青森県三沢市……。
大空に現れたそれは青銀の鱗で身を包んでいた。
全長約30メートル。上空に現れたそれは大気すらも一瞬で凍り付かせるような息を吐く。海沿いにある民家を、学校を、逃げまどう人々を。狙っているのか……。
……否そもそも、この巨大な生き物の、その金の邪眼に人の姿が目に映っていたのかどうかも怪しい。人が蜂の巣を駆除するように、それは春の足音感じ始めるその街を、街ごと凍り付かせるように氷の息を吐いて再び冬に沈めようとしていた。
悲鳴を上げて逃げまどう子供。ただどうすることも出来ずに空を見上げるだけの老人。手を伸ばしても届くことはない、遙か大空からの侵略に歯がみする高校生。
そんな人間の些末なことなどお構いなしに、それは僅かに口の端を歪めたように見えた。
……其処に、
大空を駆け抜ける機体があった。飛行機だ、と地上から為す術なく空を見つめていた学生達が指を差す。その声にはほんの僅かな希望と……。そして多くの絶望が籠もっていた。
三沢基地から飛び立った戦闘機は複数。果敢にも上空を飛行するドラゴンへと攻撃を繰り出していく。しかしそんなものが効かないことは見ている人間も……そして乗っている人間も理解していた。
爪が。牙が。その氷の息が。次々と機体を破壊していく。僅かに残った者が襲いかかる尾をかいくぐりドラゴンの背に攻撃を浴びせるも、その鱗に傷の一つも追わせることが出来なかった。
ドラゴンは振り返る。その目の奥が残忍に笑った気がした。そしてそのまま大きく口を開けて、
鋼よりも鋭い牙で戦闘機を噛み砕いたのであった。
食事を終えたドラゴンは、戦闘機が飛んできたであろう方向に目を向ける。其処にあるのは……三沢基地。
ドラゴンは其方に身体を向ける。例えダメージは与えられないとはいっても、この大空に自分以外のものが飛ぶのは面白くなかったのであろうか。
氷の息を吐き出しながら、それは基地の方へと進撃を開始する。勿論、足元に広がる街を蹂躙しながら。
……その、竜の名を、グラヴィオールといった……。
●
「まあ……もう戦闘機に心躍らせるような歳と立場ではないのだが」
何となく、周囲は重い沈黙に包まれていた。それを破るように、浅櫻・月子(オラトリオのヘリオライダー・en0036)はあくまで軽い声音で言って肩を竦めた。
「昔108人の愛人の一人に飛行機乗りがいてな。今はもう何処の空に行ったか解らないのだが、良く、空には浪漫があるとバカなことを言っていた」
なんて、冗談か本気か解らないようなことを彼女は言って。そして話を切り出した。
「……このまま何事もなく済むとは、無論思ってはいなかったが。遂に、ドラゴンの拠点である『竜十字島』から、多数のドラゴンが人の街を襲撃するという情報が来た」
『竜十字島』は難攻不落の拠点であるが、地球上にある以上定命化の影響は必ず受けることになる。
故に、人の恐怖や憎しみを利用して、それを出来る限り引き延ばそうというのが彼等の作戦のようであった。
本当にそんなことが可能なのか。誰かが問うと、月子は軽く肩を竦めた。その瞳の奥を、隠すように僅かに目を伏せて、
「知らないよ。大事なのは、彼等がそう思って、進撃を開始したということなんだ。放置すれば勿論、街には数百、数千……。いや、もっと沢山の被害が出るかもしれないな。けれど」
月子は言う。ドラゴンは人間を殺し恐怖と憎悪を集める為に人の世界に来るのである。故に、市民を避難させたり、多数のケルベロスを集めた場合は、
「……だったら、よそに行けばいい、という話になるな。どうしてもこの場所が必要、と言うわけではないのだから。だから」
だから、と彼女は言葉を切って、そして一呼吸置いた後で、
「ドラゴンが上陸してから大戦力で駆けつけては、その場所は壊滅してしまうでしょう。故に、比較的少数のケルベロスの精鋭で、ドラゴンを迎え撃ってください。……強力なドラゴンとの戦いになります。非常に危険な行為ですが、皆さんの活躍に期待します」
と、感情のこもらない声音でそう告げた。
「因みに今わたしが話をしている竜は、グラヴィオールという竜なのだが、若干状況が特殊なので心して聞いて欲しい」
そして次には彼女はいつもの口調に戻って話を続ける。
「今回の竜はまず、空を飛んでいる。このままだと、ケルベロスの攻撃が届かない。上空から一方的に攻撃されて、街が壊滅してしまうから、三沢基地の自衛隊の戦闘機が貸し出される手筈になっている。管制からの遠隔操作も併用するので、ケルベロスならば簡単な訓練で飛行が可能になるらしい。だからこの辺は心配は要らない。だが、若干誤解しやすいポイントもあるので、気をつけて聞き給え」
曰く。
借りられる戦闘機は約10機。作戦によって多少の増減はあるだろうが、10機を目安にまず考えるといいだろう。
戦闘機の攻撃はドラゴンにダメージを与えられないが、ドラゴンにとっては目障りであるので、必ず攻撃してくる。
なので、戦闘機が撃破されるか或いは撃破前に脱出するなどした後、飛行するドラゴンに取り付いて攻撃を行う。すると、
取り付いたケルベロスを振り落として攻撃するため、ドラゴンは地上付近まで降りてくることになり、
地上付近まで降りてきたドラゴンに対して、地上で待機していたケルベロスが攻撃を挑んで戦闘を行い、撃破する。
以上が、作戦の流れである。
「戦闘機で空戦を挑むケルベロスが10名、地上で迎え撃つケルベロスが20名位が妥当と判断されているが、その辺は作戦によって詰めてくれ。因みに一人乗りだぞ。複座にして自衛隊員に操縦してもらう事もできるが、そうしたらその自衛隊員が死ぬ。……それと」
ぴっ。と月子は人差し指を立てた。若干凄みのある顔をしているのはいつものことだ。
「破壊される戦闘機は、撃墜時に脱出すればダメージは無い。それは戦闘機に対する攻撃だからだ。戦闘機と運命を共にする場合は、巻き添えでダメージを受けるかもしれない。ただし、上空でとりついた際にドラゴンから諸君らに対して行った攻撃を喰らった場合はダメージを受ける」
解るか? と、囁くような声音で、出来るだけ解りやすく彼女は説明したつもりだった。
