深夜の獣

作者:林雪

●冥府の海より
「レディースアンドジェントルメン……これよりは我ら『マサクゥルサーカス団』がお送りするショウタイム!」
 深夜の市街地、車の通りもまばらな時間帯に響く『団長』の声。
 それを待っていたかのように現れたのは、3体の下級死神。冥府の海より呼び出された怪魚である。
 死神たちは、2メートルはあるだろう長い体を、互いに擦り合わせるように暗闇の中を泳ぐ。青白い光を発しながら速度を増して泳ぎ回り、軌跡はやがて魔法陣を描き出す。その魔法陣の中心に、ぼんやりとした影が浮かび上がった。
「今宵のスターはこちら!」
 影は徐々に明確な姿を形作る。召喚されたのは、尖った耳を持つ、コヨーテ型のウェアライダー。
『グルル……』
 ただしその姿は変異強化され、凶暴な獣と化している。目には知性がなく、ただ本能に従ってグラビティ・チェインを求める、浅ましいモンスターだ。
 ブラボォ、と口端をつりあげる団長。その顔を、赤く変わったばかりの信号機のライトが照らし出した。

●深夜の戦い
「蛾みたいな羽生やした死神が暗躍してるっす。どうやらコイツ『第二次侵略期以前に死亡したデウスエクス』をサルベージする作戦の指揮を執ってるらしくて」
 ヘリオライダー、黒瀬・ダンテの声とともに、スクリーンに画像が映し出される。長い体をした、魚のようなデウスエクスが映っている。
「この深海魚みたいのは低級死神で、蛾の配下っす。蛾はこいつらを使って変異強化とサルベージをさせて、死んだデウスエクスを自分の勢力として取り込もうってハラなんすよ。敵の戦力増強をほっとくわけにはいかねえっす! というわけで、いざ奴らの出現ポイントに」
 自分がお連れするっすよ! と張り切るダンテ。相変わらず熱狂的ケルベロスファンなのである。
「場所は都内の路上。不幸中の幸いオフィス街のすぐ近くなんで、周辺に人気はないっす。思いっきし戦っちゃって下さい。敵は魚型の低級死神が3体と、奴らがサルベージしたコヨーテのウェアライダー……と言っても、このウェアライダーは変異強化の影響で知性は失われてて会話なんかは勿論無理、凶暴な感じっすから十分気をつけて欲しいっす」
 メインの敵となるのはこのコヨーテのウェアライダーだが、勿論低級死神も攻撃をしてくるので無視できるわけではない。
「死神、ってのはそういう性質だって言ったらそれまでっすけど、やっぱ死んだモンを使うとかやり口として気分よくないっす。呼び出されたウェアライダーにゃ気の毒としか言いようがないっすけど、皆さんの力でもう一度冥府に帰してやって下さい」


参加者
アシュヴィン・シュトゥルムフート(月夜に嗤う鬼・e00535)
クルス・カデンテ(シャドウエルフのガンスリンガー・e00979)
セルリアン・エクレール(スターリヴォア・e01686)
紅・桜牙(紅修羅と蒼影機・e02338)
逆黒川・龍之介(剣戟の修練者・e03683)
リコ・ノース(眼鏡が耽る・e04216)
相摸・一(刺突・e14086)
虎之眼・白炎(白銀の猛虎・e18873)

