夢を買う夜

作者:カワセミ

 日付も変わった後の深夜。
 マンションの一室に帰宅した若い女性は、ソファに深く背中を沈めながらスマートフォンの画面に映るツーショットの写真を眺めていた。
 派手なスーツ姿の青年と自分が楽しそうに笑っている。ここ半年ほど、彼女が入れ込んでいるホストと撮った写真だ。
 彼に優しくしてもらえるのが嬉しくて、生活費を切り詰め――相当無理をして、高級クラブに通っている。
 郵便受けには未開封の請求書が山積みだ。嫌でも目に入るそれから目を逸らす。
 カモにされているだけかもしれない、そう思うこともあった。
「それでも、お金さえ払えば大事にしてくれるんだから……」
 食い入るように手元の画面を見つめる。その視界にふと影が差した。
「あんたの愛って、気持ち悪くて壊したくなるわ。でも、触るのも嫌だから、自分で壊してしまいなさい」
 見知らぬ少女の声が響く。女性が顔を上げるより先に、その心臓は大きな鍵に貫かれていた。
 血も流さず、ソファの上で動かなくなる女性。
 鍵を手にした黒いコートの少女は、それを冷たく見下ろしていた。
 ――翌朝、高級クラブの男性ホストの殺害が報じられることになる。

「見返りのない愛を注ぐ者がドリームイーターに狙われ、その愛を奪われてしまう事件が起こっている」
 ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)が、集まったケルベロス達に説明を始める。
「愛を奪ったドリームイーターの名は『陽影』、その詳細は不明だ。
 『陽影』に奪われた愛を元にして現実化したドリームイーターが、また新たな事件を起こそうとしている。
 被害者をこれ以上増やさない為にも、まずはこのドリームイーターを撃破してくれ。
 現実化したドリームイーターを倒す事ができれば、愛を奪われてしまった者も目を覚ますことだろう」
 今回の事件で狙われた女性は、高級クラブのホストを愛してしまっていた。支払い能力を超えた大金を費やし、店に通っては貢ぎ続けていた。
 その報われることのない愛を元にして生まれたドリームイーターは、まずは女性が想っていたホストを殺害した。
 そしてこれから、同じようなホストの男性を殺していくことが予想される。
 報われないことへの諦めと、本当は報われたいという思い。その葛藤がドリームイーターを呼んでしまったのだろう。
「このドリームイーターは女性の住んでいた街一帯を徘徊し、次の獲物を探している。
 女性を優しく扱うホストを演じ、ドリームイーターに標的として相応しいと思わせることができれば向こうからやってくるだろう。
 ケルベロスは一般人に比べて愛の力が大きい。お前達が囮となれば、こちらを狙って現れる可能性が高くなる」
 マンションの近くに、人気のない古い公園があるようだ。誘き出しに使えるだろう。
 ドリームイーターは、胸がモザイクで覆われた怪人のような姿をしている。
「ドリームイーターを生んだ女性とて、相手の命を奪うことを願っていたはずがない。
 ホストの男性もまた、殺害されるほどの悪事など働いていない。
 全ては『陽影』の手による悲劇だが――まずは、このドリームイーターが罪を重ねる前に止めてやってほしい。よろしく頼むぞ、ケルベロス」


参加者
眞月・戒李(ストレイダンス・e00383)
和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)
ゼノア・クロイツェル(死噛ミノ尻尾・e04597)
ニクス・ブエラル(枷ニ非ズ・e06113)
リンネ・マッキリー(瞬華終刀・e06436)
エフイー・ゼノ(闇と光を両断せし機人・e08092)
フェイト・テトラ(悪戯好きの悪魔は恋を知らない・e17946)
白刀神・ユスト(白刃鏖牙・e22236)

■リプレイ


 その公園は古いだけでなく、周辺環境の変化から人の通らない場所になってしまった。人気がなくなってしまったのもそのためだ。人目をはばかる密会に適した場所となった、とも言える。
 そして今宵。うら寂しいだけのはずのその公園で、めくるめく都会の夜の一幕が始まろうとしていた。