「何せ、地上に降ろしてしまえば此方のものだ。囲んで全力で殴って撃破してくれ。……まあ、言うほど易くはないと思うのだが、頼むよ」
尚、敵の攻撃は詳細が不明であるが、氷のブレスを吐くことは確認されている、と彼女は言った。
「因みに空に浪漫があるらしいのは個人の考え方なので否定はしないが、大多数が航空戦に参加した場合、敵を落下させた所に誰も待ち構えていない為不時着後に再離陸してまた飛行してしまう。それは頭に入れておいて欲しい」
それで話は終わりだった。月子は居住まいを正して目を閉じる。一呼吸置いて目を開くと、
「危険な任務だと思う。場合によっては酷い怪我をするかもしれない。誰かがやらなきゃいけないことかもしれないけれど、本当はそれをあなた達に、命にかえても完遂してこいなんて、わたしは言いたくないの。だって、わたしは見送るだけだから。やらなきゃたくさんの人が死ぬ。けれどもそれは、あなた達を犠牲にして良いって理由にはならないと思う……」
ただ淡々と、彼女は言って。もう一度目を閉じる。再び開いたときには、いつもの表情で笑った。
「……だが、多くの人々を救うためには、この戦いには是が非でも勝たなければいけない。諸君らの背には諸君らを応援してくれる多数の人間の幸福が乗っていることを忘れないで欲しい。……気をつけて、行ってきてくれ」
そう、一つ頷いて。月子は話を締めくくった。
参加者 | |
---|---|
アリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143) |
風空・未来(とってもとってもありがとう・e00276) |
壬育・伸太郎(鋭刺颯槍・e00314) |
東雲・海月(デイドリーマー・e00544) |
鬼屋敷・ハクア(雪やこんこ・e00632) |
エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859) |
デジル・スカイフリート(欲望の解放者・e01203) |
ラックス・ノウン(マスクドニンジャ・e01361) |
ジューン・プラチナム(エーデルワイス・e01458) |
鏃・琥珀(ブラックホール胃袋・e01730) |
氷上・結華(シャドウエルフのミュージックファイター・e02351) |
大粟・還(クッキーの人・e02487) |
シグナル・ランフォード(赤ノ斬リ姫・e02535) |
マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729) |
キアラ・ノルベルト(天占屋・e02886) |
神崎・晟(海の防竜・e02896) |
レベッカ・ハイドン(鎧装竜騎兵・e03392) |
丹羽・秀久(水が如し・e04266) |
パール・ワールドエンド(界竜・e05027) |
叢雲・紗綾(無邪気な兇弾・e05565) |
火岬・律(幽蝶・e05593) |
照月・朔耶(白鷲陽炎・e07837) |
パトリシア・シランス(紅恋地獄・e10443) |
ウォーカー・ストレンジソング(彷徨い歩きのはぐれ歌・e10608) |
陸奥・昌親(護国の撃鉄・e13604) |
鋼牙・天子(レプリカントの鎧装騎兵・e13997) |
コンソラータ・ヴェーラ(泪月カンディード・e15409) |
ガルフ・ウォールド(欠け耳の大犬・e16297) |
秋空・彼方(英勇戦記ブレイブスター・e16735) |
龍・鈴華(龍翔蹴姫・e22829) |
●not alone
目の前には遮る物もない、いっぱいの青空が広がっていた。
けれどもそれを堪能しているわけにもいかない。
すぐさま視界はその巨竜を捉える。蒼く美しい……氷の竜を。
「わ……」
青い空と青い海と蒼い竜。目の前に広がる世界にシグナル・ランフォード(赤ノ斬リ姫・e02535)は息を飲み込んだ。戦闘機が旋回する。複雑な操縦は必要ない。それでも緊張していると思われたのか、通信機越しに一般人が声をかけてくるので、シグナルは答える。
「実の所、空戦には非常に興味がありました。こんな時でなければ楽しんでいたのでしょうが……」
なんて言った。それから竜に視線を落とす。
「体が大きいと動きも派手ですね……。ですが殺戮なんてさせません。傲慢な竜、必ず落としてみせます」
「いやあこれけっこう楽しいですね。戦闘機とか操縦して飛ぶのって当然初めてですし」
一方レベッカ・ハイドン(鎧装竜騎兵・e03392)も呑気な声を上げる。そしてそのまま、「ここで絶対勝たないといけないですね」と言った。勿論事の重要さは解っているのだ。小さく、彼女は呟く。
「では……撃ちますよ」
同じ作戦に向かっている仲間達の会話はない。この中で彼等は各々が一人であった。……それでも、
レベッカの眼下には街が広がる。彼等の動きを固唾を呑んで見守っている人々がいる。彼等の動きに対応するための地上組はそろそろ車の準備を終えた頃だろうか。
そして……見えないけれども別の方向から回り込んでいる仲間がいることを知っている。
自分や、仲間だけではない。沢山の命が掛かっているのだ。
「半人前以下で済まないが……守りたい無数の命があるのだ。お前の命を……俺にくれ」
陸奥・昌親(護国の撃鉄・e13604)が、機体に乗る前呟いた言葉をもう一度囁いた。解っていると言わんばかりに戦闘機は身体を傾ける。……竜が視界に彼等を捉えた。その瞳が残忍に輝く。
昌親は静かに頷いた。護るべきもののために、今……、
「グラヴィオール……」
名を呼ばれ気付いたのか否か。グラヴィオールは上空で其方に向き直る。
「……あぁ。市民の為にも、元同僚達の為にも必ず食い止めてみせる」
神崎・晟(海の防竜・e02896)もまたフライトゴーグル越しにその世界を捉えた。同時にグラヴィオールの爪が振り上げられる。
「行くぞ!」
晟が叫んだ。今、この空間で彼等は一人だ。……けれど、
「ボク達は一人じゃない。皆で力を合わせればどんな相手だって負けないはずだよ。ボク達は明日を笑って生きたいから! 引き起こされる悲劇、人々の悲しみ……全部全部、ボク達が助けるんだ!」
龍・鈴華(龍翔蹴姫・e22829)が叫ぶと同時に、竜の爪が走り……戦闘が始まった。
