月華

作者:深淵どっと


 薄雲に月が覆われ、一層濃い宵闇の中、街を見下ろす人影が二つあった。
「見えますね? あれが、目標です」
 スーツに身を包んだ妙齢の美女が一件の大きな屋敷を指差す。
 それを無言で見つめるのは……螺旋の仮面を付けた少女。
「忍務を確認します。あなたはこれからあの屋敷に向かい、金庫より地球での活動資金を強奪してくるのです」
 女性の言葉に仮面の少女が尚も無言で頷く。
「ケルベロスが邪魔をしに来る可能性がありますが、それならそれで問題有りません、彼らの戦闘能力を解析する良い機会です。……あなたが彼らにやられても情報は得られる、あなたが無事に戻って来れれば活動資金が得られる、わかりますね?」
 もう一度、頷く。
 それを見届け、女性は満足そうに指令を下した。
「では、行きなさい」
 音も無く、少女の姿が闇に消え、後には夜の静けさだけが残るのだった。

 ――屋敷には幾重にも罠や警備が敷かれていた。
 しかし、それを諸共せず少女は目的の金庫まで辿り着く。
 中には宝石や貴金属、誰が見ても間違いなく値打ち物なんだろうとわかるような品々が溢れ返っていた。
 少女はそれらを手早く淡々と風呂敷に包んでいく。
 薄い月明かりだけが、その様子を見下ろしていた……。


「よく集まってくれた、ケルベロスの諸君。早速だが、螺旋忍軍の活動が確認された」
 ヘリポートに集ったケルベロスたちを見渡し、フレデリック・ロックス(シャドウエルフのヘリオライダー・en0057)は続ける。
「今回の事件は『月華衆』と呼ばれる一派によるもののようだ。小柄で、隠密行動を得意としている」
 そんな月華衆が各地で行っているのが、金品を狙った強奪事件だ。
 どうやら、地球上での活動資金を集めているものと思われる。
「キミたちにはこの月華衆の一人が狙っているある富豪の屋敷へ向かってもらい、作戦を阻止してもらうわけだが……」
 それ自体は、比較的いつも通りのパターンである。が、フレデリックはここで少し眉間に皺を寄せた。
「彼らが使用する特殊な忍術について説明をしておかねばなるまい。非常に厄介な技だ、よく聞いてくれ」
 月華衆の使う特殊な忍術、それは――こちらが使用したグラビティを模倣して使い返してくる、と言う代物だ。
 独自の技術や能力を使ったグラビティまで瞬時に模倣して使ってくるようだ。
「だが、どうやら奴らの模倣には一定のパターンがあるようだ、それをしっかりと把握しておけばかなり戦いやすくなるだろう」
 そのパターンとは、大きく分類して2つ。
 1つ、模倣するのは自分が行動する直前にこちらが使用していたグラビティの中から模倣する事。
 2つ、理由は不明だがその戦闘で自分がまだ模倣していないグラビティを優先して模倣する事。
「この2点を念頭に置いて作戦を立てれば、かなり有利に戦えるだろう。味方同士の連携が鍵となる、作戦会議は入念に行う方が良いだろうな」
 上手くやれば敵の行動を制御する事も不可能ではない。しかし、それには味方同士の連携が不可欠だ。
「……今回の月華衆の作戦、どうにも奇妙だな。何か裏があるかもしれんが……いずれにしても、見逃すわけにはいくまい。頼んだぞ」


参加者
クリス・クレール(盾・e01180)
葛城・唯奈(銃弾と共に舞う・e02093)
クイン・アクター(喜劇の終わりを告げる者・e02291)
シオン・プリム(ゆらめく花焔・e02964)
ルリナ・ルーファ(あったかいきもち・e04208)
音琴・ねごと(虹糸のアリアドネ・e12519)
レオン・ヴァーミリオン(リッパーリーパー・e19411)
シャナン・バルトムンク(サキュバスのウィッチドクター・e20292)

