椿姫奇譚

作者:秋月諒

●マサクゥルサーカス団参上
「さあさあ、我ら『マサクゥルサーカス団』のオンステージだ!」
 深き夜の底に、上機嫌な声が混ざった。ひら、はらと落ちる五色椿の花びらを踏みしめて、時に蹴り上げ夜の冷えた風を纏って謳うは蛾の羽を生やした死神であった。
「それでは君達、後は頼んだよ。君達が新入りを連れて来たら、パーティを始めよう!」
 コン、と高く足音が響く。深夜の交差点に放たれるのは3体の青白く発光する怪魚であった。
 死者の魚は浮遊する。
 その軌跡がやがてゆるりと魔法陣のように浮かび上がるとーーその中心に「それ」は現れた。
「あぁ……」
 溶ける暗闇によく似た黒髪を靡かせ、和服に身を包んだ女は声を漏らす。だがその顔は螺旋をモチーフにした模様の仮面に覆われ伺えない。それは死した螺旋忍軍が呼び起こされた姿。攻性植物の纏う腕は肥大化し、その背にを貫き生えた白く美しい椿を背負う。
「あはははははは……!」
 その身に、その声に。
 最早知性など感じられない。ただただ欲するのは殺戮のすべて。

●椿姫奇譚
「皆様、お疲れ様です。来てくださってありがとうございます」
 レイリ・フォルティカロ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0114)はそう言うと、ヘリポートに集まったケルベロス達を見た。
「既に話をお聴きの方もいるかもしれませんが、蛾のような姿をした死神が、動きを見せているようです」
 この死神は第二次侵略期以前に死亡したデウスエクスをサルベージする作戦の指揮を執っているらしい。
「死神は配下である魚型の死神を放って変異強化とサルベージを行わせ、死んだデウスエクスを死神の勢力に取り込もうとしています」
 こうすることで、戦力を増やそうとしているのかもしれない。
「見逃すことはできません。戦力増強を防ぐためーーそして、サルベージされたデウスエクスに終わりを告げるため、皆さまの力を貸してください」
 サルベージされたのは、螺旋忍軍一体だ。椿の花が咲く攻性植物に片腕を覆われ、その背には花を咲かせている。
「変異強化されたデウスエクスは知性を失った状態です」
 戦いを望み、近距離での戦いを特に望む。怪魚型の死神と連携した攻撃も行ってくるので注意が必要だろう。
「怪魚型死神は、『噛み付く』ことで攻撃してきます。数は3体。他に回復や遠距離からの攻撃手段を持っています」
 現場に出向くるのは夜になる。明かりについては戦場となるロータリーの照明があるから問題はないだろう。
「ロータリーの中央には五色椿が咲いているんです。この時期は見頃だそうです。避難の指示はお任せください」
 近づいてくる人もいないように、連絡をしておくとレイリは言った。
「団長本人と、今回戦うことはできないでしょう。まずは、目の前サルベージされた螺旋忍軍と怪魚の対処をお願い致します」
「最後まで聞いていただき、ありがとうございました」
 そう言って、レイリは真っ直ぐにケルベロス達を見た。
「止めましょう。死したデウスエクスを復活させ、更なる悪事を働かせようなんて、放ってはおけません」
 変異強化させられたダモクレスには知性さえない。
「もう、終わりにしましょう。では行きましょう。皆様に幸運を」


参加者
月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)
和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)
卯京・若雪(花雪・e01967)
白城・想慈(飛燕閃舞・e02717)
儀竜・焔羅(咆撃要塞・e04660)
草間・影士(焔拳・e05971)
四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)
泉宮・千里(孤月・e12987)

