死神のビルシャナ回収を阻止せよ

作者:秋津透

 秋田県秋田市、深夜。
「あら、この場所でケルベロスとデウスエクスが戦いという縁を結んでいたのね。ケルベロスに殺される瞬間、彼は何を思っていたのかしら」
 とある高校の校庭に出現した、修道女のような姿の女性が、背後に従えた空中を浮遊する三体の怪魚に向かって告げる。白い翼をもち、一見、オラトリオのシスターかと思えるこの清楚そうな女性は、実は『因縁を喰らうネクロム』という禍々しい名を持つ死神なのである。
「激怒、絶望、怨恨……ふふふふふ。折角だから、あなたたち、彼を回収してくださらない? 何だか素敵なことになりそうですもの」
 にっこり笑って、配下の怪魚型死神に告げると、ネクロムはそのまま姿を消す。
 そして三体の怪魚型死神は、青白く発光しながら、空中を泳ぎ回る。その軌跡が魔法陣のように浮かび上がると、その中心に、数日前にケルベロスとの戦闘で斃されたビルシャナ『卒業式で泣かない奴絶対泣かす明王』が出現する。
 しかし、復活したビルシャナ明王は、自分勝手な思い込み教義とはいえ、他人に説法をして信者を集めることができた知性を、完全に失っていた。そこにいるのは、誰に対するものかも認識できない激しい怨恨に凝り固まった、狂った異形の鳥人間にすぎない。
「キキキキキキキキキキ、キカァ!」
 復活した鳥人間は、羽毛に覆われた両腕を広げ、苛立たしげに奇声をあげた。 

「このところ、死神の動きが活発ですからね。私たちが斃したデウスエクスが回収されるのではないかと警戒していたのですが、案の定でした」
 可夢偉・弔花(勿忘草色の心守人・e25431)が淡々と告げ、ヘリオライダーの高御倉・康が、厳しい表情で言葉を続ける。
「秋田県秋田市の高校で、先日弔花さんたちに斃されたビルシャナ『卒業式で泣かない奴絶対泣かす明王』が、女性型死神の指示により回収されるという予知がありました。この女性型死神は、アギト・ディアブロッサ(終極因子・e00269)さんの宿敵である、『因縁を喰らうネクロム』という個体らしいのですが、既に姿を消しており、急行しても接触することはできません。彼女は、配下の怪魚型死神に『ケルベロスによって殺されたデウスエクスの残滓を集め、その残滓に死神の力を注いで変異強化した上でサルベージし、戦力として持ち帰る』よう命じており、このまま放置しておいたら、復活させられたビルシャナが死神の戦力としてサルベージされてしまいます」
 そう言って、康はプロジェクターに地図を出す。
「現場はここです。急行すると、三体の怪魚型死神がビルシャナを復活させた直後に到着することになります。深夜の学校の校庭なので人気はなく、通りかかる人もいません。警察や警備会社には連絡しておきます。ただ、相手は神出鬼没の死神なので、あまり時間がかかると、魔空回廊などを使って逃げてしまうかもしれません」
 そう言って、康は顔をしかめる。
「ビルシャナは知性を失った状態ですが、怨念だけは残っているようです。死神三体を先に全滅させると、ビルシャナは制御を失って逃げようとするかもしれませんが、怨念を突いてやれば逃げずに戦うでしょう……まあ、もともとビルシャナは逃げ足の早いデウスエクスではありませんし」
 しかし、斃した相手と何度も戦わされるというのは、正直、うんざりしますね、と、康は溜息をつく。
「死神が何を企んでいるのかは分かりませんが、策略を成立させたらロクなことにならないのは確かでしょう。きっちりと阻止していただければと思います」


参加者
日柳・蒼眞(蒼穹を翔る風・e00793)
ジョージ・スティーヴンス(偽歓の杯・e01183)
月見里・一太(咬殺・e02692)
アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)
月神・鎌夜(悦楽と享楽に殉ずる者・e11464)
ソプラ・ソット(聖獣の使い・e22408)
シルヴィ・シャサー(護光戦姫・e25111)
セレネ・ヒューベリオン(月下に舞う銀焔の姫騎士・e25481)

