イトキリ

作者:七凪臣

●嗤う蜘蛛と貪る蟹
 夜陰に二つの気配が溶けていた。
「全く、仕事下手が多くて困ってしまいますわ」
 品のある口振りは、女性の艶を帯びている。だが、それは人間の女ではなかった。
「グラビティ・チェインを集める前に、ケルベロスに殺される方々ばかりだなんて」
 豊かな胸を持ち、全体的にまろやかな曲線を描きはするが、暗がりに浮かぶシルエットは蜘蛛に酷似している。
 彼女の名は、『上臈の禍津姫』ネフィリア。
「ね……あなたは、ちゃあんとやって下さいますよね?」
 囁きを吹き込まれ、ぶるりと身を震わせたのは、尻尾のない蠍のような――つまりは、カニムシのローカスト。
「では、お任せしましたわ。しっかりと、殺して来て下さいませ?」

「哲、逃げろっ!」
 何処にでもある小さな街の住宅地。
 ぽつぽつと戸建が並ぶ界隈の、遊具の一つもないただ広いだけの公園に、緊迫した大人の男の声が響いた。
 父と息子出掛けた帰り道、少々羽目を外し過ぎて終電も近い時分。
 感じた異変に父が息子の手を引き走り出したのは、親の本能だったのかもしれない。
「……っぱ……、ぱ」
 けれど二人は逃げ果せる事なく捕らわれ、近くの公園へ引きずり込まれた。
「てつっ、はや……くっ」
 無我夢中で暴れた父は、息子を拘束から解き放つのに成功したが、抵抗はそこまで。
 巨大な鋏の一つが、ぎりぎりと男を挟み、もう片方のジャキジャキと不気味に謳う。
「い、けっ! せめて、お前だけ、でも……っ」
 父の懇願。
 されど幼い息子は、まるで糸の切れたからくり人形のように動けない。
 恐怖で竦む体、父を置いていけないと叫ぶ心。
「――哲!」
 親子の絆を弄ぶように、カニムシのローカストはゆっくり鋏を動かす。
 否、別に無駄に甚振っているわけではない。
 ただローカストはゆっくりでないとグラビティ・チェインを吸収できないだけのこと。
 例えその事で『餌』がどれだけ泣き叫び疲弊しようと、知性無き彼にとって知った事ではなかった。

●変事
 女郎蜘蛛型のローカストが、知性の低い同属を地球へ送り込み、グラビティ・チェインの収奪を行う作戦の指揮を執っているらしい。
 少し前から聞くようになった変事に連なる一件を紐解きつつ、リザベッタ・オーバーロード(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0064)は表情を引き締める。
「放たれたローカストは知性は低いですが、その分、戦闘力は侮れないようです」
 かくて少年紳士が語るのは、小さな街の夜に起きる悲劇。
 現場となるのは民家と民家の狭間にある公園、襲われているのは四十台くらいの男と、彼の息子と思しき小学校三、四年生くらいの少年だ。
「子供の方はお父さんが心配でその場から動けなくなっていますが、ローカストに捕らわれてはいません。この子の安全を確保出来たら、気が動転しているお父さんも少し冷静さを取り戻してくれるでしょう」
 幸か不幸か、ローカストは獲物へ即座に止めを刺すことは無い。
 落ち着いてくれさえすれば、此方がローカストに仕掛ける等して隙を作ることで、自ら拘束から逃げ出す事も出来るだろう。
 対する敵は、カニムシのローカスト。巨大な鋏を振り回し、動きも存外素早い。グラビティ・チェインを奪う事に固執しているので、執拗に親子を追いかける可能性も否めない。
「ですが、考える力には乏しいので、よりグラビティ・チェインを吸収できそうな、かつ捕獲し易そうに見える相手がいたら、そちらに気を向けさせる事は出来るかもしれません」
 可能性の一つを提示し、リザベッタは「さぁ」とケルベロス達をヘリオンへ導く。
「お父さんと息子さん。ちゃんとお家に帰してあげましょう」
 親子の絆を、断たせぬ為に。
 彼らの未来を、繋ぐ為に。


