八竜襲撃~災い、海より来たる

作者:天草千々

 その竜は、はるか東の海からやってきた。
 何を喰らえばそう成れるのか、どれほどの屍の上にその姿があるのか。
 燃え上がる炎のように輝く体、風を切る一対の翼、4本の脚、長大な尾――それらは並の竜と変わらない。
 まず決定的に違ったのは、その大きさである。
 ゆうに40Mはあろうかという巨体は到底現実のものとは思えない。
 それから、七つある首だ。
 そのそれぞれが1本の角を持ち、うち一つの頭は二対4本を冠のように戴いている。
 そして首に、翼に、足に、尾に、その全身には巨大な鎖が巻きついていた。
 けれど『それ』は決して捕われてなどいなかった――少なくとも人々にとってはそうだ。
 その日、人は災厄の形を知ることになる。
 東京湾、お台場。
 忽然と海から飛来した『それ』は、高架橋を胴で突き崩しながら進むと、手近なビルにその七つの首を絡ませ、幼子が折紙細工を無遠慮に握るように締め上げた。
 人の知恵と鉄骨とコンクリートで作られた摩天楼はわずかに軋み、かすかな抵抗のあとあっけなく崩れ去った。
 建物内の人々の悲鳴は、より大きな崩落の音にかき消される。
 その轟音が、居合わせた人々を自失の時から現実へと引き戻した。
 悲鳴とヒステリックな車のクラクションを伴奏に『それ』はゆっくりと歩みを続ける。
 逃げるものを追うことなどしない。ただ自分の思うように進み、蹂躙する。
 『それ』は知っていた、憎悪の生まれるところを。
 逃げ延びるものがあればこそ、憎しみの種は育つのだと。
 『それ』は知っていた、絶望の活かし方を。
 語るものがあればこそ、恐怖と言う病は広まるのだと。
 ――ただし、通った後には動くものを残すつもりはない。
 失われたものが多いほど、嘆きは強くなるのだから。
 七つの首それぞれが炎を吐き、大地を炎の赤で染める。
 道を、街を、人類が時をかけて築きあげてきた全てを容易く突き崩して『それ』は進む。
 もはや逃げ場などどこにもなく、お前たちはただ気まぐれに踏み潰される蟻なのだと人々に教えながら。
 災厄の名は帝竜・セリオン。
 あるいはこう呼ぶものもあるかもしれない。
 すなわち、黙示録の竜と――。

「複数のドラゴンが『竜十字島』から日本へ向かっていることが確認された」
 島原・しらせ(サキュバスのヘリオライダー・en0083)の顔は緊張によるものか、常よりも一層白く見えた。
「現時点では難攻不落と目される『竜十字島』だが、そうであってもこの地球に存在する限り定命化の影響からは逃れらない」
 とは言えドラゴンたちに地球を愛するという選択肢があろうはずもない。
 彼らが選んだのは、地球に住まうものの憎しみと嘆きで自らをながらえさせる道。
「本当にそんなことが可能なのかは分からないが、彼らは今回の作戦でそれを確かめるつもりのようだ」
 引き起こされるのは、グラビティ・チェインの収奪さえ副次的なものでしかない虐殺のための虐殺、破壊のための破壊だ。
「放置すれば犠牲者は数万人にものぼるだろうが……市民の確実な避難や、多数を動員しての迎撃は時間がかかり、予知を乱す可能性が非常に高い」
 とりうる手段は一つ、ドラゴンの襲撃場所にて少数精鋭でこれを迎え撃つ作戦だけだ。
「30人、それが予知に影響がない範囲で勝利が見込めるギリギリの人数だ」
 ケルベロスたちが向かう先は東京、お台場。
 敵は海上から飛来した七つ首のドラゴン、帝竜・セリオンだ。
「奴の狙いは、東京都心部の破壊。目に付いた高層建築物を次々に破壊して、人々に恐怖を与えようとしている。阻止に失敗した場合の被害は、おそらく最も大きいのは間違いない」
 帝竜・セリオンは、目に付いた高層建築物に7つの首を巻きつけ、締めあげるように破壊しつつ東京中心部へと向かっていく。
 これは、襲われているビルに居るもの、そして、それを目撃する者達に、より強い恐怖を与える為の示威行動だろう。
 並外れた巨体に加え、縦横無尽に動く七つの首がそれを可能にしているという。
「検討した結果30人を7班に分け、それぞれが七つの首にあたってこれを無力化し、そののちに戦闘可能なものでセリオン本体に止めを刺す、という作戦が有効だと思われる」
 敵がビルに破壊する為に首を巻きつけた時が、攻撃のチャンスとなる。
 首を無力化する事ができれば、セリオンの攻撃の威力や精度は多少衰えていくはずだ、としらせは言う。
「別の班への合流には多少なりとも時間がかかり、その間もセリオンの攻撃にさらされる事になる。基本的には戦力を大きく偏らせることは避けて、7班それぞれが自分たちの相手に勝利できるよう考えたほうがいいだろう」
 そういってしらせは地図を示す、セリオンの上陸地点は、高架鉄道駅のすぐ近くだ。
 迎撃地点を示す赤い×はそこから程近い海沿いの丁字路につけられていた。
 竜とその進行方向を表した矢印が指し示す北に伸びる道に、立ちはだかるように1班、その道に面して立つ東西のビルの屋上にそれぞれ2班、そして竜を挟み込むように東西の道に1班ずつの計7班が、コの字形に配置されている。
「敵の巨大さを考えると本来は高所に陣取るのが好ましいと思われるが、全員を建物上に配置すると、攻撃の余波で倒壊を招く恐れがある」
 そのための配置だ、と言ってしらせは注意点を付け加える。
 地上の3班はセリオンの巨体と建物に遮られ、互いの様子を確認するのは困難なこと。
 屋上班が地上に移動する場合は飛び降りればいいが、屋上への戦闘中の移動は当然飛行可能な種族に限られること。
「そういったことも考慮して、戦力を割り振って欲しい……それから、建物や周辺道路からの一般人の避難だがこれを助ける余裕はない」
 苦々しい顔で言った後、ただ、と付け加える。
「セリオンは自らに絶対の自信を持ち、敗北の可能性など少しも考えていない。皆の存在を認知すれば、まずケルベロスを打ち倒すことで人々を絶望させようとするはずだ」
 迅速な迎撃が避難のための猶予を生むだろう、と言ってしらせは資料を見つめなおす。
 全てを伝え終えたことを確認し、ヘリオライダーの少女は小さく頷いた。
「ゲートの所在が知れたとは言え、いまだドラゴンは――」
 言いかけて、言葉を切った。
「いや、そうじゃないな」
 小さく呟くと、首を横に振って音が鳴るほどに強く両の頬を打つ。
 ケルベロスたちの視線が集まる中、頬を赤くしたしらせが毅然とした表情で叫んだ。
「――この戦いをもって、ドラゴンたちへ示そう! この上私たちの守る地を侵そうというなら、相応の代価を支払ってもらうと!」