■リプレイ

●この敵、寸毫の慈悲も不要
「逃がすかよ、この腐れ神共が……!」
 校庭に踏み込み、朧に光る下級死神たちを視認した瞬間、月神・鎌夜(悦楽と享楽に殉ずる者・e11464)が憤怒と嫌悪を露わにして唸る。
 苛烈な経験を重ね、大義も名分も信じない刹那の快楽主義者を自任する鎌夜だが、だからこそ『生』と『死』だけはあらゆる生命にとって平等でなくてはならず、その境界を自儘に揺るがす死神、境界を破る甦生者は許せない。
「その腐りきった魂、俺が生き楽しむ為の糧にしてやるよ。咽び泣いて感激しろや」
 吐き捨てるように言い放つと、鎌夜は巨大な鉄塊剣『バイラヴァ』を横殴りに振るう。生じた旋風が三体の下級死神に襲いかかるが、鳥人間ビルシャナが飛びだして、死神の一体を庇う。
「ほう、貴様はディフェンダーか。まあ、勝手に庇って自滅してくれるなんて、実に気が利いてるじゃないか」
 皮肉っぽく言い放つと、ジョージ・スティーヴンス(偽歓の杯・e01183)は小型無人機の一群を召喚し、自分を含む味方前衛の防護を固める。日頃、往々にして捨て身で攻撃に出る彼にしては珍しい行動だが、今回のメンバーには治療役のメディックがいない。
(「癒しの技は誰にも等しく、か……」)
 似合わない真似をしているのは重々承知だが、守りの薄さを突かれて死神どもに負けちまうなんてのは御免こうむりたいんでな、と、ジョージは自嘲気味に呟く。
 一方、黒狼獣人の月見里・一太(咬殺・e02692)は、獰猛そのものの表情で言い放つ。
「よう、雑魚共に腐れ鶏肉。地獄から番犬様のお越しだ、喜べよ」
 そして一太は無銘の鉄塊剣を振るい、死神の一体に力任せに叩きつける。すると、再びビルシャナが飛びだし、死神を庇って攻撃を受ける。
「ふん……もう一度とっとと死にてぇか。それとも、わけもわからず盾代わりか」
「キキキキキキキキキキ、キカァ!」
 嘲る一太に向けビルシャナは腕を振り上げたが、その途端、死神の一体が鋭く叫ぶ。
「キシャアッ!」
「キ……キイッ!」
 甲高く叫ぶと、ビルシャナは振り上げた腕を下ろし、全身から光を放って自分自身を治癒する。
(「ちっ……」)
 ビルシャナの傷が塞がるのを見て、一太が小さく舌打ちする。するとアイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)が吹雪の形をした『氷河期の精霊』を召喚し、三体の死神に叩きつける。またもビルシャナが飛び出すが、庇えるのは一体だけだ。
「毎度のことながら事あるごとにサルベージだなんて飽きないわね、死神達も。ま、此方も飽きずに邪魔するだけだけど……後手に回るのがどうにも癪ね」
 冷やかな口調で、アイオーニオンが呟く。
 そして日柳・蒼眞(蒼穹を翔る風・e00793)は、声には出さずに、しかし明らかにげんなりした表情で唸る。