■リプレイ

●曇天の星空に
 空に、星は無かった。
 夜の曇天に、月明かりさえ遠い。煌々と照らす明かりは、深い夜にぽっかりと浮かぶように舞台を描き出していた。傍には、五色椿。鮮やかな色彩を身に宿す姫君を視界に、トン、と音もなく、静かに少女は足を進めーー目を、開く。
 瞬間、空気が変わった。
 放たれた殺気が、街中の空気を変える。髪を靡かせ月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)は傍にオルトロス・リキが立った。鼻先を上げる姿に朔耶は闇夜に手を伸ばす。白いコキンメフクロウが杖となって、手の中に降りた。
 用意した洋燈を手に、儀竜・焔羅(咆撃要塞・e04660)は僅かに眉を寄せる。
「今回は死神関連の依頼、か。サルベージ……か。だが、キリが無いとも言っていられない。今は、目の前の事に対処していくしかないか」
 そう言ったのは夜の舞台に見つけた色があったからだ。青白い魚。空を泳ぐ死神の魚は呼び出した「もの」と共にいた。
「あは。ははは」
 影のようにゆらり、と立ったのは死神によってサルベージされた螺旋忍軍の女であった。狂ったように笑うその姿は凡そ知性など感じさせない。
(「マサクゥルサーカス団……ね……私が追っている死神とは関係なさそうだけど……その企みは断ち切ろう……」)
 四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)は、すぅ、と息を吸う。
 闇夜の空気が変わる。狂ったような笑い声が消えーーいや、止めたのかと白城・想慈(飛燕閃舞・e02717)は思う。
「騒ぎを巻き起こして去っていく連中は災害と同じだね。まずは敵を掃討しようか」
「あぁ」
 応じて草間・影士(焔拳・e05971)は、ロータリーを見た。戦場に障害となるものはない。
(「死神が死を与えるのではなく死者を蘇らすとは。難儀な話だが……。また殺せるならまだましか」)
 風が吹く。甘い香が、僅かに届く。卯京・若雪(花雪・e01967)は息を吸った。
(「此処に咲くのは「姫さま」と、人々の笑顔だけで良い――。後の禍根と成らぬように、命を弄ぶ者達には此処で散って頂きましょう」)
 一瞬、強く吹いた風が月明かりを戦場に落とす。駆け抜ける風の中、あは、と螺旋忍軍の女は笑いーー
「さァ殺し合イノ時間ヨ!」
 吠えた。

