絵図の一端

作者:雨屋鳥


 スーツに身を包む女性が、佇んでいる。その姿は、街中を歩いていようと誰も気に留めることはないだろう。
 対し、彼女の前にいる複数の人影は異様であった。其々が似せて作られたように似通った体型、容姿で揃いの渦面で顔を覆っている。
「こちらの情報収集は順調。もう戦闘のデータを集める段階に移ることにします」
 彼女は、分かっていますね、と彼女達を一瞥する。
「地球での資金の調達、そして、呼び寄せたケルベロスの戦闘能力の調査です。あなた方の命は捨ててきなさい」
 ケルベロスを返り討って資金を強奪出来たのであれば、それはそれで構わない。と一方的に命令をした後、彼女は何も言わず、ただ背を向けた。

 月華衆というのは、螺旋忍軍の一族の一つだ。
 人間向けに設計されたセキュリティなどは彼女の前では無に等しい。
 深夜の宝石店。その中に忍び込み抱える程度の商品を盗み出した彼女は、それを風呂敷に包み袈裟に背負うと、音もなく消え去っていった。


「螺旋忍軍が宝石店で強盗を起こそうとしてるっす」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が言う。
「何か、曰く付きの宝石という訳じゃないっす。多分、地球に潜伏する為の資金を工面しようとしてるんだと思うっす」
 それを起こす螺旋忍軍は、隠密行動を得意としている月華衆という一派であるらしい。
 だが予知によって、その逃走経路は判明している。待ち構える事が出来るとダンテは続ける。
「月華衆の戦闘は、特殊なものみたいっす」
 彼女達は、寸前で放たれたグラビティをコピーし使用するのだという。
「理由は分からないっすが、いつもと違う戦法が使えるかもしれないっす」
 特徴は、使用した事の無いグラビティを優先的にコピーする。という事。
「全うな戦闘を行う敵じゃないっすから、厄介なことになるかもしれないっすが、闘い方で変わってくるとも思うっす」
 頑張ってくださいっす、と彼は言う。
「でも、急に変な動きが始まった感じっすね……何か作戦が進んでるのかもしれないっすね」
 かすかに不安を含ませてダンテはひとりごちた。


参加者
空波羅・満願(優雄たる満月は幸いへの導・e01769)
ヴィヴィアン・ローゼット(ぽんこつサキュバス・e02608)
フレナディア・ハピネストリガー(サキュバスのガンスリンガー・e03217)
西村・正夫(週刊中年凡夫・e05577)
エイト・エンデ(驪鱗の杪・e10075)
西院・織櫻(白刃演舞・e18663)
尾神・秋津彦(走狗・e18742)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)

■リプレイ

 風がビルの屋上に吹く。
 その風に乗り、少女の人影が数十メートルの跳躍を繰り返しながら、木々を渡るように移動していた。
 螺旋の仮面をつけたその少女がとあるビルの屋上。そのヘリポートに着地する直前。
 闇に紛れて影の弾丸が駆ける。
「軍資金……私にも覚えがありますね」
 色素の薄い肌の男性が、思わず呟く。
 逃走経路に先行していたケルベロスの一人、西院・織櫻(白刃演舞・e18663)が放った黒狼弾は彼女の体を確かに捉えていた。着地の体勢を崩し、ビルの屋上を転がる少女に、追撃が行われる。
 暗闇を食い尽くすように、虚空に開いた竜の咢が月華衆の体を弾き飛ばした。
「――っ!」
 淡光を放ちながら煙の様に消え失せる竜の幻影を放ったウェアライダーの少年、尾神・秋津彦(走狗・e18742)は、その耳を動かしながら、魔力の残滓が揺蕩う右手を刀に携え、少女の出方を見る。
「忍び、でありますか」
 自らの出自に似た形態をとる種族に秋津彦が静かに零した声に、最近見なかったが、と笑みを浮かべた言葉が返る。
 電撃が、薄暗い空間を駆け巡る。屋上に姿を現していたケルベロスの数人に、その雷撃は吸い込まれていった。
「資金調達だけが目的……という訳では無いようだ」
 翼を開き、尾を揺らす龍人。エイト・エンデ(驪鱗の杪・e10075)が言うと同時に、歌声が響く。
「――行こう」
 胸元にロザリオを提げ、ヴィヴィアン・ローゼット(ぽんこつサキュバス・e02608)は高らかに希望の歌を歌う。
 声が、言葉が、七色の光に変わり、電磁を吸い込んだケルベロス達の体を淡く包み込んだ。
 螺旋忍軍の少女は、それをただ見つめていた。だが、その傍観がいつまでも続けられるはずも無い。
 彼女に襲い掛かったのは、黒い竜人の影。濃い墨が空間に滲み出たかのような黒炎の人型は、空気を歪ませる高温の軌跡を描かせ手刀を振り下ろすが、少女は突如襲い来たその攻撃に体を大きく反らし回避。
「らぁっ!」
 その重心の崩れた体制の少女へと、蹴りが放たれる。高速で放たれたその攻撃は、しかし、空を切る。
 少女は、軽やかに後転し、影の人型と、それに色をつけたような龍人による連携攻撃を躱し切っていた。
「……っ」
 小柄な少女の姿の螺旋忍者に、苦い思いを舌打ちにのせた空波羅・満願(優雄たる満月は幸いへの導・e01769)は、人型を崩し腹の奥に入り込む黒炎を吸い込んだ。
 氷の降魔が上手くいかず咄嗟に切り替えたのだが、それも尽く躱され、小さくもう一度悪態をつく。
「私もいきますよ」
 そう言い、西村・正夫(週刊中年凡夫・e05577)は拳を握りしめる。平凡な見た目のその男性は、単純に拳を引き全身の筋肉を動かして、実直に腕を撃ち出した。
 大岩を一厘一毛と穿ち続けた剛の拳は、激しい満願の連撃を凌ぎ切ったばかりの少女の体を強かに打つ。
 だが、直前で微かに身を引き、衝撃を緩和した少女へのダメージは少ない。
 ヴィヴィアンの白いボクスドラゴン、アネリーが直後、タックルを繰り出した。勢いよく衝突したアネリーに少女が微かによろめいた瞬間に、炸裂音と共に爆炎が彼女を呑みこんだ。
 フレナディア・ハピネストリガー(サキュバスのガンスリンガー・e03217)のガトリングガンから掃射された弾丸の魔力が、爆発を撒き散らしたのだ。
 それを追撃するビハインドの攻撃に、動きの止まった隙を見たレプリカントの男性が、自らの胸元を掴み、翡翠の光をアスファルトの地面に落とした。淡く輝くそれは、円と幾何学模様を描きだし、その場を微かに照らす。
 殺界とバイオガスによって外部から遮断された空間は月光も無く、足元からの光だけで仄暗く照らされていた。
 防御の陣を描いた君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)は、敵からの攻撃に備えるために、炎を軽く振り払う螺旋忍者を見つめた。
「さて、どれがお気に召した?」
 エイトの軽い言葉に応えるかのように、少女がゆらりと動く。


