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「嗚呼、何と言う事でしょう」
そこは、とある工場施設の奥地。
既に従業員は皆帰宅し、残された沈黙と暗闇の中、その言葉とは裏腹に落ち着いた女性の声が響く。
がさり。がさり――。同時に、暗闇の中には何かが蠢いていた。
「ケルベロスと言うものは想像以上に厄介ですね……これではグラビティ・チェインがいつまで経っても集まりません」
困り果てた女性の声に蠢動する影が、止まる。
「……あなたには期待しています、朗報を待っていますよ? さぁお行きなさい、ここを訪れる人間を皆殺しにするのです」
気品すら感じる穏やかな声に見送られ、影は再び動き出す。
幾多に伸びた腕を器用に使い闇から闇へと跳ね回る。自らの『巣』を作り上げるために。
――翌朝、従業員は蜘蛛の巣のような物が張り巡らされ、変わり果てた工場を目の当たりにする。
何が起こったのか、誰の仕業なのか、そんな事を考える暇など無い。
そこはもう、彼の『巣』の中なのだから……。
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「蜘蛛と言うのは大抵こちらが余計な手を出さなければあまり害は無いものだがな、ローカストとなればそうもいかないか」
ため息をこぼしながらフレデリック・ロックス(シャドウエルフのヘリオライダー・en0057)は続ける。
「そういうわけだ、ローカストの活動を確認した」
場所はとある工業地区の一角にある小さな工場。襲われた一般人の状況から蜘蛛型のローカストであると推測できる。
「敵は知性の低い戦闘に特化しかローカストのようだが……どうやら、この件に関しては裏でコソコソと動いている『親玉』がいるようだな」
残念ながら、その親玉に関しては足取りは掴めていない。恐らくは事件の現場に再び姿を表わす事は無いだろう。
目的は至極単純。配下であるローカストに一般人を襲わせ、グラビティ・チェインを奪う、その一点に限るだろう。
「被害にあったのは工場の従業員が5名程。皆、ローカストが工場内に張り巡らせた蜘蛛の巣に絡め取られじわじわとグラビティ・チェインを吸収されているようだ」
どうやら一気に吸い殺す事はできないらしい。これは不幸中の幸いとも言えるだろう。
「敵はわざわざ工場の外に出てくる事はないだろうな。故に、戦闘はヤツの『巣』と化している工場内に飛び込んで行く必要がある」
工場内は様々な機材が置かれ死角も多く、敵の機動力の高さも重なってかなり戦い辛い状況になっている。
味方同士で声を掛け合いながらの連携等、足並みを乱されない工夫が必要だろう。
「捕らえられている人々に関しては、工場内の天井に張られた蜘蛛の巣に貼り付けられているようだな。すぐに助けないと命が危ないと言う程では無いが……」
天井自体はそこまで高くはないので、機材を足場にしたりすれば簡単に助ける事はできるだろう。
ただし、戦闘中であればその分戦闘の手数は減り、敵に隙を晒す事にもなる。
「判断は現場のキミたちに任せよう。言っておくが無理はするな、キミたちがやられてしまっては意味がないからな」
そしてフレデリックは最後にケルベロスたちを見渡していく。
「向こうが何の捻りも無いいつも通りの手でくるなら、こちらもいつも通り捻り潰すだけだ。思い知らせてやるといい、キミたちの強さを」
参加者 | |
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バレンタイン・バレット(けなげ・e00669) |
ムゲット・グレイス(日陰のクロシェット・e01278) |
エステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557) |
リタ・トロイメライ(ラブアンドピース・e05151) |
ハインツ・エクハルト(変な文字シャツヤロー・e12606) |
ルイ・カナル(蒼黒の護り手・e14890) |
蒼洲院・ステイシア(ペンタゴン・e16900) |
黍乃津・桃太郎(欣喜雀躍・e17781) |
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工場の中は、静かだった。
歩を進める8人と2匹の足音がこもった空気に反響する中、黍乃津・桃太郎(欣喜雀躍・e17781)がゆっくりと刀を引き抜く。
その足元ではオルトロスの犬丸が闇に蠢く微かな音に反応し、警戒の視線を四方へ向けている。
「……いますね、気を付けてください」
「結構近い、と思います。極力広い場所に陣取って固まりましょう」
音に集中し、敵の動きを探るエステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)の言葉に、ケルベロスたちは距離を詰めつつ、敵を迎え撃つ準備を整える。
真っ白な蜘蛛の糸で一面飾り付けられた工場内。姿は無くとも、微かに感じる視線と気配、そこに潜む殺気は自分たちが今『狩られる側』に立たされている事を示していた。
