華飾なる華盗人『カラス』

作者:遠藤にんし


 深夜――老婦人が部屋の明かりをつけると、そこには一人の螺旋忍軍の姿が浮かび上がる。
「オラトリオ達が秘匿した宝、回収させて頂こう」
 老婦人には彼女の指すものが分かったが、怯えた表情を浮かべながらも拒絶する。
 螺旋忍軍は妖しく笑む。
「ならば、花を頂こうか……貴公の命という花を」
 赤い眼差しを満たす殺意。
 老婦人はその視線に耐えきれず、彼女の言ったもの――大輪の花を模った首飾りを螺旋忍軍に差し出した。
「確かに受け取った」
 首飾りを受け取った刹那、螺旋忍軍の姿は影と一体化してかき消える。
 螺旋忍軍と宝の消え失せた部屋で、老婦人は呆然としていた……。
 

 華盗人『カラス』――それが、現れた螺旋忍軍の名。
「オラトリオの調停末期、『巻き戻し』の混乱の際には多くの古美術品や宝石が失われた。それらの中にはデウスエクスにとって価値ある力が宿るものもあって……カラスは、それを集めて螺旋忍軍の勢力を統一しようとしている」
 今回奪われた首飾りは特殊な力を持たないが、だからといって放っておくおことは許されない――高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)は、そう説明した。
「カラスは屋敷を出て、繁華街のビル群の屋上を飛んで逃走している。みんなにはカラスを追い、宝を取り戻して欲しい」
 今回の目的は宝を取り戻すことであり、カラスの撃破ではない。
 カラスがどのような戦闘能力を持っているかはまったく不明。戦闘は、戦力を確かめる目的で行うことになる。
「他の螺旋忍軍と違う点として、彼女の背負う骸骨型の影がある。あの影に紛れて姿をくらまされると、もう見つけ出すことは出来ないだろうね」
 ある程度ダメージを与えさえすれば、カラスは宝を捨てて逃走をする――その宝を回収さえ出来れば、今回は成功だ。
「奴がどんな戦い方をするかさえ分かれば、今後追い詰めて倒すことが出来る。みんな、油断せずに行ってきてくれ!」


参加者
ヴィヴィアン・ローゼット(ぽんこつサキュバス・e02608)
斬崎・霧夜(抱く想いを刃に変えて・e02823)
柵・緋雨(デスメタル忍者・e03119)
リディ・ミスト(幸せを求める公園管理人・e03612)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)
瑞澤・うずまき(しろいはなとあかいはな・e20031)