参加者
ゼロアリエ・ハート(晨星楽々・e00186)
新城・恭平(黒曜の魔術師・e00664)
ノーフィア・アステローペ(黒曜牙竜・e00720)
リブレ・フォールディング(月夜に跳ぶ黒兎・e00838)
御門・心(オリエンタリス・e00849)
草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028)
エスカ・ヴァーチェス(黒鎖の銃弾・e01490)
パール・ホワイト(サッカリンミュージック・e01761)
伏見・万(万獣の檻・e02075)
ソーヤ・ローナ(風惑・e03286)
舞原・沙葉(生きることは戦うこと・e04841)
スヴァルト・アール(エリカの巫女・e05162)
佐久間・凪(大地を裂く少女・e05817)
スタン・レイクフォード(電光石火・e05945)
クライス・ミフネ(黒龍の花嫁・e07034)
竜峨・一刀(龍顔禅者・e07436)
タニア・サングリアル(全力少女は立ち止まらない・e07895)
コルチカム・レイド(突き進む紅犬・e08512)
イルリカ・アイアリス(虹の世界・e08690)
虎丸・勇(グラスナイフ・e09789)
フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)
山口・ミメティッキ(サキュバス失格・e10850)
緋色・結衣(運命に背きし虚無の牙・e12652)
高辻・玲(花酔・e13363)
山彦・ほしこ(山彦のメモリーズの黄色い方・e13592)
ソル・ログナー(流星の騎兵・e14612)
リーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540)
天音・久詞郎(二人で一人・e17001)
ステラ・アドルナート(勇ましき狂奔・e24580)

■リプレイ

 地を揺るがす響きと人々の悲鳴。
 海から飛来した巨大な竜が高架橋を突き崩して進むさまに、あたりは恐怖と混乱の渦に飲み込まれていた。
 脅威から逃れんとする動きの中で、その大きな流れに逆らう姿があった。
 ひとつは東、高架鉄道駅方面へと向かう三車線。
 竜に遮られる形で後続の途絶えた車の群れを、すり抜けるように行く4人と1体。
 先頭を行く赤毛の青年が、気負わない様子で歩道を行く人々へ声をかける。
「皆、落ち着いて避難してねー」
 その姿が光を放ち、黒衣が翻った。
 両の手には2本の槍、それをいささか芝居っぽく回してゼロアリエ・ハート(晨星楽々・e00186)は穂先を七つ首の怪物へと突きつける。
「――アイツは、俺たちが止めるからさ!」
 ケルベロスだ、と誰かが明るい響きを伴った声を挙げる。
 不安に満ちていた場の空気が変わっていくのを感じながら、ゼロアリエは笑顔を返す。
「でも、4人じゃ無茶だ!」
 また誰かの声。
 それにノーフィア・アステローペ(黒曜牙竜・e00720)が、かたわらのボクスドラゴン、ペレを抱えあげて応える。
「この子もいるよー」 
「大丈夫です。私たちだけじゃありません」
「沢山、集まってる、だから……早く、逃げて……」 
 残る2人、御門・心(オリエンタリス・e00849)が励ますように言い、リーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540)が追従する。
 少女たちは案ずるような人々の視線に力強く頷き、恐れることなく竜へと駆け出した。
 そこに、高く空から声が降ってくる。
「ドラゴンさん! ボクたちケルベロスが相手になるよ!!」
 ビルの屋上から叫んだ白い髪の少女、パール・ホワイト(サッカリンミュージック・e01761)は、メガホンマイクを隣の少年へと手渡す。
「体が大きいだけのトカゲなんかに、ボクたちは負けません! 皆さんは巻き込まれないよう避難してください!」
 大きく息を吸い込み、地上へと叫んだ天音・久詞郎(二人で一人・e17001)はその音量に自分で驚いたように肩を震わせた。
 そんな年少の仲間たちの姿にわずかに笑みを浮かべながらも、虎丸・勇(グラスナイフ・e09789)の体は硬く強張っていた。
 彼女たちが居るのは9階建てのビルの屋上、竜の首はそれさえも見下ろす位置にある。
(「やばいな、震えが止まんない」)
 浅い呼吸、早まる鼓動、ときおり全身を走る震え、目の前の脅威に体は正直な反応を示していた。
 余人の目の届かない場所でよかったと素直に思う。
 恐怖はいつも勇と共にある、それでも戦うことから逃げ出せたことはない。
 決して譲ることのできない何かがそれを許さないのだ。
 であるならば、震えながらでも戦うしかない。今までのように、いつものように。
(「大丈夫、大丈夫――絶対死んでなんかやるもんか」)
 決意と共に唇を白くなるほどかみ締めた。
 恐れはきっと、多くが感じている。
「ハッ、今までの竜より『ちょっと』デカいだけだろ」
 そううそぶく草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028)もその1人、けれどここに居るのは、他の者と同様にそれでも立ち向かうことを選んだから。
 道をまたいで架かるビルとビルを繋ぐ連絡通路。
 ちょうど竜の正面になるその場所で、太陽を覆い隠しそうな巨体を見上げ、それでも金髪の少女は強気の笑みを浮かべる。
「じきに戦場になります、急いでくださいっ!」
 その隣で一際小柄な佐久間・凪(大地を裂く少女・e05817)が手摺りから身を乗り出して叫んだ。
「歌って踊って祈っちゃうノマドご当地アイドル『山彦のメモリーズ』のほしこです☆ ――心配しなくても時間はおらたちが稼ぐから、事故に気をつけて逃げとくれ!」
 明るい声で山彦・ほしこ(山彦のメモリーズの黄色い方・e13592)が続けて呼びかける。
 見上げた人々は少々場違いなその姿に一瞬怪訝そうな表情を浮かべ、やがて喜びを伴う驚きで顔を輝かせた。
 年齢や性別、姿がどうであろうとデウスエクスに立ち向かおうとするのなら、それが何者かは教えられるまでもなく知っている。
 避難を急ぐ流れに秩序と落ち着きが戻るのを確認して、凪は空を見上げる。
(「これが黙示録の竜……兄の本に描かれていたドラゴンですか」)
 彼女とて目にするのは初めてだった。
 けれど凪は『これ』を知っている、そしてこの後に何があるのかも分かっている。
 無警戒に歩みを続ける姿は恐らくケルベロスたちなど気にもしていないのだろう。
 無論、凪に黙って踏み潰されるつもりなど毛頭ない。
「止めます」
 と、決意を口にして少女の手には無骨な縛霊手とバトルガントレットを打ち合わせる。
 竜が仲間たちが屋上へ陣取るビルへと、その首をゆっくりと伸ばす。
 それが始まりの合図だった。