「見つけたぞグラヴィオール……」
地上では、20名のケルベロス達が様子を見守っていた。戦いが始まるその様子に、マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)は小さく呟く。……彼の姿は、嘗て見たときとまるで変わっていなかった。
「準備は整いましたよ。何かあればいつでも出発できます」
車の中から同じく上空を見上げ、大粟・還(クッキーの人・e02487)が気怠げに言った。職業柄取得した中型免許が、こんな所で役に立つとは思わなかった。
「……守りきってみせましょう。今日は三沢が私の自宅です」
地上に残った者達は、皆一様に空を見上げてその戦いの行方を見守っていた。
戦闘機組を二組に分け、一方が囮になりなるべく人の少ない場所に誘い出す。上手くおびき出せれば重畳だし、そうでなければ彼等が車を使って降下地点まで駆けつける手筈になっていた。鬼屋敷・ハクア(雪やこんこ・e00632)も小さく頷く。
「まわりの人たちは、大体避難が終わったよ。といっても、完全に遠くへはやれないけれど……」
そうしたらドラゴンの狙う先が変わってしまう。だから本当に簡単に避難しただけだ。この背中に沢山の人の命が乗っている。
「ここを逃したら何千、何万もの被害が出るわ。この背水の陣な感じ、なかなかないわ。ゾクゾクしちゃう」
それを肌で感じて、己の赤いライドキャリバーに騎乗しながらもパトリシア・シランス(紅恋地獄・e10443)は微笑んだ。
「大きいね。それに――……きれいだ」
「うーん、圧倒的だね。でも、皆の力合わせれば、敵わぬ相手じゃない……そうでしょ?」
コンソラータ・ヴェーラ(泪月カンディード・e15409)が言うと東雲・海月(デイドリーマー・e00544)が明るく返した。けれどもその声が少し緊張していて、コンソラータは頷いた。
「ふふ。見せてやろ? ちっぽけに見える僕たちの、すごいトコ」
「……あっ!」
そんな時誰かが声を上げた。尾が振られる。それと同時に戦闘機が一つ撃破された。ここからだと誰の戦闘機かは解らない。それと同時に、
「よし、コレでパインサラダを作って待ってたりする人もいないしステーキも完食。ついでに基地に花束なんて用意していないので完璧です。それより降下地点が少し変わりそうですね。急ぎましょう!」
なにやらお弁当を食べ終わったらしい鏃・琥珀(ブラックホール胃袋・e01730)がずびっと指を差した。自分はライドキャリバーでの移動である。
「私達が、上空から案内をします!」
エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)達も翼を広げて飛び上がった。頷いて還がエンジンをかけると、ケルベロス達も車に乗り込む。
少し離れた場所で、竜の咆吼が聞こえていた。
「……私も、いつかは」
車の中から空を見上げ、アリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143)は小さく呟いた。竜は美しかった。けれどもそれよりも……ちっぽけな身体で立ち向かう戦闘機が、いつか見た鷹のようでもっと美しかったから。
空を飛ぶオラトリオ達よりも遙か高い空の上。息が詰まるような圧迫感を前に、B班の壬育・伸太郎(鋭刺颯槍・e00314)は思わず呟いた。
「何やっても通用しないって、ホント怪獣映画だなぁ」
グラヴィオールと正面切って戦う仲間達の、如何なる戦闘機の攻撃も当たりはしない。否、当たっているのだろうが全く傷を負わせることが出来ない。
「ベイルアウト! これより目標に接触! 『番犬の戦い』に移行する!」
だからこそ、やらねばなるまい。伸太郎の機体が声に答えるように一直線に竜の背後へと走った。
「あ……っ!」
後に続こうとしていた秋空・彼方(英勇戦記ブレイブスター・e16735)が思わず声を上げる。丁度竜と正面切って戦う仲間達の戦闘機が一つ撃破されて砕け散ったところだった。
声に、どうかしたのかと通信機越しに自衛官の声がする。彼方は慌てて首を横に振った。
「大丈夫、大丈夫……」
自分のことより仲間を心配して、彼は言い聞かせるように言いながら、
「これ以上は……絶対に進ませない!」
戦闘機から飛び降りて、空中に身を投じた。……その時、
『おのれ其処にもいたか……!』
ぐるりと竜が首を回した。飛びつこうとする彼等に気がついたのだ。
「……っ! ブレイブスター! セットオン!」
視線を受けながらも彼方は詠唱とともに左手のガントレットの宝石から、全身を覆う鎧を具現化する。そしてそのまま竜の背に飛び乗った。
「ん、こんかいは、いつもと、ちがう、の、脱出? じょうすに、できる、かなぁ……」
はやく。はやく。氷上・結華(シャドウエルフのミュージックファイター・e02351)が急いで脱出準備を始める。しかしそれに向かって竜が手を伸ばそうとした……、その時。
「ひょぇぇ!! 流石戦闘機、はんぱなぃぃ!!」
ごぉっ。とその視界を遮るように照月・朔耶(白鷲陽炎・e07837)退きたいが竜の目の前を飛んだ。
「よし、全弾発射!!」
「! いま……!」
結華もその隙に脱出を開始する。
続いてA班の面々が一斉に攻撃を開始して、竜の視線を引きつけた。
「天占屋の占果は氷を解かせと励ましてくれるよな、春の長閑な空模様……」
苛立たしそうに其方の方を向く竜の。その背後からどんどん竜へと飛びついていく仲間達。キアラ・ノルベルト(天占屋・e02886)も空中を舞い、
「……空は、ドラゴンだけのものじゃあらへんよ」
緩やかに月の弧を描くように、その背に己の刃を突き立てた。
爪が走る。自らの身体にしがみつこうとする邪魔者を払いのけるためのその一撃に、シグナルは辛うじて耐えた。
「ソードビット……アクセス! パターン『TSO』スタート!」
六機のソードビットが展開して突撃する。血で滑りそうになるのを必死で堪えた。
「みんな、大丈夫か……? ここは、堪えぇ。……Fertig, los!」
