月華の忍び

作者:天枷由良

●月明かりの下
 夜更けのビルの屋上。
 そこに、二人の人影が有った。
「あの店から宝石を盗み出してくるんですよ」
 物取りの目標とする店を指差すのは、仕事帰りのOLのような風貌の美女。
 その隣で黙って話を聞いているのは、螺旋の面をした小さな忍びの娘。
「例えあなたが死んでも、情報は収集できます。勿論無事に盗みを終えて戻ってきてもよろしいですけど……まぁ、心置きなく死んできてくださいな」
 常人なら到底、承服しそうにない命令に頷き、螺旋の少女はビルから飛び降りていく。

 それから間もなく。
 無人の宝石店に張り巡らされた警備システムを容易く突破して、少女はショーケースに飾られた宝石を淡々と取り出していた。
 戦利品を風呂敷に収めて背負い、仕事を終えた少女は裏路地に出て音もなく姿を消す。

 更に翌日。
 出勤した店主が空っぽになった店を見た時の衝撃は、筆舌に尽くし難い。

「螺旋忍軍が、盗みを働こうとしているようなの」
 ミィル・ケントニス(ウェアライダーのヘリオライダー・en0134)は、やや困った顔で手帳を開いた。
 対象は何の変哲もない一般的な宝石や貴金属類で、どうやら地球での活動資金として回収しているらしい。
「盗人は『月華衆』という一派みたい。小柄で隠密行動に長け、武器に月下美人の模様が刻まれているのが特徴ね」
 この月華衆がある宝石店に現れる事を予知したので、店に被害が出るのを防いで欲しいというのが、ミィルからの頼みのようだ。
「場所と時間は分かっているから、気づかれないように待ち伏せるか、出てきた所に襲撃をかけるか。皆のやりやすい方で良いと思うわ」
 それから件の月華衆。
 こちらは少々特殊な能力を有しているようで、自分が行動する直前に使用されたケルベロスのグラビティを、一つコピーして使用するという忍術を使う。
「その上、理由はわからないけど『その戦闘で自分がまだ使用していないグラビティ』を優先的に使うようなの」
 それ以外の攻撃方法は持たないようで、ケルベロスたちの作戦次第では、かなり有利に戦う事も出来るかもしれない。
「……何だか良く分からない敵だけれど……小さな事件でも、見逃す訳にはいかないでしょう。皆、よろしく頼むわね」


参加者
雲上・静(ことづての・e00525)
ディークス・カフェイン(月影宿りの白狐狼・e01544)
毒島・漆(全身凶器・e01815)
オーネスト・ドゥドゥ(アーリーグレイブ・e02377)
工藤・誠人(地球人の刀剣士・e04006)
神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)
ドラーオ・ワシカナ(マイクが本体・e19926)
アーニャ・クロエ(ちいさな輝き・e24974)

■リプレイ

●迎撃準備
 神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)はボクスドラゴンのリュガを連れて、警備システムが無力化された宝石店内に居た。
 螺旋忍軍『月華衆』の襲撃時刻までは、まだ少し時間がある。
 その間に、店内のショーケースへ光の盾を施そうとしていたのだ。
 最も効果は殆ど無く、何かの攻撃に巻き込まれればケースも宝石も木っ端微塵になるはず。
 だが、もし店主が此処に居たなら、鈴の気遣いに心打たれた、かもしれない。
(「それにしても……綺麗……」)
 店に差し込む明かりは僅かなものだが、それを返す宝石たちは輝いて見える。
 特にこの、ペンダントなんか素敵ではないか。
 誰かにプレゼントして貰えたら最高だろうが、その為には『誰か』を作る所から始めねばならない。
 まぁ、きっとその内、そういう機会にも恵まれるだろう。……多分。
 苦笑交じりで、鈴は光の盾を張る作業に戻る。

