
電子の海

●壱
ある日の昼下がり。
ゆっくりできる、コーヒーが美味しいと評判の、とある穴場の喫茶店で一人、タブレット端末を操作するのはサラリーマン風の男性。
画面の中に映し出されるのは、文章。
電子書籍だ。
男性の手荷物では、書籍はかさばる。それにタブレット端末なら何冊でも持てる。そんな利点から男性は電子書籍を愛用していた。
「電子書籍は邪道!!!」
そんな静かな読書タイムに現れたのは、数人の配下を連れたビルシャナだった。
「本は実物が一番! 電子書籍なんて邪道です!!」
「本の匂い最高!!」
「電子書籍撲滅!」
他にも読書に勤しんでいた客を巻き込み、ビルシャナは男性たちに襲い掛かってきた──!!
●弐
「便利だと思うんだ、電子書籍……」
それを初めの言葉として呟いたのは、マシェリス・モールアンジュ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0157)。隣に立った綴・誓示(地球人の刀剣士・en0156)をちらりと横目で見上げた。
視線を受けた誓示は、集まったケルベロス達に視線を投げかける。
「俺は本はあまり読まないが、読むなら書籍だ」
興味がない、という風だ。
でね! と誓示の言葉から続いたマシェリスは、慌てて次の説明をする。
「電子書籍派なんて邪道、絶対許さないビルシャナが現れたんだ。現れたのは、路地裏にちょこんと開店してる、読書OKなコーヒーの美味しいゆっくりできる喫茶店」
ゆっくりできる時間をぶち壊すのは許せないよね、とマシェリスは両手をぐっと握る。
「お店の前で待ち伏せすれば、すぐに鉢合わせできるよ。お店の中にはお客さんが2、3人。店長さんもいれると4人くらい。裏口はないから、ビルシャナをお店の中に入らせない工夫が必要かも」
あと、と手に持った資料をぺらりとめくる。
「ビルシャナに賛同して配下になっちゃった一般人が5人ほど」
ビルシャナの教義に賛同しているのは、本の独特な匂いがいいのと、電子というデータが許せない派と、売る時になったら売れない派、それに実物で読みたい派、本には思い入れがある派などの意見がある。
「どの意見も納得だが、それを押し付けるのはどうかと思う」
誓示の意見にマシェリスは大きく頷く。
「一般人はビルシャナの影響を受けてるから、理屈だけだと説得は難しいかも。あと皆が普通に攻撃すると死んじゃうから注意してね」
「俺も同行させてもらう。共に一般人を救出しよう」
ケルベロス達に誓示は力強く頷いた。
参加者 | |
---|---|
![]() ゾゾ・シュレディンガー(被染・e00113) |
![]() 鳴神・猛(バーニングブレイカー・e01245) |
![]() 星野・優輝(戦場は提督の喫茶店マスター・e02256) |
![]() 暁零・ムラクモ(現人神・e15819) |
![]() 七条・紫門(紫焔の剣鬼・e18850) |
![]() 六合・剣(太陽の化身・e22295) |
![]() 白竜院・氷華(輝盾の氷天姫騎士・e24981) |
![]() 南條・劔(ドラゴニアンのブレイズキャリバー・e25571) |
●壱
路地裏の奥まった場所に、ひっそりと佇む喫茶店がある。
日常はゆったりとした時間が流れるそこだが、今日は違っていた。数人の若い男女がただならぬ気配を漂わせながら現れた。
──ケルベロス達はこれから訪れる戦闘へそれぞれ思いを馳せる。
電子書籍は絶対許さない明王、時代の流れに追いついていけない哀れなビルシャナへ。
「ビルシャナの信仰は毎回ほんと厄介だ。一部納得するようなのがあるだけにね。……無事に終わったら喫茶店で珈琲を一杯飲もうかな。その前に、被害が拡大する前に食い止めようか」
喫茶店前に到着したケルベロス達の一人、星野・優輝(戦場は提督の喫茶店マスター・e02256)は店内から漂ってくるコーヒーの香しい香りに少しだけ気を緩めて。
