八竜襲撃~黒き厄災のヴェスタートル

作者:狐路ユッカ


 海の中を、大きな黒い影が動いていた。
 その影は、水しぶきを上げてゆっくりと水面から顔を出す。
 浜に上がると、町中に響き渡る咆哮を上げ、亀のような甲羅を持つ巨大なドラゴンは人々が生活する区域へと進撃しはじめた。
『グオオオオオオッ』
 大地を揺るがす悍ましい咆哮が、ビル群を崩壊させる。
「う、うわあぁぁぁ!!」
 まるで砂の城のように崩れていく建物。散り散りに逃げ惑う市民。重く響く足音と咆哮。ゆっくりではあるが、ドラゴン――ヴェスタートルは着実に人々を恐怖の底へと突き落としていった。
『ガアアアァァッ!!』
「いやあぁぁ!!」
 逃げ惑う人々をあざ笑うかのような咆哮が響き、またひとつ、ふたつ、ビルが崩れ去っていく……。


 秦・祈里(ウェアライダーのヘリオライダー・en0082)は予知した光景に震える手を握りしめ、切り出す。
「大変なんだ。ドラゴンの拠点の『竜十字島』から、多数のドラゴンの襲撃が始まった」
 ケルベロス達をまっすぐに見つめ、説明を続ける。
「えと、『竜十字島』の拠点は難攻不落だけど、地球上にある事から定命化の影響を受けないわけには行かないでしょう? 奴らは、この問題を解決する手段として人間の恐怖や憎しみを利用しようって魂胆らしい」
 そんな事が本当に可能なのか? どこかから上がる問いに、祈里は判らない、と首を振る。
「でも、放置すれば数万人以上の被害者が出るのは間違いないよ」
 頷き合うケルベロス達。
「ドラゴンの目的は『人間を殺し恐怖と憎悪を集める』事だから、市民を避難させたり大人数のケルベロスで迎撃しようとすれば、別の場所を襲撃されてしまう。被害を食い止める為には、比較的少数のケルベロスの精鋭で陸に上がってこようとするところを迎え撃つしかないんだ」
 強力で強大なドラゴンを相手にするのはとても危険な事だけれど、皆にしか頼めない事だから、と祈里は瞳の力を強めた。
「ドラゴン、ヴェスタートルは茨城県の大洗町に上陸、そこから水戸市を襲撃するつもりらしい。みんなには、これを迎え撃ってもらいたい。普通に戦っては、水戸の方へどんどん歩みを進めてしまう……でも、ひとつだけ、移動を阻止する方法があるんだ。1ターン内に、【頑健】のグラビティで一定のダメージを与えること」
 もちろん、次のターンにはまた進撃しようと動き出すから毎ターン移動阻止のための手を打たないといけないんだけれど、と祈里は続ける。
「つまり、前のターンと同じく【頑健】グラビティで攻撃しなきゃいけなくなる人もいるかも、って事。……見切られる可能性も大いにある。そこのバランスが難しい戦いになると思う」
 呼吸を整え、説明が付け加えられた。
「ドラゴンは、雄叫びを上げながら雷の息を吐いたり、尾や爪を用いた攻撃をしてくるようだね」
 胸の前でぎゅっと手を祈るように組むと、祈里は頭を下げた。
「ドラゴンと真正面からぶつかりあう、とても危険な任務だよ。でも、人々を守るにはこれしかないんだ……けど……お願い、生きて帰ってきてね」


参加者
ティクリコティク・キロ(リトルガンメイジ・e00128)
ケーゾウ・タカハシ(鉄鎖狼の楽忍者・e00171)
久条・蒼真(覇斬剣闘士・e00233)
マイ・カスタム(装備なしでも重装型・e00399)
天津・千薙(天地薙・e00415)
マリエル・バールレンクビスト(大地を砕く蒼き水流・e00491)
シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)
ウォーグ・レイヘリオス(山吹の竜騎を継ぐもの・e01045)
フェリス・ジルヴィルト(白雪子狐の道標・e02395)
マードック・ガンズフォール(鈍色の鋼竜騎士・e03055)
青鮭・笑苦(赤い瞳の黒龍・e03883)
シルビア・レバンドフスカ(着せ替えウィッチドクター・e05023)
神威・空(虚無の始まり・e05177)
柏木・蘭花(黒の猛火・e05398)
シア・メリーゴーラウンド(実らぬ王冠・e06321)
板餅・えにか(萌え群れの頭目・e07179)
久遠・征夫(静寂好きな喧嘩囃子・e07214)
アレクシア・レーヴェンハイム(虚無の亡霊・e07765)
ヒナタ・イクスェス(愉快型決戦存在・e08816)
蔓葉・貴意斗(人生謳歌のおどけもの・e08949)
白銀・ミリア(ピストルスター・e11509)
天王寺・静久(頑張る駆け出しアイドル・e13863)
ノイアール・クロックス(魂魄千切・e15199)
ジュリアス・カールスバーグ(山葵の心の牧羊剣士・e15205)
朧・武流(春に霞む月明かりの武龍・e18325)
朝前・塞破(目指すは皆のメイン壁・e19092)
筐・恭志郎(白鞘・e19690)
空木・樒(病葉落とし・e19729)

■リプレイ

●轟音
 大洗町の海岸で、ケルベロス達は待つ。
「ドラゴンが相手か。これは骨が折れそうだ、のし」
 青鮭・笑苦(赤い瞳の黒龍・e03883)は海を見つめて肩を回し、ぽつりと呟く。
