湯けむり美人OL吸血事件 アブの牙は血の香り

作者:蘇我真

 硫黄の匂いが香る山岳地帯。そこに2体のローカストがいた。
「今までの皆さんは、あまり上手くグラビティ・チェインを奪うことができませんでした」
 上半身が人間の女性、下半身が蜘蛛型のローカストが、もう1体の知性のないローカスト、その場に浮遊している、人間ほどの大きさのアブへと話しかける。
「あなたの牙なら、その役目を効率良く行うことができますね?」
 その語り口はたおやかで、優雅さすら感じさせる。
「血と共に、グラビティ・チェインを吸いつくしなさい」
 しかし、その目は内に秘めた残虐性を示すかのようにぎらぎらと光っていた。

 それからしばらくして。その場から少し行った先にある、秘湯と呼ばれる露天風呂にやってきた人影があった。
「~♪」
 鼻歌を唄いながら衣服を脱ぎ、生まれたままの姿で湯船へと向かう女性。
 そこへ、巨大アブのローカストが襲い掛かる。
「えっ――」
 露わになった女性の素肌へ、巨大アブの牙が突き刺さった。

●湯けむり美人OL吸血事件 アブの牙は血の香り
「温泉はいいものだな。馬も怪我をしたときは温泉に入って傷を癒すんだ」
 星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)は温泉へと思いを馳せかけ、気を取り直したかのように話を本筋へと戻した。
「さて……女郎蜘蛛型のローカストが、動きを見せている。彼女の名は『ネフィリア』……上品な立ち振る舞いと、それに見合わぬ凶暴さを秘めた個体らしい」
 餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298)の調査により判明したこのローカストは、知性の低いローカストを地球に送り込み、グラビティ・チェインの収奪を行う作戦の指揮を執っている。
「今までも知性の低いローカストを放って人を襲わせ、グラビティ・チェインを収奪しようとしていたが、これまでのやり方だとローカストがすぐに我々に倒されてしまい効率が悪かった……」
 そこで、と瞬は一度言葉を切る。
「なので今回はお偉方が本腰を入れて直接指揮を執るようにしたわけだな。放たれているローカストは知性が低い分、戦闘能力に優れた個体が多いようだ。戦うときは注意が必要だろう」
 続いて、瞬は巨大アブの襲撃があった周辺地図をタブレットの画面に映して皆へと説明する。
「事件が起こった場所は山岳地帯。馬の背のようになって箇所を超えた先の温泉、柵で区分けされた女湯のほうだ。被害者はミーコ。有給休暇をとっての温泉めぐりが趣味のOLらしい。ひとりで温泉に入るべく裸になったところを狙われた」
 血を吸うアブにとって、人間が裸で無防備になった瞬間は絶好のチャンスだろう。
「ローカストは、グラビティ・チェインをゆっくり吸収する為、ミーコがすぐ死ぬことはない。とはいえ、そのままにもしておけない」
 巨大アブはアルミの牙で敵を食い破り、アルミを注入したりしてくることが予想される。
 また常に浮遊しているが飛行能力はそれほど高くなく、空を飛んで逃げる心配はないだろう。
「温泉は無料のようだから、倒した後はひとっ風呂浴びて行くのもいいかもしれないな」
 そう言って、瞬はケルベロスの皆への説明を締めくくるのだった。


参加者
ヴェルナー・ブラウン(オラトリオの鹵獲術士・e00155)
真暗・抱(究極寝具マクライダー・e00809)
リーズグリース・モラトリアス(怠惰なヒッキーエロドクター・e00926)
オーネスト・ドゥドゥ(アーリーグレイブ・e02377)
妻良・賢穂(自称主婦・e04869)
樒・レン(夜鳴鶯・e05621)
ケドウィン・アルカニクス(劇場の怪人を演じる地獄の番犬・e12510)
篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)

