からっぽのホランダ

作者:藤宮忍

●夜の夢こそ
 とても静かな夜だった。
 白い建物、鉄の檻、その奥で息をひそめた動物達の気配。
 非常灯が照らすだけの無機質な床の上に、不意に蠢く影が落ちた。
 ゆらゆらと漂う影の主は怪魚。青白く光を発しており、光は尾をひいてゆく。
 描かれる光の筋を追うように、また1体現れては連なって泳ぎ、その尾を追いかけて更にもう1体。
 3体の怪魚達の先頭に、ふわりと浮かぶもうひとつのシルエット。
 それはシスターのような姿をした、女性型の死神だった。
「あらあら、こんな所に、ケルベロスと縁を結んだデウスエクスの匂いがするわ」
 女性型の死神は、床の上を指差して怪魚達に命じる。
「さあ、あなた達、彼を回収してくださらない? なんだか、素敵なことになりそう」
 ゆらり、ゆらり、自由気侭に泳ぎまわっているように見えた怪魚達が、規則的に円を描いて泳ぎはじめた。すると何時の間にか、床には怪魚が放つのと同じ色の光で描かれた魔法陣が浮かび上がっていた。
「そう、そうよ。彼。その、ダモクレス――」
 女性型の死神『ネクロム』は、怪魚達を残しその場から姿を消した。口元に恍惚とした笑みを浮かべて。

 陣を囲んでゆっくりと距離を開く怪魚達の中心に、眩い光の柱が立ち昇る。
 怪魚達による、召喚。
 乱される静謐。
 眠りについていた魂がひとつ、サルベージされる。
 喚び起こされた魂は、今ふたたび目覚め、光の陣から一歩踏み出した。
 緩慢な動きで顔を上げて、白く長い髪をかき上げる。冷たい面立ちの顔に、開いた双眸の色は赤。まなざしはどこか虚ろで、身体に纏うのは煤けた紺の衣服。
 だらりと下げていた腕の動きを確かめるように持ち上げると、指の関節は骨張っていて鋭い爪さえ生えていた。
 寝起きにしては滑らかな所作で、けれど獣じみた隙の無い仕草で、周囲を見渡す瞳に理性は浮かばない。
 かつてのダモクレスは、赤い瞳で虚空を見つめていた。
 
●現の『予知』
 群馬県太田市の中心部で、女性型死神の活動が確認された。
「ケルベロスによって倒されたデウスエクスの残滓を集め、その残滓に死神の力を注いで変異強化した上でサルベージする怪魚型の死神が多数活動していたことは皆さんもご存知かと思います。怪魚型死神に、サルベージすること、戦力として持ち帰ることを命じていたのが『因縁を喰らうネクロム』という女性型の死神で間違いないようです。――彼を戦力として持ち帰る目的のようです」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が神妙に告げた。
 セリカの周囲に集まっていたケルベロスの中から、フードを深く被っていたひとりのレプリカントが顔を上げた。
「ホランダの眠りを妨げるものは、絶対に許さない……!」
 クーリン・レンフォード(からっぽ・e01408)の声には強い意志が滲む。
 セリカはクーリンを、それからケルベロス達を見渡してひとつ頷いた。
「死神の戦力として持ち帰られるのを阻止する為、そして彼をきちんと眠らせておく為にも、出現ポイントである保健所に、今一度急いで向かってください」
 
 あの時、ダモクレス『ホランダ』は確かに倒して、眠りにつかせたのだ。
「彼の眠りを死神が喚び覚まして、連れ去ろうとしているなんて……」
 表情を曇らせたクーリンを励ますように、フードからひょこりと顔を出した豆柴の子犬。
 その様子に少しだけ視線を和ませたセリカが、説明を続ける。
「場所は、彼を撃破した場所。つまり保健所になります。深夜ですが、デウスエクスが出現する旨をお伝えして警備員に皆さんをお通しするように此方で手配いたします」
 潜入については問題ありません、とヘリオライダーは言う。
「彼は、前回既に撃破されました。死神によってサルベージされた『今回のホランダ』に、知性はありません。ダモクレスとして、デウスエクスとして、力を変異させられ召喚されたものとなります。破壊された黒い装甲の代わりに、獣のような爪を得ております」
 それから、このタイプの事件を多々起こしている『怪魚型死神』が3体、ホランダの配下となっている。
「……ホランダを、復活させるなんて、絶対に許せない。絶対に……。――彼の眠りを取り戻す為にも、皆、力を貸して」
 クーリンはケルベロス達を見渡した。
「おう。冒涜は許されへん。俺も一緒に行くで」
 真喜志・脩(ドラゴニアンのガンスリンガー・en0045)が、尾でべしんと床をはたいた。
 セリカは頷いて、ケルベロス達をヘリポートへと招く。
「それでは、ヘリオンでご案内いたします。皆さんよろしくお願いします」


