本当の寒さ

作者:そらばる

●怪魚とシスター
 人けのない、深夜の山中。
 草木も眠る闇の中、日中と変わらぬ水量を噴き出す滝の袂に、ひっそりと、一人の女が現れる。
「あら……こんなところでも、ケルベロスとデウスエクスが戦いの因縁を結んだのね。殺された瞬間の恨み、さぞや甘美なものでしょう」
 宵闇に紛れる黒を纏う姿は、一見すれば清楚な修道女。しかし、他者の『死』に思い馳せるその表情は、恍惚そのもの。
 名を、ネクロム。因縁を喰らう死神である。
「あなたたち、折角だから、彼を回収してくださらない? きっと素敵なことになるわ」
 背後に控える巨大な怪魚達に、女は命じた。
 青白く発光する三体の怪魚は、物言わず宙を泳ぎ回った。その軌跡が、魔法陣の如き図形を描き出すと、召喚が始まった。
 図形の中心に佇むのは、鳥類の特徴色濃く、さらに筋骨を強化された様子の、ビルシャナだった。
「さ……ム……い……」
 言語として聞き取れたのは、そこまで。
 後は、耳をつんざくような獣の咆哮が、山中の静寂をかき乱した。

●引きずり出される死者
「こたびは死神、そして死後をサルベージされたビルシャナの一件でございます」
 戸賀・鬼灯(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0096)は語る。
 女性型死神『因縁を喰らうネクロム』――アギト・ディアブロッサ(終極因子・e00269)の宿敵が、積極的なサルベージ活動に、自ら乗り出したようだ。
 散発的に発生していた深海魚型死神によるサルベージは、どうやらネクロムの指揮において行われていたようだ。命令の内容は『ケルベロスによって殺されたデウスエクスの残滓を集め、その残滓に死神の力を注いで変異強化した上でサルベージし、戦力として持ち帰る』というものと考えられる。
「ネクロムによるサルベージ作戦を阻止するため、皆様のご尽力をお願い申し上げます」
 当のビルシャナについて、調査を行ったラティエル・シュルツ(星詠みの蒼きリコリス・e15745)が語る。
「現場は山中の滝壺だよ。前にビルシャナが一羽、『氷点下にもならないのに寒いって言う奴絶許!』って叫びながら滝に打たれてたんだけど……うんまあ意味わからないと思うけど、実際そういうのがいたの」
 あの場所でサルベージされるとしたら、十中八九そのビルシャナに間違いないだろうとラティエルは断言し、鬼灯も同意する。
「サルベージされたビルシャナは、変異強化を施されており、知性を失った状態にあります。姿も、平常のビルシャナよりも、より野性的に変貌していることでしょう」
 ……相変わらず褌一丁のようですが、とは、余談である。
 攻撃手段は生前と同じく八寒氷輪、ビルシャナ閃光、浄罪の鐘となる。強化されているため、侮れない相手となるだろう。
 また、配下として三体の怪魚型死神を連れている。これらは『噛み付く』のを主体に攻撃してくるが、大した敵ではない。
 深夜の山中とあって、入山規制をするまでもなく、周囲に人はいない。存分に戦えるはずだ。
「生前の振る舞いはさておき、もとを正せば彼のビルシャナも人が姿を変えたもの。死者を愚弄し辱める行為を、むざむざ看過できるものではございません。死神の企みの確実な阻止を、お願いいたします」
 鬼灯はそう結び、丁寧に腰を折った。


参加者
鷺宮・晃士(地球人の刀剣士・e01534)
弘前・仁王(龍の拳士・e02120)
夜刀神・罪剱(影星・e02878)
北十字・銀河(オリオン座に憧れて・e04702)
キーリア・スコティニャ(老害童子・e04853)
ジェス・シーグラム(シャドウワーカー・e11559)
ラティエル・シュルツ(星詠みの蒼きリコリス・e15745)
アークトゥルス・ラクテア(コッコ村のプリンの騎士・e22802)

