月夜の語り部

作者:秋月諒

●夕霧さやかと月華衆
 薄闇に女の声がしていた。艶やかな黒髪を闇に靡かせ、夜の街を見下ろす女は告げる。
「あなたへの命令は、地球での活動資金の強奪、或いは、ケルベロスの戦闘能力の解析です」
 応じる声の代わりに、背後に影が落ちた。気配無く降り立った影は、結い上げた髪を靡かせる。見目こそ少女のそれでいて、だがその表情は仮面に覆われて伺えない。それ自体、女は気にするつもりなど無いのか、ただ淡々と告げた。
「あなたが死んだとしても、情報は収集できますから、心置きなく死んできてください。勿論、活動資金を強奪して戻ってきてもよろしくってよ」
 少女ーー月華衆の一人は無言で、女の言葉に頷いた。

●月華は征く
 音も無く少女はガラス張りの廊下におりたつ。本来ならば高く、足音が響くように作られた床も月華衆の少女には何の意味も成さないのだろう。花の宝石箱をうたうボードを横目に、少女はセンサーを落とす。監視カメラを無効化すると、少女は流れるようにショーケースを開いた。
「……」
 桜に、桃。
 藤に、蓮と言った花の名をつけられた指輪やネックレスがそこには並んでいた。月華衆の少女は、手早くそれらを袋に詰め込んでいく。無造作に選ばれた金品を一頻り詰め込むと、風呂敷に包んで背負う。
「……」
 月華衆は床を蹴る。艶やかに美しいガラス張りのその床を。
 去る時さえも音もなくーー数分の後、漸く辿り着いた警備員が見たのは多くの金品を失った宝石店の姿であった。

●月夜の語り部
「皆様、お集まりいただきありがとうございます」
 レイリ・フォルティカロ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0114)はそう言って、集まったケルベロス達を見た。
「既にお聞きの方もいるかもしれませんが、螺旋忍軍により金品を強奪する事件が起きようとしていることが判明しました」
 強奪される金品は、そう特別なものではない。狙われるのは一般的な宝石店だ。
「地球での活動資金にするつもりと思われます。また、この事件を起こしている螺旋忍軍は、『月華衆』という一派のようです。小柄で素早く隠密行動が得意な螺旋忍軍であると情報が来ています」
 レイリはそこまで言うと、真っ直ぐにケルベロス達を見た。
「このまま見逃すわけにはいきません。月華衆の活動を阻止してください」
 戦いの場となるのは、花の宝石箱という宝石店だ。桜に桃、富士に蓮と言った花をモチーフにした指輪やネックスレスを扱う店だ。裏口から入り、店内の宝石を奪った後に月華衆は逃走する。
「逃走経路については、中庭を経由することが分かっています」
 宝石店の中庭は、表のビル群を隠すように高い壁がある。この壁を超え、月華衆は逃走していくのだ。
「壁がある分、ちょっとの足止めにはなりますから。皆様にはこの中庭で月華衆を迎え撃っていただきます」
 正方形の中庭だ。
 植えられた木々の他に、戦いに問題となるようなものはない。
「次に月華衆についてです。敵は月華衆一体。月華衆は特殊な忍術を利用します」
 それは、自分が行動をする直前に使用されたケルベロスのグラビティの一つをコピーして使用する忍術だ。
 これ以外の攻撃方法は無いらしく、戦い方によっては、相手の次の攻撃方法を特定するような戦い方もできるだろう。
「それと、理由は判明していませんが、月華衆は『その戦闘で自分がまだ使用していないグラビティ』の使用を優先するようです」
 理由は分からないがーーひとつ、情報として知り得ているのであれば有利に戦う為に使えるはずだ。
「螺旋忍軍は、正面から戦いを仕掛けてこない分、厄介な敵かもしれません」
 一つ息を吸い、レイリはそう言った。
「この一件、見逃すべきではないでしょう。なにせどーにも月華衆の行動には不可思議な点も多いですから」
 もしかしたら、とレイリは顔をあげる。
「この作戦を命じている黒幕がいるのかもしれません。……ですが、今はまず宝石店での月華衆討伐をお願い致します」
 真っ直ぐにケルベロスたちを見ると、レイリは「では」と笑みを見せた。
「行きましょう。皆様に幸運を」