「……来ましたよ」
 中空あたりで海の様子を見ていた久遠・征夫(静寂好きな喧嘩囃子・e07214)が仲間のもとへと緊張した面持ちで降下し、伝えた。ザザ、ザザザ、と大きな波が立つ。ぬらりと水面から首を出したのは、漆黒の体を持つドラゴン――ヴェスタートル。
「さぁ、あのデカブツ、ブッ殺してやりましょ♪」
 シルビア・レバンドフスカ(着せ替えウィッチドクター・e05023)は弾む声で告げるとその巨体を視線の先に捉える。
『ガァァァアッ!』
 大きな声で吼えるドラゴンに、ケルベロスは一斉にポジションに付き、戦闘態勢へと移行した。
「このデカブツ、街には絶対に行かせない。のオチ」
 ヒナタ・イクスェス(愉快型決戦存在・e08816)は真っ先にヴェスタートルの前に躍り出たかと思うと、レゾナンスグリードを放つ。
(「かつての城ヶ島制圧戦で死んだ者達……その一人だった旅団の長の為にも。まずはこいつらを蹴散らし、前に進む……」)
 ヴェスタートルがどしん、と足を前に出し、先へ進もうとしたところを神威・空(虚無の始まり・e05177)の縛霊撃が迎え撃った。
「止める……!」
『グオォオオッ!』
 邪魔をするなと言わんばかりに、咆哮を上げるドラゴン。間髪入れず朧・武流(春に霞む月明かりの武龍・e18325)は破鎧衝を叩きこむ。
 ――ガァン! と大きな音を立てるが、もちろんヴェスタートルの体には小さな傷が入ったのみ。銀月のデットヒートドライブを喰らっても、ビクともしない。
(「さすが……、硬いでござるな」)
 けれど、ダメージを蓄積させれば必ず……。ケルベロスは信じるしかない。フェリス・ジルヴィルト(白雪子狐の道標・e02395)は二本のチェーンソー剣を構え、スカーレットシザースを放った。ゴォッと摩擦による炎が燃え上がる。その炎を振り払うようにヴェスタートルは黒く大きな爪を振り上げた。
「危ない……!」
 フェリスを庇うように前に出たのはジュリアス・カールスバーグ(山葵の心の牧羊剣士・e15205)。その爪を喰らっても尚立っていられるのは、ディフェンダー故か。
「ジュリアスお兄さん!!」
 フェリスの悲痛な声が響く。
『クッフフ、グァハハハハハ!』
 愉悦を示す笑い声にフェリスはその赤い瞳を睨みつけた。
「憎悪なんて、集めさせませんです!」
 フェリは、フェリのやり方で皆を守りますですよ。低く呟き、得物を構え直せば、ケルベロス達は頷き合う。ジュリアスは自らが受けた傷をヒールゴーストで癒し、再度敵と向き合う。ティクリコティク・キロ(リトルガンメイジ・e00128)はワイルド・ウェストナイフを抜き放つとそこにトラウマを映し出した。過去に封印されたことを思い出したのか、ヴェスタートルが吼える。
「これでも食らえ!」
 その隙を突くかのようにマイ・カスタム(装備なしでも重装型・e00399)がスパイラルアームで抉るように攻める。朝前・塞破(目指すは皆のメイン壁・e19092)が地裂撃をヴェスタートルの脳天目がけ叩き込むと、息を合わせるようにライドが炎を纏い突っ込んできた。続けて、アレクシア・レーヴェンハイム(虚無の亡霊・e07765)がヴェスタートルの顎を蹴りあげる。
『グゥッ、ガアァァァ!』
「狩りに来たのだろうけど、狩られるのは各個撃破されに来た、愚かなあなた達……」
 ノーザンライト・ゴーストセイン(のら魔女・e05320)は渾身の力を込めた縛霊撃で殴りつける。
「定命は、誰かを守ると決めたら強いと思い知れ」
 ケーゾウ・タカハシ(鉄鎖狼の楽忍者・e00171)の螺旋射ちが飛んできたかと思うと、それを追うようにして肉迫した筐・恭志郎(白鞘・e19690)のスターゲイザーが叩き込まれる。絶え間なく攻め来るケルベロスに、ヴェスタートルは低く吼えながら雷の息吹を浴びせた。
「あああぁぁっ」
 中衛に位置取っていた蔓葉・貴意斗(人生謳歌のおどけもの・e08949)、マリエル・バールレンクビスト(大地を砕く蒼き水流・e00491)、フェリス、ノーザンライト、ヒナタ、武流がその雷撃に一度膝をつく。てぃー坊が貴意斗に応援動画を見せ、その回復を促した。
「わたくしの前で仲間が倒れ伏すなど、決してさせたりは致しません」
 空木・樒(病葉落とし・e19729)は駆け寄りヴェスタートルを一瞥すると、中衛の仲間全員にelixirを施す。そして、にっこりとほほ笑んだ。
「企みもその巨体も、文字通り粉砕して差し上げましょう」
 尚も進撃しようと足を上げるヴェスタートルに、天津・千薙(天地薙・e00415)はぴしゃりと言い放った。
「この先は立ち入り禁止です。引き返さぬのなら、お覚悟を」
 天津七技・染を叩きこまれ、ヴェスタートルはぐらりと傾ぐ。しかし、すぐに体勢を立て直すと大きく吼えた。
「亀は定命化しても一万年生きるらしいですね。こいつの一万年目は今日です、が!」
 板餅・えにか(萌え群れの頭目・e07179)は大きく振りかぶり、絶空斬を放つ。
「真夜中の一分前 雨の影 嘘の色 真実や幻想を どうか 語れぬようにしておくれ」