 真似た声色はヴィヴィアンの物で、歌い上げる詩はただ発音を模倣しただけの感情の浮かばぬものだったが、それは螺旋忍者の体を虹色の光で包みこんだ。
「……ひっどい」
 不快感を露わに、ヴィヴィアンは瑞光の残滓を纏う螺旋忍者へとバスターライフルを向け、氷の砲撃を放ち、それに続いてエイトもフロストレーザーを打ち出した。
 二条の蒼光は、螺旋忍者に違わず吸い込まれる。彼女が身を穿つ氷を取り除く前に、銀の剣戟が走る。
 満願の操る鋼を纏い長太刀のような形状を取る日本刀が円弧を描いて螺旋忍者の脚部に傷をつける。
 アネリーのタックルを躱された後、秋津彦が刃を振るい微かにダメージを蓄積させる。同様にフレナディアの砲撃が放たれるが、跳躍によって螺旋忍者は回避し、正夫のオーラを纏う掌打は腕を合わせることで受け流し、衝撃を緩和。
 眸の放つフロストレーザーが螺旋忍者の少女を穿つが、氷の残滓は虹の光に融解していく。
 織櫻が斬霊刀を振るうが、手加減した攻撃は容易く躱されてしまう。
 反撃。少女の腕が、織櫻の胴を強かに打った。だが、弾き出された勢いに比べ衝撃は軽いものだった。せいぜい肋骨を数本折り砕かれた程度。
 この攻防において最も目にしていただろう手心の籠る攻撃に、彼は確信を覚えた。
「なるほど、模倣のみという情報に違いは無いようですね」
 確信をしても、まだ油断なく少女を観察する織櫻に、エイトが魔法術式を使用し、砕かれた骨を強引につなぎとめていく。
 ヴィヴィアン、秋津彦の凍える弾道が交差し、満願や正夫、織櫻の振るう刃が地面からの緑光に煌めく。
 アネリーが、突進を繰り返し、眸のビハインド、若い男の姿をしたキリノが背後からの奇襲を行う。
 眸の握るマインドリングが淡い光の軌跡を描き出している。
 それらの攻撃を躱し、身に受け、いなし、傷を深めながら月華衆の少女は、グラビティの象徴たる仮面の螺旋の中心から凍結の光線を撃ちだし、手刀が月弧を描き、または、死角から唐突に突き出される。
 模倣の特性に使用する攻撃手段を狭められながらも、螺旋忍者との戦闘は五分を保った状態のまま続いていた。


