巨大スズメバチの恐怖

作者:林雪

●ネフィリアの目論見
「近頃では皆、ろくな働きもせぬままケルベロスどもに殺められてしまうようですが……あなたは、きちんと出来ますね?」
 夕刻。都内近郊の雑木林の中で『上臈の禍津姫』ネフィリアの、妖しげな声が響く。
 ネフィリアが今まさに放たんとしているのは、スズメバチ型のローカストだ。
 主の要求に答えんと、ローカストは強靭なアゴをガチガチ鳴らし、羽音を立てて街の方へと飛び去っていった。
「しっかりと、殺してきてくださいませ……」
 薄笑みを浮かべて配下の姿を見送ると、ネフィリアはそのまま何処へともなく姿を消した。

 その日の夜。繁華街の路地裏に、女性の悲鳴が響いた。
「ギャァアアアァア! うそ、嘘ォお!」
 会社帰りのスーツ姿の女性の体は、自分をすっぽり包む大きさのスズメバチに抱えられ、舞い上がる。硬質なローカストの手先が、ゆっくりと女性の体に食い込んでいく。
「ひぃぃいっ!」
 泣き叫ぶ女性を、巨大スズメバチは古ビルの屋上に連れ去った。邪魔の入らない場所でゆっくりとグラビティ・チェインを吸い尽くすつもりなのだろう。

●蜘蛛に従うスズメバチ
「ローカストの事件、都内でまた発生です」
 ヘリオライダーのセリカ・リュミエールが、集まったケルベロスたちに説明を始める。
「糸を引いているのは女郎蜘蛛型のローカストのようですが、今回はそのローカストと直接戦うわけではありません。彼女によって送り込まれたローカストが、街中で人間を襲っているのを阻止して頂きたいのです」
 敵はスズメバチ型のローカストで、知性は極めて低い。地球で長く活動したローカストはグラビティ・チェインの過剰摂取により理性や知性を失ってしまう。
「言葉の通じる相手ではありませんし、その分といっては何ですが、戦闘能力に優れ、凶暴です。十分に気をつけて戦って下さい」
 戦場となるのは、今はテナントも入っていないビルの屋上である。ローカストには、グラビティ・チェインを『ゆっくり吸収しなければ吸収できない』という特徴があるため、じっくり時間をかけてグラビティ・チェインを吸える環境を欲する。
「お気の毒な被害者は恐怖と混乱で、まず自力で逃げられる状態ではありません」
 女性はただでさえ、虫が苦手な人が多いですからね……と、セリカは同情的である。
「ですが、ローカストが『安心してグラビティ・チェインを収奪できる状況ではない』と判断すれば、自ら餌である女性を離すでしょう。その隙に救助してあげて下さい」
 たとえば騒音や急激な照明などで気を引けば、ローカストはケルベロスの来襲と知り、戦闘態勢を取るだろう。
「目の前の敵を倒すことはもちろんですが、この作戦は無駄であると、黒幕に思い知らせるためにも是非、被害者を出さずに敵を撃破して下さい。気をつけて」


参加者
クロコ・ダイナスト(ドラゴニアンのブレイズキャリバー・e00651)
水晶鎧姫・レクチェ(ルクチェ・e01079)
ガナッシュ・ランカース(マスター番長・e02563)
ヴァーツラフ・ブルブリス(バンディートマールス・e03019)
永代・久遠(小さな先生・e04240)
流水・破神(治療方法は物理・e23364)
シマツ・ロクドウ(ナイトバード・e24895)

