八竜襲撃~白砲、轟く

作者:天枷由良

●彼方より来たりて
 千葉県銚子市。
 利根川が太平洋に注ぐ河口にあるこの街に、犬吠埼と呼ばれる岬があった。
 岬の先端に屹立する白亜の灯台は、百年以上の長きに渡って街と海を見守り続けている。
 ……もし、この灯台に魂があったのならば。
 これから始まる光景に、どれほど嘆き、苦しんだであろうか。

 しおさい公園を歩いていた男は、己の死を知る前に光と消えた。
 鉄道に乗り合わせていた者たちは、悲鳴を上げる事もなく生を終えた。
 遥か東の海の彼方、『竜十字島』より現れし破壊の化身。
 それは口腔から伸びる砲で一面を薙ぎ払った後、市街地へ向けて西進していく。
 その動きは鈍重、しかし振るう力は絶大。
 巨躯に生えた砲台が火を噴く度、抗うことの出来ない死が人々の上に降り注ぐ。
 迫り来る強大な力への恐怖。
 理不尽な破滅に対する憎悪。
 人々の心に渦巻いているであろう感情こそ、彼らが求めしもの。
 より多くの悲鳴と怒号をかき集める為、充填を終えた巨大なカノン砲が力を解き放つ。
 地から噴き上がるような爆発。灰燼に帰していく街。
 ――『砲竜』ヴァイスカノーネ。
 その進撃を、止める者は居ない。

「――皆、緊急事態よ!」
 駆けてくるミィル・ケントニス(ウェアライダーのヘリオライダー・en0134)は、予知を記した手帳すら忘れるほどに慌てていた。
「ドラゴンが……『竜十字島』から、ドラゴンたちが侵攻を始めたの!」
 降って湧いたような話に、居合わせたケルベロスたちがどよめく。
 位置の特定に死者すら出したドラゴンの拠点『竜十字島』からの急襲。
 その目的は何か。
 ケルベロスたちの疑問に答える為、ミィルは一呼吸してから語り出す。
「……いくら『竜十字島』が難攻不落であっても、この地球にある以上、そこに留まるドラゴンは定命化の影響を受けるわ」
 定命化が始まったデウスエクスは、地球を愛せなければいずれ死に至る。
「それを解決する為に、ドラゴンは『人間の恐怖と憎悪』を利用しようとしているのよ」
 デウスエクスは定命の者に憎まれ、拒絶されることで、死までの期間を伸ばせるという。
 本当にそんな事が出来るかは、分からない。
 だがこのままでは間違いなく、数万人の死者が出てしまうだろう。
「ドラゴンの目的が『人々を殺して恐怖と憎悪を集める』ことである以上、人々の避難や、ケルベロスを総動員しての迎撃を行えば、ドラゴンは別の地点へ襲撃に向かってしまうわ」
 ――では、一体どうするのか。
 ケルベロスたちに与えられる答えは一つ、単純なものしかなかった。
「……少数精鋭のケルベロスで以って、水際でドラゴンを撃退するのよ」

 予知されたドラゴン、『砲竜』ヴァイスカノーネは、千葉県銚子市に現れる。
「陸戦タイプで、背のカノン砲による長距離砲撃が得意のようね」
 その射程は、銚子市の海岸に上陸を果たした時点で、街を全て収めるほど。
 凄まじい脅威であるが、弱点が一つだけあるのだと、ミィルは言う。
「次弾の装填には、かなりの時間が掛るようなの。こちらの作戦は、そこを突くことを前提としているわ」
 まず少数の部隊が上陸地点手前、銚子沖の海底に布陣して戦闘を仕掛ける。
 ある程度のダメージを与えれば、ヴァイスカノーネは怒り、ケルベロスたちを排除するためにカノン砲を使うだろう。
 狙われたケルベロスたちはそこで戦線を離脱するしかないが、上陸したヴァイスカノーネによる街への砲撃は防ぐことが出来る。
 後は残りのケルベロスたちで、ヴァイスカノーネを迎撃、撃破するのだ。
「ただ……海底側の部隊が敵にダメージを与えきれず、カノン砲を撃たせる事に失敗すれば、街は大きな被害を受けるでしょう」
 しかし陸地側の部隊が少なければ、ヴァイスカノーネを次弾装填までに撃破出来ない。
 それを踏まえて、戦力を配分する必要がある。
 更に、敵の脅威はカノン砲だけでない。
「身体から生える副砲……それと口の中にも一門、砲を備えているわ」
 口内の砲は消費エネルギー量の多さから滅多に使用しないようだが、薙ぎ払うような一撃は必殺の威力を持っているようだ。
 受けたケルベロスたちは、まず無事では済まないだろう。
「……とても危険な戦いになるわ。でも、ドラゴンの企みを防ぐことが出来るのは皆だけ」
 ミィルはケルベロスたちを見つめ、そして告げる。
「お願い。ヴァイスカノーネを倒して、街と人々を守って頂戴」


