い公園内に、建物はこの程度。これ以上離れて戦場から遠ざかれば、グラビティはそもそも命中しない。
（「これがギリギリの距離、か……こちらのグラビティが届くということは、相手のグラビティもまた届くということ。それは曲げられない」）
　現れる魔空回廊を視野に収めて、天霧・香澄（ヤブ医者・e01998）がレナードと頷き合う。
（「来たか……見付かるわけにはいかない、が。攻撃可能距離内で、果たして……」）
　全員が息を潜めて、伏せる。
　魔空回廊から現れるのは、五色それぞれの鎧を纏ったエインヘリアル。五人組は、予知と同じ台詞を口走りながらも、周囲に目を走らせている。
　息が、止まる。
　だが。桃の鎧が、地面を指さした、その時。
「そこに、誰かいるな！」
　それは、紅い鎧の叫び声。
「……！」
　思わず、動物変身で身を潜めていたヤクト・ラオフォーゲル（銀毛金眼の焔天狼・e02399）が、身を固くした。
　見付かった？　自分か？　いや、誰が、というわけではない。
　星霊戦隊が足を止め、じりっとケルベロスらの方角へ歩を進める。
（「……敵は五人な上に、警戒中。隠密気流を使えば、相手が少数なら身を隠せるけど、八人分の気配を五人分の目から隠し切るのは……やっぱり至難か……！」）
　白波瀬・雅（サンセットガール・e02440）が、ぎゅっと手を握る。
　分断は、失敗だ。
　隣ではブランシュ・ヴァルディアブ（おめんやさん・e08260） が、舌を打って。
（「次の瞬間には、襲い掛かって来る……やるべき、か……」）
　と、身構えたその背に、とんと、手が置かれる。その囁きは小さく、しかし、断固とした響きで。
「ここは一時撤退です。このまま挑めば、勝ち目はなし。しかし、一度逃げれば、私たちには役目を果たす可能性も、挑む機会もまだ残るんです」
　そう言ったのは、フラウ・シュタッヘル（未完・e02567） 。
「だな……仕方ねえ！　追ってくるってんなら、やるしかねえが……！」
　頷いた陸野・梅太郎（黄金雷獣・e04516）が、敵とは反対方向に飛び出して、残りの面子がすぐさまそれに続く。
　逃げるならば、逃げ切れる。狙撃を狙ったため、まだ星霊戦隊とは距離があるからだ。
「待て！」
　星霊戦隊の声が、後方に遠ざかっていく。
　そして公園の外まで、走り抜けた。
　グラビティは、飛んでこない。
「深追いなし……か。あいつら任務を優先したね。ということは……」
　エディス・ポランスキー（銀鎖・e19178）が、公園を振り返る。その奥から、爆音と閃光。
　全員が、その光を悔しさを籠めて振り返って。
「私たちの役目は……まだ残ってる、か」

●藤海月、襲来
「あいつら。好き放題やってくれるな……」
　ヤクトが、舌を打つ。
　取って返した公園に浮かぶのは、激怒の唸りをあげて、街へと動きだす巨影……藤海月だ。
「置き土産の後始末だけを押し付けられるってのは……姿を見てる分、ホント腹立つな……！」
　梅太郎がフラウを振り返って。
「アルカンシェルの姿はなし……苛立ちはわかります。しかし今は攻性植物に集中しましょう」
　その声は、己に言い聞かせるように。
　迫り来る巨大な藤もまた、逃すわけにはいかない敵。もとより、こいつも倒すつもりであったのだから。
　唸り声のように蜂の羽音を響かせながら、藤海月は大きくその藤花を広げる。
　迷う暇は、ない。
　無尽の蜂群が、前衛に容赦なく躍りかかる。
「ウルフェン、行くぞ！　ここは、俺たちの縄張りだ！　こいつに、それを教えてやる！」
　いつか、奴らにも。その言葉を呑み込んで、梅太郎が叫ぶ。
