八竜襲撃~空が消えた日

作者:蘇我真

 その日、釧路から空が消えた。
 竜十字島より北海道釧路市上空に飛来した1体のドラゴン。
 体長30メートル、透き通った青空色をしたドラゴンは近くを飛んでいた旅客機に近づいたかと思うと、その尾翼を掴んで乗客のグラビティ・チェインを強制的に吸収し始めた。
「ガアアオオオォォォオォオオォンッ!」
 大気を震わせるほどのいななき。同時に、ドラゴンの周囲に自身の体色と同じ結晶体をいくつも出現させる。
 それらの浮遊する結晶体はドラゴンを中心として円状に配置され、まるでドラゴンを守るかのようにくるくると回り始めた。
 そして、おもむろに発光したかと思うとまばゆい光線を地上に向けて射出していく。
 超長距離、高出力の光線はあらゆるものをなぎ払う。
 ドラゴンの手を離れて墜落していく旅客機。
 釧路港に建ち並んだレンガ造りの倉庫群。
 港に帰ろうとしていた船舶、道路を走行していた車両、自衛隊の戦闘機までもが天空より降り注がれる幾条もの光線の雨に貫かれ、釧路市街は瞬く間に瓦礫の廃墟へと変貌していく。
 対応しようも遥か上空にいるドラゴンに地上から攻撃する術もなく、結晶体の光線により市内に入った飛翔体は全て近づく前に撃ち落とされてしまう。
「ガ……ガアアァァァオオオォォォンッッ!!」
 咆哮するドラゴン。充ち溢れんばかりのグラビティ・チェインによって光り輝くその体躯は、空に現れた2つ目の太陽にも思えた。
「ウガアアァァアァオオオォォンッッッ!!!」
 こうして、たった1体のドラゴンにより周囲の制空権は完全に掌握されたのだった。

●空が消えた日
「その竜の名はイルシオン。スペイン語で『幻想』という意味だ」
 星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)はいつもよりも多くの人数が集まったケルベロスたちに向けて、釧路市の現状を説明する。
「確かに幻想的ですらあるな。超範囲の索敵システムと超長距離攻撃。光線はグラビティ攻撃なので大気や気象条件での減衰にも期待できず、しかもかなりのグラビティ・チェインをその身に貯め込んでいてエネルギー切れも望めない」
 瞬は人工衛星が撮影したイルシオンの写真データを引き延ばして皆に配る。
 青空色の結晶体をその周囲にはべらせた結晶のドラゴンは美しく、見る者に畏敬の念すら抱かせた。
「なぜイルシオンがこのように我々から空を奪ったのか……それはどうもドラゴン側の作戦のようだ。ドラゴンの拠点である『竜十字島』から、多数のドラゴンの襲撃が開始された。他にも銚子や三原山といった日本各地で別個の強力なドラゴンが確認されている」
『竜十字島』の拠点は難攻不落だが、地球上にある時点で定命化の影響を排除する事はできない。不死性を獲得していたはずのドラゴンたちにもいつか寿命がきてしまうのだ。
 この問題を解決する手段として、ドラゴンたちは人間の恐怖や憎しみを利用しようと考えたのだと瞬は説明する。
「定命化した者に憎まれるほど、自身の定命化までの猶予が延びる……本当にそんな事が可能かどうかは判らない。だが放置すれば、数万人以上の被害者が出るのは間違いないだろう。厄介な事態だ」
 ドラゴンの目的は『人間を殺し恐怖と憎悪を集める』事である為、市民を避難させたり、多くのケルベロスで迎撃を行った場合は、別の地点が襲撃されてしまう。
 襲撃の被害を最小限で食い止める為には、比較的少数のケルベロスの精鋭でドラゴンを迎え撃つしかないのだ。
「強力なドラゴンとの戦いは非常に危険だが、俺達ならこの任務を遂行できると信じている」
 続いて、瞬は作戦の概要を話し始めた。
「まず、前述したとおりイルシオンは高空にいる。地上からでは攻撃が届かないし、空を飛んでも近づく前に光線で落とされる。普通の機体なら、な」
 ひとつ息を吐いて呼吸を整えた後、瞬は皆へ告げる。
「そこで俺がハイパーステルスを全開にしたヘリオンでイルシオンに突っ込む。その際にイルシオンに飛び移ってくれ。
 ハイパーステルスでどこまでイルシオンの索敵を騙せるかはわからないし、制限時間の懸念や撃墜の危険もあるが、俺の思いつくかぎりイルシオンに肉薄する方法はこれしかない」
 飛び移られたイルシオンは、当然ケルベロス達を振り払おうとするだろう。
 しかし結晶体の光線でケルベロス達を焼こうにも、光線はグラビティ攻撃なのでイルシオン自身もダメージを負ってしまいかねない。
 そこで生身での振り払いに集中することで飛行能力が失われ、地上付近までイルシオンを引きずり降ろすことができるだろうというねらいだった。
「輸送人数の関係上、ヘリオンからイルシオンに直接飛び移れるのは最大10人だ。残りの面子はあらかじめ光線の射程範囲外ギリギリのところまでピストン輸送しておくので、空路以外で釧路市へと向かい、イルシオンが降下してくるのを待ち構えてほしい」
 まず10人程度で構成された精鋭中の精鋭でイルシオンを地上へ降ろし、待ちかまえていた面々たちによる一斉攻撃による決着。それが瞬の描いた図だった。
「今回の任務は通常とはいろいろと違う特殊なものだ。戸惑うことも多いだろう。だが、その目的は変わらない……人類の平和だ」
 そう言う瞬は覚悟を決めたように、ただでさえ険しい目つきを更に鋭くさせた。


参加者
岬守・響(シトゥンペカムイ・e00012)
ディルティーノ・ラヴィヴィス(ブリキの王冠・e00046)
ナコトフ・フルール(千花繚乱・e00210)
アイリ・ラピスティア(宵桜の刀剣士・e00717)
八千沢・こはる(ローリングわんこ・e01105)
九道・十至(七天八刀・e01587)
カナネ・カナタ(やりたい砲台の固定放題・e01955)