「見せてやるよ! 超克を示す、太陽の輝きを――俺たちの力をッ!」
 低層に無防備に伸びてきた4本角の首に対し、まずしかけたのはあぽろだった。
 軽く跳び、手にした刀で描いた銀弧は鎧のごとき鱗の間をするりと通る。
 それに続いた仲間たちが振るったのもまた、刀だった。
「森羅流、クライス! 推して参るっ!」
 猛禽の影のようにふっと過ぎる一撃はクライス・ミフネ(黒龍の花嫁・e07034)のもの。
 続いた攻撃に竜の顔がついにケルベロスたちの姿を捉える。
「破ッ!」
 視線を恐れることなく真正面から行ったのは竜峨・一刀(龍顔禅者・e07436)。
 竜の顎へと突き立った蒼い雷は、喰らいつかんとする竜から顔を蹴り飛ばして離れる。
 静かな声が続く。
「来たれ雷公」
 その一撃、まさしく紫電一閃。
 高辻・玲(花酔・e13363)の斬撃は一刀の突きに速さで勝り、太刀筋はあぽろのそれよりも流麗だった。
「――憎悪や拒絶を糧に生きながらえようとは、随分な悪路を行く旅だ」
 しかしその先に待つのも結局は終わりでしかない、と断じて玲は告げる。
「ここで断ち斬って差し上げよう、道も、命さえも」
 ざぁ、と音を立て凪の紙兵が自身と一刀、クライスを守るように展開された。
「さぁて、映画みたいに怪獣退治だ!」
 多くの命がかかったこの戦いは、いつかどこかで語られる事になるだろう。
 それが恐怖と憎しみでなく勇気と挑戦の物語となるように、ほしこは普段どおりに、いやそれ以上に明るく振舞おうと決めていた。
 輝く流星の一撃が、地から天へと上っていく。

「前は頼みましたよ、ソル!」
「あいよ、ねーさん」
 竜を東に望むビルの屋上。
 既知の仲であるスヴァルト・アール(エリカの巫女・e05162)に軽く応えつつ、ソル・ログナー(流星の騎兵・e14612)はいささか前がかりになっている自分を覚える。
 すっと彼を追い抜いたスヴァルトのルーンアックスが輝きを放ち、唸りを上げてその刃を千年樹のごとき首に食い込ませた。
 どう動くべきかわずかにためらったあと、ソルは声をあげた。
「辛苦の道が続こうと、燃ゆる魂尽くことなし。人の心をナメるなよ大敵! 俺達の往く道は、阻ませねェ!」
 ここに集った者の決意を代弁するような言葉が、仲間たちに力を与える。
 ポジションを予定に合わせる一手、そのわずかな空白が致命的となるかもしれない。
 ゆえにこのままで行くと決めた。
 幸い、盾をつとめるものは他にいる。
 ライドキャリバーのマシンアーチャーをちらりと見やる。
「随分とデカイやつだが、あの首が絡まったりしないもんかね」
 鋼の騎馬は軽口を叩く主人、スタン・レイクフォード(電光石火・e05945)を背に乗せ、人馬一体の突撃を見せていた。
 屋上を駆けて跳ぶ騎馬の体は炎で燃え上がり、直後閃いたスタンの槍は竜の体に突き立つと同時に雷を放つ。
 うるさげに払うような一撃を人馬は上下に別れてかわした。
 愛馬を蹴ってスタンは上へ、マシンアーチャーは身を倒しつつ下へ、その間を竜の首が行き過ぎる。
「黙示録の竜、の割に頭に666の数字もないが……まあいい、竜退治と行こうか」
 新城・恭平(黒曜の魔術師・e00664)は敵を静かに見定め、雷の防壁をソルとマシンアーチャーの前へ呼び出した。
 
 おなじ屋上のやや離れた南側、リブレ・フォールディング(月夜に跳ぶ黒兎・e00838)は、竜の動きを待つことなく、自ら仕掛けた。
「捉えましたよ」
 屋上の床を蹴って跳び、竜の体を蹴り、宙に生み出した刹那の足場を蹴って加速して、くり返す跳躍のすれ違いざまにナイフで、チェーンソー剣で、エアシューズで無数の傷を着けていく。
 そうして最後に竜の体を蹴って、屋上へと飛び戻る。
 ぐんぐんと近づく床、頭から衝突するかに見えたその刹那、伸ばされた腕がぐんとリブレの体を振り回す動きで引いて、勢いを横向きへと変換し、着地を助ける。
「引くのがおせーです」
「なら自分で着地すればいいじゃない!」
 大きく声をあげながら、コルチカム・レイド(突き進む紅犬・e08512)は別段怒った様子でもない。
 兎の少女を追ってきた首を電光石火で蹴り飛ばして叫ぶ。
「面倒くさがり!」
「2人とも、喧嘩はあとだ」
 静かな声と共に赤い炎をまとった剣が閃く。
 緋色・結衣(運命に背きし虚無の牙・e12652)の手にした斬霊刀は、相対する竜の赤より鮮やかに燃えていた。
 丸い月のような光の球が何かを言い募ろうとしたリブレの額ではじける。
「敵ァ向こうだ、食いつくならあっちにしときな」
 犬と兎の少女に、狼の男が牙を剥いて笑う。
「奴さんもやる気になったみてェだしよ」 
 空のスキットルを放り投げ、伏見・万(万獣の檻・e02075)は顎で竜を示す。
 直後、戦場に声が響いた。
 