参加者
ネイ・タチバナヤ(天秤揺らし・e00261)
平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)
戦場ヶ原・将(ビートダウン・e00743)
斎宮・初(白妙の・e01230)
軍司・雄介(豪腕エンジニア・e01431)
ヴォルフガング・タルタロス(キャプテン・e01713)
紅・龍(拝火・e02045)
神楽坂・遊(揺蕩う未熟な自由意志・e02561)
アバン・バナーブ(過去から繋ぐ絆・e04036)
糸瀬・恵(好奇心は猫をも殺す・e04085)
茶斑・三毛乃(化猫任侠・e04258)
霧島・絶奈(暗き獣・e04612)
宝條院・リリティア(焦熱地獄で咲き誇る百合の涙・e05198)
石流・令佳(社長令嬢にして暴走族総長・e06558)
真上・雪彦(血染雪の豺狼・e07031)
フォルトゥナ・コリス(運命の輪・e07602)
円城・キアリ(傷だらけの仔猫・e09214)
漣・紗耶(心優しき眠り姫・e09737)
神籬・聖厳(日下開山・e10402)
矢野・浮舟(キミのための王子様・e11005)
裏戸・総一郎(小心者な日記作家・e12137)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
浦戸・希里笑(黒鉄の鬼械殺し・e13064)
フラーレン・ペトログラファイト(賽の女神の一柱メアリ・e14504)
リミカ・ブラックサムラ(アンブレイカブルハート・e16628)
久保田・龍彦(無音の処断者・e19662)
レイラ・クリスティ(氷結の魔導士・e21318)
夜尺・テレジア(偽りの聖女・e21642)
ロア・イクリプス(エンディミオンの鷹・e22851)

■リプレイ

●海行かば
 ヴァイスカノーネ迎撃作戦に集められた、勇猛果敢な30名のケルベロスたち。
 破壊と虐殺への防人たらんとする彼らは、迎撃ポイントである銚子市の浜辺から太平洋を一望していた。
(「この海も、此処に生きる人たちも、この景色を愛する方々の心も。何一つ、傷つけさせはしない」)
 嵐の前の静けさとも言うべき穏やかな波を見つめ、静かに誓っていたアウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)の元へ、浦戸・希里笑(黒鉄の鬼械殺し・e13064)がライドキャリバー『ハリー・エスケープ』に跨り、近づいてくる。
「じゃあ、後で連絡するから」
「……えぇ、待ってるわ」
 アウレリアと短く言葉を交わして、海へ進んでいく希里笑。
「気を付けるロボー!」
 その背に、リミカ・ブラックサムラ(アンブレイカブルハート・e16628)も声を掛けた。
 希里笑が振り返らずに手を上げて応じると、今度はアイズフォンへ着信の知らせ。
 声の主は、先ほどアウレリアやリミカと合わせて連絡先を交換したばかりのネイ・タチバナヤ(天秤揺らし・e00261)だ。
『後ろに乃公様らが控えておること、忘れずにのう』
「分かってる。カノン砲は絶対に撃たせておくから、後は頼むよ」
 動けるようなら戻ってくるけど。
 希里笑が呟いて、通話は終わった。
 しかしネイは、いつでも連絡を受けられるように片目を閉じたまま仁王立ちしている。
 足下は水精霊の加護を宿した長靴、身に纏うのは魔術式を込めた外套。
 とんがり帽子と二冊の魔導書まで備えて、完全装備の魔導書遣い。
 その隣を過ぎようとして、戦場ヶ原・将(ビートダウン・e00743)は僅かに笑いを漏らしながら尋ねた。
「別に、やっつけちゃっても構わないんだろ?」
「……あぁ、遠慮はいらんのじゃ」
 とんでもないことを言う男だと思ったものの、強敵との戦いに闘志を漲らせる将の瞳からヒーローたる素養を感じたネイは、手を差し出してうそぶく。
「たかが竜の一匹。我らには及ばんこと、見せつけてやれ」
 将は頷きながら手を交わし、波間へ駆けていった。
 その後も次々と、準備を終えたケルベロスたちが海へ向かっていく。
「では、行って参りまさァ」
 茶斑・三毛乃(化猫任侠・e04258)は右肩に斧を担ぎ、左手にチェーンソー剣を引っさげて、まるでカチコミに行くような風貌。
 しかし、その細身の背から感じられる力強さは、平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)の心を奮い立たせる。
「……おっしゃー! ドラゴンの肉を剥ぎ取ってきてやらー!」
 足ひれ、ゴーグル、水中ライト。
 ネイとは違った意味で完全装備の和。
 その叫ぶ声も走る姿も童女のようだが、これでも彼は立派な成人男性であった。

 二人に続いて、糸瀬・恵(好奇心は猫をも殺す・e04085)と神籬・聖厳(日下開山・e10402)も海に入る。
「力無き人々を守るのが僕たちの仕事です。何としても守りぬき、皆で生還しましょう」
「勿論じゃ」
 聖厳の返答を聞き、先に潜っていく恵。
(「人も街も……否、共に戦うケルベロスたちさえも。儂が守り通してみせようぞ」)
 固く決意した聖厳も、恵の後を追う。
 その後、足ひれとゴーグルを付けて海へ入った軍司・雄介(豪腕エンジニア・e01431)は、身震いして思わず一言。
「水が冷てぇな。……海水浴にはまだ早いぜ」
 幾ら鍛えた肉体とて、熱い寒いはどうしようもない。
 ざぶざぶと水を掻き分けて行くと、後ろから更にぼやく声。
「楽じゃねぇなぁ……」
 ドラゴンと戦う前とは思えぬほど気怠げなロア・イクリプス(エンディミオンの鷹・e22851)は、しかし一歩、また一歩と進みゆくごとに、その表情を引き締め、眼差しを鋭くしていく。
「……ま、何とかするしかないよな、こりゃ」
「そうだ、何とかするしかない」
 ロアほどではないが、どことなく眠たげな目の紅・龍(拝火・e02045)が、横をするりと抜けていった。
 誰に向けるでもなく笑って、ロアも海中へ飛び込む。
「さて、俺も行くか……」
「――雪彦」
 刀を担ぎ、水に足を曝そうとしていた直前。
 真上・雪彦(血染雪の豺狼・e07031)を呼び止めたのは、石流・令佳(社長令嬢にして暴走族総長・e06558)。
 進んで死地に赴く者を、ただ見送ってはいけないような気がして声を掛けた。
 しかし言葉は用意しておらず、黙る令佳の代わりに雪彦が向けたのは拳。
「俺達に喧嘩を売ることがどういうことか。教えてやろうぜ、令佳」
「……勿論ですー。そちらは頼みましたよー」
 平時はのんびりとした令佳の声を聞いて、雪彦は笑顔を浮かべたまま背を向ける。