 そんな夢見る天使の子はさておき、大方のケルベロスたちは宝石店の前に陣取っていた。
 いつも通りの草臥れた白衣姿で煙草を咥え、月華衆の登場を待っている毒島・漆(全身凶器・e01815)は、ディークス・カフェイン(月影宿りの白狐狼・e01544)から渡されたインカムから流れる仲間たちの声を聞き流している。
「活動資金の為に宝石泥棒とは……何と言いますか、俗っぽい話ですね」
 他のデウスエクスたち……特にドラゴン辺りと比べると、殊更そう感じてしまう。
 工藤・誠人(地球人の刀剣士・e04006)が漏らした言葉に、ウィングキャットのティナを連れたアーニャ・クロエ(ちいさな輝き・e24974)が問いで返した。
「資金を集めて、何企んでるんでしょうね……」
 それに答えて一つの可能性を提示したのは、作業を終え、そのまま宝石店の入り口に潜んでいる鈴。
「お金を必要としてるってことは、使う場所があるってことじゃないでしょうか。……例えば、素性を伏せた螺旋忍軍が一般人をお金で雇って働かせている、とか」
「そいつぁ、あんまり愉快な話じゃねぇな」
 ただの推論だとは分かりつつも、オーネスト・ドゥドゥ(アーリーグレイブ・e02377)が言い捨てる。
 過去には要人暗殺やらケルベロスに化ける偽装工作も行うなど、何かと小細工を弄してきた螺旋忍軍だ。
 彼らなら、そのような事を行っていても不思議ではないかもしれないが、その真意を断定するには情報が足りない。
(「交戦を、重ねていれば、何か、見えてくる、のでしょうか」)
 雲上・静(ことづての・e00525)も黙って想像を巡らせていたが、やがて、思い出したようにぽつりと零した。
「宝石もそう、ですが、ケルベロスの力、も、探っているよう、な……そんな気がしてしまいます、が」
「……技をコピーするんでしたか」
 どちらかと言えば、漆もそちらの方が気になっている所。
 螺旋忍軍は、その名の通り螺旋の力を操ってあらゆる秘伝を盗み、模倣するという。
 だが、戦いの最中でケルベロスたちの技を模倣する者は、この月華衆で初めて相対するのではないか。
「こちらのグラビティを盗んで使ってくるとは、気を付けないと……」
「倒しても情報は収集されるようですし……あまりこちらの手札を晒したくはないですねぇ」
 思考を中断して、敵との戦いへ向け気を引き締めるアーニャ。
 漆も懸念を表したが、その後に続く言葉は少々楽観的にも聞こえる。
「ま、逆を言えば相手が使ってくる攻撃にも対処しやすいって事ですがね」
 模倣という行動は特殊であるが、要は『ケルベロスたちが繰り出した技』しか使ってこないのだ。
 自分たちが使用する技の種類を絞れば、敵の攻撃も予想することが出来るだろう。
 ここに集ったケルベロスたちは、斬撃に類する技のみを使用し、それに応じた防具を用意すると事前に取り決めてある。
 月華衆との戦いに関してのみなら、それほど苦戦することもないように思えた。
「わしらの策に嵌った、忍びの嬢ちゃんの驚く顔が見たいものじゃ」
「……仮面をしているはずですから、見えないと思いますよ」
「む、そうじゃったのぅ」
 黒衣と隠密気流で闇夜に紛れ、上空から暗視と熱源探知機能を持つスコープで偵察をしていたドラーオ・ワシカナ(マイクが本体・e19926)は、アーニャに指摘されて惚けたように言った。
 しかし、その内心はあまり穏やかでない。
 敵とはいえ、少女の形をした月華衆。
 それを捨て駒のように使う、黒幕の存在が許せないのだ。
(「……流石に見つからんかのぅ」)
 四方を見やってみるも、駒を用意して情報を集めるような黒幕が、のこのこと姿を晒しているわけもない。
(「――だが、何処ぞで見ているのだろうな」)
 ドラーオと似たような事を考えていたディークスも、立ち並ぶビルに目を向けた。
 黒幕に断罪する機会があれば良いが。
 そんな事を考えていると、ドラーオをビル風が煽った。
 懐に備えた白金触媒式カイロの暖かさがあるとはいえ、老骨には些か沁みる。
 思わず首をすくめた所で、視界の端に小さく動くものが紛れ込んだ。
「……待ち人来たれり、のようじゃ」
 それを聞いて、漆は煙草を携帯灰皿に押し潰し、懐にしまう。

