豊年虫の災禍

作者:柊透胡

●豊年虫の災禍
 長野県千曲市――山中奥深くに現れたそれは、正に異形の美。奇怪なる女郎蜘蛛は悠然と首を巡らせ、深々と溜息を吐く。
「折角、私自らが指揮を執っていますというのに……皆様方の不甲斐なさといったら、全く嘆かわしい事」
 頭部に並ぶ複眼が、キロリと傍らを睨め付ける。
「何方もグラビティ・チェインを集める前に、ケルベロスに殺されておりますけれど……貴方は、上手にやってくださいますね?」
 冷たい視線に身を震わせたのは、巨大ながらも華奢な風情のローカスト。儚げな薄翅、ひらと風そよぐ長い尾は如何にもか弱げだ。円らな黒い複眼、やはり黒く長い触角を具えるその様相は、フタスジモンカゲロウに似ている。
「あらあら、お返事も無いのかしら?」
 慌てて額づくローカストを見下ろし、酷薄そうな笑い声を上げる女郎蜘蛛。
「ほほほ、それでは、殺してきてくださいませ」
 緩やかに羽ばたき飛び去るローカストを見送り、女郎蜘蛛の姿も黄昏の薄闇に消えていく。

 ――カゲロウの事を、千曲川周辺では『豊年虫』と呼ぶ。
 地元では、千曲川より羽化したカゲロウを数多く見た年は豊作になると伝えられるとか。
「確か、今泊まってるホテルで、文豪が『豊年蟲』って短編小説を書き上げたのよね」
「そうそう。彼のお陰で、私も卒業できたのよね」
 親友の言葉に、観月・さやかは楽しげに笑った。彼の文豪をテーマに、卒業論文を書き上げた。卒業旅行先が彼に所縁あるのは全くの偶然だけど、その短編小説だって何度か読み返したものだ。
 尤も、今回のお目当ては七福神外湯巡り。知る人ぞ知る美肌の湯を数日掛けて堪能する。
 そろそろ夕暮れ刻の界隈を、浴衣姿でカラコロと。直に訪れる災禍が正に『豊年虫』の姿である皮肉を、彼女達はまだ知らない。

●上臈の禍津姫の企み
「……定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 都築・創(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0054)は、集まったケルベロス達を見回すと静かに口を開いた。
「ご存知の方もいるかもしれません。『上臈の禍津姫』ネフィリアが、継続的に動きを見せています」
 餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298)の宿敵である女郎蜘蛛型ローカストは、知性の低いローカストを地球に送り込みグラビティ・チェインを収奪する作戦の指揮官であるようだ。
「彼女に放たれたローカストは知性が低い分、戦闘能力に優れた個体が多いようです。敵は単体ですが、戦う時は注意が必要でしょう」
 今回、ローカストが現れるのは長野県千曲市。フタスジモンカゲロウに似たローカストが、卒業旅行で戸倉上山田温泉に訪れた女性を襲う。
「時刻は夕刻、友人と2人で外湯巡りをしていたようですね……友人の方は難を逃れましたが、観月・さやかさんという方が、ローカストに捕われてしまいます」
 ローカストは、巨大な虫籠のようなものに被害者を捕え、時間を掛けてグラビティ・チェインを吸い上げる。ケルベロス達は、さやかがローカストに捕われてから駆けつける事になるだろう。
「すぐに殺されないのは幸いですが、捕えられた人の精神状態を鑑みれば、のんびりもしていられません。速やかなローカストの撃破をお願い致します」
 場所は、千曲川を臨む千曲橋緑地。広々とした芝生が広がっており、戦うのに不自由は無いだろう。日暮れ時で他に人気が無いのも幸いだった。
「夜になれば灯りも必要になってきますから、日没前に終わらせる方が良いでしょう」
 今回のローカストは、儚げな薄翅を具えているが、戦闘中に飛ぶ訳ではなさそうだ。
「この薄翅をこすり合わせて、破壊音波を発するようです。他にも体内で飼育している『アルミニウム生命体』を利用するグラビティが得意でしょうか」
 具体的には、長い尾を突き刺して『アルミ化液』を注入したり、触覚を硬化させて敵を斬り裂いたりする。
「ローカストは、虫籠に閉じ込めた人間を攻撃する事は無いので、観月さんの救出はローカストを撃破してからでも遅くありません」
 虫籠自体はグラビティで攻撃すれば簡単に壊れて消失する。助け出すのは簡単だろう。
「人々を虐殺してグラビティ・チェインを奪うなど、到底看過出来ません。ネフィリアが暗躍を始めて暫く経ちますが、いい加減、作戦が無駄であると思い知らせてやって下さい」
 ふと、千曲市の地図を映すタブレット画面に目を落とし、創は微笑みを浮かべる。
「そういえば、この辺りの温泉は知る人ぞ知る『美肌の湯』だそうですね。七福神に擬えた七ヶ所の外湯は夜遅くまでやっていますから、一仕事の後に宜しければ。足湯の時間ぐらいでしたら、融通します」