「このような場所に招いてすまない、美しい人。……だがここなら、誰の目も気にせず穏やかな時間を過ごせるだろう?」
 上等なスーツに身を包み、ゼノア・クロイツェル(死噛ミノ尻尾・e04597)は公園へと女性達をエスコートする。その穏やかな声と気遣いに溢れた微笑みは、普段のぶっきらぼうな彼からは想像できない優雅さだった。
「ゼノア達と一緒にいられるだけで嬉しいよ。ボク達のために、ゆっくり会える場所を探してくれたんだよね?」
 眞月・戒李(ストレイダンス・e00383)が、肩を寄せながらゼノアをうっとりと見上げる。もちろん、と頷くゼノアと戒李の眼差しがふと重なった。
「綺麗な瞳だ……。心が美しいからそんな眼が出来るのか」
 ゼノアの呟きに戒李が瞬きする。そんな戒李の後ろからするりと手が伸びた。たおやかな腕は、瞬く間にむぎゅっと戒李の身体を抱き締める。
「ちょっと、早速いい雰囲気? 戒李は渡さないぞー、まずはこのママに挨拶してもらわないと!」
 戒李の肩口から、リンネ・マッキリー(瞬華終刀・e06436)が顔を出してうふふと笑う。その言葉に少し慌てて戒李が顔を寄せた。
「ダメだってママ、今は囮中なんだから。敵を誘き寄せないと」
「演技なんてできないもーん」
 小声で諌めても、リンネはぬいぐるみにするように抱きついてくる。彼女のありのままの言葉は満更でもなくて、戒李もつい笑みを零してしまう。
「仲睦まじい花々よ……。その輝きにほんの少しでも触れたいと願うことを、どうか許してほしい。……今日の君もドレスも、とても綺麗だ」
 仲睦まじい二人の様子を見守っていたニクス・ブエラル(枷ニ非ズ・e06113)が、さりげなくホスト役と女性を挟む位置に立つ。長手袋をはめたリンネの手を取って微笑んだ。
「容色が美しい、服装が美しい。まさかそれで話を終わらせる気ではないだろうな、ニクス」
 ニクスの後ろから、エフイー・ゼノ(闇と光を両断せし機人・e08092)が静かに進み出る。美しく着飾ったリンネを一瞥してから微かに口端を上げた。
「女性は見た目ではなく、心が綺麗であるべきだ。――そして人の立ち姿、装いには必ず人の心が映される」
「さすがだな、ゼノ」
 ニクスが肩を揺らして笑う。その反応が、エフイーも満更ではなかった。リンネも上機嫌にドレスの裾を翻してみせる。
「ありがと♪ 私もそう思うよ、人の美徳をその身に纏え、ってね」
 そんなやりとりを聞いていた和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)は、自分の身なりをふと見下ろす。シンプルな水色のシフォンロングドレスに、濃い翡翠色のレースショール。自分では見えないが、桜色の口紅も引いてみた。少しはホストクラブの客らしく見えているだろうか。
 口数少なく物思いに耽る紫睡の肩に、ふわりと風よけの毛布が掛けられた。
「お嬢様? お寒くはありませんか」
 はっと見上げた先では、怜悧な眼差しの執事――白刀神・ユスト(白刃鏖牙・e22236)が紫睡を見下ろしている。前髪を上げたその姿も雰囲気も、顔見知りのユストとはまるで別人だった。
「えっ、お、お嬢……?」
「本日の装いもとても素敵で、素晴らしくお似合いですよ。お嬢様の美しさには、あの月とて霞んでしまうでしょう」
「ああ、その色合いもよく似合っているな。君の前では月だけでなく、桜の花も霞みそうだ」
 集まった面々にグラスを配りながら、ゼノアも紫睡に微笑みかける。
「私の考えていたこと、分かるんですね。えっと、そうじゃなくて、あ、ありがとうございます……!」
 服装をピンポイントで褒められた驚きと、率直な言葉に頭がいっぱいいっぱいになってしまう。それが演技だと分かっていても。グラスを受け取りながら、紫睡は精一杯の感謝を伝えた。
 そんな様子を見届けてから、ユストが皆に向けてグラスを掲げた。
「私めごときが同席の誉れを頂くのは僭越ではありますが――」
 その冷たい鉄面皮が一瞬だけ崩れ、笑みの形になる。
「今日という夜に、乾杯」
 かんぱーい、という楽しそうな声がそれぞれにあがって、グラスは軽やかにぶつかり合っていく。
 ここは最早寂れた公園などではなく、麗しきクラブ・ケルベロス。フェイト・テトラ(悪戯好きの悪魔は恋を知らない・e17946)も、ジュースの注がれたグラスを優雅に傾ける。その傍らには、ビハインドのアデルが言葉もなく寄り添っていた。白いスーツを纏い十八歳の姿になったフェイトは、皆の輪から一歩だけ後ろに下がって、外からより見えやすい位置にいた。
 ふとフェイトがふと振り返る。その先、公園の入り口にぽつんと細長い影が立っている。
「こんばんは。あなたを、ずっとお待ちしていたのです」
 優しく手を差し伸べると、灯りに誘われる蛾のように、影はまっすぐフェイト達の方へやってきた。
「恋愛は難しいですね。お金で愛は買えませんよ」
 穏やかな言葉。するすると接近しながら、影は頷くような仕草をした。
 フェイトの視線の先にあるものを、その場の誰もが既に視認していた。グラスを置いて、皆が最後の客人に向き直っている。
「”あい”って良く分からないけど、お金でなんとかなるものだっけ……? そんなものじゃなかった気がする」
「報われない愛っていうのも悲しいけど、だからって殺していい理由にはならないよ」
「……わかってる……」
 理解と厳しさを備えたリンネと戒李の言葉に、ぽつりと影から声が返る。
「あの人は仕事だから、優しくしてくれただけ。お金で買ってたのは、あの人の特別になってるような気がするだけの、時間。それで良かった……」
 公園の街灯に、胸がモザイクで覆われた、女性のようなシルエットの怪人が照らし出される。その手には血塗られたナイフが握られていた。
「――それじゃ嫌なの! お金で心が買えないならどうすればいいの、どうしようもない、なら……全部、全部壊してやる!!」
 その葛藤が弱さを、負の力を生んでしまった。襲い来るドリームイーターへ、フェイトはガトリングガンを構える。
「きっとわかっていても、その甘さに負けてしまったのでしょう。それだけ愛は甘くて魅力的なのです」
「そしてそこにつけ入るドリームイーター。貴様はここで破壊する」
 仲間を守るようにエフイーが前へ立つ。その眼差しに、ほんの数刻前まで漂っていた甘い気配は塵ほども残ってはいなかった。


