美しき美術の世界

■リプレイ

●美しき美術の世界
　場所は美術大学。狙われるのは絵画専攻の人達の学ぶアトリエ。
　事前に学校側に事情を説明してアトリエを貸して貰う事になった。人払いを頼むと同時に、伝える事がもう一つある。
「後、作品の方も持って行ってくれよな。大事なこの世に一つしかない作品だ。何かあったら困るからな」
　絵描きをしている鷹野・慶（魔技の描き手・e08354）には、自らの作品の大切さは身に染みて分かっている。こればかりは、壊れても直す事なんて出来ないからだ。
　アトリエにはドリームイーターをおびき寄せる為に、画材等も借りている。
「後で、ゆっくり作品を見せて貰おうかな。私、絵画を見るのがとても好きだから」
　月織・宿利（ツクヨミ・e01366）は綺麗な物や骨董品、美術品が好きだ。絵描きの卵達の作品にも興味を惹かれる。
「風景カメラマンも芸術の一つだと思うの。写真も絵画も芸術よね。写真でしか出来ない事と絵画でしか出来ない事……上手く表現出来ると良いのだけれど」
　立花・彩月（刻を彩るカメラ女子・e07441）は、プロカメラマンを目指している。写真教室にも通っていて、愛機にもこだわりがある。道が違えど、美しいもの、心を表現するもの、他にも色々どこか絵画と繋がりがあるのだと、そう感じるのだ。
「あたし、絵画ってやったこと無いのよね。上手くできるかしら」
「僕も絵画はよくわからないけれど……」
　絵画の経験が無い汀・由以子（水隠る竜・e14708）とウェイン・デッカード（鋼鉄殲機・e22756）は若干の不安があるようだ。
「絵は楽しんで描く、で良いんじゃないかなあ。例えば一番好きな物とかでも良いと思うし」
「うんうん、あたしも見るのは嫌いじゃないけど、作るほうは素養がないし。でも、挑戦するのは楽しいから精一杯楽しもうよ」
「俺も苦手なのだが、描く事自体は嫌いではないしな」
　麗和・彰人（霊を愛した忘却剣士・e23676）とリルカ・リルカ（ストレイドッグ・e14497）、天目・宗玄（一目連・e18326）がフォローを入れた。三人とも余り絵が得意とは言えない。でも、それだからと言って嫌いでも無い。だから、描く事を楽しみたい。

