糸に踊る甲

作者:雨屋鳥


 女性的な上半身を持つそれは、度重なる失敗に、その口を尖らせて振り返った。
「あなたなら……大丈夫かしら?」
 彼女の言葉に、影は、静かに佇むばかり。
「殺してきてくださる?」
 興味なさげに、それでいてどこか煽情的な仕草で、彼女は言う。
 その影はやはり、何も反応を示さずその暗闇から落ちていく。
 行きつく先には、過ぎれば毒にしかならぬ酸素の海。
 荒れる本能の中、刻まれた指示に従って、それは小さなグラビティ・チェインの塊へとその牙を立てる。


「とある公園がローカストに襲われます」
 ダンド・エリオン(オラトリオのヘリオライダー・en0145)が単刀直入に言った。
「絡新婦のローカスト、それに操られるローカストが公園に姿を現すようです。
 近辺には、子供を連れた女性が数人。彼女たちが犠牲になる前に、ローカストの凶行を止めていただきたいのです」
 そのローカストはカブトムシの外殻を纏っている。
 防御も硬いが、攻撃力も備えている。彼はそのローカストをそう分析していた。
「その代わり、知性はなく、搦め手に弱いという側面もあるはずです」
 俗にいえば、脳筋と呼ばれる類の敵だ。
「このカブトムシは、腕が発達しており、腕を中心にアルミニウム生物の力を使い、打撃、斬撃、自己強化を行うようです」
 彼は、予知から読み取ったそれの行動を伝える。
「周囲には、一般人が存在しています。
 幼い子供もいます。まだ弱弱しい体ではローカストの吸引に耐えられる保証はありません。幸い、今回は襲われる直前に割り込むことができますが、素早い避難誘導が必須となるでしょう」
 幼児達への、親たちへの避難誘導。それが無ければ人的被害が発生するかも知れないと、彼は注意を喚起した。
「避難が行われれば、知性の無いローカストの標的はケルベロスの皆さんへと移るはずです」
 ダンテはそれを言い切ると、息をつぐ。「裏で糸を繰る絡新婦。その思惑を阻み、痺れを切らせてやりましょう」
 牙の届く場所へと引きずりだせば、この危機が立ち消える。
 彼はその確信とともに、激励を送った。


参加者
エスツーイ・フールマン(シルバーナイト・e00470)
シェイ・ルゥ(虚空を彷徨う拳・e01447)
工藤・誠人(地球人の刀剣士・e04006)
黒住・舞彩(ウェアライダー育ち・e04871)
小鳥田・古都子(ことこと・e05779)
ジェノバイド・ドラグロア(狂い滾る血と紫の獄焔・e06599)
アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)

■リプレイ

「すげー、けるべろす!」
 公園内で弾ける声に囲まれながら、白髪の男性はそうだよ、と腰を屈め子どもの視線に合わせる。
「もうすぐおっかないカブトムシがやってくるよ。早く避難してね」
「かぶと!」
 数人の子どもがその言葉に目を輝かせるのを見て、シェイ・ルゥ(虚空を彷徨う拳・e01447)は心中で顔を顰めた。
 どうにも避難させようとしている意思が、全く伝わっていないようだ。
「ゆうた!」
 女性の声。見ると、少し離れたベンチに座っていた母親の一人が駆けよってきていた。ベンチでは、氷を連想させる面影の女性が、他の母親へ説明を繰り返している。
 アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)は公園の見取り図を示しながら、より安全な経路を説明していた。
「公園はまた明日ね」
「えー! かぶとむし!」
「いいから、はやく」
「やあ!」
 アイオーニオンの避難勧告に焦る母親とごねる子どものやり取りに、女性の手が差し込まれた。
 子どもの脇に両手を入れてその小さな体を持ち上げたエディス・ポランスキー(銀鎖・e19178)はスタイリッシュモードを展開し、服をたなびかせながら子どもを女性の腕に預ける。
「焦らなくても大丈夫、アタシ達がなんとかするから」
 だずん、と重い音が響く。空に黒い穴が開き、そこから黒茶の光沢を放つ何かが落下してきたのだ。
「――振り返らず子供を抱きしめて、走ってね」
「……しっ!」
 ゆっくりとその塊が起き上がり、周囲を見渡した瞬間に、鉄塊剣がその体を吹き飛ばした。
 地獄の炎を上げる左腕で、巨大な剣を軽々と振るうウェアライダーの女性。黒住・舞彩(ウェアライダー育ち・e04871)は、攻撃が寸前でアルミニウムを纏う腕で防がれていたことに気付いていた。
「あなたに殺せるかしら? 私たちを」
 バトルクロスを雄々しい姿に変化させながら、挑発するように言葉を投げた。
「とっとと終わらせて遊びに行くぜえ!」
 同じくアルティメットモードを展開するジェノバイド・ドラグロア(狂い滾る血と紫の獄焔・e06599)が、ルーンアックスを手で回しながら、同じように翼を広げる。
 翼でローカストの姿を隠そうとするその背中と、周囲にいるケルベロス達の存在によって冷静さを失う子どもも母親もいなかった。
「大丈夫、私達に任せて!子供を連れて急いで離れて!」
 小鳥田・古都子(ことこと・e05779)は母親達に告げ、子ども達に親と一緒にいるようにと励ます。
 親を見失っていた女の子の手を引き、同じく子どもを見失っているらしい男性の元へと送り届けていく。
「そら! グラビティ・チェインの大塊ならここにおるぞ!」
 彼らの避難から目を逸らさせるように、騎士の誇りを込め、声を放つ壮年の男性。エスツーイ・フールマン(シルバーナイト・e00470)の声に、いや、その身に宿すグラビティ・チェインにか、ローカストは避難する人々に背を向けた。
「ありがとうございます」
 キープアウトテープをくぐりながら、女の子を抱えた男性が、それを張っていた男性に礼を言った。
 工藤・誠人(地球人の刀剣士・e04006)はそれに笑みを返し、暫く近づかないようにと忠告すると、取り残されている子どもがいないかを見回し、ローカストへと歩み寄っていく。
「頑張って!」
 古都子の助けた女の子の大声が響いて、ケルベロス達の意識が切り替わる。