(「よもや、私自身が手を出すことになるとはな」)
 フラーレン・ペトログラファイト(賽の女神の一柱メアリ・e14504)の脳裏によぎった、何処ぞの書物に記された警句。
 曰く、ドラゴンには手を出すな。
 だが此処に集ったケルベロスたちには、油断も迷いもないはずだ。
 フラーレン自身は持っていないが、銃器の弾だってたっぷり用意してあるだろう。
 己のみが信ずる神に誓いを立て、フラーレンはオルトロスのルルハリルを従え進む。

 海底先行班。ケルベロス11名とサーヴァント2体。
 彼らがヴァイスカノーネのカノン砲を誘発させなければ、否応なく銚子の街は滅ぶ。

●水の底より
 迎撃予定地へ着くなり、聖厳は首を振った。
(「儂ほどのドワーフでも、ちと難しそうじゃの……」)
 カノン砲から逃れる為の塹壕を築こうと目論んでいたが、穴掘りのスペシャリストたるドワーフだからこそ、今からでは間に合わないことが分かる。
 手を貸そうとしていた希里笑やフラーレンを制して、聖厳は持ち合わせたライトだけでも打ち付けておいた。
 僅かな明かりを受けながら、ケルベロスたちは事前に打ち合わせた幾つかのハンドサインを確認して、敵の襲来を待つ。

 ――やがて、重たい足音を響かせながら砲竜が姿を現した。
『……斯様な所で、定命の者と相見えるとは』
 関心したような、或いは呆れたような、ヴァイスカノーネの声。
 水の中では敵を煽ることも詰ることも出来ず、ケルベロスたちは武器を向けることで敵に意志を示す。
『……丁度良い。我も些か、退屈であったのだ』
 砲竜を砲竜たらしめる背の砲台が、一斉にケルベロスたちへと向いた。
『より多くの恐怖をもたらす、その下慣らしにはなろう。……我が力にひれ伏せ、定命の者よッ!』
 言い放ち、副砲から破壊のエネルギーを撃ち出すヴァイスカノーネ。
 海を斬り裂くような光は、水底を蹴って散るケルベロスたちへ瞬く間に迫った。
 和が鎖で描いた魔法陣から力を受けつつ、希里笑を始めとする盾役たちが前に出て受けるが、その圧力たるや尋常ではない。
 狙い定めた対象の多さに威力も分散したようだが、一度態勢が崩れれば諸共吹き飛ばされてしまいそうである。
(「……ドラゴン、確かに強敵……でもッ!」)
 カノン砲を撃たせるまで、砲竜を行かせる訳にはいかない。
 砲撃を何とか受け流し、くるりと回った希里笑は粒子繰鈷杵『閃麒』から光の盾を生み出して構えた。
(「砲竜だか何だか知らねぇが――」)
 雄介に庇われていた雪彦が、蜃気楼のように揺らめいて消える。
 次の瞬間、刃を閃かせて現れたのはヴァイスカノーネの首元。
(「テメェらみたいな、デカいトカゲの好きにさせる気はねぇんだ!」)
 初手から加減無し。
 追うことすら困難な渾身の一振りが――しかし岩に当てたように、弾かれて返る。
(「っ……硬ぇ」)
(「なら、これはどうです!」)
 恵が時空凍結弾を撃ちだすが、弾は体表を跳ねて海面へ消えた。
(「まだまだ! いくぜ、ライズアップ!」)
 将がカードに描かれた竜の姿をグラビティで再現し、邪悪を灼き尽くさんと力を放つ。
 だが。
『――ぬるいわ!』
 ヴァイスカノーネの副砲から放たれる光が、暴風の如く将を吹き飛ばした。
(「くっ……」)
(「いいぜ、俺とも砲撃勝負と行こうじゃねぇか! ドラゴンさんよぉ!」)
 入れ替わり、ヴァイスカノーネに取り付いた雄介が、ダモクレスの砲身を取り付けた砲撃斧『豪龍』を敵に突き付け、引き金を引く。
 手に返ってくる衝撃と、身体を煽る爆風。
 しかし、ヴァイスカノーネの身体には傷一つ付いていない。
(「おいおい……どっかしら柔いとこはないのか?」)
 敵の構造を解析していたロアが打ち込む一撃も、岩肌のような身体には沈んでいかず。
 要塞のような敵に、水の冷たさとは違う薄ら寒いものを感じる中。
 三毛乃が無言のまま、傷の跨る右目を開き、滾る地獄を燃やして駆けた。
 何が相手でも関係ない。
 力任せに斧を振り下ろし、チェーンソー剣を突き立てる。
 修羅の如き闘法で、僅かに抉れた傷跡から血の代わりに狂い咲いた氷の華は、しかし程なくして霧散する。
 そこへ、フラーレンが行使する神の力を受けた聖厳が拳を振り上げ、叩きつけた。
 間髪入れずに、龍も飛び蹴りを食らわす。
 すぐに敵から離れ、相手の損傷具合を図るが。
(「……どれも、飛び抜けて効いている訳ではなさそうだな」)
 自身の得た感触も、可もなく不可もなくと言った所。
 ならば少しでも威力を高めたほうがと思案するも、眼力で計る命中力は、ずば抜けて高いわけでもない。
 龍は戦闘方針を変えず、次なる攻撃に移った。