 ――止まれ。その思いを込め、シア・メリーゴーラウンド(実らぬ王冠・e06321)は上空から豪奢なメリーゴーランドのような檻を降らせる。征夫は閉じ込められた憐れな亀を狙い、破鎧衝を叩きこむ。ヴェスタートルが暴れ、檻は崩壊したが、足止めの効果は十分に期待できる。雷を帯びた日本刀をその背に突き立て、マリエルは叫んだ。
「此処で食い止めて、狩らせて貰うのですよ―――その魂をッ!」
「その暴虐を許すわけにはいかないのじゃ!」
 なのじゃ! の掛け声と共に、アーシェス・スプリングフィール(月の司祭・e00799)は地裂撃を叩きこむ。傍らのカイザーもごぉう、とボクスブレスを吐き出した。熱さと痛みに身悶えるようにヴェスタートルは尾を振るう。前衛を位置取るケルベロス達を薙ぎ払い、ヴェスタートルは低く唸り声を上げた。互いに庇いあうも、ケルベロス達はその圧倒的な尾の打撃力に奥歯を噛みしめる。ずずず、と低い音を立ててヴェスタートルはその足を引きずった。
「少しの間でいいからじっとしててね~お・ね・が・い♪」
 シャドウスワンプで絡め取るようにヴェスタートルの影を蹂躙するシルビア。否、と言うかのようにヴェスタートルは身じろぎし、それを振り払った。
「己が宿敵と対峙している盟友のガルディアン・ガーラウルに代わり、そして『ノブレス・トレーズ』が一騎、山吹の竜騎を継ぐ者として! ヴェスタートル、お前を倒す!」
 高らかに名乗り上げ輝竜絢嵐舞皇撃を放ったのはウォーグ・レイヘリオス(山吹の竜騎を継ぐもの・e01045)。傍らでメルゥガが同調するかのように火を噴いた。
「死の恐怖を味わうのは地球の子達じゃなくてお前ら侵略者っす!」
 ノイアール・クロックス(魂魄千切・e15199)が地裂撃を喰らわせると、ミミ蔵は愚者の黄金をばら撒く。その表情を変えぬまま、久条・蒼真(覇斬剣闘士・e00233)はブレイズクラッシュを打ちこんだ。
(「強い……こいつを、喰えば……」)
 確かな手ごたえに、その血が騒ぐ。
「おらあぁ!」
 蒼真の一撃を喰らってもがくヴェスタートルに、天王寺・静久(頑張る駆け出しアイドル・e13863)がエアシューズで迫り、炎を纏った蹴りを入れた。
「守りたいんすよ、譲れないんすよ。だからヴェスタートル……アンタは今、此処で散れ――!」
 貴意斗が螺旋氷縛波を繰り出すと、負けじとヴェスタートルも爪を振り降ろす。恭志郎が貴意斗の腕を引き、代わりにその爪を受けた。
「……ッ」
 身を割くような激痛。それでも、恭志郎は声を上げぬよう耐える。ここで嘆きを露わにすれば、この竜が喜ぶだけなのだ。
「固そうだが、なら手数で勝負……!」
 地獄の炎をその身に燻らせ、笑苦はぽてっちのボクスブレスの直後ブレイズクラッシュを叩きこむ。
『ゴオオオッ!』
 牽制するかのように吼えるヴェスタートルを黙らせるかのように、柏木・蘭花(黒の猛火・e05398)は構えた両手のガトリングガンから無数の銃弾を放つ。
「頑丈そうなカメですが……どんなに堅い相手だろうと、撃ち砕きます!」
 固い甲羅は弾丸のいくつかを跳ね返す。それでも、ひるむことなく撃ち続ける。
「ガルディアン殿に代わり……【神裏切りし13竜騎(ノブレス・トレーズ)】が鈍鋼の竜騎、マードック・エスター・ルレイ・ガンズフォール、参る!」
 竜の顎のナンバーを睨みつけながら、マードック・ガンズフォール(鈍色の鋼竜騎士・e03055)勢いよくオーラの弾丸を放った。
「【神裏切りし13竜騎】が一人、病喰いの【白金の竜騎】に連なるドラゴニアンが末裔! シィカ・セィカデス! ロックにキメてくデスよー!!」
 ブレイブマインで前衛の仲間たちを癒すと、シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)はひらりとその身をかえし、ヴェスタートルに宣言する。
『グルルルル……』
 低く唸るヴェスタートル。ケルベロス達は顔を見合わせた。――進撃を、防げた! しかし、気は抜けない。ヴェスタートルはまたも市街地の蹂躙を狙い、その重く太い足を持ち上げようとしているのだ。

●番犬
「行かせませんよ」
 ジュリアスのフォートレスキャノンが火を噴いた。ケルベロス達は敵の動きを確認し、それぞれ得物を構え直す。
「…………逃れぬように……永遠に消えよ」
 夜烏剣舞を抜き放ち、アレクシアが冷たく言い捨てる。続けざまに、フェリスと武流がスターゲイザーを叩きこむ。
「その見下した眼。定命、舐めるな」
 ノーザンライトは魔力を込めた拳――魔煌獣撃拳で思い切り殴りつける。それでもなお虫けらを見るような目でケルベロス達を見遣るヴェスタートルを、彼女は凶暴性を増した色を宿らせた瞳で睨みつけた。
「難しいことはわかんねぇ!! でもあたしが出来るのは作戦に沿いつつ、ただぶっ飛ばすのみだ!!」
 白銀・ミリア(ピストルスター・e11509)は、友人アレクシアの背後から躍り出て地裂撃を叩きこむ。
『グオォオッ!』
 竜が、吼えた。