■リプレイ

●秘湯目指して
「山のぼりも楽しいね」
 馬の背を分け入るようにして山を登っていくケルベロス達。その先頭にヴェルナー・ブラウン(オラトリオの鹵獲術士・e00155)がいた。
 登山感覚で雄大な自然を見下ろし、その風景を楽しんでいるようだ。
「でも、さすがにちょっと疲れてきましたわ。よっこらしょ……」
 腰に自身の手を添えながらえっちらおっちらと歩んでいるのは妻良・賢穂(自称主婦・e04869)だ。
 割烹着を身に纏った姿はステレオタイプな主婦に見える。ここが登山道ということさえ忘れてしまえばの話だが。
「話には聞いていましたが、随分と山の上にあるんですね」
 そうひとりごちるのは篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)だ。ケルベロスコートを羽織り、強い風から身体を守る。
「こうして行くのに苦労する分、温泉が気持ち良く感じるものよ」
 リーズグリース・モラトリアス(怠惰なヒッキーエロドクター・e00926)の言葉にオーネスト・ドゥドゥ(アーリーグレイブ・e02377)も首をブンブンと縦に振って同意する。
「そーそー、そうして頑張った後は開放的な雰囲気になるし、ぜひ目の保養をさせてほしいもんだぜ!」
 オーネストの視線はリーズグリースの豊満なバストへ釘づけになっている。完璧なエロ目線だがリーズグリースもサキュバスだけあってそれほど気にしていないようだ。
「そういうものですか……そちらは、体力とか大丈夫っすか?」
 佐久弥が水を向けたのは男3人だ。
「特に問題……ありません」
 真暗・抱(究極寝具マクライダー・e00809)は口数少なめに、そう答える。
 三白眼を山の頂に向けたまま、黙々と歩を進めていた。
「俺も問題ない。日々、鍛練をしているのでな。このような風光明媚な修験道もたまには良いものだ」
 忍装束姿の樒・レン(夜鳴鶯・e05621)も、表情ひとつ変えずに山を登っていく。
「麗しき乙女の柔肌を守る為ならば、どのような艱難辛苦も乗り越えよう。さすれば私の赤心を知ったクリスティーヌも安心して私との沐浴を快諾してくれるというものだ」
 オペラ座の怪人のマスクで顔の右半分を隠したケドウィン・アルカニクス(劇場の怪人を演じる地獄の番犬・e12510)は芝居がかった口調で答える。
「そ、そっすか……」
 口数が少ない男、忍者、話が微妙に噛みあわないオペラ座の怪人。男3人はそれぞれ会話が膨らまなかった。
「いやー到着したらさっさとミーコちゃん救って、秘湯でひとっ風呂といきたいぜ!」
「ははは、ノゾキは厳禁だぞ」
「大丈夫、正々堂々と入りに行くから!」
 その中で空気も気にせずレンに絡んでいくオーネストを見て、すごいコミュ力だと佐久弥は内心舌を巻くのだった。
「ねえねえ、あれだよね?」
 先頭のヴェルナーが道の先を指さす。
 ひときわ濃い湯気に包まれた掘っ建て小屋。『入浴料無料』と書かれた立札。決戦が、いよいよ始まろうとしていた。

