月光照らすは西洋骨董

作者:雨音瑛

●指令
 螺旋の仮面をつけた小柄な少女が、一人の女性の前で頭を垂れている。
 少女は螺旋忍軍の一派である「月華衆」の一人。
 女性の名前は夕霧さやか。彼女もまた、螺旋忍軍に属している。
「というわけで、地球での活動資金の強奪、あるいはケルベロスの戦闘能力の解析があなたへの命令となります」
 少女は言葉を挟まず、さやかの話に聞き入っている。
「あなたが死んでも情報は収集できますので、心おきなく死んできてくださいね? もちろん活動資金を強奪たうえで、生きて戻ってきてもよろしくってよ」
 さやかの言葉に、少女は無言でうなずいた。
 
 冷たい月と風の夜。月華衆の少女は、市街地の高級アンティークショップへ音もなく侵入した。
 そしてすぐさまガラスケースの鍵を壊すと、所持していた風呂敷を広げた。ガラスケースの中に陳列されていた護身用のナイフや年代物の宝飾品、金属製の食器、アンティークドールなどを素早く載せてゆく。載せてゆくアンティークグッズはどれも小ぶりではあるが、それなりに値が張るものだ。
 風呂敷に包めるだけのアンティークグッズを載せ終えた少女は、手早くそれらを包む。
 月光が、空になったガラスケースを静かに照らしていた。
 
 ケルベロスたちがヘリポートに現れると、ウィズ・ホライズン(レプリカントのヘリオライダー・en0158)はすぐに事件の説明を始めた。
「螺旋忍軍が、金品を強奪する事件を起こそうとしているようだ」
 強奪する金品は特別なものではない。地球での活動資金にするつもりなのだろう、とウィズは続ける。
「この事件を起こしている螺旋忍軍は『月華衆』という一派らしい。月華衆は小柄で素早く、隠密行動が得意という性質を持つようだ」
 そんな月華衆のひとりが忍び込むのは、市街地にある高級アンティークショップ。警備システムが稼働しているものの、螺旋忍軍相手では何の意味も成さないようだ。
「店内に隠れて待ち伏せし、月華衆の少女の撃破をお願いしたい」
 敵の情報だが、とウィズは手元のタブレット端末を操作する。
「実はこの月華衆、特殊な忍術を使用する。それは、自分が行動する直前に使用された、ケルベロスのグラビティの一つをコピーして使用する忍術だ」
 月華衆には、これ以外の攻撃方法はない。戦い方によっては、有利に戦闘を進めることができそうだ。
「また、理由は不明なのだが、月華衆は『その戦闘で自分がまだ使用していないグラビティ』の使用を優先する。そこも踏まえて良い作戦を立てれば、有利に戦えるだろうな」
 戦う相手は月華衆の少女ひとり。戦闘場所はアンティークショップの店内となる。店舗内には他には誰もいないため、人払いなどは不要だという。
「しかし、彼女たちの行動には謎が多いな。誰かが背後にいる可能性も否定できない、か……いや、今は目の前の事件に集中すべきだな。君たちなら大丈夫だと思うが、頼むぞ」
 と、ウィズはケルベロスたちに笑顔を向けた。


参加者
ラインハルト・リッチモンド(紅の餓狼・e00956)
白雪・まゆ(月のように太陽のように・e01987)
刑部・鶴来(ウェアライダーの刀剣士・e04656)
エフイー・ジーグ(森羅万象身使いし機人・e08173)
千歳緑・豊(喜懼高揚・e09097)
アシュレイ・ヘルブレイン(生まれたばかりの純心・e11722)
土岐・枢(フラガラッハ・e12824)
荻堂・克(シャドウエルフの降魔拳士・e23594)

■リプレイ

●潜入
 深夜の市街地。ケルベロスたちは、アンティークショップ内でそれぞれ身を潜めていた。これから現れるという、月華衆を待ち伏せするためだ。
 黒いマントを着て骨董品の物陰に隠れるのは、アシュレイ・ヘルブレイン(生まれたばかりの純心・e11722)だ。月華衆が現れるのが深夜と聞いて、眠気防止のために飲んだかなり濃いコーヒーの味をふと思い出す。
(「え゛っ! やっぱりコーヒーは普通が一番です……」)
 思わず口の中に苦みが広がるが、無表情のままだった。
 土岐・枢(フラガラッハ・e12824)は、眉根を寄せてごく小さい声でつぶやく。
「螺旋忍軍がコソ泥ですか……」
「活動資金が必要とは、螺旋忍軍も大変だね」
 千歳緑・豊(喜懼高揚・e09097)は、どこか楽しそうに言葉を返す。
 待ち伏せながらも、そわそわと落ち着かない様子でいるのは荻堂・克(シャドウエルフの降魔拳士・e23594)だ。出入り口の位置を確認しながらも、興味深い品々が気になってしょうがないようだった。
「ま、ショッピングしに来たんじゃないけど」
 と、言葉にしつつも骨董品を時折ちらりと見るのだった。
 待機する仲間の位置をつぶさに確認しているのは、物陰に身を潜めるエフイー・ジーグ(森羅万象身使いし機人・e08173)だ。月華衆の少女が現れるのを、今か今かと待ちわびている。

