その竜の名を『メツェライ』。
敵味方関係なく無差別に殺意を拡散する竜は、破壊衝動のままに獄炎で周囲一体を薙ぎ払う。
竜十字島から飛び去ったメツェライが、遥か上空から見下ろす島。
緑々しい三原山が印象的な東京都大島。
平和すぎる島に、メツェライが募らせる想い。
殺意。
人々の恐怖が蠢く地獄絵図を仕立てるべく、全身から燻り続ける破壊衝動に身を任せるべく、メツェライは三原山頂上に上陸。
そして、喉が切れんばかりの怒声と共に、灼獄の炎を山頂へ吐き出す。
マグマ溜まりに染み込んでいく殺意の篭った炎は、火山を強制的に目覚めさせる。
大噴火。メツェライの破壊衝動を汲み取ったかのように、三原山のマグマが凄まじい勢いで吹きこぼれる。
たった数分で、マグマは美しい木々を飲み込んでしまう。
たった数時間で、マグマは平和だった町を飲み込んでしまう。
青空が紅色へと染まっていく、自然が紅色へと染まっていく。
一時の渇きを満たした竜が、悠然と地獄絵図を見下ろしていた。
「緊急事態です」
セリカ・リュミエールは開口一番、招集されたメンバーに告げる。普段冷静な彼女に焦りの色が見えているとなると、メンバーも静かに聞き入ってしまう。
「ドラゴンの拠点である竜十字島から、多数のドラゴンの襲撃が開始されました。ドラゴンの目的は『人間を殺し、恐怖と憎悪を集める』事です」
定命化の者に憎まれるほど、死までの期間が延びる。竜たちは更なる力と寿命を手に入れるべく、日本各地で数万人規模の被害を起こそうとしているようだ。
厄介なことに、多くのケルベロスで迎撃を行うことは難しい。その場合、別の地点が襲撃され、更なる被害を生むことになってしまう。
「襲撃の被害を食い止める為に選ばれた少数精鋭が皆さんです。皆さんには8体のドラゴンのうちの1体、『メツェライ』をターゲットに戦っていただきます」
メツェライを討伐するために、三原山で阻止するチームと、大島の町の前で迎撃するチームの2つに分ける。
阻止チームの目的は、三原山を噴火させようとするメツェライに、噴火を諦めさせて町へ移動させること。
迎撃チームの目的は、町を襲撃しに来たメツェライを討伐すること。
片チームに戦力を集中させると負担が掛かり過ぎ、最悪は全滅も有り得るだろう。
また、噴火を阻止するのに失敗すると、メツェライだけでなくマグマまでもが町へ進行するのは言うまでもない。
バランス良く、部隊編成をしていくことが今案件のキーとなる。
最後にセリカは、メンバーの顔を1つ1つ見渡してから深々と頭を下げる。
「強力なドラゴンとの戦いは非常に危険ですが、皆さんの力で平和を守ってください。どうかご武運を!」
参加者 | |
---|---|
月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132) |
ブラッド・ハウンド(生き地獄・e00419) |
ウィセン・ジィゲルト(不死降ろし・e00635) |
椏古鵺・笙月(黄昏ト蒼ノ銀晶麗烏・e00768) |
村雨・ベル(エルフの錬金術師・e00811) |
黒鳥・氷雨(何でも屋・e00942) |
フランツ・サッハートルテ(剛拳のショコラーデ・e00975) |
シルフィディア・サザンクロス(この生命尽き果てるまで・e01257) |
セルリアン・エクレール(スターリヴォア・e01686) |
ミラン・アレイ(蒼竜・e01993) |
小山内・真奈(ドワーフの降魔拳士・e02080) |
塚原・宗近(地獄の重撃・e02426) |
リヴィ・アスダロス(魔瘴の金髪巨乳な露出狂拳士・e03130) |
揚・藍月(青龍・e04638) |
夜陣・碧人(御伽創祀・e05022) |
ヴォイド・フェイス(子猫な男・e05857) |
マサヨシ・ストフム(蒼炎拳闘竜・e08872) |
神藤・聖一(白貌・e10619) |
カナメ・クレッセント(羅狼・e12065) |
ケドウィン・アルカニクス(劇場の怪人を演じる地獄の番犬・e12510) |
幽川・彗星(ブラッディパティシエール・e13276) |
月白・灯(オラトリオのミュージックファイター・e13999) |
渡羽・数汰(勇者候補生・e15313) |
天照・葵依(蒼天の剣・e15383) |
ケーシィ・リガルジィ(幼き黒の造形絵師・e15521) |
キティエリス・ジョーンズ(夏梅荘の管理人代行・e16090) |
カイウス・マビノギオン(黒のラサーヤナ・e16605) |
茨木・流華(羅城門の鬼・e17756) |
トライリゥト・リヴィンズ(炎武帝の末裔・e20989) |
アークトゥルス・ラクテア(コッコ村のプリンの騎士・e22802) |
●平和を先延ばすため
澄み切った空は、間もなく死闘が始まるとは思えないほどに平和を象徴していた。
メツェライの描こうとする地獄絵図を阻止すべく、30名の戦士たちが東京都大島の土地に足を踏み入れる。
阻止チームのメンバーは、三原山の噴火口付近にて戦いの環境を再確認しているようだ。
マグマが凝り固まった黒い地面から草木が伸び、遥か昔に噴火したことが容易に伺える。
ミラン・アレイ(蒼竜・e01993)は、山頂から9人の仲間を見下ろしながらも高々に宣言する。
「火山は絶対に噴火させない! メツェライの思うようにはさせないんだよ!」
神竜の巫女ながらも、おしとやかというよりは元気一杯の彼女だが、戦いの士気を上げるには十分な一言だった。
