マネマネ月下美人

作者:そらばる

 彼女の仕事は、データ収集。
 このたび、調査は新たな段階へと移行する。
「あなたへの命令は、地球での活動資金の強奪、或いは、ケルベロスの戦闘能力の解析です」
 一見OLらしき黒ずくめの女の唇は、美しく弧を描いた。
「あなたが死んだとしても、情報は収集できますから、心置きなく死んできてください。勿論、活動資金を強奪して戻ってきてもよろしくってよ」
 酷薄な主命に、しかし螺旋の面を被き、膝をつく小柄な少女は、無言で頷いた。

●月下の侵入者
 深夜、寝静まる資産家の豪邸に、螺旋忍軍の少女はひっそりと忍び込む。
 月下美人の刻印の武具を携える者――月華衆の一員である。
 防犯システムは用を成さない。人けのない屋敷の奥へと、悠々と侵入を果たす。
 月光差し込む書斎にたどり着き、目的の金庫をこじ開ければ、中には色とりどりの宝石と、山型に積み上げられた金の延べ棒。
 中身を確かめ、少女は小さく頷くと、金庫の前に両膝をつき、バサッ、と、唐草模様の風呂敷を敷き広げた。

●マネマネ忍術使い、現る
「こたびは螺旋忍軍の一件にございます」
 戸賀・鬼灯(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0096)が語る。
「螺旋忍軍は『月華衆』なる一派が、とある資産家の邸宅に忍び込み、金品を強奪する事件を起こさんとしております」
 屋敷は関東郊外に存在する。防犯対策は完全にセンサーやカメラなどの機械に頼っており、螺旋忍軍の侵入に抗う術はない。もっとも、巡回の警備員などがいれば、螺旋忍軍に殺されてしまうだろうから、その点では不幸中の幸いとも言える。
 金庫が存在するのは屋敷の主人の書斎。強奪されるであろう金品は、風呂敷ひと抱え程度の金銀財宝。どれも特別曰くのあるような品ではないので、単純に地球での活動資金に充てるものと推測される。
 『月華衆』は小柄で素早く、隠密行動を得意とする一派らしい。全員が女性であり、似通った体格を持ち、揃いの制服で活動している。今回現れるのはその一人だ。

「この月華衆ですが、特殊な忍術を利用いたしますゆえ、ご注意ください」
 特殊な忍術とはすなわち、『自分が行動をする直前に使用されたケルベロスのグラビティの一つをコピーして使用する』という変則的なものである。
 それ故、初手はケルベロス達の攻撃を待って、何もしない。次の手番からは、ケルベロス達が前の手番に使用したグラビティの中から、一つを選んで反撃してくる。武器や種族に寄らない、個人固有のグラビティもコピーしてくるという。
 一事が万事、この戦法しか使用してこない。戦い方を工夫すれば、次に来る攻撃を特定する事も可能だろう。
「また特筆すべきは、『その戦闘で自分がまだ使用していないグラビティ』の使用を優先する点でしょう。この行動の理由は不明ですが、これを踏まえれば、万事を有利に運ぶ事も、不可能ではありません」
 そう試算しつつも、鬼灯は少し思案げに眉をひそめている。
「……月華衆の行動には、解せぬところも散見されます。もしかしたら、こたびの作戦には、何者かの意図が裏に介在しているやもしれません」


参加者
烏夜小路・華檻(夜を纏う・e00420)
トエル・レッドシャトー(茨の器・e01524)
イピナ・ウィンテール(四代目ウィンテール家当主・e03513)
斎藤・斎(修羅・e04127)
アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)
四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)
ジェニファー・キッド(銃撃の聖乙女・e24304)
クオン・ライアート(緋の巨獣・e24469)

■リプレイ

●潜入忍者包囲網
 屋敷は静まり返っていた。監視カメラやセンサー類、機械達の息づくような低周波だけが、ジリジリと闇夜の底を這っている。
 月華衆の少女は、小柄な体と素早い身のこなし、そして技と術の粋を活かして、全てのセキュリティを見事に掻い潜っていく。彼女にとっては容易い仕事だった。……書斎に潜り込むまでは。
 足音を殺して室内に忍び込み――半ばで、ぴくりと体を揺らし、足を止めた。
 闇に潜み、取り囲む気配が、複数。
 カチリ。小さなスイッチ音と共に、室内灯が一斉に通電した。闇に慣れた目には痛いほどの光量が、煌々と書斎全体を照らし出す。
 気配は、八人の人影に置き換えられ、すでに月華衆を包囲していた。
 事前に待ち伏せていた、ケルベロス達だ。
「ここで仕留めさせて頂きますね。貴方には、できれば何も差し上げたくないですから」
 諸々を省いて、斎藤・斎(修羅・e04127)は単刀直入に臨戦態勢を取る。
 敵の行動には、明らかに二重の意図がある――ヘリオライダーの予知から見え隠れする『裏』の意図に、ケルベロス達は神経を尖らせていた。
「手短に終わらせましょう。その方があなた……あなた方は困るのでしょう?」
 イピナ・ウィンテール(四代目ウィンテール家当主・e03513)はチェーンソー剣を突きつけながら、相手の腹を探るように挑発する。
 月華衆は答えず、ぴくりとも動かない。動揺も警戒もない、しかし油断もない。ただひたすら、敵の出方を探るような沈黙。仮面の向こう側から、ケルベロス達をつぶさに観察する視線を感じる。
 金品強奪、それが表の任務だとすれば。
 情報収集。それこそ、この少女に課せられた、裏の任務。
 おそらく間違いないだろう。ならば、風呂敷を広げさせる前に包囲できた今、最も警戒すべきは情報の流出であり、情報の持ち逃げであると、ケルベロス達は結論付ける。
「……なかなかに手強い戦いになりそうですね。ですが、今までの罪を償うためにも……負けません!」
 テンガロンハットをピン! と弾き、ジェニファー・キッド(銃撃の聖乙女・e24304)もまた、手に馴染まぬ剣を月華衆に差し向けた。
「別に、何を企んでようと、目の前に出てきたやつから潰すだけだし……企みごと、まとめて全部……ね」
 空虚に沈む眼差しを上げ、トエル・レッドシャトー(茨の器・e01524)は倒すべき敵を、屹然と見据えた。