 水底で続く、激しいグラビティの応酬。
 和を庇ったフラーレンの前で、ルルハリルが薙ぎ払われて消えた。
(「クソっ……馬鹿みたいに砲撃一辺倒の癖に、何なんだこいつは!」)
 隆起させた片腕に魔力装甲を纏い、雄介は自身を殴りつける。
 浸透していく魔術的ナノマシンが傷を塞ぐのも束の間、ヴァイスカノーネの副砲は、それ以上の傷を生み出してしまう。
 見切ろうにも、予備動作も何もあったものではない。
 前に居ようが後ろに居ようが、副砲は何処へでも向き、ケルベロスたちを的確に狙い撃ってくる。
 これが究極の戦闘種族たる、ドラゴンの力か。
 砲の一撃から聖厳を庇ったハリー・エスケープが弾け飛び、また一つ盾が消えた。
 役目を全うしたライドキャリバーを労う暇もなく、海底班の面々はジリジリと追いつめられていく。
 しかし、敵も無傷と言うわけではない。
 聖厳の突撃や三毛乃の斧が作り出した傷跡を、ロアや将がチェーンソー剣で斬り広げ、硬い装甲を少しずつ崩し。
 雪彦や龍が殴りつけると同時に網状の霊力を放って、鈍重な動きを更に鈍らせている。
(「舞い散り爆ぜよ、刹那の輝き!」)
 恵が作り出した無数の光球が、あちこちに炸裂して爆発を起こした。
 その余波で起きた水流に逆らわぬよう、和は縦横無尽に海中を泳ぎまわり。
(「おらおらー! はみ出るほどに回復してやらー!」)
 真に自由なるもののオーラで、盾役の者を中心に癒して戦線維持に務めている。
 足りない部分は、フラーレンが起こす色とりどりの爆発と、片腕を隆起させっぱなしの雄介がカバーしていた。
 回復量は多くないが、二人の治療は押し切られそうな前衛陣を踏みとどまらせる役目を果たしている。
 その粘りに応える為には、一刻も早くカノン砲を撃たせなければならない。 
 戦場は少しずつ銚子市へと向かい、砲竜の巨砲は未だ沈黙を保っている。
(「――裂けろ」)
 龍が唱えた古代竜語で、高密度に圧縮された血の刃がヴァイスカノーネの身体を裂いた。
 続けて希里笑が、携帯型固定砲台・翼型砦砲艤装『瑞天』から砲撃を放つ。
 直撃、しかし代わりに返ってくる数倍の光跡。
 三毛乃がチェーンソー剣を振ってサインを送るも、ついには盾役の間を抜けた砲撃が恵や将を捉えた。
(「将っ! 恵っ!」)
(「気にすんな! まだ行ける!」)
(「……痛いなどと、泣き言は言っていられません!」)
 手を振って仲間たちに無事を示し、恵は槍を構え、将は再び竜と化して敵へ向かう。
 撃てども撃てども、しつこく食い下がるケルベロスたち。
 その姿が、ヴァイスカノーネの心を漣立たせていく。
『……もう良い、貴様らとの戯れも終わりだ』
 一際大きく開かれるヴァイスカノーネの口。
 その中に、鈍い光を放つ砲塔が見えた。
(「――っ、来るぜ!」)
 将が敵の口を指すが早いか。
 凝縮されたエネルギーが海底を薙ぎ、噴き上がるような爆発がケルベロスたちを包む。
 キノコ雲のように土煙が昇り、それを眺めながらヴァイスカノーネは暫し足を止めた。
 カノン砲と違い装填時間が掛るわけではないが、大量のエネルギーを要する口腔砲は万全の状態からでも多くは撃てない。
 それを使わせた事に対する不快感を、ケルベロスたちの屍を見て癒やそうとしたのだ。
『……ふっ。我は何を考えているのだ……』
 自らの行動を嘲笑って、ヴァイスカノーネは口腔砲を収める。
 予定外の手間を取られてしまった。
 此度の侵略は、より多くの定命の者に力を示し、その恐怖を吸い上げること。
 本懐を遂げる為、ヴァイスカノーネは再び銚子の街を目指そうと足を上げた。
 ……その時。

(「――イルミナルセイバー、ドラゴンっ!!」)

 砂埃の中から、竜を纏った将が飛び出してきた。
『なんだとッ!?』
 この戦いで、ヴァイスカノーネに初めて動揺が走る。
 全員は捉えきれないまでも、口腔砲で半分も薙ぎ払えば戦意を失うと思っていた。
 そして砲は、確かにケルベロスたちを捉えたはずだ。
 しかし、彼らは立っている。
(「頑丈さには自信があるんだ……この程度で、倒れる俺じゃねぇぜッ!!」)
 口腔砲から将を庇い、限界を超えた肉体で斧を振り上げ、魂の咆哮を上げて飛びかかっていく雄介。
 全身から滲む血が、尾を引いて闘気のようにすら見える。
 フラーレンも同様であったが、此方の瞳は妖しげな輝きに満ちていた。
(「賽の女神の名にかけて、この竜は必ずや討ち果たさなければならぬ……!」)
 狂気を祈りと代えて、彼の信ずる賽の女神が再びその身に宿る。
 行使された力に更なる疾さを引き出され、刃そのものと化した雪彦がヴァイスカノーネの身体を斬り続けた。
 ロアも負けじとチェーンソー剣を突き立て、三毛乃は輝く斧を渾身の力で振り下ろす。
 恵がまた光球を炸裂させて、起きた爆発を吹き飛ばすように希里笑の砲撃が着弾する。
 龍の流す血が、より強く固まってヴァイスカノーネの身体深くまで裂いていく。
(「――我、万物の霊と同体なるが故に、為す所の願いとして成就せずと謂うこと無し」)
 天の祓いと地の禊から成る神技、聖厳の『天地禍薙』を受けて、ついにヴァイスカノーネの怒りが呼び起こされた。
『まだ抗うか、定命の者よッ!」
 一際眩い光を湛える背のカノン砲が、ケルベロスたちへと向けられる。
『光栄に思え! これは、貴様らへ送る賛辞の代わりだッ!』
(「いかん、退けっ!」)
 聖厳がサインを送るが、和は構わず飛び出した。
(「まだだっ! 俺の全知の一撃とお前のカノン砲、どっちが強いか勝負して――」)
 解き放たれる破壊の奔流。
 己が持つ全知識を分厚い一冊の本として錬成し、その質量で相殺を試みようとするも虚しく、和は光に飲み込まれていく。
(「……ここまでみてぇだな」)
 斧を海底へ突き刺して、雄介は敵を見据えた。
 仲間には、視線だけを送っておく。
 身体は、一歩も動かせそうにない。
 瞼が重く、敵の白と海の蒼が混ざって歪む。
(「後は……頼んだ、ぜ……」)
 斧の柄から手が滑り落ち、倒れる間際の身体を聖厳が抱える。
 比較的傷の浅い三毛乃や龍、そして雪彦が、将や希里笑、ロアを支えて海中をもがく。
 だが、カノン砲が引き起こした爆発は、それを超える速度で迫り来る。
(「バトンタッチだ……上手くやれよッ!」)
 地上に残った者たちへ向け、祈りながら笑う雪彦。
 三毛乃も、将も笑っている。
 ヴァイスカノーネが見れば、彼らの気が触れたとしか思えなかっただろう。
 それは、海底班の目的を知らぬからこそ。
(「この博打、あっしらの――」)
(「――俺達の勝ちだ!」)
 存分に勝ち誇って海底班は全員が光に飲まれていった。