参加者
フリュイ・スリジエ(らでぃかるらびっと・e05665)
狼森・朔夜(奥羽の山狗・e06190)
ルイ・コルディエ(菫青石・e08642)
リズナイト・レイスレィ(腹ペコエルフ・e08735)
八雲・要(英雄志望のドラゴニアン・e14465)
中村・一縷(旅の終わりを見つけた仕事人・e16702)
夜尺・テレジア(偽りの聖女・e21642)
神鳴・雛(雷纒戴装・e23844)

■リプレイ

●豊年虫の災禍
 暮れなずむ界隈にへたり込んだまま、どれくらい過ぎたか。
 危ない!! ――叫びと同時に突き飛ばされた。何とか起き上がった時、親友を捕らえた巨大な虫が飛び去っていく所だった。
「どうしよう……」
 何とかしないと……でも、恐怖に身が竦んで動けない。
「はわわっ、大丈夫ですかっ!」
 耳に飛び込んできたのは、何だか慌てた声音。と思う間もなく、目の前でこけた。
「そっちこそ、大丈夫?」
「へ、平気ですっ! それより、ローカストがどっちに飛んで行ったか、教えて下さいっ!」
 垂れたウサ耳を揺らし、ガバッと身を起こすウェアライダーのメイド少女。
「え、え……?」
「私達はケルベロスよ」
 やんわり割って入り、助け起こしてくれた黒髪の少女が気さくな笑顔で名乗る。
 ケルベロス――デウスエクスと互角に戦えるすごい人達。
「あ……さやかを、友達を助けて!!」
「ええ、必ず助け出すとお約束致します」
「だから、さっさとローカストが飛んで行った正確な方向、教えろよ」
 物腰柔らかなシャドウエルフの少女と対照的に、無愛想な彼女は狼のウェアライダーだろうか。金色の眼差しが鋭い。その視線に気圧されて親友が攫われた方向を指差せば、頷き合った彼女らはすぐさま駆け出していく。
「カラコロの足湯、知ってるかぃ?」
「え? あ、はい……?」
 最後に妙齢の女性に声を掛けられた。十手をクルリと回して飄々と。
「なら、そこで待っているといいさぁ」

 千曲橋緑地――千曲川を臨む青々した広場に、鎮座する異様はよく目立った。
 巨大な虫籠に女性が囚われている。彼女が観月・さやかだろう。ぐったりしたまま動かないのは、既に意識が無いからか。
「はぅうっ!? おおきいむしっ!?」
 駆け付けた勢いのままガトリングガンを両手に構えたフリュイ・スリジエ(らでぃかるらびっと・e05665)は、蹲る蜉蝣に思わず息を呑む。
 半透明の薄翅は淡雪のよう。仄白い体躯は巨大であっても儚げだ。円らな複眼、風そよぐ長い双尾、長大な触角は対照的に黒い。
「その人を放してくださいっ! じゃないと、その翅を毟りとっちゃいますよっ!」
 既に獣人化で臨戦態勢のフリュイが叫ぶ間に、ケルベロス達も次々と駆け付ける。
「……確かにここまでデカいと、ちょっと引くな」
 別に虫に嫌悪感は無い筈だが……両手に惨殺ナイフを構える狼森・朔夜(奥羽の山狗・e06190)は、憮然とした面持ちか。
「正直に言うと虫は苦手なのです。迅速に駆除させて頂きます」
「害虫退治ね! バイク乗りこなす怪人とかじゃないし、燃やし尽くしてあげるわ!」
 生理的嫌悪感に顔を顰めながら、妖精弓を凜と構えるリズナイト・レイスレィ(腹ペコエルフ・e08735)。ルイ・コルディエ(菫青石・e08642)の右腕の地獄の炎が、戦意高揚に応えて燃え上がる。
 さやかはまだグラビティ・チェインは吸われ始めたばかり。ここでローカストを倒せば救い出せる。
「不安で待っているだろうお友達の為にも急ごうか」
 敵の出現にローカストが徐に向き直れば、八雲・要(英雄志望のドラゴニアン・e14465)はボクスドラゴンの廻と並んで不敵に笑む。
「やれやれ、どのお嬢さんも血の気が多いねぇ」
 のぉんびりとした口調と裏腹に、中村・一縷(旅の終わりを見つけた仕事人・e16702)の漆黒の双眸も剣呑を帯びて。
「今回の要は速さです。自由を速やかに奪い、火力を集中し決めましょう」
「はいはい、判ってるよぉ」
 春分を過ぎたとして、春の黄昏は暗くなり出せば早い。神鳴・雛(雷纒戴装・e23844)の生真面目な言葉に、一縷は薄笑み浮かべて日本刀の鯉口を切る。
「皆さん、無理なさらないでください……」
 殿の夜尺・テレジア(偽りの聖女・e21642)は、そのまま回復の位置に。
(「私にもっと力があれば、元を断てるのに……せめて大切な、思い出作りを……」)
 被害者は卒業旅行中と聞く。自身の思い出とて全てが温かくはないけれど、命まで奪われる結末は見過ごせない。
「コマちゃんも、なるべく攻撃をバラけさせるようにお願いします! ……あの、痛いです」
 不安げなテレジアの細い肩を小突き、骨のボクスドラゴンは不機嫌そうに前衛に並んだ。

