朧月に群雲、菜の花に星霊戦隊アルカンシェル!

作者:柊透胡

 朧に霞む春の月――淡やかな月影が照らすのは、斜面を埋め尽くす菜の花の黄色。
 些か花の盛りは過ぎてしまっているけれど、夜風にやんわり揺れる様はまだまだ可憐なる漣だ。
 兵庫県神戸市。須磨区と西区の境に位置する神戸総合運動公園にある、その名も「コスモスの丘」。秋はコスモス、春は菜の花、年中色鮮やかな花々が斜面を彩っている。
「ねぇ、いい加減、飽きてきたんだけど」
 深夜の菜の花の丘に突然現れたデウスエクスの5人組は、その名も「星霊戦隊アルカンシェル」。咲き乱れる菜の花を無造作に踏み散らかすのは、ピンクの星霊甲冑纏う5人の中の紅一点だ。
「こんな地味な任務、もううんざり。もっともっと殺しまくって、派手にグラビティ・チェインを集めたいんだけどな」
「だが、敵が来なければ戦えないだろう、スターローズ」
 膨れっ面の彼女を宥めるのは、相変わらずスターノワールだ。
「ケルベロスと戦うのは、奴らが攻撃してきた時点でも遅くは無い」
「スターノワールの言う通り。我々の任務は、あくまでもオーズの種の回収だからね。必要に迫られない限り、ケルベロスとの交戦は無用だよ」
「もう、スターブルーまで……はいはい、よーくわかってますとも」
 眼鏡を掛けた青い参謀格に窘められるのまで織り込み済み。渋々の呈で膨れっ面を収め、スターローズは徐に頭を巡らせると、丘の頂上近くまで菜の花を掻き分け駆け上る。
「見付けたわよ。『ここ』に埋まってるわ」
「よし、グラビティ・チェイン注入開始。皆、グラビティを高めるんだ」
 頷き返したスタールージュの赤い鎧が輝き出せば、続いて他のエインヘリアル達の鎧も同じく。その輝きは、やがて、黄色い星霊甲冑の巨漢が構えるバズーカへと収束していく。
「ほな、いきまっせー……どっかーん!」
 暢気にも聞こえるスタージョーヌの掛け声と共に、バズーカ発射。
 ――――!!
 忽ち地面を突き破って出現した巨大菜の花は、朧月夜の静寂をつんざくように咆哮した。

「月に群雲、花には嵐、ですか……」
「今回の『嵐』は、エインヘリアルだった訳ですが」
 ピンクブロンドの髪を揺らすサキュバスの青年の呟きに律儀に応え、都築・創(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0054)は、集まったケルベロス達を見回した。
「……定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 昨今、かすみがうら市から飛び散ったオーズの種を、エインヘリアルの部隊が回収している事件がヘリポートを賑わせている。
「彼らは5人組のエインヘリアルで、何らかの方法で居場所を特定したオーズの種に、大量のグラビティ・チェインを与えて強制的に発芽させるようです」
 発芽したオーズの種は全長7mの大型の攻性植物となるが、発芽直後に『オーズの種の部分』を、そのエインヘリアルのチームに奪われてしまう。
「オーズの種を回収したエインヘリアル達はすぐに撤退しますが……残された攻性植物は、奪われたオーズの種の分のグラビティ・チェインを早急に回復するべく、一般人を虐殺しようとするようです」
 今回、攻勢植物が強制発芽した神戸総合運動公園、コスモスの丘は深夜故に人気は無いが、周辺は住宅地が広がっている。放置すれば惨劇が起こるのは明らかだ。
「攻性植物の戦闘力はかなり高いですが、中枢であるオーズの種を奪われている為、耐久力は低下しています。グラビティ・チェインを補給する前に戦う事が出来れば、勝機は十分あるでしょう」
 オーズの種より強制発芽した攻性植物は巨大な菜の花に似ている。頭頂部にはお馴染みの黄色い花を幾つも咲かせ、ひょろりとしているが、あちこちに花の変わりに牙具える大口が開いていたり、花を支える茎ものたくる蔓を捩り合わせたような禍々しい様相となっている。
「今の季節は菜の花畑が広がるコスモスの丘は急斜面となっていますが、攻性植物が出現する丘の頂は芝生広がる公園になっています。電燈もポツポツとありますから、戦うのに支障は無い筈です」
 巨大菜の花の攻性植物は、各部位に生える大口で喰らい付き、のたくる蔓を伸ばして敵を締め上げ、頭頂部の黄色い花より破壊光線を放ってくる。
「全ての攻撃は単体ですが、だからこそ1つ1つのダメージは大きいです。相当強いと見て間違いありません。耐久度が低い幸いを活かし、短期決戦を目指すのが順当でしょう」
「菜の花畑に朧月夜、なんて、如何にも日本らしい情景ですが……エインヘリアルとオーズが絡むと興醒めですね」
「予測される惨事を鑑みれば、あなたの懸念が私の案件にヒットしたのは、幸いであったと考えます」
 憂鬱そうなベルカント・ロンド(リザレクター・e02171)の呟きにやはり律儀に返し、創は静かに眼鏡を掛け直す。
「……尚、皆さんはエインヘリアルのチームが撤退した後に現場に到着するようにして下さい。現段階で何の策も無くエインヘリアル5体と戦うのは、明らかに自殺行為です」
 はっきり断言したのは、ケルベロス達に成すべき事があるからだ。
「エインヘリアルがオーズの種を回収する理由は判明していません。しかし、まずは、攻性植物の虐殺を防ぐ事を優先して下さい。強敵が相手となりますが……皆さんの武運をお祈り致します」