　アトリエでは絵の挑戦が始まった。
「うーん、写真を似せようとして描くのは難しいものね」
　彩月は去年写した渓流の写真を見ながら描いている。スローシャッターで流れを表現した渓流を描ければ良いのだけれど。そんな事を思いながら。
「『考えるな。感じろ』。やっぱりそれが大事よね」
　彩月は再び写真のイメージを絵に出来るように筆を動かしていった。
　普段は油彩画を多く描いている慶の今日の挑戦は水彩画だ。モデルは彼のウイングキャットのユキ。光の加減で毛並みの色合いが違って見えるから描くのは楽しい。
「こ、こら。動くな、ユキ。お前が可愛いのは知っているけど、今はモデルなんだから、もっと可愛く描いてやれないだろ？」
　じっとしている事に飽きたのか、のんびりと動きだすユキに慶は慌てて声をかける。確かに相手が動物だから、じっとして貰う事は難しいのだけれど、出来るだけ可愛らしく描いてあげたいのが本音だ。
　ウェインが挑戦しているものは先程勧められた一番好きな物を描く事。彼の記憶領域にある、最も綺麗な記憶。
『窓際で子どもっぽく微笑む、黒い長髪の女性』
　それはウェインを助けてくれた女性。彼女を思いだすと、ふっと笑みが浮かんでくる。懐かしい思い出が蘇って来るから。
　彼の筆はとても綺麗に彼女を描きだす。優しい記憶が紡ぎだすように。
「うわ、キミの絵、凄く綺麗ね」
　果物の静物画に挑戦していた由以子はウェインの絵を見て、ため息を漏らす。
「そうかな？」
「うんうん。初めてなのよね？　同じ初めてでも、あたしとは雲泥の差だわ……。ねえ、描いているのをもうちょっと見ていても良い？　後、アドバイスとかあったら教えてほしいわ」
　既に由以子は投げ出しかけていたので、綺麗な絵を描いているウェインの絵を眺めている。
「う、うん。アドバイスは分からないけど、見ていて楽しいのなら……」
「大丈夫、構わないわ。キミの絵、とても思い入れが篭っているのが分かるから」
　感情の起伏が少ないウェインだが、由以子がにこにことそう言ってくれると、嬉しい気持ちがほんのり感じられた。由以子の嘘偽りの無い言葉が響いたのだと思う。
「う～ん……」
　彰人は自分の絵を見て唸っている。
「楽しく描いていたんだが……いや、今も楽しい事には間違いが無いんだけれど……」
「何々？　どうしたの？」
　彰人の絵をリルカが覗き込む。そこに描かれているのは何と表現していいのか分からない絵が出来ていた。
「どうした？」
　何だか沈黙が出ている二人に宗玄が声をかける。そして、彰人の絵を見て言葉に詰まった。
「……これは個性的な」
「そうだよね。芸術って個性の表現の一つだし」
「……まあ、楽しく描くのが一番って事かな！」
　宗玄、リルカ、彰人はそう言って、互いに頷き合っていた。実際、絵画というものは個性の表現方法の一つ。絵というものは、上手い下手だけでは表せないものがある。だから、上手に描こうとするよりも、描き手の気持ちが入っているものの方が良い。
　皆がそんなやり取りを繰り広げている頃、宿利は大きめの画集を眺めていた。絵画を見る事が好きな人は、周囲の音さえも聞こえなくなる位、ただ、その絵の世界に入り浸ってしまうものだ。
「……」
　言葉も無くなるくらい、宿利は画集の中の絵に吸い込まれていた。
　そんなアトリエの中に、パレット姿の奇妙なものが現れる。宗玄がそれに気が付き、皆に声をかけた。
「……現れたぞ」
「おいテメェ、人が気持ちよく絵描いてる時に邪魔すんじゃねぇ！」
　ユキを描く事にすっかり熱中していた慶は、びしっとドリームイーターに言い放つ。誘き寄せの筈が、絵を描く事にすり替わってしまっていたらしい。
「邪魔してくれた礼はしっかりしてもらうからな」
　不機嫌そうな慶の傍にユキが寄り添う。そして、彼の後ろではゴーストスケッチで絵の続きが続いていた。

