無色の華と穢れた手

作者:ヒサ

 夕霧さやかは配下の一人を呼び出して命じた。
「地球での活動資金を強奪して来るか、ケルベロス達の戦闘能力を解析して来て下さいな」
 同胞と同じ、仮面を着けた少女の姿をしているその『月華衆』は無言で頷く。
「例えあなたが生きて戻れずとも、その死は無駄にはなりません。心配は要りませんわ」
 さやかはそう、美しく笑んで少女を送り出した。
 そうして、深夜。
 とある街の大通り沿いにある、その日の営業を終了した宝石店の裏口から少女は店内へ忍び込んだ。広げた風呂敷に、それで包める分だけの宝石を積み上げる彼女の傍らには、彼女とはち合わせた為に命を奪われた警備員の亡骸と、点灯したままの懐中電灯が転がっていたという。

「宝石店の一つが近々螺旋忍軍に襲われるらしい。金品目当ての強盗のようだ」
 腕組みをしたルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)がそう、調査結果を告げる。
「『月華衆』、ね」
 篠前・仁那(オラトリオのヘリオライダー・en0053)は最近活動が確認されている螺旋忍軍の一派の名を挙げた。
「彼女達は地球での活動資金を集めているとのだと推測されている。今回は警備の人が殺されてしまうことも判っているし……あなた達の力で阻止して貰えないかしら」
 『月華衆』の忍者達は隠密行動を得手とするが、直接敵と戦うことになった場合は特殊な忍術を使用するという。それは相手の技を模倣するもの。再現出来るのは、ごく短い過去の時間に目にした技に限られるようだが、個々人の秘技であれど例外では無い。ケルベロス達の戦法によっては苦戦を強いられるかもしれないと少女は視線を宙へ流し。
「ただ、見た技を真似ること以外はしないようだし、真似たことの無い技があればそちらを優先して使う習性があるようだから、あなた達ならば相手の行動をコントロールして圧勝することも不可能では無いと思う」
 やがて皆へ視線を戻して彼女は口の端を上げた。
 忍者とまみえる為には事前に店側にあまり警戒されると都合が悪い。店側には事情を伏せて、店外で待ち構え駐車場で事を済ませるのが最善だろう。騒ぎに気付いた警備員が様子を見に来る可能性があるが、ケルベロス達とデウスエクスの戦闘を見れば無謀な行動はしないと思われる、とヘリオライダーは言った。
「夜だから、彼が事態に気付くのは遅れるかもしれないけれど……照明を持っている筈だし、よほどの事がなければ酷い事にはなりにくいのではないかしら」
 もし状況が許せば軽くフォローしてやってくれれば、といったところだろうか。彼女は暫し思案するよう首を傾げた後、改めてケルベロス達へ向き直り螺旋忍軍の討伐を依頼した。


参加者
フラジール・ハウライト(仮面屋・e00139)
七奈・七海(旅団管理猫にゃにゃみ・e00308)
多賀・成貴(斬獄世・e00821)
相馬・竜人(掟守・e01889)
獺川・祭(獺八百の騙り部・e03826)
ライダー・メイデン(オトメイド・e06845)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)

