あなたの笑顔が見たいだけ。

作者:市川あこ


 カードがなければ瀬谷・いずみの生活はとうに破綻していただろう。
 昨日給料日だったにもかかわらず、彼女の口座の残高は今日の0時過ぎにはもう2桁しかなくなっていた。
 カード払いの引き落としを給料で払い、なくなったお金をまたカードで支払う。
 彼女の暮らしは自転車操業的なものになっていた。
 これはまずい。そう思わないわけではない。
 けれど『あの人』に会えるのならそんなものは安いものだと思っていた。
 時間はお金では買えない。
 気持ちもお金では買えない。
 いずみはそう知っているからこそ、お金を払うことで彼と共に過ごせるのなら安いものだと思っていた。
 彼と共に飲むお酒やフルーツの盛り合わせは、特別な味がした。
 それにいずみがボトルを入れれば、彼の助けにもなる。
 彼の笑顔はいずみの宝物だった。その笑顔さえ見られたら、彼女は幸せだった。
 店を出たいずみは、三鷹方面に向かって歩いて行く。
 電車はもう終わっているから、彼女は家まで歩いて帰るつもりだった。彼の笑顔を思い出せば、何だって出来ると思った。
 歓楽街から15分ほど歩けば、そこはもう暗闇のオフィス街で首都とは思えない静けさだった。
「楽しそうね」
 背後から声が聞こえ、いずみは振り返る。
 そこにいたのは、黒いコートを着た少女だった。どこか不気味なものを感じたいずみは、無視して行こうとするが少女に行く手を阻まれてしまった。
 少女は手にしている鍵を振り上げると、瀬谷いずみの左胸を一突きした。
「——!」
 鍵は心臓を貫くが、血は流れない。
「あんたの愛って、気持ち悪くて壊したくなるわ。でも、触るのも嫌だから、自分で壊してしまいなさい」
 少女がそう言うと、いずみは意識を失ってその場に崩れ落ち、代わりに彼女の傍らに女の姿をしたモノが現れた。
 それはいずみと同じように、栗毛色の長い髪を持つ、異様に目の大きなドリームイーターだった。


「大変です! 無償の愛を注いでいる方が、ドリームイーターにその愛を奪われる事件が起きているようです」
 集まったケルベロスたちを前に、笹島・ねむ(en0003)は真剣な眼差しでこう言った。
 ねむの話によると、愛を奪うドリームイーターは『陽影』という名の正体不明の少女だということだ。
 そして、奪われた愛を元にして現実化したドリームイーターが、事件を起こしているというのが、現在の状況だと言う。
「愛を奪われる被害者を、これ以上増やさない為にも、ドリームイーターを撃破して下さい! このドリームイーターを倒す事ができれば、愛を奪われてしまった人も、目を覚ましてくれるでしょう」
 人懐っこそうな大きな目は、奪われた愛を憂いているのだろうか。僅かに悲しそうな色を帯びている。
「わかったよ、まずは詳細を教えてくれないか?」
 そう言ったケルベロスを前に、はい、と答えて一度深呼吸すると、ねむは改めて話を始めた。
「このドリームイーターは女性の形をしていて、後ろ姿は普通のOLのお姉さんみたいなんです。彼女はホストさんが大好きなので、ホストさんみたいな男の人や、優しくてノリのいいおにーさんを狙って殺そうとします。モザイクの場所は、胸の真ん中です。出没場所は西新宿ですが、現れる時間は終電後から始発前の、1時から4時頃のようです。西新宿のビル街はオフィス街なので、この時間帯なら人通りはすごく少ないはずです」
 ケルベロスたちはねむの話に、じっと耳を傾けている。
「攻撃は近距離攻撃がトラウマを具現化させる『心を抉る鍵』と相手を丸ごと喰って武器封じをする『欲望喰らい』で、遠距離攻撃が悪夢で浸食し、催眠効果のある『夢喰らい』です」
 ここまで言うと、ねむは一旦深呼吸をして、また話を続ける。
「実をいうと、もうドリームイーターの手によって、被害者いずみさんの好きだったホストの方は殺されてしまいました。ですので、今回はドリームイーターを誘き出して、これ以上被害者を増やさないようにドリームイーターを倒して欲しいんです。ケルベロスの皆さんは、一般の方に比べて愛の力も大きいので、もしも囮になればケルベロスの皆さんを狙ってくる可能性が高いです」
 ねむの真摯な眼差しに、ケルベロスたちは深く頷いた。
「無償の愛は素晴らしいものだと思います。そんな素敵な愛を利用して、ひどい事件を起こそうとするなんて、ねむは許せません……」
 黒いパンダ耳がちいさく戦慄く。
「お願いします。どうか、みなさんの力でいずみさんのことを救って下さい」
 笹島ねむはぺこりと頭を下げた。