『そうか、来ていたのだな。小さき者の牙よ――』
 耳をつんざく、というほどではない。けれど空気を、体を震わせる大きさを伴う声。
 その内容に随分と余裕があることだな、と恭平が零す。
 どれほど本気かは知れないが、唯一の脅威であるはずのケルベロスに対して、今の今まで大した反応を示していなかったのは事実だ。
「傍若無人って感じの発言だね」
 呆れ笑いを浮かべながら、パールが静かに負けん気を燃やす。
『では後悔するがいい、自らの巣で震えていれば良かったと』
 それまでの反射や破壊の為の動きとは違う、明らかな攻撃行動。
 七つの首はにわかに信じがたいほどの速度でケルベロスたちを襲った。
 いたるところで、苦悶と驚きの声があがる。
 4本角の首がしゃくりあげるような動きで凪を、一刀を、クライスを角で跳ね上げる。
 頭上の首に身構えたゼロアリエたちを、地を撫でるように伸びた右前足が薙ぎ払った。
 舞原・沙葉(生きることは戦うこと・e04841)を突き飛ばしたフローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)の体に大剣のごとき牙が突き立つ。
「ぐぁッ!!」
 ビルの屋上、突き込んだ角で恭平を引っ掛けたあとに放り投げ、牙に裂かれたスヴァルトの体が真っ赤に染まる。
「こんのっ……!」
 暴風のような一撃はリブレの速度を上回り、コルチカムを床へと切り伏せた。
 脚を止めぬまま盾になろうとする前衛陣の網をかいくぐり、エスカ・ヴァーチェス(黒鎖の銃弾・e01490)とビハインドのアメちゃんへと牙が迫る。
 そうして衝突の瞬間に備えた勇とライドキャリバーのエリィを嘲笑うかのように、直前でぐんと伸びた一撃がレフィス・トワイライト(敗者・e09257)と久詞郎を襲った。
 わずかに一度、だがその攻撃はケルベロスたちに決して浅くない傷を負わせた。
 
 止まない雨はない。
 けれど、それまでに何もかもが洗い流されてしまうことだってある。
 久詞郎に光の盾の防護を与えながら、レフィスは背に冷たいものを感じていた。
 全ての攻撃に備えることは出来ない。
 そういう意味では今角による一撃が、レフィスたちを襲ったのは不運と言えるだろう。
 けれど同時に、わずかな後悔も浮かぶ。
 他の班と同じように中衛に人を散らしていれば、2人いるディフェンダーたちの守りが間に合ったかもしれない。
 そうでなくても、今よりも回復に余裕は生まれたはずだ、と体の半分を持っていかれたような痛みに思う。
 だが全ては過ぎたことだった。
 あとは信じるしかない、自分たちの生き抜く力とわずかな幸運があることを。

「――貴方たちドラゴンが恐怖をもたらそうとしても無駄です、貴方たち自身がこの地球を恐れているのですから!」
 竜を西に臨むビルの上、叫びながらソーヤ・ローナ(風惑・e03286)が走る。
「この手の届く範囲だけでも……わたしは、『守る』って決めたから」」
 彼女とは反対側、竜の首を挟みこむように走るイルリカ・アイアリス(虹の世界・e08690)がバスターライフルを構えた。
 飛び込んだソーヤの蹴りに続いて、イルリカが撃つよりも早くエスカの槍が雷光となって閃いた。
 牙の一撃に身を裂かれようと、怯むでもなく、憤るでもなくシャドウエルフの娘は静かに戦いに向き合う。
「いかに強力な敵であろうとここから先には行かせません」
 はじける雷の痛みにのけぞった竜の顔で、イルリカが放った魔法光線が砕ける。
(「ドラゴン相手は久々だけど……まぁ何とかなるでしょ」)
 山口・ミメティッキ(サキュバス失格・e10850)は桃色の霧でエスカの傷を癒す。
 主人に続き、ビハインドの女が竜の巨体を縛らんと念を飛ばした。

 地上、竜に先を遮られ乗り捨てられた車が並ぶ三車線。
「――ここで止めます!」
 先の攻撃を一身に受け止めたフローネは、怯むことなく叫んだ。
 常に仲間の盾たらんとする彼女にとって戦いとは、目の前の敵だけではなく常に自身の限界に挑むことでもある。
 例え体が耐えられても心が臆しては立ち向かえない。
 ゆえに背筋を伸ばして、真っ直ぐに見据える。そうした振る舞いこそが、実を伴うのだと信じて。
「すまない、助かった」
 フローネに短く謝意を伝えた沙葉が、一歩を踏み込む。
 刹那抜き放たれた刀が無数の斬撃を放った。
 一閃の度に空気が冷え、風が吹く。
「ここは貴様の居場所ではない……人の地を侵そうとした報い、受けてもらうぞ!」
「後悔なんて、絶対しないのですよっ!」
 凍える風の中を駆け抜け、竜の体を鋭く蹴りつけながらタニア・サングリアル(全力少女は立ち止まらない・e07895)も叫ぶ。
 巨大な敵に怯んだのは戦う前の一瞬だけ、動き始めてしまえば、仲間と一緒なら立ち向かえない敵などない。
「相手に取って不足は無いね」
 そう言って桃色の髪のヴァルキュリア、ステラ・アドルナート(勇ましき狂奔・e24580)は光の翼を強く輝かせる。
 その身全てを光の粒子と変えて戦乙女は竜を撃つ。
 かつてとは少し違った意味を持つ戦い、限りの、終わりのある命。
 なればこそ輝きはより強く鮮やかになるのだと、感じた全てをその身で体現しながら。