参加者
松葉瀬・丈志(紅塵の疾風・e01374)
クーリン・レンフォード(にぶんのいち・e01408)
弘前・仁王(龍の拳士・e02120)
麻生・剣太郎(月夜と桜の守人・e02365)
鷹嶺・征(模倣の盾・e03639)
レイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510)
真上・雪彦(血染雪の豺狼・e07031)
セフル・ファシャル(二足歩行型ドヤ顔マシン・e21327)

■リプレイ

 また会えて嬉しい、のかな。
 でもあの時でお別れしたかったのも本当かな。
 さよならをしっかりしたはずなのに、なんか悔しいな……
 これで本当に終わり、だよね。
 今度こそ、本当にお別れだ。

●再会、邂逅
 深夜の保健所内をケルベロス達は駆ける。
「こっちだ!」
 先導するのは、弘前・仁王(龍の拳士・e02120)と、クーリン・レンフォード(にぶんのいち・e01408)の二人。内部の様子はあの時と何ら変わっていない。
 到達すると丁度、召喚の光が溢れた。
 泳ぐ怪魚3体が影を作っている床に、光の陣、そこから立ち上がる人型のシルエット。
 ――『彼』は目覚めた。
「死神ってのはどうしてこう、俺の神経逆撫でする様なヤツが多いのかねぇ……」
 レイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510) は銀の瞳を眇め、怪魚の姿を見据えた。
 気に入らない。死神という存在そのものが。レイの死神への敵意は露だ。
 クイックドロウの弾丸が怪魚を真正面から狙い撃つ。
「最近は死神の多いこった」
 真上・雪彦(血染雪の豺狼・e07031)も怪魚の間合いへと踏み込む。
 発光する姿に小さく舌打ちし、螺旋掌で破壊の力を送り込む。
「一度は倒した相手を蘇らせてけしかけるたぁ、姑息な手ェ使いやがって」
 雪彦の螺旋の力を受けて仰け反った怪魚は、噛み付いて反撃する。
 怪魚3体に囲まれた彼、ホランダの姿を見遣れば、目覚めたばかりの赤い双眸が開いてケルベロス達を視認した。
 確かにそれは彼だった。
 けれどそれは既に彼ではなかった。
 姿形は面影を残して変貌を遂げている。雰囲気も近い。
 似ていて異なる。これが『変異』強化されたということか。
 言い表せない虚無感がある。
 ホランダの姿に、クーリンは悔しさを感じた。
「なるほど……文字通りの『再利用』というわけですか。
 魂を感じられないということがこれほどおぞましいとはね」
 麻生・剣太郎(月夜と桜の守人・e02365)の顔に浮かぶのは明確な嫌悪感だった。
 剣太郎は、ライドキャリバー『鉄騎』と共に、仲間達の前に立つ。
 今から始める戦いは、憎悪や敵対心からくるものでは決してない。
(「死したものを、再びあるべき場所へ還すための戦いだ」)
 剣太郎は爆破スイッチを押した。ブレイブマインの爆風が仲間の士気を高めた。
 その爆風のなか、弘前・仁王(龍の拳士・e02120)は普段柔和な表情を顰めて敵の姿を見ていた。
「その姿、見ていられません」
 仁王が敵へと見せ付けるように翳すのは、黒曜の盾。
 それはかつての彼がダモクレスである自身に換装していた物から造られていた。
 赤い瞳は仁王の姿を映しても尚、虚ろな侭。
「貴方の残したこれの力も使い、今ここで決着をつけます」
 仁王はグラビティをオーラ状に変えて仲間達へと纏わせる。
「この身に宿るは戦場の力! ……今度こそ、これで終わりにしましょう」
 相乗鼓舞の盾の力が剣太郎に付与される。
 その直後、怪魚の怨霊弾が放たれて周囲に毒が広がった。
 更にもう1体も同じく、怨霊弾を撃ち放った。
「防御体制をとりなさい」
 鷹嶺・征(模倣の盾・e03639)のヒールドローンが盾を作り出す。
「どんな存在であろうと、眠った者を無理やり起す、そんな行動を見過ごせません」
 命を弄ぶ死神へと、征は苛立ちを露にしながら対峙する。
 ゆらり、ゆらりとした怪魚達の動きは、まるで嘲るようだ。
 ホランダは己の手に在る黒い爪をカチリと鳴らして、征へと振り下ろした。
 鋭く強靭な爪の一撃は、ポジションと武装ジャケットの耐性が無ければ、かなり手痛いダメージだった筈だ。
 征は敵へと鋭い視線を向けながら、負傷の痛みをペインキラーで誤魔化した。
「……セイ!」
 クーリンの声が響く。征は大丈夫だと頷いた。
 クーリンはアイスエイジで、怪魚達を狙う。
 召喚された氷河期の精霊が魚達の尾ひれを凍りつかせる。
 先ずは死神から。
 深く被ったフードの下からホランダを見遣れば、爪についた血に見入っている。
「その虚ろな目、正直見るに耐えねぇな。今度こそ、俺達が休ませてやるよ」
 松葉瀬・丈志(紅塵の疾風・e01374)は地面に守護星座を描く。
「相手が相手だけにな、早めにいくぜ」
 星座が光り、仲間達を癒していく。そして癒し手として、毒を浄化する。
「脩もサポート頼むぜ」
 レイの声に、真喜志・脩(ドラゴニアンのガンスリンガー・en0045)が了解と応じた。
「歌うたる。聴いてな?」
 紡ぐ旋律はブラッドスター、生きる事の罪を肯定するメッセージが戦う者を癒やす曲。
 セフル・ファシャル(二足歩行型ドヤ顔マシン・e21327) は爆破スイッチを押した。カラフルな爆風がひろがり、仲間達の破壊力を上げる。
「くっくっく……せめて一思いに終らせてしまいましょう!」
 怪魚達相手にドヤ顔を向けたセフルは、己のサーヴァントを呼ぶ。
「椅子君!」
 ライドキャリバー『モーレツ椅子君』は、ガトリング掃射で怪魚達を狙撃する。
(「クーリンさんとホランダ、どんな因果があったのか知りませんが……」)
 セフルはクーリンの方をちらりと見た。
(「安寧を願うなら、全力でその手助けをしましょう」)