 右手に紫炎を纏わせて、ジェノバイドが大斧を振り下ろした。地面をたたき割る勢いで放たれた一撃は、交差したローカストの両腕に激突した。
 勢いのまま、後方に吹き飛んだローカストに誠人が飛び込む。
「斬るっ」
 狙うは、腕。グラビティ・チェインを纏わせて、強化を行うアルミニウム生物とローカストの繋がりを千切りとらんと、剣戟が放たれる。
 だが、その攻撃をローカストは、さらに後方へ跳び回避した。
 勢いを抑えるローカストに拳が突き刺さる。
「まだだよ」
 シェイの力強い踏み込みに、石畳が砕け散るが、彼は気にせずもう一歩踏み出し、蹴撃を見舞う。が、その攻撃は距離をとったローカストには届かなかった。逃げの一手を取るローカストにケルベロスは落ち着く暇を与えずに攻撃を加える。
 警笛が一瞬。
 直後、猛烈な振動がローカストを襲った。全身を振動の波で引きちぎるような音波はもはや音とは捉えられるものではなくなっていた。
 古都子のジェットブレスの直撃を喰らったローカストが彼女へと意識を向ける前に追撃が加わる。
 ローカストの体に植物が絡みつき、外骨格を縛りあげていく。
「余りちょろちょろしないの」
 攻性植物を手繰りながら、アイオーニオンが冷たく言い放つ。
 エスツーイが直前に放っていた剣の形を模る小型自律機械が、絡まったローカストの腕を切り裂く。アルミニウムの装甲と同時に斬られた攻性植物の網を振りほどいたローカストは、腕を振り上げて、近くへ寄っていたエディスへとそれを振り下ろした。
「力が強いだけでアタシに届くだなんて思わないでね?」
 空を裂く威力の爪の攻撃を、体を軽く揺らすように躱すと、霊力を纏わせた斬霊刀をその攻撃に滑らせるように合わせる。
 突き出された刃は、ローカストの攻撃の勢いも乗せて、その腕の装甲を切り飛ばした。
 直後、鋼鉄を研いだような爪がエディスの体を引き裂く。血しぶきを上げながらも彼女はローカストから離れ、入れ替わるように、舞彩とジェノバイドがローカストへと肉薄。地獄の炎を躍らせ、連撃を加える。
 短剣、長剣、と手当たり次第に炎で具現化させる舞彩の攻撃の隙を埋めるようにジェノバイドが両の斧と槍を振るい、ひたすらにローカストの傷を広げていく。
「姉御と出撃できるとはな!」
「浮かれてると怪我しますよ……っ」
 武器を演武のように弄ぶジェノバイド。彼に振るわれた横殴りの一撃を突き飛ばし、舞彩が庇い受けた。彼女はよろめきながら、距離を取りジェノバイドがそれに倣う。
 光の薄膜が舞彩の体を包んで傷を緩和する。古都子のマインドシールドが彼女を癒すと同時に防護を付与させていた。
 舞彩を吹き飛ばしたローカストが追撃に出る寸前に、エスツーイの日本刀が鋭い光を放つ。甲高い音が響き、アルミニウムの腕と刀の刃が擦れあう。
 月の弧を描くエスツーイの数閃の攻撃を腕で受け流したローカストは、再びアルミニウムの強化を施していく。
「ちょこざい、じゃのう」
「ああ、面倒だ」
 エスツーイの言葉に、短く返したシェイが自らの手を竜化させ、さらにグラビティの強化を施し、接近。ローカストへと鋭い爪を突き立てた。
 同時に突き出されたローカストの爪を切り飛ばし、ついでとばかりに蹴り飛ばす。
 傷口がアルミニウムによって覆われ、元の爪のように形成されていくローカストは、息を吐く暇もなく、気弾を弾き飛ばした。
 誠人の打ち出した気力の塊は、硬質な腕にその軌道を逸らされ、あらぬ方向へと飛んで行った。
「神経の一つ二つ、持っていくわよ」
 その背から近づいていたアイオーニオンにローカストは素早く振り返った。
 彼女は実物より大きく創造された氷のメスを、そのアルミニウムに覆われた腹部へと突き立てる。狙うは神経節、虫の身体に複数ある脊髄や脳のような器官。
「ローカストにあるのかは知らないけどね」
 防御の隙間へと挿し込まれたメスの手ごたえに確かなものを感じ、呟いたアイオーニオンは叩き潰すように振るわれた両腕から逃れる。
 その攻撃の直後、古都子によって回復したエディスが巨大な手裏剣を投擲する。曲線的な軌道から逸れようと、後ろに飛び跳ねたローカストの背に、気咬弾が被弾した。
「逃がしませんよ」
 誠人が弾かれた攻撃を軌道修正させ、再びローカストを狙い打っていたのだ。
 空中で衝撃を受けたローカストは十分に距離を取ることも出来ない。放たれていた螺旋手裏剣が、体勢を整えられないローカストの片腕へと突き刺さり、その関節ごと砕き斬った。


