ずっと、あなたを……

作者:香住あおい

 黒いコートを着た少女ドリームイーター。
 彼女は手に持った鍵で女子大生の心臓を一突きした。鍵は心臓を穿つが、怪我もなければ当然死ぬこともない。
 この攻撃はドリームイーターが人間の愛を得るための行為にすぎない。
「あんたの愛って、気持ち悪くて壊したくなるわ。でも、触るのも嫌だから、自分で壊してしまいなさい」
 女子大生には想い人がいた。通学に利用する駅で毎日見かける、それが出会い。
 想い人はサラリーマン。勇気を出して話しかけてみれば生活に困窮しているとのことで、弁当を作って渡してみたり、交通費を出してもらえないと聞けば定期を代わりに買ってみたり。
 しかし、彼は彼女に振り向くことはない。それでも彼女は構わなかった。
 無償の愛こそが尊いものだと信じていたから。
 そんな彼女の愛は吸い取られ、新たなドリームイーターが産み出された。
 心臓部分がモザイクになっている、デフォルメ化された怪人のような姿。
 産み出されたドリームイーターの側で女子大生は意識を失って崩れ落ちた。

 ヘリオライダーの御村・やなぎは一呼吸を置いてから話を始める。
「見返りのない無償の愛を注いでおられる方の愛が、ドリームイーターに奪われる事件が起こっているようです。
 そのドリームイーターの名前は『陽影』というようですが、正体は不明です。
 しかし、奪われた愛を元にして現実化したドリームイーターがいることは紛れもない事実。
 被害者を増やさないためにも、一刻も早くドリームイーターを撃破していただけますでしょうか」
 やなぎ曰く、今回の被害者の想い人である男性は既に殺されているらしい。しかしドリームイーターは似た容姿の男性を狙って徘徊しているとのこと。
「出没範囲は、駅から200mの範囲内。皆様が囮となって誘き寄せることも可能となっております。その際、皆様は一般の方と比べて愛の力もお強いですので、ドリームイーターは皆様を狙って姿を現わすでしょう」
 地球人の男性で20代前半サラリーマン風、身長は172cm前後で太ってはいない。
 見た目がこの通りであれば他の種族でも構わない。
「駅の周辺はマンションが多くなっております。お昼時なので条件に該当する方はあまりいないかと思われますが、絶対ではありません。速やかに見つけて撃破していただくのが最良かと」
 ドリームイーターの使用するグラビティは「心を抉る鍵」と「欲望喰らい」と「モザイクヒーリング」。
 これらの攻撃で男性を優先的に狙ってくる。
「ドリームイーターを倒す事ができれば、愛を奪われてしまった人も目を覚ますでしょう。どうか皆様、よろしくお願い申し上げます」
 やなぎは深々と頭を下げた。


参加者
不知火・梓(不惑に足がかかったおっさん・e00528)
椎名・来栖(貴方が為の輪舞曲・e01160)
レティシア・シェムナイル(百花繚乱・e07779)
ヤマダ・タエコ(ボッチなアニソンロッカー・e11869)
音無・凪(片端のキツツキ・e16182)
葛西・藤次郎(シュヴァルツシルト・e22212)
フレック・ヴィクター(ヴァルキュリアの刀剣士・e24378)
金剛院・雪風(金剛の拳は砕けない・e24716)

