エメラルド・ブレイド

作者:東間

●アンラッキー・モーニング
「あの方も、あの方も……皆、グラビティ・チェインを集める事無くケルベロスに殺されているようですね」
 『上臈の禍津姫』ネフィリアは両手の指と指を合わせ、嘆かわしい、と吐息を零す。鋭く伸びた爪同士が擦れ、キィキィと音を立てた。
「あなたはそうではないと、私に示してくださるのかしら?」
 ネフィリアが朱色の爪先で頬を撫でるその間、傍らに控えていた知性無きローカストはじっとしている。ネフィリアはローカストの両腕を見ると、くすり笑った。
「その刃。肉を断つくらいの能はあるのでしょう?」

「この、このっ! こんな物!」
 洋介は力いっぱい目の前の物を蹴るが、一見柔そうなそれはびくともしなかった。それどころか、蹴った衝撃でぶらぶらと揺れ始め、洋介は舌打ちする。
 突然襲われ、攫われ、繭の中に閉じこめられてしまった。何となく外が見えるが、これはもしかしなくても、高所に吊されているのではなかろうか。
「何でこんな……俺はただ、早朝ゴミ拾いに勤しむ善良な日本人だぞ! ええい、出せ! 出せー!!」
 ローカストは何をするでもなく、控えめに揺れ始めた繭を無言で見上げていた。ゆっくりとグラビティ・チェインを吸収していけば、その内、繭の中は静かになる――そう知っているから、急ぐ必要はどこにも無い。
 
●エメラルド・ブレイド
 グラビティ・チェイン収集作戦の指揮を執っている女郎蜘蛛型ローカストが、配下である知性の低いローカストを放ち、人々を襲わせる。
 それはこれまでにも何件か報告され、その都度、ケルベロス達の手によって防がれている事件だ。
 ラシード・ファルカ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0118)は、眺めていたノートタブレットから顔を上げる。今度はカマキリ型ローカストが送り込まれた、と。
「小さい頃は、カマキリのカッコ良さに憧れていたんだけどね」
 フォルムとかクールだろう、と言ってから、男は続けた。
「そのカマキリ型ローカストだけど、知性が低い分、戦闘能力は高い。気を付けてくれ」
 全身は深く煌めくエメラルド。双眸は深紅。遠目に見れば宝石のオブジェが如く――なのだが、敵は2足歩行で俊敏に動き回り、鋭い刃と化した両腕を巧みに使い襲い掛かってくる。
「命中、回避に優れた個体のようだから、そこを何とか出来れば、事を有利に運べるんじゃないかな」
 翅を使った音波攻撃と、跳躍から繰り出す蹴りも侮れないが、幸いなのは、戦場が人気の無い松林の中だという事だ。
 洋介を閉じこめている繭は地上から離れた位置――立派な松の枝に吊り下げられている為、洋介や、通りすがりの一般人を巻き込む心配は無い。目の前の敵との戦いに集中出来るという事だ。
「さて、俺からの大事な話は以上だ。後は頼んだよ」
 日課の早朝ゴミ拾いの続きが、松の木に吊されて命を奪われてお終いに。
 そんなものは、朝の風景に似合わない。


参加者
睦沢・文香(ブレイクスルービート・e01161)
国津・寂燕(刹那の風過・e01589)
水咲・湧(青流裂刃・e01956)
タンザナイト・ディープブルー(流れ落ち星・e03342)
土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)
ルルリアレレイ・パンタグリュエル(黄金魔書の詠み手・e16214)
巽・清士朗(町長・e22683)
戸叶・真白(エデン・e23569)