　周囲を金色の闘気が包み込むと同時、主従は前面に飛び込み、蜂を引きつける。蟲の群れは個としては弱小極まるが、薙ぎ払われるように落ちていく中でも、確実にその針を二人に突き刺していく。
「落ち込んでる場合じゃないね！　私たちも行くよ！」
「ああもう！　敵が一体ならなおさら！　守りは二の次！　ぶっ飛ばすよ！」
　そう叫んで飛び込むのは、雅とブランシュ。蜂の群れを断ち割って、火炎の蹴りと巨大な『おの』が藤の花を散らしていく。
　怒り狂った藤海月が触手を振り回し、前衛を弾き飛ばして。
　前衛の人数が多いこともあり、藤海月は前衛に連続で攻撃を叩き込んでいく。その威力は、ジャマーとはとても思えぬ重さだ。前衛の被害は大きい。だが。
「元々、格上の相手との乱戦覚悟の布陣よ……その程度、薙ぎ払って見せる！」
　尾を振り落としての跳躍。飛び込むのは、エディス。回転した彼女の尾が、藤海月を打ち据えて。
　着地をした彼女に迫る蜂の群れが、デスサイズシュートに蹴散らされる。飛翔する施術大鎌は、そのまま藤の触手を切り裂いて。飛び込んでくるのは、香澄。
「全くだ。胸糞悪いが、こいつは絶対に始末つけねえとな」
「香澄……レナードは？」
　香澄がどこともなく宙を指し示すと同時、藪の中から火砲が火を噴き、爆炎が藤海月を怯ませる。フォートレスキャノン。なるほど。レナードからの火砲支援。
　その時前衛では、降り注ぐライトニングウォールが、広がった毒を癒している。
「予定通りであろうとなかろうと焦る必要はありません。目の前の敵を倒せばいいだけです」
　そう語り掛けるのは、フラウ。
「傷は私が癒します。皆様はどうか次の一手を優先してくださいませ」
　そう。今は、闘うのみ。それぞれの雄叫びと共に、前衛が立ち上がる。
　巨大な藤は、紫花の触手を大きく広げ、黒い蟲の群れを解き放った。

●激闘
　闘い始めてしばらく。
　煌めいた一閃は、エディスの絶空斬。
「皆の攻撃……無駄にはしないわ」
　身を重くしていく一撃。苛立たしげに響く爆音は、蜂の羽音だ。体に痺れをもたらしてくるエディスのことを、それこそ五月蠅い羽虫と見たか。火炎を纏った蜂群が、彼女に向かう。
　割り込むように、一輪のバイクがその横腹で蜂の突撃を引き受けて。群れを成した蜂群は、破裂音を響かせて爆炎を噴き上げる。
「ウルフェン！」
　梅太郎の叫びと共に、ライドキャリバーが火炎に呑まれるように消滅する。
　ブランシュの『くさ』が藤の花蔓を絡め取り、雅のガトリングガン『ヴァルキュリア・ディメンション』が火を噴いて藤の枝葉を散らしている。
　甘い香りと共に、薙ぎ払われた蜂たちがばらばらと地面に落ちていくが、激怒した藤海月はそれに構わず突っ込んでくる。
「……まだまだ倒れるわけにはいかねえな！　格下と舐められるのはごめんだぜ！」
　ヤクトの炎弾が、藤海月から体力を奪う。その想いに応えるのは、従者を破られた主人。梅太郎。
「ああ……やれるってところを、見せてやる！」
　『ドギー・ジャギー』の刃が閃き、放たれるのは血襖斬り。
　二人が用いるのは、ドレインを交互に放って回復を図り続ける戦術。そのおかげで、二人はまだ立てている。並みのデウスエクスが相手ならば、この戦術は鉄壁の策となるだろう。
　それでも藤海月は、狂ったように藤の蔓を振り回す。フラウのライトニングウォールに加え、梅太郎が紙兵散布で援護しているおかげで、毒や炎が前線を呑み込むことは防いでいるが……。
「この威力……回復は、もとより追い付きませんか。浄化を優先すれば、更に……侮れない相手ですね」