「……ムゲットだいじょうぶ? こわくない? お、おれは別にこわくないぜ、へいき……!」
長い兎の耳を音に向かって敏感に動かしながら、バレンタイン・バレット(けなげ・e00669)は隣にいる友人のムゲット・グレイス(日陰のクロシェット・e01278)を気遣う。
その声はこちらを窺う敵の気配に少しだけ緊張しているが、それを気取られないように背筋を正し、毅然と振る舞う。
「えぇ、大丈夫よ……頼りにしてるわ、バレンタイン」
自分を気遣い、必死に強く振る舞う友人の姿にムゲットも微かに表情が緩む。
「うわっふわっ! もー! いい加減出てこないと、巣ぅ壊しちゃうぞ~!」
そして、髪に引っかかった蜘蛛の糸を振り払いながらリタ・トロイメライ(ラブアンドピース・e05151)が叫んだ瞬間――突如、大きな影がリタ目掛けて飛びかかる。
「させるかぁっ!」
リタに襲いかかる鋭い針を前に、ハインツ・エクハルト(変な文字シャツヤロー・e12606)が割って入った。
「うわっ! 大丈夫!?」
リタを狙った猛毒の棘撃を受け止めつつハインツは敵を蹴り飛ばす。
「ようやく出やがったな貧弱虫男!……女かもしんないけど」
ケルベロスの前に姿を現したのは、予知されていた通り、大きな蜘蛛のローカストだった。
一行を威嚇するように潜ませていた殺意を剥き出しにして、ローカストは素早く物陰から物陰へと身を翻す。
「逃がすなチビ助!」
オルトロスのチビ助が神器の瞳で敵を捉えるも、燃え上がった炎は届かず、敵は再び死角へと潜んでしまう。
「ユリアさんはリタさんと一緒に状況に応じて味方のヒールをお願いします」
「えぇ、任せて!」
ルイ・カナル(蒼黒の護り手・e14890)の指示を受け、ユリア・フランチェスカ(オラトリオのウィッチドクター・en0009)が頷く。
敵は動きこそ素早いが、毒や攻撃そのものは致命的な驚異ではなさそうだ。恐らくは本来の蜘蛛の毒のように、獲物を弱らせる目的なのだろう。
故に、ヒールの頻度よりは攻撃の手数を重視する手は悪く無さそうだ。
「おーほっほっほ! さぁ、網にかかった獲物がどちらか、思い知らせてさしあげますわ!」
蒼洲院・ステイシア(ペンタゴン・e16900)の威勢の良い声が工場にこだまする。
果たしてどちらが『狩られる側』なのか……ここからが、いよいよ本番である。
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「素早さが武器のようですが……」
「……さて、どこまで動けるか、試してみようか?」
まずは桃太郎が攻性植物の力を使い、仲間のグラビティへの耐性を高める。
それと同時にルイとリタが気配を感じた方へブラックスライムを解き放った。
「うわっ、早っ!」
機材の影に喰らい付くスライムの一撃にローカストが飛び出す。
流動しながら襲いかかるスライムを、敵は地形を利用し上手く掻い潜っていく。
「かすっただけですね……」
「逃しはしませんわ!」
再び隠れられてしまえば、戦いのイニシアチブは向こうに渡ってしまう。
作戦通りバラバラにならないようにしながら、ステイシアとバレンタインは動き回るローカストに食い付いていく。
「だ、だめだ! 動きが早くてうまく当たらない!」
2人の蹴撃もローカストに命中はするも、やはり決定打にはならない。
「攻めに回るタイミングが欲しいですね。少しでも隙ができれば……」
手裏剣を放ちつつエステルも機を窺うが、こちらの攻撃に敵は怯む素振りすら見せない。
それどころか逆にこちらの隙を狙って機材の隙間や、糸を使って頭上を取りつつ追い詰めるように反撃を繰り出す。
グラビティ・チェインの練り込まれた糸は、自身の巨躯を支えながら動き回るだけではない、直接吹き付けられれば思うように戦う事も難しいだろう。
「隙……そうね、これ以上好き勝手されるのも……癪だわ」
冷静に、静かに鋭く、ムゲットが零した。
敵はあくまで理性的にこちらを攻めているわけではない、狩人の本能で動いている。ならば、絶対的な隙ができる瞬間、それは――。
「わたしを見下ろすなど、愚行ね。愚かね」
向こうがこちらを攻める瞬間だ。
機材の上を陣取ったローカストをムゲットの瞳が捉える。
突き刺さる視線に敵の動きが萎縮するように止まる。頭のなかに鳴り響く鐘の音に、意識が、思考が、ほんの一瞬だけ吹き飛んだようにローカストは地面へと落下する。
「今よ」
産み出した隙は一瞬。しかし、敵の巣の最中において奪い取ったこのチャンス、逃すわけにはいかない。
●
「敵が態勢を立て直す前に、一気に叩きます!」
「逃げ場を塞ぐわ!」
ケルベロスたちの前に落下したローカストは体を捻り、素早く立ち上がる。
だが、そのまま逃すほど甘くはない。桃太郎とユリアの凍結弾と犬丸の攻撃に逃げ道を阻まれたところにルイの蹴撃が直撃する。
一度覆った流れはそう簡単には止まらない。
「さぁ、ここらでお食事の時間はお終いだぜ!」