■リプレイ

●誘導
「殺界形成、使いマシたヨ」
 レティシア・シェムナイル(百花繚乱・e07779)は現場となる住宅街に到着するなり殺界形成を使用し、その旨を仲間へと伝えた。彼女の足元にはテレビウムのミツタダさんがうろうろしている。
 一般人を遠ざけたとはいえ、誰もいなくなったとは限らない。レティシアはミツタダさんとともに現場を見回る。
「……人を好きになるっテ、どんな感じなのカナ」
 ちょっとだけ羨ましそうに、レティシアは呟いた。
 一方で、キープアウトテープを貼って回っているのは不知火・梓(不惑に足がかかったおっさん・e00528)。懐に忍ばせているスキットルを気にしながら、時折手を伸ばしては引っ込めながら、テープを貼る。
「ま、こんなところかね」
 一般人が侵入してきそうな箇所をあらかた塞ぎ終えると、梓はスキットルに口をつける。
 ヤマダ・タエコ(ボッチなアニソンロッカー・e11869)はキープアウトテープが貼られた範囲内を歌を口ずさみながら巡回している。その後ろにはハモるように歌う椎名・来栖(貴方が為の輪舞曲・e01160)の姿があった。
 きょろきょろとタエコは辺りを見渡す。もしかしたら恐ろしいほどの偶然と確率ですり抜けて入ってきてしまう一般人がいるかもしれない。その場合には速やかにお引き取り願わなければならない。敵が誘き寄せられるまで、気は抜けない。
 地上だけでなく、監視の目は空からも。フレック・ヴィクター(ヴァルキュリアの刀剣士・e24378)は光の翼を広げて上空から様子を見ている。
 あらかじめ周辺地図を確認して誘い出すのに適当だと思われる場所を調べており、そこへ囮役が到着する前に周囲の人払いを確実なものとするため、空から彼女は監視している。
 そんな時だった。フレックは現場近くに自分達以外の人影を見つけた。じっと目を凝らして見てみれば、胸にモザイクのある異形の者。彼女はそれを動画に撮って仲間へと流す。
 その動画を確認した囮役の葛西・藤次郎(シュヴァルツシルト・e22212)は飄々と歩き出す。サラリーマン風にスーツを着こなし、黒い猫耳は隠して、風貌はドリームイーターの標的と合致している。
 囮役として振る舞いつつも、ミミックのヴァイスリッターを気にかけてしまう。どこにいるのかといえば藤次郎の近くでスマホをいじる学生に扮した金剛院・雪風(金剛の拳は砕けない・e24716)の足元。
 雪風は熱心にスマホを操作している学生を演じているが、当然遊んでいるわけではない。仲間に連絡を取りつつ警戒しつつも、あくまで学生っぽく振る舞っている。
 そんな彼女の逆側から見張っているのは音無・凪(片端のキツツキ・e16182)。無機質な右腕を撫で、凪は呟く。
「無償の愛ってなんだろうねぇ」
 しかし問うても現状は何も変わらない。出来ることとやらなければならないことはといえば、やはり早急に敵を倒すこと。 
 凪は右腕の調子を確かめ、藤次郎の方を見た。すると同時に視界に飛び込んできたのは異形の者。胸のモザイクが特徴的なそれこそ、ドリームイーターそのもの。
 ケルベロス達の目論見通りにやってきたことはすぐに皆へと伝達される。そのおかげもあって、ドリームイーターが藤次郎を襲うべく接触する前に、取り囲むことに成功した。

●悪夢
 梓は銜えている長楊枝を吐き捨てた。同時に表情が変わる。
 生き生きとした顔つきは、まるで戦闘狂。
 一気に敵との距離を縮めると神速の突きを繰り出した。
 攻撃を受けて少々仰け反る敵の反対側から同じく神速の突きを繰り出すフレック。
 2人が飛び退けば、後方からレティシアがローラーダッシュで距離を縮め、炎を纏った激しい蹴りで頭を蹴飛ばす。同時にミツタダさんが手にした凶器で敵の下半身をがしがしと殴りつけている。
「そろそろ俺の出番かな」
 藤次郎が放つは青い魔術師(ブラウザーヴェラー)。魔術師の霊を一時召喚し、味方に狩人の力――命中率を向上させる力を持たせる。
 続けて黒と白のツートンカラーのレオタードのステージ衣装を身に纏ったタエコが黄色いジャケットを翻し、「紅瞳覚醒」を奏でて皆の守りを高める。それはアニソン調にアレンジされている。
 凪は達人の一撃を撃つ。卓越した技量によって繰り出されるそれは敵の胴体を突く。
 光の翼を暴走させる雪風。彼女は全身を光の粒子に変えて突撃する。
 雪風の攻撃が終わる寸前、歌いながら、歌を力に変えて来栖は跳び上がった。高々と跳び上がり落下の勢いとともに敵を蹴り付けた。
「アタシノ……ヨウヤク、ミツケタ、ヒトニ……!」
 彼女は鍵を振り回し、狙うは藤次郎。鍵は凶器となって藤次郎を斬り裂く。
「ミツタダさんお願いするヨ!」
 レティシアが声を掛ければミツタダさんはトラウマに囚われそうになる藤次郎の元へ素早く駆け寄り、トラウマを忘れさせる動画を見せて落ち着かせる。
 落ち着いた藤次郎は気力溜めで体力を回復させる。それに加えてタエコが桃色の霧を発生させて癒せば、傷は完全に塞がってダメージなど受けなかったよう。
 にやりと笑みを浮かべて梓が武器を握り直す。空の霊力を帯びたそれは先程の傷を斬り広げる。
 広がった傷へ炎弾が放たれた。それはフレックの熾炎業炎砲。
 燃え盛る炎を消すかのように、レティシアは氷結の螺旋を放った。炎は消えたがぶすぶすと燻ぶって延焼しており、氷結の螺旋で縛られた箇所は凍りつく。
 雷刃突で突きを繰り出す凪の動きは神速。目にも止まらぬ速さで敵を突く。
「見せてあげる――ボクのバトルセンスを」
 雪風は思いつきで次々に強烈なパンチやキックを繰り出すチェーンコンボ技、爽快無双拳で殴りかかった。パワーで押し切って殴り飛ばされるドリームイーターを襲うのは来栖のガトリングガン。連射することによって敵を蜂の巣にする。
 しかし彼女は怯まなかった。強い意志を持った瞳で藤次郎を見ると襲いかかるが、その間に割り込むのはヴァイスリッター。白い騎士の名を持つミミックは主人を守って巨大な口の形に変えたモザイクに喰われる。
「ちょいと放してやんな」
 梓がドレインスラッシュで斬り付けると、ドリームイーターはまるで口から吐き出すようにヴァイスリッターを解放した。
 青い魔術師を召喚して藤次郎は味方の援護をする。
 それを受けてフレックが魔剣「空亡」と斬霊刀を手に、霊体のみを斬る衝撃波を放った。それは敵の身につけている服を通過し、胴体へダメージを与える。
「……いく……ヨ……」
 レティシアは敵の背後に回ると足元を払い斬りし、斬り上げて爆風で追い討つ奥義、陰流・丁(カゲリュウヒノト)を放った。
 爆風で吹き飛ばされるのを凪が絶空斬でさらに追い討ちをかけるように斬った。
 はらはらと落ちるドリームイーターを、雪風はヴァルキュリアブラストで追撃する。空中で光の粒子に撃たれ、あとは落ちて地に叩きつけられるだけかと思いきや、来栖が両手にガトリングガンを構えて歌いながら掃射するように弾を撃ち込む。
 どさり、とドリームイーターは仰向けで地に落ちた。タエコがサキュバスミストでヴァイスリッターを癒していると、倒れるドリームイーターを包み込む胸のモザイク。そのモザイクは傷を受けた箇所を補修している。

