八竜襲撃~蹂躙のスカードラゴン

作者:犬塚ひなこ

●砂と傷痕の竜
 神奈川県は三浦市、城ヶ島。
 突如として空から響いた咆哮は重く、周囲の空気を震わせた。咆哮が鳴りやむと同時に地上に降り立った影は見るだけで相手を圧倒させるほどの重圧感を纏っている。
 それは一体のドラゴンだった。
 体躯はゆうに三十メートルをも超す巨体。砂色の身体の所々には血が滲んでおり、未だ癒えきっていない傷跡が散見される。しかし、本人にとってはそれは気にするべきことではないようだ。
 砂色のドラゴンは頭に生えた角めいた部位を振るい、己の足元を見下ろした。
「――残存兵はたったこれだけかッ!!」
 周囲に鋭く響き渡ったドラゴンの声は怒りに満ちている。
 声を向けた先には城ヶ島内部に未だ僅かに残っていた何体かの竜牙兵の姿があった。カタカタと竜牙兵が音を鳴らすのは震え故か、その身が骨だけであるからかは判断が付かない。
 だが、砂鱗の竜――スカードラゴンの名を冠する者の瞳に殺意が宿っていることだけは間違いがなかった。
「本来は懲罰を与えるだけにする心算だったが、気が変わった……」
 スカードラゴンは地の底から響くような唸り声をあげ、鋭く尖った爪を振りあげる。
 次の瞬間、竜牙兵が粉々に砕け散った。
 配下にするはずだったモノを一瞬で塵に変えたスカードラゴンは、緋色の瞳に竜牙兵を映す。舌なめずりをするかの如く出した長い二股の舌もまた砂色であり、血の滲む鱗は夕暮れの陽を受けて鈍く光っていた。
「クハハハハ!! 死ね、死ね、全て死んでしまえッ!!!」
 不甲斐ない配下への殲滅の意志を決めたスカードラゴンは己の衝動のままに暴れる。それは一方的な蹂躙としか呼べぬ程のものだ。砂傷の竜は狂気の交じる哄笑を上げながら、次々と竜牙兵を蹴散らしていった。
 そして――配下を殲滅し終わったスカードラゴンは市街地に目を向ける。
 その先には、人々が暮らす街々があった。
 
●襲来、スカードラゴン
 神奈川県三浦市がドラゴンの襲撃に遭い、壊滅する。
 襲来したのは様々な傷を持つ砂色の竜。人々は逃げる暇もなく虐殺され、周囲は血の海に変貌し、街には恐怖と絶望と憎しみが満ちる。
 だが、それはヘリオライダーが視た少し先の未来の話だ。まだ起こっていない出来事だと語った雨森・リルリカ(オラトリオのヘリオライダー・en0030)は真剣な瞳でケルベロス達を見つめる。
「大変です、皆様。ドラゴンの拠点、『竜十字島』から多数のドラゴンの襲撃が開始されました。そのうちの一体はスカードラゴンという名前のようです」
 襲撃の理由はおそらくこうだ。
 現在の竜十字島は難攻不落だが、拠点が地球上にあることからドラゴン達は定命化の影響だけは排除できない。この問題を解決する手段として市街を襲うことで人間の恐怖や憎しみを集め、死までの期間を何とか延ばそうとしているのだ。
 リルリカは首を傾げ、神妙な表情で定命化について語る。
「普通でしたら定命化は地球を愛することで完了しますです。それが出来なければ死んでしまいます。反対に人に憎まれるほど死までの期間が延びる、という説もあるらしいのですが……本当にそんな事が可能かどうかは判らないのが現状なのです」
 真相は謎だが、放置すれば数万人以上の被害者が出るのは間違いない。

 敵の目的は『人間を殺し、恐怖と憎悪を集める』ことだ。
 それゆえに事前に市民を避難させたり、戦争になるほどの多くのケルベロスで迎撃を行った場合は予知が外れ、別の地点が襲撃されてしまうことになる。
 この襲撃の被害を食い止める為には比較的少数のケルベロスの精鋭、最大でも三十名ほどでドラゴンを迎え撃つしかない。
「スカードラゴンの力は強大です。とても危険で下手をすれば大怪我だけでは済まないかもしれません……。ですが、皆様に頼るしかないのです」
 リルリカは顔をあげ、行ってくれますか、とケルベロス達に問いかけた。
 
●蹂躙の城ヶ島
 そして、ヘリオライダーの少女は戦場について語る。
「皆様が駆け付けられるタイミングは、スカードラゴンが城ヶ島で竜牙兵の残党軍を蹂躙しようとするまさにそのときです」
 スカードラゴンは本来は竜牙兵を配下にして三浦市に向かう予定だったらしい。だが、以前からケルベロスが行っていた城ヶ島残党狩りの結果、竜牙兵は数少なくなった。
 そのことに憤りを覚えたスカードラゴンは先ず手始めに懲罰として配下を殺すことを決めた。ケルベロスはその最中に乱入し、正面から戦いを挑むことが可能だ。
 しかし、割り込むタイミングは重要事項となる。
「放っておけばスカードラゴンはすぐに竜牙兵を全滅させます。ですが、竜牙兵を全部自分の手で殺した後、スカードラゴンはすぐに三浦市方面に向かってしまいますです」
 敵の戦力は出来るだけ減らしたいところだが、竜牙兵が全滅するまで介入しない選択を取れば三浦市が襲われる可能性が高くなる。
 しかし、逆に考えれば竜牙兵が残っているタイミングで乱入すれば、スカードラゴンを確実に城ヶ島内に抑えておくことが出来る。
「竜牙兵は二十体ほどいますが、どれもドラゴンの一撃で倒れる程の力しかありません。それをどう分析して、どの場面で仕掛けるかは皆様の判断にお任せします」
 戦闘さえ仕掛けることが出来れば、後は全力で戦うのみ。
 敵は強靭で強力。しかも獰猛な戦闘狂である為、戦いは熾烈を極めるものとなるだろう。皆が連携を心掛け、ひとりひとりが自分の役割をしっかりと認識し、全力を出した上でやっと勝てる相手だ。
「ドラゴンとの正面からの戦いのはとても厳しいです。危険っていう言葉だけでは足りないほどの任務になります……」
 リルリカは不安そうな表情を浮かべてケルベロス達を見渡す。
 だが、多くの一般人を救う為にはこの戦いに勝ち抜かなければならない。しかし、ケルベロス自身の命を無駄にして良いというわけではなく、いざという時は自分達の安全を第一に戦って欲しいとリルリカはそっと告げた。
「リカはいつも、いつでも、何処までも皆様を信じています。だから、絶対に――」
 その先の言葉は敢えて紡がず、リルリカは応援を込めた笑顔を浮かべた。

