報われざる婚活男たちの挽歌

作者:ほむらもやし

●事件
「最近はどなたもグラビティ・チェインを集める前に、きやつらに殺されているようですが……あなたは、上手にやってくださいますね?」
 艶を帯びた声の主は、『上臈の禍津姫』ネフィリア。
 胸部にヒトの雌のようなふくらみを持つ蜘蛛を彷彿させるような姿の異形。
「ちょうどこの中で、交尾相手との出会いを所望する男女の宴が、執り行われているようです。言いたいことはわかりますね?」
 こくりと頷きを返すのは、鮮やかなオレンジ色に黒い斑模様を持つカメムシ型のローカスト。
「良い返事です。報告を楽しみにしていますよ」
 そんなわけで嬉々として。色鮮やかなカメムシローカストは外壁に張り付くように下に向かうと、窓を打ち破ってパーティホールに侵入する。
「ぎゃー! バケモノ!!」
 たまたま窓の近くにいたキメキメのタキシード男子の上に乗っかって押し倒して、ベトベトの液体を吐きかけて床に貼りつけて自由を奪うと、肩のあたりに軽く噛みつく。
「なにをする、やめんか、この、このっ!!」
 会場のスタッフに見える中年の男が、モップでローカストの背中を叩いている。
 その間に、避難誘導が行われているが、エレベーターだけでは移動できる人数に限りがあり、到着を待っている間に襲われればひとたまりもなく、建物が高層であるために、非常階段を使っても時間が掛かってしまう。
「ここは俺たちがく食い止める、お前らは先に逃げろ!!」
「ありがとう! きっと助けを呼んでくるから」
 女性たちを部屋の外に出すと、出口の扉を閉めつつ、掃除用具を手に身構える10人ほどの男たち。
 その額には大粒の汗がにじむ。
「……しかしだ、恰好をつけたのは良いが、さあどうする」
「余計なことを言いやがって、僕はお前のようなお人よしは大嫌いだ!!」
「なんだと! もう一度言ってみろ?!」
 内輪揉めを始める男たちにむかって、ローカストは面倒くせぇとばかりにベトベトの液を吐きかけて捕えると、逃げだした者たちを追い始める。
 
●解決のお願い
「悪い知らせだ。女郎蜘蛛型のローカスト、『上臈の禍津姫』ネフィリアが動きを見せている」
 ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)はケルベロスらを前に話し始めた。
 ネフィリアは知性の低いローカストを配下にして人を襲わせ、グラビティ・チェインの収奪を行う作戦の指揮を執っている。
「今回、放たれたカメムシ型ローカストは戦闘力は高いだけの残念な奴だ。ネフィリアに言われたまま、タワーホテルの最上階、おしゃれでリッチなパーティ会場に集まった婚活中の人たちを標的にしているとみていいだろう」
 外見はオレンジ色に黒の斑模様というド派手さで、具体的な昆虫を挙げればヒメジュウジナガカメムシに似ている。
「ベトベトの体液で拘束されている者たちからは、ゆっくりとしかグラビティ・チェインを吸収されていないから、すぐに命を奪われる恐れは無い。それからネフィリアもどこかに立ち去ってしまっていて、様子を見ているなんてことも無いみたいだから、倒すべき敵ローカストは1体だけだね」
 今回の敵となるカメムシローカストは、非常に素早い動きを見せ、長い足で天井・壁・床問わずあらゆる場所を高速で駆け抜けることができる。攻撃手段は一つ、ベトベトの液体噴射、二つ、噛みつき、三つ、色鮮やかな光線を放つ、である。
「事件が起こるのは、愛知県名古屋市にある、おしゃれでリッチなタワーホテルの最上階だ。ホテルの玄関前に到着できるのは、ローカストが内輪揉めをしている男たちを拘束するぐらいのタイミングだ。降りてきたばかりのエレベータで最上階まで登れば、あっという間だ。ただ、ドアが開いた瞬間に攻撃を受けるから我慢して欲しい。……非常階段を登っても構わないけど、50階ぐらいあったと思うから、時間が掛かって大変だと思うし、他にも思いがけないトラブルもあり得るからおすすめは出来ない」
 非常階段を使って避難しようとしている人もいる。また、最上階より下の階には別のお客さまも居るため、ローカストを早く捕捉しないと、被害はどんどん拡大するだろう。
「どんな窮地にあっても、遊び心を忘れないのは良いことだよね。必死に婚活をしている男たちが精一杯の強がりを見せたんだ。バッドエンドにならないよう、助けてあげようよ」
 そう言ってケンジは、お願いします。と、丁寧に頭を下げた。