「当たり前だろう? 全てを護るさ、何が何でもな」
奇襲できる岩陰を探していたマサヨシ・ストフム(蒼炎拳闘竜・e08872)がミランに返事を返すと、仲間たちもそれぞれの反応を見せる。
静かに深呼吸しているのは、ケドウィン・アルカニクス(劇場の怪人を演じる地獄の番犬・e12510)。
さすがはオペラ歌手。まるで舞台が始まる直前、精神を統一させるかのよう。大切な友人である神藤・聖一(白貌・e10619)の為、大切な人々の為に自分のパフォーマンスを上げているのだろう。
同じく高鳴る鼓動を抑えようとしていた天照・葵依(蒼天の剣・e15383)のスマートフォンが鳴り響く。
ポニーテールを翻しながらも葵依は電話に出ると、仲間たちは足を止めて聞き入ってしまう。
電話を掛けたのは全20名の迎撃チームの1人、ウィセン・ジィゲルト(不死降ろし・e00635)。
「大方の避難誘導は完了させたので、警察と消防に引き継ぎを終えたところだ。俺たちも迎撃ポジションに戻る」
迎撃チームは人々の避難誘導をしていたようだ。
当初、北部にある岡田港近くの建物に避難誘導をしようとしていたが、約8000もの人々を集めるのは不可能だということで、大島に点在する各港近くの建物に人々を誘導することに決定した。万が一、噴火が発生した場合、すぐにでも船で逃げられるようにという対策も兼ねている。
空を羽ばたきながらも人々の避難誘導をしていた、揚・藍月(青龍・e04638)と月白・灯(オラトリオのミュージックファイター・e13999)も迎撃場所へ戻ってくる。
そこは三原山に最も近く、大きく開いた平地帯。戦いには最適な場所と言えるだろう。既に殆どのメンバーが待機し、戦いに備えている。
「にーちゃんに認めて貰うんだにゃ! こんなところで死ぬわけにはいかないにゃ!」
声の主はケーシィ・リガルジィ(幼き黒の造形絵師・e15521)。今は亡き義兄から貰ったミミック、ぼっくんと共にやる気に満ち溢れている。
「遅くなったな」
相棒のライドキャリバー、宵桜と町周辺の避難誘導を行っていた黒鳥・氷雨(何でも屋・e00942)も帰ってくる。
これで全ての迎撃チームが帰ってきたと思いきや、1名がまだ姿を現していない。
ブラッド・ハウンド(生き地獄・e00419)だ。
氷雨の煙草の煙よりも遥か上、頭上の展望台から空の様子を延々とブラッドは眺め続けていた。
そして、見上げるという行為が無駄になるとブラッドは知る。
視覚よりも先に第六感がブラッドの地獄化された血液を沸騰させ、身体全ての細胞が武者震いをさせたのだから。
咥えていた煙草を吐き捨てたブラッドは、百獣の王の如く獰猛に笑う。
「来やがったか!」
突然だった。
空を観測していないメンバーでさえ、明るくなる空を見上げてしまう。
島の中心部目掛けて急接近する破壊と殺戮の権化。
「……現れたな、メツェライ」
万感の思いを募らせ、聖一は独り呟く。
●蒼天から現れし者
鼓膜をつんざく雄叫びが、三原山の噴火口付近、すなわち阻止チームに近づいてくる。
戦闘は今から。大多数の者はそう思っていた。
椏古鵺・笙月(黄昏ト蒼ノ銀晶麗烏・e00768)が叫ぶ。
「マサヨシ! 避けるざんし!」
「!? うおっ……!」
笙月の言葉の意味をギリギリに理解し、全力で回避するマサヨシ。
刹那、マサヨシの隠れていた岩がメツェライの一撃により大破。岩の礫がマサヨシの全身へ打ち付けられる。
ダメージは殆ど無いマサヨシだったが、冷や汗は尋常ではなかった。
岩があった場所は地面ごとバックリとえぐり取られており、もしメツェライの全力の不意打ちが直撃していたら、死んでいたかもしれない。
既に武器を構えていたメンバーでさえ、呆然としてしまう。
自分たちを見下ろすメツェライ。地上に上陸しただけで、心臓を握り潰されたのかと錯覚してしまうほどの禍々しい殺意が、周囲一帯を包み込んでいる。
メツェライの尻尾が、空を唸らせながらも水平にしなり何かを弾き飛ばす。
直後、月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)の真後ろの岩壁がヒビ割れる。
「……え?」
朔耶は恐る恐る振り向く。そこには幽川・彗星(ブラッディパティシエール・e13276)が倒れ込んでいた。
隠密気流によって環境に溶け込んでいた彗星は、唯一奇襲を仕掛けようと動き出していた。が、迷彩に乏しい地帯ではメツェライの目は誤魔化せず、逆に死角からの攻撃を受けてしまう。
彗星はケドウィンの肩を借り、損傷した肋骨を庇いながらも立ち上がる。
「く……、奇襲に気づき、尚且つこの威力とは……」
絶望的な静けさの雰囲気を壊すのは、またしてもメツェライ。
噴火口を見上げ、口を大きく開き始める。
町をマグマで飲み込むために。
「バスタァアビィイィム!」
自分、仲間の恐怖を吹き飛ばすかのような叫び声を上げ、リヴィ・アスダロス(魔瘴の金髪巨乳な露出狂拳士・e03130)がメツェライ目掛けてレーザー光線を放射。
メツェライの顔面で光線は爆ぜ、攻撃の中断を成功させる。
このままではいけないと、さらにリヴィは仲間を鼓舞。
「慌てずに連携を取っていこう! 私たちは私たちの任務を全うすることだけを考えるんだ」
噴火阻止。阻止チーム最大の任務を思い出したかのように、仲間たちの闘志に火が灯る。