参加者
カナメ・クリュウ(蒼き悪魔・e02196)
ヴィンセント・ヴォルフ(モノクローム・e11266)
剣崎・蛍子(刀剣女士・e15271)
時雨・乱舞(サイボーグな忍者・e21095)
ルドルフ・レイル(地球人の刀剣士・e22410)
尽影・ユズリハ(ロストブレイズ・e22895)
瀬部・燐太郎(名も無き走狗・e23218)
エルフリーデ・バルテレモン(鉾槍のギャルソンヌ・e24296)

■リプレイ


「可愛い子発見♪」
 カナメ・クリュウ(蒼き悪魔・e02196)の言葉をきっかけに、深夜の西新宿でケルベロス劇場が幕を開ける。
「ええと、その……」
 クリュウのへらりとした笑みを戸惑い顔で見上げたのは、エルフリーデ・バルテレモン(鉾槍のギャルソンヌ・e24296)で、普段なら戦場の華として舞う長い髪は、今は彼女を楚々とした乙女に仕立てあげていた。こういうのは苦手ながらも、意外と様になっていて地球に来たばかりのヴァルキュリアっぽい仕上がりを見せる。
「へいへい、彼女〜俺達と遊ばない?」
 金髪・シルバーアクセ・黒革の手袋と、ホストフル装備でキメた時雨・乱舞(サイボーグな忍者・e21095)が、女性陣を前に唇の端を歪ませる。笑顔の苦手な彼にはこれが精一杯だった。
「妙に怖いな」
 目隠しをしている少女、尽影・ユズリハ(ロストブレイズ・e22895)が小さく呟く。
 男性陣はホスト役、女性陣はナンパをされる役。それが今回の配役で、見るからにチャラメンホスト集団の5人は女性陣をナンパする陣形を取っていた。
「んー僕あんまり遅くなるとお母さんに怒られちゃうんだけどー……。みなさん格好いいし、どうしようかなー?」
 そう言ったのは、制服姿に竹刀袋を背負った剣崎・蛍子(刀剣女士・e15271)で、その出で立ちは部活帰りの女子高生に見えた。
「ねえ、そこの姉さん達、これからお茶しないか?」
 すると今度は、ヴィンセント・ヴォルフ(モノクローム・e11266)が手元のカンペをチラチラ見ながら言う。
 ナンパ未経験の彼は内心戸惑いまくりで、普段の防具を着崩しただけの格好は、このメンツの中ではもっともピュアそうにも見える。
 その不器用な振る舞いに、ユズリハは思わず笑みをこぼす。ドリームイーターを誘き寄せるためとはいえ、この空気は何だか楽しい。
「ねぇ、オレと遊ばない?」
 カナメがナチュラルな笑顔で彼女たちを誘う。
「遊びと言うと……?」
 エルフリーデが不安気な表情で彼らを見ると、ずっと気むずかしそうな顔をしていた瀬部・燐太郎(名も無き走狗・e23218)が、ふと頬を緩めて笑みを見せた。ホストなスーツ姿も相まって、そのギャップは世の乙女たちをキュンと射貫いてしまいそうだった。
「おいおい、そんなにがっつくように詰め寄るんじゃない。麗しいお嬢さん方が困惑してるじゃないか」
 彼ら、若手ホストを諫めるように後ろからそう言ったのは、髪をオールバックに仕上げたルドルフ・レイル(地球人の刀剣士・e22410)で、黒スーツ姿の彼は大人の魅力に溢れていた。
 不意に冷たいビルの間から昏い風がびゅんっと吹く。
「ねえそんなノリの悪い女たち、放っておきなさいよ……」
 薄暗い声がどこからともなく聞こえた。
「私なら、幾らでも遊んであげるわよ……」
 その声と共に、ホストたちの背を取るように、ビルの影から異形のモノが現れる。
 栗毛色の綺麗な巻き髪と、トレンチコート。顔の半分以上を占める大きな目と、ばっさばさの付け睫毛。大きく下がった太眉と、真っ赤な唇。そして、ちょうど心臓部分にあたる左胸のモザイク。
 ーードリームイーター!
 そう思うが早いか、ヴィンセントは殺界形成をする。
「いらっしゃいませ、今夜も"夢"を探しにおいでですか」
「そうよ」
 優雅な物腰でそう言った燐太郎に、異形の女がそう答えた。
 ――それなら丁度いい、とびっきりの"悪夢"を喰らうがいい。
 そう言うが否や、鬼の形相に切り替わった燐太郎は武器を手に取った。
 深夜の劇場は、戦場へと一変する。
 