■リプレイ

●スタートライン
 松林が作り出す緑の中、その『緑』はタンザナイト・ディープブルー(流れ落ち星・e03342)の予想通り、繭の近くにいた。だが、敵を確認したタンザナイトは藍色の目を瞬かせる。
 時折ひくりと動く触覚。刃状の両腕。細長いが、硬質かつ丈夫なのだろうと感じ取れる体躯。真紅の双眸を除いた全てがエメラルド色に煌めく敵は、隠れもせず、ただ繭を見上げていた。
(「タンザナイト達が来ると知らなかったからですか……?」)
 その時、蟷螂の触覚がぴくりと動いた。真紅がケルベロス達を見て――殺気が向けられる。煌めく色に一瞬目を奪われていた睦沢・文香(ブレイクスルービート・e01161)だが、すぐに心を切り替えた。
「見た目は綺麗でも危険な相手。被害者の方も助けなければ」
「そうですね。命令されたからとは言え、命を奪う行為は見過ごせませんよ! 私達が必ずお助けします!」
 敵の色彩に思わず見惚れそうだった土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)も、無惨に命を奪っていい訳がないと、小さな体から大きな声を響かせた。
 そんな岳の熱さとは対照的に、水咲・湧(青流裂刃・e01956)は静かな水流そのものの穏やかさ。
「この前もそんな相手との戦いだったけど……うん。いつか元を断つために、今は今ある被害を防ぐことが肝心だね」
 『上臈の禍津姫』ネフィリア配下との戦いは今回が初ではない。その意味に戸叶・真白(エデン・e23569)はこくり、と頷く。
「ん、本当に、ローカスト……多い、ね。それなのに、影すら、見えない」
 国津・寂燕(刹那の風過・e01589)は、両腕を構えたカマキリの遥か上、ゆらゆら動く大きな繭を見た。善良な市民たる洋介を捕らえ、殺し、グラビティ・チェインを奪おうという敵の企みは許せるものではない――に、しても。
「ん? 何か数が増えて……けどなあ、俺ぁ黙らねえぞオイ!」
 上空から降る『ぶつくさ』が、戦場となる空間に何とも言えぬ空気を漂わすものだから、寂燕の口が小さな弧を描く。それに気付いた文香も、小さく笑った。
「被害者の方、なんかこう微妙に余裕がありますね……私たちはケルベロスでーす。必ず助けますので、もうしばらくお待ちくださーい」
 掛けた声は深刻成分薄めだが、洋介を助けるという気持ちは確固。
 それは巽・清士朗(町長・e22683)も同じ。自身が宗家を務める鞍御守流の道着――宗家の証である茶袴の上、肩に掛けた黒の羽織が風で翻る。
「我々はケルベロス! デウスエクスが出現しているため、今しばらく辛抱していてくれ!」
「なっ、あんたらケルベロスなのか!?」
「すぐに助けます。頑張ってください」
 人々に降りかかる火の粉は自分達が払う――ルルリアレレイ・パンタグリュエル(黄金魔書の詠み手・e16214)も重ねて伝えれば、洋介は驚いた拍子に動いたのか、繭がぐらりと揺れた。だが、蟷螂は頭上に洋介がいないかのようにケルベロス達を見つめ、殺気を向けている。
「飢餓の末、己失いしその姿哀れなり。疾く、幽世へと送って進ぜよう」
 清士朗が言い終えた時――それが、戦いの始まりと重なった。