参加者
ミリアム・フォルテ(緋炎の拳士・e00108)
リヴィ・アスダロス(魔瘴の金髪巨乳な露出狂拳士・e03130)
リリエル・ガブリエラ(絢華爛咲・e05009)
霞代・弥由姫(錯地月煌・e05123)
井上・敏道(弔銃・e06000)
播磨・玲(ドタバタ娘・e08711)
リーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540)
フレック・ヴィクター(ヴァルキュリアの刀剣士・e24378)

■リプレイ

●高層階直行エレベーター
「やっぱり最速で向かうのが正解よ!」
 上向きに進んでいると意味する急激な下向きの慣性力を感じながら、ミリアム・フォルテ(緋炎の拳士・e00108)がポツリと呟く。さすがはおしゃれでリッチなホテルのエレベーターらしく、内部空間は広く十分な余裕があり、どことなくゴージャスに見える。
「飛んで行けば……とも思ったんですが。エレベーターってすごく速いのですね」
 緊張気味に応じる、リリエル・ガブリエラ(絢華爛咲・e05009)の視線の先には、スリーダイヤモンドのエンブレムがある。どんな高さの建物であってもエレベーターに乗る時間は1分以内が良い。確かな技術によって裏打ちされた開発者の心意気によって、一行は1分に満たない時間で最上階床に到着した。
「さあ来るで。皆、ここは俺に任せ――」
 到着を告げる『ピンポ~ン』の澄んだアラーム、覚悟を孕んだ、井上・敏道(弔銃・e06000)の声に、隊形を整えたケルベロスたちの表情が、キリリッと引き締しまる。
 そして、なめらかな動きで扉が開きかけた、その時、詳しく言えば左右に開く扉の隙間から、目に鮮やかなカメムシローカストの赤黒ボディが、目に飛び込んで来た瞬間に、『プシュワー』という間抜けな音と共にベトベト液が盛大に放たれる。
 それを特に強烈に食らったのは敏道だった。扉が開いた瞬間に外に飛び出し、機先を制しようという構想は正しかったが、一対一として見れば、力量で圧倒的に上回る相手に対し、ただ扉が開く瞬間に飛び出そうするだけでは、返り討ちに合う。また身体が通れる幅にまで扉が開くには僅かなラグがある。

