月下美人は笑わない

作者:山田牛悟

●街明かりの落とす影
 ビルの屋上。螺旋忍軍の夕霧さやかが街明かりを正面に見下ろしていた。
 シュタッ。
 背後の暗がりに現れたのは、螺旋の仮面をつけた小柄な少女。『月華衆』のひとりだ。
「任務は、活動資金の調達、あるいはケルベロスの戦闘能力の解析です」
 そう言いながら、さやかはゆっくりと振り返った。
「あなたが死んでも、情報は収集できますから……」
 事務的な表情が緩み、わずかに微笑む。
「心置きなく死んできてくださいね。もちろん、活動資金を手に戻ってくるなら、それもよろしくってよ」
 少女は無言で頷いた。

●月夜に瓦がきらめく
 住宅街。つらなる屋根の上を静かに駆け抜ける、月華衆の少女の姿があった。
 やがて少女はある豪邸の庭に着地する。
 スタタと走り、もうひと跳び。
 屋敷の窓枠に取り付いた少女が、手もとで何か細工をほどこす。
 施錠されているはずの窓がガチャリと鳴った、その次の瞬間には、少女は屋内の暗闇に消えていた。

●予知
「螺旋忍軍が事件を起こすようじゃ」
 エッケハルト・ゾルゲ(ドワーフのヘリオライダー・en0178)が説明をはじめる。
 螺旋忍軍は大阪市内の邸宅に忍び込み、金庫から金品を盗み去っていくという。
 盗まれるのは特別なものではないため、地球での活動資金にするつもりであろうと考えられる。
 事件を起こす螺旋忍軍は、『月華衆』という一派のものらしい。
「小柄ですばやく、隠密行動を得意としているようじゃの」
 その身軽さを活かして邸宅に忍びこむようだ。
 しかし、今回の螺旋忍軍はケルベロスたちを見ても逃げ出すことはなく、積極的に戦いを挑んでくる。
「戦闘相手としてもこの月華衆は手ごわいようじゃぞ」
 月華衆は特殊な忍術を使う。自分の行動直前にケルベロスたちが使ったグラビティのひとつをコピーして使用する忍術だ。
 しかしその忍術以外の攻撃方法はないようだ。
 また、理由は分からないが、月華衆はその戦闘で使用したことのないグラビティを優先的に使用する。
 これらを踏まえて作戦を立てれば、相手の次の攻撃方法を限定するような戦い方もできるかもしれない。
「そうなれば有利に戦えるじゃろうな」
 現場は大邸宅。庭先に潜んで待ち受ければ、比較的広々とした空間で戦えるはずだ。
 
 エッケハルトはそっとつけひげを撫でつける。
「つまらない盗みじゃが、デウスエクスとあれば見逃すわけにはいかんじゃろう。皆の活躍を期待しておるぞ」


参加者
シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)
大神・凛(ドラゴニアンの刀剣士・e01645)
クロエ・ランスター(シャドウエルフの巫術士・e01997)
ロベリア・アゲラータム(向日葵畑の騎士・e02995)
リーゼン・トラ(さすらいのヤンキードクター・e03420)
河内原・実里(誰かの為のサムズアップ・e06685)
クーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881)
ミレイ・シュバルツ(月光の騎士・e09359)

■リプレイ

●ケルベロス
 静まり返った住宅街。キープアウトテープが夜風にはためく。
「さぁて、準備は上々。後は相手を待つばかり、かねぇ」
 門という門にテープを張り終えて、クーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881)もするりと庭に潜んだ。
「まさか、金に頓着するようなデウスエクスがいるとは思わなかったぞ」
 シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)がそう言うように、ヘリオライダーの情報を信じれば、相手はただの盗人である。
 だからこそ、相手がデウスエクスとはいえ、戦闘し撃破することにためらいを覚えるケルベロスもいた。
 クロエ・ランスター(シャドウエルフの巫術士・e01997)がそのひとりだった。
(「お仕事……頑張る……」)
 ぎゅっと抱きしめるのは母親の形見のぬいぐるみ。感情表現は少なくとも、その姿からは少なからぬ葛藤が読み取れた。あるいは、未知の敵に対する恐れのような感情も混じっていたかもしれない。
「資金を集めるという事は、資金が必要な行動を大々的に行おうとしているのかもしれません」
 ロベリア・アゲラータム(向日葵畑の騎士・e02995)の懸念は正当なものであるといえよう。小事に見えても、デウスエクスの活動を放置することはできないのだ。
 対照的なのは大神・凛(ドラゴニアンの刀剣士・e01645)である。
「武人としては、楽しみだな」
 相対したことのないタイプの相手。それだけで口角が上がりそうになる。戦う理由は戦いのなかにこそあるのだ。待ちきれないとでもいうように、その豊かな肉体がぶるりと震えた。
 今回は作戦のために普段の武器は置いてきた。それでも鍛冶に精通した凛は、あらゆる武器を使いこなす。
 普段の武器を封印しているのは河内原・実里(誰かの為のサムズアップ・e06685)も同様だ。
 実里は腰に下げたイミテーション・カリバーにそっと手を添える。
「ゴメン、お前は今回使うことはできない」
 小さく呟いた。