●秘湯地獄めぐり
 秘湯の女湯。裸のまま倒れて気絶しているミーコ。その肢体から血とグラビティ・チェインをゆっくりと吸収しようとしている巨大アブ。
 その目論見は、闖入者たちの出現によって潰える事となる。
「そこまでだ!」
 ケドウィンだ。
「これも、クリスティーヌに愛されるため……愛しの君といつか一緒に温泉に入るため……あぁ! クリスティーヌ!」
 ブラックスライムをマント状にして纏ったスタイリッシュモードで巨大アブの目をくぎ付けにする。
「ミーコ! 俺が今助けるぜ!」
 オーネストはオーネストで、素っ裸で倒れたままのミーコに目がくぎ付けだった。
「はいはい、ミーコさんは私が助けますから、見ないであげてください」
 賢穂は笑顔のままオーネストの耳を引っ張ると、無理やり別の方向を向かせる。
「す、すんません」
 賢穂の醸し出すおかんオーラにはさしものオーネストも逆らえなかった。
「ブブブブブ!!」
 巨大アブは寸劇など気にせず、ミーコから離れてやってきたケルベロス達へと向かっていく。
 どうやら先にケルベロスを片づけてからゆっくりと食事をとるつもりのようだ。
「ただの害虫なら……心置きなく、相手できます……」
 抱は光り輝く左手で巨大アブを引き寄せる。
「駆除します……!」
「ブブッ!?」
 引き寄せられてから、闇の右手の一撃を、しかし巨大アブはそのアルミでコーティングされた口で受け止める。
(「捕まったのは……こっち……!?」)
 強靭な顎が抱の拳を砕こうとする。
「しゃがんでっ!!」
「……ッ!!」
 背後からの声に、抱はとっさに前へとすべりこむ。滑りやすい風呂場の足場を利用して、巨大アブの股下をスライディングの要領で通り抜けた。
 その直後、巨大アブの顔面に竜の炎が炸裂する。ヴェルナーのドラゴニックミラージュだ。開いた口が抱の右手を離し、抱は完全に自由となる。
「助かりました……」
「お互い様! こっちも敵の動き方、教えてもらったからね!」
 ヴェルナーは応えながら、ミーコや賢穂を守れるよう、射線を遮るように移動する。
「今のうちに……よしっ!」
 戦闘中、裏に回った賢穂は裸のミーコを抱きかかえて回収する。ミーコに言葉とバスタオルをかけ、戦場から離脱して安全圏まで避難させようとする賢穂。
「救出成功ですわ。もう少し待っていてくださいね」
「ブブブッ! ブブブブブッ!!」
 巨大アブは怒るように自身の羽根をすり合わせる。その周波数は破壊的な音波となって周囲のケルベロス達へと襲い掛かった。
「光は音より速い……障壁を展開する、ね」
 音の波が届くよりも速く、雷の壁がケルベロス達を守る。
 ライトニングウォールで前衛のケルベロス達が催眠状態に陥るのをリーズグリースが防いだのだ。
「ひどい雑音だ……!」
 佐久弥をはじめ、前衛は破壊的な威力に顔をしかめるものの催眠に陥る者はいなかった。
「くっ……俺達はともかく、一般人の婦女子が攻撃を受けるのはまずい!」
 レンは両手で印を結ぶと、木の葉の竜巻を生み出した。ステルスリーフがミーコの身体を覆い隠す。
「絶対領域ってやつだ、おまえも好きだろ?」
 更にそこへオーネストのスターサンクチュアリも飛んだ。前衛に更なる耐性を与えると共に、その傷ついた肉体も即座に回復させていく。
「よくもやったな!!」
 お返しにとばかりに、佐久弥が鉄塊剣を振るう。
 炎を纏った一撃が巨大アブの羽根をかすめ、その身を焦がしていく。
「ブブブブッ!!」
 音波ではすぐに回復されてしまいラチが明かないと判断したのだろう、巨大アブはそのアルミの牙をオーネストへと向けた。
「どうせモテるなら女の子にモテたいところだけどよ……!」
 来いよ、とばかりに巨大アブに向けて手招きするオーネスト。
「……う、ぐっ!!」
 巨大アブは誘いに乗るかのように、その牙をオーネストの腕へと突き刺した。アルミを注入され、バトルオーラに包まれていた片腕が拳のほうから徐々に石化していく。
「……この距離なら、外さねえよなぁ?」
 オーネストは不敵に笑う。空いた手に、破壊の力を纏わせる。
「おりゃあっ!」
 炸裂音。片腕を犠牲にしてどてっぱらに一撃を当てた。巨大アブの身体が傾ぐ。
「そのパターンはさっきも見たよ!」
 ヴェルナーの縄がその身体を縛り。レンがまた印を結ぶ。
「オーネスト、いい事を教えてやろう。血を吸うアブはメスだ」
「マジか……んなこと言われても複雑だ」
「心の傷はともかく、身体の傷は癒してやる」
 木の葉の竜巻がオーネストを癒していく。
「人の命を奪うことの重大さも、定命の魂がグラビティ・チェインを秘める意味も知らず、只々命じられたままとは哀れな……」
 全てのダメージを、レンによりほぼ完封される巨大アブ。
 好機と見たケドウィンも動く。
「我が同胞よ、『真の』人殺しを捕えろ」
 その言の葉へ応えるように、マント状にしていたブラックスライムが霧状に前衛の味方へと散布された。
「これは……」
 佐久弥の周囲に撒かれたブラックスライムは、彼の意思をくみ取るようにその姿を炎へと変えた。
「なるほど……はぁっ……」
 佐久弥は一度大きく息を吐く。大きく息を吸うためだ。
「空気混合開始――燃焼最大」
 深呼吸し、心臓の地獄の炎と、霧状のブラックスライムを同時に取り込み――吐き出した。
 掛け合わされたブレスが、巨大アブを焼いていく。その熱は計り知れず、アルミの牙も装甲も全てを融解させていく。
「俺の地獄も味わってくれよ!」
 発火溶融熱線に、新たな焔が加わる。
「一緒に地獄に堕ちようぜ?」
 オーネストの炎だ。デウスエクスの魂を地獄の焔として叩き込む。そこにブラックスライムの炎も加わって……巨大アブは、灰燼に帰した。