●椿は踊り
「来るぞ……!」
 警戒を告げる声が重なった。地を蹴った忍びの横、怪魚たちが先に口を開く。放たれた怨霊弾がゴウ、と唸った。狙いはーー前衛陣だ。
 走る痛みと同時に泉宮・千里(孤月・e12987)の目に、踏み込んでくる螺旋忍軍の姿が映る。
「あは」
 笑う、忍びの手が千里に触れた。瞬間、体を衝撃が襲う。
「次から次へと厄介事を掘り起こしやがって……忌々しい魚共め」
 悪態ひとつ零し、顔を上げる。腰の武器を引き抜くのと同時に、風が頬に触れた。
「右です」
 千里君、と若雪の声が響く。身を横に飛ばすように、千里は地を蹴った。ドゥン、という音と共にさっきまでいた場所に怪魚の一撃が届く。
「……ジャマーか」
 穿つ怪魚の一撃に、その能力を見取った朔耶が呟く。
「知ってるかい……西洋では白椿って愛慕の象徴なんだよ」
 告げる、言葉と共に手を伸ばす。次の瞬間、朔耶のブラックスライムが怪魚へと食らいついた。狙いは、ジャマーの怪魚。その能力を早々に潰す為だ。その、事実に気がついてか、忍の後ろで泳ぐ怪魚が大口を開いた。打ち出された怨霊弾が、弾ける。
「——」
 腕を焼く痛みに、けれどそれだけだと顔を上げる。足を止める理由も、膝をつく訳にもなりはしない。同じく、中衛にあった想慈は紡ぐ。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
 音もなく抜き放たれた剣を手に、青年は螺旋を描くように剣舞を舞いーー九字を切る。解き放たれるのは呪縛の力。行き先はーー忍の後ろにいる怪魚二体。
 呪縛は、網目状に広がり死神の魚を呪縛する。
 ギ、と骨の軋む音がした。
「できる限り足止めするね。各個撃破は皆に任せたよ」
 穏やかな表情のまま想慈は告げる。はい、と未だ緊張した様子で頷いたのは和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)であった。
「まだまだ前で戦うのは怖いですが、それで少しでもお力になれるのでしたら……!」
 戦闘は怖いから嫌いだ。でも前に立つとそう決めたのだ。だから、紫睡は前を見る。
「我が道を遠く遠く見渡す鷹の眼よ。その両翼を広げて道路を妨げる雲を抜け、道の先に在るモノへ我を導け」
 金装飾の鷹の眼に埋め込まれたロードナイトを媒介に、紫睡は自分と周りに遠見の加護を与える。
 ぶわり、と魔力は薔薇の花のように舞う。その感覚を身に抱いたまま、四方はオーラの弾丸を怪魚へと放った。
 ガウン、という音と共に怪魚が衝撃に身を揺らした。怪魚を視界に、影士は螺旋忍軍の間合いへと踏み込んだ。接近に気がついた忍が、はっと顔を上げる。その肩口に影士は流星の煌きを宿した飛び蹴りを叩き込んだ。
 ゴウ、と重い音が戦場に響く。
 衝撃に忍は身を揺らしーーだが笑った。
「あは。はは! イイワネ」
 あなた、と螺旋忍軍は自分を狙ってきた影士に笑う。そのまま動きに出るよりも早く焔羅はアームドフォート二門の砲と、バスターライフルを左右両手に構える。
「殺戮も、お前たちの戦力増強もさせるわけにはいかん」
 宣言と同時に、焔羅のアームドフォートが火を吹いた。斉射された主砲がジャマーの能力を持つ怪魚を撃つ。
 骨の軋む音が響いた。
 尾を揺らす死神の魚を視界に若雪は地を蹴る。抜刀すれば踏み込みの足音が夜の闇に溶ける。
「咲き誇れ」
 流れるように、舞うように。
 閃く刃が怪魚に疵を残す。そこに忽ち幻の花が絡み咲いた。
 ふわり、と甘く、されど漂う花香は清らかさとは裏腹にそっと眩瞑を齎す。
 ジャマーの能力を持つ怪魚が、僅かにその身を揺らしたのを千里は見た。血の代わりに青白い炎が溢れる。それが、地面へと落ちるよりも先に、千里は螺旋手裏剣を放った。一撃に怪魚が体を大きく揺らす。
「花を手折るのは趣味はじゃねえ……とも言ってらんねえなこりゃ」
 こっちが折られちゃ敵わねえと、軽く零しながらも目付は鋭く千里は敵を見る。
 夜の底、照らし出された戦場に今、風は無かった。再び、月の隠れた戦場に踊るように忍は両の手を伸ばしーー言った。
「あは、遊ビマショ」
 あなた。と告げると同時に、忍の手から氷結の螺旋が放たれた。——狙いは、影士だ。