■リプレイ

●望まぬ復活
 しんしんと、骨身に寒さの染みる夜だった。絶え間ない滝の音が、さらに身震いを誘う。
 そして、ビルシャナを侵食するのは、死の寒さ。
「さ……ム……い……」
 辛うじて人らしさを残した呟きを絞り出した、その瞬間。
 突如、いくつもの光がその場に生まれ、おぼろな暗闇を容赦なく射抜いた。
 ビルシャナは生前の慣習に従って、鉤爪状の手で視界を庇いながら、うぐるる……と低く喉を振動させた。
 煌々とした数多の光に包囲され、ビルシャナの姿が浮かび上がる。
 戦傷だらけのくたびれきった肉体はそのままに、無理矢理に筋骨だけを発達させたような、歪な姿をしていた。通常のビルシャナよりも、猛禽類のような野性味が強い。
 各々身に着けた携帯用の光源で、ビルシャナの憐れな有様を確認したケルベロス達は、眉をひそめた。
「あーあ……」
 とりわけ、ラティエル・シュルツ(星詠みの蒼きリコリス・e15745)の心境は複雑だった。敵の下半身に取り残されている褌が、間違いなく、面識のあるビルシャナであることを証明している。
 配下を失い、ケルベロスに倒され、死神による再利用……まさに踏んだり蹴ったりである。
「まったく、眠りについていたところを勝手に起こされて、いい迷惑だろうに」
 鷺宮・晃士(地球人の刀剣士・e01534)はぼやきつつ、手持ちのスティックライトをかしこにばら撒いた。
「……死を侮辱する事は許せないな」
 同じくスティックライトを撒きながら、端的に呟く夜刀神・罪剱(影星・e02878)。
「死者のサルベージ、させる訳にはいきません」
 弘前・仁王(龍の拳士・e02120)の呟きは静かに、しかし力強い。直近に戦ったデウスエクスもまた、ネクロムの犠牲者だったのだ。相棒のボクスドラゴンも、主人の気迫に同調するように、静かな怒りを漲らせて見える。
「過去に敗れたデウスエクスを己の戦力に……。ヴァルキュリアが人の魂をエインヘリアルへ導くのと同じことなのかもしれませんが、死神の所業はただの死者の冒涜。かつての敵といえど、見過ごすわけにはいきませんね」
 アークトゥルス・ラクテア(コッコ村のプリンの騎士・e22802)は義心に燃える。人けのない深夜、意思さえ奪われ、ただ利用するためだけに蘇らせられる……敵ながら不憫でならない。
 であればこそ、捨て置けぬ。
「哀れな姿だな。もう一度俺達で眠らせてやる」
 北十字・銀河(オリオン座に憧れて・e04702)は決然と宣言した。自分の手を汚さず、眠りにつきかけた魂を理不尽に揺り起こし操る、死神に対する嫌悪は深い。
「準備完了です」
 戦場に満遍なくスティックライトが撒かれたのを確認し、ジェス・シーグラム(シャドウワーカー・e11559)が皆に声を掛ける。
 明るさを重視した白色の光源が、足元からビルシャナを照らし出してくれる。これで、余程の事がなければ、敵味方双方が相手を見失うことはないだろう。
「まブ……シイ……い・タ……い」
 ビルシャナが目を庇うのをやめ、おぼろげに呟く。
 その周囲を巡るように泳いでいた怪魚達は、召喚陣を収束させつつ、ビルシャナを背に庇う形で陣形についていく。
 無数の凶暴な牙が、確かな敵意を宿して、ケルベロス達へと剥かれた。
「それでは覚悟してもらうのじゃ」
 キーリア・スコティニャ(老害童子・e04853)は、幼い顔立ちに似合わぬ老練とした笑みを浮かべ、飄々と構えをとる。
「ぃぃい――イタァイ」
 ビルシャナの言葉を聞き分けられたのは、そこまで。
 眩しさのもたらす痛みに、発狂じみた咆哮が解き放たれた。