 その中で一人、フラーレンは幻を見ていた。
(「あ……あぁ……」)
 目を見開き、両手を差し出し。
 愛すべき者を迎え入れるように、そして祈る。
(「女神よ……今、貴方の元へ――」)

●白砲、轟く
 海底班の成功を祈りながら、陸上組は歯痒い時間を過ごしていた。
 空に上がって偵察を行っていた斎宮・初(白妙の・e01230)とレイラ・クリスティ(氷結の魔導士・e21318)は、敵の進撃ルートに大きな差異がないことを確認して地上へと戻っている。
 久保田・龍彦(無音の処断者・e19662)と神楽坂・遊(揺蕩う未熟な自由意志・e02561)が海上へ向かわせたドローンも、深い海の中で激しく闘う海底班とヴァイスカノーネから有用な情報を手に入れるには至らず、既に回収されていた。
 春先の浜辺に客は訪れず、円城・キアリ(傷だらけの仔猫・e09214)やアバン・バナーブ(過去から繋ぐ絆・e04036)が危惧する一般人の闖入は見受けられない。
 戦いのイメージトレーニングをするフォルトゥナ・コリス(運命の輪・e07602)、そしてケルベロスたちの耳には、時折ヴァイスカノーネの放つ砲撃らしき音が聞こえてくるだけ。
「……連携の確認もしておきましょう。な、何があっても大丈夫なように」
 裏戸・総一郎(小心者な日記作家・e12137)が怯えを隠しながら呼びかけた所で、それは地上で待つ全ての者に伝わった。
 一際大きな爆発音。立ち昇る水柱。
 検めるまでもない。
 海底に先行した者達が、課せられた使命を成し遂げた瞬間だった。
 ――しかし。
「……希里笑? 答えて、希里笑!」
「応答するロボー!」
 海底組ただ一人のレプリカントからは、暫く待てども報せがない。
 アイズフォンを繋ごうとするアウレリアやリミカの姿を横目に、誰もが息を呑む。
 街一つ破壊するほどの威力を持った砲撃。
 海中とは言え、あれを受けた者達は一体どうなってしまったのか。
 それを確かめる術も暇も、今は持ち合わせていない。
 沈黙の中、総一郎が足の震えを隠せなくなったとき。
「びびるなよ、野郎共! 俺達は勝つ為にケルベロスになったんだろう!」
 鋼の携行カノン砲『殲滅のヴァナルガンド』をドンと地について、ヴォルフガング・タルタロス(キャプテン・e01713)が声を張り上げた。
「笑え! 傲岸に! 不遜に笑えッ! ここからが本番だッ!!」
「……そうです」
 押し寄せる不安に抗って、総一郎も言い切る。
「先陣を切ってくれた皆さんや、後ろの市民の為にも、絶対に倒しましょう!」
「そうロボ! どれだけ力の差があろうとも! 足りない分は心を燃やしてカバーするロボー!」
「俺の、俺達の持ってる全部を、限界ギリギリまでぶつけてやろうぜ!」
「バックアップは任せてください!」
 リミカ、アバン、レイラ。
 他の仲間たちからも返ってくる、力強い言葉や視線。
 それを受けた総一郎に、もう怯えは見られない。
 互いに声を掛け、さらに士気を高めるケルベロスたち。
 と、アイズフォンに何かが届いた。
 それは、ネットを通じて希里笑が届けたメッセージ。
 所々が欠損しているのは、通信環境の悪さか、希里笑自身の余力が尽きたか。
 しかし、敵の砲撃の有効範囲、照射パターン、弱点らしきものが見当たらないこと。
 僅かではあるが、未知の敵と対するには貴重な情報がもたらされた。
 それを周知して間もなく、砲竜が海から姿を晒す。
「――来よった!」
「テメーら、六文銭は用意したな! 行くぞ! オメーも突っ込め、殺陣号!」
 荒さを帯びた令佳の雄叫びで、得物を構えたケルベロスからライドキャリバーの『殺陣号』まで全員一丸となって迎撃を始める。
「随分鈍いな……なら、最初からこいつで決めてやるぜ! スピリット・ストリィィィィム!!」
 アロンが武器の刀身をグラビティ・チェインを宿した指でなぞり、集約されていた霊力が一度飛散して、再び集め直す。
 そこで起きる光の奔流が、海底で受けた傷をそのままに上陸しようとしたヴァイスカノーネを怯ませた。
『えぇい、忌々しい……!』
 苛立ち、振り上げた足を地に叩きつけて再び前進を始めるヴァイスカノーネ。
(「お、大きい……戦艦竜よりずっと……」)
 海水を滴らせ、あらわになったその巨体に威圧され、初は数歩後ずさってしまう。
 夜尺・テレジア(偽りの聖女・e21642)も思わず目を背けそうになり、漣・紗耶(心優しき眠り姫・e09737)も身を固くした。
 しかし。
「……今度は私が、みんなを守って見せる!」
 自分を守ってくれた両親や、あの巫術士のように。
 今度は自分が誰かを守るのだと、叫んでヒールドローンを飛ばす紗耶の姿に、二人も感化される。
「……怖気づいては何も出来ません。初も、ケルベロスなのですから!」
 家宝の直剣を構えながら自らを奮い立たせ、砲竜へ攻撃を加える者達に雷の防壁を張り巡らせる初。
「もう、あの日の私ではないのです! 皆様のことは、必ず護ります!」
 テレジアも言って、更にヒールドローンを交えていく。
 数多の加護を受け、龍彦は自ら生み出した光の盾でも砲撃を軽減しながらヴァイスカノーネの進路に立ちはだかった。
「てめぇを通すわけにはいかねぇな!」
 遊も並び立ち、飛び交うヒールドローンを巻き込んで威力が目減りした砲撃を受け止めると、事も無げにヴァイスカノーネの目を見据える。
「ふん……その程度の砲で粋がるなよ、トカゲのくせに」
 言い放ち、遊は常識はずれの巨砲の一端を喚び出しながら更に続けた。
「お前の砲と俺の超巨砲……どちらが強いか!」
『ほざけ小僧!』
 ヴァイスカノーネにとって、二対の巨砲は力の証明。
 たかがケルベロスと比べられる事など、決して認められることではない。
 遊に向けて副砲を集中させ、互いの砲撃同士がぶつかり合うと激しい爆発が起きた。
 黒々とした煙が戦場に立ち込め、その中から独りでに捲れ上がったネイの魔導書から喚ばれた触手が、盾役を超えてヴァイスカノーネの白い身体を侵食し、黒く塗りつぶそうと這いまわる。
「ここから先は通行止めじゃっ!」