キアラも苦しげに言う。フロスティホワイトの粉雪を、ふぅっと仲間達へ送り届けた。自らにしがみつく邪魔者を落とそうと振るわれた腕は、ケルベロス達を容赦なく傷つけていく。しかし乗ってきた機体は粉々に砕けて遙か彼方だ。……戻ることはもう出来ない。
「ぎにに……振り落とされてたまるかーっ!!」
朔耶が翼へと拳を叩きつけながらも、必死で耐えた。伸太郎も稲妻を纏った槍を巨竜の翼へと突き立て、
「空力だけで飛んでるとは思えないけど……。堕ちろ悪竜!」
「奪うことでしか己を誇示できない貴様等と同じにするな!」
晟が擬似的に重厚な機械鎧を纏った巨竜となって組み付く。そんな仲間達に昌親も一つ頷いた。
「ここで下手に退いては様々なものに顔向けが出来ん……。負けるわけにはいかないな。絶対に……!」
愛銃に氷の弾丸を装填し、全弾を撃ち込んでいった。その攻撃は確かに効いていた。その上、なかなか振り落とすことが出来ないケルベロス達に業を煮やしたのか、
『虫けら共が……我が行く手を阻むというのか!』
一声、忌々しそうに吼えて。竜は身体を傾ける。結華は瞬きをした。どんどん高度が下がっていっている。……そっと、結華は魔法の木の葉を仲間達に纏わせる。
「むぅ。した、に、いってる? もうすこし。がんばる、なの~」
「このままだと、地面にぶつかりますね。撃ちやすくなりますが……」
レベッカが御業の鎧を纏うと、はっと鈴華が顔を上げる。
「もしかしてもしなくても、民家に突っ込むつもりだね!」
進行方向には街。止まることなく飛行を続ければぶつかるのは明白であった。
「けど……みんなで力を合わせるから!」
鈴華の声は焦ってはいなかった。彼方も一つ頷く。
「僕、一人だったら絶対に勝てなかった……」
海岸に布陣した仲間の姿が徐々にはっきりしてきたからだ。彼方はそっと拳を握りしめる。
「みんなで……勝つんだっ!」
声が上がると共に、竜は海岸へと到達した。
グラヴィオールが地上に突進してくる。作戦によりこの場所に誘い込まれていたことを、その竜が解っていたかどうかは解らない。
「来たよ! 間に合った! 鎧装天使エーデルワイス参上! やいやいトカゲ野郎、お前の与えようとする恐怖と絶望は、ボクらケルベロスが晴らして見せる!」
空を飛んで様子を見守っていたジューン・プラチナム(エーデルワイス・e01458)が海の上を指して叫んだ。真っ直ぐに此方の、否、その向こう側の街に向かって巨体は突進してくる。巻き起こる風で水しぶきが上がり世界が揺れた。
彼等は海岸に布陣するケルベロス達を気に求めぬそぶりで駆け抜けようとする。しかし……、
「逃がさない! これ以上の悲劇は繰り返させない!」
マサムネの漆黒の巨大矢が放たれた。それに続くようにガルフ・ウォールド(欠け耳の大犬・e16297)が竜の鼻先に指を突きつける。
「……かたいものほど、脆いもの」
研ぎ澄ました地獄の炎弾は竜の鼻先まで一直線に伸びて爆ぜた。そして地上に残っていたケルベロス達も各自一斉に攻撃を開始する。攻撃を受け、竜は勢いよくその動きを止めた。
『其処にも……いたか! 小さき者が!』
「くぅぅ、今が根性の見せ所!」
その勢いを受けて竜の背からとりついていた朔耶達が飛び降りる。仲間と合流しようとする。それを庇うように、
「あら、なかなか豪快ね。それでこそ守る、って気で戦えるわ」
「空飛べるだけのトカゲ野郎に好き勝手はさせないです。無様に地ベタ這い蹲らせてやるですよ!」
デジル・スカイフリート(欲望の解放者・e01203)と叢雲・紗綾(無邪気な兇弾・e05565)が前に出た。二人は顔を見合わせる。そして、
「さあ、氷の竜さん、派手に踊りましょう♪ 殺す欲望と守る欲望、どちらが上かの勝負といくわ」
「細かいことはどうでも良いです! 邪魔者はみんな撃ち抜いてやるです!」
各々の先頭位置につきガトリングの連射と目にも止まらぬ早撃ちが炸裂した。
「さて、これからだな。でも、今の自分にできる事を、ただひたすらにやるだけさ」
丹羽・秀久(水が如し・e04266)がヒールドローンを飛ばす。
「……」
パール・ワールドエンド(界竜・e05027)も無言で小さく頷き、口の端を歪めて飛び出した。電光石火の蹴りを竜へと打ちつける。
攻撃は確かに届いているはずだった。……だが、
『ほう……。ははははは! 面白い。本気で、この我を。このグラヴィオールを、小さなものが倒そうというのか!!』
虫にでも刺されたかのような口ぶりで竜は咆吼を上げた。声だけで大気が震え、風が巻き起こる。そしてそのまま凍てつく氷の息を吐きつけた。ラックス・ノウン(マスクドニンジャ・e01361)が思わず早口で、
「ドラゴンっつうよりこうみると怪獣やな。ここに巨大ロボおったら完璧やん。映画一本取れるやん。って、軽く言っても全然緊張感和らげへんやん」
一気に言い切ると走る。しかし言葉とは裏腹二流に真っ直ぐ一直線に突っ込んで、
「んじゃま、とりま逃げんなよ!」
流星の如き蹴りを叩きつけた。
「グラヴィオール、恐ろしい敵ですね。気を付けてかからねば、こちらがやられてしまいますね。……ですが」
鋼牙・天子(レプリカントの鎧装騎兵・e13997)元請け付こう線を発射する。無表情だが丁寧に、
「それでは参りましょうか、デウスエクスを屠る道を」
そう言った。
「叫べ、敵の罪を嘆くかのように」
風空・未来(とってもとってもありがとう・e00276)も白い狐型のカードを取り出し、それを上から下へ振る。すると、カードが巨大な白い狐に変化して、竜へと向けて動きを封じる咆吼を放った。
「さーて。頑張ってこうか。絶対勝つぞー!」
「そうだな……」
ウォーカー・ストレンジソング(彷徨い歩きのはぐれ歌・e10608)も頷いて、不意に振り返った。戦闘場所から少し離れたところ。戦闘の影響を受けない遠いところに学校がある。その屋上に、人が集まっていた。自分たちを見ているのだと、すぐに解った。
「犠牲者を見て後悔したくねえから、俺はここに来たんだ……さあ、さっさと勝つぞ」
ぶっきらぼうにそう言って、ウォーカーは縛霊手の祭壇から霊力を帯びた紙兵を大量散布した。今は戦闘に影響がないとはいえ、自分たちが負ければ彼等が死ぬのだ。