「本は読めれば媒体はなんでもいいと思うんだけどな~」
六合・剣(太陽の化身・e22295)は読めれば何でもいい、と言葉を零す。知識を取り入れるのに紙も電子も関係ない、と。
「本は知識の宝庫、色んなことを知ることができるね。書籍は確かに僕も好きだけど、電子書籍も面白くていいところが沢山ある。どちらも一長一短なら、考えを押し付けるのはやめてもらいたいね」
冷静にビルシャナを切り捨てるのは白竜院・氷華(輝盾の氷天姫騎士・e24981)。ビルシャナに寄るような思いはあるが、押し付けるのは道理が違う。
「……本自体あんま読まねぇからなぁ。とりあえずビルシャナをぶっ飛ばすか」
「同意だ」
南條・劔(ドラゴニアンのブレイズキャリバー・e25571)に同調して頷くのは綴・誓示(地球人の刀剣士・en0156)。
「……」
無言でまだ現れぬビルシャナに殺気を飛ばしているのは七条・紫門(紫焔の剣鬼・e18850)。心に秘めたこのもどかしい思いを、ビルシャナにぶつける。そのためだけに。
「電子書籍は電子書籍で便利なんだけどね~。まあ僕は書籍の方が所有してる感あって好きだけど」
本人の居ぬ前ではなんでも言える。鳴神・猛(バーニングブレイカー・e01245)はビルシャナの教義に少しだけ納得している様子だ。
「書物に正道も邪道もないだろうに、呆れた物だ」
喫茶店の扉にキープアウトテープを張り、一般人が出てくるのを防ぐ暁零・ムラクモ(現人神・e15819)。書物は書物、電子となっても紙になっても同じ。
待ち伏せの準備を整えたケルベロス達の前に、騒がしくビルシャナと信者たちが現れた。
「電子書籍撲滅!」
「本は実物がいい!!」
にわかに騒がしくなった裏通りに、やれやれといった風に立ち塞がるゾゾ・シュレディンガー(被染・e00113)。
「おいおい、どっちに肩入れしてもいーけどよ、そんで読書の邪魔したら本末転倒だろ」
今この瞬間も、喫茶店内にこの喧騒は届いているだろう。呆れを通り越した正論にすかさずケルベロス達の説得が始まる。
●弐
電子書籍絶対許さない明王VSどっちもいいケルベロス達の熱い説得の火蓋が切って落とされた。
まずは一手。
剣が手に持ったのは小さな本のシルエットのガラス瓶。本や電子書籍のことなのに、なぜ香水瓶がと信者たちが首を捻る中、彼は笑顔のままシュッと一吹き空気中に散布した。
それは風に乗り、先頭に立っていた信者の鼻に懐かしく、温かい気持ちにさせる独特な香りが届く。
そう、それは──。
「これは、新刊の本の香り……?」
誰も本を持っていないのに、懐かしく温かい気持ちにさせる香りはまさしく『刷りたての本の香り』の香水だった。書店で手に取り、はじめて読み進めるときに嗅ぐ、それと同じ香りだった。
「これをつければ電子書籍を読みながらでも本の香りが楽しめるよ!」
香水瓶を掲げて宣伝する剣に、おお、と香りに群がる信者たち。しかしビルシャナはもふもふの両手で見えない香りを振り払う。
名残惜しい香りが辺りに漂った。
「そんなもの! ただのまやかしにすぎませんっ。本とは実物あってのもの!」
「そ、そうだ! データなんて信用できるか!」
香りが届かなかった信者が声をあげる。
「データなんて、ねぇ……、あんたの持ってる“それ”もそうなんじゃねぇの?」
次に説得にかかるのは劔だ。それ、と信者の一人が手に持っていたスマートフォンを指差した。ぎくりと信者が体を強張らせた隙に説得は続いていく。
「ブックマークとアドレス帳もそうだな。消去して手書きで管理するんだろ? ほら、手帳は用意してやるよ」
俺は絶対やらないけど。と分厚いシステム手帳をひらひらとさせている。友達、仕事関係、病院、調べもの、何もかもをスマートフォンに頼り切っている昨今では、手書きでそれを保存するというのは膨大な時間と労力がかかる。
「ああ、……」
信者の一人が、溜息をつき、心底めんどくさそうな顔をした。