参加者
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)
ティクリコティク・キロ(リトルガンメイジ・e00128)
泉賀・壬蔭(紅蓮の炎を纏いし者・e00386)
星祭・祭莉(ムーンライダー・e02999)
斎・時尾(レプリカマリオネット・e03931)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
カティア・アスティ(憂いの拳士・e12838)
月城・樹(ケルベロスの鎖・e17497)

■リプレイ

●闇に潜みて
 夜の底に風が吹く。
 街中を駆け抜ける風が電線を揺らせば、空が唸った。長く伸びた街路灯の明かりを目の端に、ケルベロス達は宝石店の中庭を囲む壁の上から、裏口へと視線を向ける。
(「きれいな、アクセサリー、たくさん、あるんだろう、なぁ……。……普通の、女の子として、来たかった、な」)
 宝石店の中庭へと続くどの通路も綺麗なものだ。窓ガラスには罅一つない。カティア・アスティ(憂いの拳士・e12838)は、そっと息をつく。
(「人のものを取るのはいけないんだよ!ボクは泥棒さんを懲らしめて、「めっ!」するんだからね!」)
 きゅ、と星祭・祭莉(ムーンライダー・e02999)は唇を引き結ぶ。ふい、と顔をあげたウィングキャットのデルタに、少女はこくりと頷いた。
「頑張ろうね」
 頭を撫でれば、頷くようにデルタは鼻先をあげた。
(「月華衆の能力は少々気になりますが……はてさて彼女等は一体何をする心算なのでしょうね」)
 夜の闇に髪を靡かせ、藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)は小さく息を吐く。その時だった。沈黙を保っていた中庭に一際濃い影が落ちる。薄暗い中庭といえど、人一人、現れればその色も変わる。着地は音もなく、背に風呂敷袋を背負った少女が薄暗い庭に立つ。
 それが、始まりの合図となった。
 カチ、と一斉に、明かりがつく。
 用意したランプに明かりが灯る。は、と顔をあげた少女の顔がーーその仮面がサイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)の目にしっかりと映る。
「——」
 目があった、と感じたのは一瞬。月華衆が身を飛ばすよりも早く、サイガは光源用ハンズフリーライトを点灯した。
「!」
 目眩しの光に、月華衆は仮面を覆うように手を前に出した。一瞬、生まれた隙にケルベロス達は壁を蹴って飛び降りる。
 翼を開き、ふわりと降り立つ者。
 空を蹴り音も無く着地する者。
 そのどちらも向かう先は1つであり、一瞬生まれた隙さえあればーー踏み込むには十分だ。
 夜の底を蹴り上げて、落ちる体と一緒に泉賀・壬蔭(紅蓮の炎を纏いし者・e00386)が中庭へとランタンを転がせば、薄暗い中庭に光が生まれた。夜の底へと消える筈だった螺旋忍軍の少女をケルベロス達は壁から遠ざけるように包囲する。ざ、とそこで初めて、月華衆が足音を残した。
「……」
 少女が背負った風呂敷を中庭に落とした。夜の底、照らし出された中庭の空気がーー変わる。