 直後、その口から眩い雷光が放たれる。マードック、ミリア、恭志郎、ジュリアスを狙い飛んでくる雷撃。
(「まずい、今受けると――!」)
 恭志郎とジュリアスは己の体力が既に削られているため、グッと足を踏ん張ってその痛みを覚悟する。――バリバリ、と身を焼くような雷になんとか耐えるも、その足は立っているのがやっとだ。
 ティクリコティクが追撃を阻止するかのようにガトリング連射をかける。
「心魂機関アクティヴ! 電流収束!!」
 マイが仲間の仇と言わんばかりにエレクトリッガーで攻めた。
「効きにくいとかは知らないぜ、良いから止まれぇ!」 
 塞破が振り降ろしたチェーンソー剣がギリギリとヴェスタートルを削る。ケーゾウが螺旋掌を放つが早いか、恭志郎が望春を抜き、絶空斬で斬りつける。舞うように躍り出て旋刃脚を叩きこんだのは千薙だ。えにかは痛みに眉を顰める恭志郎に駆け寄り、庇うように前に立つと彼にマインドシールドを展開した。
「大地に響き渡れ―――荒れ狂う戦鬼の雄叫びッ!」
 マリエルは旋風地裂衝を叩きこみ、荒れ狂う膨大な魔力と気をもって大地を抉り飛ばす。
『ガァァッ!』
 あくまで進撃を阻止しようと畳み掛けてくるケルベロスへと苛立ちを露わにするように、ヴェスタートルは爪を振り降ろした。
「ッ!!」
 凶刃の前に躍り出、彼女を庇ったのはケーゾウだ。
「ケーゾウくん!」
 その身を引き裂かれながら、ケーゾウは口の端を釣り上げる。
「なに、役得ってやつだ」
 気にするな、と肩を叩くも、その腕からは血が滴っている。――回復の手が足りない。そう考え、シアはケーゾウにマインドシールドを施す。こんなに可愛い子に回復してもらえるなんてな、と笑うケーゾウに、シアは首を横に振る。
「どうか、ご無理をなさらず」
 征夫が雷刃突をを繰り出すと、アーシェスが叫ぶ。
「のじゃのじゃ!」
 二本のルーンアックスを振りまわし、かかってゆく。が、ヴェスタートルは不気味な笑い声をあげながらそれを躱してしまった。歯噛みし、アーシェスはカイザーに指示を出す。
「ぐっ……行くぞ、カイザー! 息が続くまでブレスを吐き続けるのじゃ!」
 吐き出される灼熱のブレス。躱し切れずにヴェスタートルは呻く。ウォーグは、やはり見切りの効果が出るものなのだと踏んで今持っている技の中で一番命中率が高そうなものを選んだ。――破鎧衝。散々装甲を剥がす技を受けたヴェスタートルは、心なしか少し傷が多くなってきた気もする。貴意斗は敵にプレッシャーが付与されていることを確認し、脚部に黒い影を纏わせて躍りかかった。
(「傷を刻む、抉る、拡げる。妨害者としての役目を果たすべく!」)
 広げられていく傷、そこへ動くなと言わんばかりに静久が縛霊撃を叩きこむ。
「蹴る!」
 笑苦がグッと足に力を込める。ヴェスタートルが身構えたのを見て、すぐに剣を振り上げた。そして。
「と思わせておいて斬る、かと思いきや蹴る!」
 ガンッ、と音を立て、ヴェスタートルの顔を蹴りぬく。樒はというと、その間に恭志郎に走り寄りウィッチオペレーションをかけた。――このままでは、倒れてしまう。あまりに、消耗しすぎている。樒と視線を交わし頷いたのはシルビアだった。多く被弾したジュリアスに駆け寄り、マインドシールドを施す。
「大丈夫、しっかりして!」
「あたた……一寸貰い過ぎました」
 蘭花は、ただ竜を先に進めるわけには行かぬとガトリングガンを連射する。マードックも、同じ思いで縛霊撃を放った。ノイアールが必死の思いで巡血沁終を打ちこむ。――これまでのダメージで止まるか、足りているか。先ターンよりも、躱された回数も多い事から頑健のグラビティで与えたダメージは少ない。
(「止まってくれ……!」)
 見れば、ヴェスタートルの位置ははじめと変わっていなかった。安堵に胸をなでおろし、シィカはブレイブマインにて先刻被弾した前衛の仲間たちを癒していく。それでも彼らの残り体力が半分を切っているという事実が、竜の強さを物語っていた。

●攻防
 奇数ターンに竜の進撃を阻止する者、偶数ターンに阻止する者、そして、いかなる時でも頑健グラビティにて阻害するスナイパー達。しかし、何度か切り結んでいくうちにヴェスタートルの方もスナイパーの動きを見切れるようになってきたし、ケルベロス達の目論見も読めて来るようになったようだ。ヴェスタートルはティクリコティク、マイ、笑苦、蘭花、塞破の猛攻をことごとく躱し、不気味に瞳を光らせる。
「くっ……」
 自分を止めようとしているという事をしっかりと理解したうえで、ヴェスタートルはスナイパー達に雷を吐き付けた。スナイパーを狩られるわけにはいかない。事前に示し合わせていた通り、彼らを守るべくディフェンダー達が自らその雷を受けに行く。――が、人数が足りない。蘭花とライドはまともに食らってしまった。そのまま、ライドは消えてしまう。庇ったその動きから流れるように千薙はチェーンソー剣でヴェスタートルに斬りかかった。
「喰らい付く……!」
