女郎蜘蛛のプリズンケージ

作者:真鴨子規

●上臈の禍津姫
「ケルベロス、ケルベロス、ケルベロス……うふふ、私の可愛い子たちを、よくもたくさん殺してくださいましたね」
 言葉とは裏腹に、興奮し熱気に満ちた声色で、絡新婦は抑えきれないとばかりに笑みを零した。
「そんなに人間たちを守りたいと息巻くのなら……うふふふふ、守り抜いてくださいますよね?」
 上臈の禍津姫――酷薄の女郎蜘蛛は、狂喜した感情にその身を躍らせていた。

●引き裂かれた愛
「僕と、結婚してください」
 差し出された結婚指輪を前に、曽根田杏子は涙を隠すことができなかった。
「……はい、喜んで」
 杏子は、彼氏の手を包み込んで、涙に濡れた満面の笑みを浮かべた。
 初めて出会った公園。
 初めて出会った日。
 愛していると伝え合った場所で。
 2人は幸せの絶頂を迎えていた。
 ――そしてそれは、あまりにも儚く、脆く、崩れ去る。
「杏子、危ないッ!」
 杏子は訳も分からないまま、彼氏に突き飛ばされた。
 そうして次に見た光景は、巨大な昆虫に飲み込まれる、彼氏の姿だった。

●深淵のプリズンケージ
「健全な睦言というものはいいよね。私もあやかりたいものだが」
 心底残念そうな口調で、宵闇・きぃ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0067)は語り始めた。
「今回の事件は、『上臈の禍津姫』ネフィリアによって引き起こされたもののようだ。とある公園にローカストを放ち、一般人からグラビティ・チェインを得ることが目的らしい」
 ネフィリア――その名を耳にする機会は幾度となくあった。その手勢であるローカストは知性のないタイプが多く、その分戦闘能力に優れている。
「ローカストは1体のみ。君たちなら難なく倒すことができる相手だ。しかし問題がある。ローカストは1人の一般人を、背中に生えた鳥籠のような部位に捕らえてしまっている。ローカストはドレインによって、常に一般人からグラビティ・チェインを吸収しながら戦う。従ってローカストを攻撃すればするほど、一般人は弱っていくことになる。更に――捕らわれたままローカストを倒した場合、その一般人は命を落とす」
 どよりと、聴衆から戸惑いの声が上がる。
「君たちの使命は、ローカストを倒すことだ。一般人の救出は成功条件には含まれない。それでも一般人を救おうとするならば、君たちは苦戦を強いられることになる。一般人の捕縛を解除するためには、鳥籠部を狙撃によって部位破壊するしかなく、それまでの間、敵の攻撃を耐え忍ばなければならない。破壊に手間取ったり、防衛が上手くいかなかったりすると、思わぬ大怪我に繋がる恐れがある。最悪の場合、敗北も……」
 神妙に目を閉じてから、きぃは真剣な口調で続ける。
「どう選択するかは、君たちに委ねよう。どんな結果であれ、私は諸君の無事を祈っている。悪辣な敵の思惑に、どうか囚われないで欲しい。
 さあ、では発とう! この事件の命運は、君たちに握られた!」


参加者
ジョルディ・クレイグ(黒影の重騎士・e00466)
百花・白雪(真白の竜騎を継ぎしもの・e01319)
ラリー・グリッター(古霊アルビオンの騎士・e05288)
ヴィオラ・セシュレーン(百花繚乱・e11442)
クロード・リガルディ(行雲流水・e13438)
一津橋・茜(紅のブラストオフ・e13537)
餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298)
愛沢・瑠璃(メロコア系地下アイドル・e19468)