好きでやるなら別だが、信者の一人はそれがとてつもなく苦痛な時間に思えたのだろう。一人、また一人と電子データの便利さに落ちていく。
次は誰か、と信者たちが身構えているとすっと前にでたのはムラクモ。
彼が主張したいのは一点。
電子書籍の入手のしやすさだ。
「書籍において重要なのは作家が記した内容を読者へ届けることであり、どのような環境でも電子マネーで購入できる電子書籍はその役割を十分に果たしている」
ムラクモの理論的な言葉が信者たちを貫く。
「古くに発行され、今では絶版となっている書籍が昨今では配信されていると聞く。それは読者のみならず、作者や出版社にも利益と成り得る」
絶版、という一言に信者たちが頭を抱えて唸り出した。覚えがあるようだ。
「そうよ、私にはどうしても読みたい本があるの……!」
こうしてまた一人、電子書籍への扉を開く。
「それに電子書籍だっていい所があるぞ」
スマートフォン端末を手にした優輝は実演を始めようと、ぺらりと電子書籍のページをめくってみせた。
「お値段はちょっと安価ですぐ読める。文章の検索機能や拡大縮小だってできるんだ。授業にも取り入れられてるくらい身近なものなのに認められないなんて……そんなの絶対おかしいよ」
子供たちでさえ今は電子書籍やタブレット端末で勉強している。大人たちがその時代の流れに乗れないのはいかがなものか。
「で、でもデータだと売れないし」
「そもそも売り物にしようと考えるから違うんだよね。嵩張らない資料として考えればいいと思うんだよ。どうしても売りたいなら売却対象の嗜好に合せて指向性を持った資料集として纏めてハード込みで売りだせばいいじゃない」
猛の可愛らしい声から紡ぎ出される正論に、信者たちはぐうの根もでない。
「続きが直ぐに買えて、読める。これは読書にのめり込むほど魅惑的だろ……巧妙な引き! この後どうなるんだ?! そうやってヤキモキ開店を待つ必要も無いんだぜ」
ゾゾがガラス玉の瞳を輝かせて語り出す。覚えがある信者たちはお互い顔を見合わせて頷き合う。
「それに! 資料に線を引いたり使い倒したい時だって、データなら原本を損ねずに、コピーの山を築かずに、マークも出来る!」
セーラー服を着たメガネの少女信者がはっとした顔をした。学生ならば勉強する機会は多い。思い当たる節があるのだろう。
「本は良い」
紫門は真剣な顔で、感情のままに思いを吐き出す。心は嵐のように吹き荒れ、穏やかではない。
「手の中に感じる心地よい重み、一頁ごとに指でめくり、文字を追う。実に素晴らしい。だが、世の中にはそれが出来ない者も居る。本が好きでも。これ以上置く場所が無い者は電子書籍に頼るしかない。本が好きだ。しかしこれ以上増えたら床が抜ける。そんな者に対してお前は実物が買えないなら読むなと言うのか」
その瞳は怒りと悲しみが同居していた。本が買えない、でもこれ以上は買ってはいけない。そんなもどかしい気持ちが。
「増築しろ?その金で本が何冊買えると思ってる。不要な本は売れ? そんなものは無い。大体売り払ってまた後で読みたくなった時に、必ずその本がまた買えるとお前は保証できるのか。10年20年先でもか。だが電子の海に置いておけばそんな心配は無いのだ。書店に1巻と3巻はあるのに2巻が無いとか悲しい想いをせずに済むのだ」
そこに立つのは、『新しい本が買いたくば今ある本を売れと言うやつ絶対斬る明王』その人だ。
気圧された信者たちは自分たちがまだ甘い考えだったと思い知る。目の前にいる青年は全てわかって、全てを理解し受け入れた後で、電子書籍というデータの海に移行した悲しき住人の一人だったのだ。
打ちひしがれる信者たちに、静かな声で語りかけるのは氷華。
「書籍には独特の重さ、香り、紙の質感………確かに電子には感じられない温かみがあるだろう。けれど、書籍は劣化するし、多くの書籍を持ち運ぶことは重くて困難だろう」
そこから先は少し飲み込む。今までの仲間たちの説得で、信者たちに自ら電子書籍の良さに気づいてほしいと。