メツェライの猛攻をひたすら受け続けるだけではジリ貧。だからこそ塚原・宗近(地獄の重撃・e02426)は、メツェライに時間が無いことを悟らせようと語りかける。
「町に攻め入れられなくて安心しているよ。既に他の仲間たちが住民の避難誘導を開始しているからね」
人の言葉が理解できるように、メツェライの眉間がピクりと反応を示す。
彗星の手当を行っていた村雨・ベル(エルフの錬金術師・e00811)も、腕時計を確認するかのようなジェスチェーを見せ、
「避難誘導を始めてだいぶ経過していますね。数分もすれば町はゴーストタウンかもしれませんよ?」
相手を挑発せずに不安を煽ることに専念。強い刺激は自陣の被害を大きくすると判断したから。
一瞬の心の隙を付くべく、ミランの合図ともに前衛陣はメツェライとの距離を詰める。
圧倒的戦力差は覆らないものの、メンバーたちは冷静さを取り戻していた。
「サポートは任せろ!」
葵依は紙兵散布を発動。瞬く間に自身のサーヴァント、月詠を含めた前衛陣を、紙の兵隊が支援を開始。
うざったらしいとメツェライの尻尾が近づく者全てを薙ぎ払おうとするが、自分の周りを取り囲むシャボン玉に気づき、動きを静止。
笙月が発生させたシャボン玉からは、仄かに鼻腔をくすぐる妖しくも甘美な香り。
そのシャボン玉の1つに、螺旋状の氷が突き刺さる。
「さきほどのお返しです。くらいやがれ……!」
彗星による螺旋氷縛波が、シャボン玉に凝縮された螺旋の力を解放。高濃度の香りとともにメツェライを爆風が包み込む。
チャンスを逃すまいと、ミランはスターメイカーとゾディアックソードを滑らせながらも十字斬りを叩き込む。
爆風の煙によりメツェライを目視することは難しいが、確実に当てた感触がミランにはあった。
が、メツェライは一切怯んではいない。
血走った瞳とミランは目が合う。直後、呪術と殺意を練りこんだ竜爪が、全身に近づいてくる。
視界が塞がると同時。小柄なミランの身体が吹き飛ばされ、地面を転がっていく。
マサヨシとともに。
「あ、ありがとうございます、マサヨシさん……」
「当たり前だ……。全てを護ると言っただろ……?」
マサヨシが明らかに無理をしながらも、安心させるべく微笑みかける。
咄嗟にスイッチに入ったマサヨシが、ブラックスライムの盾を展開。ダメージを軽減すべく防御に徹したのだ。
その隙に朔耶は詠唱を完了。『御業』の腕を召喚し、巨大な手がメツェライの前足を掴む。
巨大といえど、相手は30メートルもある巨体。力は劣ってしまい簡単に払われてしまう。
朔耶は冷静だった。序盤のうちに、できるだけ敵のクセや思考、攻撃パターンを覚えようと心を落ち着かせていたから。
何よりも、視界を足元に集中させることができた。
「この場から立ち去って頂こうか」
メツェライの頭上に飛んだ宗近の、全ての想いを重さに変えた一撃が頚椎に叩き込まれる。
ガキンッ!、と金属同士が響き渡るような音が生じ、重みに耐えるかのようにメツェライの四肢が僅かに地面を陥没させる。
咆哮とともに、膨大な熱量が宗近を含めた前衛陣を焼き払おうとメツェライが放射。
ケドウィンが仲間を守るべく、雷で形成された壁を展開。
炎が壁に衝突した瞬間に壁は溶け出し、炎の侵入を許してしまう。
その数コンマの時間に、大きく後退したメンバーは熱風に吹き飛ばされながらも直撃を免れる。
立ち上がったマサヨシたち前衛陣は、メツェライに再度接近を開始。
リヴィは思う。
少数の阻止チームではメツェライに勝てないだろう。しかしながら、時間くらいは稼げると。
稼いでみせると。
金色の髪を揺らしながらも、リヴィは砲撃を撃ち続ける。
●滾る炎、衰える灯火
戦闘が開始して、どれくらいの時間が経過しただろうか?
阻止チーム全員の体内時計では、1時間は軽く超えている。
現実では10分。たったそれだけしか経っていない。
その僅かな時間で、メンバーは幾数もの命の危機に晒させるのだが、誰もが痛みを忘れ動き続けていた。
前衛陣は攻撃の雨を降らせ続け、後衛陣は雨を止ませないために回復と支援をし続ける。
サーヴァントも忘れてはいけない。朔耶と葵依の相棒であるリキ・月詠も自身よりも遥かに大きい竜相手におののくことなく、主人たちを守ろうと足を止めない。
ジリ貧にも関わらず、誰の目も死んではいなかった。
その瞳がメツェライは許せない。
邂逅時、あれほどまでに絶望に浸っていた者共が、今では持てる力を振り絞り自分に歯向かってくることが。
己の内側に溜まる怒りの感情を炎と結びつける。
急上昇する温度の変化に、前衛陣はブレス攻撃に気付いていたが、下がろうとはしない。
後衛の仲間を信じて。
炎が前衛陣を焼き焦がそうとした刹那、
「現れよ」「ライトニングウォールです!」
ケドウィンとベルが合わせるように術を詠唱。先ほどよりも遥かに大きく分厚い防御壁が、前衛陣とメツェライの間にそびえ立つ。
炎の塊を依然防ぐことはできず、ひび割れた壁から押し寄せる熱。 しかしながら威力を弱めることには成功しており、前衛陣4人はダメージを被りながらもメツェライに迫る。
メツェライも迎撃態勢に入ろうするが、4人の背中を猛烈に押し込む虹色の爆風が反撃を許さない。葵依のブレイブマインだ。
急加速した4人から繰り出される連撃が、メツェライの身体に傷を付ける。
4連撃目。
「人類を簡単に絶望させられると思うな!」
マサヨシのスターゲイザーがメツェライの顎を跳ね上がらせた。
嵐のような猛撃にメツェライの意識が一瞬削がれ、破壊衝動を忘れてしまう。何故、自分がここにいるのかさえ分からなくなる。