●エンゲージ
「まぁちょいと待ってておくれよ。助けるから」
 寂燕は拾い上げた砂利を指先で転がし、蟷螂を捉える。
「いやぁ早朝のゴミ拾い、これは感謝だよ」
 洋介の日課は、洋介の生活圏を、その景観を、そしてそこを通る誰かの心を守るものだ。
「そんな善良な方を吊るすたぁふてぇデウスエクスだ、覚悟しなよ」
 一斉に放った1つ1つは小さいが、その一撃は砂利と思えぬ威力で蟷螂の脚を撃った。
 直後、高く跳躍した文香が流星と重力の蹴りを炸裂させ、ルルリアレレイのミミック・ガルガンチュアも、具現化した武器で蟷螂に襲い掛かる。
 ルルリアレレイの目に映る敵の動きは軽やかで、両腕でガルガンチュアの武器を受け止め、上手く流している。聞いていた通りの能力だ。
「……十分に注意しないといけないですね」
 助けられる人を助ける。その為に。
「ともあれ自分の仕事を成すだけです。頑張りましょう」
 理知的な瞳に真剣さを滲ませて、黒鎖で描く魔法陣。その送り先は、前に立つ仲間達。だが、蟷螂が翅を震わせ響かせた音波もまた、前衛を狙ったものだった。
「むっ……!」
「う、っ」
 タンザナイトを庇った清士朗や、湧の目に浮かんでいた穏やかさが一瞬揺らぐ。だが、湧の意識は黒鎖がくれた支えによって、綺麗にかき消えた。
(「洋介さんには、もうちょっとだけ我慢してもらおう」)
 平時の流れを取り戻した湧の前と敵の背後に水鏡が生まれ、放った一撃がそこを『渡り』、かわそうとした蟷螂の背に食らい付く。その傍らで、真白の描いた守護星座が光を放った。
「まずは、こつこつ。犠牲者は出さない、よ」
 真白が『出さない』と言葉にした対象は、洋介だけではない。助けたい、助けになりたい。更に言うなら――。
 敵と仲間、双方に抱いた感覚。ぼんやりとした眼差しの奥に秘めた真白が送る癒しは、清浄さと共に眩い光を放ち続け、そこに岳のもたらした薬液の雨も降り注いだ。
「癒しを!」
「……助かった」
 清士朗に残っていた音波、その名残はどこにも無い。蟷螂がまた翅を震わそうと、厚い支えがある。それに――。
「お前の得手は心得ている」
 清士朗の撃ち出したオーラの弾丸が宙を翔る。蟷螂はそれを緑の刃で両断しようとするが、脚の動きが鈍り、瞬間的に命中精度を高めた弾丸からは逃れられない。
「ギイィーッ!!」
 蟷螂が響かせた声は怒りに満ちていた。鮮やかで美しい見目と真逆の性質を持つ敵に、自分の声は届くだろうか――タンザナイトは心中で憂うが、それでも一応、と口を開いた。
「……こんにちは、『翠玉』。『灰簾石』です」
 善意ある行動の最期が『死』であってはならない。『灰簾石』が『翠玉』より脆いとしても、深く煌めく青の傍、勇気と仲間が在ればきっと――『灰簾石』は砕けない。
「さあ、どっちが砕けるか、勝負です!」
「ギーッ!」
 蟷螂が吼え、タンザナイトも両手に構えたガトリングガンから、緑の煌めきを砕かんとする破壊を一斉に放った。
 巻き起こる噴煙の向こうで『緑』はゆらりと浮かび、それを捉えた寂燕は鞘の代わりに布を巻いた『殺嵐』と、鞘に八重桜が彫られた『死天八重桜』の柄を、ぐっと握る。
「さぁ、花の様に美しく散るか路傍の石ころの様に泥にまみれて斃れるか……選ぶといい」
 答えは喉を絞り空を裂くような、耳障りな声。露わになった白刃の傍で、薄紅の剣気がふわり揺らぐ中、白刃が閃き蟷螂が悲鳴を上げる。
 それでも尚、蟷螂の動きと真紅の双眸が放つ殺意に、衰えは見えなかった。それが鎮まるのは、敵とみなしたケルベロス達を倒した時だろうか。だが、その時が来るとしたらそれは――。
 湧は星辰宿す長剣で自分達の足下に射手座を描く。湧にとって、誰かを助ける行為、その根にあるのは正義感ではない。己の我が侭を果たす為だ。
(「助けられないなんて、気分が悪いでしょ?」)
 目覚めの時間である朝も、この戦いの終わりも――そこにあるのは、清々しいものの方がいい。

●エメラルド
 戦いは続いていたが、その戦況は少しずつ、そして確実にケルベロスの側へと向いていた。
 蟷螂は回復手段を持たず攻撃一辺倒。それを補うかのように、回避と命中精度に優れている。輝く緑刃はケルベロスに傷みを、蟷螂には欠けた体力を与え、震わせた翅が放つ音波は、意識を淀ます効果と共に響き渡る。
 だが、スナイパーである寂燕と文香の攻撃は、エメラルドの体を逃す事無く捉え続けた。
 2人の技がもたらす効果は蟷螂の動きを、攻撃を縛っていく。それでも躱そうと足掻く蟷螂には、湧と清士朗が追尾効果のある攻撃を繰り出した。
 重ねられた幾つもの効果を祓う術など、蟷螂は持っていない。
 動きが鈍れば、それを好機としたタンザナイトの技が牙を剥き、傷付いた仲間には、メディックとして強い治癒力を誇る真白を始めに、ルルリアレレイや岳の癒しが幾度も飛んだ。
 それは、蟷螂の蹴りが支えを砕いた時も同じ。
 清士朗を襲ったエメラルドの蹴り。ルルリアレレイは蟷螂をガルガンチュアに任せ、すぐさま守護星座を描く。目の前の仲間を助ける事が、デウスエクスの脅威に見舞われた人を――洋介を救う事に繋がる。
(「ノブリス・オブリージュ……」)
 ケルベロスとして務めを果たそうとするこの想いは、ある種、その精神を持っているのかもしれない。
 新たに宿った支えに清士朗は視線で礼を伝え、『志那都比古箭霊』を引き絞り、放つ。
「……皆中!」
 空を裂くように放った矢は、頭を庇ったエメラルドの腕に深々と突き刺さっていた。
 蟷螂が口からギチギチと音を立て、苛立ちを露わにする。だが、目の前に岳が迫った瞬間に音は止み、ひびの走る両腕を交差させた。それでも岳は構う事無く『トポ』を振るう。
「えいっ!」
 小振りの槌だが、蟷螂の体に与えた一撃は地を割るような強烈さ。真白は、その衝撃が消える間も与えない。
「『誰も、逃げられない、逃がさない』」
 大量召喚した攻撃術式。真白の『血と牙の回遊魚』――グラトニー・カンディルに襲い掛かられ、宝石のような皮膚を削られた蟷螂が両腕を無茶苦茶に振るう。
 そこに迫った白獅子の拳が、傷だらけであっても強固に抗うエメラルドの刃とぶつかった。
「重い……! けど! タンザの意思の方がっ!」
 『灰簾石』を冠する少年の心は、その屈強な体格と同じくらい強い。刃の腕を払いのけた瞬間、蟷螂よりも速く、そして重い一撃を叩き込む。
 欠け始めた緑の両腕に爆ぜる雷が映った。
(「二刀流……みたいだ」)
 見てきた技はそればかりではなかったが、射手座の星辰宿す長剣2本を振るう湧にとって、この蟷螂との戦いは鍛錬に似た面を感じさせる。
 爆ぜる光と共に繰り出した突きが、蟷螂の体に穴を開けた。戦況把握を常に心掛けていた寂燕は確信し、ああ、と呟く。
「そろそろ終いかねぇ」
 言って、一閃。空の霊力帯びた刃が開いた穴を押し広げ、蟷螂が僅かに後退する。そのまま動こうとするが、文香はそれを許さなかった。
「洋介さんを、返してもらいます!!」
 蟷螂の体を挟むように広げた縛霊手を、広げた時以上の速さで一気に叩き付ける。それは『ペチペチ』とは程遠い衝撃でもって、蟷螂に最期を迎えさせた。