●真似真似忍術
 月華衆は構え過ぎず、しかし隙のない姿勢で佇んでいる。あくまでもケルベロスの行動待ちらしい。
「それじゃ、クールにやりましょ」
 アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)の一声で、戦いの火蓋は切って落とされた。
 ケルベロス達のグラビティが、月華衆へ次々と殺到する。初撃の主体はスターゲイザー。ある程度連帯感を持たせつつ、わずかに別のグラビティを織り交ぜ相手の出方を見る。
 月華衆は素早い身のこなしで、ダメージを最小限に凌いでいく。仮面越しでは誰のどこを見ているかまではわからないが、息を潜めてケルベロス達を観察している気配は伝わってくる。
 八人全員の攻撃が一巡したその瞬間、月華衆は素早く攻勢に転じた。イピナの懐に潜り込み、流星の煌めきと重力を宿した飛び蹴りを炸裂させる。手本のようなスターゲイザーだった。
「ふむ、これは……」
 クオン・ライアート(緋の巨獣・e24469)の呟きに感嘆の色が滲む。思った以上に精度が高い。
「真似されるのは癪ね……軽く刻んであげるわ」
 アイオーニオンは目を細めつつ、次手の月光斬でスマートに斬り込む。
 情報の流出を抑えなければならないとはいえ、中途で逃亡を許しては元も子もない。早期決着を目指し、ケルベロス達が選んだのは、行動阻害を付与するグラビティだった。
「頚……腱……筋……ほら、動けない……」
 和装を翻して愛刀で斬り込み、四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)は囁いた。事実、一巡目と比べ、微細ではあるが、わずかずつ月華衆の動きが鈍ってきているように感じる。
「今日だけは、銃撃の聖乙女ではなく、斬撃の聖乙女です!」
 ジェニファーは慣れないチェーンソー剣の扱いに手こずりつつも、果敢に斬り込み、敵の防御力に穴を開ける。
 日本刀とチェーンソー剣を主軸にした連撃の末、二巡目にコピーされたのは月光斬。威力も効果も寸分違わぬ再現度に、標的となった仲間を庇いながら、クオンは再度舌を巻いた。
「本当に、情報収集に特化した戦い方のようですね。もっとも、こちらが付き合う理由はありませんが」
 一息に間合いを詰め、一巡目と同じくスターゲイザーを炸裂させる斎。
「敵も味方も女性だけ。スカートを気にしなくて良いのは気楽でよいですね」
 同じくイピナもスターゲイザー。続く仲間達も次々と流星の煌めきを散らしていく。三巡目にして、アタッカーのグラビティが完全に揃ったのだ。
 メディックの烏夜小路・華檻(夜を纏う・e00420)は、攻撃には参加せず、
「小柄な忍者の少女……はぁ、可愛らしいですわ」
 遠巻きに眺めて悦に入りつつ、ひたすらサキュバスミストで仲間のフォローに回る。下手に攻勢に出て手の内を明かすよりは、単調な回復に徹する方が合理的であるという判断だ。
 三巡目にはそのサキュバスミストがコピーされ、敵の余命をわずかに伸ばす事となったが、重ねたダメージに比べれば、たいした回復量でもない。
「あら、しぶといのね。なら、何度でも繰り返してあげるわよ」
 アイオーニオンは冷え冷えと呟くと、再度日本刀を振りかざした。