その静けさがメンバーにとっては異常な光景で、様子を伺ってしまう。
依然、跳ね上がった顎を戻そうとはせずに空を眺め続けるメツェライ。 青空に吸い込まれるように何やら白い煙が上がっていることに気づく。
あれはなんだ?、とメツェライの視線が煙の発信源を辿ろうとする。
視線が止まった先。そこは三原山の噴火口。
己の目的を思い出す。
人々に恐怖を与えにきたことを、火山を噴火させに来たことを。
そして、今も人間共が避難しようとしていることも思い出す。
こうしてはいられない。
喉から血が出るほどのメツェライの雄叫び。
一同は耳を抑え、苦悶に顔を歪ませる。
音が鳴り止んだと同時に、急上昇する温度が意味するもの。
メツェライが噴火口方面に口を開いていた。
考える時間は無かった。
マサヨシの脳裏に浮かぶ言葉。
『誰かを守るためなら、この命惜しくはない』
地獄化した翼を瞬時に羽ばたかせ、マサヨシは火球の目の前に大の字に立ち塞がる。
ミランとリヴィも人々を守るため、大切な仲間を守るために空を駆ける。
手を繋ぎ合わせ壁を形成し、身を呈して炎の軌道を逸らすことに成功。
その代償は大きかった。
「……っ」
唯一、意識があったのはリヴィ。業火に焼かれながらもマサヨシとミランの手を握り締め続け、消えかかる意識を集中させながらも軟着陸。
仲間の生死を確認する時間はない。
メツェライが噴火口目指して、駆け始めた。
一同は混乱状態。前衛陣の大多数が負傷し、新たな編成の相談すらできない。
けれど何もしなければ8000名の命が奪われてしまう。
朔耶が叫ぶ。
「愛しき我が友よ!」
朔耶に呼び出された友。メツェライと同寸サイズ程の『晶獣』が、メツェライの首筋に食らいつき離さない。メツェライが拒否反応を起こすように振り払おうとする。
彗星は葵依に話しかける。
「天照!」「分かっている!」
マサヨシたちと最も距離が近い葵依が駆け寄ると、リヴィはたどたどしくも言葉を呟く。
「……まだ、息はある……。私が応急処置するから、……問題ない」
言葉通り、マサヨシとミランの心臓は微かながらも動いている。リヴィは地面に種子を差し込み、瞬く間に成長した黄金の果実が仲間たちに癒しの光を与える。
「さぁ……、行ってくれ……!」
葵依は力強く頷くと、再び戦闘場所へ駆ける。
メツェライもさすがに焦り始めていた。避難誘導の話が本当ならばここで道草を食っている場合ではないのだから。
焦りもあり晶獣の拘束に手こずっていたが、ようやく振り払うことに成功。再度同じものを召喚されると面倒だと、噴火口ではなく朔耶の元へと進路を変える。
「一定の距離を置くざんし!」
笙月はシャーマンカードに念じ、氷の兵隊を召喚。突撃を命令し、氷の槍がメツェライの足に突き刺さるが、直ぐに兵隊ごと蒸発してしまう。
単体攻撃では進撃を止めることができない。
勢いそのままにメツェライは朔耶に攻撃を繰り出そうとし、朔耶は短時間ながらも脳内で整理した攻撃の特徴を思い出す。
ブレス? 爪? 尻尾?
鋼のような爪が僅かに動く。
「(爪の水平切り!)」
必要最低限に朔耶は跳躍。
しかしながら爪の攻撃ではなかった。
「フェイン――、ぁ……」
メツェライは言葉を理解するほどの竜。プログラミングされたゲームのようなワンパターン攻撃だけではない。
今までには見せなかった袈裟斬りに近い尻尾攻撃で、朔耶の身体を軽々と空へ打ち上げる。
くの字に曲がった朔耶の身体は、トラックに跳ねられた人形のよう。
地面へ落下しそうになるが、リキが身を呈して下敷きになる。悲しい声を上げながらも、安全な場所へ朔耶を誘導させていく。
「! 翼が……」
笙月が翼飛行により立体的な攻撃を見せていたものの、メツェライの竜爪が片翼を掠め、バランスを失い壁に激突。
ベルも疲労困憊ながらも、笙月に駆け寄って治癒するが、笙月の翼は思うように動かない。回復限界量が近いのだ。
飛行できなければ足があると、フラつきながらも笙月は立ち上がる。
宗近がベルと笙月に呼びかける。
「2人は倒れたの仲間たちを車に乗せてくれ。それまでの時間は僕たちで稼ぐ」
その言葉にベルは唇を震わせてしまう。
「撤退、するってことですか……?」
戦闘不能者は現在3名。メンバーの撤退条件は8名としているが、殆どの仲間の回復限界量も底を尽きかけているだけに、賢明な判断だろう。
それでも笙月は納得ができない。
もし阻止チームがここを離脱してしまえば、マグマが町を飲み込んでしまう。愛娘の魅羽のように、生後間もない命が多く存在するであろうこの島に絶望が広がってしまう。
笙月が言葉を発しようとするが、
「頼む。分かってくれ……!」
「宗近……」
クールなはずの宗近は、内なる怒りを必死に抑えるべく唇から血を滲ませる。
宗近が駆ける。
「時間は稼ぐ! 早く!」
ベルが笙月の袖を握り締める。
「皆さんと合流すれば、メツェライを討伐できる可能性はあります! 最善を尽くしましょう!」
仲間の言葉が染み渡り、笙月は戦闘場所から離脱する。
阻止チームは実質、宗近・彗星・葵依・ケドウィンの4人のみ。
殆どの者が残り一撃でも食らうと、確実に撃破されるまで体力は削られている。
止めを刺す必要もないと、メツェライは4人に背を向けて噴火口へ炎を注ぎに行こうとする。
追いかけようとするケドウィンの視界がボヤける。薄れゆく意識に浮かび上がってくるのは、友である聖一の姿。
自分は彼の力になれたのだろうか?