■リプレイ


 雲に覆われた月が見下ろす中、ケルベロスたちは現場となる屋敷に到着する、
「でかい屋敷だなぁ」
 敵を迎え撃つこの庭だけで一般的な家屋が丸々一個入ってしまいそうな広さにクリス・クレール(盾・e01180)は思わず呟く。
「あぁ、ここなら確かに敵を討つのにも都合がよさそうだ」
 クリスと共に屋敷の大きさに感心しつつ、シオン・プリム(ゆらめく花焔・e02964)も広い庭を見渡す。
 石灯籠や屋敷から漏れる灯りに照らされた庭にはケルベロス以外の姿は見当たらない。
 今回は少しばかり変則的な戦いになる以上、心配事は少ないに越した事は無いだろう。
「ねぇねぇ優人さん、ボク鎌って初めて使うんだけど、コツとかあるかな?」
 敵が現れる前に、とルリナ・ルーファ(あったかいきもち・e04208)が桐山・優人(シャドウエルフのブレイズキャリバー・en0171)に話しかける。
「あ、私もちょっと聞きたいな、何かない?」
 今回、敵の模倣能力を極力抑えるためにケルベロスたちは武器を大鎌に統一して戦いに臨んでいた。
 中には葛城・唯奈(銃弾と共に舞う・e02093)のように扱いに慣れていない者もいる中で、普段から武器に鎌を選んでいる優人は少し思案してから答える。
「……小難しい事は考えねぇで近づいて叩き斬りゃあいいんじゃねぇか? 俺は大体そうしてる」
「あんまり参考にはならなそうだねぇ」
 何ともわかりやすい解答にレオン・ヴァーミリオン(リッパーリーパー・e19411)が苦笑を浮かべる。
 しかし、どの道一朝一夕で達人のように武器を扱えるわけではないのだから、純粋にグラビティの力に頼って戦うのが一番かもしれない。
 ――と、不意に屋敷の中が喧騒に包まれる。
「いよいよ来るみたいだにゃ……!」
 近づく気配に音琴・ねごと(虹糸のアリアドネ・e12519)はそっと耳元に手を触れる。
 そして、指先に感じるピアスの感触に勇気を振り絞り、身構えた。
 やがて喧騒は嵐が通り過ぎるように収まる。だが、依然として気配は消えず、間も無くして音も無く屋敷の暗がりの中より、その姿が現れた。
 見た目は年端も行かない少女。しかし、その顔を覆う螺旋の面がその少女の全容を表しているようだった。
 あれこそが、月華衆と呼ばれる螺旋忍軍の一派、その一人だ。
「残念でした、キミ達の目論見は阻止しちゃうよ~☆ このお屋敷を狙ったコト、後悔させてあげるからね?」
 サキュバスの角と翼を生やし、クイン・アクター(喜劇の終わりを告げる者・e02291)は浮かべた笑みに殺気を交えた。
「……」
 少女はただただ黙したまま、庭先に降りるとケルベロスたちに向かって戦闘態勢を取る。
 まるで、こうなる事は予想済みだと言わんばかりに、その気配が焦りや敵意で揺らぐ事は無い。
 機械のような無機質を漂わせる月華衆との戦いを前に、張り詰めた緊張感が夜風と共に吹き抜けていた。