ファティマ・ランペイジ(オフィサーホワイト・e02136)
夜刀神・罪剱(影星・e02878)
物部・帳(お騒がせ警官・e02957)
狗衣宮・鈴狐(桜花爛漫・e03030)
柊・おるすてっど(地球人のガンスリンガー・e03260)
オズワルド・ドロップス(黒兎の眠童・e05171)
螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)
黒白・黒白(しずくのこはく・e05357)
ピコ・ピコ(ナノマシン特化型疑似螺旋忍者・e05564)
ゼダ・ラインス(ウェアライダーの鹵獲術士・e05667)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
アストラ・デュアプリズム(グッドナイト・e05909)
イライザ・トリスメギストス(三倍偉大は死にました・e08848)
クリスタ・アイヒベルガー(森の餓狼・e09427)
志場・空(シュリケンオオカミ・e13991)
ルイン・エスペランサー(黒剣使い・e14060)
リュティス・ベルセリウス(イベリス・e16077)
アニマリア・スノーフレーク(赤翼の影巫・e16108)
水無月・実里(彷徨犬・e16191)
イアニス・ユーグ(焦がれて燃やして焦げ付いて・e18749)
一・十百千(壊れた読書家・e20165)

■リプレイ

●星が落ちる日
 青空を切り裂くようにヘリオンが飛ぶ。
 ハイパーステルスの効いたヘリオン内部。そこに乗り込んだ10人のケルベロスたち。
「いよいよ、ですね」
 リュティス・ベルセリウス(イベリス・e16077)の普段は人好きのする笑みも、この時ばかりは固まっていた。
「普段の依頼も勿論そうなのですが、今回は特に緊張してしまいます。ドジを踏まないといいのですけれど」
「ははは、メイドさんはちょっとドジっ子くらいがちょうどいいってものさ」
 ディルティーノ・ラヴィヴィス(ブリキの王冠・e00046)が軽口を叩く。
「……お気遣い、ありがとうございます」
 それもリュティスの緊張をほぐすためのものだろうということは彼女自身にも読み取ることができた。
「うーん、すぐ見破られてしまうとは、僕もまだまだだね」
 ディルティーノは照れを隠すように自らの後頭部を掻きながら、近くのピコ・ピコ(ナノマシン特化型疑似螺旋忍者・e05564)へと尋ねた。
「地上班の準備は順調かい?」
「……はい。ランペイジさんから滞りなく進んでいると報告がありました」
 ピコは閉じていた片目を開く。その目蓋の裏、アイズフォンで地上班と連絡を取っていたのだ。
「さーて、このままドラゴンさんも近づかせてくれればいいんだが……」
 九道・十至(七天八刀・e01587)がコクピットの方へ視線を向けたときだった。
「っ……!」
 閃光に目を焼かれる。遅れてヘリオンが傾いだ。乗員たちや固定されていない瞬の私物が一気に片方へと滑っていく。
「どうした!」
 シートにしがみつき、いち早く体勢を立て直したエルボレアス・ベアルカーティス(治療狂い・e01268)が問う。
「イルシオンに気付かれた」
 コクピットで操縦桿を握る瞬は、振り向きもせずに告げる。
「あー……やっぱりこうなるか。ギリギリまで近づくってのが欲張りだったのかね……ったく、素直に行った試しがないんだよ俺は」
 落ちそうになったカウボーイハットを片手で抑えながら十至がぼやく。
「ハイパーステルスの効果が切れたのか?」
 エルボレアスの質問に、瞬は小さく首を横に振る。
「いや、効果は持続中だ。単純に、向こうの索敵能力のほうが上だということだろう」
 答えながらイルシオンの光線攻撃をかわす瞬。必死にヘリオンを立て直す。
「ハイパーステルスも絶対というわけではないか。ならば私の隠密気流も気休め程度にしかならないかもしれないな」
 エルボレアスも元軍人らしく、迅速に作戦を軌道修正しつつ、降下の準備を始めた。
「キミはあの結晶竜に拝謁し、手の甲へ口づけることはできるかい?」
 ナコトフ・フルール(千花繚乱・e00210)の問いは、どこまでイルシオンに接近できるかということだった。
 可能な限り接近を見極めて、ダブルジャンプや翼を用いて取りつく。ナコトフの言葉に瞬は短く返す。
「できる」
「いやー頼もしいのっ」
 調子はずれに笑う柊・おるすてっど(地球人のガンスリンガー・e03260)。
「それが俺の仕事だ……」
 瞬の言葉と同時に、光線がヘリオンのローターを撃ち抜いた。爆音と共に再度の衝撃がヘリオンを襲う。
「ちょっと、本当に大丈夫なの? 私の舌を傷つけたいのかしら」
 皮肉るイライザ・トリスメギストス(三倍偉大は死にました・e08848)だが、せわしなく動く瞳はなんとか状況を把握して最適な行動を取ろうと努力している。
「イルシオンまであと距離200。このまま突っ込む。各自飛び移ってくれ」
「本当に突っ込むとは……いやー……まさに特攻要因っ」
 苦笑するおるすてっど。アスベル・エレティコス(残響・e03644)はヘリオンの扉を開けた。激しい音と風の奔流。
「貴殿の行動を無駄にはしない。我輩らの勝利の礎となろう」
「そうか」
「星友……お前、最初からこうするつもりだったな」
 皆が降下準備をする中、螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)は瞬へと声をかけた。
「こうなる可能性も想定していたし、覚悟はできている」
 セイヤの脳裏にブリーフィングでの瞬の様子がよぎる。確かに覚悟を決めたように、ただでさえ険しい目つきを更に鋭くさせていた。
 瞬は勢いを失ったコマのようにブレながら横回転するヘリオンをイルシオンへとぶつけていく。
「くっ……!」