「いいや、未だだ……!」
倒れ込もうとするケドウィンの足に力が入る。
ケドウィンはスマートフォンを操作。画面には着信中の画面が表示される。
「力になるから、力を貸してくれ……」
ケドウィンは指を鳴らす。刹那、ブラックスライムが薄く伸び、漆黒のカーペットがメツェライや仲間たちの足元に敷かれる。
メツェライが何事かと足を止め、客人と化す。
ショーが始まった。
「……壊されるなら、いっそ私が壊してしまおう」
メツェライは何を言っているのだと、聞き入ってしまう。
「愛する町の人々、家族、恋人。全部虐殺してお前を絶望させるのだ。……ククッ! クハハハハ! 考えただけで心躍る!」
呼吸するのさえ困難だと、ケドウィンは壊れるかのように笑い続ける。 そして、いきなりに真顔に戻り、片面に付けたマスク同様、無表情にスマートフォンを静かに眺める。
「町に仕掛けておいた爆弾を起動させた」
そう告げると、ケドウィンがカウントを開始。
五本指を空に掲げ、1本ずつ折っていく。
手品の種明かしを見やるように、メツェライは指から視線を外せない。
「3、2、1、」
指が全て閉じる。
「0」
『!?』
直後、噴火口よりも遥か彼方。1つの町が、反射するかのように爆発音が鳴らし続ける。
葵依たちも事態を理解することができない。
他の仲間の反応を見て、メツェライは確信する。
気が狂ったケドウィンが単独行動をしているのだと。
「さぁ! うかうかしていると、他の爆弾も起動してしまうぞ!」
メツェライはケドウィンを睨みつけるが、今は時間が惜しいと一目散に町へと飛び去って行く。
ショーが幕を閉じる。
ケドウィンは片膝付き、息を乱しながらもスマートフォンに語りかける。
「後は任せたぞ、我が友よ……」
●漆黒のキャンバスに描く世界
「ああ。後は任せておけ」
聖一は静かな怒りを燃やしながらも、ケドウィンとの通話を切る。
ケドウィンの迫真の演技の狙いを理解した聖一は、仲間とともに守るはずの火口付近から最も近い町を狙撃し続け、メツェライを欺くことに成功させた。
友のためにも負けるわけにはいかない。
聖一が攻撃停止の合図を出すと、シルフィディア・サザンクロス(この生命尽き果てるまで・e01257)は胸元で手を合わせ、シスターらしく町に祈りを捧げる。
「必ず修復しますから……」
祈りの時間は短い。噴火口を背に、メツェライが迫り来ているのだから。
嬉々なる表情で茨木・流華(羅城門の鬼・e17756)が拳を握り締めるながらも、義姉であるカナメ・クレッセント(羅狼・e12065)に話しかける。
「スゲェ奴と戦えそうだな……あたいは楽しみだ! なぁカナメ!」
義理とはいえ、さすがは姉妹。
「全くだ」
カナメも冷静さを装いながらも、秘めたる闘志は奔流し続けている。
全滅を防ぐため、統率を取りやすいようにと20名のチームが更にAチームとBチームに別れ現在は待機している。
「敵は強大だが、この戦いは負けられないっ! 勝とう」
アークトゥルス・ラクテア(コッコ村のプリンの騎士・e22802)の檄が飛ぶと、空を朱色に塗りつぶしながらも泳ぐメツェライが、ついにメンバーの射程距離に入る。
「今だ、撃て!」
渡羽・数汰(勇者候補生・e15313)の合図に、複数ものフロストレーザーがメツェライの身体に数発ヒット。
攻撃に備えようとするが、
「……え?」
攻撃主の1人、ケーシィは唖然としてしまう。
「通り過ぎて行ったにゃ……?」
驚くのも無理はない。メツェライは下降せずに迎撃チームをスルーして行ってしまったのだから。
20名の恐怖と憎悪、8000名の恐怖と憎悪。メツェライが後者を選ぶのは至極当然のことだろう。
ましてや噴火する山もない場所に、降りて戦う必要性が見当たらなかった。
怒りを付与するグラビティで攻撃していれば、上手く誘導することができたかもしれない。
砲撃が無残にも空の彼方へ消失した数秒後、岡田港付近の町から爆発音が響き渡る。メツェライによるブレス攻撃が建物に直撃し、巨大な火柱がそびえ立っていた。
最悪のスタートだった。
「このままじゃ、町の人々が……」
キティエリス・ジョーンズ(夏梅荘の管理人代行・e16090)の頭が真っ白になる。ケルベロスの一員になって日の浅い彼女なだけに恐怖心は一般人に等しいのかもしれない。
「ぼけっとしてる暇はないで! 行くでぇ!」
小山内・真奈(ドワーフの降魔拳士・e02080)の小柄ながらも力強い声にキティエリスは目が覚める。
そうだ、自分はもう一般人ではないのだと。
真奈は町を目指し全力で駆け始めると、仲間たちもその後を追いかける。
「行きましょう」
灯は柔和な瞳でキティエリスを見つめ、手を差し伸べる。
「はい!」
その手を掴むと2人は走り出す。
起伏や障害物の多い島は、全速力で移動しても町へ辿り着くには時間が掛かる。
「このままだと辿り着く頃には焼け野原になる。竜という存在は、理不尽の塊だな……」
セルリアン・エクレール(スターリヴォア・e01686)は移動しながらも尚早に駆られていた。いくら作戦を練ろうにも、時間という壁の攻略は難題過ぎる。
「オレが先に行って時間を稼いでこよう」
氷雨は相棒の宵桜に座り込むと、一気にエンジンを駆動させる。
ライドキャリバーであればあっという間に町へ着くことができるだろうが、当たり前に危険が伴う。
それでも氷雨に迷いの文字はない。
「俺様も行くぜ氷雨!」
そんな男に賛同するかのように、真っ赤なボディスーツを身に纏ったヴォイド・フェイス(子猫な男・e05857)が、宵桜の後部座席に飛び移る。
「出発OK!」
「あいよ」
氷雨がアクセルを踏み込むと、2人の背中が一瞬で見えなくなる。
2人を追いかけるべくカイウス・マビノギオン(黒のラサーヤナ・e16605)を含めた5人が空を舞う。
その中の1人、フランツ・サッハートルテ(剛拳のショコラーデ・e00975)が、脳をフル回転させて適切な判断を下す。
「私たちも先に町へ向かう。全員が揃い次第、隊列を整えて反撃していこう」