『矮小な生物めが、我を阻もうなどと!』
 触手を引きちぎり、ヴァイスカノーネは休みなく副砲を発射する。
 その音に消えぬ声で、宝條院・リリティア(焦熱地獄で咲き誇る百合の涙・e05198)が唱えた。
「水面に映る空の月。水面の月に手を伸ばし、空の月を掴み取る。境界は曖昧に。祝福は平等に。幸いなれ、万象総ての存在よ。神域展開――『咲き乱れるは幸いの花園、謳い上げるは魂の祝福(Felix benedictus)』」
 途端にヴァイスカノーネが見せられたのは、花々の広がる幻想的な世界。
 そこは、取り込まれた者が望むものを見せる、夢の世界。
 しかし何を見たのか。
 ヴァイスカノーネは高々と笑い、更に凶暴さを増して突き進んでいく。
「……全く、醜い侵略者だわ」
 砲竜の声には動じず、アウレリアは『死』の名を冠する黒金のリボルバー銃で狙い定めた。
 集中する彼女を援護するように、ビハインドの『アルベルト』が岩を操り、投げつける。
「地獄の番犬が似つかわしい場へ案内してよ。海の底より尚暗い、地獄の蓋の下へね」
『戯れ言を! そこでは既に、貴様らの仲間が待っているぞ!』
 それは竜十字島で散った者のことか、それとも。
「仇がどうとか言う気はねぇが……テメー、行きて帰れると思うなよ!」
 アウレリアの銃弾が突き刺さった前足を、令佳はチェーンソー剣で何度も斬りつけた。
「守護は十分です! 攻撃の強化を!」
「任せてください! ――炎の精霊よ。全てを焼き尽くす炎の加護を与えたまえ!」
 フォルトゥナに応じてレイラが展開した魔法陣が赤く燃え盛り、喚び出された翼竜の姿をした火精に後押しされて攻撃に向かうクラッシャーたち。
 総一郎が自らの血で作った三体の鎌鼬を携えて、ヴァイスカノーネに掌底を打ち込んだ。
「――捕らえるは構え太刀」
 爪と化した鎌鼬の一体目が、砲竜の身体をガッチリと掴む。
「刺し貫くは手前太刀……!」
 二体目は掌ごと、パイルバンカーのように敵の身体を貫いた。
「血を拭うは奮い太刀。……踊り狂うは鎌鼬!」
 衝撃を三体目で緩和しながら下がると、替わってアリエータ・イルオート(戦藤・e00199)がアームドフォートの砲身を光で包みながら滑り込んでくる。
「……参ります!」
 光の剣と化した砲身が、流れるような太刀筋で総一朗の穿った穴を切り開いた。
 そこに。
「願わくば今一度、汝らの武を示し給え!」
 フォルトゥナの捧げる祈りが、聖なる武具に身を包んだ半透明な戦士たちとなって傷跡に押し寄せていく。
 幾度か斬りつけられたそれを、ヴァイスカノーネは光の柱のように途切れぬ砲撃で消し飛ばし、またケルベロスたちへ砲を向け直す。
「コマちゃん、回復に回って!」
 ブレスを吐いていた骨ドラゴンの『コマ』に言って、自分は更にヒールドローンを飛ばし続けるテレジア。
「頼もしい嬢ちゃんだぜ!」
 ヴォルフガングは笑って、赤い狼の印された黒い外套を翻し、敵の正面に踊り出た。
「この名を刻め! この背を刻めッ! 俺様が、死掠殲長キャプテン・タルタロスだ!!」
 構えた砲のみならず、持てる全ての火力をぶちかます。
 気になるのは口腔砲だが、そこに力が溜まる様子は、まだ見られない。
 ぐらついたヴァイスカノーネは、しかしすぐに副砲で応じてくる。
「コードHTH起動! フロギストン・ハート、マキシマムドライブ! ヒートキャパシティLEVEL4、限界域!」
 自身のマスターコアをフルパワーで動かし、生み出されたエネルギーがリミカを包む。
「さあ、心、燃やすよ!!」
 バイザーが開き、露わになった目を見ることの出来ないほど勢い良く突撃するリミカ。
 すっかり脆くなったヴァイスカノーネの装甲を擦り上げて剥ぐが、砲撃は続く。
 その中から一条の光が、紗耶へと向かった。
「――っ!」
 直撃、かと思われたそれを、矢野・浮舟(キミのための王子様・e11005)が代わりに受け流す。
「良かった、ケガはなかったかい?」
 戦場の中には似合わぬ笑顔で、優しく尋ねる浮舟。
 紗耶が頷き返すと、横を霧島・絶奈(暗き獣・e04612)がテレビウムと共に過ぎていく。
 その一瞬だけ交差した視線で、浮舟は絶奈が次に繰り出す行動を察した。
 スカートの中から二振りの短刀を抜き出して、紗耶にもう一度笑顔を向けてから駆ける。
 すぐに追いつき、並走する二人は何も語らない。
 その必要はない。
 向けられた砲撃から絶奈を庇い、練り上げた気功を見えざる刃として短刀に重ね。
 浮舟がヴァイスカノーネを斬り裂くと、その対角線状で開かれる幾重もの魔法陣。
(「久し振りですね……と言っても、直接顔を合わせるのは、初めてでしたか」)
 かつて、絶奈が『育ての親』を手に掛ける遠因を作った、云わば宿敵と称すべき相手。
 しかしヴァイスカノーネは、絶奈の事を群れる羽虫の一つとしか認識することが出来ていない。
 ただ討つべき敵として、互いの視線が交じり合う。
 永遠に引き伸ばされそうだった時間は、絶奈自身の言葉で有るべき形へと戻った。
「……今此処に顕れ出でよ、生命の根源にして我が原点の至宝。かつて何処かの世界で在り得た可能性。『銀の雨の物語』が紡ぐ生命賛歌の力よ」
 唱え、現れたのは巨大な槍にも見える、模造されし輝ける物体。
 余りの巨大さ故に味方すら巻き込むのではないかと言うそれは、ここでただ一匹、定命を持たないもの――ヴァイスカノーネのみを突き、穿つ。
 役目を果たして消える輝き。
 凶器で一殴りするテレビウム。
「わたしも……!」
 飛び出したキアリは、しかし何処か、ぎこちない動き。
 本人はいつもと変わらぬつもりでいて、その平坦な表情を周囲も不審がることはなかったが、初めて相対するドラゴンの存在感が彼女の動きを固くしていた。
 従うオルトロス『アロン』の方が機敏な動きで、ヴァイスカノーネに刃を向けて駆けていく。
 それを追って、キアリも氷の螺旋を撃ち出した。
 海中組のほぼ倍であたるケルベロスたちの攻撃は苛烈を極め、浜辺で押しとどめられているヴァイスカノーネの振る舞いに、もはや余裕はない。