●月華衆との戦い
 目標の宝石店を前にして、月華衆の少女は不意に足を止め、後方へ跳躍した。
 その鼻先を、空から迫ったドラーオの安全下駄が掠めていく。
「むぅ、外したか」
 ドラーオは言うが、焦りは感じられない。
 月華衆が着地しようとしている所に、潜むものを見ていたからだ。
「……with……“捕らえろ”」
 ディークスの言葉に応じて、影から這い出た漆黒の大蜥蜴が月華衆を丸呑みにする。
 月華衆はすぐに短刀を振るって脱出したが、漆が点けていたハンズフリーライトによって、その姿は完全に捉えられてしまった。
「独り孤独な特攻か……攻撃斥候の役割、ご苦労」
 ディークスが呟く間もなく、流れるように向かう四本の刀。
 静、漆、オーネスト、誠人。
 彼らが入れ替わり立ち替わり放つ、緩やかな弧を描く太刀筋が月華衆を強襲し、四肢を傷つけていく。
 流石に堪えたのか、膝をついた月華衆。
 その身体へ向かって、アーニャが飛び蹴りを放った。
 あまり鋭いものとは言えず、本来なら容易に躱せたであろう一撃。
 しかし直前の斬撃や、未だ残る黒い塊の影響か。
 緩慢な動作の月華衆は派手に蹴り飛ばされ ゴロゴロとアスファルトを転がっていき……。
 そして、何事も無かったかのように立ち上がると、短刀と手裏剣を構え直した。
 人であれば、痛みに顔をしかめて苦悶の声を漏らしているだろう。
 しかし、月華衆の表情は螺旋の仮面に隠されて窺い知ることが出来ず。
 悲鳴のようなものが、聞こえることもない。
「おい」
 オーネストが、月華衆へ向けて呼びかけた。
「場所を変えねぇか。ここじゃあ全力が出せねぇ、お前の主が命じた目的が達成できねぇぞ」
 宝石店の前から敵を引き剥がし、より戦闘に支障のない場所へ誘導しようと目論むオーネスト。
 だが、月華衆からは何の反応もない。
「一体、何を企んでいるの?」
「お主へ命令を下している者は、一体何者なのじゃ?」
 アーニャとドラーオも続いて問うが、やはり返答はない。
「……哀れとは思いますが、あなたにはここで散って貰います」
 鈴に明確な敵意を示されても同じ。
 それどころか、宝石を盗めなさそうな状態に落胆する様子や、ケルベロスたちから逃れようとする素振りすら見えない。
(「……やはり、狙いは、宝石ではない、のでしょう、か」)
 だとするならば、ケルベロスたちからより多くの技を模倣することや、それを自身で用いて形にすることが目的なのか。
 目的を決定づける証拠が足らず、静は敵の観察を続けながら刀を星辰の剣へ持ち替える。
 と、そこで月華衆が動いた。
 如何にも忍びらしく、地を這うように駆けながら静へと向かっていく。
 その途中で模倣に関する特殊な動作でも行わないかと、ディークスやアーニャが注意深く見つめていたが、それらしきものは見受けられない。
 ただ、すっと腕を引いてから繰り出されたのは、間違いなく先程ケルベロスたちが放ったものと同じ、緩やかな弧を描く斬撃。
 月下美人の紋様が刻まれた短刀は、静が剣を持つ腕を狙って。
 しかし、間に無理やり入り込んだ漆の右腕に阻まれる。
 お返しとばかりに首筋を薙いだのは、漆が持つ『く』の字型に湾曲した短刀ククリ。
 更に誰かが攻撃を受けた後の隙を狙っていたディークスに重たい蹴りを打ち込まれ、再び間合いを取った月華衆へ、静が音もなく振るう星辰の剣や、オーネストの持つ鎌、誠人が突き出した刀などによる斬撃が、次々と繰り出される。
「毒島団長さん!」
 仲間が攻撃を行っている間に、鈴とリュガが漆の元へやってきた。
 所属する旅団の長を案じての行動だったが、用意した防具のおかげだろう、漆の傷はそれほど深くない。
 とはいえ、勿論放っておく訳にはいかず。
 鈴から妖精の祝福と癒しを宿した矢を、リュガから属性を注入する蒼炎のブレスを。
 更にはアーニャからも祝福の矢を受けて、おまけに身体を凪いだティナの羽ばたきが、漆の傷を瞬く間に消していく。