(「妄執の塊のようなビルシャナが、その意志も知性も失った状態で蘇らせられたあげく、唯一残った怨念に従ってケルベロスを攻撃しようとしたら、死神の命令で治癒を強いられたってか? ……ひでえとしか、言いようがないな」)
 少なくとも、何らかの形で死神の行動が掣肘されない限り、蘇らされて支配されるのが怖くて死ぬに死ねないじゃないか、と、蒼眞は顔を顰める。実際、死んだケルベロスが死神に蘇らされてデウスエクスの配下にされているのではないかという疑惑があり、まったくシャレにも冗談にもならない。
(「俺が死んだら、蘇らせたりせずにそのまま死なせてくれ……とか願っても、死神が聞いてくれるわけないしな」)
 唸りながら、蒼眞は斬霊刀から桜吹雪の幻影を放ち、死神三体に攻撃を仕掛ける。例によってビルシャナが庇いに出るが、二体には攻撃が通る。
 しかし死神三体は、そのまま宙を泳ぎ回り、自分たちの傷を癒やす。完治まではいかないだろうが、目に見えるような傷は、ほとんど消えてしまう。
「呆れた奴らじゃのう。治癒に徹して、ひたすら時間を稼ぐつもりか。しかし、いかなる戦いでも攻撃なくして勝利はないと知るがよい!」
 ヴァルキュリアのセレネ・ヒューベリオン(月下に舞う銀焔の姫騎士・e25481)が高らかに叫び、ゾディアックソードの星座を飛ばして死神に列攻撃を仕掛ける。この攻撃に対してはビルシャナは動かず、死神三体全部にダメージが及ぶ。
「見たか!」
 ケルベロスとしては新人の範疇だが、戦闘妖精として幾多の戦場を経てきたセレネは、胸を張って言い放つ。本当は、半身とも頼む姉と一緒でない出撃はケルベロスになって以来初めてなので、内心、かなり落ち着かないのだが、そんな気配は敵にも味方にも見せない。
 そして、やはりヴァルキュリアのシルヴィ・シャサー(護光戦姫・e25111)が、苛烈な口調で告げる。
「雑魚はとっとと消えなさい! 目障りよ!」
 気合を入れて投擲したゲシュタルトグレイブが空中で分裂し、死神三体の上から落下する。今度はビルシャナが庇いに出て、ビルシャナと死神二体に槍が突き刺さる。
 更に、人派ドラゴニアのソプラ・ソット(聖獣の使い・e22408)が、清楚な巫女装束の裾から太くて長い竜の尻尾を閃かせ、死神三体を一気に薙ぎ払う。この攻撃に対しても、ビルシャナは動かず傍観する。
「身勝手な教義で人を惑わし、世に混乱を起こそうとしてケルベロスに斃されたビルシャナ。ただでさえ狂った者から、偽りの知性すら奪って甦らせるとは、死の神を名乗るデウスエクスよ、お前たちは、いったい何がしたいんですか? ……いえ、お前たちに命令するネクロムとやらは、何がしたいんでしょうか?」
 ソプラは真摯に尋ねかけるが、尻尾の一撃で吹っ飛ばされた死神たちは、キイキイと耳障りに鳴き交わすばかりで答えない。……もしかすると答えているのかもしれないが、少なくともケルベロスには通じない。