参加者
ベルカント・ロンド(リザレクター・e02171)
モンジュ・アカザネ(双刃・e04831)
狼森・朔夜(奥羽の山狗・e06190)
シャイン・ルーヴェン(月虹の欠片・e07123)
シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)
ブロウ・バーン(壊々歯車・e17705)

■リプレイ

●朧月夜に菜の花の漣
 兵庫県神戸市――緑豊かな総合運動公園には競技場や球場が幾つもある。その内の1つ、ユニバー記念競技場裏手の坂を上った先、コスモスの丘の斜面に広がるのは、今の季節、黄色い菜の花。
 朧月と点在する電灯の頼りなさげな光に照らされ、そよ風に花が波打つ。
「……静かですね」
 ベルカント・ロンド(リザレクター・e02171)の呟きに、こっくり頷くシエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)。ケルベロス達はコスモスの丘を遠巻きに隠れて待機している。攻性植物がどの方面へ動こうとすぐ駆け付けるべく散開しているが、シエラシセロは1番護りたい人の近くにいたかった。護れなかった後悔は、もうしたくない。
「戦隊モノって正義のヒーローじゃなかったっけ? ヒーローが敵なんて子供の夢が台無しだよ!」
 星霊戦隊アルカンシェル――事件の元凶を批判する少女の言葉にベルカントも思わずくすり。
「そうですね。朧月夜に満開の菜の花。夢のように美しい公園に不釣り合いな攻性植物など、早く退治しなくては」
「うん、兎に角止めなきゃだね」
(「ま、エインヘリアルに見つかっちまったら本末転倒だ」)
 抜き身の御魂刀「霊呪之唯言」を担ぎ、物陰に身を潜めるモンジュ・アカザネ(双刃・e04831)。満開の菜の花を見れば、表情も和む。花を活けたり押し花にしたり、結構花と暮らしている感はあるが、今は味方の安全第一だ。
 様々な思いを抱え、ケルベロス達は時を待つ――果たして、静かな夜闇に5体の影が忽然と現れて程なく。
 ――――!!
 獰猛なる咆哮が轟く。同時に、天突かんばかりの異形が聳える。
(「あれがアルカンシェル……エインヘリアルで、しかも5体纏めては流石に厳しいわね」)
 今は情報が足りない。刃を交えるには時期尚早か……攻性植物からオーズの種を回収し即撤退する彼らを、ローザマリア・クライツァール(双裁劒姫・e02948)は遠目に見送った。忸怩たる思いを呑み、携帯を取り出す。
「攻性植物は丘の上から北東方向に進攻開始。丘の上の公園で戦う方が良さそうね」
「判った。すぐ合流する」
 応じた狼森・朔夜(奥羽の山狗・e06190)は次の連絡を回しながら駆け出す。
(「かすみがうらではオーズの種を逃がしちまった。不始末のツケはてめぇで払わねぇと」)
 攻性植物は、朔夜が待機していた丘の下とは逆方向に動き出している。花を傷めず済むのは重畳だが、ユニバー記念競技場の北東方面は補助競技場の先に中学校、その向こうに住宅地が広がる。早急に進攻を食い止めなければ惨劇は必至だ。
「……了解。もう到着してる。強敵との闘いか……望む所だ」
 連絡の応答も手短かに、アイズフォンを切ったブロウ・バーン(壊々歯車・e17705)はミミックのアングリー共々、素早く攻性植物に立ち塞がる。
「何とも風情のない事よ。朧月に菜の花……に敵とは」
 夜風に美しい銀髪が靡く。銀の双眸を細め、ブロウと肩を並べるシャイン・ルーヴェン(月虹の欠片・e07123)。左薬指の指輪にそっと口付けし、白皙の面に浮かぶのは苛烈なる氷の微笑。
「今宵に貴様は似合わない、早々に去ってもらおうか」
 ――――!!
 ケルベロス達の戦意に煽られ、雄叫びを上げる攻性植物。蠢く巨大菜の花に、流星の煌めきと重力宿す飛び蹴りが炸裂する。
「さぁ、いこうか……」
 スターゲイザーの着地も鮮やかに、白薔薇を咲く蜜の髪がサラリと流れる。凛と碧眼で睨み据え、エヴァンジェリン・ローゼンヴェルグ(真白なる福音・e07785)は己を奮い立たせるように呟いた。