■リプレイ

●深夜の猟犬
 深夜の色に染まるビル街。
 人気のないそこは、まるで映画のセットのようでもある。だが、求める役者は既に舞台を去った後のようだった。漂っているのは、不穏な気配のみ。
 その舞台の中心に、ケルベロスたちは互いに背を向けて立つ。周到に辺りを見回し、かつ、敵に自分たちはここにいると見せつける。
「……死神ってのはいけすかねぇな……死者を操ってるってのが腹が立つぜ」
 どこか濁った空気に身を浸しながら、虎之眼・白炎(白銀の猛虎・e18873)が呟いた。
「オレもこういうやり方は虫酸が走るな」
 アシュヴィン・シュトゥルムフート(月夜に嗤う鬼・e00535)が低く応じた。アシュヴィンの宿敵も死神である。今夜の気配には、嫌悪感を禁じえない。
 しばらく、沈黙が辺りを支配した。ケルベロスたちも静かにその中に立ち続ける。
「……」
 殊更に慎重に周囲の様子に神経を張りめぐらせていた相摸・一(刺突・e14086)が、動いた。ビルの陰に何か動いた気がしたのである。捨て看板が風に揺らされただけであることを確認すると、一は元の配置へ素早く戻る。慎重過ぎるくらいでいい、巻き込まれて命を落とす人間は、ひとりでも出したくはない。
 信号が、ゆっくりしたリズムで色を変える。
 青く変わったばかりのライトの中を浮遊してくるのは、3体の死神。長い体をうねらせて、舞台袖から現れる。そういえば、今回の事件の首謀者は、サーカス団を名乗っていたかと逆黒川・龍之介(剣戟の修練者・e03683)は思い出す。
「……死神にも、随分陽気な奴がいるようだな」
 陽気だろうが陰気だろうが、龍之介にとって死神は故郷の仇。憎悪の対象でしかないのだが。
「俺達が戦えば戦うほど餌場が増えると言うのも複雑だが……四の五の言ってはいられないな」
 クルス・カデンテ(シャドウエルフのガンスリンガー・e00979)の腹は既に決まっている。敵が現れるなら、地道に潰していくだけだ。
 揺らめく3体の死の深海魚の奥に、ひと際黒く、大きな影が現れた。続いて、低い唸り声。コヨーテ型のウェアライダーである。
「ちっ、俺が言えた義理じゃねえが。死者を起こしてんじゃねえよ」
 準備を整えていた紅・桜牙(紅修羅と蒼影機・e02338)が、武装を展開しながら舌打ちする。
「さっさと楽にしてやるかね」
 この時点で既に獣と化していることを肌で感じとり、セルリアン・エクレール(スターリヴォア・e01686)も構える。
「いつもいつも、再利用……死神はリサイクル精神が旺盛なようで。何でもかんでもリサイクルすればいいというものではないのですが……」
 リコ・ノース(眼鏡が耽る・e04216)もまた、死神への苛立ちを抱きつつウェアライダーへと視線を注ぐ。信号が、赤から青へ。

●浮遊する死神
「レインディ!」
 桜牙が短く指示を飛ばすと、彼のビハインドであるレインディは前衛の守りにつく。
 一が、黙したまま片手を鋭くひと振りすると、カシャリと金属音が響く。これまで多くの血を吸い込んできた彼の愛用の鍵爪だ。装着具合を確かめて、間合いを詰めていく。
『グルルァ……!』
 動くものに反応し、首を左右に動かすコヨーテ型のウェアライダーの姿。それはやはりただの獣に見えた。それだけに、唐突な動きは侮れない。
『ガァッ!!』
「!!」
 魔力とともに吐き出された咆哮が、布陣したケルベロスたちに襲い掛かる。咄嗟に避けきれなかったが、すぐに体勢を立て直して全員で攻撃に移る。
 作戦は、先に死神3体を片付ける間ウェアライダーを足止め、その後撃破という流れで全員が一致している。
「おっと、お前の相手はこっちだ」
 アシュヴィンが大胆にウェアライダーの懐に近付き、足元を払った。頭上すれすれで敵の牙が戦慄く。この状況を楽しむ癖が、アシュヴィンにはある。勿論そのスリルに我を忘れるような真似はしない。次の一手を打つ仲間のために、素早く敵から距離を取る。
「雑魚には早々に退場してもらおう」
 挑発的に言い放つと、セルリアンがロッドの先から小手調べにマジックミサイルを放つ。牽制と、敵の防御力をこれで測りそれを上回る火力で押し切るのが今回のセルリアンの戦術だ。死神たちを魔法の矢が捉える。それと交差するようにリコの視線がウェアライダーを見据えた。
「リコ、無理はするなよ」
 刀の柄に手をかけた龍之介が、すれ違いざまリコに言う。わかってます、と頷いてリコは敵に集中する。小さな爆炎が、敵の肩口に炸裂した。
「AF04。EXアクティブ……巻き込まれると、厄介だぜ。こいつはよぉ。コカトリスボム、発射だ」
 桜牙がばら撒いた卵型の爆弾から飛沫した液体が、死神たちの長い体にこびりつく。揺らめくように泳ぐ体が、一瞬板のように固くなった。それを振り払うように身を翻し、死神のうち1体がアシュヴィンに突っ込むが、アシュヴィンは完全に動きを読んでそれをかわす。残る2体は、一斉に龍之介へと躍りかかった。片方は避けたが、反対側からもう1体が龍之介の腕に噛み付いた!
「……っ、この程度は」
 振り払った仕草とさえ見えない、一瞬の閃き。
「毎日打ち込み続けたこの一撃、受けて見ろ!」
 龍之介の手元から神速で抜かれた刃が、死神を斬り裂いた。
「よくよくこういう面倒な輩に縁があるものだ」
 一が味方を庇える位置取りをしながら、色付き爆炎で味方を鼓舞しつつ回復する。
 クルスは指先の動きのみで、同じくジャマーに布陣したエトに指示を与えつつ動いていた。
 脚力を生かして、ウェアライダーの視線をかき乱すように動き回っているのは、白炎だ。煽る言葉を口にしたり仲間に位置を伝えたりする合間に、ぽつりと呟いた。
「……気の毒だがここはお前の居る所じゃねぇ。あの世に還れ……」
 白炎の愛刀『白虎』から放たれた斬撃波が、死神に命中する。