 ケルベロスたちが潜入してから、どれくらいの時間が経過しただろうか。ただでさえ弱々しい月光が、雲に隠れてさらに弱まる。静かにドアが開いた。木製の重厚なドアを開けて入ってきたのは、螺旋の仮面をつけた小柄な少女。そう、月華衆に所属する少女だ。彼女は造作も無い様子でガラスケースの鍵を開けると、広げた風呂敷に次々とアンティーク・グッズを載せてゆく。
 ラインハルト・リッチモンド(紅の餓狼・e00956)は、思わず少女の様子を観察する。
(「金品や骨董品を奪うのは本当に活動資金を得るためだけでしょうか? そのお金を別の事に使うのでは?」)
 頃合いだ、と視線を交わし合うのはエフイーとアシュレイ。少女の前に姿を現し、攻撃を仕掛ける。月華衆が彼らと対峙している隙に、白雪・まゆ(月のように太陽のように・e01987)と克、枢が素早く入り口の前に布陣する。
「コソ泥とは何とも情けない話だね」
 と、豊は少女を見やり、肩をすくめた。
 いつもとは違う武器を手に、まゆも少女をじっと見つめる。
「逃がしませんですよ」
「そうね、戦闘能力の解析とやらに付き合ってあげるわ。とことんやろうじゃないの」
 克が不敵な笑みを浮かべ、枢がその言葉にうなずく。
「どんな目的があるにせよ、僕たちケルベロスが撃破するまでだよ」

●応戦
 エフイーは勢いよくエアシューズを唸らせ、流星の軌跡を描く。鉢巻に備え付けた小型ビデオカメラは、月華衆の動きを捉えるのが狙いだ。
「みんな、続けて叩き込んでいこう!」
 促され、まゆもエアシューズでの蹴りを月華衆の少女に与えてゆく。器用に体を回転させて着地すると、どことなく慣れない様子で敵との距離を調整する。
 本来、まゆは正面から叩きつぶす戦闘スタイルを得意としている。だが、今回は作戦の都合から武器とグラビティを変更していのだ。
「あとは回復役として、大人しくしてますですよ」
「単純に殺せばいいわけじゃないのが……面白くもあるね」
 豊はバスターライフルを月華衆へと向け、光弾を撃ち出す。そこで戦列から進み出て、少女に問うのはラインハルトだ。
「とりあえず、聞きますが……話せますか?」
「……」
 少女は感情の読み取れる動作をせず、返答もしない。そのままずっと無言なものだから、克は首をかしげる。
「……あんた、無口なの?」
「……話せないのなら仮面を取ってその顔を拝見してみましょうか」
 仮面をつけた顔では、表情も読み取れない。少女はただ無言でその場に立ち尽くしている。戦闘中とは思えないような彼女の動きを見て、ラインハルトは扱い慣れた日本刀で月華衆の少女を斬りつけ、傷口を広げてゆく。
「続けて叩き込んでいきましょう!」
 促され、月華衆の真正面からスターゲイザーを喰らわせるのは刑部・鶴来(ウェアライダーの刀剣士・e04656)だ。直撃したのを確認しつつも、どこか不思議そうに敵を見る。
「変わった敵ですね。……でもまあ、戦いの幅を広げるには良い相手かもしれません」
 鶴来は月華衆の背後に着地し、楽しげに呟く。鶴来に続き、アシュレイと克、枢も同じ攻撃を順に繰り出してゆく。
 どれだけ攻撃を当てられても無言を貫く月華衆に、克はふたたび首をかしげた。
「もしかしてこの戦闘ってカメラか何かで監視されてたりして?」
 自分の勝手な想像だけど、と付け足していたずらっぽい笑みを浮かべる。同じ疑問を抱いていたアシュレイは、ジト目のまま口元に手を当てた。
「そうですね……私が見たところ、連絡、通信、及び監視とった類いの行為はしていないようです。いまのところは、ですけど」
 と、アシュレイがそれとなく観察していた結果を告げる。とはいえ戦闘の真っ最中、完璧に確認できているわけではない。
「ふーん、そっか……。月華衆……謎の多い敵よねえ、不気味だわ」