 砂色の竜は自ら血を流しながらも尚、人々の血を求めて吼えるだろう。
 向かう先に待っているのは死と隣り合わせの戦場。だが、それでも――凄惨な未来を引き起こさせぬ為にも、今こそケルベロスの力が必要な時だ。


参加者
岬・よう子(金緑の一振り・e00096)
ポート・セイダーオン(異形の双腕・e00298)
シフィル・アンダルシア(アンダーテイカー・e00351)
アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)
コッペリア・オートマタ(アンティークドール・e00616)
ガルディアン・ガーラウル(ドラゴンガンマン・e00800)
ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)
仁志・一紀(流浪の番犬・e01016)
セルディナ・ネイリヴォーム(紅蓮皇封せし黒き翼・e01692)
リーア・ツヴァイベルク(紫花を追う・e01765)
山神・照道(霊炎を纏う双腕・e01885)
アクセル・グリーンウィンド(緑旋風の強奪者・e02049)
ラーナ・ユイロトス(蓮上の雨蛙・e02112)
天之空・ティーザ(白狼剣士・e02181)
守屋・一騎(戦場に在る者・e02341)
武田・克己(雷凰・e02613)
伊上・流(虚構・e03819)
ドールィ・ガモウ(勝手にやってろ・e03847)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
田中・笑子(黄昏の魔女フレイヤ・e05265)
大成・朝希(朝露の一滴・e06698)
神寅・闇號虎(君のご近所アイドル虎にゃん・e09010)
ルナール・クー(箱庭エスティーム・e10923)
先行量産型・六号(陰ト陽ノ二重奏・e13290)
皇・ラセン(サンライトブレイズ・e13390)
リディア・アマレット(蒼月彩雲・e13468)
黄檗・瓔珞(咎を背負いし元殺人鬼・e13568)
マイア・ヴェルナテッド(咲き乱れる結晶華・e14079)
鳳・深紅(アンタレス・e18741)
鵜松・千影(アンテナショップ店長・e21942)

■リプレイ

●傷竜の聲
 城ヶ島の空気は張り詰め、重々しい雰囲気に満ちていた。
 辺りに響き渡るのはドラゴンの哄笑。そして、蹂躙が始まった激しい物音。骨が砕け散る音に耳を澄ませながら、ケルベロス達は物陰に潜む。
「数多の傷に滴る血。その姿はよく覚えているであるよ、スカードラゴン」
 宿敵の姿を瞳に映し、ガルディアン・ガーラウル(ドラゴンガンマン・e00800)は過去を思い返した。かのドラゴンは彼の両親や家族、親戚一同の仇。
 悲しみが過るが、今はその感情に身を任せる時ではない。また被害を出させるわけにはいかないと強く思い、ガルディアンは前を見据えた。
『クハハハハ!! 死ね、死ね、全て死んでしまえッ!!!』
 その先ではスカードラゴンが竜牙兵を蹴散らし、懲罰という名の蹂躙を行っている。竜牙兵はカタカタと震え、逃げることも出来ずにいる様子だ。だが、竜牙兵の一部は殺されたくない一心で刃をドラゴンに向けている。
「典型的な言動過ぎて、ある意味感心する相手だ事で……」
 伊上・流(虚構・e03819)は聞こえた傷竜の声に溜息を零し、呆れ顔を見せる。
 そんな中、敵の姿を捉えたポート・セイダーオン(異形の双腕・e00298)はアイズフォンを使って仲間に呼び掛ける。
「敵、視認しました。先行量産型さん、オートマタさん、そちらはどうですか?」
「問題ありません。配置についているのでございます」
「ああ、こちらも同じく。やれやれ……とんだ大役を仰せつかってしまったな……」
 ポートの呼び掛けにコッペリア・オートマタ(アンティークドール・e00616)と先行量産型・六号(陰ト陽ノ二重奏・e13290)が其々に応えた。
 仲間達は現在、三方に分かれている。
 ドラゴンを狙う中央班。右翼と左翼に別れ、竜牙兵の動向を探る二班。
 各十人の三班を組んだケルベロス達はスカードラゴンが竜牙兵を倒してゆく様をしっかりと窺った。
 スカードラゴンの力は強く、一体、また一体と竜牙兵が倒されていく。
「それにしても、私たちに向けられている訳でもないのに感じるこのすさまじい威圧感……しかし、格が違う相手であろうとも負けるわけにはいかないのでございます」
 コッペリアは決意を抱き、倒された配下の数を数える。
 砂爪の一撃は一瞬で骨兵を砕き、サンドブレスは多くの兵を巻き込みながら猛威を振るう。次の瞬間、一気に竜牙兵が薙ぎ倒された。
「今です、行きましょう」
「往くぞ皆、今が好機だ」
 機を察したポートと六号が仲間に呼び掛ける。二人の声を聞き、コッペリアも自班の者を引き連れて駆け出した。
 鵜松・千影(アンテナショップ店長・e21942)も覚悟を決め、走り出す。
 目を開けた時、世界が変わっているのはもう嫌。戦いに迷いはあれど、その言葉が今の千影が戦う理由であり、守るべきもののかたちだ。
 そして――戦いの幕が上がる。