■リプレイ

●襲撃
 静寂に取って代わる叫び声と共に、公園は地獄へと姿を変えた。呼応するように、次々と上がる悲鳴。反響する声をかき分けて、ケルベロスたちは到着した。
「ふむ、えろぅ人の多い場所どすなぁ。みなさん、避難誘導をよろしゅうお頼申します」
 独特の口調でヴィオラ・セシュレーン(百花繚乱・e11442)は指示を出した。
 同時に、各々が首肯で返す。
「皆、早く公園の外へ! ――くそ、敵はどこだ!」
 逃げ惑う人々を外へと押し遣りながら、ジョルディ・クレイグ(黒影の重騎士・e00466)が周囲を見渡す。波のように寄せる人影か、何かの障害物のためか、敵の姿は見えない。
「見付けました! 丘の向こう側、例のローカストです!」
 避難誘導を続けながら、餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298)が一方向を指差した。
 言うが早いか、ケルベロスたちは人混みを縫うように走り、目的の場所へと辿り着いた。
「……! まだ人がいるのか……」
 クロード・リガルディ(行雲流水・e13438)が急いで殺界形成を発動させる。だが、視線の先で呆然と座り込んでいる女性は逃げる気配を見せない。
 緩慢な動作でよろよろと立ち上がる女性を、一津橋・茜(紅のブラストオフ・e13537)は手を引いてこの場から引き離そうとする。
「だっ、だめ、あの人は、あの人は私のっ!」
 茜の手を振りほどこうと、女性は食い下がった。
「あ、分かった、貴方杏子さんですね? 私たちはケルベロスです。ここは任せて先に行け! です」
 ケルベロスという言葉が効いたのか、女性――曽根田杏子は断腸の思いというような悲痛な表情のまま、公園の外へと駆けだした。
 杏子と、捕らえられた男性――引き裂かれるような2人を見て、ラリー・グリッター(古霊アルビオンの騎士・e05288)は激昂した。
「祝福されるべきお二人の大事な時を台無しにするなんて……許せません!」
 そうして、視線はローカストに集中する。
 黒い光沢に覆われた甲殻、白濁した眼光。その姿はまるで大きな黒いコガネムシといった風情だった。全長は3メートル程度……しかし、コガネムシならば羽のある背中に、その上体と同程度の大きさの『鳥籠』があった。あまりに釣り合いの取れないシルエットだが、両腕に備え付けられた巨大な盾のような部位が、前後のバランスを保っているように見えた。
 鳥籠の、体表と同じく黒光りした鉄格子のような仕切りは、籠というより檻と言った方が正しいように思えた。そしてその中に――1人の男性が、気を失ったまま囚われている。
「一般人を人質にするなんて、ぜんぜんロックじゃないわね! その人はあたし達に助けられてあたしのファンになる人なんだからさっさと返してもらうわよ!」
 愛沢・瑠璃(メロコア系地下アイドル・e19468)はバスターライフルをギターに見立て、爪弾くように手をしならせる。それに合わせ、ウイングキャット『プロデューサーさん』も威嚇の声を上げる。
「その鳥籠、破壊させていただきます。――真白の竜騎、百花白雪。推して参ります!」
 百花・白雪(真白の竜騎を継ぎしもの・e01319)が二振りの斬霊刀を翻し、そして戦いは始まったのだった。