●虚無の瞳
 怪魚達は怨霊弾を連発し、ホランダは強化された力を振るう。
 死神から優先的に狙う為、その間ホランダ自体の攻撃をまともに受けることになった。
 丈志と脩が回復を施しつつ、クーリン、レイ、雪彦のグラビティが死神を攻撃していく。
 他にも援護の為に同行していたケルベロス達が居て、主に回復補助を行ってくれていた。
「行くぜ、相棒っ! 俺に併せろ!!」
 レイが気咬弾で怪魚を狙い撃ち、オーラの弾丸が喰らいついた所へライドキャリバー『ファントム』はガトリング掃射する。
「現世は死者や死神の居る場所じゃねえ、とっととお帰り願おうか!」
 雪彦が簒奪者の鎌を回転させて投げ放った一撃は、怪魚を真っ二つに割いたかのように見えた。しかし動きを止めることなく、泳ぎ回って自己治癒する。
「ホランダの所業は許されませんが、死後を貶めるのはその上を行く外道です」
 剣太郎の達人の一撃が怪魚を斬り裂く。
 ライドキャリバー『鉄騎』はスピンして足止めする、息の合った連携だ。
 怪魚2体は続けて怨霊弾を放つ。
「ヒールドローン、強化モード展開。治療開始」
 征の治療強化型ヒールドローンがクーリンや剣太郎達の毒を浄化していく。
 ボクスドラゴンは仁王を回復する。仁王は達人の一撃で先程回復した怪魚を凍らせる。
「動くなよ、これ以上」
 丈志がBullet of Owlの弾を撃つ。知性と狩猟の象徴たる精霊を乗せた銃技は、怪魚達の動きを一時的に封じ込める。
 脩が歌で浄化し、セフルの描くサークリットチェインが盾を作り出す。
「困ったお魚が居ると、言葉が泡になってしまいそうですのでね」
 ジュリアスの瘡霊弾は動き回る怪魚を狙って援護している。
 ホランダは雪彦へと鞭を振るった。鞭捌きは以前と変わりない。ダモクレスの頃のように電流こそ帯びていないものの、強かに打ちつけたそれは生き物のように蠢く。だが鞭が捕えたのは、攻撃を肩代わりする仁王の身体。
「ニオ!」
「大丈夫です」
(「ホランダが……」)
 クーリンは竜語魔法でドラゴンの幻影を掌から放った。炎が怪魚を飲み込む。
(「反応してくれない……」)
 大丈夫だと、こんなことで傷つかないと、思っていた筈なのに。
 心が痛い。
 自分に反応してくれないホランダに、なんだかショックを受けている。
 