「皆さん! 作戦通り、焦らずに行きマース!」
 こちらの様子を窺う月華衆にシャナン・バルトムンク(サキュバスのウィッチドクター・e20292)が大鎌を構え、接近する。
 それに続くように他のケルベロスたちも鋭い刃を月華衆に向け、一斉に攻撃を行う。
 振り上げた鎌を一閃する。しかし、クリスの一撃はほんの刃先をかすめただけだった。
「ッ、早いな……!」
「流石は忍者なのにゃ……」
 他のメンバーの攻撃に合わせ、ねごとも隙を狙うもやはり上手く受け流され、手応えは薄い。
 飛び交う8本の斬撃の中を月華衆は軽やかな身のこなしで潜り抜け、ケルベロスたちに距離を取った。
 無傷、とまでは行かないがダメージは最小限。少女の姿をしているとは言え、伊達で螺旋忍軍を名乗っているわけではないようだ。
「ちょ、ちょっとかっこいい……!」
 映画さながらに錐揉み回転をしながら、月華衆は石灯籠の上に静かに着地する様にルリナは思わず感嘆の声を零す。
 月光に照らされる姿と、その洗練された技量は芸術の域に達していると言ってもいいだろう。
「関心してる場合じゃねぇ! 予知が正しければ次は反撃してくるぞ、気を付けろ!」
「そのようだね……来るよ!」
 今までこちらの様子を窺っていた月華衆が、動く。
 石灯籠を蹴って高く跳び上がり、月を背にケルベロスたちへと襲いかかる。
「おっと、そう簡単にはやらせないよ~」
 味方を守るために前に出たクインの腕に月華衆の指先が触れた瞬間、肉がパックリと裂け鋭い痛みが駆け抜ける。
 正真正銘、鋭利な刃物で切られたような傷口からは血液とは別に生命力が零れ落ち、吸い上げられる。
「痛た……なるほど、コピーって言うのはどうやら冗談じゃないみたいだね」
 月華衆の手に鎌は無い。しかし、その手刀は紛れも無く鋭利な刃そのものと化している。
 これこそが月華衆の持つ模倣の技、独自のグラビティと言うことなのだろう。
「大丈夫か? どうやら、一筋縄では行かないようだな」
 他のケルベロスが月華衆への攻撃を繰り出す中、シオンはクインのダメージをヒールしつつ、光の盾で守りを固める。
「ありがと。でもこれ、長期戦になりそうだね~、嫌だなぁ」
 2種のグラビティに攻撃を絞り、回復も最小限かつコピーされても影響の少ないものを選択しての作戦。
 幸い、敵は予知通りこちらの狙いに沿った動きをしてくれているため、今のところはこちらが優位だが……。


「シオン、今だ!」
「逃がしはしない!」
 クリスの一撃に怯んだ一瞬の隙をシオンが捉え、鎌を突き立てる。
 仮面に隠れ表情こそ伺えないが、傷口から血を流しながらも月華衆はその感情を露わにする素振りも見せず、ケルベロスからコピーしたヒールグラビティを用いる。
「まったく、真似ばっかりの子にはお仕置きだにゃ!」
 攻撃もヒールも、正に完全な模倣。
 更に攻撃を重ねようとねごとが一撃を加えるも、光の盾がそれを阻む。
「難しい事は考えないで、近づいて叩き斬る……近づいて叩き斬る!」
 ヒールと同時に作り上げられた光の盾をルリナの力一杯な一振りが切り裂き、そこに唯奈が飛び込みつつ拳銃を向ける。
「――なんてな、撃つと思ったか?」
 至近距離で向けられた銃口に視線が移った瞬間、拳銃をくるりと指で回し、もう片方の手で持っていた大鎌を思いっ切り振り下ろす。 
「ほらほら、マネばっかりじゃ私たちには勝てないぜ!? 悔しかったらこっちの想像を越えてみろよ!」
 徐々にダメージの蓄積する月華衆を挑発するように言い放つ。
 しかし、少女はそれにも反応はしない。ただただ黙々と、与えられた命令を機械のように遂行し続ける。
「何だ、だんまりかよ」
「あくまで死ぬか殺すまで戦い続けるってわけか……」
 挑発に動じない月華衆につまらなそうに吐き捨てる唯奈の隣でレオンが不快そうに呟く。
「しかし……思った以上に手強いデスね……!」
 戦いが始まって数分。シャナンは変化しつつある状況に思考を巡らせる。
 少女の姿をしているとは言え相手もデウスエクス。その戦闘力はこちらが8人がかりでほぼ同等である。
 ビハインドを守りに徹させ攻撃に参加させないでいた事もあり、攻勢面で徐々に押されているのは明らかだ。
 敵の行動パターンを逆手に取った作戦自体は悪くは無かった。だが、このままでは最悪、押し切られる可能性もあるかもしれない。
「やむを得ないデスが皆さん、ここからは攻めて行きマショウ!」
 戦況からの判断を仲間に伝え、シャナンはブラックスライムを解き放った。
 それと同時に、他のケルベロスたちも攻撃のパターンを切り替えていく。
「猿マネしか芸の無いキミに、本物の力を教えてあげるよ……」
 シャナンに合わせブラックスライムで動きを抑えるクインの声色は、浮かべた笑みとは裏腹に制約された戦いの中で溜まった苛立ちが滲み出ていた。