●その身儚くとも
「全てを癒すわたしの力、皆さんに預けますっ!」
 フリュイが掲げる小箱より溢れ出た七色の光が、前衛に降り注ぐ。
「駆けよ光、全てを癒す力となって……『コロラトゥーラ・ダンツァ』!」
 キラキラしい加護を受け、逸早く地を蹴ったのは雛。達人も斯くやの斬霊刀の一撃に続き、一縷のスターゲイザーがローカストを襲う。
 だが、その連続攻撃はふわりと回避された。応酬にローカストの薄翅が空気を震わせる。
 ピルルルルルッ――!!
「っ!」
 ディフェンダーが庇う暇も無かった。頭を直截かき乱す不快感に、思わず息を呑む前衛達。
 被って実感する。破壊音波は敏捷に基づく。素早さ欠けるボクスドラゴンはまだしも、前衛のケルベロス達の備えは、全員敏捷耐性であった筈――にも拘らず、厄は速やかに浸透する。
 ケルベロスの攻撃が外れる一方で、ローカストの一撃は的確。攻防何れも優位のポジションは1つしかない。
「キャスター、だろうな」
「ええ」
 朔夜の呟きに、リズナイトも頷き返す。前衛には最も実戦経験の浅い一縷がいる。雛も比較的打たれ弱ければ、前衛の、それもクラッシャー達が標的となるのは避けるべきだ。
「ほら! グラビティチェインが欲しいならこっちに向かってきなよ!」
 挑発しながら、腕力のみで鉄塊剣を繰り出す要。だが、重厚の一撃は触覚の一閃に相殺される。
「さあ、色々と頑張らなきゃね」
 その間に、ルイは溜めた気力を一縷に注ぐ。列攻撃に対するならスターサンクチュアリの方が良かったが、活性化していないものは仕方ない。代わりに、テレジアが爆破スイッチを押した。カラフルな爆風が前衛の戦意を高揚させ、ボクスドラゴン達が雛に属性をインストールする。
 儚げな外見でも、敵はデウスエクス。会話出来ぬ程に知性低くとも、その戦闘力は侮れない。
「お返しです!」
 弓弦を引き、ハートクエイクアローを放つリズナイト。まず『仲間が当てられる』事を優先するならレゾナンスグリードだろうが、如何せん自身の命中率が心許ない。
 基本、格上との戦闘では、まず攻撃の命中から覚束ない。故に、後方より狙い付けて攻撃出来るスナイパーが反撃の起点となる事が多い。
 一刻も早くジャマーのブラックスライムが虫影を捕らえるよう――朔夜の蹴打が天翔ける。
(「三下野郎を何匹送り込もうが無駄だって事、ネフィリアとやらに思い知らせてやる」)
 軽やかな回避を許さぬ、鋭く真っ直ぐなスターゲイザーの手応えを感じ取る。
「的がでかけりゃ、狙いもつけやすい。逃がさねぇよ」
 荒っぽく吐き捨て、不敵に金瞳を細めた。