●戦場分断
「これだけ緊張する戦いは、多摩川防衛戦以来……」
「往きましょ。まずは竜牙兵の方よ」
 コッペリアに続いたシフィル・アンダルシア(アンダーテイカー・e00351)は地を蹴り、マイア・ヴェルナテッド(咲き乱れる結晶華・e14079)と共に竜牙兵の元へ駆ける。
 竜との戦いは或る意味では楽しみだが、今回はそれ以上に負けられない。
 シフィルは強敵への思いをそっと胸に秘め、前を見据えた。
「さて、と……参るとするか」
 天之空・ティーザ(白狼剣士・e02181)は白刃を強く握り、守屋・一騎(戦場に在る者・e02341)とリーア・ツヴァイベルク(紫花を追う・e01765)がその後に続いた。
「此処から先は気を抜いてはいけませんわね」
「頑張りましょう!」
 更に花海棠と雪柳を携えたルナール・クー(箱庭エスティーム・e10923)、表情をきりりと引き締めたリディア・アマレット(蒼月彩雲・e13468)が駆けていく。その最後尾を走るのは、ミミックのベンさんを連れた千影と ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)だ。
 そして、スカードラゴンを中心にした反対側。
 そちら側からはポートが率いるもう一班が駆けて行っていた。
「我が生は我が地球のために」
「……後ろには退けないな」
 岬・よう子(金緑の一振り・e00096)は決意の言葉を口にし、セルディナ・ネイリヴォーム(紅蓮皇封せし黒き翼・e01692)は市街地を思って小さく呟く。
 黒猫になって物陰に隠れていたアクセル・グリーンウィンド(緑旋風の強奪者・e02049)も人の姿になってぴょこんと飛び出し、皆に続いた。
「ちうたん、皆、頑張って行こうね」
 アクセルの声に元気付けられるような感情を覚えつつ、仁志・一紀(流浪の番犬・e01016)は口許に指先を当てて静かに向かおう、と告げる。
「護るための牙として、この力を尽くそう」
 そして、一紀達はドラゴンに気取られぬように細心の注意を払って走った。
「一度売った喧嘩だ、ケリ付けさせてもらうぜ」
 ドールィ・ガモウ(勝手にやってろ・e03847)は嘗てこの場所で竜牙兵と戦ったことを思い出しながら、田中・笑子(黄昏の魔女フレイヤ・e05265)とボクスドラゴンのきゅーちゃんを連れて敵の元へ向かう。
「散る命は、ドラゴンのだけで結構」
 そして、黄檗・瓔珞(咎を背負いし元殺人鬼・e13568)はドールィの言葉に頷いた。
 竜牙兵の元に二班がそれぞれに駆けて往く。
 同時にその中央、スカードラゴンの元には六号を含めた十人が向かっていた。
『む、何だ?』
 スカードラゴンは逸早くその存在に気付き、重々しい呟きを落とす。
 集団の中央に陣取っていた皇・ラセン(サンライトブレイズ・e13390)は敵を強く睨み付け、高らかに宣言する。
「貴様を……傲慢な竜を倒しに来た、ケルベロスだ」
「ボク達がその凶行を止めに来たよ」
 ラセンに続いてアンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)が鋭い視線を向け、これまでの経験から生まれた強い敵意を差し向けた。
「血を流し続けながら、血を流させる、ですか。悪趣味です」
「八竜、スカードラゴン。武人として、これと対峙するのは誉だな……」
 ラーナ・ユイロトス(蓮上の雨蛙・e02112)と山神・照道(霊炎を纏う双腕・e01885)が各自の思いを口にし、続いて一歩踏み出したサイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)は皮肉を込めて敵に告げる。
「大掃除の手伝いに来たぜ」
「暴れたいのだろ? 来い」
 神寅・闇號虎(君のご近所アイドル虎にゃん・e09010)は挑発的に誘う。
 言い分や訳など聞かずとも良い。あちらに暴れる理由があってないように此方もドラゴンを倒す理由など要らない。
『ほう、ケルベロスか。良いだろう、先に相手をしてやる!』
 スカードラゴンは竜牙兵への攻撃を止め、鳳・深紅(アンタレス・e18741)達を睨み付ける。深紅は長期戦を覚悟し、武田・克己(雷凰・e02613)は全力でぶつかることの出来るドラゴンとの勝負に胸を躍らせている。
「ふふふ。良いなぁ。ゾクゾクするなぁ。楽しみで仕方ねぇぜ」
 だが、それと裏腹に大成・朝希(朝露の一滴・e06698)は嫌な予感を覚えていた。
「どうしてでしょうか。何故、こんなに……」
 恐怖にも似た感情が心を揺らすのだろうか。朝希は自分をケルベロス達に守られてきた、弱い人類そのものだと感じていた。だから報いたい。あの人達の強さに。
 そう強く思っていたのだが、言い知れぬ不安はどうしても消えてくれなかった。
 こうして、ケルベロスの狙い通りに事が進んだ。
 スカードラゴンは抑えに向かった十人を敵と見做し、十体にまで減った竜牙兵も五体ずつ分断された状態でケルベロス達に敵意を向けた。
 敵を班分けによって分断し、ドラゴンと配下をケルベロスが別々に相手取る。
 この行動がどのような結末を導くのか。
 それは未だ、この場の誰も予想できずにいた――。