●複製
 月華衆の少女は、おもむろに武器へと手を添えた。そのまま真っ直ぐに向かってくる少女をラインハルトは回避しきれず、放たれた攻撃をまともに受けてしまう。
 ヘリオライダーの言っていた「自分が行動する直前に使用されたケルベロスのグラビティの一つをコピーして使用する忍術」だ。ケルベロスたちが複数のグラビティを使用した場合、何がコピーするのかは使用されるまでわからないのも、厄介だといえるだろう。
「くっ……絶空斬をコピーしたようですね……しかし命中率が高いせいか、凄まじいダメージです……皆さん、気をつけて!」
 肩口を切られたラインハルトが声を張り上げ、仲間に告げる。怪我の程度を確認したまゆは光の盾を具現化して、的確にヒールを施す。
「グラビティをコピーするなんて、器用ですね。もしかして、コレクター的な方なのですか?」
 まゆの素朴な問いに、月華衆は答えない。誰の問いでも、どのような問いでも、答えるつもりはなさそうだ。
「どういう仕組みでグラビティをコピーするのかしら? ただの見様見真似ってワケじゃないだろうし」
 と、興味を抱くのは克。もちろん、答えられる者はいない。
「コピーの際に不自然な動きは見えなかったけど……」
 とエフイーは思案するも、今は撃破が優先と考え直す。急ぎバスターライフルを構え、凍結光線を撃ち出した。
 続く豊は一瞬だけ思案した後、静かに言葉を紡いだ。
「手伝いを呼ぼうか」
 現れたのは、地獄の炎でできた獣と炎の渦。大柄な犬に似た獣はラインハルトを癒やし、そばにとどまる。光る五つの目と長くしなる尾に一本の棘をもつ獣は、月華衆をじっと見つめている。
「さて、どうなるかな」
 豊は獣と月華衆を交互に見た。彼の地獄の炎がいつしか生み出せるようになった獣——これを如何にコピーし、どう再現するのか。興味津々、というように少女に目を光らせるのだった。
 ラインハルトは光の盾で自らの耐性を高め、回復を施す。次いで少女に向き直り、再び質問をなげかけた。
「あなたに命令を下したのは、どんな人なのですか?」
「……」
 やはり、わずかな動作も回答もない。まったくもって、何も読み取れない。回答が見込めないと知るや、鶴来はバスターライフルから光弾を発射した。
「まぁ、偶にはこういうのを使ってみるのも楽しいものです」
 普段はあまり使用しない武器だけに、鶴来は確実に当てることを心がけている。スナイパーということもあり、命中については心配ないだろう。また、バスターライフルを構えて狙うということすら楽しんでいるようだ。時折、狐耳がぴくりと動いている。
「コピーするのは直前のグラビティのうちの、どれか一つ……これをコピーしてくれると嬉しいのですが」
 アシュレイはチェーンソー剣を唸らせる。とたん、響き渡るのは凄まじいモーター音。アシュレイはそのまま月華衆を斬り上げて、壁に叩きつける。
「人のものをとるだなんて、とんでもない人ですね……」
 脳裏によぎるのは、自身が持つ戦った相手の力を奪う降魔の能力。それと月華衆のやり口を重ね合わせ、どこか憤りを覚えていた。
 憤りを覚えているのは、克も同じだった。ただ、その理由は——。
「遠距離武器って使い慣れないわ……」
 そう、彼女が好むの攻撃手段は「素手で殴ること」。そわそわしながらもバスターライフルから凍結光線を放てば、惜しくも回避されてしまう。
「ああもう、殴らせなさいよおおおぉ!」
 と、結果としてさらに拳で殴りたいという意欲が高まってゆくのだった。

●陽光
「手伝いを呼ぼうか」
 ふいに月華衆の口からこぼれたのは、少し前に豊が紡いだ言葉だった。無機質な音の響きは、彼女の側に炎の渦と地獄の炎でできた獣を召還する。豊が注意深く観察すると、獣の姿はラインハルトの側にいるものとまったく同じ姿をとっているのが見て取れる。
「あまりいい気分はしないね」
 自らのグラビティをコピーされた豊は、無表情に言い放った。月華衆のコピー忍術はオリジナルのグラビティすら対象とし、一切劣化することなくコピーしてしまうようだ。