■リプレイ

●登場、救出!
「虫……なぁ、硬いなら殴りがいはありそうだ。問答無用で殴れる奴は好きだぜ、虫自体は好かないが」
 ヘリオンからの一斉降下が始まった。
 目下、ケルベロスたちが降下地点としているのは、都心部のとある廃ビルの屋上である。流水・破神(治療方法は物理・e23364)の言う『虫』はつまり、今回の敵、ローカストである。
 罪もない会社帰りのOLを捕らえたローカストは、この屋上でゆっくりと彼女のグラビティ・チェインを吸い尽くすつもりなのだ。ケルベロスたちは彼女を救出すべくローカストの気を引き、救出担当が女性を助けた後に戦闘に持ち込むという流れだ。
「うぅ、ゆっくりグラビティを吸収って、逆に言うとじわじわと殺されてくってことですよね……そ、想像したら怖くなってきました……」
 クロコ・ダイナスト(ドラゴニアンのブレイズキャリバー・e00651)が持ち前の弱気を発揮し、おずおずと仲間の顔を見ながら言う。
「大丈夫よ、それをさせないために私たちが来たんだから」
 緑の瞳を優しく細めて、そう励ましたのは永代・久遠(小さな先生・e04240)。その隣にいるヴェンデルガルト・アルブレヒツベルガ(朝霧の闘士・e24460)も頷く。
「怖いのに捕まったら嫌よね。打ち合わせ通りにやって、必ず助け出しましょ」
 そう言うと、ヴェンデルガルトは光の翼を広げてスイと旋廻する。
 降下地点を目前にし、水晶鎧姫・レクチェ(ルクチェ・e01079)が皆に促した。
「わたし達から近寄るのでなく、こちらに来て貰いましょう」
「賛成じゃな。やれやれ、季節外れの害虫退治といくかのう」
「承知いたしました」
 応じた二人、ガナッシュ・ランカース(マスター番長・e02563)とシマツ・ロクドウ(ナイトバード・e24895)が、着地と同時にブレイブマインを華々しく炸裂させる!
 ドォーン! そう広くない廃ビル屋上に盛大な爆音がこだました。
「ケルベロス参上じゃ、助けに来たぞい!」
 ドドーン! 緑色の爆煙の前で仁王立ちで腕組みし、ガナッシュが呼ばわる。負けじと水晶鎧を煌かせ、レクチェもびしりとポーズを決める。ドーン!
「この水晶光る鎧がある限り、すべての悪を見逃しません! 水晶鎧姫・レクチェ・ルクチェ。華々しく参上です♪」
 シマツは特にポーズは取らず、ブレイブマイン役に徹していた。残るケルベロスたちも続々と屋上に降下を終える。
「ド派手だぜ……戦隊物って感じだな、あれ」
「まあ、陽動にゃ持ってこいってとこだろ……」
 少し遠巻きに見物を決め込んだ破神が感心しきった様子で言えば、ヴァーツラフ・ブルブリス(バンディートマールス・e03019)も細葉巻に火を入れながら答えた。このふたりは年齢的に大人組なので、ああいうノリは見物側に回るらしい。
 ヴァーツラフの言葉の終わらないうちに、ギギッと金属的な羽音と、女性の情けない悲鳴が聞こえた。屋上の隅の暗がりから、派手な音にひかれてスズメバチ型ローカストが姿を現したのだ。自分の二倍近くもある大きさのスズメバチにがっちり掴まった一般人女性の顔は、気の毒に涙と鼻水でぐちゃぐちゃである。
「見つけたぞ、ローカストよ。我こそはケルベロスの戦士、クロコだ!」
 ブレイブマインの視覚効果もあったのか、敵の姿を目にしたクロコは先までの臆病な性格から一転、声も性格も歴とした武人のそれへと入れ替わる。
「我は逃げも隠れもせぬ! いざ尋常に勝負せよ!」
 その変貌ぶりに驚く久遠だったが、ローカストが人質を離さなかった場合に備えてしっかりとライトニングウォールの態勢をとっている。だが。
『……ギ』
 敵に囲まれた、ということを認識し、戦闘モードに切り替わったのかローカストはぽいと女性を拘束から解き放つ。そのまま、ゆっくりした動きでクロコたちの方へ歩いて行く。
「待ってたわよ!」
 この瞬間を狙って、ギリギリ上空を旋廻して飛行していたヴェンデルガルトが急降下、航空迷彩ポンチョをたなびかせて女性の元へ舞い降りた。腰が抜けてしまっている彼女の傍で膝をつき、優しく声掛ける。
「大丈夫? 白馬の王子様じゃなくてごめんなさいね」
「あ……あぁあ……」
 肩にそっと手を置かれ、彼女にとってはどんな王子様よりまばゆく見えたことだろう。あーあーと声を上げてヴェンデルガルトに抱きつき、泣き崩れてしまう。
「だ、大丈夫よ、もう大丈夫だから落ち着いて。まずは安全なところに……」
 そこへ、巨大スズメバチが羽を擦り合わせ威嚇のつもりなのかいやな音を立て始めた。
「ヒッ!」
 被害者の女性がビクリと身を跳ねさせて、ローカストの方を見る。すっかり怯えてしまっているのだ。強引に運ぶしかないかとヴェンデルガルトが思案していると。
「怖けりゃ目瞑って耳を塞いどきな。すぐ終わらせてやるからよ」
 いつの間にか接近していたヴァーツラフがすぐ傍に立ち、女性の視界からローカストの姿を遮った。こちらも黒スーツ姿のマフィアのボスであるから、白馬の王子様とは言い難い。だが、強面男の案外な優しい声に、女性は少し落ち着きを取り戻したようだった。その隙にヴェンデルガルトがもう少し離れた場所へ誘導し、着ていたポンチョと持参の通信機を被害者に渡した。
「これ、もし何かあったら呼んで頂戴」
 チラリと横目で、女性の避難が滞りなく終了したことを確認したヴァーツラフが呟いた。
「はン……シノギを稼げねぇで蜘蛛女も内心歯噛みしてんだろうよ」
 一方のローカストの周りはケルベロスが囲んでいる。一触即発の状態だ。なるべく被害者との間に位置どるべく動いていたレクチェが、女性の状態を見極めて頷いた。
「あっちは済んだみてえだな。こっちもぼちぼち始めるか」
 敵を殴りたくて仕方がない、という気配を隠さずにローカストのすぐ傍を陣取っていた破神の隣で、シマツが口を開いた。
「どうも、ローカストさん。シマツです」
 一切物怖じすることなく言って、丁寧にお辞儀をする。名乗りや挨拶が通じる知性が相手にあるとは思っていないが、彼女のスタイルなのである。にこりと綺麗な、だが目的達成の為に手段を択ばない暗殺者の側面が滲む笑顔を見せて、普段と変わらぬ落ち着いた声で宣言する。
「それでは死んでいただきますね」