 その後、ケルベロスたちが繰り出した攻撃は同じ性質を持つもので統一されていたが、種別としては異なるものが多かった。
 刀による斬撃、駆動剣による斬撃、鎌による斬撃……。
 果ては炎を纏った蹴りから、鈴やアーニャが用いた祝福の矢による治療。
 月華衆は模倣する先に困らず、ボクスドラゴンやウイングキャットなど無視して次々とケルベロスたちの攻撃を――時に螺旋の力で同じ武器まで作り上げ、返してくる。
 どうせ情報を取られるにしても最低限に、というオーネストの考えは、残念ながら全体で実践されたとは言い難い。
 極めつけは、誠人が振るった固有の剣技までもが模倣されたことだ。
「――消える覚悟を決めてください」
 幾度も攻撃を受け、あちこちに深手を負った月華衆へ、迷いなく打ち込んだ存在そのものを刈り取る残酷な一太刀。
 しっかりとした手応えを感じ、振り返った誠人の目に映ったのは、同じ構え、同じ踏み込みで向かってくる月華衆の姿。
「――消える覚悟を決めてください」
 同じ台詞――それがこの戦いで唯一聞いた月華衆の声――まで吐いて、違いは刀に刻まれた紋様だけ。
 ……いや、与えた傷の深さは、流石に違っていたか。
「所詮は付け焼刃か……ッ!」
 叫び、ディークスが再びwithを放つ。
 技は模倣されてはいるが、それらが与える傷はケルベロスたちの与えたものより小さい。
 目論見通り、敵から受ける攻撃の威力が、防具によって半減されているのだ。
 そして敵には、ケルベロスたちのように庇い合い、傷を治療してくれる仲間など存在しない。
 グラビティによる状態異常も積み重なっていき、徐々に、そして確実に追いつめられていく月華衆。
 その姿に、最初は日頃の鬱憤を込めて武器を振るっていたドラーオが、若干の戦いづらさを感じ始めた時。
 螺旋の力を練り上げて新たな模倣を行おうとした月華衆の身体を、狙いすましたようにオーネストの斬撃が捉えた。
 それを契機に漆が達人級の一太刀を放つと、静が滑らかな動作で刀を振るって、敵を切り捨てる。
 瞬間、月華衆は糸が切れたように崩れ落ち、動かなくなってしまった。

●一先ずの勝利
「どうやら、無事に勝てたみたいですね」
 誠人が刀を収めると、漆は既に新たな煙草へ火を点けて燻らせていた。
 伏したままの月華衆にアーニャが近づいていったが、亡骸は瞬く間に塵と消え、何も残らない。
 敵はまさに力の尽きるまで、忠実に命令を遂行していたのであろう。
 月華衆の規模は分からないが、彼女たちは皆、同じように使い捨てられる運命なのだろうか。
 だとすれば、あまりにも救いようがない者たちである。
「……其の生命、糧と成れ」
 敵ではなく、他の何かの。
 祈るディークスを横目に、オーネストは彼方を見やっていた。
(「こいつぁ、完全に捨て駒だった訳だ」)
 宝石を盗めれば良し、ケルベロスの餌になって情報を集めるもよし。
 恐らく月華衆が放たれた段階で、黒幕の企みは半ば成功しているようなものだったのだ。
 そのせいか、宝石店に被害もなく月華衆を排除したというのに、何処かすっきりとしない。
「……いつか首飛ばしてやっから、楽しみにしときな」
 何処にいるかも分からぬ黒幕へ、オーネストは吐き捨てた。
 辺りにも大した被害はなく、ケルベロスたちはそのまま、帰途へ就いていく。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年4月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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