 そして竜の元へと駆け寄った、地上東に陣取る一班。
「思ったよりは痛くないかも?」
「うん、平気平気!」
 冗談めかして言ったゼロアリエに、ノーフィアが笑って答えればペレも頷く。
 盾をつとめる仲間たちを頼もしく思いながら、リーナは後退する首を追う。
 先に閃かせた惨殺ナイフを囮に、斬霊刀を突きたてる。
 ――この竜は、自身が打ち倒した戦艦竜より弱い。
 堂々たる戦士に対して、謀略によって虐殺に走るもののなんと小さいことか。
 負けられない、そんな思いが彼女の中にある。
 ペレの力がリーナに分け与えられ、ゼロアリエがヒールドローンを展開する。
 ノーフィアが無骨なルーンアックスを、切ると言うよりは叩き潰そうとするかのように竜の首へとぶつけた。
 その傷口へ黒く燃える羽が突き立つ。
「――さあ、私の元へ」
 誘いと言うにはあまりにも素っ気無い少女の声。
 けれど羽に込められた力が、竜の怒りを心へと向けさせた。
 視線だけで焼き殺されそうな圧力を、オラトリオの少女は気負わぬ様子で受け止める。
 本当に恐ろしいものはここにない、とでも言うように。


 一進一退の攻防が続く中で、まず最初の綻びは西側のビル屋上、南に陣取った一班で起きた。
「さぁ、ボクのステージの始まりです! 一緒に踊ってくれますよね?」
 8色の光弾で竜を撃ちながら、久詞郎は内心の汗を拭えずにいた。
 仲間も懸命に支えようとしてくれているが、自分がいつ倒れてもおかしくないということは理解している。
 彼が恐れているのはしかし打ち倒されることではない。
 恐ろしいのは役目を果たせずに終わることだ。
 ゆえに自己回復は一度で止めた。
 選んだポジションはスナイパー、すべきことは自分をただ永らえさせることではなく、敵に打撃を与えること。
 だから一撃でも多く、少しでも傷を。
 選んだ道での最善は尽くした――けれど最後まで戦い抜くことは適わなかった。
 物理的な嵐のように荒れ狂う竜の首、それが大きく顎を開ける。
 静かに大気が震える、空恐ろしい音が響く。
 駆け寄ろうとした勇の動きは、同じくレフィスへと走り出したエリィと交差し遅れた。
 間に合わない。
「――――!!」
 炎が、久詞郎の小さな体を飲み込んだ。
 少年は床を転がってもがく。
 自らはエリィに庇われたレフィスが慌てて駆け寄ってそれを助ける。
 火を消し止めた後、心配そうな勇とパールの視線に彼は首を横に振った。
『G班、スナイパー戦闘不能――』
 唇をゆがめながら、レフィスは他の戦場の仲間へと無念を滲ませた声で告げる。

「――ッ」
 聞こえてきた言葉にイルリカは息を呑む。
 今しがた自らも焼かれたあの炎、あれで倒れたのだとしたら果たして無事で済むものか。
 きっと誰もが最善を尽くしている、その上で犠牲は避けられない戦いだと理解はしていた。
 それでも受け入れられるかは別の話だ。
 守ってみせる、せめて自分の手が届く場の仲間たちだけでも。
 意趣返し、というわけではないが彼女の御業が放ったのもまた炎の一撃だった。
 G班は同じビルの屋上、すぐに駆け寄れる場所だ。
 それが、今はとても遠く思える。
 逸る気持ちを押さえつけ、ソーヤは降魔の力を宿した拳を叩きこむ。
「皆落ち着いて、目の前のことに集中しましょう!」
 言葉は自分に言い聞かせるように。
「分かっています――凍てつく冷気に抱かれて眠りなさい」
 エスカの放った弾丸が竜の体に突き刺さる、傷口から広がる氷は巨体の中のわずかに過ぎない。
 焦れる思いを覚えながらミメティッキは攻性植物に収穫形態をとらせた。
 一瞬だけ視線を向かい側のビルに向け、そこで戦う知人たちを思いながら。

 ――水責めを受けている気分だ。
 現状を万はそう感じていた。
 彼はすでに攻撃に回ることは諦めて、ひたすら仲間たちのヒールに徹していた。
 それでも状況が好転することは無い。
 必死にもがいて水面から頭を出し、空気を吸い込もうとした瞬間に再び水中に叩きこまれる、そんな苦痛が延々と続く。
 一度でいい、わずかな間でいい。
 態勢を整える時間がほしい。誰かが、何かが起きてくれれば――。
(「起きてくれれば、だと?」)
 脳裏に浮かんだ自らの考えに万は音が鳴るほどに歯をかみ締めた。
 何も起きなければ、どうする。
 運が悪かったと笑って諦めるとでもいうのか。
 ふざけんじゃねェ。
 怒りで揺らぐ視界一杯に壁のような竜の首が迫る。
 誰かが叫んだ、聞かない、聞こえない。
「――――!!」
 吼える。直後、黒狼の体が宙を舞った。
 しかし。
「――ナメんじゃねェぞデカブツが!」
 身を回し、着地に備えながら吼えるように万は笑う、それは決して強がりではなかった。
 質量差で跳ね飛ばされようと、一撃に乗せたグラビティを相殺してしまえばケルベロスにとっては風に吹かれたようなものだ。
 激戦の中でわずかに一呼吸、けれど千金の時間を万は自ら稼ぎ出した。
 断固として反撃に転じることを誓う。
 やられっぱなしは彼の流儀ではない。

