雨時々ユグドラシル

作者:刑部

「ここか?」
「あぁ、間違いない」
 小さな声で確認し合っているのは御揃いの赤いバンダナをした若者たち。
 この地域で数ある若者グループの1つである。
「猛……お前の仇、この俺がとってやるからな……」
 リーダーらしい若者の瞳に涙が浮かぶ。グループで一番若い猛が、ここを根城にしたグループの奴に半殺しの目に遭い入院させられたのだ。復讐に燃える仲間達もリーダーの言葉に涙を浮かべ、
「行くぞ!」
 鉄パイプなどを手にリーダーに続き扉を開けようとした時、扉が急に開かれ、一人の男が転がり出て来た。
「てめぇは弘志、猛の仇……」
「た、助けてくれ……」
 いきり立つ赤いバンダナの男達の足に縋りつく弘志。
「命乞いならあの世で猛にする……」
 自分達の襲撃に命乞いをしていると思い、弘志を蹴り払ったリーダが、鉄パイプを振り上げるが、その直後、扉から伸びて来た蔦に絡め取られた。
「ひっ……ひぃぃぃぃ……」
 弘志が悲鳴を上げながら後ずさりする。
 リーダーを絡め取ったのは扉から出て来た別の男。……その腕が植物の蔦の様になり、リーダーを締め上げている。
「何だてめぇは、リーダーを離しやがれ!」
「やめろ、逃げろ、逃げるんだ!」
 弘志が男達を止めようと声を上げるが、辺りに木霊する男達の悲鳴が血の色に彩られてゆくのだった。

「じゃあねむが事件について説明するのでーす!」
 元気よく手を上げたヘリオライダーの笹島・ねむに皆の視線が集まると、
「えー、ごほん。近年急激に発展した茨木県『かすみがうら市』。若者の街と言われるこの街では、最近、若者のグループ同士の抗争事件が多発しているようなのです。
 で、ただの抗争事件ならケルベロスが関わる必要は無いんだけど、その中に、デウスエクスである攻性植物の果実を体内に受け入れて、異形化した人がいるのなら話は別なのです!」
 集まる視線に満足そうに咳払いしたねむは、事件の概要について説明すると、ぐぐっと握り拳を作る。
「抗争している若者グループの片方の人が半殺しにされ、報復に相手の根城に乗り込むんだけど、そのグループで仲間割れがあって、攻性植物を取り込んで異形化した人が元の仲間達を皆殺しにしている最中で、結果的に2つのグループとも皆殺しにされてしまうのです! だから、そうなる前にこの異形化した人を倒して欲しいのです!」
 ねむがみんなの瞳を見つめる。
「攻性植物の果実を体内に受け入れて異形化した人が居るグループは10人ほどのグループなんだけど、敵対する赤いバンダナグループの若い人を病院送りにしちゃって、あそこまでする必要はなかったとリーダーに責められ、逆上して皆殺しにしようとするんです!
 そうなる前に突入して、攻性植物と化した男の人を倒して欲しいんだ!
 攻性植物以外のグループの人達は、ただの人間だから脅威には全くならないよ、攻性植物とみんならケルベロスが戦い始めれば、勝手に逃げていくと思います。
 攻性植物だけど、両腕が鞭の様な植物の蔦になっているから直ぐに分かると思います。
 その蔦を振るって絡め取ってくるのと、足から根っこを伸ばす様に地面を浸食して、いっぺんにみんなを攻撃してきたり、光の花を咲かせて破壊光線を放ったりもするみたいです」
 身振り手振りを加えて説明したねむは、わかったかな? という視線を向けてくる。
「味方にまで手を掛けるとはなんたる悪。悪を斬る。それこそが私の使命、私も皆さんについて行きます」
 ねむの説明を聞いていた桐生冬馬が、斬霊刀の柄に手を掛け立ち上がると、同じくデウスエクス討伐に燃える者達も、決意を新たに立ち上がったのであった!