 空が降魔真拳を放つと、ヴェスタートルは反撃とばかりに大きく体を返し、尾で殴りつけてきた。空、千薙、シア、えにか、征夫を薙ぎ払い、低く唸る。シアとえにかに庇われたため空、征夫は無傷だったが、深手を負った3人はおびただしい量の出血に肩で息をしながらヴェスタートルを睨みつける。しかし、ここで止まるわけにはいかないのだ。シアは幻惑の檻を、えにかと征夫は絶空斬を繰り出す。――止まれ。ただ、その思いを胸に。
(「まだ――!」)
 先刻ほどのダメージは行っていない。感覚でわかる。ケルベロス達の攻撃は続く。武流がルーンディバイドを放つ。まだ、足りない。アーシェスが2本の斧で斬りつける。ノーザンライトが魔煌獣撃拳で殴りつける……。次々とケルベロス達が頑健のグラビティをぶつける様子を確認し、ノイアールは考えた。――今なら先ほど止めた時と同じくらいのダメージが行っているはずだ。それならば、自分は見切りを解除するべきか。スッと獣鱗ナイフを抜き、ジグザグスラッシュを当てる。
「おらぁ!!」
 ――賭け、だった。止まるか止まらないかは、わからない。それでも、相手を削らなければならない事だけは確かだ。ミリアが、スピニングドワーフで突っ込んでくる。アレクシアと静久の旋刃脚が直後叩き込まれた。呻くヴェスタートル。その隙に、ジュリアスは己にヒールゴーストを施す。
(「……キリがない、ですが、こうでもしないと」)
 ケーゾウは、自分の体力だって危ないのにもかかわらず恭志郎にルナティックヒールをかける。恭志郎も、今にも倒れそうなケーゾウの為マインドシールドを展開した。ヴェスタートルは前足をゆるりと上げる。そして、たった今己に気咬弾を喰らわせてきたマードックに向かって。
「ッ!」
 勢いよく、その爪を振り降ろした。絶体絶命と思われたとき、マードックの腕を引いて彼を救ったのは。
「守れて、良かった……。なぎは少し、お休みしますね……」
 千薙だった。がくん、と膝の力を失い、その場に頽れる。
「千薙殿っ! ……よくも……」
 マードックは血に染まったヴェスタートルの爪を見つめ、歯を食いしばる。必ず、仕留めてやる。樒は、他の前衛の仲間が倒れることが無いようelixirをかける。シィカは今にも倒れそうなシアに走り寄り、愛用のギターを鳴らして竜姫謳う生命讃美を歌った。
「お気を確かに、デス!」
「ありがとう……ございます」
 そんなやり取りの間にも、ヴェスタートルは低く唸りながら進撃しようとする。
「っ……! 止まれって言ってんのよデカブツ!!!」
 シルビアが追い撃つようにシャドウスワンプをかけた。
 ズズ……ズ。
「――止まった!」
 スナイパー達が大きく息を吐く。それでも、気は抜けない。次のターンになればこいつはまた、人々の嘆き、憎悪を喰らうために進撃を試みるのだ。
 次のターンに入り、また動きを見せるヴェスタートル。ケーゾウは螺旋掌を、マリエルはシャドウリッパーを、マードックは破鎧衝を。アレクシアが氷雷剣、ミリアがルーンディバイドと大きな一撃を加えたが、全くヴェスタートルはひるむ様子がない。己の進行を止めようと斬りかかってきた恭志郎の一撃を受け止めたうえで、爪で反撃する。
「っ……」
「恭志郎!」
 マイの叫びは届かない。激痛に声を堪える、も、既に足は立つ力を失っていた。ヴェスタートルは満足げに鼻息を吐き出す。ミミ蔵が、そこへガブリングでかかっていった。ジュリアスがフォートレスキャノンで牽制する。甲羅を打たれ、衝撃に身震いするも、ヴェスタートルはすぐに体勢を立て直し、此方に向かって足を上げる。
「撃て!」
 進撃を阻止すべく、声を上げるティクリコティク。ガトリング連射がその黒い体を撃つ。。続けざまに次々技を放つスナイパー達。しかし、ウォーグの輝竜絢嵐舞皇撃が躱された。続けて、蘭花のガトリング連射も躱される。……諦めるな。頷き合い、仕掛けていく。すると、やがてヴェスタートルの動きが止まった。
『ゴォオオッ!』
 怒りに任せるように、ヴェスタートルは雷を放つ。自分の目的を阻止するための部隊が『スナイパー』であると感じたのか、優先的に狙い始めていた。えにかは叫ぶ。
「落ち着いて一本とっていこう」
 そして、己を回復させた。このままでは仲間を庇う事が出来なくなってしまう。今優先すべきは自分の体力。懸命にメディックが回復して回る。けれど、それをあざ笑うかのようにヴェスタートルは次々攻撃を仕掛けてくる。ケルベロス達はその強さを実感した。けれど、どうあっても水戸市に攻め入られるわけにはいかないのだ。
「くぁ、行かせない、の、オチ!」
 ブラックスライムでヴェスタートルの巨体を飲み込むヒナタ。もがくようにヴェスタートルは尾を振り回す。フェリス、ヒナタ、武流を薙ぎ飛ばし、ヴェスタートルは先へ行こうと体を揺すった。ウォーグの破鎧衝を見切り、ヴェスタートルは不気味に笑う。続けて頑健のグラビティで攻撃していることで、読まれやすくなっているようだ。笑苦が思い切り蹴りつける。その時、再度スナイパー達を狙い雷が放たれた。えにか、ケーゾウ、静久、ジュリアスが躍り出る。最も残り体力の少ないアーシェスを、シアが庇った。
「……う」
 がくり、と膝を付く。
「シア!?」