「郷に入りては而ち郷に随い、俗に入りては而ち俗に随う。デカブツも地の力には抗い切れぬと見える。抗った処で生命の数は有限だ。狩り尽してまた次の星をその餓えた大口で喰らいに行くか?」
火岬・律(幽蝶・e05593)が雷の霊力を帯びた縛霊手を竜に叩きつける。それでようやく、微かな痛みを感じたのだろうか。
『面白いことを言ってくれる! ……いいだろう。貴様らをまずは踏みにじり、見ている人間共に恐怖を存分に与えたその後で喰らってくれる!』
竜は再び声を上げてその口から氷の息を吐き出した。吐く息さえも凍るような冷気が一気に前に布陣していたケルベロス達を包み込む。
「させない……。この手で絶対引導を渡してやる!」
息が凍る。その一撃だけで意識を奪われそうになる。しかし応えるようにマサムネが叫び、炎を纏ったその足で、グラヴィオールへと駆けた。
●your hope
鋼よりも鋭い牙が走る。秀久達の腕に食らいつくようにして肉を抉った。
「くっ……!」
「……」
続けざまに食い破られた右腕を前に、パールも僅かに楽しげにその傷口を見つめる。既に戦いが続くこと数刻。確実に攻撃は届いているのであるが、ケルベロス達の傷も深かった。前で戦う者は徐々に危険なダメージ域に達し始め、サーヴァント達も殆どが残っていない。
「これくらい、大したこと無いわ♪ まだまだ、逃がさない♪」
デジルが傷口を押さえながら微笑んだ。その身体も血塗れであった。しかし竜は血に濡れた牙を上げる。それと同時に、
「……っ!」
身を起こしざまに尾を振った。爆風が巻き起こり仲間達が吹き飛ばされる。尾に打たれてアリスも吹き飛んで、
「……逃さないわ」
ぐっ。と鷹が身を翻すように踏みとどまった。そして一瞬で跳躍すると、ナイフで青い鱗を切り裂いていく。
「止まりましたね。ここまでで一つの攻撃ですか……」
呆れたような口ぶりで、還はオーロラの如く優しい光を前方で戦う仲間達に展開させる。サーヴァントのるーさんも清浄の翼での回復を行った。ぼやくよう無く丁度は裏腹に、真剣に目の前の竜を見据えていた。
「厳しい戦いですがそれは最初からわかっていたこと。ここが私達、回復手の正念場ですよ。……やりきってみせましょう」
「みんなで最後まで頑張ろう。癒して。逆境に屈しない皆へ活力を……!」
ハクアも、消えたドラゴンくんに視線をやることもなく、きゅっと唇を噛み締める。魔法の木の葉を放ちながら、まだまだと口の中で呟いた。
「ふふ、そうだね。あの子が……待ってるから。みんな、待ってる人がいるから……帰らなきゃ」
コンソラータも親友へと一度視線を向けて。それから生命を賦活する電気ショックを晟へと叩き込む。晟が思わず、
「私達は良い! それより他の者達を……」
既に回復不可能な者も含め、ダメージが積み重なっているから、と彼は言いかけて。それをコンソラータがライトニングロッドを振って遮った。ハクアも微笑む。
「ここまでこられたのも貴方達のおかげ。さ、ここから本番」
「大丈夫。誰一人諦めたりなんてしません」
エルスも守護星座を描き出す。正直な話、ダメージの深い仲間を切り捨てるのも一つ、作戦としてはあっただろう。もしかしたらその方が、重傷者は増えても早く確実に戦えたかもしれない。……けれど、
「お前もあの時のやつらの一匹なのね……」
口の中でエルスは呟いた。その口調は苦々しく。真っ直ぐに竜を見据えて、
「定命化はそんなに怖いの? 精々死の恐怖を味わえよ! でもね、お前は定命化にはならないの。ここで殺してやるからね!」
地面に描いた守護星座が輝き出す。その癒しを受けて、律は縛霊手で殴りながら、網状の霊力で竜の腕を絡み取った。
「……同感だな」
淡々と律は言う。竜が咆吼を上げた。傷だらけのその身体で、竜は未だ倒れない。
作戦は戦闘機戦からの地上戦まで含めて、充分に優れた作戦であった。
問題はない。だからここまで苦戦しているのは……。
「強いねー。でも……いけー!」
未来が御業を炎弾に変えて激突させる。ウォーカーが駆けた。
「あぁ。とりあえずは動きを止める。頼んだ」
電光石火の蹴りは敵の鱗と鱗の狭間を蹴りつける。続けるように琥珀は擬似サーバントで己の身を守らせながら、全身からミサイルポットが発射された。
「敵を攪乱させるわ。急いで!」
続けざまに放たれた攻撃の、致命傷を避けるように竜は翼を翻す。その一瞬の隙を突いて、
「では、一斉掃射なのです。その土手っ腹にでっかい穴空けてやるのですよ!」
紗綾のバスターライフルから魔法光線が発射された。それを回避する間もなく、
「燃え上がれ、悲しみを焼き尽くせ」
パトリシアは焔の魔力弾丸に込めて発射した。それは魔法光線と共に竜へと到達し、氷の量を炎に包み込む。
「地獄の業火に灼かれなさい」
「了解りょーかい。そーれガブッとな!」
ラックスのブラックスライムがその翼の付け根に食らいつく。ジューンも空高く駆けるように竜の身体を駆け上り、
「鎧装天使エーデルワイス……」
一瞬。今回の敵を倒しても視聴者とかいないんだけどね。なんて思いを掠めたのは胸の内。こんなヤバい所に首ツッコむようなキャラじゃないんだけどなーなんて冷静に考えたりしていると、天子も同時に空を駆けた。天子はこくりと、小さく頷く。
「シューティングスター・キーック!」
「まだまだ至らぬメイドですが……参ります!」
二人同時に流星の如き蹴りを放った。
「もうちょっとだね。……いけるよ、頑張ろう。がんばらなきゃ……だ」
海月が自分に言い聞かせるように言って、親友に一度だけ視線を送った後一手遅れて駆ける。一瞬、すれ違いざまに、
「護りたいものがあるから。……だよね?」
とマサムネに声をかけてから、流星の如き蹴りを一つ。同時にガルフが天を仰いだ。
敵に食らいつくオーラの弾丸を放つ。言葉はない。代わりにガルフは竜に負けじと咆吼を一つあげた。声を力に変えるようなその音に、マサムネもブラックスライムを捕食形態に変化させた。
「痛いか痛いか……その痛みを味わうといい、オレも死んだ家族ももっと痛かったよ!」
マサムネは竜を見据えている。目の前の竜はケルベロス達の攻撃を受けて最早傷だらけであった。少しも弱った風を見せていないが、それでもマサムネには解る。……あの時、あの瞬間目に焼き付いた竜の姿とは違うのだ。明らかに。