●序盤の苦闘
 散開して待機していた為、ケルベロス達の内、最初から攻性植物に対峙出来たのはブロウとミミックのアングリー、シャイン、エヴァンジェリンと約半数。
 開戦の火蓋を切ったエヴァンジェリンのスターゲイザーに続き、バスターライフルを構えるブロウ。
「戦闘モードへ移行――さァ、壊し合おうじャねェかァ!」
 凶気孕む哄笑が響き渡る。
「ク……ヒヒ、ハーハッハッハァ!」
 凍結光線が迸ると同時に、主を真似たミミックの砲撃が追撃する。
 ――――!!
 だが、身を捩じらせてフロストレーザーをかわした攻性植物は、ミミックの攻撃も光花形態の光線で相殺。シャインが地を蹴るより早く、大口開けて牙を剥く。
「初っ端からぶっ壊れるんじゃねぇぞ!」
 ブロウの荒っぽい檄が効いたのか、ミミックはギシリと嫌な音を立てながらも耐えた。力任せに強い頑丈さだが、喩えディフェンダーであっても攻撃が重なれば長くもたないだろう。
 一気に攻性植物の懐に入ったシャインが螺旋を籠めた掌を伸ばすも、のたくる太蔦に弾かれ届かない。
 ゴオォォォッ!
 翻るシャインの銀髪を掠め、圧倒的熱量が奔る。駆け付けたローザマリアはドラゴンの幻影を放った体勢のまま、肩で息をしていた。
 ――――!!
 緑の巨躯に燃え上がる炎に怒りも煽られたか、攻性植物の頭頂部を飾る黄花が、一斉にローザマリアへ向いた。
 ブロウが庇う暇があればこそ、応酬の破壊光線が青薔薇のオラトリオへ降り注ぐ。
「く……ッ……!」
 星霊装束【Regulus coat】は、破壊光線の魔力によく耐えた。それでも、その威力は重い。爆ぜた焔は消えず武装を灼熱に炙る。
 今回の編成で唯一のメディック、ベルカントはまだ到着していない。今いる仲間はシャウトの用意しかない。早々に削られるのを良しとせず、ローザマリアはオラトリオヴェールを編んだ。範囲回復故に回復量こそ少ないが、キュアの効果がある。
「な……」
 確かに、1度は自らを灼く炎は消えた筈。まさか、すぐさま燃え上がろうとは。
「ジャマー、だな」
 高速演算を以て痛撃を浴びせ、エヴァンジェリンは的確に敵のポジションを断じる。地力の高い攻性植物は、毒にしろ炎にしろ追加ダメージの威力も侮れない。のたくる蔦に捕まるのも厄介だ。
 粘ろうとしても重撃に潰されるのが先ならば、目指すは短期決戦――獰猛な笑みを浮かべ、ブロウは超加速突撃を敢行する。
「そらァ、足元注意だァ!」
 息を合わせたアングリーも、目眩ましに愚者の黄金を撒く。
 バキィッ!
 蔓触手を盾として、チェーンソー剣の斬撃を阻む攻性植物。
「私の剣は伊達ではない。その身に刻め!」
 偽りの財宝がキラキラしい中、シャインの二刀斬霊波が蔦を幾筋か斬り払うもまだ浅い。
 敵は全長7mもの大型攻性植物。その戦闘力は高い。喩え打たれ弱かったとして、そもそも攻撃が当たらなければ競り負けるのはケルベロスの方だ。
 弱体化を図るには、まず『ケルベロス全員の攻撃を当てる』ようにするのが先決。それも早急に――となれば、反撃に起点はスナイパー2人となろう。
「この手に携えるは魂の刃……しっかと味わうが良いっ!」
 緩やかに弧を描く斬撃で、急所を的確に斬り裂くエヴァンジェリン。刹那、硬直した敵の隙を見逃さず、ローザマリアも時空凍結弾を叩き込む。
「悪い! 遅れた!」
 緑影に刻まれた傷を、挟撃する形で駆け付けたモンジュの絶空斬が更に抉る。
 ――――!!
 轟く咆哮。捩り合わせ、1本に収束した太蔦が巨躯に違う速さで、モンジュを捕らえんと――。
 ガツゥッ!
「B級怪獣映画の似合う夜じゃねぇんだよ。場違いな野郎にはとっとと退場してもらうぞ」
 太蔦の軌道を縛霊手で逸らし、エアシューズが唸りを上げる。朔夜のスターゲイザーが朧月夜を渡る流星の如く、攻性植物の根元へ突き刺さる。
「お待たせしました。さて、まだまだ頑張りましょう」
 玲瓏たる声音が響き渡った。ベルカントがライトニングウォールを前衛に構築すれば、シエラシセロの黄金の果実の光は後衛に降り注ぐ。
「出遅れた分、最後まで皆を護りきるからね」
 斯くて、ケルベロス全員が戦場に揃った。