●傷竜と誤算
 スカードラゴンを前にした今、ケルベロス達はあることに気付いた。
 巨大な体躯の敵が障害となって他班の仲間の姿が見えない。三十メートル以上もの敵を前にして、離れすぎない程度に扇状の陣形を取ることは不可能だった。
 つまり、ケルベロス達は自らの手で各十人の三つの戦場を作り出してしまったのだ。だが、慌ててはいけない。
 戦場が分かれた今、傷竜からの攻撃は竜牙兵班に及ばないということでもある。
「竜牙兵に夢中になって警戒が緩むかと思ったが、流石と言っておこうか」
 克己は此方の襲撃に気付いた敵に言い放ち、覇龍を構えた。ラセンも怯まず、自身に絶対悪たるアンラ・マンユを憑依させる。
「どれほど強大な力を持とうとも我が前には児戯に等しい。真なる悪とは、己ですらも省みないことを言う。快楽ある悪など悪ではない」
 崩拳による拳圧が放たれ、ラセンの一撃が激しく巡った。其処にアンノが続き、地面を強く蹴りあげる。
「ボクが足を止めるからその間に攻撃をお願いね」
「最後までかならずお供します! どうぞ存分に!」
 朝希もすぐに癒しに回れるように身構えた。アンノの蹴撃が敵を貫く中、六号も破鎧の一閃を見舞いに向かう。
「街も仲間も自分も、守るべき物が多いな……」
『丁度良い! 兵共は骨が無くてなァ! 貴様等は少しは楽しませてくれるか?』
 対するスカードラゴンは六号の一撃を避け、余裕を見せたまま傷尾の一閃を見舞ってきた。すぐにサイガと闇號虎、深紅が飛び出し、ラセンと克己を庇った。
 しかし、前衛達は受けた痛みの重さに驚愕する。
「……強い、な」
「流石だな『傷』。命が揺らぐ感覚だ……」
「だけど、誰かが居なくなる痛みや悲しみに比べたらこんなもん痛くも痒くもねぇよ」
 サイガは辛うじて体勢を保ち、闇號虎と深紅も何とか耐えて見せた。
 されど、ラーナは一撃の様子で気付いてしまう。たった十人でスカードラゴンを抑え続けることは無理だ、と。ラーナとて決して絶望して諦めたわけではない。純粋な戦力差と感覚で事実を把握しただけだ。
「それでも、私はやるべきことをやりましょう」
「うん。これから先もあの人達が強く強く、守り続けられるように」
 ラーナは朝希と頷き合い、癒しに専念することを決める。朝希は煩い程の鼓動をかき消すように激励の爆発を起こし、ラーナは薬液の雨を降らせた。
 照道も今は援護に回るべきだと感じ、癒しの秘技を発動させる。
「ガルド流霊武術が力、見せてやろう」
 癒しの力を両腕に纏わせた照道は、その力で深紅の傷を治癒してゆく。
 たった一撃で形勢が不利になったことは皆が理解していた。しかし、アンノは希望が潰えたわけではないと判断する。
「星喰らう影、天を蝕む黒き水泡、因果を捻じ曲げ、理を歪めよ」
 魔術領域を形成したアンノは敵の動きを封じようと狙った。アンノが攻勢に移っている間にサイガは漆黒の爪を振りかざし、魔鎖を展開させる。
「死んでも殺されてやっかよ」
 痛みを無視したサイガの一閃とアンノの黒天の力が巡った。
『ふん、その程度か』
 しかし、攻撃を受けたスカードラゴンはびくともしていない。敵は更に砂の吐息を放ち、前衛に否応の無い痺れを齎そうと狙った。
「奏でるは『朝霧』……いでよ白陽……姿を現し、ワシに従え……」
 六号はすぐさま神楽笛を奏で、仲間の癒しに回る。
 少しでも敵の力を削ろうと狙うラセンは気咬弾を放ち、照道は紙兵を散布して仲間の守りを固めた。ラーナが回復を続ける中、克己は更なる一撃をくらわせに駆ける。
「さぁ、ドラゴン、真っ向勝負と行こうぜ! 俺は小細工が苦手なんでなぁ!!」
「ドラゴンから見たら俺達は弱いか? だけどな……」
 弱いからこそ俺達は仲間と力を合わせるんだ、と告げた深紅は気力を漲らせた。
 朝希は聖者の火を、サイガはシャウトを、そして照道は霊武の双腕で皆が受けた傷を癒そうと動く。
 それでも癒しは足りていない。このままでは追い詰められていくばかりだとは分かっていたが、闇號虎は決して屈さないと心に決めた。
「勝てる負けるではない。俺は貴様に立ち向かわなければならないのだ!!」
 雄々しい叫びが響き渡り、そして、傷竜とケルベロスの視線が鋭く交差した。