あぁ、終わるのか。もしくは終わってしまうのかと彼は思った。このまま行けば勝てると。そう思って、彼のブラックスライムが竜に食らいついた。
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足に、何かが触れた。
「……?」
何か踏んだと思ってそっと足を上げる。
何が起こったのか。一瞬何のことだか解らなかった。
踏みつけていたのは、傷だらけで斃れた仲間だった。
「え……?」
思わず手を伸ばす。この光景を見たことがある。彼の、家族が死んだあの時に。
「あ……」
立っている者はただ彼一人。目に前には巨大な竜。
「躊躇ってる時間はない……」
傷だらけの竜は未だ健在。仲間達が死んでも、それでも。
「絶対に殺してやる」
そして仲間を案じるより先に、仲間を助けるより先に。彼はそう呟いた。
……そんな自分に気がついた。
「違う……。私は、私の今を護りたい。ただそれだけです……っ。グラビティ・百烈槍地獄……っ」
叫ぶ声にマサムネは我に返った。シグナルが傷だらけの腕で竜に槍を突き刺していた。その手がゆっくりと槍から離れる。
「だから……どうか、護って。私の……」
表情は少なく。けれども声は泣に聞こえた。ゆっくりと彼女は崩れ落ちる。その目に何が映ったのかは解らない。
「地獄を見せる邪眼……か」
秀久も可笑しげに笑った。そんなことは何でもないかのように。しかし其処までであった。竜から放たれた鋭い眼光に身を貫かれ、彼はそのまま倒れる。
邪眼は光線のように仲間達を貫き、そして一部の者に世界の地獄を見せつけた。各々が思う、各々の内から造り出された現実ではないその光景は彼等の動きを鈍らせる。即ちパラライズであった。マサムネ達が気を取られた一瞬の隙を突いて、竜は尾を振り回す。
「……!」
パールが一瞬後方に視線を向ける。後方へと飛んだその一撃を受け止めた。同時に魂を食らう一撃を竜へと叩き込もうとするも、
それ以上手が動かなかった。戦籠手を嵌めた腕がだらりと落ちて、橇手地面に倒れ伏す。
「……♪」
倒れる前ですら楽しげに。彼女は歌を歌っていた。
「……」
庇われた還は軽く己の頬をひっぱたく。「収穫期じゃなくても、最初っから本気でしたよ」なんて口の中で呟きながら、即座にオーロラのような光を造り出した。
「……皆さん、大丈夫ですか」
「私は。……でも!」
エルスが守護星座を描き出しながら声を上げる。尾と同時に噛み砕く攻撃が余すことなく後方支援を行っていた者達を襲ったのだ。エルスを庇った晟は可笑しげに喉を鳴らした。エルスに向かって良い、と片手を上げる。
「生憎だが、私は正義の味方でもヒーローでもないのでね。後は任せる……と、する……か」
「うん。ボクもね、信じてるよ。ボク達が繋いだものは、絶対切れはしないって……」
同じように鈴華も力を失って倒れる。励ますように最後まで、その顔は笑顔であった。
「……っ」
きゅっと唇を噛み締めて、エルスは小さく頷く。負けてやらないと。言うより先に仲間を守護する陣を完成させた。
「あぁ。趣味の悪い技ね」
パトリシアも造り出して仲間を癒す。何処か可笑しげな口調であるが、内心はどうかは解らない。……心の奥に仕舞った、流れる血の記憶がきっとあの技に掛かったら目の前に現れてしまう。それが解っていたから。それが彼女の地獄だから。けれどそんなことは口にも出さずに、パトリシアはそっと己の羽に視線をやった。
「ソラくん」
「大丈夫だよ。前の方が傷が深い」
海月の言葉にも冷静にコンソラータはキュアをかける。打たれた傷が痛むはずなのに、気にするでもなく仕事をこなす彼に海月は小さく頷いた。
「ああ……わかったよ」
言いながらも、彼は魔道書を手繰る。口をついて出るのは仲間を強化する禁断の断章。
「皆の力合わせれば、敵わぬ相手じゃない……そうでしょ?」
もう一度、同じ事を。周囲を励ますように力強く言って彼は笑った。その笑顔にハクアも小さく頷いてオーラを溜める。
「そうね。覚悟はとうの昔に出来ているけれど……」
どこか遠くを見るように。目の前の敵を見据えて、
「まだもう少し。苦しんで。苦しんで耐えようか。……みんなで」
その熱いオーラを受けて、アリスも手にしていたナイフを握り込んだ。
「……お前は、他者の領域に土足で踏み込んだ」
再び、駆ける。今度はもっと高く、高く空を飛ぶように竜の身体を蹴って空へと飛ぶ。先程目にした。己の地獄の幻を思い出して。
「そして、あまつさえ、無力な人を手に掛けようとした。……だから、その報いを受けるべき」
竜が此方を見る。その視線をしっかりと受け止める。そしてアリスは氷結の螺旋を叩き込もうとする。……しかし、
「――!!」
させぬと、言ったのだろうか。竜は鋭い咆吼を上げた。そして腕を振り彼女を叩きおとさんとする。だが、
「後ろが疎かでやがりますよ、デカブツさん!」
その隙を狙って、紗綾がバスタービームを叩き込んだ。
「ほんまやな。ほな、ズパッと一閃」
ラックスもその傷を広げるようにして切り裂いていく。
「っしゃ、当たりやがりました!」
「だったら任せて! 鎧装天使エーデルワイスはくじけない! この一撃を受けてみろ!」
紗綾がぐっ。と拳を握りしめると同時にジューンも大仰な動作からどーんと拳を竜へと叩きつけた。
鱗が剥がれる。竜が苦悶ともつかぬ咆吼を上げた。それを封じるように、ガルフが精神力の鎖を飛ばす。
負けじと、かき消すように彼も咆吼を上げる。巨体を縛り上げるその鎖に、絶対に、昔自分が世話になった場所を壊させやしないという意志を感じた。
「そうね。そのまま動かさないでね?」
デジルが駆ける。鎖に縛られた竜の身体へと、魂を食らうような一撃を叩きつけた。傷だらけで尚も踊るように。長い髪が優雅に揺れる。
「私も単純なの、好きよ♪ どっちが先に倒れるか。見物ね?」
勝利を確信して疑わない口調に、伸太郎も駆ける。入れ替わるように炎を纏ったその蹴りで、
「貴様が善なる竜ならどれだけよかったか。悪竜は尽く、人が滅ぼす定めだ」
確実に傷口を重ねるように蹴りつけた。
「ほら。君も早う。大丈夫やよ、この敵は、みんなで勝てる」