「前のミッション以来だね。元気そうで何よりだよ」
 武器を手に身構える一瞬に掛けられた言葉に、戒李はニクスを振り返って微笑む。
「そっちこそ。今回もよろしく、ニクス――来るよ!」
 戒李が鋭く振り返るのと同時。ドリームイーターは悲鳴じみた咆哮をあげて、踊るようにナイフを振り下ろす。その動きと同時に胸のモザイクが大きな口の形となり、ゼノアを頭から喰らおうと襲った。
「俺に食われるような愛や夢があるのかは知らんが……」
 忌々しげに呟きながら後ろに下がろうとするゼノアの表情に、ホスト時代の愛想は既にない。
 しかしこれは痛そうだ、と顔を顰めたゼノアとモザイクの間に、素早く割り込んだのはニクスの背中だった。
「……っ! 怪我は……ないね。良かった……」
「……どうも」
 気遣うニクスの言葉に、ゼノアが短く礼を言う。その様子に一度頷いてから、ニクスは構えた槍をドリームイーターへと稲妻の如く突き出す。
「背中は任せたよっ!」
 ニクスの声に、当然とばかりにエフイーが合わせて動く。溜めた気力を的確にニクスへと放った。
「人の心を弄び、喰らう存在……か。ならば、喰らって見せろ。出来るものならばな」
 エフイーの気高い言葉を聞いて、ドリームイーターの暗い視線がそちらへ向けられる。
「起きてしまったことを変えられないなら、せめて未来を守らなきゃ」
 戒李の呟きと共に、その両足へ全開の魔力が通う。刀を抜いて地を蹴る直前に、戒李は後ろを振り向かずに口端を上げる。
「ボク一人で戦ってるんじゃない。皆もママもいるんだから……ボクに隙はないよ」
「やっちゃえ、戒李!」
 戒李の動きに合わせて動くリンネの明るい声。紅長刀『瞬』を肩に担ぐのは、彼女の「とっておき」のために必要な構えだ。
 リンネの声に背中を押されたかのように、戒李は弾丸の如く飛び出す。目にも留まらぬ剣筋。ドリームイーターの周囲は一瞬で刃で描かれた檻で覆われ――。
「君じゃ視えないよ。『音』になったボクは」
 ドリームイーターを襲う無数の蹴撃と刃は、まるで雨のように。
「この先にあるのは――」
 戒李の蹴刃の雨が途絶えた瞬間、間髪入れずに鞘に収められたままの紅長刀が振り下ろされる。
「君の終わりだけだよ!」
 怪人が悲鳴をあげる間もなく、瞬きの速さを超えた下段からの斬り上げ。
「ああああああ!!」
 ドリームイーターが斬られた身を捩る頃には、鞘を捨てた長刀を手に素早く後ろへ下がるリンネの姿があった。
「すごい連携を見てしまいました。僕達も負けていられませんね」
 派手なコンビネーションを目の当たりにしたフェイトも、素早く古代語を詠唱する。それは同時に石化の光線を生んで、ドリームイーターを貫いた。
「アデル!」
 フェイトの声と共に、アデルがドリームイーターへ銃口を向ける。金縛りを受け、ドリームイーターは動き辛そうに呻いた。
「回復も重要な役目、頑張らせて頂きます……!」
 紫睡が、前に立つ仲間達の足元へケルベロスチェインを走らせる。そこから守護の魔法陣が光を放ち、仲間達へ加護を与えた。
 敵が目の前じゃないから怖くない。本来の気性と合った回復役は、紫睡に普段以上の自信と余裕を与えていた。
 ケルベロス達の完璧な連携。ドリームイーターは忌々しげに壊すべき者達を睨み据える。
「無礼な――」
 そのモザイクの胸めがけ、容赦のない電光石火の蹴撃が次々に叩き込まれた。
 ぐらりと体勢を崩すドリームイーターの前に、怜悧な執事ユストが優雅に降り立つ。
「その不躾な視線……お嬢様に死をもってお詫び申し上げるがいい」
 攻防を重ね、戦局はケルベロス達の優位へと傾いていく。
 自らを癒した分だけ手数は減り、癒しきれない変調と傷はゴーストイーターに蓄積していく。それでもなお、殺意を失わない黒い怪人にゼノアは溜息を吐いた。
「……お前にも叶えたい望みがあったのだろうが、こうなったからには安らかに眠れ」
 地を蹴り、脚からゴーストイーターへ突っ込んでいく。その蹴撃は炎を纏い――ゴーストイーターの胸を、完全に貫いた。
 胸に開いた風穴を一度見下ろしてから、ゴーストイーターはゼノアを見上げる。
「お前の夢も哀しみも、纏めて一緒に燃やしてやる」
 ぶっきらぼうな言葉。ゴーストイーターの胸から身体全体に炎が燃え広がる中で、炎の向こうでその影は頷いたように見えた。
 黒い怪人が燃え尽きるまで、ほんの一瞬のことだった。
 公園に残されたのは静寂と、街灯の光だけだ。