■リプレイ


「……静か」
 フラジール・ハウライト(仮面屋・e00139)が囁く。敷地内及びその周辺に人の姿が無い事を確認し、声には微かに安堵が滲んだ。
「では今のうちに封鎖してしまいましょう」
 アウイン・ブラックカルサイト(不忍・e24069)が仲間達を促す。店舗裏口へ至る道を潰すように駐車場のあちこちへ、皆で手分けして立入禁止の報せを巡らせる。
「こんなもんで良いっスかね?」
 裏口自体も同様に封鎖して、獺川・祭(獺八百の騙り部・e03826)は何事か書きつけた紙を一枚のカードと共に扉の下から屋内へ滑り込ませた。警備員が事態に気付いたとしても、扉を開ける前にこれを見て貰えたら、それが一番安全だろうと考える。
「駐車場ノほぼ全域を押さえタ。この範囲内で済まセられれば善いガ」
「済ませてみせるさ」
 敷地の端に張り終えたテープを乗り越え戻った君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)が完了を報せる。労った相馬・竜人(掟守・e01889)が端的に応えた。
「後は待ち伏せか」
「幸い店舗の陰や車両、樹木がありマス。不審に思われない程度に隠れてしまいマショウ」
 多賀・成貴(斬獄世・e00821)が辺りを見渡す。皆へ勧めてライダー・メイデン(オトメイド・e06845)は、近くの木に手を掛けた。
 敵がどこから来るかは判らない。ただ、店の裏口を使う事は判っている。ゆえ彼らは裏口が視認出来る位置にそれぞれ散らばり、闇に紛れ息を潜める。事前の警戒が悟られれば都合が悪い──辺りに巡らせたテープは『警戒』の印ではあるが、人の命には代えられない。不都合が起こらぬようにと彼らは願い、そしてやがて、『月華衆』は近くの家屋を跳び越えて駐車場へと降り立った。
「お待ちナサイ!」
 彼女と裏口の間を遮るように樹上からライダーが飛び降りた。街灯の淡い光を金色に弾く。七奈・七海(旅団管理猫にゃにゃみ・e00308)が特殊ガスを生み出し辺りに霞を掛ける。あるかもしれない第三者の干渉を、完璧に阻むのは無理でも多少妨げる役には立つかもしれない──問題は、敵達とてその程度でボロを出す程愚かでは無さそうな事か。
 ケルベロス達が集う。敵を取り囲む形になった。だが彼女はそれすら想定のうちとばかりに動じた様子を見せない。
「流石だな、月華衆」
「ここから先へは行かせマセン」
 穏やかな表情を崩さぬままに成貴の纏う空気は静かに冷える。スマートフォンを構えたライダーが不敵に笑う。
「ゆく先を守るため、お相手致します」
 光に浮かぶ白と闇に沈む黒の刃をそれぞれに持ち、七海は静かに告げた。敵を睨む竜人は髑髏めいた仮面を被り、その瞳と厳しい面差しを覆い隠す。視線だけは鋭く彼女を捉え続け、奥から声が低く不機嫌そうに唸る。
「面倒掛けやがって……きっちり殺してやる」


 ケルベロス達は手始めに守りを固めた。鎖が陣を描き、生じた爆風が色を纏う。敵が動くより早く、七海が打撃を叩き込み、フラジールが炎を放ち牽制する。主の命を受けたビハインドが同様に思念を操り周囲を震わせた。それらに圧された如く敵は、彼らとの間合いをはかり大きく退がる。
「警戒ヲ」
 逆手に持った刃を構え螺旋の仮面をケルベロス達へ向ける彼女の様を見、眸が皆へ告げる。遮るものなど無いに等しいこの場において、敵は彼らから距離を置いた位置を維持しようとしている事に気付いた。懐へ攻め込むでも無く、正面から耐え抜く為でも無く、冷静に彼らを観察する為の。
 ある者は小さく頷き、ある者は武器を構え直し。各々に了承を返し彼らは、攻撃に移る。アスファルトの上を駆け回り、踏み込む隙を見出して先陣を切ったのは祭と眸。それぞれサーヴァントへ攻撃の指示を出し、彼らもまた力で押し込むように呪光を帯びた斧を振るう。立て続けにライダーとアウインが追撃の拳を入れ、続き七海は様子を見つつ二刀を翻す。不用意な事をすれば後に響きかねないと、事は慎重に運ぶべきだとケルベロス達は考えた。
 攻め込んだ彼女の肩を越え、敵の手が伸びる。不穏を察し一息に退いた彼女の眼前を、敵の掌から噴いた炎が過ぎった。それはライダーの身を灼いて、彼女が為した守りを砕く。
「こちらの方を与し易いと判断しマシタカ……」
 強固な守りの前衛よりはと侮られたか。されど彼女の瞳は硬質に冷静に、静かな翠に光るだけ。熱は身に残るが、纏う戦闘服に織り込まれた防護が痛みを低減した。
「ソウマ様。ワタシの事は後で構いマセン」
「無茶はすんなよ」
 攻め手への彼の援護は未完。ゆえに彼女はそう告げて、竜人は迷う間も惜しみ応じて開いた書の頁を繰る。詠唱により知覚を強化された成貴は刀を構え呼吸を整え、敵の術を砕く力を練る。
「貴様は鏡──とはいえ好き勝手をされては困る」
 フラジールの声は常より低く、厳しさを纏う。敵が移した炎の繰り手としても少しばかり煩げに、大人しくしていろというよう敵の腹へと蹴りを入れた。
 そうして彼らは守りを重視しつつ様子を見ながら攻めて行く。敵の動きを妨げるようにアウインがジャブを入れた。七海の攻撃が氷雪を撒き、攻勢に出た成貴が敵の肌を抉り裂く。血を零しながらも怯む様子を見せぬ敵は刃に光を纏う。先の斧撃を模したそれは、警戒に専念するよう命じられていたミミックが受け止めた。凌いで、次は全力での攻撃へ。次のタスクを確認しながら竜人はまずライダーを癒す。受けた彼女もまた、礼を口にしながら思考を巡らせる。
(「次は何が来るでショウ? ワタシ達を狙うのでアレバ、キリノ様の模倣でショウカ……」)
 比較的脆い射手を狙い目と見ているであろう敵の、読み切れない部分を危うく思いながらも盾役達に警戒を依頼する。ビハインドが敵を圧したところへ眸が再度斧で斬り込んだ。態勢を整えた後の彼らは射手達を案ずるように動く。
「お前にも任務がある事は解るが──」
 成貴が気弾を放つ。彼女の『任務』達成には生還は必須では無いと解っていても、被害を抑える事が己の仕事だと彼は、小柄な敵の動きを正確に追尾する。
「……気懸かリではあルが」
「悪いな、負担を掛ける。だが、攻めきれずに削られても厄介だ」
「踏ん張り所っスねえ」
 言葉を探すような少しの逡巡の後、眸が呟く。彼らの備えは、フラジールの炎に対してがそうあったように、成貴の扱う気弾や斬撃に対しては徹底していない。不安はあるが、ここまでの経過を見る限りだと彼の言う事ももっともではあると祭が明るく笑って見せた。術の加護があったとて、敵が模倣のついでに破ってくるのではやり辛いと竜人が舌を打つ。それを為す敵はといえば、此度はその加護の術を真似た。先の彼の詠唱をなぞり彼女の動きは加速する。
「させマセン」
「引き受けます」
 術を破る為にすぐさま動けたのは七海。纏う気を強めた彼女は、破魔の力を帯びた刀を携える成貴と共に敵を捉える。刃を持つままの彼女の拳が力を帯び、逃がしはしないと高速で振るわれる。織り上げたばかりの加護を砕かれた敵は吹き飛んだ空中で態勢を立て直すと、先程喰らったばかりの気弾を撃ち出した。遠く飛ぶそれに追われたアウインの前に飛び出したミミックが、身代わりとなり動く力を失くす。
「助かりました」
 己で受けてもそう変わらぬ結果となったろう。思えば彼女の瞳が鋭い色を増す。裏腹に笑みの形に弧を描く唇は一層美しく三日月に似る。戦慄も憂いも示さぬ闇色は、守るべきものの為に退かぬ、逃さぬと、強く強くきらめいた。