 ――苦しむものがある一方で優位に戦いを運ぶものたちもいた。
 6人と言う最大戦力を集めた、地上北。
 彼らは予定通り、そして仲間の期待通りに4本角の首を追い詰めていた。
「大阿の利剣、手裡にあり! ――その無明、しかと切ったぞ!」
 仲間の刀剣士たちすら捉えられぬ一刀の剣が血をしぶかせ、負けじとクライスの、玲の一撃がそれに続く。
 相次ぐ斬撃に竜の首が苦しげによじれ、仰け反った。拍子に喉元が、あらわになる。
「あぽろちゃん今だ!」
 ほしこの叫びより早く、あぽろはそこへ飛び込んでいた。
 豊かな金の髪が、まばゆく輝く。
「陽の深奥、竜を退け災禍を討つ。禍者よ――喰らって消し飛べ、超・太陽砲!!!」
 押し当てられた少女の小さな掌から、竜の首よりなお太い光の柱が立ち上る。
 その輝きが収まったあと、竜の首はついに地へと落ちた。
 視線だけはいまだこちらを睨みつけてくるそれが、もはや攻撃の用に立たないことを確かめ、あぽろが叫ぶ。
『A班、首をとったぜ! 全員戦闘可能だ!』
 初めてもたらされた朗報に、通信機から仲間たちの喜色をはらんだ声が聞こえる。
 そんな中少々のあっけなさを感じた凪は、倒れた首に巻きつく鎖へ目を止める。
「急ごう、皆助けを待っている」
 物思いは玲の声に中断された。そうだ、まだ終わってはいない。
 頷き、凪もまた駆け出す。
 ――そこへ再び、竜の声が響いた。
 
『我は慈悲深い竜である――ゆえにお前たちの反抗も無知ゆえのものと今なら許そう』
 何を言い出すかと思えば、と結衣が呟いた。
 手にした剣の炎が一瞬、大きく燃え上がる。
『7人だ、お前たちの中から、それぞれ最初に逃げた1人は見逃そう――』
 優しさが染みるのう、と一刀が皮肉気に笑う。
『残ったものには惨たらしい死を与える、良く考え、選ぶがいい』
「誰がそのような言葉に乗るものですか、まして首一つを倒した状況で」
 そうしてフローネが、凛とした声で断じる。
 けれど違った感想を持つものもいた。
「性格最悪だね……!」
 勇は率直にそう漏らす。
 恐怖に親しい彼女には言葉の理由が良く分かる――仲間が倒れた今は特に。
 応じるものが居なくてもいいのだ。
 もしもと思わせるだけでいい。
 もし誰かが応じたらどうなる? と。
 戦況が苦しくなればなるほどに、その疑念は重く圧し掛かるだろう。
 そうして疑心が団結を錆び付かせ、耐え切れなくなった最初の1人が出たときに、あるいはそうと誤解した誰かによって崩れる事になる。
 だがそれでも、有効な手だとは思わない。
(「私だって、そんなのには乗らないよ!」)
 この場で一番臆病なのは自分だという自負がある。
 だから、誰も疑う必要なんて無いさ、と勇は笑う。
 そうしていささか乱暴な言葉で、皆の回答を代表したのはソルだった。
「――人間舐めンな、クソトカゲ」

 しかし、彼らの戦況もまた決して芳しくなかった。
「存在の活性――包括的な神の本質――形ある世界に<火のようであり、大気のようである>」
 スヴァルトが生み出した蒼い炎のヴェールが竜を焼く。
 彼女の体は深く傷つき、全身は血に塗れていた。
 マシンアーチャーはぼろぼろになりながら未だ健在だったが、彼女の負傷はディフェンダーの数とは、原因を別にするものだ。
 メディックとして戦況を冷静に見つめる恭平は、認めざるを得なかった。
 最早自分たちの班独力での勝利は望めないであろうことを。
 好ましくない予測は直ぐに現実となった。
 ぶん、と横殴りの首の一撃が恭平とスヴァルトを襲う。
 マシンアーチャーは健気に恭平を庇い――ついに限界を越え、消滅した。
 だが、盾はもういない。
「っ、あとは――!」
「ねーさん!」
 最後まで言い終えることもできないまま、なぎ倒されたスヴァルトの体が宙を舞う。
 ソルが懸命に伸ばす手も届かず、彼女は屋上の端を越えて地上へと消えた。
 それを見届けて、恭平は口を開く。
『――D班スナイパー戦闘不能。地上に落ちた――北側の道路だ、出来れば救助を。ディフェンダー不在。可能な限り、敵はここに留めておく』
 平静の仮面は崩さぬまま、最後の言葉に抑え切れない悔しさと決意が滲んだ。
 
「アルトが……!?」
 通信を伝え聞いたミメティッキは表情を歪め、剣呑極まる視線を竜に向けた。
 けれども彼の役割は攻撃に無く、仲間たちは静かに辛抱強く勝利への歩みを進めているところだった。
 自らも深く関わるそのバランスを崩すわけにはいかない。
「――俺はお前を許さない」
 絶対に。
 苛立ちと焦燥を言葉にすることで、ミメティッキはなんとか自分を抑えつける。

「雨でもココロは晴れるかも! 援護がくるってさー!」
 ゼロアリエが指さした空から、銀の雨が降る。
 彼をはじめとして前衛陣はさすがに疲労と傷が深い、それでも士気が損なわれないのは彼ら自身の性質によるところか。
「それじゃ手早く片付けて、助けにいかないと!」
 とノーフィアはビルを見上げる。そこでは苦戦が続いているはずだった。
 主人と決意を同じくするペレが、銀の雨に混じった飴に食いつき、まだまだ頑張れる、とばかりにフンと息を吐く。
 そこへ向けられた大きく開いた竜の口から、炎の舌がのぞく。
 来るなら来い、とばかりに不敵に笑う2人と1体を灼熱の炎が襲う。
「ま、け、る、かー!」
 ルーンアックスを、翼を盾に炎をしのいだノーフィアが閉じぬままの口を指し示す。
 直後、宙に描かれた立体魔方陣が黒の球体を生み出した。
 言い表しようの無い音と共に、空気が、空間が引き寄せられ、圧し潰される。
 欠けた牙と、裂かれた舌の無残な口中に、大胆にもノーフィアの魔術にのって飛び込んだ少女の姿があった。
「集え力……わたしの全てを以て討ち滅ぼす……! 討ち滅ぼせ……黒滅の刃!! 」
 周囲に漂うグラビティの残滓、それを喰らい収束したリーナの手に、黒い刃が握られている。
 一閃。
 それは今までのどれよりも早く、そして今までにない力強さを伴っていた。
 竜の口が大きく裂ける。
 わずかのち、2つ目の勝利の報が戦場に響く。
 