●左翼側、竜牙兵班
 同じ頃、左側に向かった十人は竜牙兵との交戦を始めていた。
 ガルディアン達が相手取る敵の数は予定通りの五体。しかし、三十メートルもあろうドラゴンの所為で右翼側の状況が見えない。
「大丈夫かな。でも、やるしかないよね!」
 アクセルは辺りをきょろきょろと見回しつつ、小さな決意を固めた。
「手始めに喰らうが良いぜ」
 ドールィは敵の元に突入した勢いのまま、炎を纏った脚でドロップキックを放つ。瓔珞も敵が動く前に先手を打つべく、疾風の如き一閃で雷刃を振り下ろした。
「さあ、やれるだけのことをやっていきましょうか」
 瓔珞は嘗て、幾万もの命を奪った咎を背負っている。その分だけの覚悟と共に挑む気持ちはとても強い。
 一紀も敵に銃口を差し向け、制圧射撃を行った。
「待ってな、地獄へ送ってやるぜ」
 しかし、自ら戦場を分かってしまった事は皆が懸念に感じている。
 不安めいた予感が過ったが、よう子は首を振った。仲間の姿がドラゴンの巨体で隠れていようと自分達の今の役目は目の前の敵を倒すこと。
「久しいな、骸の兵。今度こそ、貴様らの主諸共討ってやろう」
 御先の旗印を掲げ、よう子は凛と言い放った。華やかに振る舞う彼女は敵の目を奪うが如く躍り、竜牙兵の動きを阻害する。
 ガルディアンは強大な砂竜の背を見遣った後、骨兵を屠ろうと狙った。
「また被害を出させるわけにはいかんであるし、ここで勝負させてもらうであるよ!」
 縛霊の一撃で竜牙兵を鋭く穿ったガルディアンは此方に背を向けている状態のスカードラゴンを見つめる。おそらく、否、確実に。傷竜を相手取っている仲間達はかなりの苦戦を強いられているだろう。
 だが、竜牙兵との戦闘に持ち込んだ以上はスカードラゴンへの攻撃は無謀だ。今すぐにでも駆け出したい気持ちを抑え、セルディナは魔鎖を迸らせる。
「これ以上先には進ませない。命を散らすのは竜牙兵と竜、お前達だけだ!」
「傷の竜、砂の強者。強い相手こそ燃えるもの、です」
 ポートも地獄の炎で出来た輪から熱光線を放ち、敵を貫き燃やしてゆく。アクセルもファミリアに呼び掛け、一気に力を解き放った。
「ちうたん、いってこーい」
 対する竜牙兵は衝撃を受けてよろめいたが、剣を振るいあげて流に襲いかかった。
 流は一閃を受け止め、反撃に掛かろうと狙う。ドールィとよう子も仲間の防護に回り、押し切られぬように努めた。
 其処から何度か攻防が巡り、流は敵を倒す隙を感じ取る。
「八天の竜王を屠る為に編み出したドラゴン殺しの一撃……耐えられるのなら耐えきってみせろ」
 流は神速めいた一閃で敵を断ち、一体目の敵を見事に屠る。
 癒しも足りており、竜牙兵達を倒すことには問題ない。だが、アクセルと一紀はこのままではいけないと感じていた。
 何故なら――。
「駄目だね、時間がかかり過ぎてるよ。もっと早く竜牙兵を倒せると思ったのに」
 アクセルは黒い猫耳を低く伏せ、尻尾の毛を逆立てる。
「一体を倒すのに二分か。五体を倒すとなると……」
 どんなに急いだとしても殲滅に十分程度はかかってしまう、と一紀は呟いた。そうなるとスカードラゴン班がそこまで耐えきれるか分からない。
 ポートは言い表せぬ焦りのような感情を押し込め、攻勢に移る。
「砕けて……! 思う存分、殴らせていただきます……!」
 戦籠手に宿らせた地獄の炎を振るったポートは、今は一刻でも早く敵を倒すべきだと判断した。瓔珞も同意し、持ちうる霊力全てを体と得物に注ぎ込む。
「永遠の霊持つ異界の神よ――」
 瞬間的に神速の動作を実現した瓔珞は骨兵の首を払い落とした。葬神侘助の一閃が二体目の敵を倒したが、まだ敵は三体も残っている。
「誤算だったようだな」
 よう子は二刀の斬霊波を放ちながら、事実を口にした。このまま戦い続ければ竜牙兵には確実に勝てるだろう。
 しかし、ケルベロス達の真の目的はスカードラゴンを倒すことだ。
 流は雷刃の突きを放ち、状況を冷静に見極める。
「何人かがドラゴン側の加勢に向かうしかないか」
「ああ、まずは癒し手の私とディフェンダー二人程度が行くべきだな」
 セルディナは流の言葉に頷きを返し、よう子に共にドラゴン側に行こうといざなう。
 流とよう子、セルディナの三人は踵を返し、援護に向かう。
 そして、彼女は足元に銀の輪を模した魔法陣を展開し、残る仲間に竜牙兵を頼んだと告げた。月女神の加護を受けた精霊達が仲間を癒し、戦線を支える。
「任せておくのである。――命の力を汝へ!」
 ガルディアンは駆け出した三人を見送り、ガルド流散弾術による回復を行った。
 作戦の不備に気付いたとはいえ、全員がこの戦場を放棄することはできない。全員が加勢しに向かったとしてもドラゴン班の元に竜牙兵を引き連れていくことになり、戦場は更に混乱してしまうだろう。
 此方の戦いが長引けば長引くほど、全体の戦況が絶対的不利に近付く。
「怖い、怖いのだが……それでも、それでも今の我は黄昏の魔女なのだ、フレイヤ様なのだ! 我が泣くワケにはいかんのだ!」
 笑子は震えそうな腕を抑えてボクスドラゴンにタックルを命じる。
 一紀は仲間に諦めるなと告げ、狙いを骨兵に定めた。
「沈め……この悪夢の底に」
 劇薬が塗られた弾丸を乱射し、一紀は敵の力を削る。業が繰り出された戦場は正に悪夢さながらに阿鼻叫喚が木霊した。
 アクセルは右手に構えたバスターキャノンから氷の砲撃を行う。
「支援砲撃いっくよー」
「参ります……!」
 ポートも再び三叉の槍めいた光を解き放ち、竜牙兵を次々と穿った。更に流やよう子、ドールィが攻撃に移ることで敵の力を削っていく。
「歯ァ喰いしばれェ!!」
 宙返りと共に増幅させた両脚の地獄を叩きつけ、ドールィは敵を蹴りあげた。
 速く、早く、一秒でも疾く――。
 焦る気持ちとは裏腹に、竜牙兵達は嘲笑うようにカタカタと骨を鳴らしていた。