●月華の少女
 流れるような動作で腰の武器を手に取る月華衆に、壬蔭は身を前に飛ばす。照らし出された中庭で、一気に距離を詰められた事実に月華衆が刃を前に構える。
(「宝も技も何も取られたくないんでね……」)
 だがそれよりも壬蔭の腕の方が、早い。
 聖なる左手で月華衆の腕を掴み、引き寄せた相手を壬蔭の漆黒の拳がーー穿つ。
「こっちだ」
「ーーっ」
 衝撃に僅かに体を浮かせ、だが身を傾けるようにして押し止まった月華衆に焦りのようなものは見えない。
(「物真似は厄介だけど、それしかできないなら逆手にだって取れるはず。何を企んでるか知らないけど、打ち砕いてやる!」)
 ティクリコティク・キロ(リトルガンメイジ・e00128)のリボルバー銃が火を吹く。銃弾は庭で跳ね、跳弾した弾丸が月華衆の腕を撃ち抜いた。
 その衝撃に、けれど月華衆から上がる声は無い。踏みとどまる足の代わりに、ぐん、と顔を上げ螺旋の仮面がこちらを向く。
 じゃらり、とサイガは猟犬の鎖を伸ばす。振り上げたその腕で、空を舞った鎖が向かうのは月華の忍。
 より強く、より生に足掻く方が勝つ。
 月華衆へ同情等なかった。
(「生気無く使い捨ての駒」)
 それはどこか己を重ね見るからこそ、真摯に殺りにいく。
「——」
 夜を往く青年の鎖が月華の忍びを締め上げる。その衝撃に、ピシ、と軋む音だけが響く。声ではないそれは、仮面の音か。ぱた、と落ちる血をそのままに、ぐん、と跳ねるように月華衆は顔をあげる。
「!」
 は、と顔をあげた月華衆に、景臣のファミリアが駆ける。青い駒鳥の魔力を帯びた羽ばたきが強かに忍びを撃てば、続けざまの攻撃に月華の忍びが蹈鞴を踏む。外した眼鏡を指先に、景臣はおっとりとした様子のまま告げる。
「宝石も花も、愛でる方の元にあるからこそ輝くものですよ」
「——」
 帰る声は無くーーだが、這うような視線だけは強くあった。言ってしまえば『観察』の言葉がよく似合う。
「夜の外は苦手……なんて言ってられませんね」
 月城・樹(ケルベロスの鎖・e17497)は静かに息をついた。
「月華衆や螺旋忍軍ともなれば、尚の事その企みは潰さなくてはいけませんね」
 じゃらり、と手にした鎖を樹は月華衆へと向けた。
 猟犬の鎖は、夜の空に弧を描く。迫る一撃に、顔をあげた月華衆へと祭莉はその手を向けた。
「デルタさんは清浄の翼で前のみんなをお願い」
 デルタの翼が淡く輝き、ボクは、と祭莉はその手からオーラの弾丸を放つ。
「泥棒さんはダメなんだよ。相手の能力をコピーするなんて、ボクたち鹵獲術士の商売敵だし、させないよ」
 一撃と共に、樹の鎖が絡みつく。締め上げる一撃に併せ、踏み込んだカティアの拳が沈む。
「——っ」
 ゴウ、と唸る一撃に、月華衆は蹈鞴を踏む。殺しきれぬ衝撃に、併せて踊ったのは斎・時尾(レプリカマリオネット・e03931)だった。
「……」
 ビハインドの一刀の指示の元、少女はまるで操られるように猟犬の鎖を放つ。一刀の示すその先、月華衆へと向けて。
「そう」
 絡みついた鎖を、打ち込まれた一撃、一撃をその身にただただ受けていた月華衆が声を放つ。
「……」
 空気が変わった、とサイガは思った。
「来ますか」
 ゆったりとひとつ告げ、景臣は腰の斬霊刀に触れる。
「収集、完了」
 少女の声が低く、落ちる。
 同時にひた隠しにされていた敵意が一気に解き放たれた。刃を手に、始まりを告げるように月華衆は言った。
「処理を開始する」