「了解。フレア、お前も行ってきなさい」
夜陣・碧人(御伽創祀・e05022)の命に従い、ボクスドラゴンのフレアもフランツたちの後を付いていく。同族を相手に戸惑う可能性もあるが、碧人はパートナーを信じるべく背中を無言で見送る。
「セイ! お前も皆を守ってやってくれ!」
「ズィフェルスも頼んだぞ」
トライリゥト・リヴィンズ(炎武帝の末裔・e20989)のセイと、ウィセンのズィフェルスも背中を追いかけていく。
トライリゥトは願う。
「頼む、間に合ってくれ……!」
ライドキャリバーを飛ばし、いち早く町の前までやって来た氷雨とヴォイドが、町に入りながらも空を見上げる。
一足先に到着していたメツェライが、離陸して炎を吐き続けていた。
「こりゃ絵に描いたような大惨事ってやつだナ……」
ヴォイドの言葉どおり、建物や歩道は燃え盛り大惨事。先ほど自分たちの付けた傷跡をえぐるかのように、町の機能はみるみる奪われていた。
それでもメツェライは不満だった。いくら町を燃やそうと、人間がいなければ絶望を与えることはできないのだから。
噴火口で時間を使いすぎたことに苛立ちを覚えながらも、しらみつぶしに町を燃やしていると、メツェライはとあるモノを発見。
避難先である小学校に向かう人員輸送車だった。
メツェライが見逃すわけがない。
「止めろぉぉぉ!」
氷雨は叫び声は届かず。
酸素を奪いながらも大きく成長していく火炎球が30名は乗っているであろう輸送車をあっという間に全焼させる。
ニヒルな氷雨と剽軽なヴォイドはそこにはいなかった。
声にもならない怒りの声を上げ、メツェライに迫る。
人殺しの余韻に浸っていたメツェライが、2人を見下ろしながらも舌なめずり。
その憎悪、堪らなく美味そうだと。
食後のデザートを食すべく、メツェライが尻尾を振り上げようとする。
「深淵招来! 急急如律令!」
空から声が聞こえてきたと同時、メツェライの全身に大量の水が纏わりつく。攻撃主は遅れてやって来た飛行部隊の1人、藍月。
虚を突くが、あっという間に水は蒸発。
ダメージは僅かだったが、視界を一瞬塞ぐことに成功。
思わぬ仲間のサポートに我に返った2人だが、攻撃を止めるつもりはない。
メツェライの頭上へ跳躍したヴォイドは、拳を後頭部に振り抜く。
忌々しい顔面に氷雨はサイコフォースを叩き込む。
冷静さを取り戻しながらも、全ての怒りを2人はぶつけていく。
怒りを受けながらも、メツェライの尻尾は動き続けていた。
氷雨が弾き飛ばされる刹那、黒と赤の閃光が介入。
宵桜とヴォイドもダメージを負担し、2人と1台がビルの壁に叩きつけられる。
「放て!」
藍月の指示とともに、5人の飛行部隊と藍月のボクスドラゴン、紅龍を含めた4体のボクスドラゴンが一斉砲撃。
弧を描きながらも多数の斬撃と砲撃がメツェライに押し込まれていく。
今のうちにと灯は、癒しの歌を氷雨とヴォイドに捧げ2人に回復を促す。
カイウスは内心焦りを感じていた。
メツェライに目立った外傷は無く、体力を1割削れているかどうか。
好青年を演じる口調を忘れ、素で呟いてしまう。
「厳しい戦いになりそうだが、ふふっ、長く愛せそうだ……!」
現状、7名と5体のサーヴァントでできることは時間稼ぎ。
幸い、氷雨とヴォイドの豊潤な感情にメツェライは興味を持ったらしく、避難民を襲うよりもケルベロスと戦うほうが高濃度の絶望を味わえると、その場から離れようとはしなくなる。量より質を選んだのは不幸中の幸いと言えるだろう。
「全員揃うまで耐えるんだ!」
フランツの言葉を聞いた一同は、メツェライとの距離を一定に保ちながらも戦闘を開始した。
●炎の町
反撃時に戦闘力を減らさないため、メンバーは瞬き一つせずにメツェライの攻撃に注意を払い続けていた。
仲間の生命線にも近いメディックポジションの灯は、回復の歌を歌い続け、呼吸が苦しくなれば回復の雨を降らせ続ける。
最も厄介だと思ったメツェライが、シルフィディアを治癒している灯の元へと駆け寄ってくる。
シルフィディアに普段の臆病な影は見えない。
「灯さん! 離れて!」
仲間を守るため、大切な聖一の役に立つため、シルフィディアは自分の身体に鞭を打ち、立ち上がる。
万物をも切り裂くメツェライの竜爪が襲いかかりながらも、シルフィディアのとった行動は、
『玉砕覚悟』
袖を突き破り現れる地獄化した刃を滑らせ、メツェライの右足に傷を負わせる。
同時に華奢な身体が遥か後方にまで吹き飛ばされ、意識は薄くあるものの、シルフィディアの身体が動かなくなる。
絶望を与えるチャンスだと、メツェライが息の根を止めようと走るが、右足に違和感を感じる。
シルフィディアの攻撃によって、傷口から侵入した地獄の炎が筋繊維を硬直させていた。
仲間が作った隙を無駄にはしないと、傷口部を的確にも氷雨とカイウスがスナイプ。右足を石のように固まらせる。
「紅龍! シルフィディアを安全な場所へ!」
藍月の命令を受け、グラウンド上空を旋回していた紅龍がシルフィディアを安全な場所に運んでいく。
逃がすものかと、シルフィディアを運搬する紅龍目掛けて炎を吐き出そうとする。
「薬は打つよか飲むに限るぜメツェライさんよぉ!」
至近距離にてヴォイドがバズーカ砲のトリガーを押し込む。
放射された砲弾がメツェライの口内で爆発。見るからに危険な色の煙が周辺を包み込む。
ざまぁ見ろと下がろうとした刹那、煙から飛び出した尻尾。
バズーカを肩に担いでいただけに、死角からの攻撃に気づくのがワンテンポ遅れ、ヴォイドに強烈な一打が叩き込まれる。
「がはぁ……!」
「宵桜!」
吹き飛ばされ意識を失うヴォイドを氷雨の宵桜がキャッチし、安全な場所へ移動していく。
このままではヴォイドが狙われると思った氷雨は、隠れながらも地の利を生かし愛銃であるM66を撃ち続ける。
居場所が分からなければ全て壊せば良い。メツェライの鞭のような尻尾が、周りのビルや街灯などを根こそぎ削り取っていく。
飛行部隊は堪らず空へ回避。
唯一、翼を持たない氷雨は?