●右翼側、竜牙兵班
 刻々と時間が過ぎゆく中、右翼に回った竜牙兵班は戦闘を有利に進めていた。
 月光斬で切り込んだルナールに続き、ティーザがあげた魔力を籠めた咆哮が敵の力を削ってゆく。その間にリーアとコッペリアが敵からの攻撃を受け止め、ウォーレンがその傷を癒していった。
「あちらは大丈夫でしょうか……」
「気になるが、信じて戦い続けるのみだ」
 ルナールが六号を案じて呟くと、ティーザはきっと問題ないと答えた。
「俺達は竜牙兵を倒せる。だからドラゴンを怖がる理由なんか何もないっス!」
 一騎は強く言い放ち、黒い衝撃波を振り払う。拒絶と決別の力を巡らせた一騎の攻撃は敵に重圧を与える。
 ドラゴン班と左翼側の様子は距離の関係上、どうやっても窺えなかった。とはいえ、今はただ全力を出すだけだ。
「焦点算出……そこ、頂きます! まずは、一つ!」
 幾重もの攻防を重ね、リディアは一体目の敵を葬った。リディアに良い調子だと視線を投げ掛け、更にシフィルが黒き触手を迸らせる。
 戦いを求める部分は自分も竜に似ているのかも、と自嘲したシフィルだったが、そのことは胸裏に秘めたままにしておいた。
「雑魚はさっさと蹴散らしてしまいましょうか」
 そして、マイアが暴走する殺戮機械を召喚することで二体目の敵を狙う。
 マイアとシフィルの連携によって、四分の内に既に二体を倒し終わった。その連携は見事なものだ。もちろん右翼班とて、竜牙兵を相手取る時間が長くなることでドラゴン班が危うくなることについて気付いている。
 それゆえにコッペリアは全力を尽くし、少しでも早く敵を倒そうと狙った。
「魂さえ凍てつく氷棺の中で己が罪を知り、己が罪を悔い、己が罪を詫び……」
 己が罪を償え、と詠唱したコッペリアは地獄の炎を迸らせる。紅蓮の華めいた焔が花ひらく中、リーアも獣の形をとったオーラを弾に纏わせて放った。
「すべてを喰らえ、惑いの牙」
 リーアの放つ衝撃は敵を貫き、大きな衝撃を与える。マイアは良い調子だと片目を瞑って仲間を賞賛し、更なる攻撃を放つ為に身構えた。
 そうして、千影はミミックに仲間を護るように願い、自らも敵に銃口を差し向けた。
「ベンさん、頼んだ。――我は『紋』、名は『桔梗』」
 連射された銃弾は花の渦となり青紫色の軌跡を描く。美しき花玉は竜牙兵の身を幾度も貫き、破壊した。
 竜牙兵との戦いは有利に巡っているが、周囲の空気は重いまま。
 何故なら、スカードラゴンの放つ攻撃の振動が響いて来ているからだ。戦場が分かれたことによって、竜牙兵班にまでドラゴンの攻撃が及ぶ事はなかった。しかし、傷竜と戦う仲間達はその分だけ痛みを負っているはずだ。
「皆、このままだとスカードラゴンと戦っている仲間が危ないよ」
 ほぼ同時刻、左翼班側もドラゴン班への移動を決めたように、ウォーレンも同班の仲間に加勢に向かうべきだと提案した。
「私が行きますわ。いえ、六号さんの元へ行かせてください」
「俺も護りに行く! 後はウォーレン、あんたも支援に来て欲しいっス!」
 ルナールと一騎が素早く立候補し、ウォーレンも頷きを返す。ウォーレンは強敵を前にして高揚する胸を押さえ、癒し手としての役割を全うしようと強い決意を抱く。
「支えに行くよ。誰も欠けさせない」
 そして、三人はスカードラゴンの元へと走ってゆく。
 竜牙兵の戦場は七人となったが、リーアは決して不安など覚えなかった。
「一気に打ち倒してしまおうか」
 リーアは杖から燃え盛る火の玉を飛ばし、赤い軌跡を描く。焔は三体の竜牙兵を貫き、うち二体を地に伏せさせた。
 更に攻防は巡り、残る敵の力も弱まって来る。
 これを好機と見た千影はベンさんに敵を噛みつかせに向かわせ、更なる一撃で最後の竜牙兵を倒そうと狙った。千影は掲げたバスターライフルの照準を合わせ、ひといきにエネルギー光弾を放ってゆく。
「これで終わらせる」
「幾千、幾万の棘を以ちてその身に絶望を刻む……裂き乱れなさい」
 シフィルは鞘に収めた刀を抜き放ち、最後の一閃を繰り出した。剣戟が骨を打ち砕き、目前の敵を見事に屠った。
 このとき、既に戦闘開始から数分、援護に向かった者が離脱してから二分が経過していた。一息すらつく暇もないと感じ、リディアは駆け出す。
「急ぎましょう!」
「早く、皆の支援に入らなければいけないわね」
 嫌な予感が当たらぬよう願い、リディアとシフィルはスカードラゴンと戦っているはずの仲間の元へと向かう。
「皆、無事だと良いのだが」
 ティーザが素早く駆け、マイアも新たな戦場に踏み込む。
「見て、あれは……」
「何、だ……?」
 だが、マイアは絶句し、続いた千影も息を飲んだ。
 スカードラゴンが放つ重圧感の所為もあったが、それだけではない。其処で繰り広げられていたのは血で血を洗うような死闘。――否、一方的な蹂躙だった。

●竜の蹂躙
『弱き者共よ、喰らうが良い!』
 咆哮めいたスカードラゴンの声が響き渡り、振るわれた激しい尾の一閃が深紅をはじめとしたケルベロス達を襲う。
「絶対に負けねぇ、絶対――ッ」
「風雅流千年。神名雷鳳。この名を継いだ者に、敗北は許されてないんだ、よ……」
 ドラゴンの一撃をまともに受けた深紅と克己は強い意思を見せながらも力尽きた。
 倒れているのは二人だけではない。
 サイガに照道、闇號虎とアンノ、ラーナとラセン、朝希。更には六号、加勢に向かっていたルナールまでもが地に伏していた。
「六号さん……」
「ルナール、様……」
 名前を呼び合った二人は互いを思いあって故か、護り合うように倒れていた。
 最初からスカードラゴンと戦っている者は全滅。辛うじて立っているのは、途中で加勢に入ったよう子とセルディナと流。そして、一騎とウォーレンだ。
「まさか――」
 一瞬の戸惑いの後、ティーザは作戦が上手く巡らなかったのだと察した。コッペリアは己が怒りに打ち震えていることに気付き、はたとする。
「自らの命を長らえるために他者を喰らうのは生命の営みとしては自然なことなれど、他に手があるにもかかわらず悲劇を起こす貴方は……許せません」
 そして、コッペリアは思いの丈を口にした。
 しかし、現実は非情だ。砂色の体躯をゆっくりと動かしたスカードラゴンはケルベロス達をぎろりと睨み付けた。
『くだらん、ケルベロスとやらもこの程度なのか』
 血のように赤い瞳。そして、その爪にこびり付いた深紅の血。スカードラゴンは血塗れになった克己を爪先で転がし、心底つまらなさそうに呟いた。
「う……やめ、ろ……」
 辛うじて声を絞り出したラセンは朦朧とした意識の中で傷竜を睨み返す。克己と深紅は完全に意識を失っているが、何人かは何とか声だけは出せるようだ。
「すまねえ、力が足りなかっ、た――」
 サイガはそれだけを告げて奥歯を噛み締め、悔しげに拳を握った。
「ごめん、なさい」
 朝希も震える声で謝罪を告げ、照道も加勢に来た仲間達へと状況を説明する。
「出来る限り立ち向かったが……」
「この人数では無謀だった、ようだな」
 照道の言葉に続き、闇號虎も掠れた声で戦況がすぐに崩れたことを付け加えた。
 そもそも、ドラゴンを『抑える』という役割はたった十人では無理だったのだ。
 三十人全員でやっと互角に届くかどうか。かなりの苦戦を強いられる相手を三分の一の人数で抑え続ける、という前提の作戦自体が間違っていた。
 激戦となったスカードラゴン班はまずサイガや照道、闇號虎達ディフェンダーの壁が瓦解し、その後に六号とアンノ、ラセンが倒れた。そして、癒し手である朝希とラーナの二人が薙ぎ払われることになる。
 その最中、逸早く駆け付けたルナールが激昂して敵に斬りかかった。
「ルナールは暴走でもする勢いで向かったっス。けど……」
「その暇すら与えられずに、スカードラゴンの爪が彼女を襲ったんだ」
 一騎とウォーレンもその場に居たのだが、力が及ばなかったと肩を落とす。そこに漸く流とよう子、セルディナも到着した。
 そして――急いで駆け付けたシフィル達が見た通り、深紅と克己が倒された。
『つまらぬ、実につまらぬ者共だ』
 当のスカードラゴンはケルベロス達が不機嫌そうに呟いている。言葉通り手応えの無い戦いに不満を覚えているらしく、傷竜は苛々とした様子で尾を揺らした。
「気を付けて下さい。スカードラゴンの一撃は予想以上に、強くて……」
「無理はするな。今は休んでいてくれ」
 かは、と血を吐いたラーナを支え、セルディナは首を振った。
 既に十一人が倒れており、うち数人は重症を負う程にまで痛めつけられている。まだ残りの左翼班は竜牙兵と戦っており、こちらの状況はかなり不利だ。
(「人数が分散している今、スカードラゴンに勝てる見込みなどないな」)
 どうすべきかとよう子が思考を巡らせるが、傷竜は血色の瞳を鋭く細める。
『まだ楯突くか。蹴散らしてやろう!』
 そのとき、一度は攻撃を止めていたスカードラゴンが再び戦う姿勢を見せた。
 その動きにすぐさま反応したウォーレンは掌にマリーゴールドの花を咲かせる。癒力を発現させたウォーレンは花神の祝福を仲間に宿し、戦況を立て直そうとした。
「諦めないよ。絶対に」
「そうだな、最後まで抗うのみだ」
 癒しを受けた流は、一度は頭の隅に浮かんだ撤退の文字を振り払う。大蛇祓の力を発現させた流に合わせ、一騎も攻性植物をひといきに解き放つ。
「絶望なんてしてやらないっス!」
「ふふ、残念だけどわたし達は諦めが悪いの」
 マイアも氷の精霊魔法を放ち、スカードラゴンを強く睨み付けた。
 しかし、傷竜は前衛にサンドブレスを吐いてくる。リーアとコッペリアが身構え、よう子と流も衝撃に耐えた。されど、その攻撃を見た千影は敵の強さを改めて知った。
「拙い、動きが……」
「すまない、回復を頼む」
 リーアとよう子が痺れに襲われ、動きを制限される。急いでセルディナとコッペリアがキュアに回ったが、それだけでは癒しが足りなかった。本来は攻撃手であるティーザまでもが回復行動に手を費やし、戦線の維持を行う。
「この状況は厳しいな」
「今は残りの皆が来るまで耐えるしかないわ」
 ティーザの声にシフィルが唇を噛み締め、二人は竜牙兵班の到着を願った。
 勝てるはずがない。そう知っていても、今はただ耐える他ない。リディアは戦う事を諦めてはいけないと感じ、集束翼を展開させた。
「グラビティ・チェイン集束、出力変換。半実体物質精製、刀身固定……さあ、これが――私の切札です!」
 リディアは蒼き月光が如く輝く長大な刀身を形成、刃を振るう。
 その一閃に全ての力と希望を込めて、光の軌跡は傷竜の身を鋭く切り裂いた。