●狙撃
「さて、鳥籠のローカストってどんな具合ですかねーっと」
 茜がローカストの正面に回り、バトルガントレットを構え防御の態勢を取る。
 ローカストはチキチキと不快な音を立てながら一歩前に踏み出すと、そのまま走り出して右腕の盾を振るった。
「……『奴』の企みは全て潰してみせます」
 細長い脚部からは想像もできないほど重い一撃を――駆けだしたラギッドの、宿敵への想いが受け止める。
「吹雪、お願いします!」
 白雪の掛け声と共に、ボクスドラゴン『吹雪』が飛び、被害を受けたラギッドを回復させる。
「我が瞳の前に全てを晒せ! ゆけっ! ドローン!」
 ジョルディが『Scout Drone』を発動させる。グラビティで精製したゴーグルを装着し、複数飛ばしたドローンを蜂のように飛行させ、敵の情報を暴き立てる。その恩恵は後衛、4人のスナイパーへと注がれる。
「これから幸せになろうとするものを引き裂こうとするとは……大分趣味が悪いな……!」
 クロードが敵の背後を取る。鳥籠を狙い撃つ気咬弾が迸る。――しかし。
 即座にローカストは振り返る。そして両腕に備わった盾を器用に重ね合わせると、攻撃を受け止めてしまった。
「防御態勢っ!? ダメージは、通っていないようですね……」
 ラリーが思わず驚きの声を上げ、敵を注視する。
 今回の戦いは、まず鳥籠を破壊しなければならない。そうでなければ、ダメージを与えた先から、人質からグラビティ・チェインを回収され、回復されてしまう。それ故に鳥籠を狙うことは必須なのだが――鳥籠がウィークポイントであることは、ローカスト自身が最も理解していることだ。幾らスナイパーの狙撃と言えど、全弾を狙った箇所に当てるのは難しい。
「あの盾、鳥籠を狙うことも計算済みということですか……。流石は『奴』の配下です。やることが陰湿ですね」
 ラギッドが奥歯を噛み締める。このような邪悪な戦闘を演出する憎き敵を脳裏に描く。醜悪に微笑む宿敵の姿が、頭の芯から離れない――
「ああ、もう!ちょこまかと動く上にまともに狙いづらくてしかも虫で嫌になっちゃうわね! あんま時間をかけるのもロックじゃないからさっさと片付けさせてもらうわ!」
 勇んで瑠璃が縛霊手を掲げる。背後を狙った一撃も、やはり盾によって遮られてしまうが――
「ほな、挟撃と行かしてもらいます」
「―――舞い踊れ、百花白雪」
 その更に背後を、ヴィオラと白雪が取る。ヴィオラのホーミングアローが、白雪の『刀気解放”百花白雪”』が、鳥籠に命中した。
「どうだ……」
 次弾の準備をしながら、クロードが呟く。2人の攻撃が命中した鳥籠は、だが、目に見える限りの範囲でではあるが――無傷であった。
「こほ……これは、一筋縄ではいかないようですね」
 咳き込みながら、それでも会心の一撃の手応えを得ていた白雪が、そんな感想を漏らした。
 戦いは、まだ始まったばかりだった。

●継戦
 ローカストの口腔から紫煙が立ちこめる。ローカストの周囲を覆うように広がるそれは、蟲毒の霧。虚弱化を招く病原体である。
「くっ、待っていろ、今回復を――」
 ジョルディがヒールドローンを発動させようとするのを、ラリーが手で遮った。そのラリーから、自身に対する癒しのオーラが立ち上った。
「ジョルディは後衛の支援をお願いします! 前衛は、わたしたちが保たせますから!」
 それでは、メディックによる列への毒回復はできない。だが、今は一刻も早く鳥籠を破壊しなければならない。そのためには、スナイパーたちの命中精度を向上させるジョルディの『Scout Drone』が生命線なのだ。
 理解に及び、ジョルディが更に『Scout Drone』のドローン子機を増加させる。
「そうそう。攻撃できない分、わたしたちは自分で回復しないと!」
 茜も、そしてラギッドも、シャウトで自身の毒を中和する。鳥籠を壊すまで攻撃ができないならば、するべきことは自身の回復だ。
 そして、敵の攻撃の隙を狙い撃つは――
「いいわジョルディ! サイコーにロックな感じに仕上がってるわ! いくわよー!」
 瑠璃の音速を超えた拳が鳥籠を揺るがす。
「我が喚ぶ、『骸大蛇』。……標的を薙ぎ払え……」
 クロードの召喚した大蛇の巨影が鎌首をもたげ、その長大な尾で大地を揺るがし、鳥籠を叩き付けた。
「これで――どうです!」
 白雪の二太刀が一閃を断ち、更に追い打ちを掛ける。
 その背後から――
「うちの仲間によぉやっとくれはりましたなぁ。さぁて、お仕置きの時間やねぇ」
 ヴィオラの放った無数の『苦無』が鳥籠を包囲し、ヤマアラシのように突き立てられた。
 鳥籠は、そこで初めて軋むような音を立て、そして耐えきれず、瞬く間に爆散――破壊された。
 衝撃で、人質の男性が投げ出される。それを茜が先回りして受け止める。
「オーライオーライ、ナーイスキャッチ、です!」
 男性は気を失ったままのようだった。茜は跳び退り、物陰に男性を寝かせる。
「よし、これで全力で戦える! 来いよ害虫! 人質が居ないと戦えないのか!」
 ジョルディの挑発に、ローカストは――ザ・プリズンケージは、異様な怪音でもって返した。耳をつんざく甲高い鳴き声が周囲に響き渡ると、両の手を天に掲げた。かと思えば、両腕に備わっていた巨大な盾が、外れた。重々しい衝撃音と共に地面に落ちる盾。細くしなる強靱な両腕を晒し、鬼気迫る覇気を発した。
「向こうも本気ということか……。だが、防御を捨てた今こそ好機だ。皆……行くぞ」
 クロードの掛け声と共に、全員が己が敵へと迫る。
「来い――」
 盾を脱離した――本領を発揮した敵のプリズンブレイクを、ラギッドがガントレットで受け止める。その衝撃音は重く、空気を辿って振動を伝えるほどだ。
「そんな攻撃では効きませんね。私の怒りを知るがいい……!」
 空いた懐に、ラギッドの指天殺が入る。金切り声を上げながらも、ローカストはラギッドを振り払った。
「凶王マガツケモノ――描け紅刃の爪牙」
 残骸と化した背中の鳥籠目掛けて、爆走する茜が凶獣の力を解放する。赤いオーラを身に纏い、鋭利なる矛『赤キ凶獣ノ爪牙』を突き立てる。
「ヒャッハー!我慢の限界でしたー!」
「続いて、プロデューサーさん!」
 瑠璃の声が鳴る。プロデューサーさんの猫ひっかきが、硬い甲殻に爪痕を残した。
 堪らず、ローカストは噴煙をまき散らす。今度は範囲が広い。後衛にまで届く毒霧から逃れるため、白雪、ジョルディ、ヴィオラ、クロード、瑠璃が飛び退く。その傍らで――
「わたしのエネルギーで良ければ差し上げますよ――食べられるものなら!」
 ラリーが駆ける。その手に握られた光り輝く短剣を振り下ろし、ローカストを深く斬り裂いた。
「輝く刃をもって……正義に祝福を、邪悪に裁きを!」
 明光の斬鉄『Sacred Energy Shooter』が射出される。光の刃がローカストの中心を深く穿ち、ローカストは――その動きを停止させた。
 刃が消滅すると、ローカストは地面に倒れ伏した。重量があるだけ、大きな音と土煙が立つ。
 そのローカストへ、ラギッドが悠然と近づいていく。
「お前を胃袋という檻で捕えてやろう――閉じ込められる恐怖と共に溶けて消えろ」
 ラギッドの身体から地獄が現出する。乱杭歯の並ぶ口腔がローカストを飲み込み、不気味な音と共に咀嚼を繰り返した。
「死ぬことで『奴』に伝えなさい。私が貴様を追っていると」
 最期に送られた言葉と共に、戦いは終息したのだった。