■リプレイ


 ビアガーデンの責任者に事情を説明し、遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)らはライブのリハーサルを始めることにした。
 ヴィヴィアン・ローゼット(ぽんこつサキュバス・e02608)はステージの左後方に位置し、キーボードへと指を滑らせる。ギターを持つ柵・緋雨(デスメタル忍者・e03119)は右側。そして中央には鞠緒がおり、リディ・ミスト(幸せを求める公園管理人・e03612)は演奏の音色に耳を傾けていた。
 鞠緒は四季の美しさを謳う――大好きだった歌には、しかし華盗人『カラス』の思い出が付き纏う。澄んだ音色はのびやかでありながら、高音になると微かに震える。
 ――歌を終えた鞠緒は緊張をほぐすように一度深呼吸する。リディは笑顔で、彼らに拍手を送った。
「はうーっ♪ 素敵な歌だねっ♪」
 輝くリディの瞳は本気で楽しそう。ヴィヴィアンは微笑みを浮かべつつ、インカムに囁きかける。
「そっちはどう?」
 呼びかけられた瑞澤・うずまき(しろいはなとあかいはな・e20031)は、首飾りを盗まれた屋敷の近くで一人で待機していた。カラスを確認次第追いかけ、他の仲間と協力しつつ鞠緒らのいる屋上まで追い詰める予定なのだ。
「いました!」
 うずまきはビルの屋根を駆ける黒い姿を発見して携帯電話『Connect the voice.』へと言い、カラスの背後につく。
 今、うずまきがすべきことは交戦ではなくカラスの逃げ道を狭めること。あえて姿を隠すことはしなかった。
 ……すぐにカラスは背後の気配を悟り、振り向く――うずまきは物陰に隠れたが、追跡する何者かの姿にカラスは気付いたことだろう。
 ウォンテッドで手配書を作り、他の場所にいる仲間と敵の位置を共有したいという思いはあったが、手配書の有効範囲である『戦場』にいるのはうずまきのみで、作れる手配書も1枚だけ。使う必要はないだろうと判断し、うずまきは追跡を続ける。
 カラスは姿を消したうずまきを不審に思ったようだが、逃走の足を鈍らせない。
 ライブ会場となっている屋上まで、カラスを誘導しなければいけない。事前に考えた逃走経路をカラスが逸脱しそうになった時、斬崎・霧夜(抱く想いを刃に変えて・e02823)は刃をカラスに向けた。
 驚いたカラスは霧夜の攻撃を受け、お返しとばかりに黒い骸骨の影を立ちのぼらせた。
 影から伸びる骸骨の腕の一本が、霧夜めがけて走る。
 鋭い槍のような動き――うずまきの更に背後に控えるサラフディーン・リリエンタール(蒼き大鷲・e04202)はカメラを構えたまま、攻撃を見つめていた。
 攻撃を受けた霧夜の体を、黒い何かが汚染している。苦しげな表情も霧夜の演技というわけではないだろう。先ほどの攻撃によって、何らかの異常が霧夜に起こっている……そして、その異常を容易に起こすことが出来るポジションに、カラスはいると考えることが出来る――。
 考えるサラフディーンの目の前から、霧夜が視界から消えた。
 ビルの屋上から落下したかのような動きは演技。あえて弱い敵を演じることでカラスを油断させる作戦に打って出たのだ。
 その狙いは当たったと言えるだろう。カラスは霧夜の落下した方に薄い笑みを浮かべ、心持ち悠々とした動きで歩き出す。
 ――それからしばらくして、玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)が姿を見せる。
「邪魔だ」
 低く呟いたカラスは陣内に手を差し伸べる。陣内はバトルオーラでその手を叩くと、カラスは掌から螺旋の力を放った。
 放たれた螺旋を避けた陣内は隠密気流で気配を消し、姿を隠す。カラスは陣内の姿が見えなくなったのを確かめると、再び逃げ始めた。
 霧夜も、鞠緒らの待つ屋上に到着する頃には追いついているはず――カラスが立ち止まったのは、鞠緒らのいるビアガーデン会場のすぐ近くでだった。
 ステージの上、鞠緒は虹色の翼を隠そうともせず歌っている。鞠緒の隣に立つ緋雨はカラスの姿を認めて目を細め、リディやヴィヴィアンもカラスに気付いた。
 手出しはしなかった。カラスが包囲可能な位置に立つか、カラスが攻撃を仕掛けるまでは攻撃しないと決めていたからだ。
 しかし鞠緒の姿を認めたカラスは反転、先ほど来た道へと逃げ出したのだ。


 包囲されながら戦うことは、不利に当たる――それは、戦ったことがある者ならば誰もが知っていること。
 まさに先ほどまで包囲され逃走経路を誘導されていたカラスは反転することで包囲を逃れ、受ける攻撃を一方向からのみにしようとしたのだった。
 しかし、カラスの背後にいたうずまきとサラフディーンはそれを許さない。
 月の魔力を秘めた夜香を叩きつけるサラフディーンに合わせ、うずまきは弾幕を広げる。カラスの体が揺れ、足が止まった。その隙に鞠緒は翼を打ち、カラスへと接近した。
「私もいくよっ!」
 白翼を広げたリディは言い、緋雨とヴィヴィアンも続く。霧夜や陣内も姿を見せ、一同は来た道を戻ろうとしたカラスを包囲した。
 鞠緒に種の魂を苛む歌の用意はないが、サラフディーンの攻撃を受けた時にカラスが体を揺らしたのは見ていた。それが弱点なのだと悟り、鞠緒は肩に乗るハツカネズミに魔力を込めてカラスへと叩きこむ。
「ヴェクサシオン!」
 呼ばれ、ウィングキャットのヴェクサシオンはカラスに接近する。
 カラスはヴェクサシオンを見て僅かに目を見開いた。しかし表情はすぐに嗜虐的なものに変わり、ヴェクサシオンの爪に攻撃を受けながらも薄く笑う。うずまきのねこさんも警戒したような目をカラスに向けつつ、風を吹かせる。
「鞠緒ちゃん……」
 カラスと相対した鞠緒の様子に霧夜は不安げな表情を見せつつも、両手に刀を携えてカラスを追う。浅からぬ因縁を持つ鞠緒とカラスだったが、それでも作戦の主旨――奪われた首飾りの奪還を、おろそかには出来ない。霧夜は高く跳躍し、カラスの真上に躍り出る。
「――花よ花。散り際こそ咲き誇れ」
 振りかぶったのは、銘刀【雪君】――これの刃を敵に向けるのは、今回が初めてだった。カラスの首に巻かれたストールが細く裂け、その下にある白い首筋にもひと筋の血が流れる。
 緋雨の攻性植物がカラスの腰に食らいつき、何度も何度も毒を注ぐ。
 赤いストールは噛み締めた唇を隠していたが、緋雨を満たす静かな怒りまでは隠せない。カラスはそれを知ってか知らずか、緋雨へと微笑みを浮かべる。
「素敵なストールだね。私のものとよく似ている」
 緋雨は応えず、カラスを見つめる。
「怖い顔だ、笑って御覧……君の笑顔が好きな人がいるんだろう。私にも、私の笑顔が好きだと言ってくれたオラトリオの女の子がいるんだよ」
「いいえ、違います! 似てなど……」
 反駁する鞠緒は声だけでなく全身を震わせ、幼子のように怯えた瞳をカラスに向ける。
 吹き付ける風は陣内のウィングキャット・猫のもの。陣内自身もカラスの視界を遮るように立ちはだかり、鋭い一撃を加える。
「逃がさない」
 話す間は動きを止めるカラスに、攻撃を避けることは出来なかった。