●急転直下
 そして、城ヶ島での戦いは更に巡ってゆく。
「――これで最後だよ」
 左翼班の瓔珞は最後の一体となった竜牙兵を雲斬の刃で切り伏せた。骨が砕け散る様を横目に踵を返した瓔珞は仲間達に即座に合図を送る。
 行きましょう、とポートが頷き、レプリカントとしての機能を起動させた。
「こちらセイダーオン。敵を殲滅。すぐに向かい……え?」
「どうしたの?」
 ポートが六号とコッペリアに連絡を入れようとしたが、その途中で首を傾げる。アクセルが問いかけると、ポートは二人と連絡が取れないのだと語った。
「こいつはヤバい雰囲気だな」
「急ぐであるよ! もしやスカードラゴンが……!」
 怪しい雲行きに気付いたドールィとガルディアンが全速力で傷竜に向けて駆け出す。そして、現場に辿り着いた一紀は状況を一瞬で把握した。
「ほぼ全滅、だと……?」
『クハハハ! 今頃加勢が来ても遅過ぎるぞ!』
 一紀の瞳に映ったのは哄笑をあげるスカードラゴンの姿。
 そして、傷と血に塗れ倒れた仲間だった。元から倒れていたスカードラゴン班に加え、よう子にリーアとコッペリア、更にはティーザと一騎が倒れており、他の仲間達も何とかギリギリで立っている状態だ。
「最早、撤退するしかない……逃げ、ろ……」
 荒い息を吐き、流は駆け付けたメンバーと残りの仲間に告げた。
 皆で決めた撤退条件は、過半数者が戦闘不能且つ、ドラゴンへのダメージが六割未満の場合。現在の面子で敵を倒せる見込みはなく、撤退出来るかすら危うい。
「しかし、スカードラゴンがこのまま逃がしてくれるか……?」
「分からない。けれど、まだ皆生きてるからな。諦めるのは早い」
 セルディナが懸念を覚える中、千影は未だ死亡者が出るようなタイミングではないと判断する。何とか逃げ果せれば命を繋げる可能性だけはあるはずだ。
 そのとき、瓔珞は覚悟を抱く。
「まだ若い皆は、こんなところで死んじゃあいけないんだ。ここで命をかけるのは、おじさんでいいのさ」
 たとえ自分がどうなろうとも仲間だけは逃がすと瓔珞は決めた。ウォーレンも万が一の展開に備えて身構え、仲間達の様子をしっかりと探る。
 ――そのとき、事態は一変した。
『これほどつまらぬ戦いは初めてだ。興醒めとはこのことを言うのだろうな』
 スカードラゴンが首をもたげ、翼を広げた。こちらを攻撃する動作も見せず、周囲を見遣った傷竜は辺りに散らばった竜牙兵の残骸に目を留める。
「何をしてやがる!」
 ドールィがスカードラゴンを睨み付けると、相手は空へと舞い上がった。
『竜牙兵共への懲罰も貴様等のお陰で済んだ。もう此処に用は無い。それに……この戦場には絶望した者も見物客も居ないようだからなァ!』
「待つのである! 戦える者なら此処に――!」
 ガルディアンは仇である傷竜に呼び掛けたが、その翼が起こした轟音に声が掻き消される。そして、ガルディアンは気付いた。
 スカードラゴンはケルベロスがあまりにもあっさりと倒れたと感じてしまったらしい。そのうえ、決して絶望や恐怖を抱かぬ相手との戦いを好ましく思わなかったようだ。
 戦闘狂と呼ばれている傷竜だが、面白くないと感じた事柄ににいつまでも関わっているほど狂ってはいない。
 このまま戦い続ければケルベロスを全滅させることも出来ただろう。
 だが、この戦場には見物客がいない。当初の目的である人間に恐怖を与えるということができない。故にスカードラゴンは自ら撤退を選んだのだ。
「つまり……ここで私達を全滅させても目的は果たせない……?」
「だから、戦うのを止めたの?」
 リディアが敵の選択の真意に気付き、マイアも思いを言葉にした。
『さらばだ、弱きケルベロス共よ! この敗北を人間どもに伝え、我等ドラゴンの強さを伝えるのだな!』
 そして――去り際にそんな一言を残し、スカードラゴンは何処かへ飛び去ってゆく。
 止める暇もなく、追う事すら許されなかった。
 こうして戦いは意外な形で終結する。静けさが戻った城ヶ島に残されたのは散らばった骨兵の残骸と、敗北を味わった傷だらけのケルベロス達だけだった。