●決闘
 もごもごとうごめくモザイク。それを払うように梓は雷刃突で突き貫く。
 敵の体力は多少は回復したものの、蓄積したものは残っている。
 そこがどこなのか、高速演算で藤次郎は見抜くとそこへ強烈な一撃をお見舞いする。
「我招くは血筋に眠りし星の精霊! 来たれ震天! 魂さえ燃え上らせるその焔を彼の者に与えん!」
 フレックは鳳凰「震天」を使用した。炎の鳥、不死鳥「震天」を召喚し、仲間の闘志を高める。
 不死鳥が去るとレティシアはローラーダッシュで駆け出す。摩擦熱から生じた炎を纏って彼女は敵を蹴り付けた。
 レティシアが飛び退けば続けざまに凪が達人の一撃を繰り出した。右手に握った武器で体を突く。
 来栖は歌いながらオーラの弾丸を放った。音符が音になったかのような弾丸は凪が突いた箇所へ喰らい付くようにぶつかった。
 タエコが呼応するように「紅瞳覚醒」を歌う。歌にすべてを込めて、共感してくれる誰かに向かって全力で歌う。
 奮起させるようなタエコの歌を聞きながら、雪風は敵との距離を一気に縮めて懐に入り込むと爽快無双拳を叩き込んだ。次から次に放たれる打撃技は着実にドリームイーターの体力を奪う。
 すっと、彼女は鍵を握り直した。それに気付いた雪風は飛び退く。同時にミツタダさんが割り込んで手にした凶器でそれを弾こうとするもあえなく鍵で抉られる。
 この瞬間、ドリームイーターの動きは止まっている。梓は好機とばかりに正中に構える。
「我が剣気の全て、その身で味わえ」
 試製・桜霞一閃。刀身に己の全剣気を貯め、斬撃と共に貯めた剣気を飛ばす。剣気を貯める時間がかかることと斬撃の飛行速度が遅い為避けられ易いことが欠点ではあるが、敵の動きが確実に停止していることによって、絶大な威力を持った攻撃は敵の体内に浸透し、一気に解放された。
 衝撃でのけぞると、そこを目掛けて藤次郎が獣撃拳を放った。
 高速かつ重量のある一撃を喰らったドリームイーターへとフレックが光の翼を暴走させて全身を光の粒子へ変えて突撃した。
 それを縛り上げるレティシアの螺旋氷縛波。氷結の螺旋に縛られてところどころが凍りつく。
 氷に覆われていない箇所を目にもとまらぬ速さで突くのは凪。
 その反動で後ろへよろけた体を蹴り上げる雪風。蹴り付けた足から降魔の一撃を放ち、攻撃と共に体力を喰らう。
 蹴り上げられた敵はガトリングの良い標的。来栖は楽しそうに歌いながらガトリングガンを連射した。
 連射の音が鳴り響く中、タエコはミツタダをサキュバスミストで癒す。抉られた箇所が多少、塞がっていく。
 蜂の巣にされたドリームイーターの胸のモザイクがうごめく。それは体に開いた穴へ覆いかぶさって補修している。
 ただしその行為は焼け石に水。残された体力を察したケルベロス達は総攻撃をかける。
「偉大なる青の名を冠する魔術師よ、契約に従いその義務を果たせ」
 藤次郎は青い魔術師で味方の命中率を上げ、攻撃を確実に当てることのできるように援護をする。
 梓が雷刃突で神速の突きを繰り出し、凪の方へと押し出すように力を込めた。
 凪は突くように斬霊刀を刺すと先程補修していた穴を繋ぐように斬る。
 体が裂けるくらいに傷を斬り広げたところへ、フリックは二刀斬霊波による衝撃波を放った。
 霊体を斬るそれによって、ふらりとよろけた足元を払うレティシア。陰流・丁で斬り上げ、爆風で追い討つ。
 爆風に吹き飛ばされるところへ、タエコが撃ち出した黒色の魔力弾が直撃した。まるで紙切れのようにひらひらと落ちるその落下点には雪風。
「――思いつきから生まれる無双の拳だよ」
 思いつきで次々に繰り出される打撃技、爽快無双拳。フィニッシュとばかりにアッパーカットを繰り出せばまともに喰らって打ち上げられた。
「上手く避けてみるデスよ!」
 来栖が歌うは兎Rァ死マT亞炉U(ウラシマタロウ)。
 魔術式を組み込んだ特殊弾が上空に発射されて爆発した。すると魔術式が起動し、相手の三倍の大きさの物体を形成して落下し、ドリームイーターごと押しつぶした。