●鍔
 跳躍するように月華衆は身を前に飛ばした。向かう先はーー壬蔭だ。ぐん、と一気に詰められた距離と同時に月華衆の拳が光る。受け流すにはーー相手の動きが早い。
「セイクリッドダークネス」
 言の葉ひとつ、引き寄せられた体が闇の拳に撃たれた。衝撃が、全身を襲う。
「——っ」
 追撃の効果を得て、落ちた衝撃に蹈鞴を踏む。それでも息ひとつ吐くだけに壬蔭は顔をあげた。
「コピーだけしか使わないんだってな……此方のグラビティーを解析自分達へ還元するつもりかな?」
「答える必要などない」
 淡々とした様子で返る言葉に、そうですか、と声がひとつ落ちる。
「——」
 たん、と踏み込む接近をまず先にして。
 螺旋の込めた掌で、樹は月華衆に触れる。
 ゴウ、と夜の闇を衝撃が震わせる。く、と月華衆は息を詰める。
「真似されるのは厄介……ではありますが、『魔法』対策していますからね。さっさと終わらせましょう」
 月華衆はその特異な術を使用するが故に、敵とする相手の攻撃に依存するのだ。叩き込むこちらの一撃を以って月華衆の動きをある程度絞ることができる。
 対策として、ケルベロスたちが選んだのは攻撃の属性を選ぶということだった。そして、その属性に対し自分たちは対策を用意する。選んだのは魔法の術。そしてこの身に刻み、纏ったのは魔法への耐性だ。
 鋭く、早く、月華衆が一撃を返してきてもーーその一撃を、真正面から受けたとしてもケルベロスたちの負う傷は多くは無い。
 相手の攻撃を『使う』ことが出来るのは何も敵だけではない。
 敵の姿を視界に、ティクリコティクは壬蔭を見た。
「回復しますね」
 懐からメスを取り出せば、回復、とひとつ月華衆から声が落ちる。向けられた視線はーー殺気か。意識ひとつ、向けていた相手にけれど構わずティクリコティクは治療を始める。
 するりとひとつ、前に出される祭莉の手を見たからだ。
「ペトリフィケイション」
 古代語の詠唱が静かに響く。
 次の瞬間、収束された魔法の光線が月華衆へと向かう。身を横に飛ばし、避けようとした忍の間合いへと踏み込んだのはサイガだ。
「——!」
 息を飲む忍びに突き出されたのは拳。
 一撃に乗るは、研ぎ澄まされた降魔の魂。ただそれのみを刃として拳は月華の忍びに沈む。
「キラキラはイイよな、お互い似合いやしねえが」
「は」
 ひゅ、と息を飲む音と同時に、僅かに笑うような声が落ちた。ぐらと身を揺らす月華衆が足を引く。構えた刃は一撃返すためか。振り上げ構えようとした瞬間ーー光が生まれた。
 放たれたのは無数の魔法の矢。景臣の解放した一撃だ。
「……邪魔を」
 低く、落ちた声と同時に叩きつけられる殺気に景臣は腰の刃に手をかける。一撃を受け流すためだ。さすがに全てとはいか無いが、相殺できるものもーーある。
「……それにしても敵とは云え少女の見目とは実にやり難い」
 娘を持つ景臣としては、気になるところではあった。
「然し可哀想だなんて思った瞬間うっかり首を落とされかねません」
 ふふ、と男は息を吐く。
「そうならぬ様に気を引き締めていかねば。僕も未だ死にたくはありませんからね」
 ゆったりとしたその雰囲気を纏うまま。戦場となった庭へと目をやった。包囲網は既に完成している。前衛による包囲に加え、中衛、後衛がさらに包囲する形で作り上げた二重包囲に月華衆も気がついてはいるのか、放たれた鎖を避け飛び、武器を低く構えて声を零す。
「問題無い。全て処理すれば同じこと」
「……」
 その声に、時尾の手が向けられる。オーラの弾丸が、空を切り裂き月華の忍へと届く。その「処理」など果たさせはしないと。