参加者
星喰・九尾(星海の放浪者・e00158)
エヴァンジェリン・エトワール(ナイトメアフラワー・e00968)
八剱・爽(ヱレクトロニカオルゴォル・e01165)
トエル・レッドシャトー(茨の器・e01524)
天海・矜棲(ランブルフィッシュ海賊団船長・e03027)
シルキー・ギルズランド(呪殺系座敷童・e04255)
狩魔・夜魅(シャドウエルフの螺旋忍者・e07934)
姫神・剣斗(四精の剣陣・e09065)

■リプレイ

●過ぎたる力
「なんで半殺しにした! あそこまでする必要はなかった!」
 廃工場に怒声が響く。
 リーダーらしき男が、仲間に囲まれた薄ら笑いを浮かべる男の胸倉を掴んでいる。
「何いってんっすか、アンタが前から目障りだって言ってたんじゃないっすか。手ぬるいくらいっすよ、アイツら皆殺しにしましょう」
「お前……」
 反省など微塵も見られない態度でへらへらと抗弁する男に、リーダーが拳を振り上げる。「あぁ? 俺を殴るんっすか?」
 その動作に怒りの瞳を向ける男。その時、激しい音と共に扉が蹴破られた。
「ケルベロスだ! 大人しくしろ!」
「えっ……」
「なに?」
「なんでケルベロス達が?」
 天海・矜棲(ランブルフィッシュ海賊団船長・e03027)が声を上げるが、状況が飲み込めず右往左往する若者達。
「おい、そこのチンピラ! そーだお前だ。強くなりたくて人間辞めたんだろうけど、まだチンピラ臭が漂ってるぜ」
 狩魔・夜魅(シャドウエルフの螺旋忍者・e07934)が、視線を此方に向ける胸倉を掴まれた男に、人差し指を突き付け怒声を発する。
「テメェらさっさと逃げやがれ、そいつはデウスエクスだ、殺されるぞ!」
「悪いケド、用があるなら出直して。生きてたいならね」
 八剱・爽(ヱレクトロニカオルゴォル・e01165)の声に、ハッ! とした若者達は慌てて男から距離をとり、エヴァンジェリン・エトワール(ナイトメアフラワー・e00968)が、自分達が蹴破った扉を指すと、
「死にたくなかったら、勝手に逃げて助かって……」
 トエル・レッドシャトー(茨の器・e01524)の声に慌ててそちらへと逃げ出す。
「……ったく、余計な事を……」
 残された男の腕が植物の蔦へと変化してゆく。
「寄生、というやつなのかの。人としての意識は残っておるのじゃろうか?」
「まだ意識がある様だが……たかが抗争1つの為に……つまらないモノに頼っちまってよ。自我まで喰われちまったら世話ねぇし、余計な事を増やすなっての」
 赤い瞳を細めた星喰・九尾(星海の放浪者・e00158)がその様を見て呟き、ボヤいた姫神・剣斗(四精の剣陣・e09065)が斬霊刀の鯉口を切る。
(「攻性植物……制御を誤ったら、私もああなるのかな……何にしても、それがもうデウスエクスだっていうなら、倒すだけだけど……」)
「無様ね……」
 人ならざる者と化してゆく男に真っ直ぐな視線を向けたトエルが自問する中、シルキー・ギルズランド(呪殺系座敷童・e04255)が嘆息と共に呟いた。
「さて、皆逃げた様ですし、始めましょうか」
「そうだな、おっと動くなよ。アンタに人を傷つけさせるわけにはいかないんだ」
 刀を構えた桐生・冬馬(レプリカントの刀剣士・en0019)の声に応じた矜棲が、銃口と切先を突き付けると、夜魅は若者達が戻って来ない様に殺界を形成する。

●矛と蔦
「グループ同士の抗争なんか、意味もわからないケド……デウスエクスは、ほっとけない。……アナタにも見せてあげる。ダチュラの、悪夢」
 舞い上がったエヴァンジェリンが投げナイフをばら撒き、踏み出そうとした男の足が止まると、
「さあ、錨を上げるぜ!」
「……戦うだけよ。この炎が燃え尽きるまで」
 一気に距離を詰めた矜棲が一閃を叩き込み、焔を纏ったトエルの蔦が男の体に火傷を刻む。
 それに続いて次々と仲間達が攻撃を繰り出す中、
「くっ……これがケルベロスの力……」
 男は片膝を着いて崩れ落ちそうになる上体を、手を着いて支える。
(「この程度なの」)
 あまりの脆さにトエルが紫眼を細めた瞬間、地面が揺れる。
「下カラ、注意して」
 エヴァンジェリンの声に跳び退いた夜魅ら前衛陣が先程まで居た場所を、地面から伸びた枝が虚しく貫いた。
「ちっ……勘のいい奴らめ……」
「なかなかの力だ。アンタが力を求めるのもわからなくもない。でも、一時の怒りに身を任せて力に飲まれて、他人を傷つけるのは間違っている」
 舌打ちする男に言葉と共に矜棲が掌を向けると、男の左肩が爆ぜ鮮血が飛び散り、爽と剣斗が更に攻勢を掛け冬馬達が続く。
「お前達も『力』で俺を……他人を傷つけているじゃないか、綺麗事をぬかすな!」
 言い返し破壊光線で矜棲を穿とうとするが、
「ワタシが、守るわ」
 割って入ったエヴァンジェリンが、交錯させた2本のナイフでその光線を受け、トエルがエヴァンジェリンの肩に手を置くと、その頭上を飛び越える形で男の頬に蹴りを見舞った。
「攻性植物の果実なんて、何どこで手に入れたの……?」
 問うトエルの視線と男の視線が交錯するが、男は黙して語らない。
(「……これは、今は使う時じゃない。人相手なら、ちゃんと直接顔を突き合わせないと!」)
 矜棲は羅針ドライバーで変身しようとするのを思い留まり、再び距離を詰めた。

