今宵、月は何を照らすの?

作者:秋月きり

 月の綺麗な夜だった。
 満月に照らされたスーツ姿の女性、夕霧さやかは自身に頭を垂れる少女に命を下す。少女の顔を覆う仮面が螺旋を描いており、その身を包む和装が忍装束と鎖帷子である事から、少女の正体が螺旋忍軍であることは明白だった。
 彼女の所属する派閥は月華衆。その手に握る日本刀に刻まれた月下美人がその証であった。
「あなたへの命令は、地球での活動資金の強奪、或いは、ケルベロスの戦闘能力の解析です。例え、あなたが死んだとしても、情報は収集できますから、心置きなく死んできてください。勿論、活動資金を強奪して戻ってきてもよろしくってよ」
 コクリと頷いた少女は次の瞬間、夜闇に紛れその姿を消す。それを見送ったさやかはニコリと満足げに頷くのだった。
 少女が標的に選んだのは街中にある宝石店だった。
 地球人犯罪者への備えだろうか。縦横無尽に張り巡らされたセキュリティも、螺旋忍軍である彼女には意味を為さない。日本刀の一閃で全ての防犯装置が無効化されてしまう。
 切り裂かれたショーウィンドウの中には、大小様々な宝石が輝いていた。その全てを風呂敷で包んだ少女はそれを背負うと、再び夜闇の中に消えていくのだった。

「再び螺旋忍軍が暗躍を始めたわ」
 ヘリポートに集ったケルベロス達にリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)が説明を始める。宝石店に忍び込み、店の商品である宝石を盗む螺旋忍軍の予知を見た、との事だった。
 なお、宝石そのものに何らかの因縁を感じなかったため、ただの金銭目的の行為だと思われる、とも付け加える。要するに地球での活動資金作りだ。
「窃盗事件の実行犯は『月華衆』と言う名前の螺旋忍軍の一派よ。小柄で素早く隠密行動を取る事が得意な集団のようね。それで、狙われているのは都内の宝石店。何重にも及ぶセキュリティで、普通の泥棒なら手も足も出ないはずだったんだけど……」
 流石にデウスエクスを退けるセキュリティシステムは設置されていない。このままでは全て無効化され、宝石や貴金属を盗まれてしまう。
「それを止めて欲しい」
 活動資金を入手させるわけにも、螺旋忍軍の被害者を出させるわけにいかないと、きっぱりと断言した。
「みんなの中には既に螺旋忍軍と交戦経験がある人もいるかも知れない。その上での話だけど……月華衆は特殊な忍術を使用するわ。それだけは注意して欲しい」
 それは、自身が行動する直前に使用されたケルベロス達のグラビティをコピーし、使用すると言うモノだった。
 特殊な忍術を使用するための制約なのか、それ以外の攻撃方法は行えないようである。よって、戦い方を考慮すれば相手の次の攻撃を特定することも可能だろう。
「あと、理由は分からないけど月華衆は『その戦闘で自分がまだ使用していないグラビティ』のコピーを優先するわ」
 だから、策さえ練っていれば十分に弱点になりうるのではないか、とリーシャは提案する。
「事件としては大きくない。でも、それを見逃す理由はない。何より……月華衆の行動は不可思議な点も多いわ。もしかしたらこの作戦を命じている黒幕がいるのかも知れない」
 だから、油断無きよう、無事解決して欲しいとリーシャはケルベロス達を送り出す。
「それじゃ、行ってらっしゃい」


参加者
生明・穣(鏡之破片・e00256)
望月・巌(花発多風雨・e00281)
織神・帝(レイヴンドマーセナリー・e00634)
八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)
深山・遼(結び目・e05007)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
クロード・リガルディ(行雲流水・e13438)
メレアグリス・フリチラリア(聖餐台上の瓔珞百合・e21212)

■リプレイ

●月下、忍ぶもの
 煌々とした満月が夜の街を照らしていた。
 青白い月明かりを浴び、夜闇に浮かぶビル群はまるで樹木の如く、街に影を落としている。
 そんな中、一人の美女が、屋上に立っていた。月明かりを背景に、ポーズを決めている。競泳水着に包まれたグラマラスな肢体を見せつける様は、彼女そのものが輝いているようでもあった。
「べべんべん! さぁさ、皆様お立ち会い! 今宵、この時、始まりますのは、地獄の番犬と螺旋の忍との夜闇切り裂き、白刃奔る、暗闘暗躍捕り物劇! 勝負の行方は如何なるものか? 月華忍法帖――いざ開幕!」
 名をメレアグリス・フリチラリア(聖餐台上の瓔珞百合・e21212)と言った。月華衆の活動を妨害すべく、派遣されたケルベロスの一人である。
 そして、彼女は自身の宣言と共にその視線を遥か下方に位置する宝石店へと走らせる。
 その視線の先には、今まさに、窃盗を終えた月華衆の少女が、店を後にする光景が展開されていた。