参加者
霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)
クローチェ・ドール(愛迷スコルピオーネ・e01590)
水咲・湧(青流裂刃・e01956)
難駄芭・ナナコ(バナナ四十円引きクーポン券付・e02032)
フラウ・シュタッヘル(未完・e02567)
天津・総一郎(クリップラー・e03243)
白嶺・雪兎(斬竜焔閃・e14308)
カペル・カネレ(山羊・e14691)

■リプレイ

 陰鬱な気配の中に、冷えた蒼の瞳が冴える。
「さながら裁ち鋏といったところか」
 くだらない――そう異国の音色で言い捨てて、クローチェ・ドール(愛迷スコルピオーネ・e01590)は街灯に浮かび上がる、二つの巨大な鋏を有すシルエットに双眸を眇めた。
 クローチェにとって、命の奪い合いは日常の一コマ。食事をするのと大差ない。
 だのに。
 大人しい顔をして、破壊を物ともしないクローチェでさえ思う。
(「糸も血も、絆も。いとも簡単に断ち切られてよいものでは無い」)
 否、『家族』が呼び名の世界に生きるクローチェだから、より思うのかもしれない。
 何れにせよ、異形に襲われる父と動け子供を前に、成すべき事はただ一つ。
「……キミの命は、此処で斬らせて貰うがね」
 ケルベロスは狩る、デウスエクスを。

●紡ぎ
 夜の静寂を翔ける風となり、白嶺・雪兎(斬竜焔閃・e14308)は広いだけの公園に駆け入った。
「さすがに、子供の見ている前で親を殺させるわけにはいきませんね」
 翻った白を基調としたケルベロスコートが、柔らかな白い闇のように、混乱の極みに在る少年の視界を遮る。
「俺たちはケルベロスだ! 二人を助けに来たぜ」
 雪兎に続いてデウスエクスと囚われの父親、そして息子の間に滑り込んだ天津・総一郎(クリップラー・e03243)は、気合一閃、腹の底から声を出す。一瞬、息を飲んだように見えたのは気のせいか。
 ともあれ、総一郎は殊冷静さを保ち、すぐに生気を吸われてしまう訳ではない、時間に余裕はある、此方が救出するまで取り乱さずに落ち着いていて欲しいと説いた。
「……!」
 父親の眼に宿る、絶望以外の光。
 そのか細くか弱い瞬きは、
「シニョーレ、キミも大人の男なら冷静になり給え」
 クローチェの一喝に力強さをぐっと増した。
「哲っ、大丈夫だ! もう、大丈夫なんだっ」
 巨大な鋏に苛まれながらの呻きにも似た――されど、安堵を齎す父の言葉に、瞳彷徨わせていた子供の肩が、びくりと跳ねる。
「坊主、よく頑張ったな」
 まだ華奢な背を、霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)が後ろから撫でた。唐突に褒められた子供は、まだ状況を解した風はない。けれど、けふりと零れた咳に、少年が真っ当な呼吸と平静を取戻しつつあると見て、皆を追って走り寄った水咲・湧(青流裂刃・e01956)は、膝を折って子供と目線を合わす。
「もう平気。オレ達に任せて? 二人のどちらかが欠けても面白い事にはならないからね。だから、二人とも助ける……オレのためにもね?」
 キミのせいじゃない、オレはオレの為に。
 人好きのする穏やかな笑顔に、心に負担をかけない気遣いの乗算。地球人として生まれ持った特性を湧が遺憾無く発揮すると、小さな口が何をか言おうとわななく――が。
「よぉぉっし、いくぜぇ……!」
 大音量を響かせて、難駄芭・ナナコ(バナナ四十円引きクーポン券付・e02032)がローカストに強引にしがみ付き、零距離から巨大光弾を叩きつけた。その、これまでの流れを完全に断ち切る――ように見せかけた――突飛な挙動に、少年は再び口を噤んで身を竦ませてしまう。
 でも、新たな動揺を慰める手も、既に傍らに。
「これから順次攻撃を仕掛け、逃げ出す隙を作ります。どうか暫くご辛抱下さい」
 知性無き虫を無視し、フラウ・シュタッヘル(未完・e02567)が種を明かす。無策に思えたナナコの突撃も、また計算の内。
 更にくるりと振り返った機械人形の女は、心凪がす笑顔と共に子供へ純然たる事実を与える。
「敵は1匹、こちらは9人です。大丈夫、負けることはありません」
 それは、とても分り易い判断材料だった。すとん、と子供の肩が落ちる。
「……おとう、さん? たす、かる?」
「だいじょうぶ。みんな、味方だよ。きみを、きみのおとうさんを、助けに来たんだ」
 恐怖と混乱にぐしゃぐしゃだった顔をカペル・カネレ(山羊・e14691)が覗き込むと、歳の近い相手の存在に、少年の眉がへにゃりと落ちた。
「たすかる……?」
「うん、そう。こわかったよね? ぼくも、ほんとはこわい。でも、だいじょうぶだから。おとうさんも、すぐ来るから。だから、まずぼくといっしょに」
「そうだ。お前の親父は絶対に助ける。だから、心配せずに待っていろ」
 カペルが伸ばした手に、未だ己が手を重ねる躊躇いに気付き、奏多が諭す。
 我が子の前で父親が甚振り殺されるなんて悲劇は、悪い冗談にもならないのだ。そんな碌でもない記憶、残さないに越した事は無い。
「頼む、カネレ」
 少年を抱えるように走り出したカペルの背に一つ投げ、奏多は残された父親へもう一声贈る。
「アンタも、そのつもりでいてくれ。アイツも、アンタも。一緒に帰るんだ」
 凪の男に小さな炎が灯っていた。その熱量の違いに気付ける者は、いなかったが。