「臆病者の下っ端芋野郎っすが、やる時はやるっすよ!」
 冬馬を支援する馬鈴・カズマが、アームドフォートをぶっ放すと、その弾道を追う様に、
「悪を斬る……それが私の使命です」
「この技は身を斬るに非ず、斬るのはお前の内にある」
 冬馬と剣斗が駆け、男の体にX字を描いて左右に斬り抜けると、剣斗の刻んだ傷口がどす黒く変色するが、更に続いて躍り懸かった矜棲の攻撃を弾き、夜魅にその蔦を絡ませ締め上げる。その蔦を九尾の拳が砕くと、
「回復するわ」
 抑揚のない声を上げたシルキーが、ウィッチオペレーションで夜魅の傷を癒す。
「……俺は正義の味方でも、大儀に燃える男でもない。……デウスエクスと戦うのに、大儀や正義なんて不要だ」
 コートの裾を翻した剣斗が掌を向けると、ドラゴンの幻影が現れ灼熱のブレスを男に見舞い、カズマとトエルの攻撃にタイミングを合わせた冬馬が、
「過ぎた力を弄んだ事を悔んで朽ちるのです」
 流れる様な動作で斬霊刀を一閃する。
「これは無敵の力だ。俺は……全てを力でねじ伏せる」
 男が植物化した腕を地面に叩き付けると、槍の穂先の如く突き出た枝がケルベロス達を貫く……が、その枝を慈しむ様に降る雨……シルキーのメディカルレインが皆の傷を癒す。
「あっと言う間にわたしに癒される程度の力で?」
 無表情のまま小首を傾げて問い掛けるシルキーを、男がギロリと睨む。
「自分の力でない力を頼って何を誇れと言うのか……」
 踵を返した剣斗が更に一撃を叩き込み皆が続くが、男も蔦を振るい闇雲に破壊光線を放ってその連携攻撃に抵抗する。

 螺旋掌を放った夜魅に対し、カウンター気味に男の蔦が叩きつけられた。
「ちっ……いいのを貰っちまった」
 舌打ちする夜魅を直ぐにシルキーが癒す中、
「すまん、間に合わなかった。植物なら燃え尽きやがれ!」
 庇おうとして間に合わなかった事を夜魅に詫びた爽が、2台のスマホを構え高速で指を動かしサイトを炎上させると、男の体が萌え……もとい燃え上がる。更に男を穿つ光線。
「そろそろ動けなくなってきても良さそうなところなんじゃが……」
 ペトリフィケイションを放った九尾が、金髪を揺らしエヴァンジェリンと矜棲の攻撃をかわそうとする男を見て赤眼を細める。
 既に男には多重の石化が刻まれ、時折振るおうとする蔦があらぬ方向に振るわれていた。
「その隙、貰ったぜ!」
 その蔦の下をくぐる形で夜魅。大きな胸と一房だけ白い髪を躍らせ、手にした紅銀の刀身が男の身をえぐる様に振るわれる。
「ぐ……ぁ……」
「電子の火花よ……俺の命ずるがまま、泡が弾ける様に散り踊れ! ド派手に咲きなぁ!」
 苦悶の表情を浮かべた男が夜魅に蔦を伸ばそうとするが、爽が操作した改造スマートフォンを突き付けると、宙に蒼く輝く電子の花火が起こり男を撃つ。
 その攻撃に尻もちを着く様に倒れた男だったが、手を着いた瞬間、地面から飛び出る枝がケルベロス達を穿つ。
「押し切れそうなんじゃが小癪な手で返してきよる。まるで柳じゃな」
 丁度距離をとった所で枝の攻撃を受けなかった九尾が、男をそう評して剣斗と共に踊り掛った。