「なあ、死んでこいって命じられる気分はどうだい?」
 ケルベロスたちの猛攻から逃れようと月華衆が大きく跳び退こうとした瞬間、黒く蠢く何かがその足に襲いかかる。
 それはレオンの放った影の鎖。自由奔放で、何にも縛られない、身勝手な縛鎖。
「この期を逃すな、一気に畳み掛ける!」
 逃げの手を鎖に封じられたところに、シオンを始めとしたケルベロスたちの攻撃が重なっていく――が。
「……」
 確かな手応え、それでも月華衆は呻きの一つも上げず、レオンに視線を向けた。
 解き放たれる、影の鎖。それは紛れも無くレオンが作り出したものと全く同等のグラビティだ。
「ッ! なるほどねぇ……ここまで完璧にコピーされるとは、いや見事。でも……」
 お互いが鎖で足を止められた状態で、レオンは禍々しく歪曲したナイフを手に敵に向かって駆け出す。
「お前には“悪意”が足りない。君自身の、ね」
 戦闘の主軸をブラックスライムに切り替えた事で、敵の機動力は大幅に削がれ始めていた。
 対するこちらはブラックスライムによる攻撃をコピーされたとしても、回復はルリナかシオンがすぐに手が回る。
「させるかよ!」
 コピーされた攻撃をクリスが受け止め……。
「輪っかさん、守ってあげて!」
 ルリナが光の盾で守りつつ、ダメージをヒールする。
 こうなれば、戦況は五分――いや、覆るのも容易い。
「今デス! とどめをお願いしマース!」
 シャナンの繰り出す攻撃が月華衆の盾を砕き、逃げ場を阻む。
「こいつの扱いもそろそろ飽きてんだ、そろそろ終わりにするぜ!」
「今度こそしっかり当てるのにゃ!」
 そして、頭上より唯奈が、背後よりねごとが奇襲を仕掛ける。
 一人で戦う敵は回復も防御も反撃も、追い付くはずが無い。
 多方面から繰り出される大鎌の一閃を前に月華衆は為す術も無く、そのままぐらりと崩れ落ちる。
 一切の言葉を発する事もなく、その身は月明かりの中に溶けるように消えていくのだった。
「ふぅ……普段使わない武器を使うのは面白かったけど、やっぱ銃の方がいいなー」
「でも、何とか勝てて良かったにぃ」
 ようやく終わった戦いに唯奈とねごとはため息と一緒に肩の力を落とす。
「いやぁ、ちょっとスッキリとまでいかないけどね。さ、後片付けしちゃおうか」
 長引いた戦いのお陰で荒れ放題の庭を眺めてクインが笑う。
 ヒールできる者は破損した場所のヒールを、そうでない者は瓦礫等の片付けを。そんな中、レオンは月華衆が倒れた場所を見下ろしていた。
「忍務で死ねて満足か? 僕は絶対にごめんだね」
 結局、月華衆は自分たちの情報を漏らすどころか一言も喋ること無く死んでいった。
 まだ、背後には何者かが潜んでいる。敵の真意を探るには、時間をかけて探し出す必要があるのだろう。
 この戦いが全ての決着では無い事を感じながら、薄明かりの月を見上げるのだった。

作者:深淵どっと 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年4月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 11/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。