　短期決戦を求められるほどの攻撃力。例えメディックが二人いたとしても、回復が間に合うということはないだろう。
（「攻性植物一体で、これほどの強敵とはな。分断は失敗しちまったが、もし仮にここにもう一体を引き込んでいたとしたら……」）
　狙撃位置を変えながら闘うレナードが、藤海月の後ろに飛び出して破鎧衝を放ち、再び身を隠す。怯み、脆くなった個所へ飛び込むのは、香澄。レゾナンスグリードでその胴体に喰らいつきながら、同時に考えて。
（「仮に三つ巴で闘っていたとしても……不利になったのは、却って俺たち、か」）
　もし、仮に。一体の強大なエインヘリアルとして、八人のケルベロスと藤海月とに向かい合うなら。
　藤海月の放つ範囲攻撃は、エインヘリアルにとっては威力が弱く、毒や呪縛を与える可能性もまばら。そしてケルベロスには人数分のダメージを与えて毒や呪いをまき散らしてくれる、実に都合のいい攻撃となる。
　また爆発する蜂群も、多くはケルベロスに向かうだろう。蜂はそもそも藤海月に使役されている。蜂が攻撃対象を選んでいるわけではない。藤海月からすれば、頭数が多く倒しやすい方を当然、狙うだろう。
　遠距離から懐に飛び込んでは距離を取る、その戦術を煩わしいと思ったか。蜂の群れが、後列に向かってくる。
　舌打ちと共に身構えたスナイパー二人にフラウ。割って入ったのは、金色の毛並みと、銀の尾。
「させねえ！」
　梅太郎と、ヤクト。それはどちらの叫びだったか。名を叫ぶ間もなく、蜂は鞭のように群れをしならせ、二人を毒針で打ち据える。ヤクトはかろうじて受け身を取ったが、梅太郎は肘をついた。身を起こそうとし……だが、血反吐を吐いて大地に沈む。
「スマン……皆、後は……任せたぜ」
　戦略に、ミスがあるわけではない。ただ単純に、敵が強大なのだ。ディフェンダーが犠牲になっているうちに、仕留めなければならぬほどに。
　藤海月の攻撃の前に、全員が苦い現実を、噛み締めている。
「それでも……これからの被害を減らすために今できる全力で挑むのみ……だよね！　来たれ、光槍！」
　雅が藤海月の懐に飛び込んで、輝く槍を蜂の巣がある場所へと投げ放つ。突き刺さった槍が光を放つと同時、跳躍した雅がハイキックでそれを押し込んで。
　爆裂したエネルギーが、藤海月の幹を吹き飛ばす。
　コロニーを攻撃されて、蜂の激怒が頂点に達する。狙いを、雅に切り替える、その瞬間。
「良く言ったぜ。どんな状況でも、やりたいことを全力でやるだけだな。さあ、どこ向いてる。手前の臓腑を貪るのは、俺だぜ」
　両腕に、狼のあぎとを模した地獄を構えて跳躍したのは、ヤクト。滴り落ちる蜂蜜を貪るように、半壊した幹に喰らい付く。雅に襲い掛からんとしていた蜂たちが、ぐるりと向きを変えた。火炎を纏い、全力でヤクトに向かっていく。
「ヤクトさん……！」
　爆音。火柱をあげて、ヤクトが吹き飛ばされる。
　これで、ディフェンダーは壊滅だ。苛烈な攻撃を耐えてきた前衛は、次の攻撃を受ければ全員倒れかねない。
「アタシは味方と味方の攻撃を生かす為に行動する……なら今は、時間を作るのが、アタシの役目……行くわ」
　そう言うのは、エディス。
「今から前衛を回復したのでは間に合いません。ならば、お手伝いをいたします」
　共に跳躍するのはフラウ。
　これで何度目か、藤花を飛び越え、頭上より放つ尾。エディスのクーの一撃が、衝撃を伴って大樹を打つ。フラウは空中で身を捻り、ロッドから稲妻を放つ。
　その二撃では、藤海月を仕留めるには至らない。新しく飛び込んで来た餌食に、藤海月が蜂へ指令を出そうとして……。