 セイヤは懐、友から渡されたお守りを握りしめる。怨敵のイルシオンを倒す為ならこの身がどれだけ傷つこうとも構わない。
 だが、仲間が傷つくことには人一倍敏感だった。瞬がセイヤの背中を押す。
「俺はすべきことをした。螺堂セイヤ、おまえも為すべきことを為せ」
 回転する景色、その中でイルシオンに肉薄し、飛び移れるタイミングを計る。
「今だっ!!」
 それぞれが一斉に跳ぶ。ある者はダブルジャンプで調整し、ある者はフック付きチェーンをその鱗へと引っかけ、またある者はブラックスライムでしがみつく。
 また、ディルティーノとエルボレアスは隠密気流で気配を消す。その分、結晶体の光線は別の標的に向いた。その結果――。
 イルシオンに全員がしがみついたのと、結晶体からの光線に貫かれてヘリオンが撃墜されたのがほぼ同時だった。

●Downfall
「ヘリオンが撃墜されたわ! 大丈夫なの!?」
 イルシオンの前足に巻き付けたケルベロスチェインと自分の翼を結ぶことでぶら下がりながら、イライザはかつてヘリオンのあった空間へ視線を向ける。
「ガ……ガアァァアアァオオォォオオォンッ!!」
 乗り移られたイルシオンは激しくその身を揺さぶり、ケルベロスたちを振り落とそうとした。
「振り向くな! 彼の者の覚悟に報いる為にも!!」
 ロープやケルベロスチェインに捕まりながらアスベルが叫ぶ。降下班の多くは振り落とされても大丈夫なように翼飛行のできる面々が多く配置されていたが、彼はドワーフ。空を自由に駆ける翼は無かった。
「貴様を地に伏せさすが為、この様な高所まで来てやったのだ。感謝するが良い」
 アームドフォートの砲身が、イルシオンの翼を狙う。
「む……」
 しかしその翼部分には十至とセイヤ、それにリュティスがしがみついているのを見て砲撃を止めた。
 イルシオンの光線が使えないのと同様に、ケルベロスたちも下手に攻撃すれば仲間を傷つけたり、地上へと落としかねない。
 イルシオンを地上近くに引きずり降ろすまではなるべく防御を優先すべきだと判断し、ひたすら阻害に勤める。
「このボクが翼をもがれた鳥のようにへばりつくことになるとはね……この状況ではボクの素晴らしい胸板美すらも拝めないではないか」
 後ろ足に抱き付きながら文句を言うナコトフ。
「雄っぱい! 雄っぱい!」
 反対側の足に抱き付いていたおるすてっどは無邪気なままだった。
「よく、この状況で笑えますね……すごいです」
 惨殺ナイフを翼に突き立てたまま、リュティスは素直に感心する。
「いつだって笑顔は大事だからな。スマイル、スマイル」
 横の十至は片手で手綱のようにからめた鎖を握り、空いた手で時空凍結弾を作り出すと周りに浮かんだ結晶体を撃ち抜いていく。
「器用ですね……」
「暴れ馬みたいなもんだ、じゃじゃ馬ならしもおてのもん……っ!」
 振り落としが強くなり、慌てて帽子を押さえて顔をひきつらせた。
「オイオイ、こんなハードなアトラクション……っ、今時受けねぇって!」
「聖人――降臨」
 詠唱と共に全身に聖痕のある姿に変身したのは、イルシオンの首に跨ったエルボレアスだ。
 サークリットチェインで傷つく面々の身体を癒そうとしつつ、落ちそうな者がいないかのフォローにもまわる。
「今、一番危ないのは……」
 イルシオンの身体を見下ろすエルボレアス。その尾にしがみつきながら地上班との交信を行うピコが目に入った。
 突起した結晶の鱗にフック付きロープを巻き付けているが、その鱗自体が欠落しそうになっている。角度の関係でピコ自身からは見えないようだった。
「ピコ君!」
「僕に任せてくれたまえ」
 事態を察知した前腕に捕まっていたディルティーノが手を離すと、自身の翼で尾の方へと移動しピコのロープと武器をブラックスライムで別の鱗へと繋ぎ直した。
「よし、これで大丈夫――」
 言うが早いか頬を光線が掠めてディルティーノは戦慄する。戦闘状態ということで隠密気流の効果も無くなったようだ。
「イルシオン、貴様の相手は俺だっ!」
 背中に張り付いたセイヤがその背をガントレットで殴りつけて意識を逸らす。
「そうだ、俺を見ろ……貴様は必ず俺の手で滅ぼす……ッ!!」
「グルルルルルルウゥゥ……!」
 唸り声をあげるイルシオン。結晶体の光線が何度もセイヤだけを貫こうとギリギリのところに照射される。
「ッ……ぐうッ……!」
 肩や足を貫かれても、セイヤは意識と身体を手放さなかった。
 イルシオンはセイヤの相手に夢中でケルベロスたちの重みと抵抗によって高度が落ちていることにも気づいていない。
「――はい。それでは、ランペイジさん、よろしくお願いします」
 自らの尾にしがみついたピコがアイズフォンで指示を出したことも。

●幻想
「――了解した!」
 ファティマ・ランペイジ(オフィサーホワイト・e02136)は地上班の面々へ無線で指示を飛ばす。
「もうじき、イルシオンが地上近くにまで降下してくる。場所は……くしろ記念公園付近!」
 降下班に取りつけられたGPSを確認し、落下予測地点を割り出す。
「了解です」
 指示を受けた物部・帳(お騒がせ警官・e02957)は指揮車をくしろ記念公園へと転がす。
「あのあたりは建物も少ないから被害が抑えられるのはいいですけど、その分隠れられる場所も少なそうですね」
 いつも以上に繊細な運転を心掛け、隠密気流で標的にならないよう気を付けていたが、その効果も薄そうだ。
「今のところ、GPS『は』10人分ちゃんと健在ですね」
 同乗していたクリスタ・アイヒベルガー(森の餓狼・e09427)の呟きにファティマは顔を曇らせる。
「ああ……そうだな」
 GPSをつけていないヘリオンのほうが撃墜されたことを、地上班の者はまだ知らない。報せれば士気に影響が出るかもしれない。
 告げるべきか、逡巡する。