●豊年虫の砕破
「っ!」
 一縷を襲うローカストの双尾を、庇い受ける要。異物を注がれる不快感に顔を顰めれば、テレジアが気力溜めを以て癒す。
「大きい虫に飛ばれると、それだけで結構怖いわよね」
 飛来したローカストにゾディアックミラージュを繰り出し、ルイはちょっと嫌そうな顔。
「男の子とかは逆に興奮するのかしら?」
 生憎と、ローカストと対峙するケルベロスは全員女性。寧ろ嫌悪の表情が多い。
 そして、末端でしかないローカストと交わす言葉はない。ゲシュタルトグレイブを構えたリズナイトは無言で稲妻突きを敢行する。
 『足止め』の厄とて、常に発動するとは限らない。ローカストのポジションが『キャスター』なら尚の事、仲間の命中精度はまだ高いとは言えず。
「これで決めるよ! 一斉攻撃だ!」
 ならば、と要は声を張る。俺が皆を守る――最前線で一歩も退かぬ意気が、共に並ぶ仲間に力を与える。
 意を強くした一縷のサイコフォースが爆ぜ、雛の絶空斬が奔るも、まだ浅いか。
「逃げられる物なら、逃げてみてくださいっ!」
 ガトリングガンの弾丸をばら撒くフリュイ。ボクスドラゴン達がタックルすれば、ローカストは無機質に睨め付けた。
 表情窺えぬ敵の様相から、ダメージの程は量れない。ならば、全力で穿ち続けるのみ。ローカストの弱点を探す朔夜だが、各攻撃が当たるようにならなければ得られる情報も乏しい。今はスターゲイザーとハウリングを以て、足止め攻撃に専念する。
 ピルルルルルッ――!!
「大丈夫、すぐに元気になりますよっ! お手当て、任せてくださいっ!」
 再度、破壊音波が爆ぜたが、今度はフリュイがメディカルレインを降らせた。回復を回し、根気よく戦況の好転を目指すケルベロス達。
「よしっ! 来るなら来い!」
 最初の転機は要の快哉。デストロイブレイドが漸く虫躯を捕らえる。唯の一撃であっても『怒り』は五分五分でこれを掛けた相手への攻撃を強いる。その確率はけして低くない。
 すかさず、リズナイトのシャドウリッパーが重ねた厄も『怒り』ならば。
 ブン――ッ!!
 果たして、双尾の攻撃は要へ。盾への攻撃の集中が叶えば、回復も随分楽になる。
「私は、貴方を救いたいのです……お話を聞いてくださいませんか?」
 祈りを捧げるテレジアの声に、ローカストの動きが鈍ったように見えたのは、果たして気の所為か。
「……う、あ……?」
 その時、鎮座する虫籠から呻き声が聞こえた。戦騒が沈む意識を醒ましたか、身動ぎした籠の女性が徐に頭を巡らせる。
「ご無事ですか? すぐにお助けしますね」
「ああ、すぐに助ける」
「安心して待ってなよ!」
 口々に励ましの声を掛けるケルベロス達。彼女の無事が更なる戦意を高揚させ、一斉に刃をローカストへ向ける。
「いーちにーの、えーいっ!」
 鮮やかに宙返りしたフリュイのスターゲイザーが薄翅を突き破る。
「はぁっ!!」
 その名も羚蹴脚――闘気を纏わせた朔夜の渾身の蹴りは、正に羚羊の後ろ蹴りの如く。そのまま身を捻るや、連撃を叩き込む。
「ぶち抜くわ」
 構え直したルイのゾディアックソードが炎を上げるや、一気に肉迫。超高熱により透明化した炎の刃は、回避も許さず華奢な虫躯を抉った。
 ギ、ギ――。
 畳み込まれた猛攻に、軋るように呻いたローカストはそれでも、逃げようとしない。
 ギ、ギィィィッ――!!
 硬質の刃と化した触覚は要を……否、兄弟分を庇ったボクスドラゴンの廻を貫き、健気な息吹を啜る。だが、その幾許かの回復をも消し飛ばす勢いで、ケルベロス達の猛攻が炸裂した。
「響け。轟け。凄惨にして空虚なる衝撃よ。世界の悉くを打ち据えよ」
 薄暮を雷竜が切り裂く。もう僅かな反撃も許さぬとばかり、鹵獲魔術の1つを詳らかにするリズナイト。
(「私の目が役立つ前に」)
 何時しか、西の空に残照が僅かに映えるのみ。日が落ちれば夜闇が迫るのも早いが、まだ大丈夫――夜になる前に引導を渡すべく、テレジアは再度、爆破スイッチを押す。
「廻から盗った分も、利子付けて返してもらうぜ!」
 薄闇にも鮮やかな爆発を背景に、要のエアシューズが唸りを上げる。炎を纏う突撃がローカストを抉り貫く。
「そろそろ、仕舞いにしようかねぇ」
 満を持して納刀する一縷。次の瞬間、目にも留まらぬ速さの居合い斬りが、ローカストの胴を両断する。
 ギ、ギ――。
 下肢を潰されて尚、ローカストは破れ翅を蠢かせる。執念じみた生命力には、全力を以て当たるのみ。
「我、雷公の旡、雷母の威声を以って五行六甲の兵を成し、百邪斬断して万精を駆逐せん!」
 斬霊刀を両手で構える自身を囲むように、雷気帯びた剣群を召喚する雛。
「鳴り響け、天驚の車、央天に咲け鋼の閃華!」
 号令一下、雛を軸とした雷刃の戦輪がローカストを刻む。
「死天剣戟陣・雷法・神鳴刃車!!」
 圧倒的な重撃を以て重力の楔を撃ち込んだ。