「……無事、ですね? ……皆さんを、お願いいたしますわ……」
 ふっと意識を手放す。彼女本人は気付いていないが、これからヴェスタートルがしようとしている『虐殺』という行為に大きなトラウマがある身として、それを止める要となる仲間を見殺しにすることは出来なかったのだ。
「わかったのじゃ」
 頷き、アーシェスはヴェスタートルに躍りかかる。消耗していくケルベロス達。それでも、一歩も引く気はない。少しでも勝算があるならば、それにかけるしかない。マリエルは、各々が付与した足止めや炎がかなり多くなってきたことに気付き、絶空斬を放つ。ぶわり、とヴェスタートルの肌に焦げが広がった。樒は急ぎウォーグのもとに駆け寄り、ウィッチオペレーションを施す。シルビア、シィカ、ティー坊もそれぞれ塞破とマイ、アーシェスの傷を癒しにかかる。
 ――その時。ゴゥっと音を立て、雷がメディック達を襲った。
「っぶね……!」
 静久が、自らを盾にするようにその稲妻の中に転がり込む。庇い切れたのはシィカのみ。てぃー坊はダメージを大きく喰らい、掻き消えてしまった。シルビアと樒が痛みに眉を顰める。
「静久さんっ! 静久さん……っ!!」
 シィカが静久を抱き起こし、叫ぶ。
「良かった、怪我……ねぇな?」
 シィカがいねえと回復、まわんねぇだろ。そう呟き、彼女はぐったりと体の力を抜いた。シィカは力強く頷き、立ち上がる。
「静久さんの分まで、やる、デス!」
 傷を受けたシルビアと樒に、それぞれケーゾウは鎖狼の銃光で、ジュリアスはヒールゴーストで回復を試みる。二人がゆるりと立ち上がったのを見て、安堵に息を吐いた。その時、重く冷たい音と共にヴェスタートルが水戸市に向けて進軍したのが目に入った。
「……ッ」
 息をのむケルベロス達。
「……人数が減っているし、見切られやすくなっている者は一度見切りの解除を試みた方がいいかもしれないな」
 ケーゾウの声に、頷くケルベロス達。確実に止める方法があるのなら、そちらを取りたい。

●死闘
 守り手が足りない。己がヴェスタートルを止める手番ではない事を確認し、ノーザンライトとメルゥガはディフェンダーポジションへと移動した。ヴェスタートルはゆらぁりと尾を上げる。
「他を見ている余裕などないでござるよ!」
 その時、こつ然とヴェスタートルの眼前に現れた武流が逆鱗掌をその顔面目がけ叩き込んだ。
『グ、グルァッァアアアアァァ!!』
 今までにないほどの大きな雄叫びを上げるヴェスタートルに、武流はこれでいい、と己の目論見が上手くいったことを悟る。これで、スナイパーやメディックの皆から気を逸らせれば。その隙に、シィカと樒とシルビア、えにかは、マイ、塞破、ウォーグ、アーシェスを癒しに行く。
「籠目等角、呪術に似る。千古の織り目に其は宿る。金穂の可見、銀輪の日暈、重陽の菊其れ凡て黒陽の天恵也」
 フェリスは呪文を唱え、天の逆手に黒陽の壇を放つ。
(「シア……無理してないよな?」)
 ミリアは、冷たい瞳で氷雷剣をヴェスタートルに突き立て肩で息を繰り返すアレクシアを心配そうな瞳で見る。
「……大丈夫」
 その視線を感じ取ったのか、彼女がぽつりと呟いたのを確認し、二カッと笑った。
「おう!」
 そう叫んだ直後、ミリアは銃を構えた。
「受け継ぐ力を解き放て!!!」
 ガウンッ、と銃声を響かせ、魔砲が解放される。二人の圧倒的火力にヴェスタートルは首をのけぞらせる。
『グルルルルル……』
 唸るヴェスタートルは、爪を振り上げる。武流が二人に矛先が向かないよう、大きく叫ぶ。
「よそ見していて、いいのでござるか!?」
 ヴェスタートルは、怒りに任せその爪を武流に振り降ろした。彼を袈裟懸けに引き裂き、血濡れてヴェスタートルは高笑いする。『後は頼んだでござるよ』と掠れた声で言い残し、武流はがくん、と脱力した。
 ――彼のおかげもあってか、ケルベロス達はヴェスタートルの進撃を阻止することに集中出来、このターンの進撃阻止は成功を収める。

 いくら大きく頑丈なドラゴンとはいえ、かように攻め立てられていれば少しずつ、少しずつ動きに鈍りも見え始める。それはケルベロス達とて同じだった。サーヴァント達は消え、次々と倒れる仲間たち。しかし、この戦いの中でわかってきたこともあった。
「……誰も死なせるつもりは無いんだぜ!」
 倒れるのはお前の方だ。塞破はそう叫びながらズタズタラッシュを繰り出す。ケルベロス達には、ある程度ではあるが『読めて』きているのだ。進撃を阻止できた時に相手に与えたダメージ、進撃を許したときのダメージ。それらを比べて、どのくらい阻止するためのダメージを与えればいいのか、的確にではないが判断し、効率的に戦うため見切りを解除しつつ相手にダメージを与えることが出来るようになっていた。ティクリコティクは、確実にヴェスタートルの進撃を止めるため己の技の中で一番命中率が高いガトリング連射でひたすらに攻め続ける。
「全てを解き放て――ドラゴライズ・フルバースト!」
 ウォーグは全身に黄金色のオーラを纏い、勢いよくヴェスタートルにかかっていく。このままでは自分も危ないと思ったのか。ヴェスタートルはその黒い咢を大きく開き、息を吸い込んだ。