「待ちくたびれたよー」
 必死に前線を支えていた勇が心底安堵した声を漏らした。
 相棒のエリィの姿はすでに無く、彼女はパールとレフィスを守ってひたすら壁となっていた。
「ありがと、本当に助かってるよ! 助けがくるまでもう少しがんばって!!」
 パールが感謝の言葉をグラビティの叫びに変えて竜へと叩きこむ。
 最小単位となった分、それぞれのやることはシンプルになっていた。
 仲間たちに支えられパールの攻撃は確実に竜を追い詰めている。
 レフィスももうこれ以上倒れる姿は見たくない、とギリギリの選択を続けている。
 その努力が報われるのは、間もなくだった。
 
「――残るは四つだそうだ、俺たちも続かなくてはな」
 仲間たちを励ますように、結衣は柔らかく微笑んだ。
 彼らは皆、深く傷ついていた。
 一方で、相対する首の消耗もまた激しい。
「そうね、負けてられないわ!」
「競争してるわけじゃねーですけど」
 これは攻撃を担うリブレと結衣は勿論、耐えに耐えたコルチカムと途中からなんとか攻撃の機会を捻り出した万の努力によるものだった。
 結衣の作り出した黒炎のドームが屋上を越えて広がり、万の惨殺ナイフが身をえぐる。
 断末魔のごとき声をあげ、竜の首が倒れるように降りてくる。
 精彩を欠くその一撃を少女たちが受け止めた。
 ずしん、と頭部を屋上に預けるように首はそのまま動かない。
 最早戦う力は残っていないように思えた。
「先に行ってて!」
「直ぐに後を追いますよ」
 万と結衣にそう促がしつつ、それが適わないであろうことは2人とも――あるいは頷き返した仲間たちも分かっていた。
 それでも、留まることに意味は無い。
「……わァった、後は任しとけ」
 2人が北へと駆け出すのを見送ってコルチカムは叫び、リブレは呟く。
「相打ちってところかしらね!」
「……ふん、ざまーねぇですね」
 共に悔しげな表情を浮かべる2人の膝が折れた。
 支えている首に、ゆっくりとグラビティの圧力が加えられているのだ。
 自然ならざる重みに構造体が軋み悲鳴をあげる。
 少女たちに逃れる余力は既になく、竜の首と共に崩れ落ちる床に飲み込まれた。

 時を同じくして、もう一つの戦場も決着を迎えつつあった。
「ココロの力、響かせます! アメジスト・ドローン、守ってあげて!」
 フローネの声に従い、紫の盾を構えたドローンが沙葉の傷を癒す。
 彼女達もまた、欠けることなく戦い抜いていた一つだった。
 フローネとタニアの支えを受け、ステラと沙葉がもてる限りの業を尽くす。
 シンプルな分担も、徹底できればこの上ない策となる。
「邪魔者には……退いてもらう!」
 沙葉の刃が閃き、冷気の嵐を巻き起こす。
 そこを、輝く翼が貫いた。
「相手が何だろうが――この"槍"で突き、穿つッ!!」
 叫び、ステラが行く。
 光の翼は揺らめくように千切れるように膨れ、縮んでは背中を押す。
 突き出されたのは槍ではなく、拳。
 槍とはステラの通った軌跡そのもの。
 その穂先は竜の首を過たず貫いた。
「急ごう、助けを待っているものがいる」
「うん!」
 沙葉に促がされ、振り返ることなくステラが続く。
 その背へ、竜が大きく身をよじって尾の一撃を見舞う。
「危ない!」
 タニアの警告にステラが振り返るより早く、飛び込んだフローネがそれを受け止めていた。
「――さぁ、行って。気をつけてね」
 笑顔で言う言葉に、素直に礼を返し2人は駆けていく。
 ヒールを、と近寄ったタニアにアメジストの盾は静かに首を振った。
 限界はとうに超えていたのだ。
「タニアさん、皆をよろしくね」
「はいですよっ!」
 力強く頷き、少女は駆け出す。
 背後で何かが倒れる音が響いた一瞬に、小さく肩を震わせても、立ち止まらない、振り返らない。
 仲間の望みに応える為に。
 
「――C班討伐完了、ディフェンダーが離脱。E班も討伐完了、こちらも前衛2名が離脱とのこと」
 仲間たちに経過を伝えるエスカの声には敬意の響きがある。
 相対していればこそ分かる、この敵は単に犠牲を払えば勝てると言う相手ではない。
 彼らの成果は、素直に感嘆に値する。
 自分たちに同じことはできないだろう。
 それは力不足からではなく、すでに援軍が見えているからだ。
 地上から駆けつけたノーフィアとリーナを加えた、勇、パール、レフィスの姿が。
 それを頼もしく思いつつも、いつか自らも証明する機会を、とそう思った。
 
 最後に残る首を相手にする西側ビルの屋上は、激戦区になった。
 恭平が宣言したとおり、彼らは可能な限りの時間を稼いで見せたが、つくづくツキに恵まれなかった。
 地上からの援軍は遠く、同じ屋上から駆けつけた万と結衣は激戦の後だ。
 スヴァルトが倒れたあと何度と無く立ち上がりつづけていたソルもついに立ち上がれず、『全滅』の二文字が皆の頭に浮かぶ。
 とは言え、竜の首も今向き合っているのが最後の一本、動きは鈍り力も衰えている。
 そしてまだ男たちの心は折れていなかった。
 恭平がウィッチオペレーションで万の傷を癒す中、スタンが愛馬の名を呼んだ。
「さぁマシンアーチャー、いっちょ派手に行くとしようぜ!」
 愛馬は主人の呼び声に従い、再び姿をあらわした。
 けれどその輪郭はどこか危うい。
 労わるようにスタンは軽くシートを叩くと、愛馬にまたがり斬霊刀を構えた。
 拍車がかかり、鋼の魂が高くいなないた。
 排気音の唸りと共に傷ついた騎兵が行く。
 彼ら自身が一振りの剣と化した疾風の突撃は、竜の喉元を深々と切り裂いた。
 苦悶の声が響く中マシンアーチャーの姿が掻き消え、宙に放り出されたスタンの脚に、竜が最後の力で喰らいつく。
「スタン!」
「俺らの勝ちだ――次に行けって」
 仲間の声に騎兵は笑って応え、自らが打ち倒した竜の首と共に地へと落ちていく。