「……言わないのか?」
 心中を見透かしたように夜刀神・罪剱(影星・e02878)が尋ねる。彼の手には双眼鏡が握られていた。
「多分、目視していた人はみんな気づいていますよ」
 狗衣宮・鈴狐(桜花爛漫・e03030)も心配そうに眉根を寄せた。
「……犠牲者が出なきゃ良いと思ってはいた」
 罪剱はファティマへ告げる。
「……だが、出ても俺は臆したりはしない」
 勇敢な言葉に、しかしファティマは首を横に振る。
「……そちらのほうが怖いのだ。ケルベロスの皆なら敵討ちだと奮起するだろう。敵討ちといえば聞こえはいい。だが、強すぎる気持ちは目測を誤らせる」
「暴走……ですか」
 帳は運転したまま、呟いた。暴走は戦況をひっくり返すほどの力を持っている。だが同時に戦線を崩壊させる諸刃の剣でもあるのだ。
「それでも、私は告げたほうがいいと思うであります。仲間に倒される覚悟は、ありますから」
 帳は、アクセルを強く踏み込んだ。
「……そうだな、報せよう」
 ファティマは全体無線へと繋ぎ、発信する。
「ヘリオン撃墜、ヘリオライダー星友瞬はMIA……戦闘中行方不明だ」

「あいつ、暴走するかもしれないな」
 バイクを駆る玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)は、全体無線でヘリオン撃墜の報を聞いてそう思った。
 脳内に浮かぶのはセイヤのことだ。セイヤはイルシオンを倒したいと血の滲むほどに願っていた。
「……ま、俺は見届けてやるよ。暴走くらい、どうってことない。連れて帰ればいいんだろう?」
 ほどなくしてバイクはくしろ記念公園に到着した。現場には、すでに無線を受けたケルベロスたちが集まっている。
「おーおー、随分デカく見えらぁ」
 バイクを駐車場に停め、葉巻を咥えて火をつける。空を見上げれば、イルシオンの姿は肉眼でもわかるほど近づいている。
「綺麗だけど怖い、不思議な感覚……と言いたいけど正直、綺麗より怖いの方が2倍位上回ってる」
 モノスコープで状況を確認した志場・空(シュリケンオオカミ・e13991)も苦笑する。白狼の尾は緊張で逆立っていた。
「さあ、来るぞ」
 ファティマの言葉で、公園に集結したケルベロスたちのうち、スナイパーの面々がうなずいた。
「はい、わかりました」
 従順に答える鈴狐の横ではルイン・エスペランサー(黒剣使い・e14060)が舌打ちをする。
「ちっ、面倒な敵だな」
「できることをする、それだけだ」
 罪剱は自らの剣を構える。最初に使うアビリティを思案する。初手に使おうと思っていたスターゲイザーを活性し忘れたが、どのみち近づいてくるまでは使えない。
 イルシオンが空から降りてくる。降下班の面々がしがみつき、結晶体から放たれる光線が地上を焼きはじめる。
「……っ」
 自分が隠れていた茂みのすぐ傍が焼き払われ水無月・実里(彷徨犬・e16191)はひそめていた息を一度吐く。
「まだだね……まだ、遠い」
 逸りそうになる気持ちを押さえつけ、律する。熱くなる時ほどクレバーに思考回路を巡らせる。
「射程距離に入って、降下班が離れた瞬間――」
 上空10メートル。降下班が一斉に離れる。
「今だ」
 降下班へ当たらないように、スナイパーの面々が遠距離からの一斉射撃を敢行する。
 実里の猟犬縛鎖がイルシオンの後ろ足に絡みつき、再度の浮上を封じた。
「部位狙いで確実に当てた……たいしたもんだぜ」
 同じスナイパーとして腕の差を痛感させられるイアニス・ユーグ(焦がれて燃やして焦げ付いて・e18749)。自分では確実には当てられなかったし、イルシオンの美しさに戦いを忘れ一瞬見惚れてすらしまった。
「ああ、わかってる。わかってるさ、俺は弱いほうだって。でもよ……」
 2丁1対のガトリングガンを構える。
「俺にだって、頼もしい友人がついてるんだ」
 イルシオンの口内へ放り込んだのは己の地獄の火種だ。
「一人、のた打ち廻れば良いさ。虫けらの様に」
 放り込まれた火種は地獄の炎をくすぶり、内側からその身を焦がしていく。
「形なく知られざる力に平伏せ……この世は彼の夢にしか過ぎない……混沌と破滅に狂気し讃えよ……万物の王……その力の片鱗を」
 外側はといえば、一・十百千(壊れた読書家・e20165)の詠唱に答えるかのように天空より巨大な足が落ちてくる。
 イルシオンと同じくらいのそれは、頭上から容赦なくイルシオンを踏みつぶす。イルシオンが横っ腹から地面に落ち、鳴動する。
「グオ、オオオォオオォオオン!!!」
 もがくイルシオン。巻き起こる土煙にも動じず罪剱が動いた。
「その爪甲を、剪裁する」
 魔力を込めたゾディアックソードを振り払う。出現した魔力がサイコフォースとなって宣言通りにイルシオンの前足の爪を折ってみせた。
「よし、いくぜ!」
 ルインの詠唱と共に、地面に魔法陣ができる。湧き上がる黒い魔力。雷を帯びたその魔力は日本刀の刀身に沁み込んでいく。
「影門……開放……!」
 刀身が黒で染まった刹那、居合のように瞬時に間合いを詰めて斬り払う。
「ギャオオオォオォオン!!!」
 黒い電撃が、イルシオンの全身を麻痺させた。
「同じビームなら、こっちも負けてないよ……!」
 同じように剣を持つのはオズワルド・ドロップス(黒兎の眠童・e05171)だ。片手に魔導書、もう片手に剣を持ち、まるで剣を指揮棒のようにふるう。
 剣の先端より放たれた竜の炎が、同じ竜のイルシオンを焼く。
「はぁっ!」
 オズワルドの業火が爆ぜる音の中、不思議と鈴の音が聞こえる。
 鈴狐の左手首についた鈴だ。鈴の音と共に狐と狗、そして狸の霊が召喚されていく。
「狐狗狸さん、いっけー!!」
 鎖が巻き付いた後ろ足に霊たちが憑依して更にその足を止めさせた。