●VSスズメバチ
 ローカストは不気味に押し黙る。敵に知性はない、だが本能で自分が強敵と対峙しているとわかるのだろう。突然、ローカストの関節部分から、水銀のような半液体が漏れ始め全身を包み込む。アルミニウム鎧を纏った敵は、準備は出来たとばかりにアゴをガチガチ鳴らし始めた。こちらも守りを固めるべく、久遠が雷鳴を呼び出し、後衛を守る壁を構築し始めた。
「参る!」
 クロコが飛び出し、その装甲ごと貫く勢いで拳を叩き込む。攻撃のみに集中しているようでいて、実は避難させた女性の方へローカストの注意を微塵も行かせないように気遣いもしている。
「もういっちょ、派手にいくかの!」
 と、ガナッシュがカラフルな爆炎を放つ隙間から、レクチェのドローンが飛び立ち皆を守る盾となる。ケルベロス側の守りは固い。
「カチコミは派手にってな。おら、こっちだ虫けら!」
 間合いをとりながらヴァーツラフが接近し蹴りを入れる反対側から、白衣をなびかせた破神が敵の腹部を狙った一撃を見舞った。
「なかなか硬いな、気に入ったぜ!」
 アルミニウム生命体合金で覆われたボディーを相手に、破神はすこぶる楽しそうである。
 ヴェンデルガルトが歌を口ずさみつつ投げた槍は、敵に降り注ぐ。
『ギギ……』
 機械音と獣の声の中間のような音を出し、巨大スズメバチは自分を攻撃するモノを、その巨大な複眼で追う。しかし追いきれない速度もある。
「斬らせていただきました」
 シマツがやはり冷静な声でそう告げたときには、光の斬撃が敵の身を裂いた後だった。バスターライフルの砲身をまるで刀の様に振るい、スズメバチをその場に釘付けにする。
「おいおい、もっと気合い入れろよ。殴り足りねえだろうが」
 破神の挑発的な言葉に合わせたかのように、敵の目が赤く光る。そして。
 シャキイン! と、刀身のあわさるような音がした。
 一瞬にして移動したローカストのアルミ合金の牙が、クロコの腕に食らいつく!
「……っ!」
 歯を食いしばり手にしたアックス倍返しを試みるも、スズメバチは機敏にそれをかわす。しかしかわした先には既にガナッシュが回りこんでいた。
「待っとったぞい!」
 豪快な構えから、振り下ろす。グラビティブレイクがまともに入り、敵に大ダメージを抉りこむ。そこへヴァーツラフが銃口を押し付ける。
「アルミごとミンチになんな、虫けらぁあっ!!」
 至近距離からの散弾発射は、威力の代償として反動が大きい。ガガガッと響く銃声に合わせてヴァーツラフの体も派手に揺れた。
 かなり荒っぽい連続攻撃をケルベロスたちは続ける。手ごたえは確実にある。いわゆる表情らしきものがない敵なので、効いているのかがわかりにくいが確かに敵は削れているはずだ。
 その敵の前で、ヴェンデルガルトが歌を止めぬまま、突然両手をだらりと下げる。混乱や催眠状態なわけではない。これは彼女の、捨身の型だ。
「さぁ、本気で来てもいいのよ? 私も本気だから」
 まんまと誘いに乗って飛び出したローカストを、殺意溢れる一撃、二撃までが捉えた。
 再度攻撃に加わろうとするクロコを宥めて、久遠がまずはと治療に当たる。
 シマツが攻撃の合間に、敵のモーションを見据える。
「なにか仕掛けてきそうです、皆さん気をつけて」
 その言葉の通りに、ローカストは前羽と後ろ羽を同時にこすり合わせ始めた。
「うわ、ひでえ音だな……」
「ぬう、この程度……!」
 そのまま音は破壊音波として、前列を襲う。
「みんなー、いきますよー!」
 久遠がすかさず医療鞄から薬剤瓶を取り出して放り投げ、正確無比の狙いで空中の瓶を撃ち抜いた。薬が散布され、仲間たちの傷が癒されていく。
 今度こそ、とクロコがアックスに地獄の炎を纏わせた。振り回したそれは、ローカストに今日一番の打撃となって響く。ぐらりと揺れた体に、ガナッシュがサイコフォースで追い討ちをかける。そして。
「われらが篁流武術は、デウスエクスから地球を守る最後の刃です」
 レクチェ本人の姿を模したドローンが、一斉に敵を押し包む。彼女いわく、一体一体がレクチェと同じ戦闘能力である、らしい。真偽のほどはともかく、ミニレクチェは今日もけなげに地球の平和のためにがんばる良い子達である。
「さあ、行きなさい、ミニレクチェ達!」
 凛々しく命じた直後に見事にコケそうになったレクチェを、ミニの一体が支えた。こんなことまでしてくれる可愛い子らだが、攻撃は苛烈、そのままスズメバチは体の至るところを爆発させながら完全に沈んだのだった。