●戦い
 そんなタイミング、普通なら誰も意識しないような扉が開き始めてから開くまでの刹那、開きかけた扉の隙間から、反撃に転じるのは、リーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540)であった。鋭く伸びたブラックスライムは槍の如くにローカストの色鮮やかな身体を貫き、恐るべき毒を体内に送り込む。
「くっ、くさい。このような辱め、許さんぞ!」
 続けて、リヴィ・アスダロス(魔瘴の金髪巨乳な露出狂拳士・e03130)が、怒気を孕んだ声と共に力任せにネットリまみれの敏道やテレビウムの『つっきー』を押しのけるようにして、強引に猟犬縛鎖を撃ち放つ。
「今だ、やれ!!」
 放たれた鎖が色鮮やかな身体を強かに締め上げる。何が起こったか瞬時には理解できていないローカストはいやらしく身もだえしながら、悲鳴を上げている。
「言われなくても、やってやるわ!」
 間髪を入れずに、勢いよく腕を突き出したミリアム。掌の先から出現したのはドラゴンの幻影。吐き出された業火がローカストを覆う。瞬間、火災報知器の警報音が鳴り響き、天井のスプリンクラーから盛大に水が噴射されはじめる。
 圧倒的に優位な状況で先制したつもりが、ローカストは猛烈な逆襲、逆に奇襲を受けたにも等しい状況に陥ってしまった。
「……さて、と」
 仲間の後ろでなりを潜めていた、リリエル・ガブリエラ(絢華爛咲・e05009)が、水と炎と粘液で滅茶苦茶になりつつある、エレベーターホールに進み出る。
「私たちが引き付けます、今の間に避難を!」
 声と共に黄金の果実の聖なる光が広がる。だが、呼びかけるリリエルへの返事は無い。見渡せば、粘液で床や壁に拘束された数十人の婚活男やスタッフ男たちの姿があって、意識は残っているものの、抗う気持ちも失せて既に力尽きている様子だ。
「漢(おとこ)の生きざま、見してもろたで! こっからは俺らの番や、心がイケメンさんは命、大事にしとき」
 自身もベトベトのイケメンになった敏道は力任せに拘束を振り払って、エレベーターを飛び出すと、床面に拳を叩きつける。瞬間、発動されたサークリットチェインの魔法陣が床面に軌跡を画き、盾の加護を生み出す。
(「こうしておいた方がよいな」)
 エレベーターの扉が勝手に閉まらないかを懸念して開延長ボタンを押して出るのは、霞代・弥由姫(錯地月煌・e05123)である。助け出した男性を乗せておけば、まとめて下層階に運ぶことも可能だ。
「男の人が女の人の為にカッコつけたんだもんね! ボクも頑張っちゃうよっ!!」
 両手に持った二振りの刃を構え前傾姿勢で駆け出した、播磨・玲(ドタバタ娘・e08711)の星天十字撃が、ようやく状況を把握したローカストの身体に深々と十字を刻む。
「むぎゅー」
 奇妙な音を立てて、玲の2~3倍はあろうかというローカストが身を仰け反らせる。ほんのわずかな時間であったが、子供が怪獣を倒すような、その光景を目にして、フレック・ヴィクター(ヴァルキュリアの刀剣士・e24378)は、なんとなく微笑ましく感じてしまう。
 スプリンクラーからの放水は続いており、まるで土砂降りの雨の中のようだ。一般人はローカストの粘着液により全員が制圧されているが、ローカストの身柄は仲間たちが抑えている。
「我招くは血筋に眠りし星の精霊! 来たれ震天!」
 刹那に周囲の状況を判断し、フレックは良く通る声で詠唱を始めながら、意識を前衛の仲間たちに向ける。
 瞬間、放水の雨の中に橙色の光が煌き、
「魂さえ燃え上らせるその焔を彼の者に与えん!」
 続く声と共に、光は不死鳥の如き姿に変じ、ローカストを抑える前衛陣の頭上を飛びながら、きらきらと光る火の粉を振りまく。
 舞い降りた火の粉を受けた内の一人、ミリアムの身体が刹那、光を帯びる。燃え上るような赤の瞳を瞬かせながら、腕を突き出す。瞬間、見えない力によって撃ち放たれた鎖は彼女自身の紡ぎ出す精神によって長く伸び、ローカストの身体を捕える。
「もう、逃がさない」
 鎖が伸び切る張力が腕全体に伝わってくる。渾身の力を込めて引き絞れば、微かな金属音と共に全ての鎖の輪が噛み合って一本の棒の如くに硬直する。
「怒り猛る雷、存分に味わうがいい!」
 囚われの男の多さ、仲間たちの優勢、今は戦いに集中するほうが良いだろう。瞬時に状況を判断して、リヴィは怒りを孕んだ雷を放つ。
 次の瞬間、破裂音と共に電光が爆ぜた。生き物の焼き焦げる臭いに混じって猛烈な異臭が広がる。しびれるような激痛に耐えながら、色鮮やかな光線を乱射する。しかし、それは重ねられたバッドステータスの影響により、壁や天井を焼き、さらに運悪く壁に張り付けられていた婚活男の一人を掠る。
「不都合でございますね。ちゃっちゃと片付けましょう!」
 ケルベロスを狙って外れた攻撃が飛んだ先が、壁や天井なら問題はないが、あちらこちらにベトベト液で拘束された男がくっついているものだから、運が悪ければ当たってしまうこともある。救助しようにも人数が多いため、攻撃の元となるローカストを倒してしまった方が手っ取り早そうだ。
 というわけで、指パッチンと同時に押し込まれたスイッチが押し込まれた瞬間、轟音と閃光と共に七色の爆煙が爆ぜ、その爆風は皆の背中を力強く押した。
 良い格好を見せたいというちょっとした下心やお節介からの行動、嫌いではないな――少しでも報われるよう、助けてあげたい。リヴィは軸足を踏み込んで、ローカストに肉薄する。
 捕食モードに移行させた、身体の大部分を顎と口に変形させたブラックスライムが、それを操るリヴィよりもずっと大きなローカストの身体をひと口で飲み込んだ。
「やった……か?」
 戦いが終わったかと思われた瞬間、巨大化したブラックスライムの身体が内部で暴れるローカストの力により変形し始める。間もなく膨れ上がり薄くなったブラックスライムの身体を引き裂いて、ローカストは再び色鮮やかな姿を見せる。
「ちっ……」
 裂け散ったブラックスライムの破片がリヴィの胴に再び戻ってくる。口惜しさを込めてリヴィが見据える視界の脇で、同じく膨れ上がり捕食モードとなった敏道のブラックスライムがローカストに襲い掛かろうとするのが見えた。しかし飲み込まれる直前に、ブラックスライムは開ききった顎を両断される。
「あんたと違って、未来がある奴らなんでな」
 愛すべき女性と出会い、命を未来につなぐ家庭を作りたい。だから後先考えずに女性を守ろうとしたのだろう、婚活男たちの思いは、敏道の悲しき過去の記憶を思い起こさせる。もうこれ以上囚われた人たちが傷つくことが無いように、ブラックスライムを打ち破ったローカストの注意を引くように敏道は正面に立ち塞がる。
(「……何? そのベトベトまみれ……」)
 鳴月と名付けた斬霊刀を構え、リーナは注意深く観察していなければ気づかないほどの微妙さに眉を顰める。いくら良い心意気を見せても、いかがわしいことを連想させるようなベトベトまみれでは、正視は憚られる。だが、ローカストへの注意を引き付ける意味では良い仕事をしている。――冷徹に判断して力ある声を上げる。
「集え力……。わたしの全てを以て討ち滅ぼす……!」
 開始された詠唱と共に、己の内に集まってくる膨大な破壊の力、黒く輝く魔力刃の一振りを作り出す。
 全身の血管は浮かび上がり、普段は表情の少ないリーナの金の瞳が大きく見開かれるに至って、ローカストは異様な気配に気付く。
「討ち滅ぼせ……黒滅の刃!!」
 その身に余る破壊の力による激痛を堪えて、食いしばり噛み切れてしまった唇に血を滲ませながら繰り出した必殺の一撃。禍々しき威容を誇る黒刃に己の力と集めた全て力を乗せて、ローカストに叩き付ければ、世界の終わりを思わせるような光が散った。
「もう、一歩も動ける気がしないわね……このホテル当然おいしいレストランぐらい――?!」
 強烈な閃光と爆圧に、瞬間的に失われていた視力が戻ってくる。
 そして最初に見たものは、ラスト・エクリプスの衝撃を耐え抜いたローカストが、だらしなく開けた口から血を流し、それが顎を伝って荒野のように変わり果てた床に零れ落ちる様子だった。
「絶対的な隙、逃しはしない」
 ローカストは瀕死の状況だ。その意識が自分には向けられていいないと予感しながら、ミリアムは黒塗りの弓を手に矢を放つ。その矢を追うようにして、玲は駆け、獣と化した腕に渾身の力を込めて――突き出す。
「まだまだ終わらないよ!」
 腕に伝わる確かな手ごたえを感じながら、その衝撃で以て軸足を踏み込む、続いて繰り出した蹴撃が完璧にローカストを捉えた。
 ローカストの身体がぐらりと傾く。倒れるかに見えた瞬間、辛うじて踏みとどまる。
「あとはお願いだよっ!」
「うむ、わかった!」
 あと一押しが足りなかった。勝利を確信した元気いっぱいの笑顔に乗せて、玲が声を上げれば、フレックは応えるように御業を投げ放ち、そこから撃ち放たれた炎弾がローカスト次々と命中する。
「これで終わりよ!」
 燃え盛る炎の中で、軽い音を立ててローカストは倒れ、灰を散らしながら消えてゆく。
 火が消えるとスプリンクラーの放水も止まった。