 月華衆の少女は、ケルベロスたちのグラビティ攻撃を受け、そしてグラビティをコピーしながら立ち回る。今回ケルベロスたちが使用するグラビティは、あまり不利な状態を与えないものが中心となっている。この作戦により、月華衆の少女から受ける攻撃は単にダメージを与えるだけにとどまっていた。
 それでも、高い命中率を誇るポジションからの攻撃は決して生やさしいものではない。
 ラインハルトに放たれたのは、フロストレーザー。今度もまともに喰らってしまうが、それをものともせず、ひたすらに前に出続ける。その気迫たるや、手足の一、二本を持って行かれても構わないといわんばかりだ。
「手負いだからって侮らないでくださいね……手負いの狼は、虎よりも凶暴だぞっ!!」
 柄に手を添え、居合い斬りを放つ。鶴来は状況を確認し、既に使用されたフロストレーザーを撃ち込む。少女はのけぞり、したかに壁に体を打ち付ける。それでも体勢を立て直し、ゆらりとケルベロスに向き直る。
「この様子だと、まだ少し長引きそうですね」
 敵に情報が渡らないよう、鶴来は発言内容には気を遣っていた。それでも仲間と情報を共有しようと、気付いたことはこまめに口にしている。
 白熱してゆく戦闘の中で、アシュレイは不思議な感覚を覚えていた。
(「やっぱりおかしい……。戦いに勝とうという意志を感じない……」)
 月華衆にとっては、与えられた仕事のひとつに過ぎないのか。傷だらけの体で、少女は無言のままケルベロスと対峙している。
「このまま押し切りたいところだけど……!」
 枢が荒々しくゾディアックソードを振りかざせば、星座の重力を秘めた重い斬撃が放たれる。いま、ケルベロスたちは優勢だ。コピー元となるグラビティの種類がそこそこ限られ、かつ付与される効果も直接的にダメージを与えるようなものでないとなれば、いくら月華衆とはいえ長くは持たない。
「……!」
 かなりの消耗をしているのか、少女はよろめき、床に落ちていた骨董品のひとつを踏みつぶした。ぱりん、とガラス製の何かが割れる音が店内に響く。
 もはや彼女に余裕はないのだろう。エフイーはナイフを構え、刃をジグザグに変形させてゆく。次いで肉薄し、喰らわせるはナイフの斬撃。
「これでどうだ!」
「……!!」
 仮面の奥の、息づかいが止まる。エフイーの一撃を最後に、月華衆の少女は倒れ伏した。ぴくりとも動かなくなった少女にアシュレイが駆け寄り、入念にとどめをさす。
 やがて少女は砕けるようにして消え去った。
「このようになっては、降魔の拳で力を回収することはできませんね……」
「まだ何かあるかもしれないし、この場所を調べてみるよ。僕たちの情報、盗まれるわけにはいかないから……」
 枢が歩み寄り、痕跡や床を入念に調べてゆく。エフイーも共に調査を行うが、カメラやレコーダーなどを含め、持ち帰ることができそうなものは見当たらなかった。枢は胸をなで下ろし、安堵する。
 怪しいものは無いとわかったところで、ケルベロスたちは店内を見渡した。壁や床の破損、棚から落ちた商品、倒れた商品など、月華衆との戦闘によってもたらされたものが散見される。
 豊は月華衆が盗もうとしていたものや棚から落ちたものを戻しながら、ついでとばかりに目利きしてゆく。趣味に合うものがあったようで、ほう、と嘆息を漏らした。
(「なかなかに興味深い品を置いてあるね。今度買い物に来るとしよう」)
 一方、まゆは床や壁、商品を丁寧にヒールしてゆく。
「すこしメルヘンになってもだいじょぶですよねっ」
 ヒビの入っていた壁は、淡い色彩をしたレンガが埋め込まれたような幻想を帯びる。店内の雰囲気と見比べても違和感はない。もともとそのような壁であった、と言い張れそうなほどだ。
 ひととおり片付いた店内を見渡して、克が小さくあくびをした。
「ふわぁ……眠い」
 店内にある古めかしい時計は、早朝を示している。窓の外の光も、月光のそれから日光のそれに移り変わっていた。
 まゆはドアを開け、朝の光に目を細めた。そしてハンマー状の武器「Feldwebel des Stahles」を、慣れた手つきで一回だけ振り回す。
「次はしっかり振り回すからねー」
 今は亡き親友から譲り受けた大切な武器は、朝日を受けて輝く。
 全員が店から出たのを確認して、エフイーが丁寧にドアを閉める。ひとつ伸びをしたところで、木製の「CLOSE」とペイントされたプレートが揺れた。
 市街地のアンティークショップは、ケルベロスたちのおかげで事なきを得たのだった。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年4月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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