 模倣される技の多くは固めた守りで凌ぐ事が出来ていた。ケルベロス側の被害も、広がる前に竜人が逐一対応する事で、他の者達は攻撃に注力する事が出来た。
 ただやはり短期決着とは行かず。敵はより強力な技──己への有効打であった技を優先的に模倣しようとしている様子である事がケルベロス達には見て取れた。そして同様に敵側もケルベロス達の行動を読みつつある事も。
 そうして。不殺の技すら模し終えた敵が刹那、倦むように動きを緩めた。そして直後に加速する。もう新たな情報は得られないのだろうと、相対する者達への価値を見失ったように、終わらせてしまえとばかり。
「それでも、コピーしかしなイ、か。己の情報を秘する事モ任務の内なのだろうカ?」
 予知は、敵が他者を殺傷し得る模倣以外の力を持っている事を示していたと、眸が思案する。既に彼のビハインドも倒れていた。痛手ではあるが、防ぎきれぬ特性を持つ彼の技を模される危険がもう無いのは不幸中の幸いかもしれない。
「わざわざ受けに回らなくても、殴るか斬るかすれば殺せるって事じゃね?」
 敵が持つ大振りの、月下美人の紋様が彫り込まれた刃を見て竜人が言った。斧技からスマホ殴打まで真似るあの得物があれば、ケルベロスとデウスエクス以外はどうにでも出来てもおかしくないと。
 仮に、事前の勧めを受け入れず人を一人見殺しにしていれば、その辺りを確かめる事も出来たのだろうが、この場のケルベロス達にはそのような選択肢など無いも同然だった。敵へ情報を与える事への不安を抱えながらも、救える命を救う為に彼らはそれに目を瞑った。
「無価値だと言うのならそれで結構です」
「後は潰すだけだな」
 こちらの意図の一つとアウインは目を細めた。フラジールが短く呟いて、終わりを早めるべく再び炎を放つ。前衛達は程度の差こそあれどそれぞれに傷を負い始めており、あまり長引いて欲しく無いのは彼女達も同じだった。
 だが、新たな技が無いということは、敵の行動を制御し辛くなるということでもある。これもまた時間を掛けたゆえだろう、敵は敵なりに効率的な戦法を見出している様子で、手を緩めることを厭う成貴とフラジールの技を頻繁に用いるようになった。時間を掛けては危険との判断は正しくとも、防御を徹底しきれていない穴を突かれがちになる。
「行動を変えさせなくてはなりマセン……!」
「多賀様、よろしければご協力頂きたいのですが──」
 振り上げたスマートフォンで敵の注意を惹いてライダーは死角から力任せに拳撃を入れる。敵を圧したその隙に、打開策を求めて仲間達へ視線を巡らせる。盾役達に守られながら、それでもいずれは削り落とされかねないと案じた。酷くなっている竜人の負担を軽減しようと分身を操る傍らアウインは、成貴へ気弾の使用を控えるよう依頼する。手早く、という方針に背くかたちとなってしまうが、立て直さねば保たないと。
「解った、やってみよう」
 これを模されれば危険に晒されるのは後衛の射手。他は防御で持ち堪えられると判断してのそれに彼は頷き、治癒を織り交ぜる。七海が同様に愛を示す腕を仲間達へ差し出し、眸もまた折を見て守りを強化して行く。全力で攻めて次には守り、読まれたパターンに織り込むことで敵の攻撃をも緩め、ケルベロス達は耐え忍ぶ。
 数の優位を失わぬように立ち回り、各々が出来る最善を為して行く。停滞したように時間ばかり過ぎて行く中、ふと敵の炎は焦れたように、皆を支え強化の術を行使し続ける竜人を狙った。
「!」
 誰かが警告を発するより速く、眸が動く。友の代わりに受けた痛みにも彼は表情を変えなかったが、敵を顧みた瞳に刹那、激しい怒りが過ぎった。
「ワタシの仲間に……手ヲ出すな」
「──おい!」
 その色はすぐに消えたが、凪いだ眼差しはしかし、胸中で御した感情を示すように鋭い光を放つ。されど体はもう限界で、膝をつく彼へ呼び掛ける竜人の声は微かに揺れた。
 友へ応える代わりに、頼む、と後を託された祭は、きゅっと眉間の辺りに皺を寄せる。
「何とかするっきゃないっスよね……!」
 負担を分散するよう努めた以上、彼もまた辛い状態にあったが、それは敵とて同じ筈だ。だから何とか出来る筈だと、彼は懸命に踏ん張る。敵が疲労に肩で息をするのを見、その隙に斧を構え突っ込んだ。
 刃は惜しくもかわされたが、敵の態勢は崩した。加護も呪詛も塗り重ねては砕かれて、双方ぼろぼろではあったが、ゆえに力と手数で押し切るべきだとその時ばかりは治癒を捨て、皆の全力で攻撃を集める。
「──伍、陸、漆、捌、玖──拾!!」
「母の腕へ帰りなさい。私の愛し児よ──」
 正面から敵を捉えたアウインが正確に拳の連打を叩き込む。仰け反る敵が未だ微かに息を零す様を捉え七海が手を伸ばした。
「──こちらへいらっしゃい」
 傷だらけの腕で、傷だらけの少女を彼女は優しく抱き締める。囁きと共に、長く垂れた髪の尾をくぐった手で頭を撫でた。
「私は、私の関わるもの全てを守ります。たとえ忍の誇りに殉ずるあなたを……、──いいえ、あなたとは……これでお別れ」
 過去から継いだ血と技に、今や欠けを抱える彼女の声は少しだけ、躊躇いに似た色が灯ったが。思うところが無くはないからこそ彼女はしっかりと、その最期を看取った。