 すたり。
 月華の少女が庭に舞い降りた。屋敷の窓を確認するように顔を上げる。
 その姿をとらえるが早いか、茂みから飛び出したのはシヴィルである。
 シヴィルの背中を追いつつ、実里がケルベロスの皆に声をかける。
「さぁ、行こう!」
 月華衆の少女が振り返り、ケルベロスたちの姿をとらえる。
 その瞬間、ブレイブマインの爆発音がとどろき、閃光がケルベロスたちの背中を、月華の少女を照らした。
「太陽の騎士シヴィル・カジャス、ここに見参!」
「太陽の騎士団の一振り、笑顔を守る者、河内原・実里。参ります!」
 ロベリアと凛も月華衆の少女を見据える。2人の背後に隠れているのはクロエだ。
 リーゼン・トラ(さすらいのヤンキードクター・e03420)も戦闘に備え、自慢のリーゼントに櫛を当てている。
 そんななか、
「我ら、ケルベロス、参上ッ!」
 ばっちりとポーズを決めたのは、開幕のブレイブマインを放ったミレイ・シュバルツ(月光の騎士・e09359)であった。
「決まった……」
 爆発の余韻も褪せるように闇に消えていった。

「初めて使うなぁ」
 実里はルーンアックスを確かめるように握り直す。
 月華衆の少女もカチャリと武器を構えた。

●月下美人
 月華衆の武器に彫られた模様が、月明かりに白くきらめいている。
「……月下美人。夜の月を象徴するかのような花だな」
 シヴィルが呟く。
「ヒマワリをシンボルとする太陽の騎士団のまるで対。まさに、宿敵とでもいったところか」
 奇しくも、今回の任務に参加している8人のうち、クロエとリーゼンを除いた6人が『太陽の騎士団』のメンバーであった。

 戦闘がはじまっても、お互いに直接刃を合わせることもない。
 ケルベロスたちは、まず自分たちにさまざまなエンチャントを付与していくことを選択したのである。
「ドローン展開。猿真似がどこまで続くか、見てみようじゃないか」
 実里の声に合わせ、ロベリアもヒールドローンを戦場に放つ。
「……」
 螺旋の仮面が動く。その少女が無言のまま放ったのもヒールドローンであった。
 大量のドローンが冷たい月光の中を飛びまわり、無数の影が地面をうごめく。
 クーゼのボクスドラゴンが邪魔くさそうに飛び回り、味方に属性インストールを撒いていた。
 そんな戦場で爆音を響かせ、庭を照らすのはやはりブレイブマインだ。シヴィル、凛、ミレイが、味方を鼓舞するように次々と爆発を起こしていく。
 まるで花火大会である。さらに盛り上げようと、クーゼが声を張る。
「さぁ、気張っていこうかッ! 鍔鳴り響けッ! 雷天征路!」
 クーゼは舞う。鍔鳴りがリズムを刻む。クーゼは足を踏み鳴らし、翼が風を切る。
 雷と強風の響く平原に、軍靴がとどろく。そんな光景が見えそうなほど真に迫っていた。
 月華衆の少女はその舞をジッと観察していた。舞を最後まで見届けると、カチャリと刀を構えなおす。
「……」
 聞こえるか聞こえないか。小さな声だった。
「……雷天征路」
 少女の刀の鍔が鳴る。
 クーゼは少女の舞に驚く。
 少し引き気味であったのも無理はない。
「おぉ、本当に寸分違わず舞うのか。俺がこの技を覚えるのに何ヶ月かけたと思ってるんだ……」
 さて、相変わらずブレイブマインの響くなか、味方のひとりひとりに破壊のルーンを宿していっているのが、リーゼン、クロエ、実里の3人であった。
 花火大会のせいで地味には見えるが、重要な仕事である。

 戦闘開始から30分ほどは経過しただろうか。凛のライドキャリバーを除けば、敵に攻撃を加えたものはまだいない。
 今回の任務では、動きの素早い螺旋忍者に攻撃を当てやすくするためのエンチャントも重要だ。
 しかしそのためのグラビティを使えるのは、ここではリーゼンが唯一であった。
 したがって、リーゼンは使うグラビティを早々に切り替えていた。自慢のリーゼントから放つグラビティ。何を隠すことがあろう、この立派なリーゼントは決して伊達ではないのだ。
 癒しの力がリーゼントに集い、光の針となって味方に突き刺さっていく。一見痛そうで、実際痛い。しかしこれで敵の動きがわかりやすくなるのである。
「支援してやっからな。ガンガン攻めやがれ!」
 およそ戦闘らしからぬこのフェーズも、終わりが近かった。