●パレット型ドリームイーター
　まず、ケルベロス達はドリームイーターを取り囲むように動いてドリームイーターに逃げ場が無い様に陣を組む。
「ちょこまか動くなよ！」
「皆を護れ、紙兵！」
　慶が蔓草でドリームイーターを縛り上げている隙に、由以子が放つ紙兵が宿利達を包み込む。
「成親、サポートしてね」
　宿利は家族でもあるオルトロスの成親に声をかけ、それに成親も頷いた。宿利の炎を纏った蹴りと共に、成親もドリームイーターを燃え上がらせる。更に彩月がアームドフォートの主砲を一斉に発射させて動きを鈍らせた。
　ウェインが重い蹴りを放ち、続いて彰人が雷を纏った突きが襲う。
　ドリームイーターが放つモザイクが喰らいつくように影人を狙った。それを宗玄が庇い、カウンターで雷を放つ突きを繰り出す。
　リルカは自らの命中力を更に高め、主砲による一斉射撃を叩き込んだ。続いて、彩月は星の光でリルカ達を加護の光で包み込む。
「当たれ当たれ、多分当たるっ！！」
　リルカの長い砲身から砲弾がドリームイーターへと放たれる。更に宿利が冷気を纏った一撃を加えると、成親が切り裂いた。
　慶が漆黒の闇でドリームイーターを捉えた所で、ユキのリングが追撃する。更にウェインが続いて炎を纏った蹴りを放ち、彰人の刀がその傷を抉るように切り開いた。
　ドリームイーターがモザイクを放ち、ウェインを捉えようとしたが、宗玄がすぐに庇う。だが、今度の攻撃は宗玄の意識が判断力を奪っていく。それに気付いた彩月が癒しの力を送った。
　由以子は再び紙兵を宗玄達に放って加護の力を高め、宿利がドリームイーターの動きを奪う。そこにリルカは漆黒の弾丸をドリームイーターへ向かって放ち、慶も続いて重い一撃の蹴りを叩き込んだ。
　ウェインはリボルバー銃を構える。そこから放たれるのはオーラの弾丸。続けて宗玄もオーラの弾丸をお見舞いする。彰人はそこへ雷を纏う一撃を叩きつけた。
　彩月がドローンを飛ばして守りを固めた所に、ドリームイーターがモザイクを放ち由以子の動きを鈍らせた。だが、すぐに宗玄はオーラを放って、由以子の麻痺を癒す。
　リルカはドリームイーターへ砲台の標準を合わすと、一斉射撃を放ち、宿利は成親と共に炎の一撃を加えて燃え上がらせた。由以子はレーザーを放ち、宗玄は傷を更に広げていく。
「同調、開始」
　彰人本人すら分からない小声でそう呟き、冷たい表情そのままに冷酷に斬りつけた。
「君も、終わるときが来た」
　ウェインは銃による青い光で浮かび上がる十字架を目掛けて蹴りを叩き込み貫く。
　そして、最後に慶が不敵に笑う。
「その技、くれよ。もっと上手く使ってやるから」
　召喚した大型の絵筆はドリームイーターのモザイクを描き出す。そして、それを放った。
　自らのモザイクを模した攻撃により、ドリームイーターはそのまま崩れ落ち、消えていく。その消えゆく姿は、まるで綺麗な色彩を思わせる……そんな消え方だった。

●最後に
「色々壊れているな。分かりやすいものは直しやすいが」
「イーゼルも……壊れてるみたい」
「最初に写真を撮っておけば良かったかな？」
　宗玄や宿利、彩月達は壊れたものをヒールしていく。少し見慣れないものがあるので、その辺りは分かる人に聞きながら。
　ヒールが終わった所で、由以子が皆に提案した。
「ねえ、折角だから、描いていた絵を完成させない？」
「そういえば、あたしも途中だった。落書きレベルだけど、折角だし完成させたいよね」
「僕も完成させたいかな。思い入れもあるし」
　リルカとウェインが頷く。
「俺は描き直す。ゴーストスケッチに頼んだけど、ユキの仕上がりに納得出来ない……」
　仕上がった絵を見て残念そうな慶にユキが頬を擦り寄せて慰めているように見える。
「俺、今度はのびのびと描くよ。戦う心配が無いんだから緊張しないで楽しくね」
「皆が描くなら俺も、挑戦しようか」
　彰人と宗玄も同意する。
「わたしは絵を仕上げるのも良いけど、みんなが絵を描いている写真を撮るのも悪く無いかも。普段は風景が多いけど、写真も良い記念よね」
　彩月はカメラを構えて、微笑む。
「ふふ。じゃあ、私はみんなが仕上げていくのを見ていようかな。色々な絵を見る良い機会だもの」
　宿利はそう微笑み、こう付けくわえた。
「絵画を愛して、夢を追う人達が……ひとりでも多く、素敵な未来を描けるようになると、いいな」
「うん。自分でやることは難しいけど、できる人はすごいし出来たものはやはり凄いなって思うよ」
　リルカが同意し、皆にも笑顔が零れる。
　絵画を愛する人が、これからもずっと愛していけるように。そう願って。

作者：白鳥美鳥	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年3月22日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 3／感動した 0／素敵だった 4／キャラが大事にされていた 0
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