 ヴィヴィアンへと放たれた砲撃を眸が代わり受ける。
「……っありがと」
「イや、構わナい」
 緑の防御陣が、グラビティを弾く火花が、薄く纏う彩光が、攻撃を受けた身に重くのしかかるだろう氷の影響を緩和していた。
 だが、それは接近戦を主とする仲間にのみ付与された物だった。
 中衛、後衛を担うケルベロス達にとっては、脅威となりえる。
 死角から放たれた少女の手刀がフレナディアの脇腹を深く切り裂いて、その機動力を削ぎ落す。
「ぎっ……っ!」
「……っ、回復に専念する」
 既に付けられていた足の傷とその傷に、フレナディアが身動きが取れなくなった事を見取ったエイトが声を張り上げる。
「ワタシを見ロ……月華衆忍者!」
 眸はマインドリングをジャマダハルの形状へと変化させ、注意を引く様に首を刈るように刺突。身を反らした月華衆の肩へと深々と突き刺さる。
 彼に続いてキリノとアネリーが攻撃に加わる。
 回復手段を持つエイト、ヴィヴィアンとフレナディアが回復の準備を進めながら、まだ開示していない攻撃を放つ。
 こちらが消耗している現状で相手も損耗が少ないわけでは無い。その局面で相手に回復される可能性を低くする為に、攻撃を繰り出すのだ。
 織桜が、マインドソードの青い刃で月華衆の体を切り裂き、傍にいた正夫が、バトルオーラに膨大なグラビティを込めて、猛烈な勢いで拳を叩き付ける。
 木の葉の様に吹き飛んだ少女の体に、漆黒の炎球が激突。
「地獄の炎だ。真似できんのか試してやるよ、糞神っ!」
 螺旋の仮面に清々しい憎悪を吠える満願の横を、少年が駆ける。
 秋津彦が携えた刀を体勢を整える螺旋忍者へむけて、抜刀する。鞘から覗く刃は白光を眩く溢れさせている。
「祓う!」
 直視を許さぬ陽光の刃は、神速の手腕によって月華衆の少女の体を斬り裂いた。
 秋津彦の視界に、納刀したはずの不浄を断つ光芒が溢れる。体を袈裟に切り裂かれた少女は限界が近いはずにも拘らず、退く様子は無い。
 ただ、模倣し続ける。
 迅雷の如き祓魔の剣閃が、秋津彦に振るわれる。
「……っ」
 理力。ケルベロス達がそう分類する攻撃の分類の一つ。その系統の攻撃を狙って模倣させる計略が幸いした。
 その斬撃を躱す事はさほど難しくは無かった。
 攻撃を避けられ、距離を取ろうとした月華衆の少女に魔力の矢が殺到する。回復したヴィヴィアンがマジックミサイルを発射したのだ。
 十を超える矢を体に生やした少女に、フロストレーザーが直撃した。
 着弾場所から全身を氷結されながら、ゆっくりと傾いでいく月華衆忍者は、最後には、地面へと衝突し粉々に砕け散った。
 止めを差したエイトが、砕け散った月華衆の欠片が風に攫われていくのを見つめ、数秒の残心を解いてバスターライフルを下ろした。
 戦闘の余波で、砕けた宝石の粉が風呂敷の隙間から零れ落ちていた。


 バイオガスを霧散させ月光と持ち込んだ照明が照らす屋上。
 主を失くした指輪やネックレスの台座が数個、風呂敷の中で見つかる。とはいえ、数個無事ものも存在していた。
「……ともあれ、盗品は元の場所へ戻しませんとな」
 秋津彦は、少し申し訳ない顔をしながら、ふと手を見て、ほぼ完全に模倣されていた自らの技に思いを馳せた。剣たこが固く浮かぶ手を握る。
「ヒールは……やメた方がいいカ」
 バイオガスを完全に除去しきった後、宝石を風呂敷に包み直した眸が、かざそうとした手を引っ込める。宝石が幻想的な改竄が為されては、商品としては全くの別物になってしまう。
「デウスエクスと言えど軍資金は必要ですか……」
「といっても、他にも思惑はあったのだろうな」
 織櫻の言葉に、ヒールを施すエイトが答えた。
 月華衆の立ち回りを見るに、撤退しようとする意志が感じ取れなかった。
 宝石の強奪だけが目的であれば、まず逃走を図るはずなのだ。
「連中の目的は何なんだ?」
 周りを見渡し、何か痕跡が無いかを探しながら、同じ疑問に満願は目を細め蠢く腹を押さえる。
「何をするにもお金が必要なんて人間側のルールですからね」
 正夫も満願の疑問に肯定を示しながら、その動きが人間社会に基づいた行動が根本にある事に疑惑を覚えていた。
 ヴィヴィアンが同じくヒールをかけつつ、以前遭遇した螺旋忍軍を思い出す。
「オラトリアの宝……って言ってたっけ……」
 だが、今回盗まれたのは宝石店の商品。大小問わず詰め込んだように盗み出された今回は、全くの別物である気がした。
「情報を集めている? 威力偵察?」
 フレナディアは、ゆっくりと周りのビルを見渡した。
 眸の放っていたバイオガスによって、戦闘の様子を視覚的に認知する事はほぼ不可能であったはずだ。
 だが、不快さは消えない。
 どうやってか、それは分からないが今の戦闘が監視されていたという不気味な確信がどうしても拭い去れないのだ。
「気味が悪い」
 誰かが小さく零した言葉は、その場の全員の心情を表していた。

作者:雨屋鳥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年4月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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