●戦いのあと
「良い景色だね~!」
 露天風呂は男湯で、ヴェルナーは外に見える雄大な景色と夕暮れを一望していた。
「今回は変身しなくて、良かった……流石に抱き枕カバーが濡れたら……うん」
 抱は無事に戦いが終わったことを安堵し、ひとつ息を吐く。
「はぁ……今回は餓鬼堂さんに手がかりを報告できなかったなあ」
 一方、佐久弥は顔まで湯につかりそうな勢いだった。
「ははは、勢いよく燃やしすぎたな」
 レンの言う通り、巨大アブは地獄の炎でほとんど消し炭になっていた。一応しかるべき機関に鑑定へまわすつもりだが、あまり期待はできないだろう。
「これにて、一件落着。愛しの君と温泉に入れる日は近い……」
 周囲をヒールしていたケドウィンは、満足しように湯船へと浸かる。その身体のあちこちに出来た傷を見て驚くヴェルナー、
「その身体、大丈夫……だよね?」
「……ああ」
 かつて奴隷時代に出来たものだろうが、ケドウィンは多くを語らない。
「傷……か」
 抱も何かを感じたかのように、呟く。
「俺も傷……っていうか、錆びそうっす」
 苦笑する佐久弥。共に死線を潜り抜けたからか、それとも裸の付き合いをしているからだろうか……登山中に感じた絡みづらさはいくらか和らいでいるような気がした。
「さーて、ノゾいちゃおうかな!」
「だからノゾキは厳禁だと言っただろう」
 酒を一杯やりながら女湯に向けて軽口を叩いているオーネストに、軽く注意するだけのレン。
 女性陣へ混浴を誘って断られた彼が本気でノゾくつもりがないのをなんとなく察していた。
「もしノゾいたら……わかっていますわね?」
 一方、女湯からは賢穂のにこやか、かつ恐ろしい声が返ってくる。
「ミーコは、大丈夫そう?」
 リーズグリースは、賢穂の隣で入浴中のミーコへと話しかけた。
「はい……びっくりしましたけど、みなさんのおかげで助かりました」
 ミーコは男湯まで届く音量で、改めて感謝の言葉を述べる。
「折角の休暇でローカストに襲われるとは不運でしたね……」
 同情する賢穂に、ミーコも苦笑で応える。
「休まるかは兎も角、我々も居りますしゆっくりされてくださいな」
「はい、ありがとうございます」
 リーズグリースは湯の中、背中を岩場に寄りかからせて大きく息をつく。
「んん、良いお湯、ね。頑張ったかいがあった、ね……」
 目を閉じ、秘湯を全身で堪能する。心地良いまどろみの中、一行は戦いの疲れを癒すのだった。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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