 光の腕がローカストの体を鷲掴み、黒の殴打が強かにその体を打ち砕く。
 シェイの攻撃に続いて、ジェノバイドの斧が振るわれ、それを躱したローカストに誠人の蹴りが叩き付けられる。
 金属質な銀のオーラを纏わせる舞彩の高速の突きが、ローカストの腕のアルミニウム装甲を砕き割ると、エスツーイのチェーンソー剣が、その表皮を回転する刃で削りとる。
 ローカストもただ、一方的に攻撃されるばかりではない。爪を走らせ、腕で打ち砕き、アルミニウムで傷を補修する。
 だが、身に宿っていくケルベロス達の放ったグラビティの影響は、確実にローカストの動きを緩慢なものにしていた。
 ケルベロスの受けた傷は、古都子のヒールによって軽減されていく。
 アイオーニオンの放つ竜の幻影がローカストの体を焼き、緑に染まるバトルオーラが更にその動きを阻む。
「放さないから」
 エディスが呟いて、紅い宝玉を握りバトルオーラを制御し続けている。
 体の節々の傷、攻性植物の蔦に動きを制限されたローカストの振るう腕は、もはやケルベロスに届く事は無い。命を投げ捨てるように突進するローカストを正面で迎え撃ったのは、シェイであった。
 理性を失い直進する破壊の塊に、彼は構えて、ただ、地面を踏みしめた。
 バトルオーラを脚部に集中し、強化した足を一歩。大地を砕き割るその行動は、彼の周囲に衝撃の壁を作り出していた。
 その壁に衝突し、打ち上げられたローカストは、重力に従い地面に叩き付けられて、頑堅を誇った装甲を粉々に砕かれ、その内部がはじけ飛んだ。
 そして、幼子の命を貪ろうとしたローカストは、二度と動く事は無かった。


 派手に吹き飛んだ石畳の地面にシェイはヒールを施していた。砕けて下土が掘り返されたようになっている公園を見回してため息を吐いた。
「思ったより……中々の惨状だね」
「でも、みんな避難できて良かったよ」
 同じく地面をヒールしながら古都子が言う。
「しかし、何度失敗しても懲りないね」
 当然といえば当然だけど、とアイオーニオンが呟く。
「そろそろ黒幕叩いとかないと仕事が増えて面倒ね」
「今回も失敗したものね。いい加減女王様にも痺れを切らしていただきたいのよね」
 エディスが周りを警戒するアイオーニオンの言葉に返答しながら、公園を変化させていく。
「いやあ、勝てたな、姉御」
「知性ないローカストに苦戦なんてしていられないわ」
 ジェノバイドの言葉に舞彩が、黒幕を見据え少し気取ったセリフを放つ。
「たとえ、尖兵と言え、戦士の誇りを持たぬ魂では、わしらには勝てぬわ……のう?」
「え? あ、はい」
 腰に提げた斬霊刀に手を添え、戦闘を省みながら、公園を確認していた誠人は、エスツーイの言葉に、しどろもどろに返した。
「ヘリオライダーさんの予知もありますし、勝てぬ闘いでは決してなかったですね」
 その返事に、エスツーイが深く数度うなづいた。
 公園をヒールしている最中に、女の子の声が聞こえた。
「えっと、……ありがとう!」
 男性と手を繋ぎ、声を張り上げているのは先ほど古都子に手を引かれていた子どもだった。
 彼女は、公園の柵の外から大きく手を振ってケルベロス達に笑顔を向けている。
 古都子がそれに手を振り返すと、隣の男性が頭を下げ、道を帰っていく。
「それじゃ、私は帰るわね」
 もうおかしな動きはない、と断じたアイオーニオンが、公園に踵を返した。
 すぐに公園も回復し終わる。キープアウトテープも必要なくなれば、明日からはまたここは子どもの笑顔で溢れかえるだろう。
 だが、そんな日常をただ脅かすばかりの蜘蛛の糸は、まだ、切れない。

作者:雨屋鳥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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