「わしら以外が為せぬことを為さずして死ねようかの!」
 己の体力の限界を感じながらも、アーシェスはヴェスタートルに肉迫した。そして、巨大なザリガニの鋏を召喚する。
「おぬしはザリガニの餌にでも、なっとれ!」
 ザンッ、と鋏がヴェスタートルの前足を切り裂く。瞬間、開かれたヴェスタートルの口から雷がほとばしる。まるで爆発でも起きたかのような稲妻、アーシェスは膝を付き、最後の力を振り絞り叫んだ。
「わしらが、成すべき、事を!」
 笑苦の前に立った貴意斗が雷を受け、薄く笑う。
「……守れたっすね? 絶対、あいつ、止めてください……」
 肩で息をしている貴意斗に、もう戦う力は残っていない。
「貴意斗。安心しろ……必ず、やる」
 貴意斗が地に体をうちつける前にその体を支え、そして横たえると笑苦はヴェスタートルに向き直る。彼の右目から青い地獄の炎がごう、と噴き出た。守ってくれた仲間たちがいる。背を預ける仲間がいる。そのことがケルベロス達の闘志を鼓舞する。
「喰われるのは、お前の方だ」
 蒼真は表情一つ変えぬまま降魔真拳を叩きこむ。幾度となく傷つけられたその体にヴェスタートルの精気が流れ込んでくる。軋む体、切り裂かれ流れる血液。それでも、こいつを喰ってみたいという好奇心と、街を守らねばならないという使命感が彼を辛うじて立たせていた。ヒュッ、とヴェスタートルはその尾を上げる。そこへ、己の危険を顧みずただひたすらに攻撃をうちこみ続けてきたマイがしがみ付いた。ガッチリとその尾をホールドし、心魂機関の稼働率を最大まで上げる。そして、バリバリと音が立つほどに激しく放電して見せた。
『ギャアァァアッ!』
 ヴェスタートルは吼えながらめちゃくちゃに尾を振り回す。それでも、ギリギリまでそこから離れずマイはエレクトリッガーを放ち続けた。やがて、双方ともに疲れ果てたのか、ヴェスタートルが尾を振り回すのを止めると同時にマイも地へと滑り落ちる。マイを弾き飛ばすように尾で払い、ヴェスタートルは何事もなかったかのように進撃を始めようとした。
「さすが……伊達じゃないな」
 仰向けにその場に倒れるマイ。フェリスは、ヴェスタートルを止める手が減ったことに気付きスカーレットシザーズを叩きこむ。
(「フェリが、止めます……です!」)
「必ず奴を『終わらせる』……!」
 空は両手に真っ黒なオーラを集中させ、ヴェスタートルの咆哮にも引けを取らないような轟音と共にそれを放つ。
『ゴオォォッ!』
 ヴェスタートルが、まるで対抗しているかのように吼える。ノイアールはそこへ降魔真拳を叩きこみ、凄んだ。
「この星はてめえらの餌じゃないって思い知らせてやるっすよ!」

 進撃を、阻止し、許し、阻止し……ケルベロスとヴェスタートルの攻防戦は続く。激しい雷と炎、打音、咆哮の響く中、半数近くもの仲間が倒れて行った。懸命に狙撃班を守り続けたディフェンダーも、今は一人とて残っていない。戦える仲間が減るにつれて、進撃を許すターンも増えて行った。ケルベロス達の間に、緊張と焦りが見え始める。そして、ヴェスタートルが睨む先、ケルベロス達の背にはもう水戸市街地が迫っていた。そこには人々の生活がある。きっとこの轟音を聞きつけ、避難し始めた人もいるであろうけれど。このまま進撃させれば、間違いなくヴェスタートルは破壊の限りを尽くし、人々の憎悪を集め始めるだろう。
「止まれって!! 言ってんのよ!!」
 シルビアは足を引きずりながらも進もうとするヴェスタートルにシャドウスワンプを仕掛ける。アレクシアが旋刃脚でその額を蹴りつけ、ミリアはその小さな身体を回転させながら勢いよく突っ込んでいく。双方とも、もう体は傷だらけ、息も上がっている。それでも、たとえ自分が倒れようとも、ヴェスタートルを削らなければいけない。グッとその首をもたげたヴェスタートルに、蒼真が斬りかかる。
「この一撃は道を切り拓く覇道の力。全力を持って受けてみろ……!」
 溜めこんだ魔力をはらんだ剣が、ギリギリとヴェスタートルの鱗に食い込む。
『ググ……ギ……』
 続くようにして征夫が斬霊刀を振り上げた。
「あああぁぁぁっ!」
 脳裏に浮かぶのは、先に倒れたマイと恭志郎の顔。二人がここまで持ってきてくれた結果を、継がずにどうする? 戦闘不能になった仲間の分まで、やりきる。その思いが、普段物腰柔らかな彼を熱血にさせる。
 ギィン! と鱗が剣を受けて高く鳴る。
「絶対に通さないんだぜ……! ……絶対、に!」
 塞破のチェーンソー剣がギャリギャリと音を立ててヴェスタートルの鱗から火花を散らせる。
「この砲身と銃身が燃え落ちてこの身一つになったとしても、全力で阻止します!」
 蘭花のガトリングデストラクションが、ヴェスタートルに無数の傷をつけていく。――確実に、相手も消耗している。進撃の阻止を狙いつつも、命中率は捨てないという綿密な作戦が功を奏していた。それは明らかだった。
『コォオオオォォ……』
 ぐぁっと口を開いたヴェスタートル。その稲妻が塞破と蘭花、ノイアールを打つ。