●事後
 倒したドリームイーターは死体も残さずふっと消え去った。なにはともあれ、ここでの事件は解決したわけである。
「皆お疲れ様、怪我はないかな?」
 敵を倒して日常が戻るだけの街。藤次郎は安全を確信して武器を収めた。
 そして、そっと目を閉じる。それは件の男性の冥福を祈るため。
 せめて安らかに、と彼は祈る。
「無償の愛なんてモンでみんなが満足できるんなら、争いなんざ起きないんだけどね……」
 皮肉っぽく、しかしどこか寂しそうに凪は言うと早々に帰宅の途に着く。
「ボクは相手からも愛を伝えて貰えないと寂しいかな」
 雪風は自身の恋愛観とは異なるものを持っていたドリームイーターと、そして目を覚ました女性へ聞こえない程度の声量で呟いた。
 レティシアとフレックは破壊箇所の修復と皆の手当てを済ませて、愛を奪われて倒れていた女子大生を介抱する。
「大ジョブかナ? 痛むトコ、あるカナ?」
 レティシアの問い掛けに女子大生はふるふると首を振った。
「ドリームイーターに襲われた時のことは覚えてる?」
 フレックの問い掛けに対しては申し訳なさそうな表情を浮かべ、小さな声でわかりません、と答える。
「でも、なにもなくてよかったヨ」
 レティシアが嬉しそうにそう言った。
「ま、そりゃそうなんだけどなぁ」
 ふらりと、長楊枝を銜えた梓が姿を見せる。そのまま女子大生の方を向いた。
「お前ぇさんの行為は、無償の愛っつー言葉に酔ってるだけの、独りよがりのもんだ」
 梓の口から出てきたのは現実的な言葉。しゅんと肩を落とす女子高生に、しかし梓の言葉はそれだけではなかった。
「もっと考えて愛を使えば、いいんじゃねえか?」
 女子大生ははっと表情を変え、その言葉をかみしめるように反芻する。
 愛を考える女子大生へ贈るように、皆の輪から少し離れた場所にいるタエコは歌う。それは静かな曲調のラブソング。アニソンではあるが、それは愛を語り、愛を奏でる。
 ケルベロス達では癒せない愛を癒すべく、愛を届けるタエコの歌が響いた。

作者:香住あおい 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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