不運にも隠れていた街路樹ごと氷雨にドラゴンテイルが直撃。店のショーウインドウへと一直線に叩き込まれる。
「氷雨――、!」
救助に向かおうと急降下したカイウスたちだったが、急上昇する温度に急ブレーキをかける。
空に逃げた4人目掛けて迫り来る灼熱の炎。避ける時間は無い。
主人との約束を守るべく4体のボクスドラゴンが各人を庇うように前へ。
4人と4体を通過した炎。
ディフェンスに徹し続けた4体のサーヴァントは力なく地面に落ち脱落。それでも半分の仲間を守ることに成功した。
藍月と灯は最後の言葉を振り絞る。
「あとは頼んだぞ……」
「平和を、守ってくださ、い……」
己ではなく、仲間の回復を優先した2人も脱落してしまう。
1人、また1人と脱落すれば、比例するかのように戦う仲間の危険も増えていく。
ついにはフランツとカイウス、ライドキャリバーの宵桜だけに。
メツェライは快感に溺れるかのように高鳴く。幾年ぶりに高濃度な絶望を搾取できることが確定し、堪らなく嬉しいのだろう。
「カイウス君」
「そうだな」
2人が考えることはただ1つ。
『暴走』
単純計算で1人10倍の攻撃力を手に入れることができる。それでも勝てる見込みは少ないだろうが、それしか2人には手段が残されていなかった。
ぐっ、と目を閉じ、心に眠る力を解放しようしたとき、
「くたばれァッ!」
「「!」」
屋上から飛び降りてきた巨漢が、メツェライ目掛けて拳を叩きつける。
ブラッドだ。
次々と現れる頼もしい仲間たち。
「皆、よく踏ん張ってくれたな!」
トライリゥトが息を乱しながらも、2人に親指を立てる。
残りの迎撃チームが合流を完了させた。
シルフィディアを探しているであろう聖一に、フランツは静かに告げる。
「彼女なら大丈夫だ。既に避難させている」
「そうか……」
聖一はメツェライを見上げる。
大切な友だけではなく、愛する者を傷つけた宿敵に、冷厳な男もついには怒りを隠せない。
「……これで幕引きにしてやる!」
●完成する作品は
反撃の狼煙を上げるべく、当初予定していたAチームとBチームの隊列を組み終える。
迎撃チームは残り15名。
15名のメンバーが巨躯な竜と戦う場所として、町の大通りでは機動力は確実に低下してしまう。
しかしながら、想定外の環境に少しづつメンバーは適応を見せ始める。
「ズィフェルスの仇だ!」
ウィセンたちBチーム後衛陣が遠距離攻撃を仕掛け、すかさずAチーム前衛陣がメツェライに接近。
「友の剣となり得る為、俺は勝つ!」
アークトゥルスの放つ幾数もの光の矢が、先陣を切る前衛を避けるようにメツェライに突き刺さっていく。合わせるかのようにカナメが二刀の紅と蒼の刃を振るう。
「騎士の誓いと誇りを乗せ、必ずや勝利の二文字を!」
2色が混ざり合い、紫の閃光が容赦なくメツェライを斬りつけるが、メツェライの竜爪が振り下ろされる。
カナメを庇うべく聖一がオーラを最大出力。
「ツバキ!」
聖一の声に反応し、突如現れるビハインド、ツバキも防御に参加。
地面に激しく叩きつけられながらも、聖一の意識は途絶えない。仲間たちの想いが聖一を支え続ける。
Aチーム前衛陣の攻撃と切り替わる隙を作るように後衛陣がサポート。
次いで、Bチームの前衛陣がメツェライへ攻撃し、後衛陣がサポート。
シンプルな戦闘方法をメンバーは繰り返し続ける。
チームを半分に分けたことにより戦力は半減し、5名と4体のサーヴァントも既に戦闘不能。長期戦は必至だろう。
それでもだ。永遠にも近い体感時間を感じながらも、メンバーの誰ひとり諦めてはいない。
絶え間ない連続攻撃と氷や毒による弊害は、確実にメツェライにダメージを与えている。
メツェライは歯がゆい。
これだけ絶望を与えても、尚も立ち向かってくるメンバーの生気満ち溢れた瞳が苛立だしい。
苛立ちが積もりに積もり、メツェライは乱雑にも尻尾を振り乱す。
単調な攻撃、速さに慣れてきたメンバーは間一髪ながらも回避。
「強烈やけど、当たらな意味ないで!」
真奈は巨竜の幻影を召喚しメツェライに突進させると、僅かながらもメツェライがバランスを崩す。
丸太以上あるメツェライの尻尾を掴んだブラッドが、体内を駆け巡る血液を地獄の炎へと変換。爆発的な筋力で一気にたぐり寄せる。
「うらァッ!」
セルリアンと碧人もケルベロスチェインをメツェライの右足に巻きつけて引っ張れば、いくら巨体であろうと耐えることはできない。
メツェライを横転させることに成功する。
千載一遇のチャンス到来。
全軍が一斉に攻撃を仕掛ける。
「大人しくしなぁ……地獄に送ってやっからよぉ……!」
いち早く距離を詰めた流華は悪しき気を刀に一点集中。胴元の紅黒く輝く結晶に狙いを定める。
浅い呼吸を吐くと同時、音速の一筋が結晶を通過。
甲高い音ともに、流華の腕が痺れる。
「チッ……、こんなことなら顔面でも斬れば良かったぜ」
かなりの硬度が結晶にはあるらしく、一撃で破壊することはできないようだ。
結晶を狙うのは非効率だと判断した仲間たちが、なだれ込むように怒涛のラッシュを仕掛ける。
パニック寸前だったキティエリスは、既に戦士の顔になっていた。
「サポートします!」
最もベストなタイミングで、キティエリスは攻撃メンバーにエレキブーストを付与。雷を帯びたメンバーの動きが今まで以上に活発に研ぎ澄まされる。