「ねぇ、オレと楽しいことして遊ぼう?」
 カナメは妖艶な笑みでそう言いながら、ドリームイーターへ飛び蹴りを炸裂させる。流星のキラメキが女を襲う中、ルドルフの掌から放たれたドラゴンの幻影が、女を焼き捨てようとする。
「刺激的な遊びね。嫌いじゃないけど」
 真っ赤な唇がつり上がると同時に、どす黒い欲望がヴィンセントを丸ごと包む。
(「……愛が何かは、良くわからないけど、自分を削るようなのは、止めた方が、良いんじゃないか?」)
 答えのない問いはヴィンセントを祈るような気持ちにさせる。
 せめて被害者が一人でも少なく済めば良い。そんな気持ちで彼は、剣で守護星座を描く。メディックの役回りは初めてだったものの、それは確実に前列の仲間たちの守護となる。
「僕にも家族がいて、好きな人も……いる。だからこそ……貴女は止めなきゃいけないって思うんだ」
 蛍子は二本の剣をしっかり握って女を見据えると、ドリームイーターを斬りつけた。
「……本当に、うっとうしいやつらね!」
 女はコートを脱ぎ捨てると僅かに後退する。8対1の戦闘では思うように攻撃が出来ず、焦っているようだった。ノースリーブのワンピース一枚の姿は、男に媚びているようにも見えた。
「そんだけデカい目してるんだ、ちっとは躱してみせてくれよ?」
 だがそこへ、エルフリーデの槍が敵を逃すまいと超高速で突き貫く。
「あっ、あぁ、痺れるぅ……っ!」
 稲妻突きは女の神経回路をも麻痺させたらしく、その身体はビクビク震えていた。
「ヒャハハハ!」
 そこへ追撃するのは乱舞で、戦闘になると人が変わったように興奮する彼は、狂笑と共にスパイラルアームで敵の女を抉った。ピンク色のワンピースが千切れる。
(「愛する者の命を奪われることが、どれほどのことか……」)
 燐太郎は敵を通して、瀬谷・いずみのことを思う。
 彼女と同じく、愛する者の命をデウスエクスに奪われた彼にとって、今回の事件は他人事ではなかった。
 燐太郎は巨大な鉄塊剣を振り上げると、重厚な一撃で女の形をしたモノを叩き潰す。それは彼の激しい憤怒そのものだった。
 そこへ畳み掛けるように、ユズリハもまたデストロイブレイドで攻撃をする。
「ぐっ……」
 ドリームイーターが背中を丸めてよろめいた。
 最早これまでか。一瞬そんな空気が流れる。
 けれど女は顔を上げると、反り返って夢喰らいをルドルフに放った。
「やれやれ、おいたが過ぎるぞ、お嬢さん?」
 敵を煽りながらもルドルフは苦悶の表情を浮かべる。
「その表情、すごく色っぽい♡ もっと見たいなあ……♡」
 女は満足気に目を細めた。
 戦いはまだまだ続くようだ。