●終戦
「お二人とも災難でしたな。ですが人生楽有れば苦有り! 今、苦しい思いをしたので、この先は楽しく幸せな日々が待っている筈ですぞ!」
 平穏と人気の戻った公園で。ケルベロスにお礼を言いに来た杏子たちを、兜を外したジョルディが満面の笑みで迎えた。
「末永く幸せにな……」
 クロードが小さくそう言うと、婚約したばかりの2人は笑顔のまま泣き崩れた。
「一津橋様、今回は参戦してくださってありがとうございました」
「いいよいいよ、日頃ご飯作ってもらってるお礼ですから。あ、この後またご飯作ってください」
 ラギッドと茜が拳を合わせて笑った。
 今回は全員が役目を負った戦いだった。無事に勝利できたのも、各々がそれらを果たしたからに他ならない。全員で掴んだ勝利である。誇らしくて、笑みが零れるのも自然なことだ。
 瑠璃とプロデューサーさんが公園内を散策している。破損した箇所があればヒールをと思っていたが、大した被害はなかったようだ。
「あ、そう言えば」
 ラリーが思い至ったように呟いた。その視線の先には――ローカストがばらまいた鳥籠の破片と、同じくローカストが置いていった重厚な盾があった。
「はぁ、これどないしましょうか」
 ヴィオラが小首を傾げる。白雪も少し咳き込みながら残骸を覗き込む。
「まあ、ちょっと邪魔ですけど、そのままにしておきましょうか。こういうの、公園にはよくありますよ、うん」
 ラリーがそう締める。確かに公園にオブジェはつきものだが、ちょっと趣味が悪すぎやしないだろうか。……否、あるいはこれから新婚生活を送るひと組の夫婦の、いい思い出になる、かも知れない。

作者:真鴨子規 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。