「そうです。一人では倒せない敵でも……みんなで力を合わせたら、絶対に勝てます!」
キアラがオーラでマサムネの傷を癒した。彼方もチェーンソーの刃で傷を広げながら声をかける。
「……」
あぁ、とマサムネは頷いた。絶対にこの手で。絶対にと言い聞かせるように拳を握りしめて、
炎を纏わせた靴で駆けた。竜が此方を見る。それでその瞬間に解った。……グラヴィオールは、自分が殺した「虫けら」の顔なんて絶対に覚えていない。
だから、マサムネのこともきっと、他のケルベロスと同じくらいにしか思っていない。
「……はは」
これじゃあまるで片恋だと、いつもの彼なら言ったのかもしれない。
『――!』
おぉぉぉぉ、と竜が吼えた。気合いのこもった一撃を竜は羽を使ってガードする。
『させぬ、させぬぞ……!』
「おうじょうぎわが、わるいの」
「全くですね」
結華とレベッカのガトリングガンが火を噴いた。その攻撃に律も続く。
「……大丈夫ですよ」
「え?」
「勝てます。俺は俺の利益にならないことはしません。勝てます。でも勝ち方も、もっと大事です」
言われて、マサムネは顔を上げる。顔を上げて竜を見た。……嘗て見たその姿の竜は、今や傷だらけであった。
「そうだな。ここで終わらせる。今ここで……全部だ!」
ウォーカーが「覚悟のストレンジソング」を歌いながら。その歌を呪文代わりに縛霊手の掌から巨大光線を発射した。天子も続けて氷結光線を叩きつける。
「計算上、多少の犠牲は出るかもしれませんが、倒せぬ敵ではありません。……ヒールドローン。防衛を」
「うんっ。もうちょっとだよー」
琥珀がヒールドローンを展開し、未来もブラックスライムを槍のように変形させて竜へと突き立てた。
「今は辛くても……難に臨みて退かず……だよっ!」
雷光纏った斬霊刀が煌めく。朔耶の攻撃を竜は辛うじて避けた。そのギリギリの回避に合わせるように、昌親は炎を纏った弾丸を叩き込んだ。
「何れにしても、次で決まる」
「どっちも、次の一撃には耐えられませんか……」
還がオーロラの光を仲間達に向けながら独白した。竜のその目の奥が、僅かに光った気がした。
●change the world
「だったら話は簡単ね……。氷の竜よ。炎に焦がされる気分はどうかしら?」
パトリシアが再び炎の魔力を込めた弾丸を撃ち出した。
「やぁね、ゾクゾクしちゃうじゃない? わたし達はわたし達のまま、必ず厚い氷を溶かしてみせるわ」
「……まだまだ、撃ちますよ!」
パトリシアに続いてレベッカも爆炎の魔力を込めた弾丸を放つ。炎が巻き上がり、その炎の中で伸太郎は竜へと肉薄する。
「オン・バザラ・タラマ・キリク・ソワカ! 衆生を遍く救済せんとする御仏よ。今こそ我が手に其の手の1つを。我は盾を持たぬ者の盾也」
その高速の突きでもって相手を刺突し、其処から大量のグラビティ・チェインを注入し、相手を体内からオーバーフローさせ自壊させる伸太郎の技に、それを払いのけようと竜の爪が動く。……だが、
「捕捉。追撃します。……外しは、しません。絶対に」
琥珀がアームドフォートの主砲を一斉発射してその爪を貫いた。
『笑わせてくれる! 群れねば何も出来ぬものどもが……!』
竜は吼える。吼えて氷の息を吐き出した。凍てつく息は刺すような痛みと共に前方へ布陣した仲間達へと降り注ぐ。
「……っ」
マサムネは両腕を庇うように前に出した。……しかし、
「……そうやな。うち一人やったら、明日の天気教えるくらいしかできへん」
その前にキアラが立ち塞がった。代わりに氷の棘を受け、彼女はゆっくりと膝をつく。
「……でも」
「私達は、支え合える。闇こそ光を支える者たれ。……そう教えられた」
崩れ落ちる彼女の横をアリスが駆けた。その手は、身体は凍っている。傷だらけの足に力を込めて、もう一度アリスは鷹の如く跳んだ。
「……逃さないわ」
青いオーラを纏った斬撃は竜の身に食い込み血が流れ落ちる。竜の咆吼が先程までと違う色を帯びた気がした。
「あなたには解らないでしょうね。憎みでは戦ってあげないわ。憎しみでは、一人では勝てないもの。それにあなたは負けるのよ」
デジルは魂を食らう一撃を叩きつける。さも可笑しげに。大切なことを告げるように。彼女は言った。
「それはね。……愛よ」
そうして血で汚れた指を差す。遙か遠い彼方で、此方を見守る街の人たち。表情なんて決して解らない。声は勿論届かない。……でも、
「僕達は……一人じゃない!」
彼方が稲妻纏った槍を突き刺す。
「共に歩む道を護る。……それが、俺達の使命だ」
言って。昌親は手を握りしめる。先程の吹雪で、もう身体の感覚がなかった。それでも愛銃に氷の弾丸を装填し、全弾を撃ち込んだ。
「雪国に咲く桜を見せてやる。……今こそ狂い咲け、氷桜ッ!!」
弾丸は周囲を巻き込んで凍結し、さながらしだれ桜のように竜の身体を凍結させていく。それを見届ける間もなく、昌親もまたゆっくりと地面に倒れ伏した。
「こういうのを、年貢の納め時って言うんだな。……お前は死んでいく。独りで。今までの報いを受けて。言ったよね。ここで殺してやるからねって」
エルスもオーロラの如き光で仲間達を包む。目線をハクアの方にやると、ハクアも小さく頷いた。ぽちっと押した爆破スイッチでカラフルな爆発を発生させる。ちょっとこれは恥ずかしいかも。なんて少し照れたように微笑みながら、
「とどめを刺そう。でも、熱くなりすぎないで。わたし達がいる事を忘れないで。見守っているから……」
「くらい夜明け前も、いつかはあけるから……」
結華がファミリアシュートを打ち出す。果敢に襲いかかる小動物に、
「あんたなんかの好きにさせないよっ! これで決着! ちぇすとぉぉ!!」
朔耶が雷光纏った斬霊刀を突き立てた。
肉が割ける音。流れる血。未来が続けるように御業を炎弾に変えて叩きつける。けれどもトドメには至らない。
「ダメだった……。任せたよ!」
未来が振り返る。えっ。とマサムネが思わず問い返した。
「やらないのならば、私がお掃除いたしますよ」
「俺ら空気読めへんからなー。そんなでひっくり返されてもかなんし」
天子がファミリアシュートを打ち出し、ラックスも炎を纏った蹴りを繰り出す。
「俺は……」