 だが。
 最初に限界を迎えたのはアロンだ。
 小さな身体で果敢に射線上へ飛び込み続けたものの、開放固定化されたグラビティであるサーヴァントたちの耐久性はそれほど高くない。
 消え失せたオルトロスを追うように、絶奈のテレビウムも、テレジアのコマも、令佳の殺陣号も、程なく消滅してしまう。
 減少したディフェンダーの負担は遊と浮舟、そして龍彦へと、重く伸し掛かっていく。
「――ったく、盾役も楽じゃねぇな! ……おい! そっちはまだ保つか!?」
 全身を地獄の炎で覆い尽くし、遊と浮舟へ問う龍彦。
「保たせねばならんだろう!」
「そうだね……けど、これは――」
 三人の会話は砲撃で途切れ、持って行かれそうになった意識を引き戻して何とか耐えるのがやっと。
「すぐに手当致します!」
 初が指示を出して、レイラとテレジア、紗耶が各個治療して回る。
 だが、その間に砲撃が止むことはない。
 お供を無くしたキアリが吠え、フォルトゥナが再び聖騎士をぶつけ、アリエータがアームドフォートを斉射する。
 リリティアがナイフの刀身を向け、そこに映るヴァイスカノーネにとっての恐怖を、トラウマとして具現化させる。
 アバンが捕食形態のブラックスライムを食いつかせ、敵の砲を一つ丸呑みにしてやる。
 しかしどれだけ必死に動いても、前衛の崩壊は免れぬ状況に追い込まれてしまう。
 その中で、誰よりも強く、早く決断を下したものは――。
「……数万人の生命を預かってんだぜ、やるしかないだろ!」
「何を――」
 仲間が制止する間もなく、龍彦の帽子が宙へ舞った。