●貴様ら、まとめて冥府へ墜ちろ
「鳥がディフェンダー、雑魚どもがメディックか。しかし、ドレイン攻撃すらせず治癒一辺倒で時間稼ぎたぁ、あまりにセコすぎて笑えちまうぜ」
 腹立ててるのが馬鹿馬鹿しくなってくらぁ、と少々投げやりに言いつつも、鎌夜は寸毫の容赦もせず、必殺技『降魔神拳(コウマシンケン)』を放つ。狙った相手は死神だが、ビルシャナが庇いに出てくる。それも、もはや想定の内だ。
「喰らい尽くしてやるよォ!」
 鉄塊剣『バイラヴァ』に地獄の炎と降魔の技を同時に乗せ、鎌夜はビルシャナに叩きつける。かろうじて両断はされなかったものの、袈裟掛けに肩から胸を存分に斬り割られ、ビルシャナが絶叫する。
「ギ、ギギャーッ!」
「どうやら、間もなくお別れってことになりそうだな」
 フン、と皮肉っぽく鼻を鳴らして、ジョージが死神の列に飛び込んで蹴散らす。庇いに来たら、そのままとどめを刺すつもりだったが、ビルシャナは懸命に自分の傷を手で抑えて動かない……あるいは、動けないのかもしれない。
「そういえば、別れのイベントでは泣くもんだとか言ってたそうじゃないか。だが、少なくともお前との別れで泣ける気は欠片もないな。それとも、力づくで泣かせてみるか?」
「ギ……ギ……」
 ビルシャナは、死神を蹴散らすジョージを見据えて恨めしげに呻くが、やはり動こうとはしない。
 そして一太が、ジョージに蹴散らされた死神の一体、最も損傷の大きそうな奴へと牙を剥いて飛びかかる。
(「庇いに来ればビルシャナを、来なければ死神を斃す。てめぇら、これで詰みだぜ」)
 我は獣。故に、ただ獣として……咬み殺す、と、狼そのものの動作で、一太は死神に喰らいつく。文字通りの必殺技『咬殺(キリングバイト)』を受け、死神は胴中を大きく喰いちぎられて砕け散る。
「不味い……つーか、味がしねぇ」
 砕けた破片を吐き捨てて一太は唸り、死神を庇わなかったビルシャナへ告げる。
「……そういや、ついこないだ卒業式迎えたばっかなんだけどよ。てんで涙なんぞでねぇんだわ。なぁ、教えてくれよ? なんで卒業式で泣けんのさ?」
「ギ……ギ……」
 一太の挑発が聞こえているのか、聞こえていたとしても理解できるのか、ビルシャナはただ力なく呻く。
「それじゃ、さよなら」
 恨みがあるわけじゃないけど、仕事だから、と、ごく冷淡に告げ、アイオーニオンが必殺の『氷葬執刀(ヒョウソウシットウ)』を駆使する。鎌夜が斬った傷を軸に、全身の急所を氷のメスで斬り裂かれ、ビルシャナは声も出せずに絶命する。
(「……逝ったか」)
 結局、ビルシャナの卒業式に対するこだわりが残っていたのかどうかは、はっきりしなかったな、と、蒼眞は口の中で呟く。
 しかも、ビルシャナを復活させるよう命じた死神『因縁を喰らうネクロム』は、死者の負の感情や因縁を好むという。もしかすると、ビルシャナの怨念が残っていたのは、ネクロムがわざと残したのかもしれない。
(「こいつらに聞いても、どうせわかりゃしないだろうし……」)
 キイキイ喚きながら宙を泳ぎ回る二体の下級死神を見据え、蒼眞は結論の出ない思考を断ち切るように言い放つ。
「連れ帰るよう命じられた甦生者を斃され、魔空回廊で逃げることもできない。貴様らは、もう終わった」
 宣言すると、蒼眞は必殺の『終焉破壊者招来(サモン・エンドブレイカー!)』を放つ。
「ランディの意志と力を今ここに! ……全てを斬れ……雷光烈斬牙……!」
「ギャーッ!」
 もはや庇う者はおらず、雷電の力を籠めた斬撃をまともに喰らって、死神の一体が砕け散る。最後の死神は、懸命に泳ぎ回って自分の傷を癒やすが、その行為には、もはや何の意味もない。
「シルヴィ殿、技を合わせていただけぬか」
 ビルシャナに使うつもりであった必殺技じゃが、最後の締めになるのであれば、と、セレネがシルヴィに告げる。
 シルヴィは、ちょっときょとんとした表情になったが、すぐに勢い込んでうなずく。
「はい、光栄です!」
「では……月の焔よ、わらわに従い、武威を纏いて、咲き誇り、相対するモノへ、降り注ぐのじゃ」
 謳うようにセレネが唱え、銀の焔を纏わせた鉄塊剣を振り抜く。全方向から浴びせられる必殺の銀焔『月華の戦舞(ルナフローラ・デュエルロンド)』をまともに受け、最後の死神が砕け散るか……と見えたが、いい具合に耐えて踏み止まる。
 そしてシルヴィが、待ってましたとばかりに叫ぶ。
「不浄なる者よ。逃がしはしない! この太陽の輝きで滅しなさい! サンシャイン! インシナレイションッ!!」
「キシャーッ!」
 シルヴィの全身から放たれた太陽の力、必殺の『陽光焼却(サンシャインインシナレイション)』を一点集中して叩き込まれ、最後の死神がひとたまりもなく砕け散る。
「……終わりましたね」
 結局、ネクロムが何をしたいのかはわかりませんでしたけど、と呟いて、ソプラが姿を消す。
 校庭での戦闘だったため、周囲の建物に被害はなく、ケルベロスたちは警察に連絡を入れて引き揚げる。
「本当に……死神たちは何がしたいんだろう」
 呟いた蒼眞に、ジョージが皮肉っぽい笑みを浮かべて答える。
「わからんが、どうせロクなことじゃないのは確かだろうぜ」  

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年4月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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