「電子書籍にしかない良さに触れて、電子書籍を認めればもっと本を楽しめるんじゃないかな?」
その一言が決定打となり、信者たちは己の間違い、見識の狭さを実感した。
──電子書籍も、いいじゃない。
●参
「わ、私は許しませんーーー!!」
一人、ビルシャナを除いて。信者たちが全て離れたビルシャナは一人。
ばたばたと両手をばたつかせ、何とか信者を引きこもうとするが、すでに信者たちは完全に目を覚ましていた。
「ムキーーーーッ! こうなったら実力行使、です!」
猛は待ってましたと前衛に踊りでた。同じく前衛である優輝も武器を構える。
経文を衝撃はとして攻撃してくるビルシャナの攻撃を庇い、守り手である劔が受けた。
「頭の堅い奴だな!」
「本の角で叩けば治るんじゃねぇ?」
劔の言葉を受け、ジャマーとしてマルチプルミサイルを放ちながらゾゾが冗談を零す。
「それは本が可哀想だな」
戦闘服である、緑縁の眼鏡、旧日本海軍の提督姿の軍服に身を包んだ優輝が苦笑しながら血襖斬りで攻撃を放つ。
「やーい一人になってやんの、かわいそ~」
袋叩きに合うビルシャナを見て、指をさしてププっと笑う剣、ビルシャナはさらに地団太を踏んで悔しがる。
「ムキーーッ!」
もっふもふが地団太を踏んでも可愛らしいだけなのだが、ビルシャナはそんなことに気がつかない。
そんな可愛らしい姿も遠慮なく剣は攻撃を仕掛ける。ゾディアックミラージュは容赦なくビルシャナを切り裂いた。
「行くよ、フローレイシア」
氷華とボクスドラゴン、フローレイシアのコンビネーション攻撃。美しい声で主人の言葉に応えた純白のメスドラゴンは、ビルシャナにタックルを仕掛ける。それに合わせて氷華は稲妻突きを素早く繰り出す。
戦闘前の説得では絶対許さない明王になっていた紫門だったが、今は違う。冷静になった頭でゲシュタルトグレイブでビルシャナを突いた。
「俺だって、できるなら書籍……」
ぼそっと呟いた言葉は、心の奥に秘めた思い。
ゾゾのペトリフィケイションで石化されたところに、ボクスドラゴンの水琴の力強い体当たりが炸裂する。キュイと透き通った声で鳴けば、相棒にクスリと笑いかけたあと、ゾゾはビルシャナに不敵な笑みを浮かべる。
「石板っつー手もあるけど、どうする?」
「むぐぐっ」
ムラクモが構えるのは独自の抜刀術。攻撃時以外は刀身を決して晒さないものだ。
「電子書籍滅ぶべーーし!」
向かってくるビルシャナに対し、目にも止まらぬ速さで斬りつけた。
「……使えるものは使うべき、お前は時代遅れだ」
カチン、と納刀と同時にビルシャナは倒れ消えていく。
●四
キープアウトテープを剥がし、周辺の状況を見たムラクモは言葉もなく立ち去った。
喫茶店で一服という者も中にはいた。
剣と劔は残ってコーヒータイムを満喫。
店長手作りのケーキを頼んだ。赤い大粒の苺が乗ったショートケーキと、生地から丁寧に手作りされたチーズケーキのコーヒーセット。
「劒のも美味しそうだよね~ちょっと一口ちょーだい♪」
「お前の一口はでけぇんだよ!」
と軽口を叩き合いながら、ちゃっかりひと口交換していたりする。
優輝は一人、落ち着いた店内の中、コーヒーの引き立つ香りに戦闘後の疲れを癒した。事件を見た客の何人かは怯えて帰ってしまったが、安全だとわかった者は残っている。タブレットや書籍を読みふける客、そういった者の日常を眺め、ほっと一息つく。
ビルシャナが現れにわかに騒がしくなった路地裏の小さな喫茶店の平和は、こうして守られた。
作者:狩井テオ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
![]() 公開:2016年3月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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