「ウオオオオオオォオォオォォオォォン!!!」
 スナイパーたちの一斉攻撃をくらったイルシオンが、逆鱗に触れられたかのように咆哮する。そして、まだ自由なその前足を振るった。
「くっ……!」
 まるで流星のように、煌めく水晶の爪がゼダ・ラインス(ウェアライダーの鹵獲術士・e05667)を切り裂いていく。ディフェンダーとして必死に受け切るゼダ。
「いったん下がります!」
「合流完了だな」
 尾の振り回し攻撃を受けたリュディスとエルボレアスはそれぞれ紅瞳覚醒とサークリットチェインで降下班の面子とゼダを癒した後、本来のポジションである後衛へと跳びすざる。さらにサーヴァントたちを主としたディフェンダーが前衛へと回ってポジション取りを盤石にしていく。
「大丈夫ですか!?」
 八千沢・こはる(ローリングわんこ・e01105)に声を掛けられた十至はヒラヒラと手を振った。
「あい、アイ……大丈夫、大丈夫さ。2日酔いに比べりゃ……うぉぇぇ」
「ぎゃー! 吐くなおっさん!!」
 リバースする十至のダメっぷりに思わずこはるの口も悪くなった。
「螺堂さんは……大丈夫?」
 アイリ・ラピスティア(宵桜の刀剣士・e00717)は降りてきたセイヤの身を案じる。
「ああ、俺たちは大丈夫だ。ただ、ヘリオンが……」
「それは、聞いたよ」
「そうか……」
 セイヤはアイリや陣内を見る。
「俺の仲間には、手を出させない……イルシオン、貴様には二度と、何も奪わせはしない…!!」
 そして、背中を見せて再びイルシオンへと突っ込んでいく。
 アイリは、その背中を見守っていた。
(「螺堂さんを止めることは、私にはできない……きっと、私も同じことをしてしまうから」)
 大切なものを奪われたことがある。復讐したい気持ちはアイリにもよくわかった。
(「だから、せめて」)
「……勝って、一緒に帰ろうね」
 愛用の刀を、正眼に構えた。
「宵闇に浮かぶ月の如く。冷たく、鋭く、鮮やかに」
 それまでの温かな言葉とは裏腹に、振るう剣筋はどこまでも冷たい。
 凍てつく『霊気』を纏った刃が、イルシオンの鱗の間へと吸い込まれていく。アイリの周囲に舞い散る結晶はイルシオンの鱗か、それとも凍りついた傷口の氷か。
「ジャマー組も仕事を果たしますよ!!」
 そして、刀を正眼に構えていたのはアイリだけではなかった。アイリの姿と重なるように駆けていたこはるが、そのウェアライダーの身軽さを活かしてイルシオンの身体を駆け昇る。
「脳天から、腑の奥まで……痺れろッ!」
 そして頭上まで登頂すると、その脳天に刀を全体重をかけるように突きさした。
「アオオオォオォオオォォォ……ッ!!!」
 痛みに身をよじらせるイルシオン。しかし痺れた身体が思うように動かない。ならばと結晶体の光線が頭上のこはるを狙う。
(「まずッ……!!」)
 こはるは自身が一撃で倒される、濃い死の香りを嗅ぐ。
 その刹那、凛とした声が戦場に響き渡った。
「ウェンカムイも畏れる一矢……受けてみる勇気は在りや、否や?」
 岬守・響(シトゥンペカムイ・e00012)だ。神をも屠るという毒矢がこはるの狙っていた結晶体を撃ち落とし、その狙いを外させる。
「ッ……!」
 光線の照準が正面から外れ、こはるの肩を貫く。突き刺していた刀が抜け、こはると共に落下する。
「痛いとか……言ってられません!」
 背中から落下する直前、ブラックスライムをエアバッグのように敷いて落下の衝撃を和らげる。そうしてトランポリンのように跳ねあがると、痛みを押して両足で地に降り立つ。
「……射線は、狂わせる!」
 そんなこはるを守るかのように、響は両手に長刀と短刀を携え、すばしっこく走りまわる。結晶体に狙いをつけさせない算段だった。
「ジャマーはとにかくイルシオンの弱体化に努めろ! 射程には注意だ!」
 下手に前に出ると攻撃をくらう。ファティマは指示しながら、命中率と射程とを相談し遠隔爆破を選択した。
 足元で爆発が起きイルシオンにプレッシャーを与えていく。
「ダミー投影開始。パターンは命中支援でランダムに。今のうちに、態勢を整えて下さい」
 ピコが戦場に散布したナノマシンに味方のホログラムを投影し、多重分身の術を使う。イルシオンの動きを戸惑わせ、同じジャマーの命中率を上げた。
「ピコ殿のおかげで命中率は盤石ですが優先度は……まだ捕縛でありますね」
 帳もファティマに続き、遠距離から御業――黒蛇を放つ。
「どのように強大な敵であろうと、行動を阻害されればひとたまりもありません」
 黒蛇もまた鎖となってイルシオンを縛り上げる。
「空を奪ったのは『幻想』だったみたいね」
 イライザも同様に翼をはためかせ、猟犬縛鎖でイルシオンを強力に捕縛した。
「ガオオオオォォオオォオオォンッッッ!!」
 足を止められたイルシオンは尾のなぎ払いで中列のジャマーたちへ反撃しようとする。
「直撃来るぞっ! 列減衰モードじゃー!!」
 その咆哮を聞いたおるすてっどは対抗するようにシャウトで自らの傷を癒すと、サーヴァントのディフェンダーたちに手招きする。
「ま、その攻撃なら耐えられるってものだね」
 ディルティーノは自分を鼓舞するように白い歯を見せて笑う。ディフェンダーがかばったうえで列攻撃ではダメージが減衰するのを見越した戦術だろう。
「たとえ豪然たる一撃をひとりに叩きこまれようとも、ボクの『博愛』が癒して見せるけれど、ね」
 ナコトフが袖口から色とりどりのチューリップに似た花を取り出してみせた。
 それは攻性植物であり、花弁はマインドシールドとなって傷ついたアニマリア・スノーフレーク(赤翼の影巫・e16108)を包む。
「どうせなら、キミのその名と同じ花にしても良かったけれど……」
「いえ、別にいいですなの」
 そう答えたアニマリアはイルシオンへと向き直ると、その口調を一変させた。