●いつかの未来へ
 ケルベロス側の撤退すら危うい中、敵が自ら去ったのは不幸中の幸いだ。
 仲間達の中に死にまで追い詰められた者はいない。
 だが、シフィルはこの結果が屈辱的だとも感じていた。何故なら最後の手段である暴走する機会すら与えられなかったからだ。
「絶対に負けられなかったのに……」
「まずは倒れた皆さんの手当てをします。それから後の事を考えましょう」
 シフィルの肩を優しく叩き、ポートは重症を負った仲間に視線を向ける。特に六号とルナールの傷はひどく、二人とも危うい状況だ。
 マイアとセルディナも痛む身体を抑えながら治療を手伝い、皆を介抱していった。
 その甲斐あって、中には重傷ながらも意識を取り戻している者達もいる。
「俺達は最初の選択を誤ったんだな……」
 流れ出る血を拭い、サイガは薄らと眼を開けた。その漆黒の瞳には言葉では表せぬ感情が宿っている。
「戦場の分断は裏目に出て、雑魚と戦う時間の長さも予想以上だったか」
「それから、ドラゴンの力を見積もれなかった事もだね」
 ラセンは敗因に繋がった点を挙げていき、アンノも瞳を閉じたまま考え込んだ。ドールィは地面を拳で叩き、思いを言葉にする。
「クソッ! 全てが甘かったってのか!」
「そう、ですね。もし、最初から全員でスカードラゴンに向かっていたら……」
 朝希も岩に背を預け、考えを巡らせる。竜牙兵が多く残っている状況も危ないが、もしかしたら敵の何体かをスカードラゴンに嗾ける作戦も取れたかもしれない。
 考察する朝希達に、流は怪我をしているのだから無理はするなと窘めた。その中で千影は後知恵だが、と前置きして語る。
「竜牙兵を残すなら最初から攻撃せず、竜牙兵がいない側からスカードラゴンを攻撃していれば良かったのかもしれないな」
「そうしていれば、きっと何手かは総攻撃が仕掛けられたんだね」
「……力不足っス」
 アクセルは尻尾をしゅんと下げ、項垂れた一騎と共に後悔を覚えた。しかし、瓔珞と照道は少年達を励ますように小さく笑み、考えすぎてはいけないと首を振る。克己も次に賭けると闘志を燃やし、今は傷が癒えるまで待つしかないと己を律した。
 そんな中、深紅は自分の胸元に手を当てる。
「何でだろうな。身体の傷よりも此処が……胸の奥が痛ぇ」
「また、我が地球が蹂躙されるのか。いや――」
 よう子は飛び去ったスカードラゴンを思い、奴が何処へ行ったのかを考えた。だが、悪い考えを振り払ったよう子は首を振る。
「今は前を向くのでございます。悔しくはあれど弱音など吐きません」
「こんなところで、立ち止まってる訳にもいかねェな……」
「ああ、その通りだ」
 コッペリアと一紀が未来を見据えた言葉を紡ぎ、ティーザも深く頷いた。リーアとリディアも視線を交わし、其々の決意を抱く。
「もう誰かのデッドエンドは起こさせません!」
 リディアの声が凛と響き渡る中、サイガは静かに呟く。
「死んでねえから俺達は負けてない。だろ?」
 そうであるな、と答えたガルディアンはしっかりと立ち上がった。
「今回は敗北を喫したであるが、スカードラゴンよ! 私達は決してお前に恐怖していない! つまり、お前もまた作戦に失敗しているのである!」
 果てなき空に向け、ガルディアンは高らかに宣言する。ドールィとサイガが力強く頷き、照道もまた空を振り仰いだ。
 ウォーレンとラーナも仲間に続き、決して悪い事ばかりではなかったと語る。
「そう、奴には恐怖も憎しみも与えてやらなかった」
「双方の失敗。つまりは痛み分けね」
 ラーナ達は悔しさと痛みを胸の奥に押し込め、闇號虎もゆっくりと立ち上がった。
「帰ろう、俺達のホームへ……」
 仲間に呼びかけた闇號虎はいつか訪れるかもしれない再戦を願う。
 傷を纏い、血に飢えたドラゴンとの戦いは此処で一度、幕が降ろされた。
 だが、これですべて終わったわけではない。何時か、何処かで再びスカードラゴンと相対する時が訪れるはずだ。この先に巡る運命がどうなるかは未だ誰も分からないが、未来に進む為にはいつまでも落ち込んでいてはいけない。

 そして――静まり返った城ヶ島に一陣の風が吹き抜けてゆく。
 その風は彼等の強い意思を示すが如く、砂塵を巻き上げながら空に舞った。

作者:犬塚ひなこ 重傷:武田・克己(雷凰・e02613) サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394) ルナール・クー(煌炎・e10923) 先行量産型・六号(陰ト陽ノ二重奏・e13290) 皇・ラセン(地を抱く太陽の腕・e13390) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年4月6日
難度:やや難
参加:30人
結果:失敗…
得票:格好よかった 36/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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