「うぉぉ、コッチ来たぜぇぇ! 当たれぇぇ!」
 独り仲間から外れたナナコの一撃が、標的を掠めさえせず地を抉る。慌てふためき過剰に振り回される手足は、若い女を美味そうな餌に見せていた。
「ひぃっ、やめろぉ! なぁ、バナナやるからっ」
 後退るナナコ目掛け、重い鋏が振り下ろされる。ローカストの意識は、完全に釣り餌に掛かっていた。ナナコの独断先行が、本能を惹き寄せる罠だと気付きもせずに!
 かくて、機は熟す。
「彼方は此方。此方は彼方」
 最初に仕掛けたのは、湧。自らの正面に生じさせた水鏡から、敵背面へ作り出した水鏡へ渡り、完全な死角から刃を叩き込んだ。
「っ!?」
「今です」
 不意を突かれたローカストの身体が大きく傾いだのに、フラウが癒しの力を繰りながら蜂起を促す。
 待ちの時間は、もうお終い。ケルベロス達が、敵を滅する意図を持って動き始める。
「タイミングを合わせて下さい、必ず抜け出せますから!」
 炎を纏う蹴りで更にバランスを崩させた雪兎が、手が届く距離で訴えかけると、父親は確り頷く。その勇姿に奏多は策の結実を信じ、敵が加護を得るのを挫く力を得るのに専念する。
 果たして、その読みは正しく。
「ちょいとお前に興味があるからよ、語り合おうぜ。……お互いの『得物』でな」
 グラビティを凝縮させた光弾を、総一郎が放つ。被る者の心に怒りも穿つそれの衝撃に、デウスエクスの鋏に込められていた力が弱まった。
「走れ、この場を離れろ」
「こっちだよ!」
「っ、すみま、せんっ!」
 クローチェの叱咤と、カペルの手招き。誘われ、父親は渾身の力で縛めから抜け出すと、残る全霊で走り出す。