●中盤の激闘
 ケルベロス全員が揃うまで、数分といった所。だが、ほんの数合、戦力半減の状態で刃を交しただけで、攻性植物の強さに圧倒されそうになった。
(「気に入らない」)
 悔しげに奥歯を噛み締めるシャイン。眼力で己の命中率は見当がつく。クラッシャーの重撃を確実に叩き込むには、まだ足りない。
 それはモンジュも同じく。だが、攻撃の手は休めない。
(「攻撃は最大の防御だからな!」)
 いっそ敵の注意を引かんばかりに、荒々しい突撃を敢行する。
「響け、玲瓏たる月の囁き――」
 攻めあぐねる前衛達を見て取り、ベルカントは喉を震わせる。その旋律は夜の湖面に佇む銀の月のよう――月の魔力を秘めた歌は、仲間の攻撃を援けんと。
 だが、戦力揃ったケルベロスの前衛は、サーヴァントも含めて6名。列のエフェクト発動率は更に減衰する。敵の攻撃が単体のみならば、その重撃を4名がかりで庇う意図もあろうが、範囲エンチャントを施すならば、その兼合いも考慮するべきだったかもしれない。
 ――――!!
 雄叫び轟き、挑発的だったモンジュへ毒牙が殺到する。噛み裂かれ、注がれる毒に悪寒が走る。無理せずシャウトするも、ジャマーの毒は抜けきらない。
「山霊よ、どうか力を……!」
 朔夜の祈りに応えた山霊の息吹が、シエラシセロの仲間を護らんとする気力が、青年に双刃握る力を再起させる。
「拙いですね……」
 だが、ベルカントの表情は芳しくない。今回のメディックは彼1人。行動のタイミング次第で、メディックのヒールが間に合わない場合もある。短期決戦を目指すなら、火力減少は出来るだけ避けるべき。しかし、回復量が足りなければ複数掛りのヒールとなり、それだけ火力が減じるのだ。
「……ちっ!」
 ゼログラビトンが思うように当たらず、忌々しげに舌打ちするブロウ。その表情が不敵に歪む。
「本当に強いねェ! それでこそおもしれェってもんよォ!」
 強敵故にディフェンダーを多く用意した。その選択はけして誤りでない。だが、命中率と火力の点で、短期決戦の主旨から些か外れた感がある。一方で、長期戦に求めるべき武器封じ・プレッシャーなど弱体化の手段もやはり乏しい。
(「中途半端、という訳ですか」)
 戦う内に見えてくる不備に、唇を噛み締めるローザマリア。
 格上の敵を倒す戦術も様々あるが、例えば攻撃を一心に引き受けるディフェンダーをメディックが支える間に、スナイパーの足止めを足掛りにジャマーが敵を弱体化、封殺した上でクラッシャーが圧殺する――段階を踏む作戦は遠回りに見えて着実だ。強力なバッドステータス程、発動の確率は低い。安定した効果を得るならある程度重ねなければならず、役割分担、つまりポジションの構成が重要となる。
 ――――!!
 今しも、光花の破壊光線からモンジュを庇ったミミックが、耐え切れず霧散した。
 苦戦は既に明らかだ。それでも、ここで退くという選択肢だけは、あり得ない。
「まだ、やれる!」
 気炎を吐き、エヴァンジェリンはいっそ優美に夜空を舞う。刹那、白き翼が広がるや、流星と化した蹴打がのたくる太蔦を抉り裂いた。