「愛にはいろんな形があるけれど……。少し可哀想に思ってしまうな」
 静けさを取り戻した公園。夜空を見上げて、ニクスは素直な言葉を零す。
「愛がどうのという話は分からないし、理解もできないが。そのような心を弄ぶ存在がいることは私にも分かるな」
 バトルオーラを収束させながらエフイーが答える。ドリームイーターが燃え尽きた場所には、既に何の跡形も残されてはいなかった。それを見てから、エフイーは仲間達を振り返る。
「片付いたか……さて、どうするか。私は別に、続けても構わないぞ……いや、冗談だが……」
「あの、ユストさん大丈夫ですか? どこか痛いのでしょうか……ヒールしましょうか」
 傷付いた仲間を癒して回っていたフェイトが、いつの間にかベンチに横たわって動かなくなっているユストの肩を遠慮がちに揺さぶっていた。こちらに背を向けて寝ているので、ユストの表情は分からない。
 まるで屍のような様子に、仲間達が心配してベンチに集まる。暫く全く身動きもしなかった執事服の背中がやがてぶるぶる震え出した。
「……うおあああこっ恥ずかししいいい………我慢だ、演じ切れ、俺……」
 こちらに背を向けたまま、顔を覆って呟く。そしてまた動かなくなった。
「頑張りましたね、ユストさん……。そういえばホストじゃなくて執事でしたが、充分過ぎるほど立派なホストでした……」
 今日のユストの変身ぶりを思い出して、紫睡がぐっと胸を押さえる。
「被害者も、きっと今頃目を覚ましているだろうね。ユスト君も復活したら……そうだな、この後食事でもどうかな?」
 ニクスが流れるようなウインクをして言ってのける。言ってから、自分でも結構自然に一流のホストのように誘ってしまったことに気付いた。顔の前でぱたぱたと手を振る。
「あ、冗談、冗談さ」
「えー、冗談なのー? 皆でご飯、楽しいと思うけどな!」
「ニクス、誘い方が上手になったね」
 撤回された提案を、リンネと戒李が明るく引き戻す。
 話の流れを横から聞きながら、スーツの首元を緩めてゼノアはふぅっと息を吐いた。
「とりあえず着替えていいか。……こういう服装は、なるべくなら着たくないもんだな。堅苦しい」
 女性への接待など、向いていない仕事だ。しかし案外上手くやれたような気も、ゼノアはしたのだった。

作者:カワセミ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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