「全てを撃ち貫け!! グングニルッ!!!」
 レイは高速で敵の懐まで飛び込んだ。銃に集束する超高密度のエネルギーが、怪魚へとゼロ距離発射する。
 神葬魔弾・グングニル・ゼロ。
 弾丸は光の槍となり、怪魚を完全に貫く。
 ゆらり、揺らめいて、仕留められた魚が落ちた。
「俺達が道を切り開いてやる……クーリン、アイツの眠り、もう一度取り戻してやれ!」
「レイ……!」
 クーリンには仲間が居る。こんなにも助けてくれている。
 心が痛いのは、からっぽでは無いから。
 痛みと同時に、確かにある温もり。
 怪魚は尚も怨霊弾で毒を撒き散らしていく。
 仁王がサイコフォースで爆破し、剣太郎はドローンを無数に展開する。
「疑似オラトリオ動力機、システム起動。ヒーリングエフェクト広域展開」
 翡翠の光が柔く癒していく。
 丈志の魔術切開が剣太郎の傷を大幅に回復する。
「可能な限り協力するぜ。今度こそ、安らかな眠りにつかせてやらなくちゃな」
 丈志の言葉に、クーリンは込み上げそうなものを飲み込んで。
「ありがとう」
 前を向く。へこたれている場合じゃない。
 こんなに頼もしい仲間がいるのだから。
(「だからこそ、彼が彼じゃないのなら尚更、私の仲間を傷付けるのは許せない」)
 ファミリアシュートで放たれた豆柴の子犬が、勇猛果敢に敵へ飛び掛った。
「さあ、まずはそこの死神です!」
 セフルは自信満々ドヤ顔で怪魚を指差して、大量のマルチプルミサイルを浴びせた。
「役目は果たさせてもらうぜ、しっかりとな」
 雪彦の気咬弾、喰らいつくオーラ。歪む怪魚の輪郭に、脩が弾丸を撃ち込む。
 泳ぎ回って回復を狙う怪魚に、征の鎖が絡みつく。
「逃がしませんよ」
 猟犬縛鎖で締め上げ、2体目の怪魚を屠った。
 ゆらり、床に崩れ落ちる怪魚の後ろから、ホランダの鞭が撓る。
 癒し手を担う丈志を狙った緊縛の鞭は、剣太郎が受け止めた。
 虚ろな瞳と正面から対峙しながら、自らは癒しのグラビティを、鉄騎が牽制の炎を放つ。
 残る1体の怪魚がクーリンに噛み付こうとするのを、ボクスドラゴンが守った。
 今度こそは自らも倒れまいと頑張る相棒にも届くよう、仁王は相乗鼓舞のオーラをクーリンに纏わせる。
「ホランダにも死神にも、何ひとつやるもんはねぇよ!」
 ガロンドは怪魚へと足止めの一撃を放ち援護した。
 レイの跳弾射撃は壁を撃ち、天井を跳ねて、死角から怪魚を貫く。
 仁王の達人の一撃、クーリンの破鎧衝と続いて数の減った怪魚は追い詰められる。
 ホランダの繰り出す爪を征が受け止め、剣太郎はブレイブマインで再び士気を鼓舞した。
 泳ぎ回る怪魚に、セフルはスパイラルアームの一撃を放った。
「さあ、今です!」
「言われなくともッ」
 雪彦は金の瞳を眇め、抜刀する。それは氷の霊力を帯びた刀剣。
「剣戟必殺――」
 怪魚を斬り捨てたのは、鮮紅雪月花。
 文字通り“血も凍る”斬撃で怪魚は凍てつき、周囲をはらはらと舞い落ちる深紅の雪。
「刺身の一丁上がりっと。さて、本番は……こっからだな?」