 最後尾から敵の動向を窺い続けたサラフディーンのお陰で、敵の弱点は割れている――おまけに敵の攻撃は、そう強いものではなかった。
 リディは仲間の努力によって判明した情報を無駄にしないためにと魔術回路『レイジング・ハーツ』に魔力を通し、オラトリオの力で全身を満たす。
「飛んで……みんなの幸せを守るために……っ!」
 美しき紫揚羽は、力の一端。
 飛び回る蝶は紫の軌跡。空間も時間も歪められた幻惑の中に捕えられたカラスは苦しげに息を詰まらせ、リディを見つめる。
「邪魔をするのか」
「無関係ってわけにはいかないからねっ。宝物、返してもらうよっ!」
 いつも浮かべている明るい笑顔はなく、緑の眼差しにはカラスへの敵意ばかりがあった。
 ウィングキャットたちの羽ばたきによって生まれた風が運ぶのは癒し。カラスは追い風の中を走り、鞠緒へと肉薄する。
「鞠緒!」
 叫ぶ緋雨は鞠緒を抱く。向けられた背へとカラスの螺旋が叩きこまれるが、そんなことは些事でしかない。
 鞠緒を、傷つけるわけにはいかないのだから。
 気が遠くなるほどの激痛を覚えながらも、緋雨は鞠緒の頬を、柔らかな髪を撫でる。髪を飾る牡丹は麗しく咲き誇っていた。
 抱き締めれば、腕の中で鞠緒の体を支配していた緊張がほどけていくのが分かる。鞠緒の体温を胸に感じつつ緋雨はカラスへと振り向いた。
「この花は俺のものだ。お前には奪わせない」
 睨み合う二人――死角に立つサラフディーンの鋭い青の眼差しがカラスを射止めると、ファーティマの力が発揮される。
「光―元めより在りて、終焉りし時にも在り。真なるもの、地上にて汝らの知る一切であり、知るべきすべて。真なる目を以って顕現せしめよ!」
 閃く斬撃は一度。巻き起こる風に漆黒の髪を揺らすサラフディーンを探してカラスは目線をさまよわせる。サラフディーンは風音にも負けないように、声を張り上げる。
「陣内、鞠緒を頼む……」
 陣内は返事をせず、オーラをカラスに食らいつかせる。
 勢いよく食らいつくオーラにカラスは思わず数歩下がってしまい、緋雨と鞠緒との距離を開けることとなる……それを見たサラフディーンと陣内は互いに視線を交わし、無言のままにカラスへと目を向ける。
 そんな二人の姿に微笑を浮かべ、霧夜は拳にオーラを纏わせカラスに叩きこむ。
 屋上の床の上に叩きつけられたカラスは咳き込み、よろよろと立ち上がる。これ以上戦うことは危険だと悟っているのか、カラスは攻撃することよりも逃げることを優先するようだった。
 ある程度以上のダメージを与えなければカラスから首飾りは奪還出来ないが、その『程度』は近付きつつある。霧夜はそう考えながら、気遣わしげに緋雨と鞠緒に目をやった。
 緋雨の胸の中にいながらも、鞠緒の表情は暗い――しかしその目に光が灯ったのは、希望に満ちた歌声が聞こえたから。
 声の主はヴィヴィアン。アネリーから属性を受けたヴィヴィアンは努めて笑顔を作って歌い続け、鞠緒の視線に気付くと手に持った何かを揺らす。
 先日、遊園地へ遊びに行った時のストラップ……同じものを、鞠緒も持っている。
「すまいるっぜろえんーっ」
 うずまきもとびきり明るい声で言い、虹の輝きを贈る。ヴィヴィアンとうずまきの生み出した虹の光……鞠緒が緋雨にうなずくと、緋雨はカラスへと向き直る。
 緋雨のしようとしていることを悟ってかカラスは大きく後退し、負けじと緋雨は前進してカラスへと迫る。
 互いの赤いストールが揺れた。
 伸ばした緋雨の手には螺旋の力。しかしあと僅かのところで届かない――そう思った時、何かが後退するカラスを阻んだ。
 ――透ける幻影だった。それはすぐに二匹のハツカネズミへと姿を戻し、鞠緒の元へと戻っていく。カラスは骸骨の影に自身の姿を紛れさせ、今にも姿を消そうとしている。
 でも、まだ消えていない。
 鞠緒の助力のお陰でカラスに触れることが出来た緋雨は螺旋の力を爆発させる。注ぎ込まれた螺旋がストールを裂き、骸骨を砕き、逃れようとするカラスに傷を負わせた。
 かつん、と何かが落ちる硬質な音が響くと、ヴェクサシオンはそこに赴いて何かを回収する。ヴェクサシオンの口元で輝いているのは、奪われた首飾りだった。
「……ふん。そんなものに、価値などない」
 吐き捨てるカラスは、しかし悔しそうに首飾りを見つめている。
「今度こそは、オラトリオの宝を――手に入れてみせる」
 絞り出すように言ったカラスの体から力が抜け、屋上から落下する。
 カラスが地面に激突する寸前にその身は影に包まれ、消え去った。