「空を返してもらいに来ました」
 地獄化した2対の翼を広げ、小さい身体に見合わぬ大きなルーンアックスを軽々と担ぎ上げる。
「ウギャアァァアァオオォオォッ!!」
 光線が先程までアニマリアのいた場所を焼く。ただでさえ小さい身を更に低くしてイルシオンの足元へと駆け寄る。
 そして、タメを作って勢いよく飛び跳ねた。
「偉大なる聖王女よ、竜を討つ者たちに加護を」
 空中で斧を振りかぶる。結晶で出来た胸へ、思い切り振り下ろす。光り輝く斧の刃が、胸の鱗を剥ぎ取っていく。
 イルシオンも前足を振り回してアニマリアを弾き飛ばす。
「くっ……!」
「大丈夫か!?」
 すぐにゼダがアニマリアのフォローに入る。
「……ありがとうといっておくですなの」
 ヒットアンドアウェイ、すぐにかばってもらえるような位置取りをアニマリアは心がける。
「響はずっと動きまわっててフォローしづらいし、もうひとりのクラッシャーは別のおっさんが守ってるからな」
「だれがおっさんだ。俺はまだ28だぞ。見た通りの美豹だろうが」
 携帯灰皿で葉巻を押しつぶした陣内はセイヤを守るように立っていた。肩越しに背後のセイヤの様子を確認する。
「……ッ!」
 歯を食いしばり、その双眸はイルシオンに注がれたままだ。
(「ここはタマってからかうところだろ。ったく、完全にイルシオンに意識が行ってんな」)
 陣内は嘆息すると、人差し指を親指の腹にくっつけた。
「こりゃあ、悪い子にデコピンやらなきゃならないな」
 無造作に跳躍すると、瞬間的にイルシオンの頭部へと接近し、人差し指を弾いて眉間へと当てた。
「竜のデコってここでいいのか?」
 不意をつかれたイルシオンの足が止まる。
「アイリ!」
「うん!」
 シャドウリッパーがジグザグとイルシオンの傷口を広げる。
「ここだな!」
 ディルティーノとナコトフ、それにこはるも絶空斬を繰り出してその捕縛をより強固なものにする。
「さっさと倒れろや、このバケモノ!」
 空もジグザグスラッシュを決めて、少しでもダメージを与えやすくする。
「回復に回らなくて大丈夫だったかなー……」
「迷うくらいなら、状態異常を入れていく……!」
 十百千はペトリフィケイションを使い、結晶体の一部を石へと変えていく。
「そうは言っても私はメディック……っていうか、メディックひとり足らなくないか?」
 集まったケルベロスは30人のはずだ。しかし良く見ると微妙に数が足らない。
 空が疑問に思ったとき、公園に新たなミニバンがやってくる。スピンして半円を描くような急ブレーキで停車したかと思うと、中からひとりの男が降りてきた。
「いやー……遅くなったッスよ、悪かったッスね」
 黒白・黒白(しずくのこはく・e05357)だ。儀骸装甲で首から上を覆い、その表情を伺い知ることはできない。
 軽く謝っているような口調だが、その呼吸が乱れているあたり、本気で急いでやってきたことが伺い知れた。
「弾幕薄いよ、なにやってんの!」
 続いて降りてきたアストラ・デュアプリズム(グッドナイト・e05909)がスマホを猛スピードでいじりはじめると、そのコメントが弾幕のように前衛の面々に助言し、空の代わりに癒していく。
 さらに遅れてカナネ・カナタ(やりたい砲台の固定放題・e01955)も到着する。
「撃ち抜く相手は……残ってるみたいね。さあ先生、出番よ!」
 そう言うとカナネは自動砲台を設置する。
「これだけ大きければどこかしら隙はあるはずよね……お願い先生、狙って!」
 その声に呼応するように、砲台はイルシオンへ狙いを定める。
「戦況は……おっ、武器封じと捕縛がいい感じに入ってるッスね。ならここは……」
 黒白はその手にフレイムグリードを作り出す。
「喰らい尽くせッ!」
 ブレイズキャリバーのグラビティに見えるそれは、しかし敵を焼き尽くすのではない。対象の熱を食らって放出することで凍り付かせていく。
「これならいくらでも当てられるわよ!」
 自動砲台もまた、浮遊していた結晶体を狙いすましたように撃ち落としていく。光線を放とうとしていた結晶体が、その前に壊されることで臨界し爆発し始めた。
 イルシオンは今や全身が鎖や御業で捕縛され、ありとあらゆる箇所の傷口が開き、そこに炎と氷で蝕まれている。爪は封じられ、尾のなぎ払いでは威力的に一列を一度にまとめて倒すこともできない。
 対してケルベロスは30人とサーヴァントたちが健在だ。そのまま押し切れる。
 そう、思っていた。

●杞憂
 昔、杞の国の人は空が落ちてくるのではないかとあらぬ心配をした。そこから転じて杞憂という言葉が生まれたという。
 だが、今釧路市では本当に空が落ちてきていた。イルシオンだ。
 かつて空に君臨した太陽の如き結晶竜は、ケルベロスの猛攻を受けても落ちそうで落ちない。暮れなずむように、その場に残り続ける。
「うっ……!」
 走り回っていた響の足を、光線がついに捉える。イルシオンは爪と尾の攻撃を止め、結晶体での光線攻撃に集中していた。
「ここまでか……だが!」
 響は相討ち覚悟で毒矢を雨のようにばら撒いた。
「その巨体なら、一つと言わずご馳走する!」
 天へ還す矢が降り注ぎ、響を貫いた結晶体が砕け散った。
「一矢報いた……ぞ……」
 その顛末を確認し、響は不敵に笑いながら意識を手放した。
「響ちゃん!」
 叫ぶカナネだが、自身が設置した自動砲台先生も幾条の光線により破壊されていく。
「なら、この魔法と剣で……!」
 オズワルドの持つ魔導書がひとりでに開き、ページを繰り始める。
 そして突き出した剣と魔導書が光に染まった。
「斬り祓――」
 イルシオンの放った光線で、だ。
 避けられない。戦闘離脱を覚悟したそのとき、射線上にディフェンダーのミミックが飛び込んできた。
「シトラス!!」