●縒り
 全てはケルベロス達の思惑通りに運ぶかに見えた。だが、運命の歯車はそう容易く回りはしない。
「あたいの事、無視すんなぁぁ!」
 両手に持ったバナナを交差させナナコが目にも留まらぬ連撃を繰り出すが、巨大鋏の異形は意外な身軽さで器用に躱す。
「傷の修復はお任せ下さい」
 言って総一郎の元へ駆けたフラウは、強引な緊急手術を施しながら、金に輝く眼で冷静に状況を判じる。
 囮を演じたナナコに食いついたローカストは、しかしその後、狙いを総一郎へと変えた。理由は単純、自然と足が総一郎へ向いてしまうから、本能に従ったまで。同じ相手を攻撃すれば事は早い。おまけに、目の前の一団唯一の盾として奮戦する人間が邪魔だった。
「っく」
 唸りを上げて肉迫した鋏が、総一郎の肩を激しく叩き、生命力を吸い上げる。
「総一郎様、大丈夫ですかっ?」
「ぁあ、何とかな……っ」
 堪らず地に膝をついた総一郎を雪兎が気遣うと、守りを固めようとする青年はすぐさま立ち上り、苦しげながら意地で笑う。
「本当、嫌なものを見せてくれますねぇ」
 親と子の離別を目論見、一人を執拗に甚振る敵に、雪兎は人知れず臍を噛んだ。
 幼い頃に故郷を追放されてからというもの、雪兎は親に会っていない。自分と同じような想いを哲にさせたくないという心に加わった新たな楔に、紳士の皮を被った剣鬼は苛烈な反撃に本性を滲ませる。
「――楽に逝けるとは思わないことです」
 様々に変容する漆黒の液体で、虫を喰らう。絡み付いた残滓が、動きを縛めた。
「全く。頭は悪いのにえげつない戦い方をするものだね」
 そうローカストを揶揄るくせに、クローチェ自身の戦い方もえげつなさなら負けていない。
 透明に近い銀色の光を禍つナイフに宿し、磔刑となった主の哀しみを詠いながら繰り出すのは、全身を抉り込むように斬りつける連撃。金剛石の処女の名を有す、クローチェだけのグラビティ。
 奏多の蹴りに灯る炎も常より激しく、湧の剣技も激流の如く。思うように当たらぬ攻撃もあるが、概ね正しく的を貫いた。
 でも。
「固いね」
 敵を祓う太刀と星辰を宿す剣。それぞれを握る両手に残った嫌な痺れに、湧は苦い溜め息を吐く。
 欠けた知略を補う剛健な強さは、間違いなく厄介なものだった。

 カペルの師匠は、カペルの父。だが、カペルは師匠を「おとうさん」とは呼べない。
 親子でいたら、宿敵が来てしまうから。
 理屈は理解出来る。けれど、寂しいものはやっぱり寂しくて。
「もう、ふたりともだいじょうぶ」
 前線から距離を置いた広場の片隅、手を取り合う親子にカペルは微笑みかける。胸に飼う、一抹の羨望にはそっと蓋をして。
「あとちょっとだけ、まっていてね?」
「ありがとう、すまない」
 詫びる父親に、ううん、と緩く首を振ってカペルは戦場に戻るべく走り出す。
 いつか自分が一人前になったら、きっと彼らみたいな『親子』になれると信じて。
「……そうだよね、ステラ」
 万一に備え父子の護りを任された白いオルトロスは、問う主をじっと見上げた。

「もどりました――っ!」
 長く空けたつもりはない。しかし、刹那と刹那が交わる戦いは、カペルが戦線へ復帰した時には、大きな局面を迎えていた。
 がばりと口を開いた鋏が、総一郎を切り刻む。目深に被ったミリタリーキャップが総一郎の表情を隠しはするが、誰の目にも彼の疲弊は明らかで。
「……倒れるのはっ、御免、なんだっ」
 拭いきれぬダメージの蓄積は、限界を超えていた。それでも、己に化した役割を果たすべく、総一郎は魂を鼓舞して立ち上がる。本当は、虫が心底ダメな総一郎。気を抜けば、勝手に腰が引けそうになってしまう――そんな本能さえ凌駕して。
 そして、その献身も花開く間際。
「数多の生き血と悲鳴を啜り、人々より忌み嫌われた紅蓮の波刃よ、今こそ我が手に来たれ。その美しき刃をもって、この地を絶叫で満たせ!」
「――ッ」
 敵を縛める事に重きをおいていた雪兎が長く唱え、攻勢に転じる。竜の角より鍛え上げた長刀が治癒困難な傷を刻むと、ローカストが苦痛を吼えた。
「申し訳ありません、総一郎様」
「気に、すんなっ」
 癒しが、総一郎の時を長らえる助けにはなりきらない。悟った無情に意識を切り替え、掲げた長杖から雷を迸らせるフラウの詫びに、盾の青年は笑い返す。
 クローチェが、奏多が、湧が夜を駆けた。
「右手にバナナ! 左手にもバナナ! 2本のバナナを合わせれば! 100倍以上の威力を生み出すぜぇ!」
 先程は当て損ねたナナコと爽やかな果実の共演が、遂に鋏の片方へ深い罅を入れる。
 繰り広げられる鋭い応酬にカペルの脚が竦む。それでも、少年は同朋に倣い涙を拭うと、前を向いた。
「逃げるもんか。ぼくだって、猟犬なんだ」
 背に広げる、天使の翼。放つ光が、デウスエクスの罪を灼く。