●歪まれし因縁
「テメェは一度死んでんだ……もう一度送り返してやるから、大人しく戻りやがれ!」
 レイのクイックドロウ、弾丸はホランダの腕を撃つ。
 怪魚の屍骸から光の残滓が薄れゆく、それを踏み越えてホランダが迫る。
 虚ろな眼の侭、以前より伸びた白髪を乱しながら、攻撃してくる。
 無造作に振り上げた腕、血濡れの黒い爪。
「可哀想だとは思うが、全力で速やかに斬り捨てるぜ」
 爪に構わず踏み込んだ雪彦の、螺旋の力を込めた掌。触れただけで敵の腹部を破壊する。
 黒い爪が雪彦の肩へ斬り掛かって、新たな血に濡れた。
「欲しい物は、テメエの手で掴み取るしかねえのさ……だよな?」
 雪彦は敵から半歩身を引きながら口端を上げる。
 丈志の魔術切開が雪彦の傷を塞ぎ、剣太郎の翡翠の光が淡く周囲に広がっていく。
「クーリンさん」
 仁王は雪彦と入れ替わるように敵の前に出て、降魔真拳で狙い撃つ。爪を警戒して黒曜の盾をかざしながら、言葉少なにすぐ傍のクーリンを見て、力強く頷いた。
 クーリンは仁王に頷き返すと、ロッドを握りしめる。
「自分の手で……、Destruction on my summons―!」
 至近距離のホランダに、破獣召喚。
 呼び出されたコヨーテが彼の首筋に喰らいつく。小柄な人間程の大きさの破獣が噛み付いて離れない所為で、些か体勢を崩すホランダ。
 忌々しげにコヨーテを引き剥がしながら、虚ろな赤眼はクーリンを見た。
 そのようなことは教えていない、機械の彼ならそう言っただろうか。
「お別れしてから手に入れた力、この力で、今度こそ本当に……」
 終わりにしよう。
 息と共に吐き出す言葉が少し震えた。
 クーリンの様子を気にしていた征は、笑みを浮かべ頷いた。
「ボクも全力で手伝いますよ」
 そう言って、征は炎を纏う蹴りを放つ。
「燃えてしまいなさい!」
 敵の傷口に炎が燻る。脩が再びブラッドスターの旋律を紡いで、セフルがサークリットチェインを描いた。
「行きますよ椅子君!」
 セフルの声に合わせてガトリング掃射するライドキャリバー。
 ホランダの顔を見据えるセフルの表情は、いつになく真剣そのもの。
 積み重なるダメージに、ホランダは呻く。
 その苦しげに洩れる声に、狂ったような笑い声が混じる。
「ふ……ふふ……」
 レイが気咬弾を撃ち、ファントムがガトリングを放っても、狂気の笑みを浮かべている。
「どうした?」
 雪彦の鮮紅雪月花で敵の傷は凍りつき、周囲に深紅の雪が舞う。
「狂ったかよ、愉悦者」
 ホランダの姿に、雪彦は鋭い視線を向ける。
 ホランダは鞭を撓らせ、強かに打ちつける。表情は嬉々として見える。
 鞭先がクーリンを捕える寸前、仁王が黒曜壁を掲げて、その腕で攻撃を受けとめた。
「これの硬さは貴方が良く知ってるはずですよ!」
 ずしりと重い一撃を押し返すべく力を籠めながら、ホランダと対峙する仁王。
 虚ろな瞳は何の反応を示さない。
 ただ、目の前の相手を嬲ることを愉しむような、笑い声。
 その声は仁王の斬撃を受けても止まらない。
「黄泉路を遡るのも辛いんだ、しっかり彼の岸に送り返しておくれよ?」
 瓔珞の癒しの力が仁王へと届いた。
「今度こそ跡形も無くしてやるさ」
 丈志のガトリングが連射して、ホランダに追撃する。
「さあ、クーリンさん。きっちりと彼を再び眠りにつかせてあげましょう」
 剣太郎の一撃が、敵の片腕を凍らせる。
「知ってる気がする知らないこと、他の誰かは知ってるのでしょうね」
 セフルの奇妙な記憶。周囲の大気と味方のグラビティチェインが増幅、均一化して、世界の記憶を呼び覚ます。剣太郎や仁王の傷を癒し、敵の氷結をじわりと広げた。
 征が猟犬縛鎖でホランダを縛り上げる。
「なあ、この曲……よう似合うとるわ」
 ぽつりと小さくそう零して、脩はブラッドスターの旋律を紡ぎ続ける。
「魔弾魔狼は伊達じゃねぇ……俺の魔弾から逃げられると思うな!」
 レイの神葬魔弾・グングニル・ゼロが、光の槍となってホランダを貫いた。
「ふふ……ッ、ま……だ」
 力任せに振り下ろした黒い爪が、クーリンを斬り裂く。
 痛みを与えて愉悦を得ることが、元来の彼なのか変異した彼なのかも判らない。
(「やっぱり、嬉しいの、かな?」)
 嬉しい。悔しい。ぐるぐると回る。
(「こんな気持ちにした元凶を、許せない……!」)
 クーリンは迷わず、破鎧衝でホランダの胸にロッドを突き立てる。
 びくりと仰のく血濡れのホランダの、虚ろだった赤い瞳が揺らぐ。
 仁王は降魔真拳で、魂を喰らう降魔の一撃を叩き込んだ。
「今度こそ、もう、二度と……」
 甦らせたくない。
 その想いひとつで、仁王は敵の魂を、グラビティ・チェインを取り込む。
 ホランダはその場に崩れ落ち、両腕をだらりと垂らして膝をつく。
 絶命の間際、赤い瞳は驚愕したような色を浮かべて、仁王とクーリン、そしてケルベロス達を見ていた。
 また貴女達ですか、私の邪魔をするのは、なんて。
 少しずつ力を失っていく姿は何も言わないけれど。
 赤い瞳は互いの姿を映していた。
「死神になど……渡しません、よ……!」
 仁王の降魔の拳が喰らっていく、それはホランダというダモクレスの魂、デウスエクスのグラビティ・チェインだ。
 純粋なる戦う力、それを仁王が喰らう。
 想い、記憶、そんなものは喰らえない。
 ただ、触れた力は死神によって、歪められ、形を変え、強化されていたのだと感じる。
 歪められた因縁が、二度目の死と共に、解き放たれた。
 お別れだ。
 今度こそ、本当に――さよならだ。