●獣
 地を蹴った、と思う間すらなくウェアライダーがリコに接近し、後足での重たい一撃をリコの腹部に叩き込んだ。
「ぐ……!」
 よろめくリコを案じたアシュヴィンが駆け寄るが。
「平気、ですっ……、それより、あっちを」
 同じディフェンダーとして、傷は浅いと確認し、更にメディックの白炎が既に動いていることを確かめ、アシュヴィンは再びウェアライダーの足止めに戻る。
「……大人しくしててもらおうか」
 ウェアライダーは、ほとんどノンモーションで動く。それをどう逆手に取ってやろうかとセルリアンが思案した。しかしまずは、邪魔な浮遊物を片付けなくてはならない。死神たちに向けてガトリングを連射する。同じ個体へ向けて、リコのアストラルブレイズの炎が燃え上がった。
「灰となって大地へ還りなさい!」
 連続攻撃を浴びて最も弱った敵を見極めた桜牙が、思い切り跳び上がりルーンアックスを振り上げる!
「逃がすかよ!」
 ピキィン! と、空間を切り裂くような衝撃音。よたよた宙を泳いでいた死神が、斧の直撃をまともに食らって消えうせる!
 だが、残る2体はまだ余力を蓄えていた。
 うちの1体が、ヒュッと緩急をつけた動きで泳ぎ去ろうとしていることに気づいた一が、咄嗟に翼を広げた。常は人目に晒さない長い翼で、中衛への攻撃を阻止する。視界を遮られた敵の牙は標的を転じ、一の肩を抉った。
「……っ」
 痛みに歯を食いしばったのも、ほんの一瞬。ごく冷静に溢れた血を啜り、地に吐き捨てると、何事もなかったかのように敵に向き合う。
 もう1体はクルスを狙っていったが、これをかわしたクルスは即座に反撃に出る。雷を宿した特殊弾丸に貫かれ、文字通りピシャンと落雷に打たれたように死神が固まった。
 その間も、敵の動きのパターンを解析していたセルリアンが、ウェアライダーの動きに気づく。
「……通常モーションの1.2倍、ってとこか……来るぞ!」
 叫んだセルリアンたちの布陣する後衛を狙い、獣の咆哮が再び襲いかかった。
「来い、勝負してやる!」 
 叫んで、白炎もまた咆哮を発すると、衝撃がぶつかり合い威力は殺された。セルリアンにぶつかるはずだったそれは、割り込んだアシュヴィンが肩代わりした。
「大人しくしててもらおうか」
 銀髪を揺らして、アシュヴィンが微笑する。そのまま彼が振るう刃から散るのは、まだ季節には早い桜。その色は獣の血を吸い、ゆっくりと紅に染まっていく。
 セルリアンも黙っていない。
「Code:破軍……言ってるだろ、雑魚の立つ舞台はここにはないんだ」
 展開された魔法式から、七星刀剣シャリオヴァルトが召現される。逆手に構え、軽く振るったと見えた一撃は死神を深く斬り裂いた。
 リコが遠距離からウェアライダーを牽制し、桜牙はもう1体を仕留めようとフロストレーザーを発射する。
 相変わらず死神たちはゆるゆると浮遊し、攻撃の直前のみスピードを上げてくる。だが、その単純な噛み付き攻撃はケルベロスたちに見切られだし、かわされる。
「……これで」
 龍之介が手にしていた刀を返し、勢いをつけて削ぐように死神を斬りつけそのまま納刀した。チン、と刃の納まる音がした瞬間には、死神は斬り口からザアッと塵のように砕けてしまった。
「あと1体」
 相変わらず静かな、夜の闇に紛れるような声で一が呟き、拳で残る1体にダメージを叩き込んだ。
『ウガァアッ!』
 味方が減っていることがわかるのか、それとも単に、目の前で自由に暴れるケルベロスが気に入らないだけなのか。コヨーテは凶暴に吼え、アスファルトを擦って敵意をむき出しにしてくる。だが。
「お前を好きに暴れさせるつもりはない。目一杯枷を嵌めてやる」
 クルスが隙も無駄もない動きで、ウェアライダーの足元の傷を払う斬撃を浴びせる。一部が凍りついた毛が、ビキビキと逆立った。
『ギャウゥウ!』
 ウェアライダーの動きは益々鈍らされている。それでもなお、本能に突き動かされて敵は最前線へと飛び込んできた。
「くっ……! コイツ」
 獣の拳を食らったアシュヴィンが咄嗟に返した一撃は空を切る。どうやらまだ倒れる気配がないウェアライダーは標的から外し、セルリアンはまず精確に死神を落とすことを選ぶ。
「こうのんびりしてたんじゃ、当たらない方が嘘だね……」
 ぐるぐると同じところを泳ぎまわっていた死神の、どうやら急所を射止めたらしい。セルリアンの魔法の矢が最後の1体を消滅させた。あとはウェアライダーを狩るのみだと、刀剣を構えて口端をつり上げて見せる。
「やぁ待たせたね本命。ウォームアップは十分かい……?」
 援護を失い、追い詰められても、悲しいかなこの獣には逃げるという選択肢はないらしい。牙をむき出し涎を垂らし、闇雲に拳を振り回すウェアライダーから身をかわし、リコは詠唱を続けた。六芒星の魔方陣から放たれた炎にも、敵は怯まない。
 ケンカ屋としては決して嫌いなスタイルではない、と桜牙は思う。それだけに起こされた死者には同情を禁じえないが、それはそれだ。
「AF01、02。キャノンアクティブ。レインディ、サポート頼む」
 レインディの支援から、そのままコンビネーションを発動、フォートレスキャノンが通常以上の威力で敵を焼いた。それでも敵は動き続ける。生命を削ってでもいるのか、スピードは全く衰えない。龍之介は、抜刀する隙を与えて貰えなかった。
(「限界が、近いのだろうに」)
 一が淡々と足止めの旋刃脚を放った。こうなってしまえばウェアライダーは戦いの道具でしかない。
「一気に畳みかけてやるぜ!」
 白炎がまだ暴れ足りないのだと、白虎そして紅虎のふた振りの刀を合わせ振るった。そこにセルリアンも飛び込む。接近戦で三本の切っ先に追われ、徐々に守りを削られても敵は倒れない。構えをとりつつ、龍之介も加わった。
『ガアァアアッ!』
「支援砲撃、いくか」
 響く剣戟の隙間を縫って、遠距離からも攻撃が放たれる。
 一端刀剣士組が刀を引き、リコと桜牙の遠距離攻撃がヒット。そこへ再度一が飛び込んでボディーへ拳を叩き込む。とどめの一撃となったのは、クルスのライトニングバレットだった。
「首輪代わりだ、受け取れ……!」
『キャヒィン……!』
 狙いすましたクルスの一撃に貫かれ、名もなきコヨーテウェアライダーは冷たいアスファルトに倒れ伏した。信号の色が赤く変わる前に、その体は溶けるように消え去ったのだった。