●力の末路
「くそっ……ケルベロスの力を侮り過ぎたか……」
 肩で息をする男は、口から黒い血と共に呪詛の言葉に吐く。
 その体にはケルベロス達によって幾重ものバッドステータスが刻まれており、特に多重に刻まれた石化は彼の動きに大きな影響を与えていた。
「俺が思うに、お前は人生全てを侮り過ぎてると思うぜ? だから……そのまま電磁波喰らってバグっちまえや」
 その独白にやれやれというゼスチャーで応じた爽が、スマホを突き付け洗脳電波を飛ばすと、男も地面に手を着き地から伸びる枝で攻撃しようとするが、石化の影響か枝が出てこない。
「バカ……な……」
「世の中バカな事だらけだぜ、今頃気づいたのか?」
 眼を見開く男に押し当てた夜魅の掌から、男の体内に螺旋の力が広がる。
「くっ……」
「逃がさないのよ」
 掌を押し当てられた箇所を押さえ跳び退こうとする男の体を『何か』が掴む。
 護符を胸の前にかざしたシルキーの禁縄禁縛呪が、男を縛って動きを阻害したのだ。そこに一気に距離を詰め、
「鍵はここに。時の円環を砕いて、厄災よ……集え」
 トエルが抜いた髪を宙で回すと、虚空より出でた茨が男の体に無数の傷を刻んで出血を強い、
「星喰さんいきますよ」
「おうおう剣斗よ、冥土の土産にとくと御覧じろじゃな」
 剣斗と九尾が掌を向けると2体の幻影ドラゴンが現れブレスを吐く。2条のブレスが交わり、男の体に強かに叩きつけられると、蓄積されたダメージもあり男はふらつく様に蹈鞴を踏。
「冬馬さん、敵の右手を引き付けて下さい」
「承知です」
 の花緑青の瞳を向けたエヴァンジェリンの言葉に、ことさら隙を作って距離を詰めた冬馬を薙ぐ様に、植物化した右腕を振るう男。腕を振るう事でがら空きになった右胸に、
「エヴァンジェリン。悪夢の花の、オラトリオの名、地獄に落ちても、覚えておいて」
「がっ……」
 エヴァンジェリンの破鎧衝の一撃がその右胸に叩き込まれ、男は地面を手を着き距離を詰めたケルベロス達を撃とうとするが……またしても枝が出てこない。
「力は制御できなきゃ、ただの暴力だ。仮初の力はいざという時に使い物にならない事がわかったろ? シメはこいつだ、目を覚ませ!」
 矜棲が放つ衝撃波をぶつけて加速した弾丸が、男の眉間を撃ち抜いた。
「……しょせん俺は……この程度……か……」
 虚ろな瞳を虚空に向けそう呟いた男は、仰向けに倒れて地面にその身を投げ出し動かなくなったのだった。

「ま、こんなもんじゃろう」
「ヒールは……無駄だな」
 九尾が身に纏った紅い妖気が消えると、こときれた男を見下ろし矜棲が呟く。
「他の奴らは逃げ散った様だぜ……しっかし、慣れない事するもんじゃねぇ、すっげ疲れた……」
「他に攻性植物の果実を手に入れた人が、居なければいいのだけど……」
 扉の外を確認した爽が伸びをしながら告げると、トエルが扉に視線を向けそう返す。
「大きな怪我を、負った人が出なかったのは、何よりだわ」
(「……デウスエクスの奴らを、こうして一つ一つ斬り捨てていけば……そうすれば、あの子は……また笑ってくれるのだろうか」)
 大きく息を吐いたエヴァンジェリンがぽつぽつと呟く前で、瞳を閉じた剣斗の瞼の裏には、一人のシャドウエルフの女性が悲しげな瞳で彼を見つめていた。
「さて、やるべき事はやったし帰るか。お前も変な奴に気を付けて帰れよ」
「……」
 夜魅がふざけてシルキーのお尻を一撫でするが、シルキーは完全に無反応でスタスタと歩き出す。
「いや、なんか反応してくれよ………」
 シルキーに続く仲間達を追い、夜魅は最後に廃工場を出るのだった。

作者:刑部 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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