 闇夜に消えるはずだった少女はしかし、日本刀を抜き、仮面越しの視線を路地へと向ける。
 誰何の声は上がらない。そこにいる敵の存在は、螺旋忍軍としての感覚が痛いほど伝えて来ていた。
「美少女とくノ一とにゃんにゃんするですよ?!」
 路地から飛び出てきたのはサキュバスの青年、八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)が放つ飛び蹴りだった。紙一重でそれを回避した少女は、後方に大きく跳躍すると、月下美人の刻まれた日本刀を逆手に構える。獣を思わせる低い姿勢に呼応し、長いポニーテイルが尻尾のように揺れた。
 少女を取り囲むケルベロス達は総勢七名。三体のサーヴァントを含む十の影による有無を言わない強襲だった。
「賤しい盗人風情が!」
 鋭い口調の織神・帝(レイヴンドマーセナリー・e00634)が東西南北に続けと飛び蹴りを放つ。流星の煌めきを纏った蹴りを日本刀で受けるもの、その勢いを殺しきる事は出来ず、少女は壁に叩き付けられる結果となった。
「……流石一人で来るだけはある。腕は、確かなようだな」
 賞賛の言葉を述べる深山・遼(結び目・e05007)もまた、同じく流星の煌めきを纏った蹴りを少女に見舞う。日本刀でそれを受け流し、弾き飛ばされたその刹那、受け身を取り立ち上がる。その動きは、彼女が熟練者であることを感じさせた。
 とは言え、それは不死の侵略者たるデウスエクス。見た目通りの年齢とは限らないが。
「月華衆、な。俺も名に月があるんで、ちょっぴり親近感を覚える訳だが」
 少女に肉薄した望月・巌(花発多風雨・e00281)が見舞う蹴りもまた、流星の煌めきを伴って。自身の自宅たる惑星、地球を荒らす奴は自宅警備員として許せないと、鋭い蹴りが少女のこめかみを捉える。
 構えた日本刀に阻まれ、少女への有効打となり得なかったが、それは次に繋ぐための牽制。
(「ジョー!」)
 そして相方である生明・穣(鏡之破片・e00256)に視線を向け、頷く。名を呼ばずとも心得たとばかりに眼を細め、少女の背に回り込んだ穣の蹴りは少女の身体を天高く舞わせた。
 そこに待ち受けるのは、ビルの屋上から跳躍したメレアグリスの蹴りである。自由落下による重力を纏った蹴りはしかし、月華衆の少女もまた、蹴りで応戦する。
「――な?!」
 螺旋忍軍の面目躍如、と言ったところか。
 メレアグリスの脚そのものを足場とし、高く跳躍した少女は再び地面へと降り立つ。幾多も重ねられたケルベロス達の蹴りは大して効いていないと、平然とした仕草が語っていた。
「少女の姿をした敵とはやり辛いんだがな……」
「使い捨て任務なんて螺旋忍軍は大変ですね。同情は特にしませんので、きっちり倒されてください」
 一呼吸置いて放たれたクロード・リガルディ(行雲流水・e13438)の剣戟と、カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)の炎を纏った蹴りが少女を襲う。
 咄嗟に構えた手甲により、その双方とも阻まれたが、燃えさかる炎と痺れすら残す痛撃は、一瞬、少女の動きを止めさせた。
「これが、ケルベロスの、グラビティ」
 螺旋の仮面の奥から零れた言葉は、賞賛でも感嘆でもなく、ただの事実の確認。
 そんな素っ気ない口調に全てを悟る。
 ヘリオライダーが告げた、月華衆の持つ特殊な忍術。使用されたグラビティを模倣し、自身のものにする特技。
 ――覚えられた、と。
「い、いざと言う時はボクを踏み台にしてください?!」
 炎を纏った蹴打からメレアグリスを庇った東西南北が焦りにも似た声を上げる。
 蹴りを受け止めたゲシュタルトグレイブは、まだ消えぬ炎を纏い、それを握る指先に火傷の痛みを伝えてくる。
(「――流石忍術。出鱈目だ!」)
 少女が履いている靴はエアシューズではない。ただの草履である。少なくとも、そう見える。それを神速とも呼べる速度で地面と擦過させ、炎を起こしたのだ。如何なるグラビティであろうと模倣する、との言葉に偽りは無さそうだった。 
 そして、特筆すべきはそれだけではなかった。
「賤しい盗人風情と思ったが、賢しい処もあるのだな」
 躊躇いなく、メレアグリスを狙った姿勢に帝はふんと鼻を鳴らす。メディックであることを看過したのか、それともケルベロスの中で最も経験の浅い者と悟ったのかは判らない。優先して排するべきは彼女と矛先を向けてきた。だが。
「一筋縄では行きそうにないのぉ」
 感嘆にも似た言葉と共に、赤茶色の瞳が面白そうに細められた。