●グッドモーニング
 蟷螂の体は細かく砕けた後、空気にとけながら消えていった。
 敵対していたが、命は命。岳と文香は、蟷螂の骸があった場所に、そして蟷螂に黙祷を捧げる。
(「貴方も母星を救う為に異星で戦われたのですよね。お疲れ様でした。地球の重力の元どうか安らかに」)
(「どうか、迷わずに」)
 ――と、上から声がする。もういいか、と伺う声は隠れん坊の声ではなく、繭の中で頑張っていた洋介だった。縄ばしごを用意した清士朗は目を凝らす。
「あれは……いわゆる蟷螂の卵、か?」
 用意を手伝っていた寂燕も、高所にぶら下がっているものを見た。そして思うのは。
「しかし、捕らわれて悪態をつく余裕があるんだから随分肝っ玉が据わった御方だねぇ。ちょいと尊敬しちゃうよ」
 何せ、戦闘が終わったと察してすぐ、元気に喋り始めている。
 洋介が捕らわれている所の手前まで、清士朗は縄ばしごを。タンザナイトは木登りをしていき、飛行出来る仲間に繭を支えてもらいながら、慎重に切り離した。
 そうこうして解放された洋介は、外に顔を出してすぐ、スーハーと深呼吸を繰り返す。
「はあ……空気が美味い。あんたらのお陰だよ、ケルベロス!」
「ゴミ拾いお疲れさまです、洋介さん。災難でしたね?」
 洋介が出た後、ゴミ袋を引っ張り出した湧が労ると、ガハハと元気な笑い声が返ってきた。
「なぁに! 終わり良ければ全て良しってやつよォ! ゴミ収集車にもまだ間に合うしな!」
 だが、笑い飛ばした洋介がドサリと置いたゴミ袋を見て、タンザナイトは仰天した。とんでもなく大きい。
「拾い集めるほどのゴミを捨てる輩がいるんなんて! ケルベロスが一生懸命に地球を守っているのに何考えてるですかね!」
「全くだぜ! ……あんたみてぇな心根の奴が増えてくれりゃあいいんだが」
 ほんの少しだけ、声から元気が無くなった。文香とタンザナイトは顔を見合わせ、洋介を見る。今日という日は彼にとって大変な日だったろう。それでも。
「早朝のゴミ拾いは中々出来ることではないと思います。これに懲りずに続けていただけますか?」
「貴方が人知れず良い事してたから、タンザ達も頑張って助けようって思えたです、きっと」
 ハッ、と洋介が震える。その目はパツンパツンになっているゴミ袋を見た後、ケルベロス達に向いた。少し潤んでいたが、きらきらと明るい表情を浮かべている。
「任せろぃ! 明日も明後日も、俺ぁゴミ拾いを続けるぜ!」
 救われた命。続けられる日課。とことん早朝ゴミ拾いに捧げ、地域一帯をぴかぴかにしてやる。そう意気込む目の前に、岳は甘いチョコとマグボトルに入れてきた珈琲を差し出した。
「きっとご家族もご心配されていますね。お送りしますよ」
「おぉっ。何から何まで、悪……いや、違うな」
 ニカーッと笑った洋介が言う。
 何から何まで、本当にありがとさん! ――と。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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