●光となれば
 駆ける足音が夜の庭に響く。照らし出された戦場に光が弾けた。放たれたオーラの弾丸を拳で打ち消し、踏み込んだ壬蔭の咆哮が響く。魔力の籠められたその声はーー力だ。
 空に唸り響く咆哮に、次の一撃をコピーしようとした月華衆の指先が止まる。
「——っ」
「自分達の技なんて使わなくても問題ないのか……それとも、他に理由があるのかな?」
 かけた声に反応は無い。代わりに、間合いを取り直そうとした忍にカティアが踏み込む。
「……いき、ます」
 前衛として、と踏み込んだカティアの拳が音速を超える。踏み込みと同時に、放つ一撃にあわせ指先示したのは時尾のビハインドだ。
「……」
 操られているかのように時尾が踏み込めば、触れるのはレプリカントの指先。放たれるのは痛烈な一撃だ。
 ガウン、という音が戦場に響いた。
「……くっ」
 今度こそ大きく、月華衆は身を揺らす。蹈鞴を踏んだ忍の視線がこちらを向く。仮面の下、表情は伺えぬまま殺意だけが濃度を増す。
 光散る戦場は、ケルベロスたちの有利に進んでいた。耐性を整え、敵の攻撃を軽減させる戦法に囚われた今、月華衆の言う処理は果たされていない。ケルベロスたちの刻み込んだ制約によって動きも随分と鈍くなってきていたのだ。一撃を叩き込み、時に返されながらもケルベロスたちはコピー技を打ち砕く。己の刃で、拳で、時に踊るように光弾を交わしーー踏み込む。
 放たれた咆哮を抜き払う刃で以って打ち払った景臣の肩口、ファミリアの駒鳥が飛ぶ。
「く」
 呻く声ひとつ、た、と距離をとった月華衆がオラトリオヴェールを発動する。
「回復しても……」
「より多く殴りゃいいだけだ」
 祭莉の声に続き、サイガもそう言った。いきます、とカティアが地を蹴り、時尾がゆらりと操られるように動く。
「続けていくよ!」
 祭莉の気咬弾が届けば月華衆の体が大きく傾いだ。
 追い詰めてはいる、と祭莉は思う。敵に逃走の様子は無い。このまま、逃げるつもりはないのか。元よりその選択肢が無いのか。
「全て処理するだけのこと」
 月華衆は、ぐん、と顔をあげる。キュアを得て、幾分か身軽になった月華衆が再びコピー技を狙う。その間合いに樹が踏み込んだ。
「お前、遅いんだよ」
 感情が高ぶり、荒々しい言葉が樹の唇から溢れる。は、と笑う娘の首輪が音を鳴らせば、月華衆の手元に光が集まる。
「処理する」
 ゼロ距離から放たれるのは無数の魔法の矢。だが、それが樹に届くよりも早く壁役の景臣が踏み込む。
「させないよ」
 一撃、受け止めればその後ろからティクリコティクの跳弾射撃が月華衆を撃ち抜く。刃持つ手が血に染まり、向けられた殺意に少年は次の一撃を用意する。あと少しで、この戦いが決まる、そう思ったからだ。ピリ、と痛む指先を今はおいて、戦場を見る。ケルベロスたちにも傷はあった。だが重ねた対策のお陰で大きな傷を受けている者はいない。ティクリコティクの細かな回復も良かったのだろう。敵を引きつけるように動く壬蔭と前衛陣——中でもディフェンダーの傷はあったが、戦うのには問題は無い。
 光を散らし、戦場は加速する。
「おばさーん。見てるんだろそろそろ自ら出てきたら? 無理か……歳で体動かないし……」
 穿つ拳を叩き込み、煽るように壬蔭は声をあげる。だが夜の街に第三者が現れる気配は無い。
「全て、処理を……!」
 蹈鞴を踏み、ばたばたと血を流しながらそれでも処理と告げる忍が刃を握る。手を前に、月華衆の放つペトリフィケイションが狙ったのは踏み込むサイガだった。
「お前から片付ける」
「そうか」
 ——だが、一撃をその身に受けながらも男はその腕を振り上げた。
 じゃらり、と鳴るのは猟犬の鎖。
「残念。どうやら俺のが生きてぇらしい」
「!」
 反撃ひとつ、叩き込むように鎖が月華衆を締め上げた。一撃に、ぐらり、と忍は揺らぐ。手から武器が落ちる。次のコピーにか、作り上げられていた駒鳥が搔き消える。
「任務、失敗……」
 掠れるような声を最後に月華衆は夜の庭に崩れ落ちた。

 パキン、と仮面にヒビが入る。その音を最後に倒れた忍の死体は消えた。ひゅう、と夜の空に風が戻ってくる。デルタを撫でて労わりながら祭莉はぐるり、と中庭を見渡した。
「おっきく壊れた所はなかったけど、いろいろ直していこ」
「あぁ。修復して帰るぞ」
 置いていたビデオを回収し、壬蔭も頷く。
 ヒールの淡い光が中庭を癒していく。持ち込んだあかりのお陰で、夜でも随分と明るい。癒しの光の中、思い出したようにティクリコティクが言った。
「施術痕、痛みませんか? ……あぁ、よかったぁ。実はやるの初めてだったんです」
 サラリととんでもないことを言う少年に、思わず傷を見たのは誰だったか。風呂敷袋の上、転がった宝石の汚れをサイガは拭う。
「……」
 月に翳しみれば、覗き見えるのは真紅の夜空。ルビーの作り出した景色の中、風が止む。
 月華衆との戦い。
 その奥に潜む何者かの気配を感じながら、それでも確かにひとつ得た勝利を祝福するように夜の星が輝いていた。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年4月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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