「はい、診察は完了ですっ。もう大丈夫ですよー?」
 にっこりと笑顔で久遠が告げる。精神的ショックは大きいようだが、女性に目立った外傷はない。
「うぅ、本当に、本当にお気の毒でしたね……!」
 戦いが終り、臆病な方の人格が出ているクロコが泣きそうな顔でそう言うと、被害女性もまた泣きそうな顔になって、ありがとうを連呼した。
「組付かれて連れ去られるだなんて怖かったでしょうね……もし今後、PTSDに悩まされるようなことがあったら、連絡下さいね」
「大丈夫です、もう安心ですよ。ケルベロスが怖い化け物はやっつけましたよ。お家までは私が送って行ってあげる」
 優しく微笑んでそう言うレクチェの申し出に、女性は素直に甘えることにした。よほど怖かったのだろう。だが。
「私は疲れたわ、お先に失礼するわね」
 と、そそくさと帰ろうとするヴェンデルガルトの元に、女性が駆け寄った。ポンチョと通信機を返して、何度も頭を下げて礼を言う。
 戦いを終え、ビルの屋上をすり抜ける風が心地いい。何となくまだ残っているメンバーに、ガナッシュが今回の戦いで思ったところを率直に告げる。
「何と言うか、ローカストほどグラビティ・チェイン強奪には向かん種族は無いと思うんじゃがのう。命令を出してる奴は、スズメバチ型に負けず劣らず馬鹿なんじゃないじゃろうか……」
「まあなあ、基本がひとり分だもんな。効率は最悪だろ」
 破神も同意見だという風に頷く。
「黒幕さんと、早く決着が着けられるといいですね」
 最初から最後まで、落ちついた穏やかな調子だったシマツがそう言った。事件の全貌はまだ見えてこないが、一般人を巻き込む事件は極力潰していかなくてはならないだろう。

作者:林雪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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