『ハッ! 五年早ぇんだよクソドラゴン!』

 全身をボロ布のような黒いローブで包み、光の指輪を大鎌へと変えて。
 向かってくる全ての砲撃から、仲間たちを庇うそれは、まるで死神のよう。
 それが何であるか、それが誰であるか。
 皆、すぐに理解することは出来た。
 しかし、幾ら力を高めた所で、彼は一人。
 共に仲間をかばい合っていた遊が砲撃に弾き飛ばされ、力尽きてしまう。
 そしてケルベロスの中からも脱落する者が出た事で、ヴァイスカノーネは彼らの消耗具合を悟ってしまった。
 更に数度の砲撃を撃ちかけて、口を開く。
 狙いは疲弊した前衛……ではなかった。
『死に体の者など、貴様らを退ければ如何ようにでもなるッ!』
「……! まずいロボ! 皆、逃げるロボー!」
 リミカの予測も、警告も間に合わない。
『滅せよ! 定命の者共!』
 迸る閃光。
 まずはキアリが、爆発の中に消えた。
 アルベルトが蒸発し、アウレリアも炎に包まれる。
 口腔砲が見える瞬間を狙っていたヴォルフガングも、その早さに及ばず吹き飛ばされてしまった。
「乃公様が……ケルベロスが、諦めるものかよッ!」
 気合に応えて湧き上がろうとした触手もろとも、ネイの姿が光に覆われていく。
 そして、ディフェンダーと共にケルベロスたちの戦いを支えていた柱、メディックたちの足元を光が薙いで、沸き起こる炎が四人を――初を、紗耶を、テレジアを、レイラを包み込んでしまう。
 炎が止んだ時、辛うじて立っていたのは紗耶だけであった。
 が、それも束の間の事で、他の者たち同様に倒れ伏す紗耶。
 浜辺が地獄絵図と化していく中で、最後の一薙ぎが絶奈に迫り。
 触れる直前で、浮舟が間に割り込んだ。
(「……キミがボク以外に傷つけられるなんて、許し難くって、ね」)
 それは声にならず、絶奈の瞳を見つめながら浮舟は倒れる。

「……矢、野……さん?」
 親愛なる戦友が倒れている。
 生き残った者たちが攻撃を仕掛けている。
 ケルベロスたちがこれだけ力を尽くしても、ヴァイスカノーネは未だそこに在る。
 彼女は今にも果てそうだというのに。
 
 ならば、やることは一つではないか。 

 残るケルベロスは僅か。
 脅威は黒いローブの死神もどきだけだと感じていたヴァイスカノーネを、羽を広げ、額から蒼光の角を生やす人型の異形が襲う。
『―――ッ!』
『アナタは……ワタシが……ッ!』
 強大な竜を責める蒼光の角、そこに加わる死神もどきの大鎌。
 二体の異形には及ばないが、生き残っているケルベロスたちも攻撃を止めない。
 アバンが虚の力を纏った刃で斬りつけながら体力を回復し、光と闇を両手に宿した総一郎がボロボロの装甲を殴りつけ。
 影を裂くように駆け回るリリティアがジグザグに切り開いた傷跡に、令佳が漆黒のグレイブを突き刺して肉を抉る。
 フォルトゥナも弧を描くように刀を振るって斬りつけ、生き残っている仲間を庇いながら戦い続けるアリエータが、アームドフォートを光の剣に変えて突撃を掛けた。
 揺らぐ砲竜の巨躯。
 飛来する蒼光の角。
 異形と化した絶奈が、ついにヴァイスカノーネの心臓へ重力の鎖を打ち込んだ。
 崩れ落ちる破壊の化身、その断末魔が異形たちから理性を奪い、まずは黒いローブが彼方へと消えていく。
 それを追うだけの力は、誰にも残されていない。
 蒼光の角は砲竜の亡骸に幾度か攻撃を加えていたが、興味が失せたのか何処かへと去ってしまった。

 ……そして、海上で意識を取り戻した海底班たちが浜辺に戻ってくる。
 彼らが目にするのは、牙を砕かれ皮を剥がれ、見るも無残なヴァイスカノーネの骸と、その前で佇む仲間たちの姿。
 無事生き残ったなどとは、到底言えない惨状。
 呆然と見合って、まずは三人ものケルベロスが消えた事実を受け止める。
 陸上班が失ったのは、早々に異形と化した龍彦。
 その後に続いてしまった絶奈。
 それは最後まで抵抗していた六人を含めた何人ものケルベロスが目撃し、ハッキリと確証が取れている。
 だが海底班から消えた者は……フラーレンの行方は、共に戦っていた者たちですら答える事が出来なかった。
 誘発させたカノン砲に飲まれて、海の藻屑と化したのだろうか。
 ……いや、浜辺に戻った十人も、合流するまでに多大な時間を要した。
 そしてカノン砲に飛び込んだ和ですら、何とか生きては居たのだ。
 フラーレンも、きっと生きているはずだ。
 そう思わねばやりきれぬほど、払った犠牲は大きい。
 生き残ったケルベロスの大半も、特に口腔砲を受けてしまったものを中心に酷い傷を負っている。
 暫くは戦いに復帰できそうもない……が、彼らは守り通した。
 銚子市の街を、数万人の生命を。
 砲竜ヴァイスカノーネによる虐殺から、確かに守り通したのである。

作者:天枷由良 重傷:ネイ・タチバナヤ(天秤揺らし・e00261) 平・和(享年二十六歳・e00547) 斎宮・初(白妙の・e01230) 軍司・雄介(豪腕エンジニア・e01431) 神楽坂・遊(二心・e02561) 円城・キアリ(傷だらけの仔猫・e09214) 矢野・浮舟(キミのための王子様・e11005) アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921) レイラ・クリスティ(蒼氷の魔導士・e21318) 夜尺・テレジア(偽りの聖女・e21642) 
死亡:なし
暴走:霧島・絶奈(暗き獣・e04612) フラーレン・ペトログラファイト(賽の女神の一柱メアリ・e14504) 久保田・龍彦(無音の処断者・e19662) 
種類:
公開:2016年4月6日
難度:やや難
参加:30人
結果:成功!
得票:格好よかった 34/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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