マサムネは言葉に詰まった。彼等はさっき、自分がどんな幻影を見ていたか知らない。仲間達よりを仇を優先させようとしていた。そんな自分を知らない。あれは確かに幻だけど……、自分の本当の声が聞こえた気がした。
「俺は。……オレは。そんな、風にして貰う価値なんて」
憎くて。憎くて憎くて憎くて。
……だから、よく解らない苦しさがあって。奴が大事な人を殺したことも。自分の事なんて全く覚えていなかったことも。そして……こうして悲鳴を撒き散らしながら死んでいくことも。
全部が、苦しくて。そしてこの街の人や、仲間が隣にいることなんて、もう全く解って無くて。
「……ボクも、本当はそんなキャラじゃないんだよね」
不意に、ジューンが言った。言うと同時に拳を固める。痛烈な拳の一撃を浴びせかけ。そしてくるりと振り返った。
「でもね、私は鎧装天使エーデルワイスだから。困ってる人のために、正義のために。……そして、苦しそうにしてる仲間のために戦うんだよ」
最後は普通の女の子のように微笑んで。彼女は言う。
「さあ、でっかい花道作ってやるですよ! どかんと一発やっちゃってくださいです!」
「そうですね。この決着が君の幸いとなる事。それを俺の今回の、報酬としましょう。……行ってきてください」
紗綾が一瞬の精神集中の後、高速でトリガーを引いた。千なる一の銃声。放たれた弾丸は全てが一点に集約される。……即ち竜の足に。そしてその目をくらますように、律もまた独特の歩行で竜に近付き、
「ーー千里の外、四方の界」
体内の気を呼び水に場のグラビティ・チェインを調整、衝撃波として相手に伝える打撃技を放った。その波長のためか、聞こえる鈴に近い清音を破るように、
「大丈夫。……大丈夫」
ガルフが励ますように吼えた。慣れない人語で、精一杯思いを伝えた。自分たちが付いてるからと。それと同時にオーラの弾丸を放つ。目をくらませるようなまばゆい光に竜は思わず闇雲に爪を走らせた。
「この歌が聞こえるか……。どうか、頼んだぞ……」
ウォーカーも励ますように歌いながら、蹴りを竜へと叩きつける。……其処に、
「ほらっ!」
海月が禁断の断章を紐解き詠唱する。そしてその思いを伝えるように軽くマサムネの背を押した。
「悪夢は、もう終わって良いって思うんだ。……行ってらっしゃい」
その背に押されるように、マサムネは走り出した。それを見送って、コンソラータも生命を賦活する電気ショックを飛ばす。
「ミィがあんな事するなんて面白いね」
「いや、戦ってるとき、親友にみっともないとこは見せられない……。うん、かっこつけたいって、っておもった、だけ」
からかうような親友の言葉に、海月は肩を竦める。そして、走っていく仲間の背中を見送った。
絶対に、殺してやると思ってた。
大事な人を殺した仇を、絶対に殺してやると思ってた。
本当にもう、そればっかりで。
其処に、背に追うた人も、支えてくれる仲間の重みもなかった。
けれども。
けれど……。
「グラヴィオール」
マサムネはその前に立つ。長年探し、追い求めたそれは、
苦しげに、追い詰められ、息も絶え絶えに今地に伏そうとしていた。
……仲間達が、ここまで追い詰めてくれた。
「これ以上の悲劇は繰り返させない」
先程とは違う重みで、彼は言った。竜は顔を上げる。苦しげな息の下、それでも、
『定命のものが。履き違えるでないぞ。独りでは何も出来ぬ塵芥がが……!』
「知っている。……知っている! それでも!」
マサムネは拳を握りしめる。
「君に災厄を逃れる術はない……弾け飛べ!」
煌めく流星の輝きを、マサムネは竜の身体に叩き込んだ。鱗が剥がれ、弾けるような音がする。
『――、オォォォォォォォォ!』
咆吼。巨体は音を立てて崩れ落ちる。それで……本当にお終い。それ以上、竜が動くことはなかった。
「やった……のか?」
本当に? マサムネはグラヴィオールの死骸を殴り続ける。何度も、何度も、確かめるように。否定するように。その衝動を押しつけるかのように、殴り続けた。
もう目を開けることはなく。絶望を撒き散らすこともなく。死なないはずだった生きものはただの肉塊になって、きっとこれから処理されていく。きっとマサムネのことを、自分を倒した沢山のケルベロスのうちの一人だとただ思ったまま奴は死んだ。
それは正しい。一人では勝てなかった。処理されなければ肉体は朽ちていくだけだ。傷付いた仲間達は癒さなければならないし、壊れた建造物は直さなければいけない。それが正しい世界の営みだ。
だから、この世界はなんて正常で、残酷で、なんて滑稽な……、
「――」
不意に声がして、振り返った。気がつけばいつの間にか、遠くから見守っていた街の人々が彼等の元へと駆けつけたのだ。
お疲れ様でした。ありがとう。そんな声が聞こえている。
大丈夫? と負傷した仲間達が手当を受けている。
……時間は、動き出す。例え何が死のうとも。何が壊れようとも。
「おや。……お帰りなさい。今日は三沢が私の自宅ですから、これで正しいですね」
すぐに還が気がついて片手を上げて声を上げた。仲間達も顔を上げる。優しい声と。晴れやかな笑顔と。暖かな日差しに……、
「――」
彼は口を開いた。
作者:ふじもりみきや |
重傷:シグナル・ランフォード(赤ノ斬リ姫・e02535) キアラ・ノルベルト(天占屋・e02886) 神崎・晟(熱烈峻厳・e02896) 丹羽・秀久(水が如し・e04266) パール・ワールドエンド(界竜・e05027) 陸奥・昌親(失意の撃鉄・e13604) 龍・鈴華(龍翔蹴姫・e22829) 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年4月6日
難度:やや難
参加:30人
結果:成功!
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得票:格好よかった 43/感動した 8/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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