●破綻の影
 少女が右手から放つ黒き影は大きく口を開け、穣のサーヴァント、藍華を飲み込む。その顎ががきりと閉じられた瞬間、実体を維持できなくなったウイングキャットの小さな身体は、粒子へと転じていく。
「――っ?!」
 少女の洗練された動きに唇を噛みながら、放たれた穣の蹴りは少女を捉え、その小柄な体躯を壁に叩き付ける。
 一拍遅れて叩き付けられるカルナの蹴りを受けながら、しかし少女は再び立ち上がり、仮面越しの視線でケルベロス達を一巡する。
(「――くっ」)
 この期に及んでも、彼女は観察していた。ケルベロス達を。自らの敵の動きを。
 彼女の動きを、そして仲間達の動きすら観察していたクロードは、少女の仮面越しの視線の交わりに、小さく呻く。
 悟ってしまった。ケルベロス達が犯した二つの失態を。それがクロードの内心をざわめかせる。
 一つは自身らの攻撃が見切られる事を恐れる余り、交互にグラビティを使用した事。即ちそれは、全てのグラビティを模倣する彼女にも見切りを発生させないと言う結果に他ならなかった。
 そして、完全に連携が取れていない事。攻撃を絞らせる皆の考えは一致していた。だが、全員が全員、それを行動に移せていなかった。それ故に、月華衆の攻撃を完全に絞らせる事が出来なかったのだ。
 一つ一つは小さな綻びだった。だが、それが幾多も重なれば、策の決壊を招く。
「さらばくノ一とにゃんにゃんする夢!」
「決着を付けさせていただきますよ!」
 東西南北の放つ飛び蹴りとカルナの蹴打を受けた彼女は、その衝撃に吹き飛ばされるままにケルベロス達から距離を開け、ぐるりと視界を巡らす。
 今が潮時と考えているのは明白だった。
 だが、ケルベロス達もそれを許すつもりはない。
「窃盗も、他人の研鑽を真横から容易く奪うその行為も、許すつもりはないわ」
 逃さぬとばかりに飛びつく帝の蹴りは、少女の細い身体に突き刺さる。呻き、踏鞴を踏む少女に、遼の蹴りと、彼女のサーヴァント、夜影の炎を纏った体当たりが炸裂し、少女の小柄な体躯は木の葉のように宙を舞う。
 そのまま、壁に着地した彼女は、まとわりつく炎を握りつぶし、肉食獣のように飛ぶ。全身のバネを使ったその跳躍は、ネコ科の獣を想起させた。
 その狙いはメレアグリスが治癒を施す巌だった。
「うぉ?!」
 大げさな声を上げ、巌が飛び退く。その彼を足場に、少女は更に跳躍。夜闇に紛れ、消えてしまう。
「逃げられました?!」
 東西南北の狼狽えた言葉に、しかし、巌はニヤリと笑って応じる。
「――いや、まだだ」
 視線は遥か上空。いつの間にか飛び上がった相方が、ビルの壁面を足場に、日本刀を構えていた。
「君には、任務を完遂させてあげる気はないんだ」
 同情にも似た言葉と共に、穣の日本刀が煌めく。月光を思わせるその斬撃は、虚空を切り裂く。その軌跡は、夜闇に紛れ、逃亡を開始した少女の身体を袈裟斬りにしていた。
 彼女の任務が哨戒であるなら、いつかは逃亡に移る事は読めていた。そして、その兆候はあった。
 ならば、ワザと隙を作り、逃亡経路を絞る事で、少女の捕捉も可能。
「――?!」
 身体を切り裂かれた少女はしかし、次の瞬間、自身の応援動画を壁に投影、今し方受けた傷を癒しながら自分自身を奮い立たせる。
「いや、本当に何でもありですね!」
 螺旋の仮面から放たれた光が移すそれを目の当たりにした東西南北の突っ込みに答えはなく。
「逃がすつもりはない」
 再び逃走の構えを取る少女に、クロードのブラックスライムが食らいつく。
 ――この場で決着を付ける。何かと無関心に見えるその顔には強い意志が宿っていた。