「……悪い、後は任せた」
 総一郎は耐えに耐えた。けれど、凌ぎ切れぬものは凌ぎ切れず。
「強くなりてぇ……」
 誰の耳にも届かぬ呟きを一つ零し、青年はゆっくりと地に沈む。
 だが、終焉はもう目前に迫っていた。

●イトムスビ
「よくもまあ、好き勝手やってくれましたねぇ。こちらも思う存分に斬らせてもらいましょう!」
 消えず苛み続ける紅蓮と凍蒼に仰け反り、挙句に踏鞴を踏んであらぬ地面に鋏を突き立てた異形へ、低く腰を落とした雪兎の槍の二連撃が突き刺さる。
 ローカストはもう、文字通り虫の息。
「細かく切り刻んでやろう。鋏はないが、丁度良くナイフを持っているのでね」
 くるくると器用に掌中で弄んでいたナイフを返す手首の撓りに任せ軽く握ると、クローチェは優雅に疾駆し、破壊力に変えたグラビティ・チェインの勢いも借り、鋏と比べると華奢に思える脚の一本を叩き斬った。
 仰向けに、虫の異形がひっくり返る。晒された腹が、死を拒むように激しく戦慄く。
 されど、かける温情は欠片もない。
「――」
 手に馴染むリボルバー銃を構え、奏多が銀を媒介とした魔術で『概念』に干渉する。徹頭徹尾、守りに堅い敵が更なる盾を得るのを粉砕し続けた男が放つ、空間の理念を破壊する一弾。爆ぜて、虫の装甲が吹き飛ばす。
「今までの借り、倍どころか10倍返しにしてやんよぉ!」
 変わらずテンション高く、ナナコが馬乗りになって縛霊手で固めた拳をデウスエクスの頬へ呉れれば、ゴキリと何かが砕ける音がした。
「女の子は、強いね」
「ううん。みんな、つよいよ」
 黒髪を闇に融かし雷の突撃を見舞った湧は、遅れず続いたカペルの賛辞にふわり微笑む。
「カペルさんもね――フラウさん!」
 カペルの御業が異形を鷲掴みにしたのを見止め、湧は常に心落ち着けたまま全力で癒しを届け続けた女の名を呼んだ。
 それは、終いの合図。
 応えたフラウは一つ頷き、伸縮自在の鎖を意志の力で波打たせる。
「貴方の任務は失敗です――ここで大人しく眠りなさい」
 中空を翔ける、漆黒。
「ッ! ぁ」
 うねる嵐のように全身に絡み付いた黒鎖に締め上げられ、巨大鋏の怪物は短い息を吐くと、そのまま永遠の眠りに落ちた。

「傷は大丈夫ですか?」
「お蔭様で。色々お世話になりました」
 父親の傷は、フラウが癒した。
「ごめんね、ごめんねっ」
「お前のせいじゃない。だから、笑えよ」
 安堵に泣きじゃくる少年の頭を、湧に支えられた総一郎が撫でてやる。
 親子の糸は、切れる事なく紡ぎ撚られて繋がれた。手を取り合い家路を急ぐ姿を見送り、雪兎は胸ポケットに仕舞われていた懐中時計を取り出す。
 仕込んであるのは、家族写真。羨ましくないとは、言えなかった。
「さー、帰って祝杯だぁ! バナナとバナナで祝杯だぁ!!」
 威勢よく勝利を誇るナナコ。夜風のように戦場を後にするクローチェ。
「……お前だけでも、何て言われて。はいそうですか、とならないのが親と子――か」
「なぁに?」
 カペルが拾ったのは、誰に聞かせるつもりもなかった奏多の独り言。いいや、と首を振られたが、少年は大人の男の顔に、仄かな心ゆるびを見つけて、目を細めた。
 きっと、奏多は祈っているのだ。
 切れずに続いたものが、これからも彼らの傍らに在り続けるようにと。
「――皆の道筋に、星の導きがありますように」
 だから少年は、丸ごと全てを抱き締めて、夜空の煌めきが明日への標になるよう優しく願った。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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