 それはオズワルドのサーヴァントだった。主人を守るように直撃を受け、ミミックは消えて行く。いつもぼんやりとしている眠たそうな瞳が、わずかに見開かれた。
「……ありがとう」
 魔導書は巨大な光球へと変貌する。いつもよりも一回り大きなそれはオズワルドの静かな怒りを含んでいた。
「……っ!!」
 光珠を放つとそれを自身でも追いかけ、手にした剣で光球とイルシオンの胴体とを串刺しにする。
 魔力が弾け、奔流となる。巻き起こる大爆発。それでもイルシオンは倒れない。
「……う、くっ!」
 立ち上る土煙などものともせずに、近づいたオズワルドを光線が貫いた。オズワルドが倒れ、戦線から離脱する。
「これは……疾いな」
 抵抗を続けるイルシオンにアスベルが歯噛みする。
「くそっ……悪い、俺はここまでだ……!」
 ルインもまた、光線を受けてその場に頽れた。
「兆候を見ても、伝える暇もなくやられるね」
 実里も臍を噛む。結晶体の光線攻撃には挙動や兆候がほとんどない。光ったと思った瞬間にはすでに光線が発射されているのだ。
 声かけでの注意喚起では間に合わない。捕縛で狙いづらくなっているにも関わらず、その命中率は驚異的だった。
 更にイルシオンの胴体を構成していた鱗が剥がれ、新たな結晶体として補充されていく。
 そして、身を守るように回転しながら放射状に光線を放ち始めた。
「どうしろってんだよこんなの!」
 自らを模した人形を盾のように浮遊させて光線を防ぐ一方のゼダ。共に守っていたボクスドラゴンのドライが、光線を受けて退場する。
「命は燃え尽きる間際が一番輝くといいます……あと、少しのはずなんです!」
 鈴狐はグラインドファイアでイルシオンを燃やしながら皆を鼓舞していく。その炎は彼女の瞳と同じ真紅の焔色だった。
「――刻まれたのは数多の挫折。全てを喪い、怠惰に身を堕とせばどれだけ楽だろう」
 罪剱が呟く。その言の葉は詠唱だ。
「然し俺にはそれは出来ない」
 一条の光線が罪剱の頬を焼く。それでも罪剱はひるまない。
「どうせ守るなら女の子が良かったんだけどなぁ」
 射線上にディルティーノが立って、代わりに攻撃を受けていた。
(「――今なら分かる。今までの人生全てが俺の糧に成っている」)
「なにかデカいのやるんでしょ? 頼んだ、よ……」
 膝をつくディルティーノ。
(「――勝つんだ。もう何も奪われはしない」)
 罪剱が死地へと飛び込んだ。飛び交う光線の中、自らの左眼を抉り、貪る。その痛みすらも糧とするように。
「―――ッ!」
 声にならない叫びと共に剣を振り抜いた。
「合わせる!」
 ノータイムでファティマが続く。
「ReTHEL-BLAST!」
 一時的に失った罪剱の左眼の代わりとばかりに、ファティマの右目が光る。仕込まれた特殊コーティングレンズからレーザーを出力し、罪剱の剣の軌跡と重なるようにイルシオンの身体を焼き切っていく。
「ギャオオオォォオオォゥン!!!」
「ここが決め所、フィニュッシュタイムだな?」
 十至の背中に、6枚の天使の翼が生える。
「1分あれば充分……だろ?」
 通常であれば当たらなかったはずの十至の攻撃も、捕縛で動きが封じられたイルシオンなら当たる。
「こりゃあ……はぁ、年寄りにゃ、つらいぜ」
 ひたすら攻撃を続けながら息を切らす十至。
「ならば電気治療だ」
 そこへエルボレアスのエレキブーストが掛かる。
「ああ。こりゃいいね。今度買ってみようかな、エレキなんたらって身体に貼るヤツ」
「……あれは電気ではなく磁気だ」
 十至は強化された日本刀で結晶体を斬り捨てていく。
「少しでも、みんなが攻撃できる隙を作ります!」
 こはるも螺旋氷瀑波で、
「氷漬けの彫像もまた美しいものだよ」
「ここまできたら押し切りましょう!」
「ありったけ、ぶち込んでやるであります!」
「そういう流れね。ま、主役は譲りましょうか」
「面倒なことはあいつらに任せよう」
 ナコトフとクリスタ、帳とそれにイライザと一も時空凍結弾を放ち、徹底的に氷でのダメージを狙い、結晶体を撃ち落としていく。
 そうして結晶体が減ったところに、ふたりのクラッシャーが仕掛けた。
「幻想墜ちるべし!」
 アニマリアのルーンアックスに赤い光が宿る。
「陽光浴びる高き峰よ、凍てつく山の影巫が命ず、我が前に立ち塞がる者を穿ち、砕け!」
 そのまばゆき赤光は夕焼けを思わせる。魔力を帯びたルーンアックスはイルシオンの胸、心臓と思しきコアへと突き刺さった。
「イルシオン……貴様ァァッ!!!」
 次にやってくるのはセイヤの拳だ。全身に纏った漆黒のオーラが、利き腕へと集中し、黒い龍を象っていく。
「打ち貫け!! 魔龍の双牙ッッ!!」
 魔龍双牙・暴獄。破壊的な一撃が、アニマリアのルーンアックスに叩きつけられる。
 そして杭打ち機のように穿ち、押し込んでいく。赤い刃がコアを完全に押し切った。
 そう、思った瞬間だった。
「う……っ」
 アニマリアが倒れ、赤い羽根が舞い散る。横から、結晶体の光線がふたりを一気に貫いていた。
「魂が……肉体を凌駕した!?」
 アイリが驚愕の声を上げる。イルシオンは、未だ健在だった。セイヤはなんとか立っているものの、脇腹を撃ち抜かれ、おびただしい出血が衣服を濡らしている。
「……ありがたい。俺の故郷を滅ぼし、全てを奪ったやつを、一度殺したくらいで……満足するわけが、ない……ッ!」
 結晶体がセイヤにトドメを刺そうと煌めく。充填した光を帯にして照射する。
(「もう、失うのは嫌だから――」)
 心配していたセイヤに命の危機が迫った今、アイリが暴走を覚悟する。
 その肩に、黒い獣の手が置かれた。
「大丈夫、杞憂だった」
 陣内の瞳には、セイヤが映っていた。イルシオンの光線を首を傾げるだけでかわしているセイヤが。