●忍びの終焉
 少女の動きには焦燥が見えていた。
 一度は逃走に成功したと思えた行動はしかし、ケルベロス達によって誘発されたもの。続く逃走への試みはしかし。
「簡単に逃げられるとは思わない事ね」
 自身のサーヴァント、夜影に跨った遼によってその道を阻まれる。その背後で、ウォンテッドを使用した巌が、自身の作成した手配書をひらひらと振っていた。
 本気で逃げに転じた螺旋忍軍を捕らえる事は、如何にケルベロスと言えど困難だ。だが、困難と言えど、方法が皆無と言う訳ではない。その方法についてはケルベロス達も心得ていた。
 そして少女は悟る。
 彼らが逃亡を許すつもりはないのだと。
「そろそろ終わりにしようかの。……これは返して貰うぞ?」
 飛び出た帝が狙う蹴りは、少女ではなく、その背に負われた風呂敷。弾き飛ばされたそれは空中で大きく弧を描き、メレアグリスの手の中に収まる。
 ぽすんと受け止めたそれを抱えた彼女は、挑発的な笑みを浮かべる。
「あららー、任務失敗かなあ? どうする? 手ぶらで帰るぅ? それとも一矢報いちゃう?」
 無論、答えは後者だった。
 無言で少女は日本刀の斬撃をケルベロス達に繰り出す。真っ向からそれを受け止めた東西南北のゲシュタルトグレイブが火花を散らした。
「踏まれてなんぼの八王子東西南北です!」
 その宣言に仮面の奥で少女が眉をひそめた気がしたが、それは無視。
 二合三合と積み重なる斬り合いは、手数の勝るケルベロス達の優勢に運ばれていく。
 そして、崩壊の時が刻まれる。
 煌めく流星の蹴りは再三、少女の身体を吹き飛ばし。
 荒く息を吐く少女を待ち受けていたのは、カルナが纏う『死』の気配だった。
「それでも、この情報は螺旋忍軍に伝わってしまうのですよね」
 少女の死と、ケルベロス達の受ける被害を想い、彼は少女の細い首筋へ、その刃を振り下ろす。
 斬撃を受けた少女は地面へと叩き付けられ、二度三度の痙攣の後、動きを止める。
「忍者は倒されると爆発四散するって聞いたのですが……」
 光の粒子へと転じていくその身体を見送り、ほっと息を吐くのだった。

●月の下で映すモノ
「ひぃ、ふう、みぃ……。大丈夫です。全て揃っています」
 深夜にも関わらず、メレアグリスによって呼び出された宝石店のオーナーはしかし、ケルベロス達が商品を守った事を知ると態度を好意的なモノに転じ、協力の姿勢を見せていた。
 目録と照合しながら、受け取った宝石類に不足がない事を確認すると、ケルベロス達にぺこりと頭を下げる。
 幸い、店の方はセキュリティの斬られた程度の被害しか無く、それならばヒールも必要ないとケルベロス達を送り出したオーナーはおそらく、これから保険での保証や今後の警備の見直しなど、奔走する事になるのだろう。だが、それは別の問題だ。
「ま、お疲れさんだな」
「いや、まったくだ」
 互いに労い、帰路につく仲間を見やり、そして東西南北は後を振り返る。
 月光輝く摩天楼の下、月華衆の少女は散った。その陰謀はケルベロス達によって阻まれた。
 しかし。
(「これからどんどん強敵が現れるんだろうなあ……。やだなあ、怖いなあ」)
 それでも彼は地獄の番犬である。恐怖よりも優先するものがある。
 地球の平和を守る事を誓う彼に仲間達から帰宅を促す声が届く。
 夜闇を裂くヘリオンの音が次第に近付いてきていた。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年4月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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