 ビアガーデンへと戻った一同は勝利の余韻を噛み締めるが、鞠緒の表情は晴れやかなものではない。
 暗き楔でもあるカラス――その存在が鞠緒に影を落としていることは分かっている。緋雨は不安げな表情で鞠緒を見つめていたが、ヴィヴィアンは鞠緒に声をかける。
「ね、一緒に歌おう。陣内ちゃんも鞠緒ちゃんの歌聴きたいって」
 ね? とヴィヴィアンに問われ、仕事終わりの一服を楽しんでいた陣内はうなずく。
「私ももう一回、聴きたいなーっ♪」
 うきうきとリディも言う。
 ステージへと向かう鞠緒に、ヴィヴィアンもついていく。緋雨も立ち上がったのを見て、ヴィヴィアンはこう耳打ちした。
「緋雨ちゃんとお幸せにね♪」
 囁かれ、驚いたような表情になる緋雨――ヴィヴィアンは悪戯っぽく笑うと、ステージ上に残されていたキーボードへと向かう。
「どうだい、一杯奢るよ」
 始まった演奏に耳を傾ける陣内は、サラフディーンにそう呼びかける。陣内の前にはソーセージの乗った皿。四体のサーヴァントはその皿に集まり、美味しいソーセージで疲れを癒していた。
「あぁ、飲もうぜ」
 グラスを傾ける二人。リディはサラフディーンの持ち込んでいたカメラの中身をチェックし、今回判明した敵の情報をまとめているところだ。
「遠之城ちゃんと、ヘリオライダーに伝えないとねっ♪」
「ボクも手伝いますよ」
 うずまきの申し出にリディはうなずき、二人は情報の整理を始める。
 ――歌ううちに、鞠緒の表情はいつものものに戻っていく。陽気で、晴れやかな表情……鞠緒が普段の調子を取り戻したことに、霧夜は安堵を覚える。
 ……華盗人『カラス』から首飾りを取り戻すことには成功したが、敵はまだ生きている。
 いずれ決着をつける日のためにも、ケルベロスたちは今は英気を養うことにするのだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 14
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