●花は散り
「——っ」
「あは。貴方ハ私ト遊んデクレルンデショウ」
 衝撃が、影士の体を襲った。ぐらり、と視界が歪む。一撃、避けるには連携する怪魚たちの方がーー早い。腕を、肩を衝撃が襲った。
「ぐ」
「すグ近クデ!」
 二体の怪魚に噛みつかれ、血を流す影士に忍は笑う。近くーーそれは近接での戦闘のことだろう。ヘリオライダーからの情報にもこの螺旋忍軍は近接での戦闘を比較的好むとあった。皆が怪魚を狙う中、その相手に、近接での攻撃を仕掛けたのだ。自ずと忍の狙いは、影士へと向く。
「素直に、狙ってくるんだな」
 血に濡れた口元を拭う。好意さえ滲ませて忍は笑った。
「モットシマショウ?」
「回復します……!」
 若雪が、回復を宣言する。朔耶のリキが、忍の行動阻害に動きだす。
「あと一体も……!」
「させるかよ」
 朔耶の警告に、大口を開け、空を泳いで突進してくる怪魚の前に千里が出る。軸線に庇いに入れば、押し上げられた戦線で椿の甘い香りが届いた。芳香に、血の匂いがーー混じる。
 四方は怪魚へと狙いを定めた。未だ混沌としているこの戦場を、流れをこちらに寄せる為に。——死神を倒す為に。
「残念……これは躱せない……」
 刀身に重力を纏わせた居合の一撃に、怪魚が引き寄せられる。ぐ、と僅かに身が寄る。その異常に死神が気がつく。だがその瞬間、四方の刃が怪魚を真っ二つに斬り伏せていた。
 ゴウ、と青白い炎を吹き、ジャマーの怪魚が崩れ落ちる。一体、倒れてしまえば次の狙いは螺旋忍軍だ。
「行きます……」
 詰めた間合いで、紫睡は鎌を振り下ろす。どこかまだ、大鎌に振り回されるようにして放った一撃がジグザグの刃と共に忍の腕を割いた。
「当たった……!」
 まぐれだと紫睡は思った。なにせ前衛での立ち回りはまだ不慣れなのだ。
 だが、一撃は確かに忍に届いている。衝撃に、そして己の好む近接での戦いを感じて忍は笑う。仮面の下、次の狙いを定められるよりも先に朔耶は杖を向ける。瞬間、忍の踏み込む足がーー止まる。半透明の御業が、螺旋忍軍を鷲掴みにしているのだ。
「は」
 続けて焔羅がバスターライフルを向けた。放たれた魔法光線が、忍を押し返す。
 月の無い夜の戦場に、熱が踊る。一撃、一撃、攻撃は確かに叩き込めていた。だがさすがに忍か、まだ避けてくる。だが、手は打ってあるのだ。今は、ぱたと流れた血を無視してケルベロスたちは切り込む。
「やはり、近接攻撃を行うと狙ってきますね」
 忍の攻撃を見ながら若雪はそう言った。そのまま、千里の回復を告げる。壁役として、前衛としての戦いはどうしても傷が多くなる。
「あは。ネェ、遊ビマショ」
 笑い声を零す螺旋忍軍の姿に、千里は息をついた。
「忍が忍ばずこうも暴れ回るたァ……知性も矜持も失くした姿は、何度見ても哀れなもんだ。さっさと終わらせてやるに限る」
 袖口から、指先に暗器を落としーー放つ。
「煙に巻け」
「!?」
 暗器が、忍の眼前で眩む。何が起きたのかと、僅かに足を止めた次の瞬間襲うは狐花の様な幻惑の焔であった。その炎は、熱を持たない。
「冷たイ、ナンテ」
 あは、と零す忍の後ろ、二体の怪魚がゆらり、と回遊する。
「回復する気だぜ」
 2体ともだと告げる朔耶に、想慈が動く。敵陣に踏み込み、だが青年が見せるのは舞うような斬撃だ。体重さえ感じさせず、接近に気がついた怪魚へと刃は踊る。
「花が散るように葬ってあげるよ」
 ぶわり、と幻惑をもたらす桜吹雪が舞った。同時に想慈の一刀が怪魚たちを薙ぎ払う。衝撃に、死神の魚たちが揺れた。ぐらり、と大きく、それでもと狙った回復は一体分しか発動しない。忍への回復も僅かなものだ。
(「何より……」)
 忍の動きが、鈍くなってきていると若雪は思った。こちらの攻撃が回避されることが減った。それに何より、相手の攻撃だ。失敗が目立つようになってきている。攻撃の度にケルベロスたちが重ねかけてきた技が今ここで、螺旋忍軍の動きを確かに奪っていた。