●終盤の怒涛
「そこどけェ!」
 怒声が響き渡った。思わずたたらを踏んだモンジュをタックルせんばかりに押しのけ、大きく腕を広げたブロウが太蔦の奔流に呑まれる。
「あァ、今のは効いたなァ……ヒ、ヒヒッ」
 凶暴なる破壊力に対してブロウの防具はよく耐えたが、とうとう限界を迎えた。
 獰猛な笑みを浮かべたまま崩れ落ちるブロウを庇うように、前に出る朔夜。
「これ以上は、やらせない」
 静かな決意が、凜と響く。
「そうだな。もう、仲間に……手出しはさせない!!」
 その身を荒ぶる衝動に任せるにはまだ早い。だからこそ、シャインは凶暴なる緑影へ躊躇いもなく言い放つ。
 ――――!!
 先んじて飛び出した朔夜の縛霊手より放射したのは、あたかも月影に煌く蜘蛛の網。儚き投網は大きく広がり、蠢く巨影を絡め取る。
「今だ!!」
 かつて無い手応えに渾身の力で引き絞る。声を張る朔夜を飛び越え、シャインは踊る。
 絹糸のような銀髪を翻し、魅惑的に瞳を細め、涼やかに笑み零れる。
「私と共に踊れ!」
 白のロングドレスのスリットが閃き、惜しげもなく脚線美を晒して乱打を浴びせた。
 シャァァァァッ!!
 初めて、慟哭が空気を震わせる。そう、捕らえられさえすれば核を奪われたモノはこんなにも脆い。
「最初見た時から思っていたけど」
 漸く、時が来た。居合いの構えで、ローザマリアは冷ややかに言い放つ。
「春が旬の菜の花にしては大きいわね。細断が必要かしら」
 神速にも達するその劒閃は、真空波を生む不可視の多段斬撃。一閃毎に月影煌く刃が、あたかも花吹雪の如き。
「折角咲いた花なんだ。しっかり摘まねぇとな!!」
 守るべき菜の花畑を背に、モンジュは赤く染め上げた刃を振るう。
「紅に染まりし我が腕よ。拭わぬその身を今見せろ!」
 血刃踊る一撃が見せた幻影とは――蔦を束ねた胴を割られ、攻性植物は慄き身を捩る。
 シャァァァァッ!!
「まもれるなら、いくらでも立つよ」
 この期に及んでの破壊光線を、シエラシセロは真っ向から受けた。見境の無い乱撃から、1番護りたい人を庇いきった。
「大丈夫です、支えますから」
 ベルカントのウィッチオペレーションが、そんな少女の意気に応える。
「アルカンシエルの企て諸共、断ち切る!」
「これで……仕舞いだッ!」
 ローザマリアの剣撃とエヴァンジェリンの破鎧衝が交錯すれば――轟音立てて崩れ落ちた蔦と黄花の塊は、尚もガチガチと牙を鳴らす。
「また会いましょう? あの世でね」
 いっそ優しげな声音と共に、白影の一閃が引導を渡した。

「気分は如何ですか?」
「通常モード、移行……皆、無事か?」
 眼だけ動かして問うブロウに、ウィッチオペレーションを施すベルカントは頷く。
 苦戦したものの重傷者0なのは、各々防具の耐性を考慮したからだろう。
 戦っていた芝生の広場は相当に荒れてしまったが、ヒールでフォローが効く範疇。斜面の菜の花が無事だったのは、正にケルベロス達の功績だ。
(「折角ですし少し景色を楽しんでいきましょうか」)
 無性に煙草を吸いたくなったベルカントだが、シエラシセロの視線に咎められた気がして思い留まる。
(「綺麗だな、朧月に照らされた菜の花も、ルカさんも」)
 少女の本音は知る由も無い。
「菜の花ご飯って美味しいのよね」
 花より団子を呟くローザマリアだが、観賞用の菜の花は農薬の都合で食用に向かない。
「少しだけ、成功報酬って事で」
 それでも、ヒールの際に拾った花を懐へ。
「きれいだな……こういう景色を歌った歌があったっけ」
「どんな歌だ?」
 耳聡く聞きつけたエヴァンジェリンに問われ、面映そうに頬を掻く朔夜。
「確か……」
 訥々とした歌声に、菜の花の漣に見入っていたシャインも思わず表情を綻ばせる。
「折角咲いた花なんだ。しっかり守れて良かったぜ!!」
「ああ」
 上機嫌なモンジュの言葉に、静かに頷いた。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年4月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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