　遂に、痺れた。
「よし、止まった！」
「今です！」
　主からの指令が途切れ、蜂の群れが混乱する。せめて、壁にならんと集まり始めたそこに、遠隔操作のウィルスが爆破する。香澄の殺神『緋菌艶歌』。どこからともなく空間を超越した弾丸が、混乱した蜂の盾に穴を開けて。
「さ、穴は開いたぜ」
　その声は、誰のものか。
　貫かれた防御の隙間を、風を切って突進するのは巨大なショクダイオオコンニャクの花。
「さっきは結果的に出せなかったけど……その分、今回ぶっ散らすよ！」
　それはブランシュ。藤花の下に、飛び込むと同時の跳躍。
　疾空殺・弐式……超高速の体当たりが蜂の巣の残骸を貫き、藤の幹を破砕する。
　四散する、巨樹。悲鳴のような蜂の羽音が、周囲に散っていく。
　着地したブランシュの周囲に、麗しい藤の花が散り落ちていった……。

●激闘、終えて
　事後処理にやってきた警察組織の喧騒の中、ケルベロスたちは藤海月の残骸の周囲に集まって。
　互いにヒールは終え、ヤクトと梅太郎も、すでに復帰済みだ。
　勝利、という華々しい結果のはずであるが、集まった面々の表情は、重い。
　レナードは闘い終わってやってきたときに「すまんね。俺がサボってたのが見付かっちまったかな」と、仲間を慰めたが。
　全員がわかっている。彼のミスではない。作戦そのものが、上手く機能しなかったのだ。
　雅が、そっと口を開く。
「アルカンシェルと闘うには……今の段階じゃ、オーズの種の回収前に襲い掛かるしかないと思う。あいつらはあいつらで、強い覚悟で行動してる」
　警戒は怠らず、接近は至難。そして任務も見失わなかった。
「あの動きを見る限り……魔空回廊への侵入直前で攻撃を仕掛けたとしても、五人同時に反応してくるだろうな。つまり、意地でも全員で逃げるか、反転して全員で掛かって来る」
　香澄が言う。
「つまり、現状では分断は不可能、と見た方がよいですね。隠密系の能力を駆使しても……隠れ切るのは難しかった。となれば、勝ち目は……」
　フラウの言葉を、締めくくるのは梅太郎。
「薄いだろうな。いや、相手の実力によっちゃ、はっきり勝ち目はないと言うべきかもなあ……」
「今回の闘いで分かったけど……仮に三つ巴に持ち込めても、こちらの不利に働く可能性の方が大きそう、ね……」
　ため息を落として、エディスが締めくくる。
　そう重くならなくてもいいんじゃねえか、と、語り掛けるのは、ヤクト。藤海月の残骸についた、蜂蜜をぺろりと一舐めして。
「今、無理に奇襲が通せなくてもよ。追い続ければ、いつか隙は出来るだろ？　狼の狩りは、そういうもんだぜ」
　頷くのは、テレビウムのお面。ブランシュ。
「今回は全てが上手くは行ったわけじゃないけど……貴方達が牙と覚悟を持ったケルベロスで良かった。ありがとう」
　結果はどうあれ、集った八人は、創意工夫を以って難題に挑み、果敢さと覚悟を示した。それは確かだ。
　攻性植物は撃破され、目的は完遂された。犠牲はない。
　いつか、機会も来る。その時のために、牙を砥ごう。
　その夜の挑戦は、こうして幕を下ろしたのだった。

作者：白石小梅	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年4月18日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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