●やがて月夜となる
 戦場は加速する。放たれる力に、力で返し、踏み込み放つ力によって。間合いへと踏み込み、一撃を叩き込めば、笑い返す一撃を叩き込んでくる。それを避け、時に浅く受けながらもケルベロス達は動き続ける。
 伸ばされた腕から、放たれた一撃を交わし、回復をえて戦線に復帰した影士は跳躍する。
「中々やってくれるが。これが、お返しってところだ」
「!」
 跳躍に目を奪われてしまえば、次の瞬間には影士の蹴りが忍に叩き込まれる。
「っぐ、は」
 衝撃に、身を揺らしながら、それでもバネのように跳ね上がるようにして忍は身を起こす。そこを四方の気咬弾が撃った。
「花と落ちる椿のように……その企みは斬り捨てる……―――さあ、お前も糧になれ……」
 衝撃に、忍の体が僅かに浮いた。背に咲く、椿の花が一片落ちる。
 そろそろだと、焔羅は思った。これより先の時間が勝負になる。前衛陣への支援として、ヒールドローンを展開させた彼の目に、忍の姿が映る。
「仕掛けてきます……!」
 警戒を告げたのは若雪だった。中衛の仲間へと、青年は癒しの光を紡ぐ。
「あは」
 その声に忍は笑う。ぶわり、背に咲く花を肥大化させ。伸びた枝で大地と繋がる。
「あはははは!」
 狂ったように笑いながら、忍は自らの花を埋葬形態へと変化させた。隆起した地面ごと、忍の花が前衛陣を狙う。合わせるように、飛び込んでくるのは怪魚だ。だがーー。
「小賢しい――散れ」
 食らいつくよりも先に千里の一撃が怪魚を捉えた。連携に、失敗した怪魚へと忍は目を向ける。その姿を視界に、千里は言った。
「花は花でも、品が無えのは御免だ。風情の欠片もねえ無粋な連中には、お引き取り願おうか」
 葬送の一撃によって、受けた傷をそのままに。次の一撃の為に武器を手にとって。
「大人しく眠りな――今度こそ、永久に」
 ボウ、と燃える炎を目の端に紫睡は忍の間合いへと踏み込む。葬送の木々により受けた傷は痛む。それでも、誰一人膝を折ることは無かった。盾を担う者たちがいたから。刻み込んだ術式がその威力を弱めていたから。そしてーー倒すと、そう決めていたから。
「再び眠る事が、貴方の為になるなら……」
 紫睡は鎌を振り下ろす。虚の力を纏った斬撃が螺旋忍軍を襲う。
「あ、は」
 ぐらり、と忍は揺れる。背の椿がひら、と散った。黒髪を靡かせーー膝をつく。
「はは、そう。綺麗、ね」
 トサリ、と落ちた忍の体が、青白い光に包まれ消えていく。その状況に、焦るように動いたのは死神の怪魚たちだった。
「逃がさないよ」
 告げたのは想慈だ。
「羅網呪縛陣」
 解き放たれた呪力が、怪魚たちを捉える中、続くように朔耶はその手を前に出す。消えゆく忍を視界に、狙いは死神の魚へと定めて。
「椿のもう一つの名前はな、耐冬花というんやで……」
 黒の液体が、大口を開くようにして怪魚たちを噛みーー砕いた。青白い炎が爆ぜ、消える。ゴウ、と一度最後に強く燃えたのを最後に怪魚の死神は崩れ落ちた。

 風が、戻ってきていた。気がつけば、夜の空に星が見えてきている。ロータリーには怪魚も、死した忍も残らなかった。ただ香りだけが少し、残っている。
 落ちた椿のひとつを手にとって、朔耶は彼女のいた場所を見る。
 いずれにしても出会えば戦いは避けられなかった。それは承知はできてはいるけれど。
「……」
 朔耶は死神の傀儡にされた哀れな螺旋忍軍に椿の1つを手向ける。
 若雪と共に、千里は黙祷を捧げる。――願うは此の地、そして彼の女に安らぎ在れと。
 ふいに、頬を甘い香りが撫でた。五色椿だ。気にしながら戦っていたお陰か、傷もない。ロータリーもヒールしているから綺麗なものだ。
「嗚呼……落ち着いて見ると、やはり見事な椿ですね。心癒されます」
 緊張も解け、ほっと顔を綻ばせて若雪は顔をあげる。
「これでこの花と、花を愛する人々の笑顔が護れたのなら、何よりです」
「ここで愛されてる姫様は、確かに見惚れるほど綺麗です!」
 見上げた椿に紫睡はほう、と息を零した。
「こういう擬人化されて呼ばれる植物にはたいてい所以があって、祠や石碑があるものなんだよね」
 上機嫌に、椿を見上げた想慈が顔を綻ばせる。もともと珍しい椿に興味もあったのだ。
「お掃除もして手を合わせておこう」
 花は舞う。甘い香りを伝えて、この夜の戦いを労わるように。夜の街、五色椿の甘い香りが覚えておくよというように、ひらり、舞った。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。