●ダンス・ウィズ・フィッシュ
 光には光を。ビルシャナの破壊の光が一閃した。
 圧倒され、瞬時に退く前衛に、三匹の深海魚型死神が文字通り食らいつく。が、牙はほとんど通らない。
「甘いですよっ。この身に宿るは戦場の力!」
 仁王は食いついた怪魚を掃うように腕を振ると、わずかな痛みを無視して、構わず前衛に強化を施す。
「こんな夜中にご苦労な事だが、やらせはしないぜ!」
 晃士も同じく怪魚を振り払うと、ドローンを飛ばし、陣営を固めていく。
「ほぅれ、泳いでみるがよい。出来るものならのぅ」
 キーリアはお返しとばかりに、空中に破壊の津波を呼び寄せた。怪魚達は逃げ場もなく巻き込まれ、自由を奪われていく。
「……空波!」
 丁寧な物腰から一転、ジェスは感情を消し、最適の立ち回りと最小限の動作で虚空に衝撃波を放つ。
 脳髄を揺さぶられた怪魚達の泳ぎがぶれる。うち一匹は、弱った金魚のように横腹を見せてぷかりと上昇した後、はっと我に返って陣形に戻った。
「……あれを残すか」
 まんまと催眠の虜となった一匹を避けて、罪剱は別の個体に破鎧衝を叩き込んだ。続くラティエルの熾炎業炎砲、アークトゥルスのミラージュキマイラと、集中砲火を浴びせ、瞬く間に追い詰めていく。
「まずはお前だ!」
 さらに銀河の絶空斬が決まり、怪魚は腹を見せて宙にのけ反りながら、青白い粒子となって消えていった。
 手堅く陣営を整え、どっしり構えて敵と対するケルベロス達は、危なげなく深海魚型死神を『処理』していく。生前以上に威力を増したビルシャナの攻撃が最大の懸念ではあったが、凌ぐのは難しくなかった。
「二体目」
 機械的な呟きとともに、ジェスの黒影弾があっけなく二匹目の怪魚を葬り去った。
 これで三枚の盾のうち、二枚が失われた。ケルベロス達の戦意の矛先が、急激にビルシャナへと殺到する。
 皮肉な事に、真っ先にビルシャナに噛み付いたのは、催眠にかかった怪魚だった。
「グガァッ!?」
 唐突な殺気の集中砲火と激痛に、ビルシャナは反射的に巨大な氷輪を形成し始めながら、肩に食らいつく怪魚をむしり取る。
 わずかにまごついた、その隙を狙い澄まして、銀河はサイコフォースを狙い撃った。
「甘いな、そう簡単に仲間を傷つかせはしないぜ?」
「ガァ……ッ」
 機先を制され、威力を一段落とした八寒氷輪がケルベロス達を薙ぐ。強化を受けた後衛は、十分にこれに堪えた。
「いつまでも寒さに未練残してないで、もう一回、今度は覚めない眠りにつくといいよ」
 ラティエルは容赦なく時空凍結弾をお返しする。気の毒だとは思っているが、手を抜く気など毛頭ない。むしろ、二度と目覚めぬよう引導を渡してやらなくては、と意気込んでいる。
 サイコフォースを中心とした遠距離攻撃が、ビルシャナを牽制していく。
 正気に戻った怪魚がその周囲を泳ぎ回り、回復を試みるも、焼け石に水。
「この一刀で……斬り捨てる!」
 晃士の絶空斬に斬り払われ、最後の一匹も粒子となってほどけていった。

●本能のままに
 今のビルシャナに状況を認識する知性はない。しかし、本能はより研ぎ澄まされている。
 盾となる配下を奪われ、一人きり敵のただ中。確定的な生命の危機は、おぼろげだったビルシャナの殺意を、確固としたものへ凝縮していく。
 対する敵が戦意のギアを一段上げたのを、ケルベロス達ははっきりと感じた。
「……面倒だな、さっさと終わらせてやる」
 冷静沈着に立ち回りながらも、果敢に稲妻突きで斬り込む罪剱。
「意思あるからこそ力が伴う。意思を奪われ、ただ強化しただけの存在に我々が敗れることはないと、死神に示してやりましょう!」
 皆を鼓舞しながら、アークトゥルスも攻撃を撃ち込む。
 次々と寄越される高火力の攻撃を、ビルシャナは最少のダメージでいなしていった。野性的な身のこなしで、徐々に明るい戦場から離脱していこうとする。
 逃亡などの明確な意図があるようには見えない。暗がりを求めるのは、一種の本能なのだろう。
 しかし、それもケルベロス達の想定内だ。
「グゥ……!?」
 ビルシャナの腹部に電光石火の蹴りが打ち込まれた瞬間を、仲間達さえ捉え損ねた。暗がりと滝の音に紛れて接敵したジェスの、無言の旋刃脚は、まさに闇を切り裂く矢の如し。
 すかさず足を射抜いたのはペトリフィケイション。
「動くでない、大人しくしてもらうのじゃ」
 かか、と、いかにも老害じみて嗤うキーリア。
「お前の相手は俺達だぜ?」
 さらに銀河の飛ばした星霊同化が、敵の左足を切り裂く。
 ビルシャナの両足ともに、重さを増したかのように、目に見えて動きを鈍らせた。
 進退窮まったビルシャナは、ボロボロの尾を勢いよく揺らした。一打ちされた浄罪の鐘が、冷たい夜に低い振動の波紋を広げていく。
 散々に枷を付けられた攻撃は、すでに大した威力ではない。しかし付与される状態異常は馬鹿にならない。耳を塞ぎながら、仁王の判断は早かった。
「この……程度!」
 裂帛の気合がトラウマを吹き飛ばす。相棒のボクスドラゴンもまた仲間の回復に素早く動く。
「シャト、お願い!」
 ラティエルもサーヴァントに救援を託す。
 どうやら回復の手は間に合いそうだ、とキーリアは肩をすくめて、傍らのミミックにニヤリと笑いかけた。
「千罠箱よ、お主もどんどん暴れるといいのじゃ」