「トライ!」
「ああ!」
クラスメイトだった数汰とトライリゥトだからこそできる息を合わせたコンビネーション。
トライリゥトの肩を借り、数汰がとてつもない高さの跳躍を見せながらも風の鎧を纏う。
最高到達点に着いたとき、トライリゥトのブレイブマインと暴風にも近い追い風が、数汰の蹴りを彗星の如く速さへと押し上げる。
「鸞翔鳳襲!」
音速を超えるかの如き飛び蹴りがメツェライの脇腹に突き刺さる。
絶え間ない遠距離攻撃を浴び続け、ようやく起き上がったメツェライは1度距離を置くべく空へ飛ぼうとする。
「離れれば安全と思ったか!」
建物を利用し三角飛びをしたカナメは、メツェライを押さえ込むべく地獄の弾丸を撃ち続ける。
メツェライは、身をうねらせるように縦に一回転。
突如、町に降り注ぐ日差しがメツェライの尻尾によって塞がれてしまう。
今まで見せたことのない動きに、至近距離にいるカナメは硬直。
「危ない!」
碧人の叫び声も虚しく、サマーソルトのような尻尾攻撃がカナメを地面に打ち付ける。
「……無、……念、だ」
雑居ビル屋上へと着地したメツェライは、意識を失ったカナメを嘲笑うかのように見下ろしていた。
流華が黙っているわけがない。
「しっかりしろ、カナメ! ~~~っ! てめぇ降りてきやがれ! よくもカナメを――、!」
メツェライが口を大きく開く。
メンバーの誰もが目を見開いてしまう。
今までとは比べ物にならない程に肌を刺激する温度と、メツェライの喉元から見えるドス黒い炎の塊。
メツェライの血走った瞳が流華に言っている。
『憤怒しているのは貴様だけではない』と。
今まで受けたダメージと怒りを凝縮したかのようなの巨大な黒炎を、メツェライが吐き出した。
迫り来る禍々しい炎。メンバーたちの脳内に死や恐怖という文字がこびり付く。
逃げる猶予はない。
それでも防ぐ猶予はある。
聖一が叫ぶ。
「私のもとへ集まれ! 全員で炎を防ぎきるんだ!」
黒炎から目を逸らさずに、聖一は呪文を詠唱し始める。
メンバーが聖一の周りに集まり、一斉に武器を構え防御体勢に入る。
触れるもの全てを黒く塗りつぶす炎が、メンバーさえも塗りつぶそうとしたと同時、
「輝きよ、照らし出せ!」
術者である聖一の周囲一帯を白い閃光が満たす。
直後、地獄の如き業火が町の大通りを包み込んだ。
攻撃を終わらせたメツェライは、高揚した気持ちを収えられない。
もはや火山噴火や町の襲撃などどうでも良かった。
ケルベロスに与えた恐怖と憎悪を早く味わいたくて仕方がない。
メツェライは大島上空へと高く高く昇っていく。
●先延ばされる平和
パチパチ、と今もなお燻り続ける大通りは、爆弾でも投下されたかのような悲惨な状況に陥っていた。
しかしながら、何事も無かったかのような地帯が一箇所のみある。
聖一の白之残照が施されていた場所だ。
その中心に倒れ込んでいた聖一は、誰かに呼ばれている気がして瞳を開く。
そこにはケドウィンがいた。
まだ夢でも見ているのかと思う聖一だが、我に返る。
「! 皆は!?」
意識を取り戻した聖一が、飛び起きながらも見る光景。
ケドウィンは小さく微笑む。
「意識を失っている者が大半だが、お前が皆を救ったんだ」
攻撃を受けた仲間全員が奇跡的に一命を取り留めていた。現在は合流した阻止チームが回復に専念してくれている。
「町の人々は……?」
「民間人の死傷者は250人前後だ……。小学校体育館と人員護送車がやられてしまった……」
力が抜けるように、聖一は再度仰向けになる。
そして呟きながらも問う。
「教えてくれ……。私はいつになったらメツェライに届くんだ……?」
ケドウィンは仮面を外し、両の瞳で真っ直ぐと聖一を見据える。
「いつか届くさ。諦めなければ必ず」
「……。次こそは必ず、メツェライを討ち取って見せる……!」
強く握られた拳を解き、眠るシルフィディアのもとに近づいた聖一は、彼女の手を優しく握り締める。
大島の遥か上空。真っ黒な負の感情が、メツェライの胴元に輝く結晶に吸い込まれていく。
まるで地獄に成仏するかのように、島から昇っていく恐怖と憎悪の念。
地獄絵図が完成していた。
作者:凪木エコ |
重傷:月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132) 黒鳥・氷雨(何でも屋・e00942) シルフィディア・サザンクロス(ピースフルキーパー・e01257) ミラン・アレイ(蒼竜・e01993) ヴォイド・フェイス(クレイジーフェイト・e05857) マサヨシ・ストフム(未だ燻る蒼き灰・e08872) カナメ・クレッセント(羅狼・e12065) 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年4月6日
難度:やや難
参加:30人
結果:失敗…
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得票:格好よかった 38/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 6
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