 残ったケルベロスは23名。
 その誰もが傷ついているが、士気は高い。
 仲間を欠いていることがそれを強くさせる。
 竜の七つの首は地に倒れ、ビルによりかかりながら、ときおり身震いをしている。
 それはたとえるなら折れた足や腕を強引に動かそうとしているようなものだろう。
 その様を見上げ、見下ろし――誰からともなくケルベロスたちは動き出した。
 ビルの屋上から飛び、地に倒れた竜の首それ事態を足場として駆け上がり、地獄の番犬は帝竜を名乗る竜を死の鎖へ繋ぐべく殺到した。
「丸焼きにしてやンよ!」
 あとは倒れるまで戦うだけ、とばかりに万が竜の体を駆けるエアシューズから炎をあげる。
 心の刃がその跡を裂き、玲の刀が雷光を帯びて深々と断ち切る。
 わずらわしげに竜が体を震わせる、翼に打ち払われて万が倒れた。
「これだけの力を持ちながら、死を恐れ汲々と生きるか! 憎んでくれ恐れてくれと謳うだけか!」
 なお抗う様に一刀が叫ぶ。その表情には嫌悪が隠せない。
「往生際の悪い……!」
「貴方たちは貴方たちの恐怖だけを持って消えてください!」
 沙葉の刃が、ソーヤの拳が背に突き立つ。
 直後、跳ね上がった4本角の首がぶんと我が身ごと叩きつぶさんと迫る。
「させないって!」
「もう、これ以上は、絶対に!」
「これだけ人数そろってて、ここまできて負けるわけには行かないね!」
 それを勇が、イルリカが、ノーフィアが受け止める。
 ぶんと力を合わせて横に流そうとして、我が身もろともの流れになる。
 ずっと仲間たちを支え、今また倒れるのを見送りながらも、レフィスと恭平は癒しの業を続ける。
 共にその心の痛みに耐える術は知っていた。
「大地を呑み込み地を盛り上げ、全てを流す濁流の如く。白に染まり白に溶け、全てを覆う地の雲のように。いざ此処に宿らん!『オロチ』!!」
 一方で、決着を急がねばならないのもまた事実だった。
 ミメティッキの攻性植物が白竜のごとき姿となって赤い竜へと喰らいつく。
 リーナの惨殺ナイフが、ステラの槍が傷口を抉り、広げる。
 エスカの凍土の魔弾が足元の大地、竜の体を凍てつかせた。
 そこに、結衣の炎の魔剣が突きたてられる。
『おのれ、この、忌々しい鎖さえ無ければ――!』
「語るに落ちただなセリオン!」
「負け惜しみを言うような怪物なんて怖くもなんともないですよ!」
 ほしこが、タニアが嘲るでもなく事実を指摘するように叫ぶ。
 恐れは未知と深く関わっている。
 苦しむことが知れてしまえば、いかな巨体の脅威も薄れてしまう。
「ハッ、黙示録はまだ先ってこったな!」
 あぽろが叫び、押し当てた掌から再び巨大な光の柱が、今度は竜の胴の中央へと向かって降る。
「これが地球の愛の叫びだよ! ロックンロォール!!」
「やああああああ!!」
 パールの叫びが、凪の拳の両の連打がその傷を更に深く切り刻む。
『調子に乗るなあああああああああ―――!!』
 叫びと共に、七つの首が一斉に起き上がった。
 かっと灼熱の光が輝く口が、セリオン自身に向けられる。
「前衛、外に! 壁になる!!」
 いち早く意図を察したゼロアリエの叫びに従い、ケルベロスたちは竜の背で円陣を組んだ。
 直後、今まで以上に強烈な炎の息が彼らを襲った。
「――――!!」
 さながら炎の海に放り出されたような痛みに、声もあげられない。
 無限に思われた時間のあと、それでも仲間を守り抜きゼロアリエと一刀――そうしてクライスの3人が自らの脚で立っていた。
 そうして倒れた仲間たちが背に庇ったものたちも残っている。
 竜の決死の一撃も、ケルベロスたちを打ち倒すには至らなかった。
「……」
 銀髪の一房を残り火に焼ききられながら、クライスが刀を振り上げる。
『やめろ、やめろぉ……!!』
「――森羅万象を征し、一天四海を絶つ!」
 静かに振り下ろされた一撃が、永い時を経た竜の命を断ち切った。
 燃え上がるように巨体が溶け消え、ケルベロスたちの体は地へと放り出される。
 最後に残った戒めの鎖が光とともに弾け、災いの竜はただ破壊の爪あとだけを残して消え去った。
 
「……勝った」
 アイズフォンも介し、ゼロアリエは呟く。
 危機に瀕している者のため、ステラがいち早く光の翼を広げて飛び上がる。
 途中で倒れた仲間たちも早く探してやらなくてはならない。
 勝利に手放しで浮かれるほど単純ではない。
 それでも人々に勝利を伝えなければならない、沈みこむ姿は見せられなかった。
 自分たちは、彼らのヒーローなのだから。
 こんな役くらい、喜んで引き受けようとゼロアリエは敢えて笑った。
「俺たちの、勝ちだ――――!!」
 内心で渦巻くものをかみ殺し、どこまでも届けと声の限りに叫ぶ。
 ――いつか、完全な勝利と共に笑ってみせる。
 そう心に誓いながら。

作者:天草千々 重傷:リブレ・フォールディング(月夜に跳ぶ黒兎・e00838) スヴァルト・アール(エリカの巫女・e05162) スタン・レイクフォード(電光石火・e05945) コルチカム・レイド(突き進む紅犬・e08512) フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年4月6日
難度:やや難
参加:30人
結果:成功!
得票:格好よかった 43/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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