 全員、傷だらけである。互いに削り合い、粘った末の勝利だった。疲労も酷いが、まだ息を吐くには早いと彼らは手分けして自分達と周囲の地形にヒールを施した。店の警備員へのフォローもあった方が良いだろうと彼らは考えたが、それは落ち着いてからとした。
「何か見つかれば良いのですけれど」
「通信手段とか持ってるっスかねー?」
「最悪、開くことも考えないといけないかも、ですね」
「……それはちょっとグロいかもっスねえ……」
 七海と祭は疲れた体を引き摺りつつ、敵の遺体を調査しに向かった。
「死しても無駄になラぬという話らしイが……虫にもそういった種が居タな。彼女達もそうしたもノだろうか……?」
「個体の死が全体の強化に繋がるのであれば非常に厄介ですが……どう来るでしょうね」
 未だ動けぬ眸の考察にアウインが相槌を打つ。仮面を外した竜人は小さく息を吐いた。
「無駄にすりゃあ良いだけだ。今後あいつらが強くなったとしても、それは俺らだって同じだろ」
 敵が得たのは今日の自分達の情報。明日の自分達はそれよりも上に居る筈だと彼は言う。積み重ねたその先も同じと信じ、ひとまず彼らは明日へ繋げる今日の為、外の様子に気付き顔を出した警備員を顧みた。

作者:ヒサ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年4月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。