●ブレイク
「さぁて、始めようかッ!」
 クーゼは叫ぶと同時に竜爪撃を敵に叩き込む。敵のヒールドローンをいくつか巻き込んで、少女の肩口で小さな爆発を起こした。
「浅い!」
 体の芯を外された。そんな手応え。

 拳を合わせて、はじめてわかることがある。
「ただのコソ泥かと思いきや、意外に手馴れた戦い方をしてくる……!」
 敵の身のこなしにシヴィルも驚く。
「みんな、気をつけろ! こいつは手練れだ!」
「ライト!」
 凛の指示より早く、ライドキャリバーが炎をまとって敵に突撃していた。
 敵の少女はその攻撃をするりと身軽な動きでかわす。
 しかし少女が動いた先に凛の拳が迫っていた。これを避けることは物理法則が許さない。そんなタイミングと角度。
 音速を超える衝撃が小柄な敵を吹き飛ばした。
 跳ねるように立ち上がる敵に、ミレイが間合いを詰める。
「容赦はしない、螺旋拳!」
 突きと蹴りを主体とした基本的な体術。だからこそ技量も問われる。
 ミレイは敵を徐々に追い詰める。しかし技の一瞬の切れ目に、敵も反撃を開始した。
「螺旋忍者を舐めないでッ!」
 流れるような体術の応酬。相手の拳を受け流し、その惰性を連続する突きや蹴りに利用する。
 互角に見えてミレイの受けたダメージがわずかに少ないのは、防具の差か。

 クロエも敵に向かってルーンアックスを振り回す。
 一見武器の方に振り回されているようだが、しっかり敵の動きを観察し、その動きを少しずつとらえていく。
「いけ!」
 後方で実里の声が響く。
 実里が声をかけたのは詰め所付近のヒマワリ、太陽の騎士団のマスコットである。
「戦術は真似だけじゃだめだよ。ブレイクだ!」
 いかに手練であろうとも、その戦術こそが敵の最大の弱点である。
 念入りな準備時間のうちに、それぞれの拳や武器には敵のエンチャントを砕く力が宿っている。
 8人の集中攻撃を受ければ形勢が決まるのは一瞬だ。敵は1体のみ。後手をとることが確実とあれば、ケルベロス側のエンチャントはほとんど剥がせない。
 さらにケルベロスたちは自分たちのグラビティに合わせて防具を揃え、防御に集中する前衛だけに敵の攻撃が向かうようグラビティを限定している。誰かがダメージを受けてもリーゼンが主体となってすぐさまヒールする。
 一方で、月華衆の少女は、未使用のグラビティをケルベロス側が使う限り、なぜか必ずそれらをコピーする。つまり、自分自身を回復することはほとんどない。
 自分の命より優先することが何かあるらしいのだ。
「何というか、分かってはいても不気味だねぇ」
 クーゼが螺旋忍軍の少女を見る。
 仮面がなかったとして、その表情に感情らしいものは映るだろうか。

●月下に散る
 圧倒的優勢ながら決定打を欠く戦闘が続いた。
 しかしそれも終わりつつある。
「亡き養父より授かりしこの技、コピーできるものならコピーしてみるが良い! 行くぞ! カジャス流奥義、サン・ブラスト!」
 シヴィルの声が響く。勝利を確信した声だ。
 重心を低く取った前傾姿勢からシヴィルは突撃する。広げた翼に追い風が乗る。インパクトの瞬間、追い風は突風となった。
 まともに衝撃を受けて、月華衆の少女が吹き飛んだ。
 ロベリアがタイミングを合わせていた。
「穿て!」
 ロベリアは空中の敵に突撃する。
 敵の体を穿つ手応え。槍が屋敷の壁に突き刺さったとき、槍は敵の脇腹を貫いていた。
 ロベリアは突撃の勢いのまま敵の体に密着すると、ブーストされたナックルで追撃を加えんとする。
 しかしその拳は敵の少女の顔の横をかすめて、屋敷の壁を破壊した。
 敵は怯んでいなかった。この状況でロベリアの攻撃を見切ったのである。
 ロベリアが引いたところに、クロエが跳んだ。
「……ごめんね」
 クロエの謝罪の言葉。
 ルーンアックスが振り下ろされた。

 季節外れの月下美人。その花はしおれることもなく散った。

「次も、同じ戦法が効くとは限らないな。何かいい案があるといいが……」
 目的もなくこんな愚かな戦いを繰り返すはずがない、というのは凛だ。
「大きな災いの前触れでなければいいのですが」
 ロベリアも不安を口にする。
 今回の相手は、ヘリオライダーの言っていたようなただの盗人ではなかった。
 ケルベロスたちはその戦い方の異常さを目の当たりにしたのである。
「盗むだけ盗んで混ぜこぜ忍法でも作る気か?」
 リーゼンが自慢のリーゼントを整えながらつぶやく。

 なんにしても、今回の事件は解決した。
 サムズアップだ。実里が親指を突き上げた。

作者:山田牛悟 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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