●死よ、永遠たれ
 ケルベロス達の攻撃は、一切の手抜かりも容赦もない。多少火力を削いでも防護に重点を置いた陣は、十全に機能し、瞬く間に敵を追い詰めた。
 傷だらけのまま復活を果たしたビルシャナの肉体は、新たな戦傷に覆われ、夥しい状態異常に侵し尽くされている。憐れを誘う有様に、しかしケルベロス達は感傷を表さない。
「これぞ我が意思、我が刃っ」
 アークトゥルスが掲げるは信念の刃。圧縮された魔力の輝きが幻想の剣より放たれ、重い体でなんとか回避を取ろうとするビルシャナを、無慈悲に打ち据えた。
「おやすみなさい。もう二度と、誰も貴方の眠りを妨げませんように」
 ラティエルの呼び込んだ幻影の宇宙に、血の色をした彗星が流れ落ちる。
(「――今まで受けた痛みも辛さも挫折も、今なら分かる。全てが俺の糧に成っている――」)
 目まぐるしく様相を変えていく戦場の片隅で、罪剱は瞳を細める。過去の痛みを、なぞるように。
(「――そう、俺が受ける傷の分だけ俺の強さは増していく――」)
「これが嘗て生きていた英雄の力、その一端だ」
 苛烈な一撃がビルシャナの腕を裂いた。幾多もの羽根が、闇夜に舞い散る。
「今度も、阻止させてもらいますよ!」
 堂々、正面から殴り込んだ仁王の拳が、ビルシャナの顔面を打ち据え、魂を喰らう。
「もう一度……今度こそ、安らかに眠れ……!」
 晃士の極限にまで高めた精神集中が、敵の足元を爆砕する。
「死神の黒き野望、潰してみせる!」
 星辰を宿す銀河の二刀が、ビルシャナの胸部に十字を叩き込む。
 戦いに没頭し、たゆまず戦術を組み立てるジェスに、もはや言葉はない。最後に放った影の弾丸は、計算し尽くされた軌道を描いて、仲間達の刻み付けた傷跡に侵食した。
 ビルシャナが耐え難い痛みに絶叫する。痛覚も恐怖心も生前のまま、生存本能が容易い終焉を許さない。
 死してなお、蘇生されてなお、生にしがみつかずにはいられない。
「ふむ、中々手間が掛かるのぅ……じゃが」
 飄々とぼやくキーリアは、しかし誰より手早くケルベロスチェインを伸ばした。黒い鎖がビルシャナを絡めとり、全身に巻きつく。
「終いじゃ、眠るがよい……」
 鎖が集束し、急激に引き絞られる。
 ビルシャナの絶叫は、半ばで、永遠に途絶えた。

 手際よく刀を納め、晃士は晴れ晴れと、かき消えていくビルシャナを見やった。
「終わりっと……今度こそ、邪魔されずにゆっくり眠りな」
「……死ねとは言わない、安らかに眠れ」
 罪剱も静かに別れを告げると、淡々と踵を返した。
 その横で、銀河は小さく黙祷した。願うのは、死神の事件が一日も早く収束する事だ。
 若者達のそんな姿を遠目に見やり、キーリアは肩をすくめる。
「つくづく死神は好かぬのぅ」
 寒さに拘り、結果、死の寒さに囚われたビルシャナ。憐れは彼か、彼に心を砕く人々か。
「教義から解放されたら、もうじき来る暖かい春の陽だまりの中で、静かに眠ってね」
 アークトゥルスやジェスと協力して、散らばった光源の回収に勤しみながら、ラティエルはそっと白百合の花を手向けた。
 仁王はビルシャナの魂を取り込んだ己の拳を、複雑に見下ろした。降魔拳士の能力をもってしても、死神のサルベージは防げない。今回のビルシャナが死神に再利用されないとは、現状、断言できないのが現実だった。
「ネクロム……いつか必ず尻尾を掴んで見せます」
 苦くも堅い決意が、冷たい夜陰を震わせた。

作者:そらばる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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