●首魁の気配
「今度こそ安らかにね」
 敵に情けをかけるほどセルリアンは甘い性格をしていないが、眠りを冒涜された死者に対しては、それなりの哀惜を覚える。既にウェアライダーの体は消えうせていたが、同じ辺りを見つめてアシュヴィンも頷いた。
「たく、面倒なことになってきたぜ」
 ぼやきつつも、桜牙は事件の手がかりを求めて周囲を探索する。
 ―― なかなか見物だったね、今宵のステージは。
 いつしか吹いてきた風に混じって、そんな声がかすかに聞こえたような。帰路につきかけていたクルスが足を止め、ビルの隙間から空を見上げた。濁った空に、星はない。その空の下を緩慢と歩き、一は死神の出現した辺りを注意深く探る。
(「見ていた、か?」) 
 闇の奥底に潜む敵は、まだその姿を晒す気はないのだろうか。
「こんなサーカス、何度でも中止に追い込んでやるからな」
 龍之介が、姿なき敵に向けて忠告する。すらりと抜き放った刀身は、ウェアライダーの冥福のために。
 闇の奥をじっと見つめていたリコが、ぽつりと呟いた。
「……お父様とお母様は、帰ってこなくていいですからね」
 夜の底での戦闘が終り、ケルベロスたちはそれぞれの場所へ戻っていく。事件の全貌は見えずとも、ひと時の平和は取り戻されたのだった。

作者:林雪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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