「ま……だ、倒れるわけには」
 ノイアールは力を振り絞るようにして降魔真拳を放ち、ヴェスタートルの精気を吸い取る。あと少し、あと、少しなのだ。全員が攻撃を終えた時、ヴェスタートルはふらつきながらもその前足を高くあげ、水戸市方向へ向かって進撃した。
「ダメですのです――!!」
 フェリスの声が響く。
 ――あと少し。ヴェスタートルの甲羅の装甲ははがれ、その鱗もボロボロになっている。おびただしい量の傷、出血。それでも止められないというのか? 戦う力が残っている18人のケルベロス達は、一斉にヴェスタートルへと飛び掛かる。ヴェスタートルはそれらの攻撃を受けながらも、己の求める『人々の恐怖と憎悪』を獲得すべく、ずる、ずる、とその身を水戸市街地へ寄せていく。
「く、ぁ、ヒトと、機械と、不死鳥と」
 ヒナタはぎゅぅ、とその瞳を瞑った。滴る血、焼けるように痛む傷痕。
「シスターEirの作りし最悪傑作、code“P”の真髄を」
 すべての覚悟を決めた彼の瞳が、普段の渦巻き状の物から真っ赤な水晶へと変わる。
「その目に焼き付けるがいい!」
 叫びと共に、彼の体は変質していく。それはさながら鋼の不死鳥。先刻までとは比べものにならないほどの禍々しい気を纏ったブラックスライムが現れ、ヴェスタートルを飲み込む。
「……」
 ほぼ同時に、ウォーグの身体も異変を来していた。その柔らかな金の髪が成りを潜め、硬い装甲に覆われていくからだ。やがて、ドラゴンのそれと同じ姿に変わり果て彼女は輝竜絢嵐舞皇撃を放つ。
『ガッ……ガアァァァァァッ!!!』
 今までの蓄積ダメージに、更に抉りこむような攻撃を打たれ、ヴェスタートルは息も絶え絶えと言った様子でのた打ち回る。
 ――畳み掛ける!
 ケルベロス達は互いに頷き合い、信じてひたすらにヴェスタートルに猛攻を仕掛けた。

●撃破
『ゴォオォッ!! ガハッ!!』
 血と唾液をだらしなくその口角から流しながら、ヴェスタートルは地に顎をドシン、と落とす。
『フシュウウウゥゥ……』
 そして、負けを認めたかのように大きく息を吐きながら、ゆっくりと目を閉じた。ティクリコティクはつかつかとその眼前に進み出、大声で尋ねる。
「喋れるかわかんないけど、おいお前! お前らトカゲのところに『バルバレル』って奴が居るだろ。アイツまだ生きてるのか!」
 魔空回廊にて出会ったあのドラゴンについての答えは、得られない。ぐったりとしたまま答えないヴェスタートルを冷えた瞳で見つめ。
「あぁ、そうかい」
 ティクリコティクは報仇血弾を放った。
「強敵だった……、さすがの固さだ、さすが亀……」
 鉄塊剣を鞘に収めながら、笑苦は息絶えたヴェスタートルに静かに歩み寄る。
「また、つい熱くなってしまいましたね……」
 肩で息をしながら、征夫はぽつりと呟いた。そして、倒れた友のもとへと走り寄る。起き上ったジュリアスは伸びているヴェスタートルを見遣り、小さく笑った。
「まさか、御自分が喰われる想定がなかったのですかね?」
 亀汁にしたら良い出汁がでそうだ、なんて笑えるのも、守り抜いたという実感があるからこそ。
「ああ、まだです、次の手を封じないと」
 ジュリアスが見つめる先には、ヴェスタートル。その牙を指さす。竜牙兵の元にされては困ると頷き合い、ケルベロス達は早速牙を砕きにかかった。
 空は、牙を砕きながら一人ごちる。
「……待っていろ、光雷竜……必ず貴様の所まで行くぞ」
 旅団の長の仇。そこへたどり着くまでは、決して引くわけにはいかないという決意を胸に。
「むむむー……これって何かに加工出来ないかなぁ……」
 マリエルは拾い上げた牙を見つめ、考え込んでいる。
「……」
 キョロキョロとあたりを見回すシィカ。やはり、いない。何度数えても30人で出撃したはずが、2名足りないのだ。あの激闘の中で最後に見たウォーグとヒナタの姿は、見間違いではなかった。マードックはシィカの肩をそっと叩き、小さな声で告げる。
「きっと、生きている……」
 シィカはちいさく頷く。そう願うしかないのだ。
 ――ケルベロス達の背後には、水戸の街。
 人々の感謝の声が聞こえる。踏み壊された大洗の海岸は、ヒールで直すことができるだろう。
 大量虐殺による恐怖と憎悪を集められる前にヴェスタートルを撃破し、その目論見を未然に防いだケルベロス達は、二名を除いて無事に帰還したのであった。飛び去った二つの影を見た者は、誰もいない。

作者:狐路ユッカ 重傷:朧・武流(春に霞む月明かりの武龍・e18325) 
死亡:なし
暴走:ウォーグ・レイヘリオス(山吹の竜騎を継ぐもの・e01045) ヒナタ・イクスェス(世界一シリアスが似合わない漢・e08816) 
種類:
公開:2016年4月6日
難度:やや難
参加:30人
結果:成功!
得票:格好よかった 42/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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