 瀬谷・いずみから生まれしドリームイーターは、他人を傷つけるだけではなく不快な状態にする技を幾つも持っている。
 その技に対抗すべく、ケルベロスたちもバッドステータスを付与する攻撃を行い、回復を持たぬドリームイーターは徐々に彼らの攻撃にハマり、少しずつ体力を奪われていった。
 無償の愛をあざ笑うかのようなデウスエクスのやり口は、ケルベロスたちの闘志に灯を付けるには充分すぎるものだった。
「愛の形は人それぞれ……愛と憎しみは表裏一体、怖いねぇ」
 蛍子は溜息をひとつ吐くと、高速演算で見抜いた敵の弱点へ、痛烈な一撃を見舞う。
 女はよろめく。が、その時、間髪入れずに地獄の炎弾と大量のミサイルが女を襲った。
「ぐぎぎ……」
 悔しそうに歯ぎしりをする女の目に映るのは、強面のホストと金髪のホストの姿だった。
 金髪のホスト、乱舞の身体からはミサイルポッドが飛び出していて、胸元にはシルバーネックレスが光っている。
「ふぅん……。かっこよく生まれたことを後悔すればいいわ」
 大きな目が陰湿そうに乱舞を見つめると、心を抉る鍵を振りかざして彼を狙った。
「おっと、オレのことも楽しませてよ」
 だが、鍵の攻撃を受け止めたのは、カナメだった。
 決して弱い敵ではない。まったく痛くないわけがない。
 けれど、カナメはさも愉しそうに口元に笑みを浮かべた。
「少し大人しくしてくれる?」
 カナメは異形の女の顎をくいっと掴むと、もう一方の手の平で頬に軽く触れて、女を内側から破壊しに掛かる。
「ひっ、うぅっ……!!」
 内部の衝撃を受け、女は苦悶の表情で身をよじっている。その隙に、ヴィンセントは黒き雷霆をドリームイーターへ見舞う。
 漆黒の雷槌が敵を穿つ。そこへ連なるように黒き鎖が伸びて、女を締め上げる。
 振り返ったヴィンセントの目に入ったものは、鎖を操るルドルフの姿だった。ヴィンセントは彼の姿に憧れと僅かな羨望の眼差しを送る。
「もうだめっ、だめぇっ!」
 苦しそうに絶叫するドリームイーターに、ユズリハがグランドファイアで思いっきり蹴り上げた。炎を喰らった女は、うめき声を上げてよろめいた。
「実際もう被害者は出てるらしいじゃねぇか……」
 エルフリーデの青い瞳がドリームイーターの姿をしっかり捕らえた。
「貴殿の逝く先は決まったな。心配すんな、私がしっかりエスコートしてやるぜ!」
 そう言うが早いか、エルフリーデは鉾槍とアームドフォートでもって葬礼の連撃を繰り出した。
 女の形をしたモノは、正面から連撃を受け続けると、やがて膝を突く。
「キッチリ逝かせてやるぜ!」
 鉾槍の一閃は冥府への誘い。
 ドリームイーターは最後に、小さなうめき声を上げるとその場に倒れ、跡形もなく消滅してしまった。
 すべてが夢だったかのように。
「ゆっくりおやすみ……」
 蛍子は女がいた場所に向けて、そう呟いた。


「やはり、女性というのはかっこいい男性が好きなんですねえ……」
 乱舞は溜息を吐きながら、シルバーのブレスレットを外す。
 深夜のビル街に再び平和が訪れた。
 月明かりが8名の影をコンクリートの上に描く。
「愛する人が死ぬってのは辛いものだな。何が辛いかって、それでも朝がやってくるのがな……」
 燐太郎は懐からコニャック……ではなく、スティック状のこんにゃくゼリーを取り出すと、封を切って口にした。
 色鮮やかなゼリーをすする姿は、どこか哀愁を帯びている。
 愛の形は様々でも、のめり込み過ぎは、破滅に繋がってしまうこともある。ユズリハはそんなことを考える。
(「瀬谷・いずみが新しい支えが見つかることを祈ろう。今度は破滅に繋がらないような、そんな支えを」)
 ユズリハは月を仰いだ。
 戦場となった場所には、幸い破損等はなかった。
 街の無事を確認すると、ケルベロスたちはそれぞれの場所へ帰っていく。
 だがヴィンセントだけは瀬谷・いずみの無事を確認すべく、彼女の元へと赴くことにした。そのことに気付いたユズリハはヴィンセントと共に向かうことにした。
 無償の愛と報われない愛は、似て非なるものだ。
 どうか、瀬谷・いずみのこれからが報われるものでありますように。
 彼らの祈りに答えるように、夜空の星がひとつ瞬いた。

作者:市川あこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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