●忍者の本懐
 トエルには懸念があった。敵の目的が情報収集ならば、全てのグラビティの情報を収集できたと判断した時点で、逃走する可能性を考えていたのだ。だからこそ、初手はあえて、仲間達とは違うグラビティを試みていた。
「私が最初に出した技は真似ないの?」
 力強く斬り込みつつ、挑発を含ませながら問いかけた。まだコピーできていない技があるだろう、と。
 有益な反応は返らない。月華衆が注意を払うのは、あくまでも直近に繰り出されるグラビティだけ。それ以外の無駄な行動は一切行わない。
 ケルベロス達は眉を顰める。数巡の打ち合いを経て、何となしに共有していた違和感が、徐々に形を成していくのを感じる。
 ……『逃亡』という選択肢は、そもそも彼女の中に存在していないのではないか。
 その可能性をあらかじめ予期していたクオンは、閉じ結んでいた唇を割り、自らの獣性を解き放つように、裂帛の咆哮を放った。仲間達を庇って負った傷を治癒させながら、ケルベロス達の逡巡に合わせて動きを鈍らせた月華衆を挑発する。
「……どうした? さあこれからだ、これからが『戦闘』だ!」
 鋭い言葉に、仲間達も気合を入れ直した。警戒が杞憂に終わるなら、それもまたよし。戦いは確かに、ここからが大詰めだ。
 徐々に、しかし確実に、攻撃の手応えが変わってきている。敵の打ち込みも、わずかに鈍い。堅実な戦術が実を結ぼうとしているのだ。
「この企み、後の禍根となる前に、潰させて頂きます」
「たまには違う武器も悪くありませんね!」
 イピナとジェニファーのチェーンソー剣が唸りを上げて敵を斬り裂く。
「……くぅ……っ」
 月華衆が初めて苦痛らしき声を上げ、大きく退く。腹を裂いた傷が動きを妨げ、攻撃動作に入れない。
 その様子を見取り、斎は素早く刀を鞘に納め、深く腰を落として構えた。
「大した報告をさせられなくて申し訳ないです」
 瞬発的な抜刀が、目にも留まらぬ剣閃を刻み、深々と斬撃を加える。
「使い捨て散る愚かな魂……その企みごと斬り捨てる……」
 千里の愛刀、千鬼が月の如き弧を描き出す。
「―――さあ、お前も糧になれ……」
 敵の魂の質を問うような剣戟。螺旋模様の面に、鋭い斬撃が叩き込まれる。
「これならあの技は出す必要ないかな……」
 トエルは身の危険も顧みず敵の懐に飛び込みながら、わずかでも残る逃走の可能性を摘まんと、挑発を惜しまない。
「その隠されたお顔、是非見せていただきたいくらいですけれど。お仕事優先ですから、ごめんあそばせ」
 華檻も攻勢に回り、退路を断つ形で牽制のグラビティを叩き込んでいく。
「いつも思うけど、変な仮面よね。素顔見せて頂戴」
 アイオーニオンは無駄のない動作で斬り上げた。切っ先に引っかけた仮面に、ぴしり、と小さな亀裂が生じる。
「ああ、見事だ、見事な大道芸だった……」
 ついに膝をついた敵の前で、クオンは静かに愛剣を構える。
「これは駄賃だ、遠慮なく取っておけ!」
 容赦ない斬撃が、螺旋忍軍を斬り伏せる。
 月華衆の少女はか細い悲鳴を上げると、糸が切れたように、床に打ち伏した。

●死して屍拾うものなし
 戦いが終わっても、ケルベロス達は気を抜かなかった。月華衆が倒れてなお、情報収集は継続しているかもしれないと考えたのだ。
 確実に息の根を止められた事を確かめる為、あとはほんの少しの好奇心も手伝って、ケルベロス達は遺骸を仰向けようと手をかけた。が、砕け落ちていく仮面の下の素顔を確かめる寸前で、少女の華奢な体は、粒子となってあっという間に消滅してしまった。
 安堵、落胆、各々の感情に、ケルベロス達は肩の力を抜く。
「捨て駒、か」
 ぽつりと、クオンは哀しげに呟く。
 月華衆に任務を下した者が、どのような手段において情報収集を行うつもりなのかは不明だ。しかしどちらにせよこの少女は、自身に下された命令を、おそらくこう受け取ったのではないか。
 『ケルベロスと遭遇したならば、情報収集に腐心し、死ぬまで戦うべし』と。
 事実ならば、愚かしいまでの忠誠心、さもなければ思考停止。
 あるいは、忍者の真骨頂とも言えようか。
 何はともあれ、事件は無事、落着だ。
 その後は書斎のヒールなどを行いつつ、家主の登場を待った。屋敷のセキュリティは絶賛稼働中。屋敷を出ようにも、これを掻い潜るだけの準備を、皆、整えてきていない。敵を待ち伏せする際にも、家主に事情を説明し、書斎に案内してもらったのだった。
 おそらくは監視カメラで戦闘の終了を確認したのだろう、六十手前の紳士然とした資産家は、間もなくして書斎に現れた。事前に説明役として話を通していた斎を中心に、ケルベロス達へ惜しみない感謝を申し述べ、望む者には蔵書の閲覧も許してくれた。
 未だ多くの謎を取り残したまま、しかし、ケルベロス達の活躍は、一軒の邸宅に確かな平穏を取り戻したのだった。

作者:そらばる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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