 思えばセイヤは降下時から、ずっと光線の攻撃をその身に浴びていた。尾の攻撃は中衛に飛び、爪の攻撃は飛んでこなかった。
「貴様の攻撃は……もう『見切った』ッ!」
 再び黒龍のオーラが拳に宿る。イルシオンは避けようと身をよじるが、その身体は雁字搦めに縛られたままだ。
「俺がどうなろうと構わん……だが、貴様はここで滅びろ……ッ!!!」
 黒龍のオーラがイルシオンを飲み込んでいく。
「ウウゥォオォオオオォオオオォォォォ―――」
 断末魔すらも飲み込んで、イルシオンは消滅したのだった。

●エストレーヤ
「セイヤ、よくやったな!」
 陣内とアイリに祝福されるなか、セイヤは幽かに笑う。
「こいつが守ってくれたおかげだ……」
 懐から取り出したのは、血で濡れた星空色のお守りだった。
「脇腹の一撃を、こいつがわずかに弱めてくれた……そのおかげで、最後の一発が撃てたんだ」
「めでたしめでたし、ですね……それにしても、戦ったら、お腹が空きました……」
 その様子を眺めていたクリスタは勝利に安心したのか、身体が活動するためのカロリーを求め出す。
(「遺骸盗難もあるかと思いましたけど……ほとんど結晶の欠片くらいですし、悪用されることもないでしょう」)
 密かに心配していたクリスタだったが、イルシオンはほぼ原形を残さず消滅していた。
 エルボレアスや空が結晶の欠片を拾っていたが、戦利品とする程度だし問題はないだろう。
「アンタ、食欲あるのか……すごいな」
 一方、イアニスは尊敬半分、恐怖半分といった様子でクリスタを見る。
「なんとか最後まで残れたけど、正直生きた心地がしなかった……飯も喉を通りそうにない」
「せっかく釧路に来たんですし、魚とか食べないと勿体ないですよ。美味しい店も知っていますし、みんなで行きましょう」
「え、いや、待て。俺は別に行くとは……」
「戦勝会ですよ」
 イアニスの希望とは関係なく、半ば強制的に飲み会が決まりつつあった。
「面倒だ……」
 十百千も思わずぼやく。過食症や酒を飲むと性格が変わることもあり、あまり人前で飲み食いをしたいほうではなかった。
「けど……まあ、たまにはいいか」
 十百千をしてそんな心境にいたらしめるほど、今回の強敵との戦い、そして勝利は格別の美酒だった。
「……ああ、そうだな」
 イアニスもつい否定から入ってしまったが、別に戦勝会自体に不満があるわけではない。
「とはいえ、素直に祝えもしないのですけれど……」
 リュティスの顔が曇る。脳裏に浮かぶのは、ヘリオンごと光線で消滅させられた瞬のことだった。
「瞬様のこと、どう皆に報告しましょうか……」
「ああ、すっかり忘れてた!」
 カナネがポンと手を叩く。
「瞬くんなら、おねーさんたちがちゃんと保護してるわよ」
 そう言って、黒白へと視線を向ける。
「はいはい、誘拐犯御用達の、この某ミニバンの後部座席にッスね」
 黒白がミニバンを開けると、そこでは包帯を全身ぐるぐる巻きにした瞬が横たわっていた。
「いつの間に……」
 驚くリュティスにピコが口を開く。
「イルシオン降下時にサーヴァントであるヘリオンが撃墜され、星友さんの落下を確認したのでランペイジさんへ連絡しておきました」
「あっ、あの尻尾にしがみついていたときか」
 ディルティーノは自身がブラックスライムで彼女を助けたときのことを思い返す。
「交信してるにしては長いなと思っていたけど、先にそれを頼んでいたんだね」
 ピコはコクリとうなずいてみせた。
「言ってくれれば良かったではないか、水臭い」
 アスベルの言葉にファティマが苦笑いを浮かべる。
「あのときはまだ生死も不明だったし、優先目標は降下してきたイルシオンの討伐だった。すまない」
「情報の共有レベルとしては適切だろう……そうして欲しいと思ったし、俺がファティマの立場でもイルシオン討伐を優先した」
 そうフォローしたのは瞬本人だ。意識はしっかりとしているし命に別状は無いらしい。
「そんなわけで、瞬の落ちた場所がここから釧路湿原の南側よ! 湿原だと小回りの利くバイクがいいってことで、おねーさんがファティマさんから頼まれて回収に行ってたわけ」
「おかげで遅刻しちゃったんだよ。足とか手とか、ぐにゃぐにゃになってたし治すの大変だったよー」
 アストラもカナネと同様、落下地点の近くにいたこともありファティマの指示を受けて回収に向かっていたのだった。
「でも、安静にしてればあとは治るんじゃないかな?」
 まるでミイラ男のようになった瞬を見て首をかしげるアストラ。
「移動中もずっとアルティメットモードで瞬ちゃんを励ましてたんだよ」
「……………」
 遠い目をしたままの瞬。痛みでそれどころではなかったようだ。
「重傷だったので回復役1名、バイクで公道まで運搬する役1名、そこから安静に運べる車の運転手1名……自分のことッスね」
 黒白は自分を指さすようにして肩を揺らす。どうやら笑っているようだった。
「ケケケッ……いやあ見せたかったッスよ、人知れず行われていた自分たちの戦いを……なんせ星友さんは湿原でケツからまあ見事なV字型に突き刺さってましてね。マリモと戯れていたッスよ」
「嘘をつくな……」
 それまで沈黙を保っていた瞬が、振り絞るように声を出す。
「マリモは、いなかった……」
 その言葉に一拍遅れて、ドッと笑いが漏れたのだった。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年4月6日
難度:やや難
参加:30人
結果:成功!
得票:格好よかった 42/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 13
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