●戦い終わって
「傷は浅いぞ、だいじょうぶだ! 確かに知った! 下心ありきとは言えその命を張った勇気! 見事なものだ!」
 そう言ってフレックが運悪くローカストが外した攻撃に当たったかに見えた一人に笑顔を向ければ、男は横になったまま腕を突きあげてサムズアップ。元気に親指を突き出す様子をみて、ホッっと胸をなでおろす。
 残りのベトベトで拘束されていた、婚活男やスタッフたちは、ベトベトだったりずぶ濡れだったりで、ひどい有様であったが、怪我もなく全くの無事であった。
「いやあ、これ武勇伝やで! だからさっさと帰れよ! 婚活がんばれな!」
「確かにな、命を張った雄姿、涙なしには語れないだろう」
 敏道とリヴィの気遣いに、エレベーターに乗せられた、スタッフや男たちの間に、これから先はきっと明るい未来が待っていると期待を抱いたような笑みが零れる。
「ケルベロスのみなさん、本当にありがとう、これからも婚活がんばるよ!」
「ああ、健闘を祈る!」
 扉は閉まり微かなモーター音を響かせてエレベーターは降りて行く。
「というわけで、折角のおしゃれでリッチな高級ホテル……レストランは……」
「オムライスもあるかしらね?」
「しかし、この状況で、下の階のレストランが、営業しているかは疑問でございます」
「むー」
 男たちを下したエレベーターが戻って来るまでの間、この後のことについて思いを巡らせる一行。
「さて、ご飯の前に、お風呂入ってこのべとべと流して、打ち上げに行きましょうか!」
 ホテルのレストランは無理でも街に出ればたくさんの飲食店があるだろう。
 ただし名古屋である。
 オムライスにもケチャップやデミグラスソースではなく八丁味噌のソースが掛かっている可能性がある。
 ケルベロスたちの行く手には、色々な意味で想像を超えた名古屋クオリティとの戦いが待っている。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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