●カラコロの足湯
 千々に砕けた骸は塵と化し、夜風が吹き散らしていく。
 戦に当てられたか、リズナイトが熱っぽい息を吐いてクールダウンする一方、無造作に惨殺ナイフを振るう朔夜。忽ち瓦解した虫籠から、青息吐息のさやかを救い出す。
「ありがとう、ございました……」
 感謝を口にするさやかをルイが急いでヒールすれば、白蝋のような頬に血が通う。
「大丈夫だったかい? 無事に助けられて良かったよ」
 快活な笑みを浮かべる要。雛が小さく手を打ち鳴らす。
「折角ですから、都築大人の言っていた足湯、試していきませんか?」「賛成ですっ! 女の子ばっかりこんなに集まってますしっ!」
「お友達も、カラコロの足湯で待ってる筈だしねぇ」
 ウサ耳少女に戻ったフリュイの言葉に否やはなく。さやかの体調を気遣いながら、カラコロの足湯へ向かうケルベロス達。
 道中は既に夜道で、念の為、準備してきた朔夜の懐中電灯が思わぬ所で役立った。
「さやか! 心配したんだよ……良かった」
 駆け寄った親友と抱き合うさやかを、ケルベロス達は笑顔で見守る。
「少しはのぉんびりしようぜぇ。とりあえず、事件の事は忘れて、なぁ」
 2人も交えて、足湯に洒落込むケルベロス達。
「んっ……足湯は初めてですが、これは中々」
 カラコロの足湯は、上山田温泉街の中心にある「水と緑と潤いのある公園」内にある。東屋の足湯場は丁度足し湯されたばかりで、綺麗なお湯は意外と熱い。
「はぅぅ、生き返りますぅ。脚がほぐれますぅ……」
 慣らし慣らし足を浸ければ、体の芯から温もる。ほぉっと溜息を吐くフリュイ。朔夜も心なしかほっこりした表情か。
「中国にもこういう温泉の文化、あります。こういうのは、落ち着きますね」
 タイツを脱いできた雛は、素足に揺蕩う温もりに相好を崩す。
「そう言えば、『豊年蟲』……ですか? 私、日本の小説はまだ読んだ事がありません。どういう話ですか?」
「暗夜行路の方が有名だけど、こっちはこっちで面白いんじゃないかな。短編だから気軽に読めるし」
(「足湯ねぇ? 体験した事無かったけど、確かに悪くないな」)
 ウーンと伸びする一方で、要は何処か浮かぬ表情。雛とお喋りするさやかとその親友は、もう大丈夫のようだけど。
「……黒幕、顔も出さなかったな」
 何処か悔しげな呟きに、一縷は微かに眉を顰める。
 『上臈の禍津姫』ネフィリアは、一途な慕情を交す彼の宿敵だ。
(「敵がどこから来たのか、どのようにしてこんな敵が生まれたのか。そして、何が目的か……」)
 戦闘中でさえ判然としなかった。時間を掛けて調べたい所だけど。
「折角ですから、信州そばを頂きたかったですね」
「そうね。せめて、温泉まんじゅうを買って帰りたいわ」
 足湯が済めば即帰還だ。残念そうなリズナイトに、ルイも頷いて。
「……きゃっ!? コマちゃん、酷いです」
 今回はオラトリオがいない所為か、自然と肩の力も抜けて初足湯を堪能していたテレジア。不意にボクスドラゴンに温泉を掛けられ、ずぶ濡れで思わず涙目になった。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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