ルイの一撃は強力な重力を生み出し、ローカストを地面に貼り付ける。
そして、動きを封じられたところにハインツとバレンタインの霊力の網が襲いかかった。
「攻められる時に……叩き潰す!」
エステルはデウスエクスへの強い殺意を、そのまま螺旋の力に込めて解き放つ。
冷気を纏った螺旋は今まで紙一重で攻撃を避けてきたローカストに直撃し、その半身を凍て付かせていった。
「ついでにこれも貰ってお行きなさい!」
極めつけにステイシアが口に含んだ猛毒を吹き付ける。
殺虫剤を吹きかけられた虫のようにバタバタと暴れ回る姿は……見る者によってはかなりキツイかもしれない。
「うわぁ……えげつないなー」
逃げる敵を追撃しつつ、流石のリタも苦笑いを浮かべる。
「おほほ! 勝つためなら手段なんて選ばなくてよ!」
攻める時に攻め、勝てる時に勝つ。抗う手段も持たない一般人を手にかけるような相手である、遠慮など最初から不要だろう。
再びローカストはこちらへの反撃の機会を窺うように影から影へと動き回るが、先程と状況は異なる。
度重なるダメージや、まとわりつく霊力の網等に動きを阻害され、こちらを翻弄し切るような機動力はもう無い。
「はーい! ヒールするよー!」
そして、ダメージはリタとユリアが状況を見つつ回復。
地の利は依然としてローカストにある。しかし、しっかりと連携を取りつつ対処する8人のケルベロスを相手にするには明らかに分が悪い。
「さて、そろそろ終わりにさせてもらいましょう!」
「同感です。背後のいる者の意図……断ち切らせてもらう!」
桃太郎とルイの挟撃がローカストを襲う。
舞い散る桜と蒼い軌跡がそれぞれの剣閃と重なり、交差する。
――が、その斬撃を受けながらも、ローカストは最後の力を振り絞るようにケルベロスたちに襲いかかった。
「ムゲット、危ない!」
「バレンタイン!?」
決死の一撃、ムゲットに突き出された猛毒の針を受けたのは、バレンタインだった。
致命傷ではないものの、深々と突き刺さる毒撃にバレンタインは思わず膝を付く。
「いい加減しつこいなぁ!」
すぐにバレンタインから離れたローカストだったが、その逃亡を赤い輝きが捉える。
最早機材の影だろうと、自らの蜘蛛の糸だろうと逃しはしない。ローカストが気配に気付いた時には、エステルはその頭上を取っていた。
「裏とか誰でもいいから、さっさと潰れなさい!」
アクロバティックな動きから、ローカストの体を持ち上げるとそのまま機材の一つに叩きつけるように投げ落とす。
盛大な轟音がエコーを伴い工場に響き渡る。
ゆっくりと遠ざかる音が、戦いの終わりを告げていた……。
●
「バレンタイン、あなた……わたしが思っていたより勇敢な兎だったわ」
幸いバレンタインの怪我は酷くはなく、ヒールで十分回復できるレベルのものだった。
ムゲットの言葉に、バレンタインは少し照れ臭そうに笑う。
「おれ、ムゲットはひめさまみたいだから守らなきゃって思ったんだ。でも、お前もとっても強かったなぁ!」
「わたしが姫なら、あなたは騎士ね。ありがとう、助かったわ」
仲間たちのヒールも終わり、そのままケルベロスたちは工場の従業員の救出に入る。
「どうやら、全員無事のようですね」
「えぇ、気を失っているだけで、ヒールすればすぐに目を覚ますと思うわ」
桃太郎とユリアは降ろした従業員をヒールしつつ、容態を確かめる。
目立った外傷などは無いので、恐らくは少量ずつグラビティ・チェインを回収されていたのだろう。
「後は巣の除去ですね……中々骨が折れそうです」
「し、仕方ありませんわね、ぱっぱと終わらせますわ」
ローカストが張り巡らせた蜘蛛の糸、これも放置しておくわけにはいかない。
とは言え、工場中に広がった巣を見上げ、ルイとステイシアはため息を零すのだった。
「しかし、親玉とやらが気になるんだぜ……」
同じく翼を使って巣の撤去を続けながら、ハインツが呟く。
予知にあった敵の『親玉』、同じローカストと思しきもう一体は結局この場には姿を現す事は無かった。
「なーんか嫌な感じだよねー。セーセードードー?と戦ったほーがかっこいーじゃん。見つけたらとっちめてお説教だよね、シュッシュッ!」
ハインツの言葉にリタは意気込みつつ返し、裏で動くまだ見ぬ敵に向かってシャドーボクシングのように拳を振る。
「……」
そんな2人の話を聞きながら、エステルは思う。
恐らくは、いずれ『親玉』は姿を現すのかもしれない。そして、向こうがデウスエクスである以上は、戦う事になるだろう。
「その時は、全力でやるだけです」
それが自分か、あるいは他のケルベロスかはまだわからない。
今はただ、滲み出す敵意を言葉で覆い隠すのだった。
作者:深淵どっと |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年3月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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