●Wheel of Fortune.
 終った。
 終ったのだ。
 深く深く長い息を吐いた。
 グラビティ・チェインを喰らわれたホランダの身体が、夜にとけるように消えてゆく。
「絶対見つけ出して燃やしてやらないとね……」
 彼の眠りを妨げた敵を、死神という存在を。
 落ち着いた頃に、仁王は先程感じたことを伝えた。
 怪魚達の亡骸も、召喚の為の光の陣も、いつの間にか消えている。
 消え行くホランダの姿を、離れた場所から観察していたレプリカントが居た。
 ホランダの魂を怪魚に召喚させた死神ネクロムを宿敵とする、アギトだ。
 アギトは戦闘の間、攻撃の手は出さず、時折回復グラビティを放っていたようだ。
「俺はネクロムの足跡を追いかけに来ただけだ」
 それだけ言って、現場を見渡した後はゆっくりと歩き出して保健所を後にする。
 『因縁を喰らうネクロム』――死人を象る事で、召喚対象と縁者が感じる負の感情から生を観察する者。
 アギトと同質にして噛み合わない相互観察対象。
 愛したい程殺したい、愛情狂現の対象。
 ひとつの因縁の終着点が、新たな別の因縁のはじまりとなった――。
 


作者:藤宮忍 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 14/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 14
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